No.00140 女王の十字架

エリザベス1世エリザベス1世 13歳頃(1533-1603年)
William Scrots作(1546年頃)

ロバート・フィリップル作のエリザベス1世の肖像画を元にしたネオ・ルネサンスのエナメル・クロス・ペンダント

実物大
←実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります
『女王の十字架』
ネオ・ルネサンス クロス・ペンダント

イギリス 1870年頃
ロバート・フィリップス作
18K、ブラック&ホワイト・エナメル(シャンルヴェ・エナメル)
5cm×3,5cm(バチカンを含む)
SOLD

1546年頃のエリザベス1世の肖像画に描かれているペンダントを、19世紀後期の英国でトップレベルのジュエラーとして有名だったロバート・フィリップスにより再現された、ネオ・ルネサンスの逸品です。オリジナルのデザインを単純に真似るのではなく、時代と自分のセンスに合わせてさらに洗練させた、トップジュエラーの名に相応しい作品です♪

大英博物館所蔵 ハル・グランディ コレクション

ハル・グランディ・コレクション(フィリップス・ブラザーズ 1850-1875年)大英博物館
【引用】Brirish Museum © The Trustees of the British Museum/Adapted

これは大英博物館所蔵のハル・グランディ・コレクションの一部で、1850年から1875年にかけてのフィリップス・ブラザーズによるジュエリーです。フィリップス・ブラザーズは1839年にイギリスのトップ・ジュエラー、ロバート・フィリップス(1810-1881年)が14歳年上の銀細工師の兄マグナスと設立した店です。コックスパー通りにあり、ネオ・ルネサンス・スタイルのジュエリーの他、エトラスカン・リバイバルやエジプシャン・リバイバル、ムガール帝国にインスピレーションを受けたジュエリーなど、様々な作品を制作しています。カルロ・ジュリアーノが独立前に働いていたこともあります。

ロバート・フィリップスは1867年のパリ万博にて、イギリスのジュエラーとして唯一金賞を受賞しています。彼が作った珊瑚のジュエリーが流行し、ナポリの珊瑚貿易に貢献したことで1870年にイタリア王から勲章を受けています。エナメルやゴールドワークにとどまらず、多種多様な美しいジュエリーを制作した才能溢れるジュエラーだったようです。

アンネ・ハル・グランディ(1926-1984年)
【引用】wikimedia commons /Adapted/Fari use

大英博物館にコレクションを寄贈したハル・グランディは、「あなたが恋に落ちなければ買わないように」をモットーに、世界でも有数のジュエリーをコレクションした資産家女性です。

ドイツでユダヤ人金融家・実業家の家に生まれましたが、1933年にヒトラーのナチスドイツから逃れ、家族でイギリスに移住しています。

病気のため、人生の大半をベッドの上で過ごしたそうですが、両親の影響で11歳の頃から蒐集を始めています。

ヨーロッパのジェリーと日本の象牙細工をこよなく愛した彼女は、「素晴らしい宝物を所有する幸運を授かったのだから、それを皆と共有せねばならない」という考えの元、1978年にコレクションの中から最も重要な物を大英博物館に寄贈しています。その数は1200点にも上るそうです。フィッツウィリアム博物館にも、1982年から1984年にかけての間に130点ものジュエリーと銀製品を寄贈しています。

現代では彼女のコレクションは、美術館だけでなく書籍でも見ることができます。その中にはもちろん日本のNETSUKEコレクションも1ジャンルとして存在します。

残念なことに「根付」という言葉さえ聞いたことがない日本人も多いですが、偏見なき純粋な眼で見れば日本の美術は本当に素晴らしいものなのです。ヨーロッパで日本贔屓のアンティークジュエリー・ディーラーが多いのもそのためだと思います。

 

ネオ・ルネサンス クロス・ペンダント アンティークジュエリー エリザベス1世 十字架 クロスペンダント
ご紹介の作品 1978年に寄贈された大英博物館所蔵の作品
【引用】Brirish Museum © The Trustees of the British Museum/Adapted
エリザベス女王の十字架
ロバート・フィリップスによるネオ・ルネサンスの十字架

ロバート・フィリップスは、大英帝国の礎を築き国に人生を捧げた偉大なる女王の十字架を参考に、当時のファッションにも合うよう、いくつかバリエーションを変えてクロス・ペンダントを制作したと推測されます。単純な模倣のような贋作作家のようなことは、当然ながらトップジュエラーのプライドが絶対に許さないでしょう。ルネサンス芸術にインスピレーションを受けることはあっても、それをさらに超えてこそなのです。

大英帝国所蔵品はもちろん素晴らしいですが、つけた人を美しく見えるために作られたはずのジュエリーにとっては、はっきり言って美術館は墓場です(所蔵品との関係で、展示すらされずひたすら暗闇で保管されるだけの運命になる作品も・・)。その点で、ご紹介の作品は、現代に私たちがつけるにはちょうど良いデザインなのがラッキーですね♪

ルネサンス 片桐元一 小元太 トレジャーハンター アンティークジュエリー GEN ブリュッセルトレジャーハンターGen(ブリュッセル 2003年頃)56歳頃

左はトレジャーハンターGenです。

自分では動けないハル・グランディは、信頼するディーラーから作品を送ってもらったり、見せに来てもらうなどしてコレクションを手に入れていました。トレジャーハンターGenも外見はこんな感じですが(笑)、目利きやディーラーのネットワークは間違いなく確かなものでした。

ヨーロッパでもアンティークジュエリーがあまり注目されていない時代にその価値を見抜き、ミュージアムピースを含む素晴らしい作品を日本にどんどん輸入したからこそ、今ここに十字架のペンダントが存在するのです。皆に知られ、注目されてしまった後では、とても手を出せる価格ではなくなってしまいますし、手に入れた人は容易には手放さないでしょう。ラッキーなことに、このミュージアムピースはGenがご用立てした持ち主の方に大切にして頂いた後、委託販売で戻ってきました♪

 

ネオ・ルネサンス クロス・ペンダント アンティークジュエリー

ルネサンス期は、まだダイヤモンドがカットされていなかった時期です。このため、ジュエリーの主役はエナメルでした。宝石に頼らない時代だからこそ、ルネサンス期はジュエリーの細工の技術が頂点を極めた時代とも言えます。

このクロス・ペンダントのエナメルは、このルネサンス期のエナメルを彷彿させる素晴らしい出来映えです!!

ネオ・ルネサンス クロス・ペンダント ロバート・フィリップス ブラック・エナメルの部分は、三角柱を彫ってエナメルを施しています。三角柱各辺の黄金のラインは、金色のエナメルではなく、彫り残した地金の縁が見えているのです。

フラットな一面のエナメルでも手間が掛かるのに、三角柱の多数の面にシャンルヴェ・エナメルを施すのは至難の技ですし、手間が何倍も掛かります。だから、エナメル全盛期のルネサンス期以外では、このような高度で手間がかかるエナメルは作られていないのです!

さすが英国のトップジュエラー、ロバート・フィリップスの作品と納得出来ますね♪
側面2

フラットな面のブラック・エナメルのシャープな印象に対して、中央の花びらのようなホワイト・エナメルはふっくらと盛り上がっている表現が素晴らしいですね!!♪

※※※
エナメルの技法や歴史に付いては、《知られざるアンティークジュエリーの魅力》の『エナメル』でご覧下さい。

 

側面
ブラック・エナメル・クロスの周囲には、まるで一本の金の縄を編んだような縒り線が付けてあります。エリザベス1世の絵画と比較して、非常に優れた再現であることが分かります。

縒り線には様々な技法がありますが、一本の長い縒り線を複雑に絡ませて、全体を菱形にした極めて珍しい技法です。立体的かつ透かしの美しさが際立ちますね♪

 

裏

↑大英博物館所蔵品の表裏
【引用】Brirish Museum © The Trustees of the British Museum/Adapted

←ご紹介作品の裏側

ルネサンス期のジュエリーは裏が美しいことで知られていますが、このネオ・ルネサンスのクロスも裏側を見せて身に着けても良いぐらいに美しいです。他人には見えない所まで手を抜くことなく、当然のように美しい。これが当時の王侯貴族の美意識なのです。

彫金だけでなく、上下左右の4つの花形の中央には、大きな半球状の粒金があしらわれています♪

裏 側面
側面 裏2
何と、大きな粒金だけではありません!このように拡大するとお解りいただける通り、花びらの随所に小さな粒金が彩られています!♪裏側にまで、このような粒金を蝋付けしてあるジュエリーも極めて珍しいのです。

 

プリンス・オブ・ウェールズの紋章 "Prince of Wales's feathers Badge" ©Sodacan(20 July 2010, 13:40)/Adapted/CC BY-SA 3.0 ロバート・フィリップスのマークご紹介作品の刻印

バチカンにロバート・ブラザーズのメーカーズ・マークの刻印があります。

皇太子夫妻、つまりプリンス・オブ・ウェールズが贔屓にしていたこともあり、プリンス・オブ・ウェールズの羽の紋章になっているようです。プリンス・オブ・ウェールズ御用達の限られた業者のみ、この羽の紋章でレリーフなどを飾ることが許されました。

ヴィクトリアンのジュエラーにも関わらず、どこか洗練された印象があるロバート・フィリップスの作品ですが、現代でも男性たちのダンディの憧れであり、洗練されたジュエリーがイメージのエドワーディアンの王が贔屓にしていたのも納得ですね。

プリンス・オブ・ウェールズ時代のエドワード7世夫妻

 

ネオ・ルネサンス クロス・ペンダント 2 ネオ・ルネサンス クロス・ペンダント 3 ペンダントは大きくもなく小さくもない、付けやすい大きさです。

縒り線で作られた菱形は美しい透かしでもあり、その中に立体感を感じるブラック・エナメルのクロス、そして、クロスの各エッジで金の細線がシャープに輝く様子は、見る人の心を捕らえて放しません。

このクロスの素晴らしいデザインは、ジュエリーの地位が絵画や彫刻に匹敵する芸術として高く評価されていた、ルネサンス期ならではのものなのです。色褪せることのない永遠の美しさは、見ているだけでも飽きることがないのです。