No.00232 月の雫

ドレス姿のイギリスのヴィクトリア王女と天然真珠セミロング・ネックレス(アンティーク・ジュエリー)
天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

『月の雫』
天然真珠 セミロング・ネックレス

イギリス 1900年頃
天然真珠、15〜18ctゴールド
長さ62cm(オールノット)
重量 13,2g
セーフティー・チェーン付き
最も大きな珠:4.5mm
最も小さな珠:3.4mm
英国と日本の鑑別書付き
糸替え&クリーニング済 
SOLD

62cmというセミロングの長さ、かつ均一サイズの珠が揃えられた、珍しいタイプの天然真珠のネックレスです。

通常はもっと短くてサイズがグラデーションになっているものが多いのですが、そのようなものをお持ちの方は重ねづけも楽しんでいただけますし、単品でもネックレスとしてだけでなく、4連くらいのブレスレットとしてお使いいただける、とっても使いやすいジュエリーです。

天然真珠の鑑別書付き、専門業者によるクリーニングと、専用の強化糸を使ったオールノットでの糸替え済みなので、安心してお使い頂けます。

天然真珠は今では採ることのできない貴重な宝石ですが、丁寧に扱えば今度100年でも200年でも美しさを保ったまま使うことができる宝石です。

ぜひ、定期的に糸替えをしてお使い頂きたいと思っております。
ヘリテイジやルネサンスでお求めいただいたものに関しては、アフターサービスとして糸替え&クリーニングをご相談いただけます。料金は長さや珠の大きさ、数で違いますのでお問い合わせください。

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー
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ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小の比率が分かります。

高貴な女性の美しさの象徴 -天然真珠-

天然真珠セミロング・ネックレス(アンティーク・ジュエリー)
独特の瑞々しい照り艶、内部からにじみ出てくるような美しい輝き、清らかな白い色合い、そして高い稀少性。天然真珠はいつの時代も高貴な女性の富と権力、そして美しさを象徴する特別な存在でした。
クレオパトラがアントニウスに賭けをして天然真珠のイヤリングを酢に入れて飲もうとする様子を描いた絵画

現代では「最も価値ある宝石=ダイヤモンド」とイメージされる方も少なくないと思いますが、そうなったのはごく最近のことです。

アンティークジュエリーの時代は、最も価値ある宝石は天然真珠だったと言っても過言ではありません。

人類の最も古い宝石の1つと言われ、磨かずともそのままの姿で美しい天然真珠は、古代から大変珍重されてきました。

クレオパトラの富と権力、知性を表すエピソードにも天然真珠が出てきますが、当時世界最大と言われたクレオパトラの天然真珠の耳飾りは小国が1つ買えるほどの価値があったと言われています。

同時代の古代ローマでも、天然真珠1粒で1回分の戦費が賄えたと言われているほど高価な宝石でした。

古代エジプトのファラオ クレオパトラ7世(紀元前69-紀元前30年)
イングランドの処女王エリザベス1世の天然真珠が縫い付けられたドレスと天然真珠のジュエリーが素晴らしい絵画

大英帝国の繁栄の礎を作ったと言われる偉大なる女王エリザベス1世も、多く残された肖像画を見るとそのいずれにも豪華な天然真珠の装飾が見られます。

ドレスにも無数の天然真珠が縫い付けられており、全身が天然真珠というか、もはや存在自体が天然真珠という感じですね。

さすがに全てのドレスそれぞれに天然真珠を使うのは無理なので、行幸の時も天然真珠を付け替えるためのお針子さんが同行していたそうです。

イングランド女王エリザベス1世 (1533-1603年)
イングランドの処女王エリザベス1世の天然真珠が縫い付けられたドレスと天然真珠のジュエリーが素晴らしい絵画

どれだけ富と権力を持っていても、欲しいだけ手に入れることはできない。

天然の貝が偶然に生み出す宝石は『神の恵み』でもあり、真珠ダイバーが命を賭けて荒海から採取してくる尊く貴重なものなのです。

だからこそ希少価値が高く、絶大な富と権力を持つ限られた人物しか身に着けることができない至高の宝石だったのです。

イングランド女王エリザベス1世 (1533-1603年)
イングランド王ヘンリー8世

ちなみにエリザベス1世の父で、英国王室一のインテリと言われるヘンリー8世も、天然真珠が縫い付けられた豪華な衣装を着用しています。

天然真珠は『王の証』と言えるくらい貴重な宝石だったということですね。

このルネサンス期は宝石がジュエリーとしてだけでなく、衣服にも縫い付けられているのが特徴です。

後の時代より遙かに富と権力が集中していた時代ならではと言えるのかもしれません。

イングランド王ヘンリー8世 (1491-1547年)
天然真珠とエイグレットの髪飾りが美しいマリー・アントワネット

時代を超えた優れたセンスを持つファッションリーダー、マリー・アントワネットも天然真珠のジュエリーも愛用しています。

この肖像画では頭頂部のみならず、髪に巻かれた天然真珠や胸元の飾りなど、全体としてのコーディネートが面白いですね。

マリー・アントワネットならではのオシャレという感じです。

フランス王妃マリー・アントワネット(1755-1793年)
フランス皇后ジョセフィーヌ・ド・ボアルネの天然真珠のティアラとネックレス姿 ルイ16世とマリー・アントワネットの長女でフランス王太子妃のマリー・テレーズ・シャルロット・ド・フランス
フランス皇帝ナポレオン一世の皇后ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(1763-1814年)、制作年不明 フランスのルイ・アントワーヌ王太子妃マリー・テレーズ・シャルロット・ド・フランス(1778-1851年)、1817年制作
時代を下っても相変わらず天然真珠が王族の女性の富と権力、そして美しさの象徴であることは普遍です。王族クラスの天然真珠による豪華なネックレスやティアラなど、完全に安物イメージが付いてしまった現代の養殖真珠では考えられませんね。
イギリス王妃アデレード・オブ・サクス=マイニンゲン ヴィクトリア女王の母であるヴィクトリア・オブ・サクス=コバーグ=ザールフィールド
イギリス王妃アデレード・オブ・サクス=マイニンゲン(1792-1849年)、1836年頃制作 ヴィクトリア女王の母(1786-1861年)、1835年制作
華やかな正装の時以外も、美しい天然真珠は王侯貴族の女性たちから愛されてきました。同時代の上の王族女性は、共にネックレス姿ですね。

天然真珠は紀元前の古い時代からずっと採取が続けられてきました。

現在確認されている世界最古の天然真珠(紀元前5,500年頃)

大半は真珠ではなく核でできている養殖真珠は、真珠層と核の間に生じる隙間から大気の汚染物質や着用者の汗や皮脂などの成分が浸透することで変色が始まります。

内側からの変色なので、いくら表面を磨いても意味はありません。

養殖真珠を販売する側はこんなこと言うわけにはいきませんから、「真珠とは永遠ではなく、劣化して当たり前なのです。」としか説明できません。

低品質の養殖真珠
古代ローマの天然真珠&エメラルドのピアス(ルーブル美術館)

お店の人や(自称)専門家がそう言っているのだからそうなのだろうと思い込まされてる方も多いことでしょう。

でも、実際は天然真珠であれば左のように2千年近く経ってもこれほど美しいままです。

古代ローマの耳飾り(2世紀-3世紀) ルーブル美術館所蔵
ナポレオン三世の妻でフランス皇后ウジェニー・ド・モンティジョの天然真珠のティアラとネックレス姿

真に価値ある宝石、真に価値あるジュエリーは使い捨てではないのです。

アンティークの時代は皆がそのことを分かっていました。

でも、現代はあまりにも宝石もジュエリーも質が悪すぎます。使い捨て前提で作られ、それでもアンティークジュエリー以上に高いのはおかしなことです。

古代から採取し続けられた天然真珠は、代々受け継がれたもの、新たに採取されたものすべてが大切に扱われ、歴史の中で少しずつですが数が増えていきました。

だからこそ、時代が下るごとにこのように超豪華な天然真珠の使い方をできる人も増えていったのです。

それでも王侯貴族のごく限られた人物だけですが・・

フランス皇帝ナポレオン三世の皇后ウジェニー・ド・モンティジョ(1763-1814年)、1853年制作

真珠への憧れと養殖実現の夢

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー
いつの時代も女性の憧れだった、稀少な天然真珠は超高額で取引されていました。

そんな中、清(中国)に滞在したキリスト教神父B.E.X.アントレコールは衝撃的なものを見ました。

仏像真珠です。

真珠層を形成する二枚貝の貝殻の内側に、仏像が人工的に形成されたものです。

仏像真珠

長い歴史を持ち、発明大国でもある中国は12世紀には既に仏像真珠の養殖実験が行われていました。

その方法は、1167年に公刊された『文昌雑録』に記述されています。

浙江省で淡水産のカラスガイで作られていた養殖真珠です。

貝殻と外套膜の間に土や鉛で仏像の形を作り、それを貝殻に貼り付けて真珠層を形成させる方法です。

アンティークの仏像真珠

現代でも養殖の淡水パールと言えば中国がメッカですが、養殖真珠自体、中国が圧倒的に最も歴史が長いのです。

しかも養殖真珠の歴史は少なくとも12世紀まで遡ることができる、とても古いものなのです。

中国産淡水パールの母貝からの採取

アントレコール神父は1734年にフランス本国にこの仏像真珠を報告しました。

1853年にはイギリスのD.T.マッゴーワンがロンドンの芸術協会に方法を詳しく報告しました。

これらの報告を元に、18〜19世紀にかけてヨーロッパでは多数の人々が研究実験を行いました。

仏像真珠
カール・フォン・リンネ(1707-1778年)

1761年にスウェーデンの博物学者で『分類学の父』とも称されるカール・フォン・リンネが、淡水産の二枚貝を使った真珠形成技術を開発しました。

この技術はスウェーデン国王に買い取られたのですが、成功率が極めて低く、実用的な技術ではありませんでした。

研究者やエンジニアの方ならばご存じだと思いますが、ラボレベルの成功と量産技術の構築は全く別ものです。

いくらお金と時間、手間をかけてもとりあえず成功すれば良いのがラボレベルの成功です。

量産するためには再現性とコストダウンが肝で、これが実現できなければ一般市場に投入することも、量産して儲けることもできません。

この量産技術の研究開発は特に地味なのですが、実はビジネス的にはめちゃくちゃ大切なのです。

カール・フォン・リンネ(1707-1778年)
【参考】 Shark湾(紅海)の大型船での天然真珠採取の様子
インド洋の入り江Manaar湾における真珠採取の様子(2500年の歴史がありました) ペルシア湾におけるアラビア式真珠採取船(潜水法は過去2000年間ほぼ変わっていません)
偶然の産物である天然真珠を得るのは大変なことです。毎日海に向かったり、あるいは何ヶ月も船で生活して毎日海に潜ります。紀元前の時代から、たくさんの真珠ダイバーの男性たちによって集団での採取が行われてきました。
天然真珠を採取する潜水夫(天然真珠ダイバー) 天然真珠を採取する潜水夫(天然真珠ダイバー)
天然真珠の潜水夫

ダイバーたちは1日に何度も海に潜ります。潜水深度は9〜27mの範囲、建物の高さにすると9mで3階建て、27mで9階建てに相当します。潜水時間をなるべく真珠貝の探索に当てるため、23kg程度の重りをつけて一気に下降します。1分30秒ほどの潜水を日に約30回行っていたそうです。

天然真珠ダイバー

これだけ屈強なダイバーたちですから、母貝を見つけて採取すること自体はさほど難しいことではなかったでしょう。

採取した天然真珠貝の競売

一番の課題は天然真珠の発見率の圧倒的な低さです。貝の外見だけでは、中に真珠が入っているかどうかは分かりません。

数十人のダイバーが一週間で35,000個の貝を採取し、天然真珠が出てきたのが21個。そのうち商品価値があったものは僅か3個だったという記録もあります。

真珠が出てきたと言っても、バロックパールやケシ真珠と言われるほど小さなもの、照り艶が美しくないもの、色がよくないもの、様々あります。

これだけ得るのが困難だったからこそ珍重され、天然真珠は高値で取引されたのです。

だからこそ一攫千金を目指す養殖真珠の夢も高かったのです。

天然真珠を採取した後の廃棄された真珠貝の貝殻(1914年頃)
ヨハン・フリードリッヒ・ベドガー(1682-1719年)

金が高価だったから、錬金術に取り組む人が多かった時代があったのと同じことですね。

錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベドガー(1682-1719年)

史上最も天然真珠の価値が高かった時代が到来した背景

約2カラットのオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドのアンティーク・ブローチ

最も高価な宝石と言えば、アンティークジュエリーでは天然真珠とダイヤモンドが2大宝石です。

モノの価値に絶対値は存在しません。供給量だけでなく世界情勢や相場の変動など、各種要因の要因が重なることで価値が大きく変動します。

イギリスで史上最も金が高い時代が到来した背景については、『ジョージアンの女王』でご説明した通りですね。

左の『財宝の守り神』が作られる少し前、インドのダイヤモンド鉱山はとっくの昔に枯渇し、その後で発見されたブラジル鉱山も枯渇した状態にありました。

需要に対して供給が追いつかない、希少価値が高い状態にあると値段は吊り上がります。

『財宝の守り神』
ダイヤモンド ブローチ
フランス 1870年頃
¥5,800,000-(税込8%)
南アフリカ最初のダイヤモンド『ユーレカ』

そんな時、1867年に南アフリカ産ダイヤモンド『ユーレカ』が確認され、1870年代から本格的にダイヤモンドラッシュが始まりました。

南アフリカ最初のダイヤモンド『ユーレカ』
キンバリー鉱山

想像以上に巨大鉱脈を蓄えていた南アフリカのダイヤモンドの埋蔵量はすさまじく、生産調整して供給量をコントロールしないと価格が維持できないほどでした。

キンバリー鉱山(1881年にNYで刊行の『アフリカのダイヤモンド鉱山の概要』より)
ヘンリー・モース

需要を上回る供給が可能となりました。

それに加えて、それまでは熟練の技術と長時間の手作業を必要としたダイヤモンドのカットに技術革新が起こりました。

1870年代初め、アメリカのヘンリー・モースとチャールズ・フィールドが蒸気機関を使った研磨機を発明しました。

ヘンリー・モース
ダイヤモンド・ソウ

さらに1900年には電動のダイヤモンド・ソウが発明されました。

このことにより、1900年前後に一気にダイヤモンドジュエリーが市場に出てくるようになったのです。

この時代にダイヤモンドジュエリーが増えたのは、単にプラチナがジュエリーの一般市場で使えるようになったからというだけではないのです。

ダイヤモンド・ソウ(1903年頃)
天然真珠&ダイヤモンドのトワエモア『貴方と私』のアンティークの婚約指輪

未だ養殖も実現せず稀少な存在だった天然真珠と、さらなる供給量の増加が見込まれ、加工も容易となったダイヤモンドでは評価が全く異なることは想像に難くありません。

この時代に、ダイヤモンドより天然真珠が圧倒的に高価な宝石と見なされるのは当然のことだったのです。

『Toi et Moi』
エドワーディアン(ベルエポック)トワエモア リング
フランスもしくはイギリス 1910年頃
※ロンドンの天然真珠の鑑別書付
SOLD
天然真珠のジュエリーが華やかなロシア皇后アレクサンドラ・フョードロバナの戴冠式の正装

こうして史上もっとも天然真珠が評価され、その価値はダイヤモンド以上だったと言われる時代が到来したのです。

天然真珠はいつの時代も超高価な宝石でした。

ダイヤモンドの地位が低下したことで訪れた時代とも言えるでしょう。

他のどの時代よりも、世界の王侯貴族がこぞって天然真珠をメインとしたジュエリーを富と権力の象徴として着けるようになったのです。

ロシア皇帝ニコライ二世の皇妃アレクサンドラ・フョードロバナ(1894年の戴冠式の正装)

真球の養殖真珠の夢

ラヴァーズ・ノット・ティアラ(ガラード 1914年)

これは英国王室のラヴァーズ・ノット・ティアラです。故ダイアナ妃が愛用したことでも有名なので、ご存じの方も多いでしょうか。たくさんの大きな天然真珠が見事ですね。

現代ジュエリーに慣れた方だとアンティークの天然真珠のジュエリーを見て、色が微妙に揃っていないのが気になるとか、形がいびつなことを気にされる方もいらっしゃるのですが、そんなに神経質ならばなぜアンティークジュエリーの店に来るのか私には不思議でしょうがありません。現代ジュエリーならばそんな神経質な方でも絶対満足できる、完全に同じ色・照り・ツヤ・形の宝石を使ったジュエリーが手に入るのですから、そちらで手に入れられたら良いのです。

このティアラも、天然真珠の色・照り・ツヤ・形がよく見ると完全に揃ってはいないことが分かります。デザイン画のGに相当する真珠なんかは、とって面白い形をしていますよね。真珠の質が揃っているに超したことはありませんが、大英帝国の王室ですらそんな完璧なものは望んでも手に入らないのです。当時オーダーした王侯貴族以上にお金を出すのであれば要望の権利もありそうですが、そうでないのに無理難題を主張するのは、昔の品格ある王侯貴族たちがオーダーした優れたアンティークジュエリーを持つに値する、品格ある行為とは言えません。

ラヴァーズ・ノット・ティアラを着用したイギリスのダイアナ妃
ラヴァーズ・ノット・ティアラを着用したイギリスのダイアナ妃

ラヴァーズ・ノット・ティアラはイギリス王エドワード7世とアレクサンドラ王妃の息子、ジョージ5世の妻メアリー妃がガラードにオーダーして制作したティアラです。どれだけお金を出そうと、いきなりオーダーしてあれだけの天然真珠は手に入りません。メアリー妃の一族が所有する天然真珠やダイヤモンドを使って制作されています。それを孫娘のエリザベス女王が受け継ぎ、後にダイアナ妃へのウェディング・ギフトとして貸与されたのです。

イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)

ダイアナ妃はイギリスの名門貴族スペンサー伯爵家の令嬢として生まれ、1981年に20歳でチャールズ皇太子と結婚しました。

結婚式では代々スペンサー家に伝わるスペンサーティアラを着用しましたが、それ以外ではラヴァーズ・ノット・ティアラを愛用したようで、たくさんの着用写真が残っています。

このティアラは重すぎて頭が痛くなるほどだったにも関わらず、お気に入りとなったそうです。

イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)
イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)

19歳で婚約、20歳になった月に結婚、20歳で既に長男ウィリアム王子を出産しています。亡くなったのは36歳の時でした。

若くても溢れんばかりのこの気品は名門貴族出身というのもありますが、それだけではなくダイアナ妃独自の人間的な魅力と才能があったからということなのでしょう。

イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)
イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)

こうして見ると、天然真珠の形のいびつさも多少の色つやの違いも気にはなりません。

天然真珠だけが放つ清らかな深い輝きが、着用者の美しさや気品と相まって深く印象に残るのみです。

ダイアナ妃がティアラを貸与された1981年と言えば、GENがアンティークジュエリーに出会ってまだ数年しか経っていない頃です。

現代では1914年製のジュエリーは100年以上前の正真正銘のアンティークですが、この当時はまだ67年前のもので、"おばあちゃんが持っているただの中古"という感覚でもおかしくない時代でした。

イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)
ラヴァーズ・ノット・ティアラを着用したイギリスのメアリー王妃(1867-1953年)

実際、GENがアンティークジュエリーを始めた1975年は、100年以上たったものがアンティークという定義に当て嵌めるなら、エドワーディアンどころかヴィクトリアン後期でも『アンティークジュエリー』ではありませんでした。

エドワーディアンやアールデコの優れたジュエリーであっても、おばあちゃんが使っていた時代遅れのジュエリーという印象が強く、ヨーロッパでもまだ現代のように評価されていなかった頃です。

誰もここまでジュエリーの質が劣化していくとも思っていなかったでしょうしね。

1970年代からアンティークジュエリーの仕事を始めた者にとっては、1970年代のジュエリーは当時現代ジュエリーでしたし、今でもただの中古という扱いです。

2018年にこの仕事を始めた私が見てもアンティークとヴィンテージ、そして中古は全くの別物です。アンティークジュエリーを知らなかった頃でも、ヴィンテージジュエリーには全く魅力を感じませんでした。

ヨーロッパでもアンティークジュエリー専門店だったはずの店が現代ではヴィンテージや中古だらけになっていて、何が楽しくてそういう店は仕事をしているのか不思議でしょうがありません。あれではアンティークの名を語ったただの金儲けです。

ラヴァーズ・ノット・ティアラを着用したイギリスのメアリー王妃(1867-1953年)
イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)

優れたものをご紹介したいと願って、それが結果としてアンティークジュエリーだった私たちと違い、そのようなディーラーは"アンティークジュエリー"っぽいものならば何でも良いのです。

選ぶ基準が優れたものではなく"古いもの"、"中古"だから平気でヴィンテージや中古をアンティークジュエリーと同列にして堂々と販売できてしまうのです。

頭でっかちで知識でしか判断できない人、美的センスがない人は優れたアンティークジュエリーの価値を理解することはできません。

教養は後から増やすことが可能ですが、優れたセンスは持って生まれた才能です。

これがあれば「アンティークジュエリーは価値がある」という情報がなくても、例え年齢が若くとも優れたジュエリーに価値を見いだすことができるのです。

イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)
イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)

GENもアンティークジュエリーを始める前、ヨーロッパに視察に行った際は『アンティーク』にも『ジュエリー』にも絞っていませんでした。

骨董屋の三代目だったので古いものは優れたものが多いことを感覚的にも経験値的にも理解していましたが、ヨーロッパでの視察でやはりヨーロッパでも古いものは優れたものが多いことに気づきました。

ジュエリーを扱うことになったのは出逢いに導かれてのことですが、それはまた別の機会にお話します。

いずれにせよ業界やブランド、権威によるプロモーションや構築したイメージなどにのっかるだけの人たちと、鋭い感性で選べる才能がある人たちとは全く違うのです。

HERITAGEのカタログにこうしてお付き合いして下さる方はそのような感性を持ち、私たちと通じるところがあって読んで下さっているのだと思います。

イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)

現代の工業製品のような、無個性な完璧さをご所望の方はこういうものがピッタリだと思います。

アイボリーパールと言う何だか良く分からないものと、ジルコニア製のティアラです。

同じデザインなのに途端に安っぽくなって驚きですが、対称性の高さや色ツヤの均一さは、そういう基準で判断なさる方には最高の品と言えるでしょう。

イミテーション・ティアラ

別のイミテーション・ティアラも販売されていました。

大人気ですね。私は絶対に着けたくないですが、デザインだけで判断する人、細部の違いが認識できない人には同じに見えてしまうのかもしれませんね。

イミテーション・ティアラ

ある意味、こういうものは自己満足の世界なのです。

美意識が高過ぎる王侯貴族が自己満足のために作った作品、それが優れたアンティークジュエリーです。

それにしてもこのティアラは、いびつな形の天然真珠が目立つ箇所に鎮座しているのが愛おしいです♪

ラヴァーズ・ノット・ティアラ
天然真珠

さて、1粒手に入れるだけでも困難な天然真珠ですが、さらにそこから望む形を得ようとすると困難を極めます。

コレクターが集めた海水産の天然真珠
「ラバーズノット」モチーフのシードパールのアンティークジュエリー

例えばこのようなブローチを作りたい場合、天然真珠は球体であることが加工のしやすさ的には望ましいです。

実際には球体で、色照りツヤまですべて揃った天然真珠をこれだけの数揃えるのは不可能です。

『Lover's Knot』
シードパール ブローチ
アメリカ? 1900年頃
SOLD
天然真珠のブローチ側面

特定の角度から見たときに真円に見える真珠を選び、それを職人が1つ1つ確認しながら丁寧にセットすることで、正面から見たときに球状の真珠に見えるようにするのです。

ラバーズノット・モチーフの天然真珠(シードパール)のアンティークジュエリー

天然の真珠で色照りツヤが揃ったものをこれだけの数手に入れるだけでもすごいことです。

真球ではない真珠をこのようにセットする職人技と手間のかけ方も驚くばかりです。

それほど真球の天然真珠を手に入れるのは困難なことなのです。

天然のバロックパール&ルビー&デマントイドガーネットのアンティークジュエリー

天然真珠はそれ自体がとても貴重で美しいものなので、どんな形でも相応しい生かし方があります。

ボタンパールはセットの仕方によって真円真珠に見せることができますし、自然が作り出した形状にインスピレーションを受けて1つの芸術作品に仕上げることも可能です。

『真珠のアート』
天然真珠(バロック) ペンダント
ヨーロッパ 1890-1900年頃
SOLD
天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

そんな中で、一番ハードルが高いのが天然真珠のネックレスです。

数を多く必要とする上、色照りツヤだけでなくすべて球状でなければなりません。

イギリス王妃アレクサンドラ・オブ・デンマーク(1844-1925年)

大英帝国の王妃の正装ともなれば、その装いは富と権力を示すためのとても豪華なものです。

この時代、大珠の天然真珠のネックレスはまさに世界の王の王妃に相応しい極上のジュエリーなのです。

イギリス王妃アレクサンドラ・オブ・デンマーク(1844-1925年)
イギリス皇太子妃時代のアレクサンドラ・オブ・デンマーク(1844-1925年)
イギリス皇太子妃時代のアレクサンドラ・オブ・デンマーク(1844-1925年)

とは言え、いつでも大珠天然真珠のネックレスをじゃらじゃら着けているわけではありません。あれは正装用です。普段はこんな感じですね。それでも何本もの重ねづけした天然真珠のネックレスがとても華やかです。日本人好みの控えめな印象が天然真珠のネックレスにはありますが、重ねづけすると華やかさを演出することも可能です。金属を使うジュエリーと違って軽いので重ねづけしやすいという利点もあります。

ロシア大公妃アレクサンドラ・ゲオルギエヴナ(1870-1891年)1890年頃

ギリシャの王女でロシア大公妃だったアレクサンドラ・ゲオルギエヴナも天然真珠のネックレスを5連の重ね着けにしていますね。

20歳頃の写真ですが、やはり気品あふれる王侯貴族の女性にはダイヤモンド以上に天然真珠のジュエリーは栄えます。

 

ロシア大公妃アレクサンドラ・ゲオルギエヴナ(1870-1891年)1890年頃
イギリス王妃アレクサンドラと娘ヴィクトリア王女

南アフリカのダイヤモンドラッシュにより、王侯貴族の間で相対的に地位が上昇した天然真珠は史上最も高く評価され、球状の珠でしか作ることのできない天然真珠のネックレスは富と権力の象徴となりました。

一攫千金を求め、誰もが真球の養殖真珠の夢を実現したいと思うのは当然のことだったのです。

イギリス王妃アレクサンドラと娘ヴィクトリア王女

日本人が実現した真球養殖真珠の量産の夢

御木本幸吉

18〜19世紀のヨーロッパでは養殖真珠の研究が盛んに行われていました。

先に述べた通り、殻側に作る半円真珠については既に12世紀の中国でテクノロジーが開発されていました。

しかしながらどんなに頑張っても、半円真珠すらまともに作れない状況でした。

理想とする真球の養殖真珠は夢の夢という状況でした。

それを世界で最初に産業化までの成功に導いたのが御木本幸吉でした。

御木本幸吉(1858-1954年)

志摩国(三重県)で代々うどんの製造・販売を営む『阿波幸』の長男として生まれましたが、うどんで身代を築くのは無理と分かっていた御木本は14歳で青物の行商も始めてイギリス軍艦に売り込みに行ったり、地租改正に乗じて米穀商に転換するなどしていました。

1878年に20歳で家督を相続後は、東京・横浜への旅で天然真珠など志摩の特産物が有力な貿易商品になることを確信し、海産物商人へと転身、実績を重ねて地元の名士へとなっていきました。

御木本幸吉(1858-1954年)

世界では天然真珠を採りに海に潜るのは屈強な男たちですが、日本では海女さんですね〜。

世界のジュエリー市場では天然真珠が高値で取引されていたため、海女は一粒採ってくるだけでも高額の収入が得られていました。

志摩の鮑取りの海女
天然真珠を採りに潜る海女

このため、志摩だけでなく全国的にアコヤ貝が乱獲されて絶滅の危機に瀕したほどだそうです。生きるための日本の女性の半端ないパワー、恐るべし!(笑)

これに野心家の御木本が目をつけないわけはないですね。

思い立ったら即行動、さっそくアコヤガイの養殖を始めましたが、貝を育てても天然真珠が入っていなければその価値は非常に低く、結局経費倒れに終わりました。

天然真珠と同様に1万枚の貝の中から商品価値がある珠が数粒採れる可能性はあるかもしれませんが、それでは採算が合うわけがありませんね。

アコヤガイの養殖
箕作佳吉

このため御木本は大日本水産会の主催者とのコネクションを使って、東京帝国大学の箕作佳吉にヒアリングに行きました。

超秀才一族、箕作家の一人であった佳吉は慶應義塾大学で学んだ後に渡米しイェール大学やジョンズ・ホプキンス大学で動物学を学び、イギリスのケンブリッジ大学にも留学経験のある人物です。

帰国後は東京帝国大学理科大学で日本人として最初の動物学の教授となり、東京帝国大学理科大学長も務めた権威です。

1890年に学理的には養殖は可能と教えられた御木本は、すぐさま実験を始めました。

箕作佳吉(1858-1909年)

中国の仏像真珠のテクノロジーが元となっているので、最初は核として鉛の玉も試したり、試行錯誤していたようです。

挿入する異物の種類が仕上がりには適しているのか、貝が異物を吐き出さないか、異物を貝のどこに入れるのか、その結果死なないか、真珠層は形成されるのか、どのくらいの期間が必要なのか、貝そのものの最適な生育環境はどのようなものか・・。

これだけの課題を考えれば、ヨーロッパで長年研究されても実現できなかったのは不思議なことではありません。

仏像真珠

しかし1893年、ついに実験中の貝の中に半円真珠が付着しているものが見つかりました。

1896年、半円真珠の特許(第2670号)を取得し、世の中に認知される第一歩となりました。

生き物を扱うこと、再現性の見極めもあって、発見から特許取得までは結構かかっていますね。

半円真珠のイメージ
西川藤吉

その後、真球養殖真珠の真の発明者となる西川藤吉が研究に加わりました。

現代の養殖真珠技術お基礎となる西川式・ピース式と呼ばれる手法を発明した人物で、東京帝国大学で水産動物学を専攻し、卒業後は農商務省水産局技師として箕作佳吉らの指導の元、真球真珠養殖およびアワビの人工授精の研究に従事していました。

1903年に御木本の次女みねを嫁に貰い、1905年に本格的に御木本研究所で本格的な真球真珠の研究に従事することになったのです。

この年、御木本は赤潮で壊滅的被害を受けたのですが、全滅した貝の中から5個真球真珠を発見して希望の光が見えた時でしした。

そうして1907年、ついに西川が開発した真円(真球)真珠を養殖する方法の一連の特許が出願されました。

西川藤吉(1874-1909年)
見瀬辰平

しかしながら出願した特許は、先に見瀬辰平が出願した真円真珠の特許に抵触することになるのです。

元々は船大工だった見瀬ですが、養父が出稼ぎ先のオーストラリアで真珠が有望な産業だったと語ったことで真珠に興味を持つようになり、西川と同時期に別の手法で真円真珠の技術を確立したのでした。

先に技術を確立したのは西川でしたが、特許出願は見瀬が先でした。

これによって真の発明者が争われることになったのです。

最終的には見瀬が譲歩する形となりました。

見瀬辰平(1880-1924年)
明治天皇

「世界中の女の首を真珠でしめてご覧に入れます。」

これは1905年、日露戦争の戦勝御報告で伊勢神宮を訪れた明治天皇に御木本幸吉が言上した言葉です。

折しも殖産興業、富国強兵のために日本人が一丸となってできることを頑張る、そういう時代でした。

真円養殖真珠の夢は、日本という国にとっても達成すべき悲願だったのです。

明治天皇(1852-1912年)
西川藤吉

三瀬は、特許紛争の継続が国家的事業の発展を阻害すると考えました。

また、相手は東京帝国大学や大日本水産会のコネクションがあり、これらから調停交渉を受けました。

相手方の持つ東京帝国大学等の権威を重んじなければならないという意識もあります。

さらに発明者の西川が末期がんを患っており、存命中の解決が望まれました。

日本で先発明主義か先願主義かが争われた最初の案件でしたが、1908年に西川藤吉名で特許を取得した後、特許を共有するという見瀬にとっては不利な契約を飲むことになったのです。

西川藤吉(1874-1909年)
初期の養殖真珠を使ったアンティークの真珠のネックレス

技術が発明され、特許紛争は解決しましたが、これですぐにヨーロッパに輸出して儲けられるわけではありません。

まだまだラボレベルで成功したという段階であって、安定して高い品質の物を量産できなければ駄目です。

中途半端な品質のものを出荷しても、目の肥えたヨーロッパの王侯貴族からは日本クオリティを馬鹿にされるのも目に見えています。

『初期の養殖真珠ネックレス』
1930年代?
天然真珠:直径8mm
SOLD
養殖真珠を輸出するための品質検査

真円真珠の核心的な技術を発明した西川は1909年に35歳の若さで亡くなりましたが、御木本は執念でヨーロッパを納得させる品質の養殖真珠の量産体制を構築しました。

3〜5年の歳月をかけて母貝で育み、取り出した後はさらに色を落ち着かせるために2年間自然乾燥させました。

その中からさらに基準を満たすものだけを出荷したのです。

養殖真珠の品質を保つための輸出検査
殖産興業の一環として発明された初期の養殖真珠のネックレス

1907年に特許出願された真円養殖真珠ですが、様々な技術的な実証実験を経て、採算割れせず良質な養殖真珠を量産できるようになったのは1918年のことです。

1919年にロンドンのジュエリー市場への供給体制も整ったのですが、ヨーロッパでも偽物(詐欺)騒ぎなどで大論争が巻き起こりました。

その後、真贋判定は不可とされ、1927年にフランスの裁判所から天然のものと変わらないというお墨付きを得て、天然真珠を市場から駆逐することになったのです。

『初期の養殖真珠ネックレス』
1930年代?
天然真珠:直径8mm
SOLD

ヨーロッパでは実現できなかった真円真珠の養殖が日本で実現した理由は、いくつか言われています。

ヨーロッパではカワシンジュガイを使って真円真珠の養殖を目指したのに対し、日本はアコヤガイを使って半円真珠の養殖に成功してから真円真珠の技術を開発したことだと言われています。

カワシンジュガイ

殻の内側には強い真珠光沢を持ち、成長が遅く100年以上も生きると言われる淡水産の二枚貝です。

ヨーロッパでは古くからこの種類の貝から真珠を採っていた歴史があり、この貝での養殖が試みられました。

カワシンジュガイ
御木本幸吉

技術的なことももちろんありますが、特許戦略や政商としての能力、強い野心など、実業家としての御木本の恐ろしいまでの執念と才能が真珠産業にこれだけのインパクトを与えたと言えるでしょう。

御木本幸吉(1858-1954年)
NYの五番街(マンハッタン)
NYの五番街(マンハッタン)

ちなみに20世紀初頭の天然真珠が最高潮に高かった時代、ニューヨークにある富豪の婦人はカルティエの2連の天然真珠のネックレスを買うために五番街のビルを1つと交換したという話も残っています。そりゃ、御木本でなくても養殖真珠の実現を頑張りますよね。

ただ、発想はやっぱり日本人らしいです。
「世界中の女の首を真珠でしめてご覧に入れます。」

富豪だけを相手にし、生産調整して高級地区のビル相当の価格を保つ手段もあったことでしょう。そうではなく、御木本は富裕層以外の中産階級の女性も含めてターゲットにしようとしてしまったのです。前者を選択すれば、品質を追求してより価値を向上させる動きとなったことでしょう。後者を選択した時点で、コストカットして品質が劣化していく未来しか存在しません。一見見た目は同じようでも中身がスカスカな未来です。

大量消費向けの大量生産品の場合、後者となるのは必然です。

電化製品のような、一定レベルの機能が満たされていればOKなものに対してはそれで良いのです。問題は、芸術性や美しさが重要であるジュエリーはそうではないことです。

当初は3〜5年もかけて母貝で育んだ養殖真珠でしたが、今では数ヶ月で出荷するほどの薄巻きです。高級品の"越物"(こしもの:1年以上)でも1年ほどで出荷してしまいます。この高級品でも真珠層の厚みは0.4-0.6mm程度しかありません。まさにメッキです。

大量生産品のような扱いをされた養殖真珠は、時代を下るごとに劣化していきました。今では業界内でも危惧する声が高まっています。それでも価格は一丁前にジュエリーっぽいという、養殖真珠は異常な状況です。

真珠層と内部の核

この使い道がない珠ころに3,400万円だなんて失笑です。

19mm珠のミキモトの真珠 ¥34,000,000-

最初は嘘かと思いましたが、ミキモト真珠島で販売されているようです。

先の3,400万円が売れて、これは別3,570万円なのか、価格改定されたのかは不明です。

「神々しい」と表現する人もいて、価値観は人それぞれということなのか、価値があると洗脳されてそういうコメントになってしまうのか、いろいろと興味深い代物ではあります。

19mm珠のミキモトの真珠 ¥35,700,000-

天然真珠の証明

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー
この美しい天然真珠のネックレスが作られた時代、まさか天然真珠産業が壊滅し、ここまで世の中から忘れられた存在になるとは誰が想像したことでしょう。GEN以上にアンティークジュエリーの経験年数が長いロンドンのディーラーでも、ヨーロッパでもその価値を真に理解できている人は自身も含めていないと言います。
天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

付き合いのあるロンドンのディーラーは、HERITAGEは天然真珠でなければ仕入れないことは理解し、尊重してくれています。

だからこそ手間と経費をかけて、きちんとロンドンの鑑別機関で鑑別してくれます。

お互いに真面目で尊重しあえる仲だから、長年良い仕事ができるわけです。

初期の養殖真珠を使ったアンティークの真珠のネックレス

初期の養殖真珠が天然真珠と変わらないと判断されたのは、どんなにプロでも見た目では判別できないからでした。

現在はX線を使えば鑑別できますが、X線を使わなければ無理です。

『初期の養殖真珠ネックレス』
1930年代?
天然真珠:直径8mm
SOLD

ルネサンスやヘリテイジで販売した宝物以外も委託販売のご相談を受けていた頃、天然真珠のはずと言って持ち込まれたジュエリーは100%偽物、養殖真珠でした。

「代々続く良い家柄から出たもの」、「○○の高級店で買ったもの」、「良い人そうな人から買った」など、自分は目利きができる、偽物のはずがないと自信たっぷりに持ってこられる方が多く、こちらとしても検査の外注など手間を考えると赤字なので委託販売は辞めました。

外観が高級店でも真にアンティークジュエリーを扱う能力があるかは別です。

良さそうな人でも無能という場合もあります。ディーラーは人が良くても無能では駄目です。責任ある仕事なのですから。

元から騙す気満々の詐欺師も存在します。

詐欺師に見えそうな詐欺師なんているわけがありません。詐欺師は良さそうな人に見えるものです。

詐欺師は見分けられると言う人もいそうですが、有能な詐欺師は騙されたこと気づかせないくらい上手く立ち居振る舞うものです。

基本的には優秀な詐欺師も、真珠も目利きで真贋判定はできないと認識すべきです。

詐欺師のイメージ
天然真珠のロンドンの鑑別署
買い付け時のネックレスの鑑別書

どんなに経験値のあるディーラーでも、天然真珠の自力での鑑別は不可能です。だからこそX線での検査を毎回要求しています。このネックレスも天然真珠だったと言われて買い付けましたが、渡された鑑別書を見ると1つだけ養殖真珠が混じっていました。上の鑑別書で赤丸で1と示してある珠です。

イギリス人とは言え若干のアバウトさが完璧を求める日本人とは違うところかなと思いましたが、158珠中1珠だけです。ヘリテイジでは高級アンティークジュエリー店としてのプライドをかけて、安心してお使いいただくためのサービスにも力を入れています。ご紹介前に糸換えとクリーニングをするつもりでしたので、その際に養殖真珠の珠だけ排除し、国内で鑑別書を取り直すことにしました。

天然真珠の日本の鑑別署
養殖真珠を除去後のネックレスの鑑別書

なるべくロンドンで鑑別書を取りたい理由の1つが、日本では『天然真珠』と記載してもらうことができないことです。備考の第3項に記載されている「一般にしようされる人為的な形状をした核は認められません」という記述が天然真珠であることを示すもので、養殖真珠を取り去った157個の珠によるこのネックレスはすべて天然真珠に間違いありません。

御木本を始め、養殖真珠を本真珠と称して本物の天然真珠と消費者に誤認させて売りたい日本の養殖真珠関連業者が、こういう鑑別機関の大口の顧客です。だから天然真珠と書くことはできないのです。鑑別機関と聞いただけで第三者的な公平な立場にあると勘違いする日本人も多いのですが、実際はそうではないのです。

天然真珠に混ざっていた養殖真珠

オリジナルで、1粒だけ養殖真珠を使ってネックレスを作ったとは考えられません。

100年以上の年月の間に糸換えするタイミングがあったはずで、その際に混じったのものと推測されます。

見た目には変わらないので、これを除去するかどうかは個人の感覚の差だと思います。

混ざっていた養殖真珠の珠
天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

ヘリテイジではこれだけ天然真珠の価値を評価し、それを皆様にもご説明している以上、気持ち良くお使いいただくためには1粒の混入もあってはならないと判断したのです。このような姿勢はGENの頃から変わりません。

私も一消費者だった頃、アンティークジュエリーを紹介するHPはいくつかチェックしました。ルネサンスのHPをコピペしたような文章で天然真珠の価値を謳いながらも、「この中にはいくつか養殖真珠が混ざっていますが気にするほどのものではありません」と言い、鑑別書を付けずに販売しているお店もありました。

高級椿油使用と謳いながら大半は鉱物油でできた化粧品だったり、ブルーマウンテン・ブレンド但しブルーマウンテンは3割以下のコーヒーなんて当たり前の時代です。100粒中1粒が天然真珠であれば天然真珠のネックレスと言っても嘘ではありません。「オール天然真珠と言えば嘘だけど、間違いなく天然真珠は使っているのだから勝手に勘違いした方が悪い」と詐欺師は主張することでしょう。

気味が悪かったので私はそのような販売方法の店には一切コンタクトしませんでしたが、騙される人の良い方はいらっしゃるようで、念のためにその店に鑑別書を要求したらクラスプが写っていない写真が付いた鑑別書が送られてきたそうです。良さそうな人と思って先払いの店で入金しちゃうのでしょうけれど、詐欺師も天然真珠も目利きで鑑別するなんて無理だと思うのが正解なのです。

珍しいセミロングで大きさを揃えた天然真珠のネックレス

ロシア大公妃アレクサンドラ・ゲオルギエヴナ

これまでにいくつか天然真珠のネックレスをご紹介してきました。

ロシア大公妃アレクサンドラが着けているような、サイズがグラデーションになったタイプが多かったです。

ロシア大公妃アレクサンドラ・ゲオルギエヴナ(1870-1891年)1890年頃

今回は珍しく大きさが全て均一な、セミロングタイプです。

ロシア大公妃アレクサンドラ・ゲオルギエヴナ ヴィクトリア王女
ロシア大公妃アレクサンドラ・ゲオルギエヴナ ヴィクトリア王女(1868-1935年)20世紀初期
世界の中心、大英帝国の王妃ともなると正装時には大粒の天然真珠がゴロゴロですが、王女様の場合は同じタイプのネックレスを重ね付けすることで立派な正装です。
ヴィクトリア王女

日本人が日常使いしたり、セレモニーで使う場合は天然真珠のネックレス1本だけでも十分だと思います。

既に1本お持ちの方は、このように重ねづけするのも楽しいと思います。

ヘリテイジのお客様にも既に2本お持ちで、重ねづけを楽しまれている方もいらっしゃいます。

贅沢で羨ましく思いつつ、本来の姿で楽しんでもらっていると思うととても嬉しいです♪

ヴィクトリア王女(1868-1935年)20世紀初期
天然真珠のブレスレット(アンティークジュエリー)

珠の大きさが均一だと、もう一つ良いことがあります。

左のように、3連から4連の天然真珠のブレスレットとして使うこともできるのです。

フランス皇后ジョセフィーヌ・ド・ボアルネの天然真珠のティアラとネックレス姿 ナポレオン三世の妻でフランス皇后ウジェニー・ド・モンティジョの天然真珠のティアラとネックレス姿
フランス皇帝ナポレオン一世の皇后ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(1763-1814年)、制作年不明 フランス皇帝ナポレオン三世の皇后ウジェニー・ド・モンティジョ(1763-1814年)、1853年制作

フランスの皇后二人も、それぞれ右手首に数連の天然真珠のブレスレットを着けていますね。ネックレスやピアスは顔周りで目立ちますし、指輪も富と権力を象徴する存在なので、まずはそういうアイテムから揃えていくのが通常です。ブレスレットまで気を遣うことができるのは、ある意味最も贅沢なことだと言えます。

現代ではなかなか古の皇后たちのようにあれもこれもと手に入れることはできませんが、ネックレスにもブレスレットにも使えるという使い勝手の良さは、アンティークジュエリーを愛する現代人にとってはとてもありたがいと感じます。

クリーニング&糸換え

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

先にも記載した通り、買い付けた後に日本の専門の職人にクリーニングと糸換えをやってもらいました。レベルの高い職人の存在は、日本で養殖真珠産業が発展した恩恵とも言え、これだけはありがたいです。

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

元々真珠が好きだからこそ職人になります。ヘリテイジで持ち込む以外にアンティークの天然真珠ジュエリーを見ることはないそうですが、その価値を十分に理解して扱ってくれます。

現代の漂白・染色(調色)された養殖真珠のように不自然になるほどクリーニングし過ぎず、自然の美しさが惹き立つようなクリーニングをやってくれます。これは職人さんの美的センスと技術次第なのですが、安心してお任せしています。

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

Beforeの画像がないので元から比べてどれだけ綺麗になったかはお示しできないのですが、実物を手に取ってご覧になれば100年以上前のものとは思えないくらい、はっきりと清らかな美しさを感じていただけるはずです。通常真珠のお手入れは表面を軽く布で拭くと言われますが、プロフェッショナル・クリーニングでは穴の中までクリーニングします。これが天然真珠本来の美しさの蘇りのポイントで、プロでなければ出来ない技です。

古代ローマの天然真珠&エメラルドのピアス(ルーブル美術館)

元々天然真珠自体、不適切な扱い方さえしなければ100年程度で変色したり、照りツヤが悪くなるような宝石ではありません。

古代ローマの耳飾り(2世紀-3世紀) ルーブル美術館所蔵
天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

しかもクリーニングする前のロンドンの鑑別書ですら光沢の判定は『Very good』だった、良質な天然真珠を使ったネックレスなのですから、仕上がりが素晴らしくならないわけがありません。

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

62cmのセミロング・ネックレスでしかもオールノットの糸換えも含めてなので結構な費用はかかりましたが、これだけ綺麗に甦り、安心してお使いいただけると思うとやって良かったです。

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

真珠の形はよく見れば歪な珠もありますし、色も養殖真珠のように均一ではありません。でも、ジュエリーとして使う時には違いは気にならないくらい、十分に大きさも、色や照りツヤも揃えてあります。当時の超高級品として相応しいくらい、きちんとお金と手間をかけて作られているのです。

イギリスのダイアナ妃

ラヴァーズ・ノット・ティアラも天然真珠の形は歪だったり、単体で見ると色の違いがはっきりとありましたが、身につければ特に目立つとは思えません。

ジュエリーに一番求められるのは全体との調和であり、着用者を惹き立たせることです。

単品で完璧なものを望むならば、やはり現代の養殖真珠を求めるべきでしょう。

天然の素材を使うアンティークジュエリーにそこまで完璧なものはありません。

イギリスのダイアナ妃(1961-1997年)

昔も天然真珠のネックレスは色ムラがないものが評価されてきました。

でも採ることすら難しい天然真珠で、さらに色や照りツヤまで揃えるのは王侯貴族や超富裕層でなければ困難なのです。

実際、中級クラスはこれくらい色ムラがあります。それでもかなり高価だったはずです。

中級の天然真珠ネックレス(色ムラ)
天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

また、色に関しては白いものが珍重されてきました。

『白』と言っても、養殖真珠のような漂白された不自然な色ではなく、若干クリームの色味を帯びた白です。

日本でも、昔と今では『白』は生成りなのか青みがかった白なのか、人々のイメージに違いがあると言われていますよね。

これも一応素材は天然真珠ですが、こういう黄土色は論外です。

例え天然真珠であっても、汚らしい低級品として見向きもされず、ジュエリーにはされてきませんでした。

台頭してきた中産階級向けの安物として、少し後の時代にネックレスとして仕立てられはしたのですが、クラスプの簡素な作りを見れば分かるように、一番下のレベルの天然真珠ネックレスです。

低級の天然真珠ネックレス(ゴールデンパール:黄土色)

昔は商品価値がなかった黄土色の真珠ですが、業者がひらめきました。

『ゴールデンパール』とネーミングしてブランド化すれば高値で売れると目論み、これが見事にヒットしました。

名前だけでも売れちゃう、無価値なものを価値あるものに転換する、ある意味錬金術です。

【現代】ゴールデンパール&ダイヤモンド・ペンダント RM14,410-(約40万円)

ゴールデンカラーは特に中国人に大人気で、養殖真珠を染色して人工的に作っちゃうどほどだそうです。

それに乗じて、安物のアンティークの天然真珠ネックレスをゴールデンパールと称して販売するディーラーも出現するほどです。

私は元サラリーマンなので、つい「みんな商魂逞しいな」と茅の外から見てしまいますが、少しは見習って店を潰さない程度には頑張らねば(笑)

南洋ゴールデンパール
選別や染み抜きなどの調色前の養殖真珠

養殖真珠でも染み抜き前だとこれだけ色や形にムラがあります。母貝の分泌物異常によって発生するシミは、取り出した養殖真珠の8割以上に存在すると言われています。養殖真珠も真面目に取り組んでいた時代は色を落ち着かせるために2年間寝かせたり、さらにそこから選別して低級品は出荷しないようにしていました。

今ではぜ〜んぶ使います。どうしようもないものは粉末化して化粧品に混ぜて「真珠が入っています」と謳いますが、大体は脱色して染色して外観を無理矢理均一にしてしまいます。選別の手間も省けてコストカットになりますし、そのままでは販売できない低級品でも高値で販売できます。

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー

これらの天然真珠がいかに価値があるかご想像いただけますでしょうか。母なる海で母貝が長年かけて育み、男たちが命をかけてプライドと労力をかけて母貝を採ってくる。1万個に数粒程度という、商品価値のある珠を膨大な量の母貝の中から探し出す。さらにこの天然真珠に適した珠を157粒、用意する。

職人技が魅力の細工物とはまたひと味違った魅力を放つ、アンティークジュエリーにしかない魅力あるジュエリー。それが天然真珠を使った優れたアンティークジュエリーなのです。

天然真珠の珍しいクラスプ

天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー
天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー
この天然真珠ネックレスのクラスプは、これまでに見たことがないとても珍しいデザインです。ネックレス部分の天然真珠以上に大きな天然真珠が三個並んだクラスプです。一見、クラスプではなくネックレスの続きの一部のよに見えます。それを狙ってのことだと思いますが、ありそうでないデザインで、作者やオーダーした人物の美意識やセンスが伺えて嬉しくなります♪
天然真珠 セミロング・ネックレス アンティーク・ジュエリー
セーフティー・チェーンが付いているので安心してお使い頂けます。

 

クラスプの付いた後ろ側の方まで、全て同じサイズの天然真珠で揃えられています。

サイズにグラデーションが付いた天然真珠のネックレスもエレガントで素敵なのですが、このネックレスはまた違った印象のオシャレが楽しめそうですね♪


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