No.00211 Blue Impulse |
あまりにも美しいブルー・・・ 全面にセッティングされた最上質のオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドの圧巻の煌めきもさることながら、やはり一番目が行くのはこのブルーのサファイアではないでしょうか? この色こそが一番美しいサファイアの色と称されるコーンフラワーブルーであり、シルクインクリュージョンによるベルベットのような質感を持つ、最上質のサファイアリングと言うに相応しい作品です。 |
『Blue Impulse』 ビルマ産サファイア&ダイヤモンド リング イギリス 1880〜1900年頃 ビルマ産サファイア、クッションシェイプカット・ダイヤモンド、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、18ctゴールド、シルバー サイズ14,5号(変更可能) ロンドンの鑑別書付き SOLD |
||
|
コーンフラワーブルーを持つサファイアと言えば、アンティークジュエリーの幻の宝石カシミールサファイアを思い浮かべる方が多いと思いますが、このリングに使われているのはビルマ産の最も上質なサファイアです。 サファイアのような高価なカラーストーンについては、純粋に鉱物学的なことを研究する専門家のためだけでなく、宝石ビジネス目的や石オタクによる恣意的な情報も巷には溢れかえっているため、生半可に勉強してもかえって混乱することも現代では少なくありません。 石に施される人工的な処理も日進月歩、鑑別のための分析技術の進歩といたちごっこ状態で、最新技術によって処理された物は分析技術が追いついておらずどんな世界最先端の鑑別機関を使っても完全には鑑別しきれないというのがこの世界では常識です。 こんなことを言うと現代宝飾業界は自分たちの首が絞まるので、一般消費者に向けてこのような情報を発信することは通常はあり得ません。「宝飾業界の裏側を暴く」という類のキャッチーな宣伝文句で、出版部数だけを稼ぎたい感じの書籍が刊行されることは度々ありますが、これもじゃあどうしたら良いのか対案を提示することができず片手落ちな印象です。天然のままで美しい最高級の石だけを使うのが当たり前だった王侯貴族のアンティークジュエリーを厳選して扱っているヘリテイジしか書けない、サファイアの話をこのカタログで掲載したいと思います。 |
サファイアのカラー・バリエーション
コランダム(酸化アルミニウム)の結晶構造 "Corundum" ©Materialscientist(18 April 2009)/Adapted/CC BY-SA .0 |
酸化アルミニウム(Al2O3)の結晶から成る鉱物をコランダム(鋼玉)と言います。 鋼玉という名前通り、モース硬度9というダイヤモンドの硬度10に次ぐ硬度を持つ非常に硬い鉱物です。 一部のAlが他の元素に置き換わることで、様々な色を呈します。 |
コランダムは、無い色は無いと言われるほどカラーバリエーションが豊富です。その中でもピンク色の濃いものはルビーと呼ばれ、その他はサファイアに分類されます。サファイアの中でも、ブルー系の石以外はファンシーカラーサファイアと呼ばれています。 ただ、現代宝石では少なくとも9割以上のサファイアが加熱処理されていると言われており、天然の色とは言えません。市場の正確な統計は不可能で、実態は誰にも分かっていません。 |
エドワーディアン ピンクサファイア リング ドイツ or オーストリア 1910年頃 |
それでもアンティークジュエリーの中にはごく稀に、鮮やかで美しい色彩を持つファンシーカラーサファイアを見ることができます。 これはピンクサファイアのリングですが、これよりももっと色が濃くなるとルビーに分類されます。 ルビーはサファイア以上に稀少で高価な宝石ですが、このような感覚的に「綺麗!」と感じる絶妙な色合いのピンクサファイアは当時でも貴重だったようで、裏側を見ても分かる通り高価な石に相応しい、抜群のデザインと作りが施されています。 |
青いサファイアのカラー・バリエーション
さて、カラーサファイアには様々な色がありましたが、実はブルーにも様々な色合いが存在します。加熱処理石だったとしても、天然石がベースなので当然ですね。レシピ通りに配合して作る合成石とは違います。 |
【参考】サファイアのカラーバリエーション | 宝石に全く興味がなかったサラリーマン時代は、サファイアもルビーも色が濃ければ濃いほど良いものだろうと適当に考えていました。 でも、本来は感覚的に「綺麗!」と感じる色の石が、良いものであるはずです。 |
このような感覚的なものは時代や地域、文化でもかなり変わるものです。故に定義すること自体、意味あることは言えません。一応、現代は色が鮮やかで純粋な青、かつ淡すぎず濃すぎない色合い最も価値が高いとされていますが、業者によって言うことはまちまちです。なぜならば、それぞれの業者が自分の商品を高く売りたいからです。色の薄いサファイアの仕入れルートがある業者、濃い色の仕入れルートを持つ業者、それぞれです(笑) そうは言っても最大公約数的に、万人が綺麗と感じるブルーはあります。矢車菊の青とも表現される、コーンフラワーブルーのサファイアです。 |
幻のカシミールサファイア
カシミール・サファイアの産出地だったパダール渓谷と近隣の町 "Gullabgarh Paddar" ©Tseringdorjay4(30 July 2016)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
幻の宝石カシミール・サファイアの名前は聞いたことがある方も多いかもしれません。幻と言われるには理由があります。 インドとパキスタンの国境付近、世界最高峰のヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に囲まれた、人が往来できる標高4,500m地点のパッダール渓谷で1881年に発見されたのがカシミール・サファイアです。崖崩れの後、岸壁の窪みの中に偶然この青い宝石が発見されたそうです。 標高が高く、冬は積雪するような人の往来が少ない地域でこの宝石が発見されたのは本当に奇跡のようなものです。 この地を往来する商人によってカシミール・サファイアが知られるようになると、カシミールのマハラジャが鉱山の所有権を主張し、1883年に軍隊を派遣して村人を閉め出し鉱山の運営を始めました。その後、1887年までに間に鉱山の最上質のサファイアはあっという間に取り尽くされてしまいました。 1907年に、最上質のカシミール・サファイアが採掘されていたオールド鉱山からわずか100m離れた地点に鉱床が発見され、相当量の結晶が採掘されたものの、いずれも無色〜暗青色の低品質のサファイアばかりで、初期の高品質のサファイアは二度と姿を見せることはありませんでした。これが幻のサファイアと言われる所以です。 |
コーンフラワー(矢車菊) "Centaurea cyanus 3" ©Thayne Tuason(17 June 2011, 21:53:52)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
カシミールサファイアはヘイジー効果と呼ばれる霧がかったような乳白の光沢が見られることが特徴で、その輝きはシルクのようとも、ベルベットのようとも言われます。コーンフラワー(矢車菊)のような絶妙の色合いが美しいブルー・サファイアです。 産出された期間が1881〜1887年、およそ7年間とごく限られており、現代でカシミール・サファイアを手に入れるにはアンティークジュエリー由来の石を探すしかありません。もちろん加熱処理は行われていない時代のものなので、非加熱の天然サファイアとなります。残念ながら石だけ取り外し、ルースで販売されているのも散見されます。石の価値だけで、物凄く高値で販売できるからです。 インクリュージョンの状況であったり鑑別士の経験値などにも依りますが、サファイアの加熱の有無や産地などは、人の目と多少の設備である程度は鑑別が可能です。ただ、確実にカシミール・サファイアと特定するにはかなり高額の専用装置が必要で、鑑別できる機関は世界に数カ所しかありません。当然ながら鑑別費用も相当な額となるため、普通は1,000万円を超える商品にしかやりません。 それだけの経費をかけ、経費分をお値段に乗せても買う人がいるくらい、高値で取引されるのがコーンフラワー・ブルーのカシミール・サファイアなのです。 |
カシミール・サファイアにプレミアムが付く理由
サファイアの産地としてカシミール、ミャンマー(ビルマ)、スリランカ(セイロン)、マダガスカル、オーストラリア、パイリン、モンタナなどがあります。 産地ごとに「カワセミのブルー」など、もっともらしい名称が付けられていたりします。ただのブランド名みたいなものです。このような産地ごとに特徴や傾向は存在しますが、同じ産地で見ても色のバラツキはあります。天然から採れる鉱物なので、当然と言えば当然ですね。 当然、カシミール産以外でもベルベットのような質感を持つコーンフラワーカラーのサファイアが産出することもあります。それでも、現代はカシミール産というお墨付きがあるだけで極端にプレミアが付いて異常な価格がつきます。数千万円のカシミール・サファイア・リングなんてものも当たり前に存在します。 リメイクされてデザインと作りは酷かったりするのですが、一般的に石ころ好きは"新品"を好むようで、上質な宝石が付いたアンティークジュエリーほどロックオンされて解体される運命にあります(泣) カシミール・サファイアというだけで価格が一桁上がるのですが、同じ色彩を持つ他産地のサファイアと比べて10倍美しいというわけではありません。賢い方ならばもうお分かりと思いますが、これは投機の対象だからこのような値段がつくのです。 カシミールサファイアは採掘された期間がごく短く、存在する数が限られています。でも、たまに市場に出てくる程度の数はあります。そして「美しい宝石である」という大義名分もあります。先ほどお話ししたような、崖崩れで偶然発見されたなどの、魅力あるエピソードもあります。 本当に少な過ぎて誰も知らないようなマイナーな物だと価格は吊り上がりません。今後新たに供給される可能性があると投機対象としては不安がありますが、 130年以上も新たな鉱脈は発見されていないという安心感もあります。投機の対象として都合が良かったのです。 |
カシミールサファイアにプレミアが付く弊害 〜芸術・文化の破壊〜
美しさに見合う価格が付いているわけではないのです。投機という視点ではごく自然な経済理論ですが、ジュエリーとしては、それだけの価値があると本気で思い込んで買う方はどれくらいいらっしゃるのでしょうね。 投機の対象としての魅力はあるかもしれませんが、そのためにアンティークジュエリーがまた1つ失われていくと思うと買わないで欲しいです。高値で買う人がいなければ、業者も石だけ取り外して売るなんてことはしなくなりますから・・。 買う人は、知らないうちに文化の破壊に手を貸していると言えるのです。今はもう当時のような、手間と技術をかけた高度なモノづくりはできません。 |
妖怪となった古道具たち(付喪神:つくもがみ) 【引用】付喪神絵巻2巻より 京都大学付属図書館蔵 |
日本で高度経済成長を経て大量生産・大量消費が当たり前になったのはごく最近のことです。さらにバブル崩壊後のデフレ経済も経て、モノに求められるのは最低限のスペックはクリアしながらもとにかく安いことです。誰でも新品が容易に手に入り、壊れたり飽きたら買い換えれば良いという消耗品思考が日本人には当たり前となってしまいました。 少し前までは物は大切にし、次の代までも大切に使うということもごく当然のことでした。日本の伝統的な妖怪、付喪神(つくもがみ)なんかも良い例ですよね。 |
路地に捨てられた古道具たち 【引用】付喪神絵巻2巻より 京都大学付属図書館蔵 | 長い年月(九十九:つくも)使われ続けた道具などには精霊が宿り、付喪神になるというものです。 室町時代(1338-1573年)の『百鬼夜行絵巻』で既に付喪神とみられる道具の妖怪を見ることができます。 江戸時代にも写本があり、長い年月日本人に親しまれてきた概念です。 |
人間への復讐を企てる古道具たち 【引用】付喪神絵巻2巻より 京都大学付属図書館蔵 | 左は奉仕した人間に捨てられて怒っている古道具たちの様子です。 物にも心があり、魂がある。 |
深川江戸資料館(民家内部の復元) | 末代までも使うのが当たり前だからこそ、丁寧に作るし大切に扱います。 奉仕してくれたのだから、道具としての寿命を迎えたら感謝の念を持って道具供養する。 もはやこのような日本人の精神は絶滅危惧状態です。 アンティークジュエリーに興味を持ってこのカタログをご覧いただいて下さっている方は、現代日本人の中では珍しい方なのだと思います。 新品であることだけに価値を感じる人がいかに多いことか、きっと既にご存じだと思います。 |
デザインが古くなってしまった、祖母や母親から受け継いだアクセサリーレベルのジュエリーをリフォームすることは全然構わないと思います。 タンスの肥やしにするくらいなら、それぞれの人にとっての想いがある宝物として活用すべきです。 |
【参考】1千万円以上で販売された、現代のリメイクによるカシミール・サファイア・リングの作り | でも、1881〜1887年の間にしか採掘できなかった特別なサファイアともなれば、間違いなく当時の最高の職人による素晴らしい作りが施されたジュエリーだったはずなのです。 その価値が分からないと、あっさり石だけ取り外されて、見るも無惨な形にリメイクされてしまいます。 現代では、職人による億単位のハンドメイドジュエリーでもワックスを使った鋳造で作ります。アンティークのハイジュエリーでは当たり前である鍛造と違って金属に強度がないため、金属を多く使う必要があり、どうしてもデザインがゴツくて美しくないのです。 |
ただ、石コロ好きはこれを「プラチナがたっぷりと使ってあって贅沢♪高級!♪」と喜びます。デザインはどうでも良い人が多いです。センスの良い成金がいないのは、こういう選び方も理由の1つです。 良いデザインや細工にはお金がかかるのは当然で、しかもそれが他者との差別化ポイントです。だからこそ古の王侯貴族はここに最もお金と教養をかけてきたのですが、成金はそこにはお金を出したがらず、材料費だけに目が行っています。だから分かっている人から陰で笑われたり、認めてもらえないのです。 |
加熱サファイアとは?
ダイヤモンドの贅沢な使い方や、最高級の作りを見れば、あきらかにこのサファイアが特別な石であることはプロのアンティークジュエリーディーラーである私にも一目瞭然です。 ヘリテイジでも上質なサファイアを既にいくつかご紹介してきましたが、サファイアだけ見ても石の素人の私でも別格であることは分かります。 このクラスの作品は別格だとしても、これからも間違いなくサファイアは扱うことになるため、宝石鑑別所の所長をアトリエに招聘して特別にプライベートセミナーを開催してもらいました♪ |
HERITAGEの実体顕微鏡 | 招聘したのはこの道45年、現代宝石の長い歴史を経験し、他国交流では代表も務める、海外の最先端技術も熟知したベテラン鑑別士です。 単なるアクセサリー屋さん同然のジュエリー・ショップだったら、数十万円する顕微鏡に投資なんてやらないでしょうね。 サラリーマン時代の限りある蓄えをどうやって最大限有効に使うかは非常に悩みました。買付も重要ですが、お金が余っていなくても、こういう設備にきちんとお金をかけるのがヘリテイジです。 |
現代では9割以上のサファイアは加熱処理されていると言われています。実態が見えないからこそ9割以上と言われていますが、感覚的には100%に近い割合だと専門家には考えられます。「非加熱サファイアに出会えることは奇跡」と言う現代宝飾店すらもあります。 良い石が採れないならば、希少性のない安物として販売する分にはしょうがない気もします。メーカー側の言い訳としては「石が本来持っていた魅力を人工的に引き出すだけ。自然がやるのか、人工的にやるかだけの違い」と耳にします。これだけ聞くと、結果が同じならば別に構わないような気もしてしまいます。 でも、事実を知ると実は全然違うことが分かりました。 |
【参考】シルク・インクリュージョン | サファイアにはシルク・インクリュージョンとも呼ばれる針状結晶(ルチル)が存在します。 このルチルの入り方によって質感や透明度が違ったり、スターサファイアなったりします。 今では天然のままで美しいブルーのサファイアが産出することはごく稀ですが、このルチルがあると加熱によって美しいブルーになる可能性があります。 ルチルを溶かし、結晶内部に成分を拡散できるほどの超高温にすることで、美しいブルーを呈する場合があります。 ルチルは溶けて拡散するので見えなくなり、透明度も上がります。 |
加熱処理石を売りたい人たちは「加熱処理は古代から行われており、少なくともコランダムに関しては13世紀にはスリランカで加熱処理が存在したことが文献で残っている」と言います。 スリランカでは主にルビーの色調を改善したり、内在する青みを除去するために、薪や木炭など火に数時間、長いと数日かけて加熱処理が行われることはあったそうです。 でも、上質な青い石を採掘できたカシミールやビルマ(ミャンマー)では、そのような加熱処理の記録は聞いたことがありません。 現代のようにサファイアの加熱処理が一般的になったのは1960年代に方法が発見されて以降、1970年代からです。現代のルビーの加熱処理は1,000℃前後の電気炉で数十時間加熱しますが、さらにブルー・サファイアの加熱処理には1,400〜1,500℃の高温が必要で、ガスやディーゼルのオーブンを使います。1960年代に加熱条件が分かって以降、世界中で加熱処理機器の開発が一気に進みました。 |
木炭の燃焼 | ちなみに木炭でも条件次第で1,200℃くらい出すことは可能ですが、安定して高温を保つのは不可能です。 備長炭は低温なので760℃くらいで安定、黒炭やオガ炭でも870℃ほどで安定します。 そもそも屑石を加熱して美しくするのは、大衆需要が伸びて必要となった技術です。昔は超高温加熱の技術はありませんが、そもそも石が採れていた上に需要も少なかった時代は、そういう技術自体が必要ではなかったのです。 |
合成サファイア
ベルヌーイ法の概略図 | だからと言って、アンティークジュエリーならばどのサファイアでも天然で非加熱の石という訳ではないのも注意点です。 それは現代宝石のページでもたまに記載を見ます。その理由は合成サファイアの存在です。 もともと合成ルビーために開発された技術ですが、同じコランダム系のサファイアにもすぐに応用されました。 1902年にベルヌーイ法(火炎溶融法)という合成技術が開発され、量産技術が確立された1907年には年間1,000kg(500万カラット)の合成ルビーが市場に供給されました。 合成サファイアも1910年に技術が開発され、1913年には年間1,200kg(600万カラット)が市場に供給されています。 |
ブルー・サファイアを含む様々な合成コランダム "SynthKorVerneuil" ©U.Name.Me(29 November 2018)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
今では色のコントロールも、スターサファイアすらも、いかようにも合成可能となっています。 |
カリブレカット・シンセティック・サファイア エナメル・ブローチ ヨーロッパ 1910〜1920年頃 SOLD |
今では安物のイメージですが、合成サファイアも出始めの頃はプラチナ同様、画期的な夢の新素材として受け入れられました。 だからこのように高級なオリジナルケースも残っているような、ハイクラスの作りのジュエリーに使われていることもあります。 合成か否かは作りだけで判断することは不可能です。一応見方も習ってはいますが、宝石のプロではありませんのできちんと専門家に鑑別してもらっています。 それはルネサンスの時代から変わりませんし、合成だった場合はきちんと記載しています。 |
トライアングルカット・シンセティック・サファイア&ダイヤモンド リング イギリス 1920年頃 SOLD |
この仕事をやってみて分かったのが、プロの仕事は知識、経験、コネクション、一定の設備を持たないと無理だということです。 同じ立場となった私から見てもGenはとても尊敬できますし、同業で少なくとも国内に同じレベルの人物は他には皆無です。 Genはアンティークジュエリーを知られざる良いものと表現しますが、陰の真面目な努力家であるGen本人も、知られざるすごい人物だと私は思っています(笑) |
非加熱サファイアのシルクのような質感の魅力
このサファイアは透明感あふれる美しいサファイアです。 よく見ると、均質ではないことが分かりますでしょうか。 上半分は少し霧がかかったような乳白色、下半分は完全にクリアなブルーです。 この霧がかった景色が独特の雰囲気を醸し出して、より感覚的に美しいと感じる原因になっています。 |
このシルキーな独特の質感こそが非加熱サファイアにしかない、カシミールタッチと表現することができる最上質のサファイアの魅力なのです。 |
天然のサファイアには様々な内包物があります。これらを観察することで天然石か合成か、処理の有無や産地などの手がかりを得ることができます。内包物がなさ過ぎる、綺麗すぎる完璧な石だと判別は余計に難しくなってしまうことが分かりますね。 サファイアのシルキーの質感を出しているのがシルク・インクリュージョンと呼ばれる、ルチル(針状結晶)の集まりです。ルチルの太さや長さ、密度などでサファイアの印象も大きく変わります。 ルチルの入った色の良くないサファイアは、ルチルを溶かして成分を拡散させることで色の良いブルー・サファイアになる可能性があるので、炉で焼かれます。加熱処理するとルチルが溶けて消失するため、クリアで色の良い石になります。 |
【参考】スター・サファイア | このルチルがたくさんあるのがスターサファイアです。 適量のルチルが入った石を適切な方向でカットすることで、スターが出てきます。 もの珍しい印象もあって好きな人も少なくないのですが、今では合成することも可能な安石です。 |
【参考】セイロン(スリランカ)産スター・サファイア | スリランカではグレーのスター・サファイアがゴロゴロ採れるそうで、基本的にはルチルを溶かすことでブルーが出てくるので加熱処理するそうです。 一番安物のサファイアに使われる石だそうです。 これはこれで天然石としては面白い気がしますけどね。 |
【参考】『スリランカ産ロイヤルブルー・サファイア』色記載鑑別書付 | さて、これは『色記載鑑別書』なるものが付いた、スリランカ産ロイヤルブルー・サファイアです。 「色記載鑑別書って何?」と思っちゃいますよね。 権威ある(笑)鑑別機関で専門の鑑別士が、マスターストーンと見比べることで色を判断するそうです。マスターストーンの客観的な定義はなく、ただ鑑別機関がマスターストーンを其れと定義し、鑑別結果を保証する、それだけです。 |
【参考】スイスの鑑別機関によるサファイアの鑑別書 |
中立な立場からの根拠は存在しません。鑑別も結局はビジネスです。ボランティアではありませんし、稼いでなんぼです。自分たちで定義を作り、自分たちの保証がいかに価値あるものか、ブランド化に励むのです。 "権威によるイドラ"なんてものもあります。いかにも尤もらしい見た目の鑑別書なので、権威に弱い人はこれで納得するのでしょう。 |
【参考】加熱されてインクリュージョンが拡散し、天然石ならではの豊かな表情を失ったとみられるサファイア | このように色についてお墨付きがあるサファイアですが、加熱処理に関する記載は一切ありません(笑) 非加熱だったらPRポイントになるので、絶対に記載するはずです。加熱石と判断して良いでしょう。 見ると不自然なくらい透明感がありますね。石の表情、雰囲気は感じられません。 これが加熱処理され、死んだ石の特徴です。 |
非加熱の石だからこその雰囲気ある自然の美しさ
この道45年、日本の代表も務めるようなベテラン鑑別士が、このサファイアを見た瞬間にニコニコした理由がもうお分かりだと思います。明らかに非加熱な上、カシミールサファイアかもしれないとすぐにコメントが出たくらい質感も色も美しいのです。 |
コーンフラワーブルーという、強いブルーよりも少しだけ淡い優しい色、そしてシルクインクリュージョンが見せる独特の乳白色の質感。 あくまでも石の上半分だけが少しだけ霧がかっているような、絶妙なシルクインクリュージョンの入り方。 下半分はあくまでも視界良好なクリアさ、霧がかった部分も完全に霧に包まれるのではなく透明度も保たれている、奇跡のようなサファイアの景色・・。 これこそいつまで見ていても飽きることのない、癒しの青です。 |
時代を超越したデザイン
指に着けると宝石しか見えない、古さを一切感じさせないデザインです。 優れたアンティークジュエリーに見られる、ヘリテイジが大好きないわゆる時代を超越したデザインです。 |
あまりにも綺麗だったので、パッと見たときはエドワーディアンかアールデコくらいの新しいリングかと思ったのですが、作りをみるとシルバーを使ったヴィクトリアンの作品だったのでさらに仰天しました。カシミールサファイアが産出された1881〜1887年という期間と重なる、1880〜1900年頃の作りです。 昔採れていたような綺麗な石が枯渇して採れなくなったことが原因で、アンティークジュエリーに使われていた素晴らしい宝石が現代の宝飾業界でターゲットになっています。 そうでなくとも時代ごとに流行があり、デザインが古くさくなると持ち主によってリフォームされることも多々あります。 |
これだけの石が付いていて、当時のまま残っているのは奇跡のようなものです。 それはこのリングが時代を超えたデザインで作られ、いつの時代もみなが最高に美しいと感じ、リフォームの必要がなかったからこそなのです!♪ |
<最高のサファイアに相応しい作り >
シャンクのダイヤモンドの特別な魅力
このリングのシャンクは驚くほど贅沢な作りです。正面から見える範囲は、すべてダイヤモンドしか見えないように制作されています。この角度からも分かるように、シャンクのダイヤモンドはそれぞれかなり厚みがあります。古い時代のカットの特徴ですね。 |
詳細は『財宝の守り神』でご説明していますが、数学的に内部反射だけを考慮したブリリアンカットは、特にクラウンが薄いのでクラウンからの煌めきがあまりありません。 一方、古いカットのダイヤモンドはクラウンが厚いので、クラウンのファセットの輝きは驚くほどダイナミックです。 |
【参考】ダイヤモンドリング(現代) | 現代のブリリアンカットは、内部のパビリオンからすべての光が反射してくるので、真上から見たときはちょっと面白いかもしれません。 |
【参考】ダイヤモンド・リング(現代) | でも、斜めから見ると平たくて貧乏くさい上に、クラウンのファセットの面積が極端に少ないため、全然輝きを感じることができません。 ダイヤモンドがついてさえいればOKな方ならばこれでも十分嬉しいのかもしれませんが、ダイヤモンドなんて輝いてなんぼです。 ダイヤモンドは他の石にはない金剛光沢(ダイヤモンド光沢)があるからこそ魅力ある石と評価できるのです。 |
一応どちらも同じ、正面から見える部分すべてをダイヤモンドにするという思想で作られている指輪だと思います。特に斜めの角度から見ることになるシャンク部分は、オールドカット・ダイヤモンドとブリリアンカット・ダイヤモンドの違いが顕著ですね。 右側のリングの現代のダイヤモンドは平たくて存在感がなく、クラウンのファセットもほとんど見えず輝きなんて期待できません。ダイヤモンド以上にダイヤモンドを留めるための爪が存在感を発揮していて、思わず失笑してしまいます。こんな指輪を付けるくらいなら、何も付けず美しい所作を身につけた方がまだ手が美しく見えると思います。 さて、右のリングはシャンクを埋めるために、中央の列は7石のダイヤモンドを並べています。一方、サファイアリングはたった3石のダイヤモンドでシャンクを埋めています。これがどういうことなのか、横から見ると凄さが分かります。 |
このように大きさの違うクッションシェイプ・ダイヤモンドが3石並べられています。 円形のオールドヨーロピアンカットではなく、長方形のクッションシェイプ・ダイヤモンドが使われていることがポイントです。 縦長のクッションシェイプ・ダイヤモンドを使うことで、宝石の数を最小限に抑えているのです。 |
ジュエリーのカタログを見ていると、合計で何カラットと記載されてある物をよく見るのですが、合計カラットが大きくても大して価値はありません。 1石あたりでどれだけ大きいのかが価値と価格に大きく影響します。 ダイヤモンドが現代では量はたくさん採れると言っても、やはり大きくて上質な石は少ないからです。 |
|
【参考】ダイヤモンド・リング(現代) | 左のリングのように、ダイヤモンドの数だけ多くてもこんなに小さければほとんど価値はありません。 メレダイヤなんて個人でも1粒300円くらいから手に入ります。業者が一括購入したらそれこそタダみたいな価格でしょう。でも、たくさん使って合計すれば、そこそこのカラット数になって高い値段で売りやすそうです(笑) |
この指輪に使われているようなクッションシェイプ・ダイヤモンドは、ジョージアンの最上質のダイヤモンドのカットに多く見られるものです。 19世紀中期以降の上質のダイヤモンドのカットとしてポピュラーなのは、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドです。 |
ダイヤモンドの結晶型はいくつかありますが、左の最上質の結晶からもご想像いただける通り、対称にカットするのが最も無駄が出ません。 縦長のクッションシェイプ・ダイヤモンドは美しくはあるのですが、対称にカットするオールドヨーロピアンカットに比べて無駄が多い、より贅沢なカットです。 |
シャンクの形状に美しく完璧に合わせるために、わざわざダイヤモンドまでもが特別にオーダーされたことの証です。 最高のサファイアに相応しい扱いと言えるでしょう。 |
ダイヤモンドはすべて上質の石ですが、特にシャンクの根元の石は、脇石としては通常はまずありえない大きくて素晴らしい、輝きが強いダイヤモンドが使われています。 |
脇石にこれほど上質で大きな石を使っている指輪は過去に見たことがありません。メインストーンにできるクラスの素晴らしいダイヤモンドを、脇石として両側に2石従えているのがこの天然のコーンフラワーブルー・サファイアなのです。どれだけこのサファイアに価値があるのかが伝わってきますね。 |
サファイアの外周を飾るダイヤモンド
サファイアを囲む、クリアで煌めきの美しいダイヤモンドも全体の雰囲気をより華やかにしています。 このダイヤモンドにもたくさんの気遣いを見ることができます。 |
パッと見ただけだと手作業でカットしたオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドをただ外周に並べているだけのように見えるかもしれません。 でも、実は大きさをそれぞれ意図的に変えています。 左右の石が最も大きく、上下の石が最も小さく、それ以外の石は上下左右の大きさに合わせて大きさがグラデーションになっていることが分かりますでしょうか。 |
これは縦長のサファイアの形を考慮したデザインです。ただ同じ大きさのダイヤモンドで囲んで縦長の印象のままにするのではなく、微妙に指輪のフェイスを横長に見せることで、お花のような可愛らしい印象をプラスさせているのです。これはダイヤモンドも1つ1つ、このリングのために手作業でカットしているからこそできることです。 縦長の石をいかに美しく見せるかはデザイナーの腕の見せ所ですが、現代のダイヤモンドは規格が決まった量産の工業製品で、それを買ってきてジュエリーを作るしかありません。 ある意味、制約が多くて現代ジュエリーのデザイナーもつまらないと思っているかもしれませんね。 いつの時代も優れたデザインセンスを持つ人はいるのでしょうけれど・・。 |
【参考】サファイアリング(現代) | 無個性のダイヤモンドをびっしり付けても、感覚的に美しいとは感じられませんね。 規格工業製品なのでピシっとした製品感はありますが、ジュエリーにあってほしい芸術性は感じません。 しかもダイヤモンドは小さいくせに全て光学的に理想的なブリリアントカットなので、小さなパビリオンのそれぞれのファセットがワシャワシャ煌めいて、むしろ気持ち悪く感じます。 |
手作業で世界一硬い鉱物を時間をかけて1つ1つカットしているのですから、当然それぞれのダイヤモンドに個性があります。 規格を統一して正確に同じものを作れば良いのかと言うと、ジュエリーについてはそうではないことがよく分かります。 個性に合わせて、全体を見たときに美しいと感じるバランスが取れるよう配置すれば良いだけなのです。 職人自身が高い美的センスを持たなければ不可能ですが、昔は王侯貴族のためにそれができる優れた職人がいたのです。 |
【参考】サファイア・リング(現代) | ちなみに取り巻きのダイヤモンドが大きければブリリアンカットでももう少しマシかと思ったのですが、やっぱり全然ダメでした。 それにしてもこのリングも、随分と爪の目立つセッティングですね。 |
シャンクの細かな心遣い
このリングは一見ただの宝石主体のジュエリーに見えますが、シャンクにも細かい気遣いが見えます。 ダイヤモンドをセッティングしたシャンクの側面にはわざわざ溝が彫ってありますし、シャンクの一番小さなダイヤモンドの手前にも2つの溝が彫ってあります。 |
どちらも多くの人には気づかれないのではというくらいちょっとしたことですが、見たときの印象に間違いなく影響を与える、デザイン状の良いアクセントになっているのです。 こういう細部にまで気を使った作りが、ハイクラスの指輪の証です。 |
2種類の金属を使いこなした特別な石留め
この指輪は石の留める金属の使い方も珍しいです。 サファイアは金で留めて、その周りのダイヤモンドは銀にゴールドバックの覆輪留めです。そしてシャンクのダイヤモンドはすべて金で留められています。 |
ゴールドだとダイヤモンドが色を反映して黄ばんで見えるため、プラチナが出てくる以前はダイヤモンドのセッティングには通常シルバーを使います。 |
シャンクのダイヤモンドはゴールドのセッティングですが、極限までゴールドの存在感を消したセッティングなので古めかしさもダイヤモンドの黄ばみも感じないのです。恐るべき技術です。 |
シャンクのクッションシェイプ・ダイヤモンドは本当に大きくて美しい石です。画像ではなかなかその真の魅力をお伝えしきれないのですが、この画像だと煌めきだけでなくファイアが綺麗に見えていますね。 サファイアの外周にあるダイヤモンドも、シルバーにゴールドバックとなっていることが分かると思います。 |
裏から見るとフェイスとシャンクが一体になっており、素晴らしい技術で作られた作品であることがよく分かります。 どこから見ても丁寧で奇麗な仕上げがしてあります。 |
ロンドンの鑑別書
サファイアをより深く理解するために日本のベテラン鑑別士の知識と経験も頼らせてもらいましたが、鑑別書はロンドンで取得したものをお付けします。買い付け時に既にロンドンのディーラーが取得していました。品質を保証しない怪しげなディーラーも存在する業界なので、信頼できるディーラーとだけ取引しています。 |
あまりにも美しいコーンフラワーブルーのサファイアと贅沢過ぎる作りに、思わず「スイスで正式に鑑別したら実はカシミールサファイアだったりして(笑)」なんてちょっと夢見たりしつつ、リングを見ながら美しさに癒されます。 時代を超越した見事なサファイアリング、最高のリングを探していらっしゃる方にはぜひオススメしたい作品です♪ |