No.00188 Bewitched |
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『Bewitched』 ウィッチズハート(魔女のハート) ペンダント&ブローチ(ロケット付) イギリス 1880年頃 オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、ローズカット・ダイヤモンド、ギロッシュエナメル、シルバー&ゴールド サイズ 3.2cm×2.5cm 重量 9g SOLD 19世紀後期のイギリスでとても人気があった、愛の証としてのウィッチズハートのペンダント&ブローチです。その中でも稀に見る、非常に高度な技術と手間を凝らしたハイクラスの作品です。 |
ウィッチズハートの意味と歴史
Witch's Heart. 直訳すると魔女のハート。
西洋の魔女と聞くと、"魔女狩り"の歴史などもあってなんだかちょっと怖いイメージが湧かれる方もいらっしゃるかもしれません。 ウィッチズハートとは、ハートの一番下の部分が左右どちらかにツイストした形状のものを言います。 実は時代によって、ウィッチズハートには異なる意味がありました。いずれも美しい愛の意味を持つのですが、少し具体的に見ていきましょう。 |
ハートモチーフの意味
【重要文化財】ハート型土偶 縄文後期 紀元前2000-1000年頃 群馬県吾妻郡東吾妻町郷原出土、個人蔵 |
ば〜ん!! いきなり盛り上がったハートな気分を折るような、ヘンテコな顔の土偶ですみません(笑)
とは言ってもこの土偶は90円切手のモチーフになたこともある、美術界でも評価の高い超有名な土偶なのでご存じの方も多いと思います。 『ハート』は遙か太古の時代から存在し、地域も限定されず各地、各民族に見られる単純かつ普遍のモチーフです。 |
カトリック教会のステンドグラス All Saints Catholic Church(St. Peters) 設立1823年 "All Saints Catholic Church (St. Peters, Missouri) - stained glass, sacristy, Sacred Heart detail " ©Nheyob(8 July 2014, 17:31:19)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
現代だとハートは愛の証、可愛らしいモチーフとして既にイメージが確立していますが、キリスト教圏でハートと言えば『聖心』ですね。 聖心はイエス・キリストの人類に対する愛の象徴である心臓、もしくはその心臓への崇敬を示す言葉です。 |
もともとキリスト教最初期の時代から、教会では一種の『神の愛』への信仰は存在していたものの、最初の千年間はキリストの心臓に対する崇敬の痕跡は一切認められていません。聖心への崇敬が見られるようになるのは11、12世紀頃からです。13-16世紀にかけてさらに普及し、当初は私的崇敬だったものが17世紀には公のものとされ、『聖心の祝日』が設定されるようにまでなります。 |
聖人マルガリタ・マリア・アラコク(1647-1690年)モントーバン大聖堂 "Cathédrale Notre-Dame-de-l'Assomption de Montauban - Vision de Marguerite-Marie, religieuse de la Visitation par Armand Cambon PM82000424 " ©Didier Descouens(2 August 2016)/Adapted/CC BY-SA 4.0 | 今日の聖心崇敬の隆盛を決定づけたのは、修道女で聖人のマルガリタ・マリア・アラコクの「キリストの姿を見た」という神秘体験です。 1673年、イエスが彼女の頭をイエスの心臓の上にもたせかけ、彼女にイエスの愛の奇跡を示し、これらの奇跡を世のすべての人に知らしめ、神の宝を広めることを望んでいること、その任に彼女を選んだことを伝えたそうです。 1674年、イエスがその心臓の図像のもとで崇められることを求めたそうです。 1675年の聖体祝日の期間に「大いなる出現」と呼ばれるヴィジョンがあり、イエスは「人々をこれほどまでに愛したこの心臓を見よ(中略)私は(人々の)多くからは感謝ではなく忘恩しか受けていない」と述べ、彼女に聖体祝日後の金曜日に償いの祝日を執り行うように求めたそうです。 |
心臓を見せるキリスト(コラード・メッツァーナ 1922年) "HerzJesu mit Droste zu Vischering und MMA" ©Corrado Mezzana, 1922(4 March 2008)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | このような歴史的背景があり、自身の心臓を見せるキリストや、キリストそのものやその御心を表すモチーフとしてハートの形が用いられるようになったのです。 |
ジョージアン頃までのウィッチズハート
このような捻ったハート型のジュエリーは、遅くとも15世紀には存在したようです。 初期の頃は、身に着けた者を邪悪なものから守るための護符のような役割として身につけられていたようです。 キリストの御心のご加護を受けるためという意味があったのかもしれません。 当時のウィッチズハートのジュエリーは、結婚する女性に贈られることもありました。 妊婦を護ったり、母乳の出を良くしたり、赤ちゃんを邪悪なものから護るためのものとして贈られたようです。 |
スコットランドのラッケンブースのブローチ(18世紀-20世紀)"Luckenbooth brooches" ©Walker14806(4 March 2013)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
これらはスコットランドのラッケンブースと呼ばれるタイプのハートモチーフのブローチです。ヨーロッパ各地でハート型ブローチは中世後期から存在しますが、このデザインはスコットランドには17世紀以前には存在しなかったと言われています。 17世紀のスコットランドで特に人気が出て、たくさんの数が作られています。裕福な人はゴールドで、貧しい人にはシルバーにペーストや半貴石、ガーネットなどで作られました。 ヘリテイジは安物は扱わないので、こういうレベルのジュエリーはご覧になったことがない方も多いと思います。でも、昔も庶民向けに上のような粗末なジュエリーは数多く作られているのです。当時だったら世界の中の上澄みの人たちしか見ることもできなかったような宝物が、現在は「知られざる良いもの」になっているがために、当時では考えられないような安い価格で買い付け、私もそうだったように平凡なサラリーマンでも手に入れることができる価格でご紹介することができているのです。そう考えると、ある意味ありがたい時代ですね。 |
『取り替え子』(マルティノ・ディ・バートロメオ 15世紀初期) | さて、赤ちゃんを邪悪なものから護ると言っても現代の感覚ではピンとこないかもしれません。 ヨーロッパの昔話を読んだことがある方なら、『取り替え子(Changeling)』はご存じでしょうか。気づかない間に赤ちゃんが別の何かに取り替えられてしまうという話です。 邪悪な存在とは悪魔だったり妖精だったりし、赤ちゃんは醜い妖精の赤ちゃんや老妖精、木っ端と取り替えられ、それらは手をつけられない存在だったり、徐々に弱って死んでしまったりします。 |
『取り替え子』(ヘンリー・フセリ 1781年) | 19世紀に入ってからも、取り替えられたと思われた子供が殺されてしまう恐ろしい事件が発生しているくらい、西洋では信じられ畏れられている現象です。 日本で統計が始まった1899年(明治32年)ですら、生後1年未満の乳児死亡率は15.4%でした。10人中1、2人は生まれて1年も生きられなかったのです。 「健やかに生きてほしい」、「少しでも邪悪なものから護りたい」。現代の私たち以上に、そういう想いを強く抱きやすい時代だったのではないかと思います。 |
古い時代のウィッチズハートのブローチはとても小さかったりします。大人が着けるのではなく、大切な赤ちゃんが取り替えられてしまわぬよう、おくるみをウィッチズハートのブローチで留めていたため小さなものが多いのです。 生きることの大変さと、この世に生まれてきたかけがえのない赤ちゃんに健やかに生きてほしいという、美しく強い愛を感じますね。 |
後年のウィッチズハート
【参考】19世紀後期のウィッチズハート | ||
スコティッシュアゲート&シルバー | ハーフパール&18ctゴールド(フランス 1892年) | ペースト&ギロッシュエナメル |
愛の証としてのウィッチズハートは17世紀頃から見られるようになりますが、特にヴィクトリアン後期に流行しています。趣向を凝らした様々なバリエーションがありますね。センスの良い贈り物をすることで、自分がいかにあなたの虜なのかを示し、確実に愛を手に入れたいわけです。もてる素敵なレディに振り向いてもらうため、贈る側も全力です♪どういう素材を使うのか、どういう意匠をこらすのか、それぞれに意味があったのでしょうね。 |
ギロッシュエナメルの地模様の魅力
それぞれに素晴らしい愛の形がありますが、このウィッチズハートのブローチは、別格中の別格と言えるくらいハイレベルで手間とお金がかかった作品です。 まずはグリーンのギロッシュエナメルを見ていきましょう。 |
ブルーギロッシュエナメル ペンダントウォッチ |
みなさんはギロッシュエナメルの地模様と言えばどのようなものを思い浮かべますか? 通常はエンジンターン(ろくろのように回転機構を用いて彫る装置)を使って規則正しい模様を作った、機械彫りをイメージされる方の方が多いかもしれません |
ウィッチズハートのギロッシュエナメルは、拡大してみると地模様が丁寧に手彫りで施されていることが分かります。 |
ギロッシュエナメルが施された面は平坦ではなく少し凸で、それが全体としてハートがプックリと見える利点があるのですが、だからこそこの少し曲率を持ったハートという土台に模様をつけるには手彫りをするしかないのです。 |
手彫りながらも技術の高い職人によって緻密に彫られているため、パッと見では規則正しい模様に見えます。 |
しかしながら機械彫りした物と違い、1彫り1彫りに手仕事ならではの個性があるため、光が当たった時には、手作りだからこそ出せる魅力的な地模様の輝きが感じられるのです。 上質で透明度の高いエナメルだからこそ、この地模様の魅力が際立ちます♪ |
ギロッシュエナメルに施した金箔細工
手彫りのギロッシュエナメルだけでも美しいのですが、さらにエナメルの外周を彩るゴールドのエレガントな模様が印象的です。 |
ヘリテイジをオープンするにあたり、医療現場でも使われる業務用の高性能顕微鏡を購入したので、この細工が薄い金の板を彫金して作られたものだとはっきり分かりました。2次元の画像にすると凸なのか凹なのかが分からなくなってしまうのですが、例えばゴールドのたくさんの丸い模様は、それぞれが凹んだ形状でした。 |
彫金でなければありえない、細かくてはっきりした模様も施されており、金エナメルではなく薄い金の板を彫金したものだと断定できるのですが、これほどまでに細かいパーツを正確にこれだけの数作ること自体、想像を絶する作業です。 さらに金箔を正確な位置にセットした後は、透明なエナメルを施して埋め込まなくてはなりません。 金箔には模様を付けた際の凹凸による厚みがあるため、ある程度透明エナメルにも厚みが必要です。普通のエナメルよりもさらにエナメル質に厚みを感じるのはそのせいですが、普通の着色エナメルだけでも大変なのに、一体何回炉で焼いたのか、金箔を置くことで気泡や歪みやズレが生じやすくなるはずなのに失敗せずに作ったのか、施されたエナメルを理解するほどにその驚異的な仕事には驚くばかりです。 |
お金をかけて作った特別なデザイン
【参考】ウィッチズハート イギリス 1890年頃 2006年にクリスティーズに出品 【引用】CHRISTIE'S ©Christie's |
左は2006年にクリスティーズに出品されたウィッチズハートです。 ヴィクトリアン後期の大衆用の明らかな安物と比べれば全然良い物ですが、これと比べても明らかにご紹介するウィッチズハートは別格のものかがお分かりいただけると思います。 |
この作品はクリスティーズ出品作品同様、ハートの上にリボンが添えられたデザインです。 よくご覧いただくと、グリーンのエナメルの中央にさらにダイヤモンドによる、リボンが下がったウィッチズハートがセットされているのが分かると思います。 ハートを重ねるくらいはありそうですが、このようにリボンまで含めて相似形を表現するなんて、贈り主が愛するレディにどれだけ愛を表したかったかがひしひしと伝わってくるではありませんか♪しかも驚くほどの莫大なお金をかけて♪♪ |
エドワーディアンやアールデコのプラチナ・ジュエリーに使われている完成度の高い円形のローズカット・ダイヤモンドとは違い、ヴィクトリアン後期のこの作品のローズカット・ダイヤモンドは一つ一つ形が違うラフなカットが特徴です。電動モーターを使ったダイヤモンド・ソウがまだ使えなかった、19世紀のジュエリーならではの特徴で、意外性と個性ある華やかながらも優しい輝きがとっても魅力なのです!♪ |
リボンの流れるような凹凸をうまく表現した、ダイナミックかつエレガントな形状のシルバーの土台の表現も見事です。 こうして斜めから見ると、いかに立体的に作られているかが分かると思います。 リボンのダイヤモンドを留めていない部分には、銀のフレームから彫りだしたダイナミックな横線状の模様があります。これも普通のジュエリーでは見ることのない、とても珍しい細工です。 まるで本物のリボンのように、結び目の所にほんの少し紐が溜まっているようで、余計に立体感を感じて美しいのです♪ |
エナメル内部の小さい方のウィッチズハートも、手を抜くことのない丁寧なつくりです。 小さいリボンの結び目にセットされたダイヤモンドも、わざわざ花びらのような爪で留めてあります。 バチカンにも豪華にダイヤモンドが使われており、何から何まで特別にオーダーして作られた超高級品であることが分かります。 |
バチカンは外すことができます。 ブローチの針の尖った先端が見えませんが、これは覆いの中に収納されているからです。19世紀後期の高級品には極稀に見ることができますが、これは使う人に刺さることがないよう考慮したものです。 愛する女性のか弱い手に針が刺さったら大変ですものね。贈り主も、いかに気遣いができる素敵な人物だったかが伝わってきます♪ |
石の裏の窓も、円形と四角形を交互にデザインした大変凝った作りです。このペンダントがハイクラスのジュエリーとして作られた証です。 入っているのは淡い黄色の布です。 |
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シルバーのチェーンももちろん合いますが、当時のようにリボンで下げても可愛らしいと思います。上のようなリボンもしくはシルクコードをご希望の場合はサービスでお付け致します。 |
ウィッチズハートはダブルハートになったタイプもあります。同じ大きさの2つのハートを重ね合わせてデザインしていたりします。このタイプは既に相思相愛になった人に贈られます。 |
この作品はウィッチズハートの中に同じ形のウィッチズハートがあるという、見たことのないデザインです。 相思相愛に向けた贈り物だったのか、愛する人に振り向いてもらうための贈り物だったのか・・。
これほど贅沢な作りは、贈られた女性に振り向いてもらうためだけではなかったと思います。女性がこれをつけていれば、他の男性が近づきにくくする効果もあったのではないかと思います。 だってこんなに高価でセンスの良い贈り物、並の紳士では不可能です。見た瞬間、「この女性にこの贈り物をした恋のライバルには勝てない」と黙って諦めることでしょう。 悪い虫がつかないようにする効果。そんな効果もあったかもしれませんね♪ |
古くは赤ちゃんを護り、その後は女性を護る役割もあったかもしれないウィッチズハートのモチーフ・・。 決して古くさく時代遅れになることのないこのモチーフは、いつの時代も愛を示す永遠のモチーフということなのでしょうね。 |