No.00223 イリュージョンリング |
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『イリュージョンリング』 イギリス(バーミンガム) 20世紀初頭 |
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錯視を応用したリング
このイリュージョンリングはツェルナー錯視を応用した、教養に基づく遊び心満点のリングです。 |
ツェルナー錯視 "Zollner illusion" ©Fibonacci(15 March 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 錯視は見え方に個人差があるのですが、左の黒の長い斜線は平行ではないように見えるでしょうか? 実際には平行なのですが、長線に角度をつけて書かれた短線の影響で、長線の一方の端が他方よりも見る人に対して近いという印象を与え、その奥行きの効果で長線が平行ではなく見えるようです。 |
このイリュージョンリングは、この角度だと右側が太く、左側が細く見えます。それなのに例えばリングを見ながら左側に回転させると、太かった部分はどんどん細くなり、見えない裏側へと消えていきます。そして再び太くなって右端から現れます。これが永遠に続くのです。 |
ツェルナー錯視 ©WA Reiner |
このツェルナー錯視は二次元で表現されていますが、これを三次元で実現しちゃったんですね〜!♪ |
リングだからこそ、回転させながらずっと不思議な気分を味わえます!♪ 面白くてしょうがありません!!♪ |
身近な錯視
ミュラー・リヤー錯視 "Muiller-Lyer illusion" ©Fibonacci(16 March 2007, 05:28)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 『錯視』、いわゆる『目の錯覚』は、子供の頃にいろいろご覧になった方も多いと思います。 左のミュラー・リヤー錯視はとても有名ですね。 同じ長さの線なのに、両端に描かれた><の方向によって長さが違って見えます。 |
ジャストロー錯視 "Jastrow illusion" ©Fibonacci(3 May 2007, 06:25)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | これはジャストロー錯視です。 同じ大きさなのに、上にある扇形の方が小さく見えます。 |
ヘリング錯視 "Hering illusion" ©Fibonacci(15 March 2007, 23:34)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
これはヘリング錯視です。 縦の赤い線は2つとも直線なのに、背景の線の効果で外側に膨らんだように歪んで見えます。 |
ラバーペンシル錯視 | 運動視の錯視であるラバーペンシル錯視も、子供の頃にやったことがある方は多いのではないでしょうか。 私も小学生の頃に同級生から教えてもらい、歪んで見える鉛筆に驚いた記憶があります。 |
錯視の歴史
錯視は子供でも理解できる、直感的に分かりやすくて知的好奇心をくすぐる面白い現象です。 身近に存在する『錯視』ですが、このイリュージョンリングが作られた背景にはやはり歴史が存在します。 その歴史的背景を少し探ってみましょう。 |
フィック錯視 |
近代的な錯視の研究が始まったのは、19世紀半ばのドイツでした。最初に発見されたのはフィック錯視です。1851年に、生理学者フィックの博士論文で発表されました。 同じ長さの線ですが、縦の線の方が長く見えますよね。単純な同じ長さの2本線の組み合わせなだけなのに、見つめれば見つめるほど不思議です。 |
ヘリング錯視 "Hering illusion" ©Fibonacci(15 March 2007, 23:34)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
その後、相次いで新たな錯視が発見されました。 このヘリング錯視は、ドイツの生理学者、神経科学者のエヴァルト・ヘリングに1861年に発表されました。 |
エヴァルト・ヘリング(1834-1918年) | エヴァルト・ヘリングはライプツィヒ大学で学び、後にプラハ大学の教授に就任しています。 色覚の研究で知られているのですが、門下には呉建(くれけん)もいます。 呉建は日本の医師、内科学者、洋画家です。九州帝国大学教授、東京帝国大学教授(兼)東京帝国大学医学部附属医院医長を勤め、アテネ大学名誉教授でもあったエリートです。 受賞には至らなかったものの、1930年代に6度ノーベル生理学・医学賞候補となった、その道では世界的にも知られる人物です。 『シナプス』の命名で有名なチャールズ・シェリントン、精神分析学の創始者ジークムント・フロイト、『パブロフの犬』で有名なイワン・パブロフに次ぐ中枢神経生理学の権威とされています。 |
ミュラー・リヤー錯視 "Muiller-Lyer illusion" ©Fibonacci(16 March 2007, 05:28)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | さらにこの『ミュラー・リヤー錯視』はドイツの心理学者、社会学者のフランツ・カール・ミュラー・リヤーによって1889年に発表されました。 ミュラー・リヤーはストラスブール大学、ボン大学、ライプツィヒ大学で医学を学び、ベルリン・フンボルト大学、ウィーン大学、パリ大学、ロンドン大学で心理学と社会学を学んだ優秀な人物でした。 |
フィック錯視 | 直感的には理解しやすい錯視現象ですが、実は詳しいメカニズムはまだ解明されていない物が少なくありません。 1851年に発見されたフィック錯視ですら、現代でも完全には解明できていないのです。 |
エビングハウス錯視 | 19世紀半ばに『錯視』が発見されて以降、様々な研究と議論が行われてきました。 取り組んでいた人物の肩書きからも推測できる通り、心理学、脳や目の医学、幾何学など各種観点からの統合的なアプローチが必要な、高尚な研究分野だったのです。 |
ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウス(1850-1909年) | 取り組んでいた人物の肩書きからも推測できる通り、心理学、脳や目の医学、幾何学など各種観点からの統合的なアプローチが必要な、高尚な研究分野だったのです。 ちなみにエビングハウス錯視の発見者エビングハウスは記憶に関する実験的研究の先駆者でもあり、忘却曲線の発見で有名な人物です。 |
錯視研究の発展
カフェウォール錯視(1908年に報告) "Cafe wall" ©Fibonacci(15 March 2007, 08:44)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
続く20世紀は、発見された錯視を詳しく分析する時代でした。 |
錯視を利用した減速のための道路の絵 "錯視(15073682070)" ©Guihem Vellut(2014年6月2日, 18:05)/Adapted/CC BY 2.0 |
メカニズムが分からないものも多くありますが、錯視は様々な分野で応用もされています。 |
『蛇の回転』(立命館大学文学部 北岡明佳教授 2003年)【引用】北岡明佳の錯視のページ ©Akiyoshi Kitaoka 2003 (September 2, 2003) |
21世紀が間近になった頃からは、コンピュータの発達もあって新発見が相次ぎ、錯視研究は新しい時代を迎えました。今やコンピュータを使って気軽にグラフィックも制作できる時代になりました。上は錯視研究の第一人者、北岡教授による『蛇の回転』です。ちなみに私には回転しているように見えますが、20人に1人くらいは回転して見えない人もいるそうです。 他にもご覧になりたい方は、北岡教授の錯視のページに色々紹介されているので見に行かれてみて下さい。もともと北岡教授は生物学を専攻し、動物心理学で博士号を取得されたそうです。錯視は目や脳、ニューロン、そしてそれらの関わり合いが複雑に関与しているため、この分野の研究は心理学者だけでなく神経生理学者、数学者などと共同で進めるケースも多いようです。 『人間』を知るための面白い分野でもあり、すべてを解明しきることが難しい非常に高度な分野でもあります。でも、『人間』を高度に理解するためのヒントが『錯視』にある。とても興味深いですね。 |
イリュージョンリングに応用された錯視
さて、イリュージョンリングに応用されたツェルナー錯視は古典的な錯視と言われる、古い時代に発見されたものです。 |
1860年にドイツの天体物理学者カール・フリードリッヒ・ツェルナーにより発表されました。 |
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ツェルナーの論文の一部(1860年発表) |
ツェルナーの論文に掲載された図の一部(1860年発表) |
カール・フリードリッヒ・ツェルナー(1834-1882年) | ツェルナーはベルリン大学、バーゼル大学で学び、ライプツィヒ大学で天体物理学の教授を務めた人物です。 |
ツェルナー分光器 | 天文観測機器の考案と改良を行い、特に測光器の分野で貢献しました。 太陽のプロミネンスの分光学的な観測を行い、彗星についての著書もあるので、そちらの業績でご存知の方もいらっしゃるかもしれません。 |
ポゲンドルフ錯視 "Poggendorff illusion" ©Fibonacci(8 May 2007, 07:32)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | ちなみに1860年に発表されたツェルナーの論文からは、物理学者ヨハン・ポゲンドルフによってボゲンドルフ錯視も発見されています。 現代以上に『錯視』が注目を集め、知的階層にとってホットだった時代であることが伺えますね。 |
イリュージョンリングが作られた頃のイギリス
このイリュージョンリングは内側に刻印があり、イギリスのバーミンガムで作られた18ctゴールドのリングであることが分かります。 JMというメーカー名も読み取れます。 |
イギリスの刻印は製造年も読み取ることが可能なのですが、残念ながら刻印面が小さすぎて半分しか読み取れず、正確な製造年は判別できませんでした。ただ、ホールマークの枠形状から20世紀初頭頃ということは推測できます。 |
フレイザー錯視(1908年発表) | この頃のイギリスでも錯視はホットです。 イギリスの心理学者ジェームス・フレイザーがフレイザー錯視を1908年に発表しています。 左は螺旋のように見えるのですが、指などでなぞってみると同心円であることが分かります。 |
このような錯視の発見や研究が進む、『錯視』が知的階層から熱い注目を集めていた時代にこのイリュージョンリングは作られたのです。 |
高価な作り
錯視を利用したリングというのは話題性十分なので、当時もいくつかは作られていたようです。 デザインさえ間違えなければ錯視の効果は得られますし、超絶技法を使うアンティークジュエリーと比べれば、作り自体はそこまで超高度ではありません。 |
ある程度手をかければ、現代でもそこそこのレベルのものが作れる可能性もあります。 その点で、作りでは100%の判断ができないイリュージョンリングは刻印の有無が重要になってきます。 錯視の面白さがあっても、このように確証が持てなかったらヘリテイジでは扱いません。 |
このイリュージョンリングがさらに優れているのは、ゴールドを贅沢に使った重厚感ある作りです。 以前、一見類似したリングがネットで販売されているのを見たことがありますが、半分以下の重量しかありませんでした。 薄っぺらくて随分ちゃちな印象だったので驚きました。重さが半分以下なのに値段は安くなかったので、思わず笑ってしまいました。 あまりにもちゃちな作りだったので安物か、もしかするとフェイクだったのかもしれません。 |
シンプルな物ほど上質であるべきだと思っています。 その点で、こういうゴールドだけのシンプルな作品は、実際に手に持ってみると重さも重要だなと感じます。 |
現代のイリュージョンリング
現代のイリュージョンリングはこんなに酷いようです。 アマゾンで販売されているようなので、お笑いではなく真面目な商品なのだと思いますが、着け心地も悪そうですね。 何より、アンティークのイリュージョンリングならば見せて自慢もできそうですが、これは見せられないくらい恥ずかしいような・・(笑) |
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【参考】現代のイリュージョンリング |
裏側まで美しいリングは見ていて楽しいものですし、着脱の時のスムーズさにも非常に心地よさを感じます。 |
13号弱でサイズ変更はできませんが、女性ならば人差し指や薬指で楽しめる方が多いサイズだと思います。 男性でも小指に着けて楽しめると思います。 シンプルで上質、それでいて遊び心満点のイリュージョンリングは私も欲しいくらいですが、どうしてもサイズが合わないのが悲しいところです(TT) |