No.00052 王の富と権力の象徴 『パイナップル』

パイナップル フォブシール ジョージアン アンティークジュエリー シトリン 王の富と権力の象徴 ダイアナ ペンダント

エレガントさと、南国のエキゾチックな雰囲気漂うジョージアンのフォブシールです。珍しい南国の動植物は当時の貴族の憧れの的でしたが、その王たる存在がこのフォブシールのモチーフでもある「パイナップル」なのです。

ヨーロッパの「王の富と権力の象徴」だったパイナップル・モチーフのジョージアンのシトリンを使ったアンティーク・フォブシール ジョージアン スリーカラー・ゴールド パイナップル フォブシール
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ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります

王の富と権力の象徴『パイナップル』
ジョージアン スリーカラー・ゴールド フォブシール

イギリス 1820年頃
18ctゴールド、シトリン
2,7cm×1,7cm×1,1cm
重量 6,7g
¥295,000-(税込10%)

南国のエキゾチックな雰囲気を持ちながらも、エレガントな雰囲気を醸し出すパイナップルのフォブシールです。優れた金細工を誇るジョージアンのジュエリーの中でも、群を抜いた技術が施されているのですが、それには訳があるのです。

王の富と権力の象徴だったパイナップル。ヨーロッパの歴史と文化がこれほど伝わってくるジュエリーは、そうはありません。ぜひ下の説明をご覧になってみて下さい♪

<ヨーロッパのパイナップルとの出会い>

パイナップルの原産地はブラジルです。

早くから果物として栽培化され、1000年以上前からブラジル南部、アルゼンチン北部、パラグアイにかけた地域で栽培されていました。

ヨーロッパにパイナップルがもたらされたのは、1493年のコロンブスの2回目の航海の時です。

西インド諸島のグアドループ島でパイナップルに巡り会いました。

先住民たちにとってもパイナップルは貴重な果物で、「贅沢品」「至高の果物」という意味の名前で崇めていたと伝えられています。

カトリック両王 スペイン アラゴン王 フェルナンド2世 カスティーリャ女王 イザベル1世

コロンブスにより持ち帰られたパイナップルは、金塊や珍しい南国の樹木、オウムなどの動物と共にカトリック両王に献上されました。

その味を口にした王は、他にはない独特の甘酸っぱさ美味しさに驚き賞賛しましたが、それ以上に遙か遠い地の果実を口にすることは特別な喜びがありました。王にとってその地の果実を口にするということは、その地を我が領土としたことも同じことなのです。

この時、パイナップルは『王の果実』として国王の富と権力の象徴となったのです。

カトリック両王 アラゴン王フェルナンド2世(1452-1516年)とカスティーリャ女王イザベル1世(1451-1504年)
大航海時代 帆船

瞬く間に王侯貴族の憧れの的となったパイナップルですが、遠い南国から船に積み、大海原を横断して持ち帰るしかありませんでした。

カリブ海からの旅路は容易でなく、さらにパイナップルの積み荷は暑さや湿気で腐ってしまうことが多く、完璧な状態で持ち帰ることはほぼ不可能とさえ言われるほどでした。
これによりさらに値段が跳ね上がることになり、益々羨望の的となったのです。

王侯貴族が望んだのは、自分の庭園でこの類い稀なる果物を育てることでした。しかし、ヨーロッパの気候では不可能なことでした。

それを克服したのが、17世紀のチューリップ・バブルで進化したオランダ園芸家たちの高い技術力でした。その後、栽培競争はイギリス、フランスにも広がり白熱化します。王侯貴族のお抱え庭師たちによって、湯水のごとく費用をかけて研究開発されたのです。

<フランス王とパイナップル>

太陽王 ルイ14世 ヴェルサイユ宮殿 晩餐 フランス

贅を尽くしたことで有名なルイ14世時代のフランス、ヴェルサイユ宮殿での饗宴では、デザートが特に重視されました。

貴重な砂糖とフルーツを使ったお菓子は特別でした。その中でも、パイナップルは最も稀少で費用のかさむ『富と権力の象徴』としてデザートコースに組み込まれました。カットしてあしらうだけでなく、アイスクリームにしても提供され、まさに国王に相応しい完璧なデザートとして振る舞われたのです。

太陽王ルイ14世(1638-1715年)の晩餐会
ロスチャイルド フランス 宝石のパイナップル ガーネット 翡翠 WADDESDON MANOR

1733年のヴェルサイユ宮殿にて、栽培に成功したパイナップルがルイ15世に献上された記録も残っています。

 

左はイギリスのロスチャイルドの邸宅WADDESDON MANORに展示してあった、ガーネットと翡翠で作られたパイナップルのオブジェです(フォト日記もご参照下さい)。この時代、いかにパイナップルが王侯貴族の羨望の対象であり、富と権力の象徴だったかが伝わってきますね。

『宝石のパイナップル』(フランス 18世紀中期)
フランス王ルイ15世 フランス王ルイ15世の公娼ポンパドゥール夫人
フランス1の美男と言われていたルイ15世(1710-1774年) 知性と美貌を兼ね備えた公娼ポンパドゥール夫人(1721-1764年)

実はルイ15世とポンパドゥール夫人の出会いにも、パイナップルが一役買ってたという話があります。1745年の仮面舞踏会で2人は出会うのですが、その時の仮装がパイナップルの形に整えられたイチイの木だったと言われているのです。顔が分からない仮面舞踏会、顔が分からずとも「王のフルーツ」パイナップルの仮装であれば、知性があればすぐにそれが王だと気づくことでしょう。ルイ15世の治世下、フランスは最も洗練された世界一エレガントな憧れの国となったと言われていますから、決してヘンテコな仮装ではなかったと思います。

<イギリスとパイナップル>

チャールズ2世とパイナップル

イングランド王 スコットランド王 チャールズ2世 イギリス

イギリスでは1675年に初めて栽培に成功しています。

王室のお抱え庭師ジョン・ローズがチャールズ2世に、ファースト・パイナップルを献上する絵画も残されています。

イングランド王/スコットランド王 チャールズ2世(1630-1685年)
イギリスで初めて栽培に成功したパイナップルをお抱え庭師から献上されるイングランド王チャールズ2世 イギリスで初めて温室栽培に成功したパイナップルをイングランド王チャールズ2世に献上するお抱え庭師
Hendrick Danckerts(1625-1680年頃)作

パイナップルと貴族文化の発達

パイナップル 油絵 リッチモンド 栽培 庭園

これはリッチモンドのMatthew Decker卿の庭園で育ったパイナップルの油絵です。

栽培に成功したことを祝って、1720年に描かれました。

Theodorus Netscher作 パイナップルの油絵(1720年)

 

栽培が何とか可能となったとは言え、18世紀のイギリスでは1個のパイナップルが現在の貨幣価値にして£5,000(1£=150円計算で75万円)くらい価値があったそうです。このため、富の象徴として様々な場所に使われてきました。塔や噴水の頂、トピアリーのモチーフ、家具の装飾や食器、テキスタイル、レース編みのモチーフ、果てはヘアスタイルのアレンジにまで用いられました。
そんな中でも衝撃的なのは上のパイナップルの館です。現在では「スコットランドで最もヘンテコな建物」と評価されてしまっていますが、1761年にダンモア卿4世ジョン・マレーによって建てられたものです。中には温室があり、ここでパイナップルなどを育てていたそうです。

 

イギリスは特に園芸好きな国民性もあり、貴族の間でパイナップルの栽培が白熱していきました。1760年代には、貴族のお抱え庭師たちによる専門書まで出版されています。「パイナップル栽培」をきかっけに、温室技術が大きく発達することになるのです。
上はこの頃に考案された「パイナップル・ピット」という栽培小屋です。煉瓦で囲った小屋の中で、馬糞の発酵を利用して温度・湿度を上げる仕組です。鼻が曲がりそうですね。ちょっと中には入りたくないです(笑)

ジョージ3世とパイナップル

イギリス ジョージ3世
イギリス国王ジョージ3世(1738-1820年) ウィンザー城の王室庭園

18世紀後半になると、さらに温室技術が花開きます。ジョージ3世のウィンザー王室庭園にはパイナップル園『パイナリー』を始め、ぶどう園『ヴァイナリー』、オレンジ園『オランジェリー』などが建設され、そこでの収穫物が宮廷での饗宴に華を添えるようになります。

庭師を雇ったり、温室の温度を保つための燃料代など、莫大な維持費がかかります。腕の良い庭師がいることもステータスの1つであり、まさに温室は富と権力の象徴でした。それはパイナップルを育てるために進化したのです。

【参考】建築家サミュエル・ワイアットにより建築された1760年のオランジェリー

ジョージ4世とパイナップル

ジョージ4世 イギリス イギリス ジョージ4世 戴冠式
イギリス国王ジョージ4世(1762-1830年) ジョージ4世の戴冠式(1821年)

パイナップルが王室の贅沢の頂点に輝いたのがジョージ4世の時代です。イギリス至上最も豪華だったと言われる1821年のジョージ4世の戴冠式の晩餐では、卓上でパイナップルが饗されました。先代ジョージ3世の戴冠式にかかった費用は約£1万でしたが、ジョージ4世の戴冠式では約£243,000(現在の価値で£19,970,000、日本円で30億円程度)かかったと言われています。さすが、イギリス王室の財政をズタボロにしただけはありますね。
とは言え、巨額な支出は要したものの、この戴冠式は大衆に大いに歓迎されたようです。『愛の錠前』でもお話した通り、もともとジョージ4世は「イングランド1のジェントルマン」と称されるほど魅力と教養に満ち溢れ、当時のファッションリーダーであり、類い希なるセンスで文化の発展には大きく貢献した人物でもあります。大衆からは好かれていたのかもしれません。

ブライトンのロイヤル・パヴィリオン
王の別荘ロイヤル・パヴィリオンの内装にもパイナップルが用いられました。1783年の摂政皇太子時代にブライトンの浜辺を気に入り、1787年に古典様式の外装にバロック様式の内装を持つ離宮を完成させたものです。1815年にピクチャレスクの代表的建築家ジョン・ナッシュに命じ、7年かけて今の形の独特でエキゾチックな雰囲気を持つ建物が完成しています。もともとブライトンは鄙びた小さな村でしたが、これをきっかけに高級リゾート地としての地位を確立しています。

1789年にフランスでは革命が起こり、「王」という存在がいなくなってしまいました。産業革命が起き、経済がどんどん豊かになっていくイギリスの王は圧倒的な存在です。そのイギリス王が、パイナップルを『王の富と権力の象徴』としたことで、パイナップルはヨーロッパにおいてその地位を確固たるものにしたのです。

 

パイナップル フォブシール ジョージアン アンティークジュエリー シトリン 王の富と権力の象徴 ダイアナ ペンダント

ジョージ4世が権力を握り、パイナップルがヨーロッパにおいて王の果実、王の富と権力の象徴として確固たる地位を築いた時代。

そんな特別な時代に、このフォブシールは作られたのです。いかにこのモチーフが特別だったかは、作りを見れば一目瞭然です。

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パイナップルはpine appleと言う名の通り、松笠のような独特の形状が魅力です。この形状を、繊細で巧みな彫金で見事に表現しています。しかし、それだけではありません!この松笠のような形状の1つ1つそれぞれに、下から上へ、ピンクからイエローにゴールドの色がグラデーションになっているのです。彫金による形状表現だけでなく、色の表現を掛け合わせることで、これだけ立体感が感じられる美しい造形になっているのです!!


こういう小さな物に、これだけの高度な技術を施してあるのがジョージアンの金細工ですが、その中でもこの作品が群を抜いているのは、王の果実パイナップルがモチーフだからに違いありません!♪

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台座には、南国らしい植物が咲き乱れる様子が、見事なカラーゴールドで描かれています。温室では様々な南国の植物が育てられましたが、その王たる存在がパイナップルなのです。そのことがフォブシール全体で見事に表現されていますね♪
シトリン インタリオ ダイアナ
シトリン カット

シトリンに彫られているのはDianaと言う女性の名前です。

貴重な宝石シトリンを使っていることからも、このフォブシールがいかに高価なものとして作られたかが分かります。シトリンは単純な面取ではなく、縁の部分が宝石のように美しくカットされた形状で、パイナップルの果汁を思わせるような美しい色合いの上質な石が使われています。どこまでも贅沢です♪

ローマ神話の美しき月の女神と同じ名を持つダイアナさんが、パイナップルがお好きだったのかもしれませんね。

貴族の男性「今度我が温室をご覧になりにいらっしゃいませんか?パイナップルがうまく実ったんです。」
ダイアナさん「まあ、わたくしパイナップル大好きなの。」

なんてやりとりをしていたのでしょうか。美しいダイアナさんが、その手紙の封をする時に使うのもこのパイナップルのフォブシールなのです♪♪想像してみるだけでも楽しいですね。

パイナップル フォブシール ジョージアン アンティークジュエリー シトリン 王の富と権力の象徴 ダイアナ ペンダント パイナップル フォブシール ジョージアン アンティークジュエリー シトリン 王の富と権力の象徴 ダイアナ ペンダント


360度立体的な作りで、リングの彫金もジョージアンならではの凝ったものです。

パイナップル フォブシール ジョージアン アンティークジュエリー シトリン 王の富と権力の象徴 ダイアナ ペンダント

遠い南国のエキゾチックな雰囲気へのヨーロッパ貴族の憧れが、この小さなフォブシールに実に上手く表現されていますね。200年の時を経ても褪せることない、見事な彫金の美しいスリーカラー・ゴールド。1つのフォブシールから、これだけ色々な歴史・文化、貴族の営みが伝わって来るのも、優れたアンティークジュエリーの魅力の1つですね♪

<その後のイギリスとパイナップル>

ヴィクトリア女王とパイナップルの関係

クリスタルパレス(水晶宮)で第一回ロンドン万国博覧会の開幕を宣言するヴィクトリア女王 移設後のクリスタルパレス(水晶宮)
第1回万博開幕をクリスタル・パレス内で宣言するヴィクトリア女王(1851年) 移設後のクリスタルパレスの全景(1934年)

ジョージ4世の度を超えた贅沢の結果、王室財政は危機的状態に瀕してしまいました。若き女王ヴィクトリアはそのような財政下でイギリスの王座に就いたのです。莫大な経費がかかるパイナップルは、真面目な女王を虜にすることはできませんでした。しかし、18世紀中期に起きた産業革命により、イギリスは工業化が進み、ガラス技術の発達も手伝い、温室技術はヴィクトリア時代にますます進化しました。貴族向けのガラスの宮殿やパインハウスが建設され、各国は競って冬でも南国の植物を楽しめる庭園を開発したのです。
その象徴とも言えるのがあのクリスタル・パレス、水晶宮なのです。記念すべき第1回目の万博のために建設された鉄とガラスの巨大な建物は、その目論見通り、全世界に大英帝国の経済力と威信を見せつけることになったのです。ちなみに1936年に火事で全焼してしまったため、残念ながら今は見ることができません。

ウィンブルドンとパイナップル

ウィンブルドン トロフィー パイナップル

パイナップルが特別な果物であった名残は、伝統あるウィンブルドンのトロフィーにも見ることができます。何と、トロフィーの頂にあるのが王の象徴パイナップルなのです。歴史を知ると、ウィンブルドン王者に相応しいモチーフであることがすぐに分かりますね♪

ヨーロッパでも、今ではこういう背景を知らない人が多くて、「なぜパイナップル?!」などとネットで話題になることもあるようです。

 

ジョージアン スリーカラー・ゴールド パイナップル フォブシール

調べてみると、パイナップル1つで馬車1台が買えた時代もあったようです。当時の馬車は1つ1つ手作りなので、現代の車のイメージとは全く価値が違います。ある程度のお金持ちがようやく一番安い馬車を買える程度で、小金持ち程度だとレンタルです。例えるならフェラーリ1台くらいのイメージでしょうか。フェラーリと違って、パイナップルは食べてしまえば消えるただの食べ物です。
そんな物を使って晩餐会を開くなんて、当時の王がいかに富と権力を持っていたか窺い知れますね。現代では想像しがたいほどの絶対的な貧富の差があったということなのです。

想像できないほどの富を持つ貴族がいた時代だからこそ作ることができた、贅沢でエレガントなパイナップルのフォブシール。遠い海を渡り、今ここにあることもとても面白く感じてしまいます。

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