No.00237 英雄ヘラクレス |
ポイント2 世界最古の鋳造貨幣と同じ素材エレクトラム製
エレクトロン貨(リュディア 紀元前6世紀頃) "BMC 06" ©Classical Numismatic Group, Inc. http://www.cngcoins.com/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
世界最古の鋳造貨幣は紀元前670年頃にリュディアで発行されたエレクトロン貨です。 エレクトラムと呼ばれる金と銀の合金でできています。 |
石英中の天然のワイヤー状エレクトラム(コロラド州) "Electrum on quartz Telluride (cropped)" ©James St. John(25 July 2007, 11:54)/Adapted/CC BY 2.0 |
詳しくは物理化学の領域になりますが、異なる物質同士を一緒にしても、必ず混ざり合うわけではありません。水と油も基本的には混ざりませんよね。 合金にも知識や技術が必要なのはこのためです。 塩を水に入れると一定量は混ざりますが、飽和に達するとそれ以上は混ざりませんね。 金と銀は全ての割合で混ざり合うことができます。 このため、自然界では金は一定の割合で銀を含み、銅などその他の微量元素を含んだ形で発見されます。 自然金、山金などとも呼ばれます。 |
『王者の指輪』 古代ギリシャ 紀元前6世紀(アルカイック時代) 22〜24K SOLD |
金の精製技術はかなり古い時代から存在し、『王者の指輪』のような今でいう『ピュア・ゴールド』を古代ギリシャの人々は『精製された金』と呼んでいました。 |
一方でエレクトラムは『金』または『ホワイトゴールド』と呼んでいました。 |
リュディアの砂金(自然金)
パクトロス川 "Πακτωλ?ς " ©Spiridon Lon Cepleanu(26 October 2014, 10:20:40)/Adapted/CC BY-SA 4.0 | リュディアの首都サルディスに流れるパクトロス川は砂金(自然金、エレクトラム)を豊富に産出する場所でした。 |
ミダス王と金と化した王女(ウォルター・クレイン 1893年) | 実はパクトロス川はミダス王の伝説の土地です。 神に褒美として「触れたものを黄金に変える力」を所望し、それが実現した結果、飲食すらできない悪魔の力であることに気づいたという伝説ですね。 呪いの力を解いてくれるよう神に願い出たミダス王は、パクトロス川で行水するように言われました。 ミダス王がパクトロス川の水に触れると、力が川に移り、川砂は黄金に変わったとされています。 |
交易の要衝リュディア
アナトリア半島におけるリュディアの位置(紀元前547年頃) "Map of Lydia ancient times-en" ©Roke, Nekto, WillemBK(29 April 2013, 14:17:54)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
また、リュディアはエーゲ海〜メソポタミア〜ペルシャの間の東西交易路の要衝に位置し、取引の円滑化のためにコインを生み出す必然性がありました。 |
アリュアッテス王のエレクトロン貨(リュディア 紀元前610-560年) "Electrum trite, Alyattes II, Lydia, 610-560 BC" ©Classical Numismatic Group, Inc. http://www.cngcoins.com(2018)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
だからこそリュディアにて、世界最古の鋳造貨幣がエレクトラムで造られることになったのです。 |
割金
江戸時代の小判・一分判の規定品位および量目 【引用】『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』小判 2020年8月27日(木) 22:21 UTC |
エレクトラムとは言っても、そのまま鋳造したわけではなく割金をしていました。 江戸時代の小判でも、同じ量の金でよりたくさんの小判を作るために銀の割合を増やすことはありましたね。 |
カリフォルニア・ゴールドラッシュで働く人々(1850年) | 『黄金の花畑を舞う蝶』で、1848年のカリフォルニア・ゴールドラッシュのお話をしました。 カリフォルニアで採れる金は純度が非常に高く、96%(23ct)あったという話もあります。 |
『ゴールドラッシュ(ディガーズ)ブローチ』 アメリカ 1880年頃 14K SOLD |
それらが精製や割金されて、美術品や硬貨へと加工されるのです。 |
ベネズエラ産の自然金 "Gold-mz4b" ©Rob Lavinsky, iRocks.com(before March 2010)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
リュディアがあるアナトリア半島で採れる金の純度は70-90%の間とされていますが、エレクトロン貨は銀が添加されて使用されました。 |
エレクトロン貨(リュディア 紀元前6世紀頃) "BMC 06" ©Classical Numismatic Group, Inc. http://www.cngcoins.com/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
最初期のエレクトロン貨幣は純度が約55.5%でした。 それ以外にこれまで見つかっているエレクトロン貨の純度は40%-46%の間のようです。 |
農民から貢ぎ物を受けるリュディア王クロイソス(紀元前595-紀元前547年頃) (クロード・ヴィニョン 1629年) |
銀の分量を増やすメリットは流通量を増やせることだけではありません。純度の高い金に比べて耐久性が増し、硬貨として使用するには実用的なメリットも大きかったのです。豊富に生み出される自然金による莫大な富、交易の要衝という立地の良さにより、クロイソス王の時代には莫大な富で知られるようになりました。 ギリシャ語とペルシャ語で『クロイソス』の名は『富める者』と同義語となり、そこから現代ヨーロッパ系の言語でもクロイソスは大金持ちの代名詞となっています。英語でも大金持ちを形容する「rich as Croesus」や「richer than Croesus」という慣用句があるほどです。 |
ヘラクレス・リングの組成
俄然気になるのが、このリングの組成ですよね。 普通のアンティークジュエリー・ディーラーは刻印でしか判断できない、何となく適当に判断、もしくは精度の低いアシッド・テストなど簡易な手法でしか組成が確認できません。 |
日本最古・最長のアンティークジュエリー・ディーラーGENは目利きだけでなく、取り組み姿勢も知的で真面目だったので、昔から詳細な組成が分かるX線を使った分析装置を活用していました。 さっそく測定した分析結果は以下になります。 |
Au(金):41.77 %
エレクトロン貨の純度40%-46%の範囲にある、純度42%のエレクトラムであることが分かりました。 リュディアで古の時代に採れたエレクトラムで作られていると思うと、何だかワクワクしますね。 |