No.00178 エメラルド・グリーン |
『エメラルド・グリーン』 |
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アールヌーヴォーならではの優美な曲線と植物のデザインですが、ダイヤモンドのセッティングがプラチナにゴールドバックなので、アールヌーヴォーでも後期の作品だと分かります。 |
<例外的な石の使い方>
アールヌーヴォーのトライアングルカット・エメラルド
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この作品の一番の見所は、トライアングルカットのエメラルドが使われていることです。 優美な曲線がデザイン状の主役であるアールヌーヴォーのジュエリーでは、トライアングルカットの石をデザインに取り入れることは普通はあり得ないことで、43年間でこれ以外では見たことがないくらい例外的なものです。 |
アールデコのトライアングルカット
![]() イギリス 1920年頃 SOLD |
![]() イギリス又はヨーロッパ 1920年頃 SOLD |
トライアングルカットの石を積極的に使うようになるのは、アールデコ後期の1930年代です。『至高のレースワーク』でもご説明した通り、1929年のBlack Thursday、所謂ウォール街大暴落に端を発して始まった世界恐慌もあって、HERITAGEで扱うことができるレベルのアンティークジュエリーは極端に少なくなります。上の2つは1920年代、アールデコ初期のハイクラスのリングです。いずれもトライアングルカット・サファイアが脇石として使われ、デザイン上の大きなポイントとなっています。ハイクラスのジュエリーならではの最先端のデザインと高度な技術で作られています。 |
1910年代のトライアングルカット
エメラルドの特徴
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アールデコ期前後のジュエリー3作品に使用されていたトライアングルカットの宝石は、全てサファイアでした。 ルビーはサファイアより稀少なため、無駄が多いカットは基本的に避けられます。また、暖色系のルビーよりは寒色系のサファイアの方が、シャープな印象の三角形のカットとして好まれた可能性があります。 それではエメラルドでトライアングルカットを殆ど見ないのはなぜでしょうか。 |
実はエメラルドはインクリュージョン(内包物)が多いことで有名な石で、宝石の中で一番インクリュージョンが多いとも言われています。中央宝石研究所(CGL)によると、現代の基準においてもエメラルドの場合は、その緑色の深さが十分であれば内包物の存在で評価を落とすというよりもその色調により高い評価が与えられている宝石なのだそうです。 エメラルドは産地によってインクリュージョンが異なります。インクリュージョンは産地を明らかにするための重要な情報とされており、特に高品質なものほどインクリュージョンから産地を特定できる確率が高いのだそうです。石のブランド的評価だけが重要な石マニアではないので、正直その辺りはどうでも良いのですが、これが古い時代からオイルを使った処理が存在した理由でもあります。 |
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【参考】エメラルドがメインストーンの高級リング | |
エメラルドがメインストーンの高そうな指輪をいくつか並べてみましたが、完全無欠の石は1つとして無く、それぞれに個性あるインクリュージョンが存在します。これらがオイル含浸されたものかどうかは分かりません。 |
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古くから存在し、今でも一番多いと言われているのが、シダーウッドオイルという天然のオイルを使う方法です。 そうは言っても、オイル含浸によるエンハンスメントが本格化するのは戦後です。 良質な石が採れなくなってきたにも関わらず、激増する一般大衆の需要によって需給バランスが崩れたため、アンティークの時代ならば使わなかったような屑石を処理して、無理矢理もっともらしい見た目にして販売するようになったのです。 |
エメラルドのオイル含浸処理
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エメラルドには、液体状のインクリュージョンが存在します。カットすると研磨した表面から液体が流出し、内部に空気が入り込むことで透明感がなくなります。この空隙を埋めるためにオイルを含浸させます。 ところで「エメラルドが変色した。」、あるいは「色が薄くなった。」という話を、少し年上の方から聞いたことがある方もいらっしゃるでしょうか。高度経済成長によって、日本の庶民がジュエリーを買い漁り始めた1970年代頃に発生したトラブルです。 本来、天然の鉱物であるエメラルドが通常の保管環境で変色することは考えられないのですが、金儲けしか考えない質の悪い一部の業者があまりにも低品質の屑石を使った結果、消費者が購入した後にオイルが抜け、色が薄くなったり変色したように見える事件がありました。 |
![]() 【引用】Gemmarum Lapidator / Opticon © Gemmarum Lapidator |
1980年代には簡単には流れ出ない、エポキシ樹脂を含浸する方法が急速に普及しました。 エンジニアの方ならピンと来たかもしれません。主材に硬化剤を混ぜて硬化させるタイプです。 実際の現場ではさらに複雑な調合を行い、よりエメラルドに屈折率が近く(=内包物が目立たなくする)、流れ出にくい物を使用したりもします。 今ではUV硬化型接着剤も開発されていますし、樹脂自体を着色することで、処理石をより鮮やかに仕上げる技術も存在します。 |
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これはラマン分光法を使ったエメラルドの状態解析の結果で、樹脂含浸と純粋なエメラルドの判別には1600cm-1付近の特徴的なピークが有効だそうです。 研究目的は分からなくもないですが、結局ジュエリーが何なのかを立ち返ると、樹脂の開発と言い、こういう研究と言い、私にはどうしても本末転倒な物に思えてしまいます・・。 |
現代では含浸処理が当たり前過ぎて、処理された石でも「天然」とすることが認められています。 「基準」なんて物は、市場を支配したい人達の都合の良いように定められ、都合が悪くなればいくらでも言い訳を付けて簡単に変更されてしまうようなくだらないものなのです。 |
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ご参考までに、天然エメラルドと認められた石の鑑別書を掲載します。鉱物種名:天然ベリル、宝石名:エメラルドと掲載された直下に、読めないような極小の文字で「透明度の改善を目的とした無色透明物の含浸が行われています」との記載があります。 きちんと"基準"に沿っているので全く問題ないですが、性善説で業界を信じ切っている消費者がこの鑑別書を見れば、大半の人が「一切処理されていない天然のままの石」、つまり加熱処理も含浸処理もされていない石と誤認するのではないのでしょうか。 性善説で物事を考える人は信じがたいと思いますが、知れば知るほど現代は真に価値あるジュエリーを買うことは不可能ということが分かります。でも、自分で知識を得たり自分の感性(物差し)で判断するのが面倒な、一部の思考停止した消費者にとっては「基準」の存在は楽で都合が良いため、どうしてもこういう構図はなくなりません。 仰々しいデザインの鑑別書ですが、大事な箇所は「無色透明物」とお茶を濁してあり、使われたのがオイルなのか樹脂なのかすら分かりません。 オイルではなく樹脂で処理されていても『天然』と表記されるため、消費者が鑑別書を頼りに選ぶことは不可能です。鉱物単体だと思って持っていたエメラルドが、実は樹脂混じりの石だったら超イヤです(笑) 一見綺麗に見えるのに極端に安いエメラルドは、極端な含浸処理が施されている可能性があるので避けるようにしましょうとのことです。しかも現代物はほぼ全て処理品なので、エメラルドは超音波洗浄しては駄目だそうです(笑) |
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オイル処理装置と真空チャンバーに入った石 【引用】Gemmarum Lapidator / Newgem - Oil Treatment Machine 220V © Gemmarum Lapidator | |
ちなみにお持ちのエメラルドを、サラダオイルなどにボチャっと浸けたりしても駄目です。クラックと言っても非常に細い隙間です。大気圧下で浸すだけでは、オイルは浸透しません。現代のオイル処理はターボポンプを使って真空引きする、専用装置を使います。減圧下した上で加熱し、オイルの粘性を低下させてサラサラにしてから浸透させます。何と科学的(笑)!!そして、樹脂を使う場合でも『オイル処理装置』と言います(笑) 研究者だったサラリーマン時代にターボポンプを使った真空装置や、2液硬化型のエポキシ樹脂を使ったりした経験がありますが、エメラルドのあまりの工業製品ぶりにちょっと笑ってしまいました。 ちなみにこの含浸処理はパーフェクトなものではありません。あくまでも表面の隙間を埋める方法なので、内部のインクリュージョンにはアプローチできません。だから「インクリュージョンがあっても価値にあまり影響しない」と言うのでしょう。将来、内部インクリュージョンの解決法が開発されたら、グレーディングの基準が変わると予想します。古い石は無価値だから、新しい物を買いなさいと・・(笑) |
言葉や表現だけ見るとあやうくごまかされてしまいそうですが、古来からの手法は真空装置や樹脂まで用いるようなやり方とは全くレベルが違います。 ちなみに油を用いた場合、経時劣化や油の流出により、油を再注入する必要があるそうです。現代は普通にそういうサービスが提供されています。それくらい現代宝石は酷いのです。現代宝石は使い捨ての消耗品同様なので、100年後にどうなっていようと関係ない作りなのですが、すでに100年どころか10年ももたないレベルに来ているのかもしれません・・。 |
エメラルドのカット
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これまでのご説明から、エメラルドのカットは容易ではないことが簡単にご想像いただけると思います。 |
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このブローチのエメラルドは、ほぼ直角二等辺三角形にカットされています。鋭角は45度に仕上げてあります。それをさらに面取りしてあるのですから、大変驚異的です! トライアングルカットの石を積極的に使うようになった1930年代を20年以上も先取りしたデザイン、そしてそれを横幅7mm近くもあるエメラルドで実現させた驚きの作品が、このアールヌーヴォーのブローチなのです。 |
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明るく濃く鮮やかな緑色をしたエメラルドは、ぱっと見ただけで現代の基準で見ても上質で美しい石だと分かります。透明度の高いクリアな色合いとインクリュージョンの少なさはエメラルドとは思えないほどです。だからこそこの特別なカットを施すことができたのでしょう。 わずかにインクリュージョンが見えますが、100年以上に渡る使用でも問題ないことから、そこを起点にした破損などは心配する必要はないと思います。 養殖真珠もそうですが、不自然な処理は時間の経過と共に化けの皮が剥がれてきます。このエメラルドは100年以上経っても美しい色彩です。まあ、含浸が必要な亀裂が多い石だったらトライアングルカット自体が不可能だったでしょうね。 |
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下げられたパーツには、3つのローズカット・ダイヤモンドがセットされています。上下のローズカット・ダイヤモンドは超極小サイズで、これほど小さな石をよく留められたものだと感服するばかりです。 何も付けないか、プラチナを削り出す手段もあったと思いますが、この部分がローズカット・ダイヤモンドだからこそ、パーツが揺れるたびにキラリと光ることで魅力が増しています。 |
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美しい色をしたゴールドの優美な曲線は、それぞれの箇所で幅に変化が付けられています。 表面もフラットではなく、ヤスリで中央部を高くしてキリッとした完成度の高い仕上げにしてあります。 |
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裏を見ると分かりやすいのですが、このブローチは金の厚みが十分にある贅沢な作りです。曲線が美しいブローチなので、柔らかい金線をニョロニョロっと編んで形作っているようにも見えますが、実際は厚い板から削りだしているということです。 これは使う金の量として贅沢なだけでなく、わざわざ削り出すという大変手間をかけた贅沢な作品であることに他なりません。 |
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【参考】安物の中でもまだマシな方のアールヌーヴォーのブローチ(ピンは後で取り替えられた物) | |
アールヌーヴォーは大流行しただけあって、見るに堪えない安物も多く作られました。この参考のブローチは綺麗にカットされたガーネットや天然真珠が丁寧に留められてはいるのでまだマシな方ではあるのですが、それでもご紹介のブローチと比較するとその出来に雲泥の差があります。正面から見た時のスッキリしないゴールドの造形を見るだけでも明らかですが、裏側をご覧いただければ素人の方でも一目瞭然だと思います。 金が薄っぺらい上に裏側が凹んでいることがお分かりいただけると思いますが、これは裏側からの打ち出しで手早く作られているため、このような造形になっているのです。打ち出しで手早くおおまかな形状を作った後、グリフィンの顔やヌーヴォーの曲線も、手抜き作品に見合う適当な仕上げが施されているということです。ゴールドの量も形を作る際の手間と時間も節約できますが、ヤスリで丹念に仕上げた物と比べるとのっぺりしており、出来の悪さは明らかです。もちろん裏側が凹んでいるもの全てがそのような安い作りであるわけでもありません。厚い金の板を打ち出して大まかな形を作った後、丁寧にヤスリで仕上げて、裏側にまで彫金を施したようなハイクラスのアールヌーヴォー作品も存在します。頭でっかちの知識だけだと判断できないのが、アンティークジュエリーの面白さでもありますね〜♪ |
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2本の植物の茎と、下の曲線の立体交差も削り出しで作られています。一見して美しいと感じるこの気が利いたデザインの構想力に加えて、それを具現化できる高度な技量を持っていたのがこのブローチの作者なのです。 |
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裏の作りと仕上げの良さは群を抜く丁寧なもので、小さな石に至るまで裏の窓の開け方も完璧です。ブローチのピンがネジで外せるのもハイジュエリーとして作られた証で、この作品が如何に優れたアンティークジュエリーと言える物かを示しています。 ブローチのピンと受けはネジで外せますので、ペンダントとしても収まり良く使うことができます。ペンダントとして使う場合は専用のチェーンを、ブローチ上部左右の金具に引っ掛けて使います。ブローチに専用チェーンは付いておりませんが、別途費用にて制作することもできます。ご希望の場合は別途お見積もりをお出し致します。 |
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稀代のクリアで美しい色を持つ特別なエメラルドが手に入り、時代を20年近くも先取りする特別優秀なデザイナーが危険を冒してまでトライアングルカットに挑戦し、成功したからこそ存在する特別な作品です。
アールヌーヴォー・ジュエリーは世の中に数多くありますが、これは他には存在し得ない珠玉の逸品なのです♪ |