No.00221 アートな骨壺 |
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『アートな骨壺』 ローズカット・ダイヤモンド 骨壺ブローチ イギリス 1849年 上質なダッチローズカット・ダイヤモンドを使った個性的な形状の骨壺と、唐草文様のようなオリエンタルな雰囲気のあるハイクラスのシャンルベエナメルによる、モーニングジュエリーとしてはトップクラスの格調高くアーティスティックなブローチです。 |
ミラーボールのように輝く見事なローズカット・ダイヤモンド
骨壺の中には、クリアで上質なダッチローズカット・ダイヤモンドがセットされています。 どの角度から見てもまるでミラーボールのように輝く、見事なダイヤモンドです。 |
ダッチローズカット・ダイヤモンドをゲージで測ると、見た目のサイズが0.75ctくらいはあり、厚みもあるのでかなり大きいという印象を受けます。 円形ではなく楕円形にカットしてあります。 骨壺の形に合わせて楕円形にしてあるのですが、このようなカットは無駄が出るのでとても贅沢なカットです。 でも、ダイヤモンドが円形だったら全く異なるイメージになってしまったはずです。 |
骨壺の中に入れるのは故人です。 モーニングジュエリーで骨壺の中にセットされるダイヤモンドは、故人を示します。 |
故人そのものを表すのですから、ダイヤモンドも故人に相当する見事なものが選ばれるのは当然のことです。 |
ダイヤモンドで故人がどれだけの人物だったかが推測できてしまうからこそ、相応しい石が選ばれます。 |
ご覧の通り、かなり厚みのある石が使われています。 |
ダッチローズカット・ダイヤモンドは、全て三角形のファセットになっています。 頂点に六つのファセットがあり、その周りに十八個のファセットが続いています。 ファセットはすべて三角形です。 |
この時代はクローズドセッティングが主で、石にフォイルを敷いて色を改善していますが、この作品は元々インクルージョンの無い綺麗な石を使っています。 この上質で厚みのあるダッチローズカット・ダイヤモンドの三角形のファセットがあらゆる角度から放つ煌めきは、現代のブリリアント・カットにはない迫力があります。 |
【現代】サファイアリング | 【現代】サファイアリング |
現代の数学的に計算されたブリリアント・カットは、理論通り底面から全ての光は返ってきます。底面の面積の小さいたくさんのパリビリオンからチラチラとした輝きは出てくるのですが、そればかりが目立ち、人間の目で見るとどの角度から見てもダイナミックな美しさが感じられません。コンピュータ制御ですべて同じ規格で完璧な対称型にカットされるためどの石も無個性で、それで作られるジュエリーには人間によるアート的な要素は排除されます。 |
骨壺の全体にセッティングされた、メインストーンを惹き立てるためのローズカットダイヤモンドも小さいながらクリアで上質な石が使われています。 ローズカットされた、小さくても個性に富むダイヤモンドの輝きが何とも美しいのです。 シルバーのフレームに合わせて、1つ1つ大きさの違うダイヤモンドを留めるという細工は現代ではまずあり得ません。 このように細部に至るまで作られたものこそが『高価なジュエリー』と呼ぶに相応しく、また芸術作品とまでも言える作品なのです。 |
個性的な骨壺の表現
回転式モーニング リング イギリス 1843年 SOLD |
トップクラスの骨壺モチーフのモーニングジュエリーとしては、こちらの回転式リングも扱ったことがあります。 |
この作品は骨壺モチーフと、ウロボロスに囲まれた砂時計モチーフが両面に施された、回転式の見事なリングです。 |
大きめのブローチとリングなので骨壺の大きさは全く異なりますが、同時代のそれぞれトップクラスの作品ということで個性の違いを見てみることにしましょう。 | ||
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右のリングで表現されているのは、オーソドックスな雰囲気の骨壺と言えるでしょう。今回ご紹介しているブローチの骨壺は、取っ手の部分に返しの形状が付いていて、オリエンタルで何となく華やか雰囲気すら感じます。 リングの骨壺のメインのダイヤモンドは骨壺の形状にあわせてオーバル型にカットされているという特徴はあるものの、この時代の上質なジュエリーのメインストーンに一般的に施されるオールドヨーロピアンカット系のテーブルが平らなカットです。 |
横から見ると、骨壺から飛び出したダイヤモンドの厚みや形状が全く異なることが分かります。一言でダッチローズカットと言っても薄っぺらいものもあるのですが、このブローチのダイヤモンドはかなり厚みがあります。 |
シルバーの骨壺のフレームも、立体的で丁寧な作りです。 骨壺エリアとシャンルベエナメル・エリアの境界に施されたゴールドのフレームにも丁寧に溝が彫ってあり、手を抜くことのない上質な作りであることが分かります。 |
見事なシャンルベ・エナメル
この作品はダイヤモンドも素晴らしいのですが、特に注目すべきは見事なシャンルベエナメルです。 唐草文様のような部分は地金を彫り残して表現したもので、彫り込んだ余白部分に黒エナメルを施して埋めてあります。 高度な技術と手間のかかる技法です。 |
ルネサンス ルビー&エナメル リング フランス 16世紀後期〜17世紀初期 SOLD |
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ルネサンス期は宝石に頼らない、色鮮やかなエナメルによる色彩溢れるジュエリーが主流の時代でした。 エナメルの技術が特に高度化したこのルネサンス期において、すでにこのような美しいシャンルベエナメルを見ることができます。 |
『古からの贈り物』 シャンルベエナメルとカンティーユ&粒金のデミ・パリュール フランス 19世紀初期 オリジナル革ケース付き SOLD |
この作品は19世紀初期の宝石を一切使用しない、圧倒的なシャンルベエナメル&金細工の技術による類い希なる芸術的デミ・パリュールです。 平面に繊細な模様のシャンルベエナメルを施すだけでも相当難しい技術ですが、右の画像からもご想像いただける通り、ピアスに至っては360度全体にシャンルベエナメルが施されていました。 これこそ「人の技?それとも神の技?」という細工です。それだけ素晴らしい細工の作品だからこそ、高価そうに見える宝石なんて不要なのです。むしろそんな物は蛇足です。芸術作品としては邪魔です。 こういう作品こそ扱えることが誇りですし、積極的にご紹介したい作品です。でも、これほどの作品は古い時代でもそうそう作られておらず、数自体がないのでなかなかご紹介できず残念です。 |
他のモーニング・ジュエリーとの比較
この作品が作られたのは1849年ですが、同時代に制作されたモーニング・ジュエリーとも比較してみましょう。 |
わすれな草 モーニング ブローチ イギリス 1846年頃 |
1846年に制作されたこの黒エナメルのブローチも、ゴールドをふんだんに使ったり、天然真珠やダイヤモンドを使った素材使いだけでなく、作りも独特で丁寧な作品です。 |
わすれな草 モーニング ブローチ イギリス 1839年頃 |
1839年に制作されたこの黒エナメルのブローチも、ヴィクトリアン初期の作品らしい丁寧な金細工が施されています。 |
モーニング ブローチ イギリス 1840年頃 |
この作品にはシャンルベエナメルが施されています。 ご説明した通りシャンルベエナメル自体が高度な技術と手間を要する贅沢な細工ですし、中央にセットされた髪の毛がこの作品のメインです。 天然真珠やダイヤモンドがなくても、十分に良いものとして作られたモーニング・ブローチです。 |
メメント・モリ モーニング リング イギリス 1742年 SOLD |
これはさらに100年ほど古い、1742年に制作されたハイクラスのメメント・モリ・リングです。 故人が亡くなった日付などがシャンルベエナメルで記載されています。 シャンルベエナメルによる文字は、永遠に刻み込まれた消えることのない文字ですね。 |
同時代のモーニングジュエリーと比較すると、この作品がいかに別格であるかがお分かりいただけたのではないでしょうか。 また、文字や数字がシャンルベエナメルで表現された作品はいくつか存在します。 しかしながら、この作品のようにまるでアート作品のように幅広い面積に見事な唐草模様が描かれている作品は、これまでの43年間で見たことがないくらい珍しいものです。 |
フレームは絵画を惹き立てるために存在し、フレームを見れば絵画の格も自ずと分かるものです。 ダッチローズカットによる個性的な骨壺を、優雅なな雰囲気の唐草文様のシャンルベエナメルが見事に惹き立てて調和しています。 フレーム全体も曲線と尖った箇所による個性的な形状をしており、どことなくイスラム風な感じさえしてきます。 カッコ良いオリエンタルなアートにも見えてきませんか? |
唐草文様は、部分的に線が途切れた点線のような表現があります。 ちょっとしたことですが、この表現があるお陰で唐草模様に美しい流れを感じ、余韻までも感じさせる効果があるのです。 視覚効果を考慮した、芸術的に計算された表現と言えます。 いかに芸術的センスがある人物に、美しい1つの作品として作られたのかが伝わってきますね。 |
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これだけ拡大しても粗が目立つどころか、描いたかのようなすっきりとした美しいラインが際立ちます。 |
最外周のゴールドのフレームは、外側に丁寧に面取りが施されています。内側もエナメルに対して高低差があり、ゴールドのフレームはエナメル面に対して切り立った直角ではなく、少し傾斜が付けられています。 |
だからこそ最外周のゴールドも存在感を示しながら、内側の骨壺と唐草模様のアートをしっかりと引き締め、より格調高い雰囲気を演出しているのです。 |
故人の人物像
裏にはロケットが付いていて、髪の毛が入っています。 上部の突起は、セーフティーピン用の金具です。 |
丁寧に束ねられた髪の毛の中央がキラキラと輝いていたので顕微鏡で見てみると、ここにも驚くような細工が施されていることが分かりました。 なんと、ゴールドの箔を巻き付けたワイヤー、もしくは糸のようなもので束ねられていたのです。 敬愛されいた人物を偲んで、お金と手間をかけて特別なものとして作られた証です。 |
これほどのモーニングジュエリーが作られた人物とは、一体どのような方だったのでしょう。 モーニングジュエリーの魅力の1つが、彫金された文字などから、亡くなった方の正確な日付や名前が分かったりすることです。 In Memory of John Donaldson お名前と亡くなった日付が分かりました。 |
グラスゴー大学の卒業者としての持ち主の記録 【引用】University of Glasgow / John Donaldson ©University of Glasgow |
ネットが発達して、気軽に情報を記録したり検索できる現代と違い、名前や亡くなった具体的な日付が分かったとしても、古い時代の故人を特定できることは殆どありません。誰でにも知っている超有名人の場合、示している人物がすぐに特定できても 、フェイクの可能性も出てきます。 今回も期待せずに調べてみたのですが、ジョン・ドナルドソンさんは1801年にグラスゴー大学でアートの修士号を取得した人物であることが分かりました。お父上がバラントレーのMinisterだそうです。 |
イギリスのバラントレー
『バラントレーの若殿』(ロバート・ルイス・スティーヴンソン著 1889年) | ヘリテイジのお客様はイギリス小説にも詳しい方が多いので、バラントレーと言えば『バラントレーの若殿』を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。 『ジキル博士とハイド氏』で有名なロバート・ルイス・スティーヴンソンによる、1715年のジャコバイトの反乱が題材の小説です。 バラントレーの架空の貴族の兄弟の確執が描かれた作品です。 |
バラントレーの位置 ©google map | バラントレーはスコットランドの南西に位置する教区です。 イギリスは教会の教区が、そのまま国の最小地方行政単位になっています。 ジョン・ドナルドソンさんのお父上がMinisterとのことで、地域の代表者なのかただの牧師なのか考えたのですが、教区の一番偉い人だったということですね。 爵位貴族ではありませんが、広い意味で貴族階級になります。 |
セシル・ローズ(1853-1902年)少年の頃 | 『財宝の守り神』でご紹介した『アフリカのナポレオン』セシル・ローズも地主出身の牧師の息子でした。 生まれつきの病弱を心配した父が、季候の良い南アフリカに行っているローズの兄の元に、当時17歳だったローズを送ったことはご紹介しましたが、ただの牧師でそれが可能なのか不思議に思った方もいらっしゃったかもしれません。 地域の代表者としての牧師は貴族であり、現代で言う村長や町長クラスの政治的権限に加えて、地域全体の地主でもあるお金持ちとイメージすると、分かりやすいかもしれません。 中世は聖職者などの限られた身分にだけジュエリーの着用が認められていましたし、司教クラスにもなれば権力も財力も相当なものです。 日本の常識で考えると分かりにくいですが、イギリスの常識で考えると納得ですね。 |
バラントレーの海岸線 Ballantrae beach and bay, South Ayrshire. View south-east" ©Rosser1954(11 October 2020, 16:36:39)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
バラントレーは1617年までは地方都市として確立されていませんでしたが、伝統的に住民は漁師で生計を立てていました。 バラントレーの海岸は主に砂利や砂浜で形成されており、古い時代はお茶や煙草、ブランデーの密輸が主要産業の一部を形成していたそうです。密輸品を馬で全国に運んで販売いたそうなので、結構豊かな地域だったかもしれませんね。 |
グラスゴー大学(1650年) |
髪の毛の主、ジョン・ドナルドソンさんが卒業したグラスゴー大学は1451年に設置された、500年以上の歴史を有する英語圏最古の大学の一校です。名門オックスフォード大学、ケンブリッジ大学と並ぶアンシャン・ユニバシティー(古代の大学)に属し、世界トップ100大学にランクする名門です。 |
アダム・スミス(1723-1790年) | ジェームズ・ワット(1736-1819年) |
グラスゴー大学は中世から高位聖職者を多く輩出しています。出身者にはそれ以外の世界的に有名な人物も多く、経済学書『国富論』で有名なイギリスの哲学者・論理学者・経済学者のアダム・スミスも出身者です。電力の単位ワット(W)で有名なイギリスの発明家・機械技術者ジェームズ・ワットも出身者です。優れた蒸気機関の発明で、イギリスのみならず全世界の産業革命の発展に寄与した人物です。 日本でも留学して帰国後に名声を得た人物も多く、男爵イモで有名な日本の男爵、川田龍吉もグラスゴー大学で船舶機械技術を学び、造船業の盛んなスコットランドで実地修行をすると共に欧米式の農業にも触れて帰国しました。NHKの朝ドラ『マッサン』のモデルでニッカウヰスキーの創業者、かつサントリーウイスキーの直接的始祖で、『日本のウイスキーの父』と呼ばれる竹鶴政孝もグラスゴー大学で学んでいます。 |
具体的な資料は残念ながら残っていませんが、このブローチの素晴らしい煌めきのダイヤモンドで表現された、ジョン・ドナルドソンさんも皆に敬愛される個性的で優れた人物だったに違いありません。 個性的で芸術的なブローチは、まさに名門大学で芸術の修士号を取得したような人物にピッタリではありませんか♪ |
モーニングジュエリーは亡くなった故人を偲ぶための、プライベート色の強いジュエリーではありますが、ここまでの作品ともなればもはや1つのアートとして扱って良いと思います。 偲ぶために作った方が亡くなった時点で、この作品は立派に役目を勤め上げ、モーニングジュエリーとしての役割は終わったのです。 |
「髪の毛の主の念が・・」 そういうことが気になる方は、そういうお考えで問題ないと思います。私には残念ながら(?)、そういうものを感じる能力はありません。 能力はありませんが、他の人の立場になって、その方の心を想像することはできます。 170年も前に既に亡くなった方が、170年後の日本人を呪うなんてとても考えられません。霊は、知りもしないどうでも良い日本人を呪うほど暇人ではないと思います。 仮にまだブローチと共にいたとしても、私だったら大切にして下さる方を守護することはあっても、呪う意味はありません。 |
大体、『先祖の祟り』というのも私にとっては論理的に破綻した意味不明な考え方です。 人間は子孫を残すために必死です。 子供ができること、無事に成長すること、それだけでも大変なことです。育てるにも非常に労力も必要です。 それだけ大変な思いをしてつなげた子孫を、墓参りしてくれなかったり思い出してくれなかっただけで祟るなんてあり得ませんよね。 子孫繁栄のために努力したのに、自ら断絶するようなことをするなんて考えられません。 子孫から忘れ去られてしまったとしても、霊として何らかの力を持っているならば守護霊として子孫を応援するはずです。 |
それでも絶対に祟るはずと言う方は、ご自分だったら祟るということなんでしょうかね。 そういう方はかまってもらえないと怒る子供同然ですし、ちょっと性格が良くないような・・(笑) こんな立派なダイヤモンドで表される人物が、そのような人物だったはずがありません。 |
価値観を押しつけるつもりは微塵もありませんが、純粋に芸術作品として楽しめる方ならば、このように存在感のある個性的で美しいブローチとして楽しんでいただくことも可能です。格調高い雰囲気があるので、ジャケットの襟にも似合います。モーニングジュエリーの中ではトップクラスの作品なのですが、一定数のマニアが存在するヨーロッパと違ってモーニングジュエリーは一般的に人気がないので、作品のレベルに対してお得感があることも、使いこなせる方にとってはラッキーなアイテムなのです♪ |