No.00195 木の葉 |
『木の葉』 |
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クローズドセッティングとは思えないほど美しく輝く、上質で厚みのあるクッションシェイプカット・ダイヤモンドが贅沢に使われた、木の葉の形のメモリアルブローチです。ダイヤモンドのフレームの特殊なデザインと言い、吹きガラスの独特の形状と言い、当時の知性と教養の高い貴族が余程こだわって作られたことが伺えます。 |
素晴らしい木の葉の表現
一口に『木の葉』と言っても、木の葉にはいろいろな表現があります。
このブローチは、センスの良さと上質さを感じるデザインです。 |
樹木には針葉樹と落葉樹がありますね。 真冬でどれだけ寒くても青々とした葉を茂らせて強く生きることができる、生命力に溢れる針葉樹は見ているだけでエネルギーが伝わってきます。 一方で落葉樹は一年を通して姿を変えない針葉樹と異なり、1年周期で変化を繰り返す落葉樹は別の魅力があります。 |
Genとアローのフォト日記『フレンチシメントリー』 | これは2003年の秋に、Genが上のパレロワイヤルの長〜い街路樹を下から撮影した画像です。 何をきっかけか、はらりと木の葉が舞い散り地面を覆っていく姿は、何となく切なさをかき立て、来たる厳しい冬をも連想させて、感傷的な気分になりますよね。 |
GENと小元太のフォト日記『雪景色のパリ』 |
これは2011年の冬の景色です。フランスのお城に住んでいるGenの友人が、パリではこの時期としては17年ぶりの大雪だということで送ってきてくれたそうです。あれほど緑の葉が生い茂っていた木々も、真冬ともなるとこんなに寒々しい光景です。 それにしても城は暖房設備がきくのかどうか、恐ろしく寒そうですね。日本でも真冬に欧米人が半袖でウロウロしている姿はよく見るので、フランス人もこんなの余裕なのでしょうか。私は福岡の冬でも足の指どころか手の指や耳まで霜焼けになるので、とてもこんな所では生きていけません!(笑) 冬はまるで完全に枯れてしまったように見える樹木も、冬が終わると必ず分かっていたかのように一斉に瑞々しい芽吹きを見せてくれます。一度完全に死んでから再生、復活したかのような、大自然の摂理を思い出させてくれる神々しい生命のサイクルです。 1年ごとに繰り返される木々の生命のサイクルは、まるで人間の営みのようでもあります。 生まれて成長し、最後は老いを迎えて死んでいく・・。 人間の一生と樹木の季節のサイクルには共通するものを感じますよね。 |
死に行く登場人物が自分の命を最後の1枚の木の葉に重ね合わせる、オー・ヘンリー著の『最後の一葉』があります。 小中学校の教科書にも採用されているので、ご存じの方も多いと思います。 木の葉の運命に自分の命を重ね合わせたり、それを理解して嵐の中、命を賭して最後の傑作を描く老画家・・。 |
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『最後の木の葉』もしくは『最後の一葉』1907年のオー・ヘンリーによる短編小説 |
この木の葉のブローチには、そういう一人の人間の一生が込められたかのような、命の結晶というような雰囲気をも感じます。 なんと表現したら良いのか、該当する適切な語彙が思い浮かばず、日本の古語で表すならば「いとゆかし」という感じでしょうか。 |
裏側に美しい手彫り文字で書かれているのは『Jensee』もしくは『Pensée』です。一番最初の文字がJかPなのかは明確には断言できません。 Jenseeだった場合は名前だと推測されますが、欧米でもかなり珍しい名前です。 |
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Penséeはフランス語で『思想』を意味し、伝統的には思考と密接に結びついて理解されていた言葉です。18世紀以降はより厳密に、『思考』を主観的な反省や推論などの理性的意識の活動と考え、さらにそれを普遍的理念に基づくものとする観念的考え方が確立されると、『思想』も専ら理性の活動とその所産として理解される傾向が強くなりました。 ちょっと堅い文章過ぎましたでしょうか(笑) 1つのeの上に'が彫られており、アキュート・アクセントを付した文字だと考えられます。英語では通常用いられませんが、フランス語のPenséeの場合はこの位置にéが用いられることからも、フランス語のPensée『思想』の可能性が高いでしょう。 |
『思想』という文字が彫られたこの『木の葉』には、どういうイメージを感じますか? 春の芽吹きの季節、枯れ枝のようだった木の枝から芽吹く、生命の躍動に満ちた若い葉とは違います。 |
夏の樹木が旺盛な季節、勢いよく生い茂る葉とも違います。 |
秋の紅葉の季節を過ぎ冬が本格化する前、まるでその季節が初めから分かっていたかのように、ハラリと枝から舞い落ちた木の葉・・ |
人間いつ死んでもおかしくないですし、亡くなった方の年齢は知る術もありません。でも、木の葉の発する知的な雰囲気からも、周りから尊敬されるような方が十分に天寿を全うされた方に感じます。
When an old man dies, a library disappears. これは1999年に当時国連事務総長だった故コフィー・アナン氏(1938-2018年)が、マドリッドの会議の演説で紹介したアフリカのある部族の諺です。英語、フランス語、アフリカ諸言語を話すエリートならではの演説内容と言った感じですが、すんなり納得できる全世界で共有可能な諺ですよね。 |
1度しかないかけがえのない人生を精一杯生きて、惜しまれて亡くなったこの栗色の髪の持ち主。 |
ブレーズ・パスカル(1623-1662年) | 「人間は考える葦である」 これは日本でも有名なパスカルの言葉です。 哲学者、自然哲学者、物理学者、思想家、数学者、キリスト教神学者であり、他分野に渡る才能を発揮したフランスの早熟の天才パスカルらしい言葉ですね。39歳で亡くなっていますが、30代までに既にそのような高見に到達しているとは・・ |
この、「人間は考える葦である」はパスカルの遺稿をまとめた『Pensées』に掲載されている言葉です。 当然17世紀のこのフランスの著書は、教養あるジョージアンのイギリス貴族が知らないわけはありません。 |
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『パンセ』(1670年) |
髪の入れるブローチのモチーフは可愛らしいお花でもなく、骨壺でもなく、人物の姿でもなく、この一枚の木の葉で表現するのが相応しい人物だったのでしょう。 『思想』という文字を彫り、共に在りたい人物。髪の持ち主やオーダーした貴族のことも、何となく伝わってきますね。 |
贅沢なダイヤモンド使い
見事な木の葉のデザインセンスだけでもこのブローチのオーダー主が只者ではなかったことは分かりますが、ダイヤモンドと作りを見るとさらにそれがよく分かります。 |
ダイヤモンドはいずれもとても厚みのある、上質なクッションシェイプカット・ダイヤモンドが贅沢に使われています。 |
このブローチのダイヤモンドはクローズドセッティングですが、そのクリアな色と強い輝きはオープンセッティングじゃないのかと思ってしまうほどです。 ジョージアンのブローチなので、200年も経てば普通は金属の変色でダイヤモンドは黒ずんで見えたりするものなのに、驚くほどクリアな色です。 |
ダイヤモンドラッシュ以前のこの時代のダイヤモンドとしては、極めてクリーンな石が使われています。ここまで無色かつ透明な石は、本当に珍しいです。 ダイヤモンドのフレームも1つ1つ、それぞれに先端を同じ方向に捻った形状に作られています。そのフレームをシルバーの粒金で連結させる独特のデザインとなっており、全体の雰囲気を作り上げる上で重要なポイントとなっています。 |
小さな石も、ローズカット・ダイヤモンドではなくすべて上質のクッションシェイプカット・ダイヤモンドです。これは余程お金を掛けて、特別にオーダーされたジュエリーの証です。ダイヤモンドが付いていれば何でも良いという美意識であれば、簡単にもっと安いローズカット・ダイヤモンドで済ませるのでしょう。これこそがジョージアンの貴族の中でも特に優れたセンスを持つ人物の美意識であり、お金のかけ方なのです。 石物は好きじゃないということで、普段はジュエリーのダイヤモンドを褒めることがないGENですが、このブローチに関してはまず一言目で褒めるポイントがダイヤモンドでした。 |
ロッククリスタルの風防
もう1つのポイントは複雑な形状のロッククリスタルの風防です。 ブローチの中央には、編んだ栗色の髪の毛がセットされています。 髪の毛を閉じ込めるために使われているのが風防です。 |
この作品の風防は、18世紀の名品と比べても驚くような出来の良さと美しさです。上下左右、いずれも対称ではなく変形の滴型をしたロッククリスタルの風防は、中央が盛り上がったドーム型をしています。 |
正面からだと分かりにくいのですが、このように中央にかけてかなり高さのある滑らかなドーム型になっていることに驚きます。 |
この風防を作るために、たくさんの試作を重ね、たくさん作った中から特に出来が良かったものを選んで仕上げたはずです。高度な技術を持った職人が、相当な精神力と時間をかけて作ったものだと思いますが、よくこんな複雑な形状を実現できたなと驚くばかりです。 |
シードパール リング フランス 1790年頃 SOLD |
これは例の1770-1800年までの特別な年代に作られたリングです。 これも木の葉のような形状で、中央にブロンドの髪の毛が厚いロッククリスタルの風防でセットされています。 指輪ということでご想像いただける通り、とても小さいものなので、おおまかにカットして磨き上げることにより、上下左右に非対称なこの特殊な形を実現させています。 |
その点で、いかにこのドーム型のロッククリスタルの風防が特異な存在なのかがお分かりいただけると思います。 |
素材の価値だけで見ると、外周の贅沢なダイヤモンドに対してロッククリスタルの価値が理解しにくいと思いますが、細工の価値を理解すると分かりやすいと思います。これを見ると、やっぱり古い年代の物はさりげなく凄い仕事をしているものだと改めて感心します。それと同時に、このブローチが作られた時代には、その価値を理解した人たちがいたのだと思うと嬉しくなります。 当時は財力だけでなく、知識や教養もごく一部の王侯貴族だけのものでした。栗色の髪の毛の主だけでなく、その方を偲んでこのブローチをオーダーした貴族も興味が湧いてきます。木の葉のブローチを通じて当時の人たちに想いをはせることができるのも、心の豊かさで1つの贅沢ですよね♪ |
黒ずむ性質のあるシルバーで衣服が汚れぬよう、ゴールドのピンと本体はゴールドバックになっています。裏側まで丁寧な仕上げで、作りの良いブローチです。 |
小ぶりなので、胸元や襟にさりげなく付けても品良くまとまると思います。 上質なクッションシェイプ・ダイヤモンドは厚みがあって、どれも強い煌めきを放ちます。それがこれだけたくさん付いているので、小さなブローチと雖もしっかり存在感も放ちます♪
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このブローチは栗色の髪の主が亡くなって作られたモーニングジュエリーだと思うのですが、不思議と悲しみの雰囲気は伝わってきません。 尊敬の念というのでしょうか・・。 人間はいつか死ぬものです。限られた時を全力で生きて全うする。肉体は滅んでも生きてきた証は失われることなく、思考を重ねて積み上げてきた英知は次の世代に継承され、滅びることなく続いていく・・。 |