No.00237 英雄ヘラクレス |
ポイント4 これまでに見たことのないほどの
高い芸術性と驚異的な彫りを兼ね備えたインタリオ
モチーフの面白さ、古代ギリシャの紀元前5世紀という年代的な価値、古代ギリシャのエレクトラムという素材としての価値もさることながら、作りの素晴らしさもこのヘラクレス・リングは群を抜いて傑出した存在です。 ポイントは大胆な構図、彫りの技術、そして芸術性の高さです。 これまでにお取り扱いした、各年代のメタル・インタリオをいくつか見てみましょう。 |
アルカイック 紀元前6世紀 22-24ctゴールド SOLD |
クラシック 紀元前4世紀 22-24ctゴールド SOLD |
グレコペルシャ 紀元前4世紀 22-24ctゴールド SOLD |
人物の顔の大胆すぎる構図
古代ローマ 紀元前1世紀 22-24ctゴールド SOLD |
古代ローマ 4世紀 シルバー SOLD |
ヘラクレス・リングと同じような、人物の横顔をモチーフとしたメタル・インタリオリングはゼロではありません。上の2つはいずれも古代ローマの作品で、どちらもそれぞれに意味のある古代の貴重で優れた宝物です。芸術的観点から見ると、2作品の構図は優等生タイプと言えるでしょう。 |
ヘラクレス・リングで驚くのはリングのフェイスいっぱいに、若干収まっていないと言えるほど大胆に横顔を表現しているのです。 こんな傑出したアーティスティックな表現は他に見たことがありません。 『王者の指輪』を除いて他のどれよりも古い作品において、これだけの芸術性の高さを極めた作品が作られたことは驚くばかりですが、古代ギリシャ紀元前5世紀という時代を考えればむしろ納得なのです。 |
人物の内面を感じる驚きの表現力
このヘラクレスの表現で驚くのは、表現されているのが単なる顔の精悍な美しさだけでなく、ヘラクレスの人間性が滲み出た、内面を深く感じ取れるような表情なのです。 |
ヘラクレス(制作年不明) "Heracules Statue" ©遠藤 昂志(2 February 2015)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
後の時代であれば、有名な豪傑を単に荒々しく力強い表情で表現したかもしれません。 しかし英雄ヘラクレスの真の姿は、生まれてから生涯を通じて理不尽にも思えるような試練の人生。 |
『ファルネーゼのヘラクレス』古代ギリシャ紀元前4世紀の作品を複製(古代ローマ 216年) ナツィオーレ考古学博物館 "Hercules Farnese 3637104088 9c95d7fe3c b" ©Paul Stevenson(17 June 2009)/Adapted/CC BY 2.0 |
それを愚痴一つ言わず驚くべき知性と勇気、そして人間離れした怪力で打ち克ち、生涯誰にも負けることなく最後は天空を支配する神として迎え入れられた人物。古代ギリシャ人にとっては、このヘラクレス像は当然の共通認識だったはずです。 |
それを作者はエレクトラムのリングに表現したのでしょうけれど、この表現力と彫りの素晴らしさは尋常ではありません。 当時の名の知れた彫り師で、この時代の第一級の名人だったのに違いありません。 |
古代世界で最高のインタリオ技術を持っていたギリシャ
古代のインタリオと言うと、古代ギリシャよりも古代ローマを思い浮かべる方が多いでしょうか。 |
ブルガリアで地下鉄工事中に発見された古代ローマ遺跡の発掘作業 【出典】EUobserver HP/ ©Plamen Stoimenov, Trud(2010) |
古代ローマは印鑑代わりに奴隷でもインタリオリングを持っていた上、その歴史も長いので、レベルの低いものであれば発掘でゴロゴロ出てきます。また、美術工芸品については古い物の方が優れている優れている場合が多いと認識している現代人が本当に少なかったり、古代ローマ帝国は歴史的にもメジャーなので、フェイクも古代ローマとして作られることが多い状況にあります。 そういう低レベルのものやフェイクを売りたい店は、古代ローマがいかに優れているかや、古代ローマというだけで価値あるもののように主張するかもしれません。一見プロが尤もらしく説明しているように見えるかもしれませんが、歴史的背景や作品の真の価値を理解して販売している小売店は、正直ヨーロッパを含めてもありません。だからこそGENがヨーロッパのこの領域の権威にも気に入られ、仲良くできているわけですが・・。 |
古代ローマの方が古代ギリシャより優れているという認識があればそれは誤解で、インタリオの技術も含め、芸術のあらゆる分野で古代ギリシャの方が優れていました。 |
それがよく分かるのが古代ローマのアウグストゥス帝時代に作られた、この古代ローマの傑作、『アポロに扮した人物の肖像』をモチーフとしたアメジスト・インタリオです。 ローマの首都を比類なき都にするため、芸術に心血を注いだローマ皇帝アウグストゥスはギリシャから当代随一とされる宝石彫刻師ディオスクリデスをその弟子たちごと呼び寄せて、カメオやインタリオを制作させました。特に紀元前から紀元後にかけてのアウグストゥス帝時代に傑出した作品が作られているのは、このような背景があったからです。 |
Gemma Augustea アラビア産オニキスのカメオ 古代ローマ 20-30年 22,8cm×19,6cm×2.54cm "Gemma Augustea" ©James Steakley(October 2013)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
二層のアラビア産オニキスを使ったこの作品も、ディオスクリデスかその弟子の誰かの作だと言われています。 ストーンカメオとしては異例の巨大な作品であることに加えて、細密で完成度の高い彫りは18、19世紀のどんな有名作家の作品も霞んでしまいます。 当時の宝石彫刻師はカメオとインタリオの両方を彫る場合も多く、ディオスクリデスも皇帝アウグストゥスの肖像インタリオを彫っています。 このような素晴らしいカメオを作った時代は、当然ながら18世紀の有名作家など比較にならない素晴らしいインタリオも作っていたということなのです。 |
浅い彫りのインタリオ
このヘラクレス・リングは浅い彫りによる表現も特徴です。 |
コート・オブ・アームズ(紋章) ゴールド・リング フランス 19世紀 SOLD |
浅い彫りは、このように紋章のような幾何学的な模様などを繊細かつ美しく表現するには向いていると言えるでしょう。 しかしながら人の表情を表現する場合、浅い彫りではどうしても普通は迫力を出すことはできません。 |
これだけ浅い彫りのインタリオなのに、人物にこれだけ表情を表現できるのはちょっと考えられないことです。 |
作者が持っていた神のごとき天才的頭脳
『古代の女神』 プチ・ストーンカメオ ペンダント イギリス 1880年頃 SOLD |
同じ彫り物系の美術品でも、カメオとインタリオでは全く制作する難度が異なります。 カメオの場合は大まかな形を石の塊から削り出し、目で確認しながら不要な部分を少しずつ削って除去しながら完成させていきます。 あらゆる方向から形を確認できるため、頭の中で3D画像を処理する必要はあまりありません。 |
フランス王ルイ15世の公娼ポンパドゥール婦人(1721-1764年) | 現代でも立体的な処理や数学的な頭脳は女性より男性に分があるとされており、学生時代を見ても社会人のエンジニアの数を見てもやはりそういう傾向は間違いなくあると思います。 たまに男性に劣らない頭脳や趣味嗜好を持つ女性もいて、その一人が18世紀のポンパドゥール婦人です。 わざわざ彫り師を雇って技術を習い、道具も揃えて自らカメオやインタリオを作ったりしていたそうです。 まあそういう女性は例外的な存在で、やはりインタリオは男性のものだったと言えます。 |
『シレノスのマスク』 ペリドット・カメオ ピン イタリア? 1890年頃 SOLD |
19世紀中期以降にカメオはヨーロッパで大流行していますが、インタリオはカメオよりも彫るのが難しいにも関わらず、その魅力が分かりにくい物だったため、ジュエリーの需要を牽引する中心が中産階級の女性に移っていったこの時代においては、インタリオは逆にその頃から姿を消していったのです。 男性用として作られた『シレノスのマスク』も、ペリドットをカメオに加工するという驚異的な技術が施された当時の王侯貴族のための最高級品には間違いありませんが、見てすぐに良さが分かる作品となっています。 これはこれで私は好きなんですけどね。 |
浅い彫りでここまでの描写力がなされたヘラクレス・リングは、少し三次元処理が得意なレベルの頭脳で作れるものではありません。 それこそ神のごとき頭脳がなければ無理です。 ところが必要なのはそれだけではありません。 頭の中で構想することは可能でも、それを具現化する彫り師としての傑出した高い技術がないと不可能なのです。 到底それが実現できるなんて人間としては考えられないことですが、古代人が今で言う現代人にとっての天才達の集まりであったと考えればようやく不可能ではないと思うこともできるのです。 それでも、当時でもただ一人しかいなかったクラスの名人による作品だったと感じます。 |
エレクトラムを使った理由
この作品がエレクトラムで作られた理由として、おそらく持ち主だったと考えられる世界最強のスパルタの王族が、激しい戦いでも耐えられる耐久力を必要としたからというのが1つ挙げられます。 このリングは金、銀、銅の合金でできています。 ゴージャスなイメージの金、渋くてカッコ良い印象の銀とも違う、エレクトラム独特のゴールドを帯びたシルバーカラーは見た目の色としても独特の魅力を放ちます。 合金にすることで、それぞれの単体で使うより耐久性も格段に上がります。 |
金・銀・銅は素材としては単純ですが、二相系と違って三相系の相図は作成が難しく、しかもこれらが特定の割合の時にどれくらい強度があるかを知ることは困難で、しかも微量元素が強度に効果的に効いてくる場合もあるので、このエレクトラム・リングがどれだけ強度があるかは非破壊では分かりません。 |
ただし合金にすることで硬度を圧倒的に高められることは間違いありません。 |
ビッカース硬度で比べると、以下になります。 純金:22 古代人の頭の良さを考えると、もしかすると最も強度が増す割合で配合されているのかなとすら思えてきます。 |
硬い合金だからこそ可能となった緻密な表現
『至高のレースワーク』で、プラチナには不可能な表現をホワイトゴールドを使うことによって達成した話をしました。 エドワーディアンの時代はホワイトゴールドよりプラチナの方が高かったため、プラチナの方が100%高級品と素材だけで判断する、教養のない中産階級のような単純なブランド志向でしか判断できない人種には理解不能ですが、細工による芸術性を理解できる教養ある王侯貴族のような方にだけ理解できる作品です。 この宝物は繊細を極めた緻密なミルと透かし細工が特徴の作品ですが、同じような色味でも粘りけがあって柔らかいプラチナではこの細工は不可能で、硬さのあるホワイトゴールドだからこそ実現した作品でした。 |
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『至高のレースワーク』 エドワーディアン リボン ブローチ イギリス 1910年頃 ローズカット・ダイヤモンド、ホワイトゴールド&イエローゴールド SOLD |
エレクトラムで作ったこのヘラクレス・リングにも同じことが言えるのです。 | ||
ゴールドやシルバーを精製する技術があり、実際にゴールドやシルバーの美術品が存在するこの時代において、なぜこのヘラクレスリングがエレクトラムを使って作られたのか。 |
リングのフェイスの小さな領域にこれだけ緻密な表現が施されているなんて驚愕です。 拡大すると普通は粗が目立つものですが、このヘラクレスリングはその繊細さにより一層驚かされるばかりです。 |
ここまで拡大して初めて分かることですが、眉毛の表現をここまで繊細に出来ているインタリオは今まで見たことがありません! |
それら陰影となることでより立体感が感じられ、美しく素晴らしいインタリオとして完成された姿になっています。 |
硬い合金だからこそ可能となった表現ですが、一方で硬くなるほどに仕上げなどの加工は手間も時間もかかる難しいものとなります。古代の叡智に感服するしかありません。 |
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裏側を見るとベゼルもシャンクも完全に一体化した作りで、蝋付けの痕跡がありません。 金属の塊から全てを削りだしたのか、謎の技法で作られたのか、『王者の指輪』もそうでしたが、特に古い年代の作品は単なる気合いと根性だけではない、現代人にとって分からない技術で作られていることもあるものです。 |
この摩耗感が、およそ2,500年もの時を超えてきた証なのです。 |
私の指には恐れ多いですし、サイズが違いすぎてトンチンカンなので着用画像はありません。 ただし元々美しい肉体美とマーシャルアーツに憧れ、高校時代から受験勉強そっちのけで毎日欠かさず筋トレし、鏡の前でポーズを取りながら「うおぉぉー、ヘラクレス!!」なんてやっていた私としては、是が非でも身に着けたい宝物でもあります。 GENもこれ僕が着けたいなんて言いつつご紹介するために買い付けた宝物なので、却下しています(笑) |
それほどに私たちを魅了する宝物ですが、大きめサイズなので、どうしても欲しいけれどサイズが合わない方も多いかもしれません。 リングとして使う場合はサイズ変更しなくてもサイズ変更リングで調整すれば着けられる場合もございますので、気になる場合はお気軽にご相談下さい。 私のように明らかにサイズ的に無理な場合でも、このデザインであればペンダントとして使っても良いと思います。 多いときはロンドンに年に6回は行っていたというGEN曰く、このような使い方はヨーロッパ人が結構好んでやるそうで、みんなカッコ良く着けこなしていたそうです。 高級メゾンでも使用されている左のようなシルクコードをご希望の場合は、サービスでお付け致します。 |
"Helmed Hoplite Sparta" ©de:Benutzer:Ticinese(1994)/Adapted/CC BY-SA 3.0, "Hercules Farnese 3637104088 9c95d7fe3c b" ©Paul Stevenson(17 June 2009)/Adapted/CC BY 2.0 |
このヘラクレス・リングの背景を探るほどに、持ち主はやはりスパルタの王族、むしろスパルタ王だったと考える方が納得がいきます。王族といえども王をさしおいてこのクラスのリングを着けていたとは考えられない、そういうクラスのものだからです。 GENも"持っている男"ですが、私もそれに関しては自分でも不思議なくらい"持っている"という自信があります。こういう私たちの元に、そのような宝物が来るのは必然だとさえ感じます。 もう1つのGEN自慢の宝物『王者の指輪』の現在の持ち主は今でもアトリエにいらして下さることがありますが、王者の指輪をはめた指を見せながら「すごく良いものですねと言う人もいれば、ハワイの指輪ですか?と言う人もいるんですよ」と笑っていました。資料も全て揃った由緒正しいもの、もしくは高価なものという、一種のブランド的な買い方をしている人だったら「ハワイの指輪ですか?」なんて言われたらいかに良いものかを必死に説明しようとしたことでしょう。 王者の指輪の持ち主は誰が良いものを気づく目があるのかないのか鋭く観察しながら、とても大きな風格を備えた人物で、ずいぶんと相応しい人の元におさまっているものだと興味深く、また非常に面白く感じたものでした。私がアンティークジュエリー・ディーラーになったばかりの頃の話です。 特にこのような古からの傑出した宝物は相応しい人を自ら呼ぶらしく、現代における持ち主に相応しい方の元へ旅立っていきます。紀元前5世紀の激動の時代をスパルタ王とともに駆け抜け、歴代の持ち主を経て時代を超えてヘリテイジの元にやってきたヘラクレス・リング。相応しい方の元に旅立ってもらうため、古代からアンティークジュエリーの時代までの通史を書き、古代美術館を開設し、このカタログへとつなげる私にとっても総力戦でした。すべてはこの素晴らしい宝物の魅力を余すことなくご紹介するためです。それがこれだけの素晴らしい宝物に対する私の責任です。 |