コンテスト・ジュエリー

万国博覧会などのコンテストに出展するために制作されたジュエリー。

 

 基本的にジュエリーはオーダーか既製品で制作される。オーダー品は顧客のオーダーした内容を元に、職人らとの綿密な打ち合わせを経てブラッシュアップしながら最終的にジュエリーが制作される。ブラッシュアップは行わず、仕様通りにただ忠実に制作する場合もある。既製品は主要購買層となる不特定多数の人向けに、ウケが良さそうなものを予め想定して制作される。オーダー品、既製品ともに制作は顧客側が主体である。一方、コンテストに出展するためのジュエリーには顧客の嗜好・要望などは入り込まず、職人が本当に作りたいと願うものを制作する。コンテストでは才能ある職人同士の競争となるため、最先端技術や素材、職人の天才的なインスピレーションや持てる技術全てが自由に注ぎ込まれ、プライドと魂の籠もったエネルギーに満ち溢れる芸術作品となる。コンテストで話題となったものが元となって次の時代の流行が作られることも少なくなく、コンテスト・ジュエリーの中には驚くほど時代を先取りした作品も存在する。

 ハイクラスのアンティークジュエリーの中にはそのようなコンテストに出展するために制作された特別な作品が存在するが、その数は当然ながら非常に少なく、現代では存在自体が知られていない上に定義した言葉も存在しなかった。このため、当該ジュエリーの名称をヘリテイジで"コンテスト・ジュエリー"と定義。

 

<コンテスト・ジュエリーの特徴>

デザイン、素材、テクノロジーの全てが最先端で三拍子が揃っているという特徴がある。

例1.『アイリス』(ティファニー 1900年)1900年パリ万博グランプリ受賞、ウォルターズ美術館蔵

1900年のパリ万博に出品されたティファニーのモンタナサファイアとデマントイドガーネットをつかったアイリス 【デザイン】
アールヌーヴォー期に上流階級と知識階層に持て囃されていた日本美術を感じるアヤメを忠実に再現。24.1cmという大型サイズもインパクト大。

【素材】
アメリカの宝石モンタナ・サファイアが目玉。他、ウラル産デマントイドガーネットやプラチナなど当時最先端だった素材を使用。

【テクノロジー】
ブルースチールという通常ジュエリーには使わない金属でモンタナサファイアをセッティング。他にも驚異の石留技術が随所に見られる。当時最先端の素材プラチナを使いこなしたダイヤモンドのセッティングもあり。


例2.『情愛の鳥』(イギリス 1870年頃)個人蔵

 
鳥の巣と卵と親鳥をモチーフにした、天然真珠とプラチナとスリーカラーゴールドによるアンティークジュエリー 【デザイン】
天然真珠と金線で鳥の巣を表現。

【素材】
卵形の天然真珠を3つ揃えた驚き。当時最先端のプラチナ箔とカラーゴールドを駆使。

【テクノロジー】
自然な鳥の巣を編む技術。プラチナの使いこなし、カラーゴールドの調合による色使いの技術と彫金技術。



例3.『スパイダー』(オーストリア? 1900年頃)個人蔵

1ctオーバーのダイヤモンドとルビー&エメラルドを使ったスパイダーのアンティークジュエリー 【デザイン】
アールデコを思わせるスタイリッシュな蜘蛛が躍動感溢れる表現。

【素材】
ゴールド、シルバーに加えて当時最先端のプラチナを使うという過渡期を象徴する金属の使い方。1ctオーバーのクリーンなダイヤモンド。

【テクノロジー】
当時最先端のプラチナを使いこなした、生き生きとした脚の表現。キューレットのカット面積を極限まで小さくした、最先端のカット技術によるまるで現代ジュエリーのようなトランジションカットのダイヤモンド。



例4.『The Beginning』(イギリス 1910年頃)個人蔵

ダイヤモンド&エメラルド リングアンティーク・ジュエリー 【デザイン】
アールデコ中期以降を彷彿とさせる時代を先取りしたスタイリッシュなデザイン。

【素材】
当時競って開発が行われたホワイトゴールドを独自の調合で発明。超上質なエメラルドとダイヤモンド。

【テクノロジー】
ホワイトゴールドの発明。70年近くも時代を先取りした、透明感と素晴らし煌めきを両立させたプリンセスカット・ダイヤモンドを当時最先端のカット技術で実現。



例5.『Sweet Emerald』(フランス 1920年頃)個人蔵

アールデコのオレンジピールカット・エメラルドのリング 【デザイン】
皮をむいた後のジューシーなオレンジのような愛らしいオレンジピールカット。

【素材】
割れやすく加工が困難なことで有名なエメラルドながら、オレンジピールカットと中央への穴開けに耐えうる大きくて美しい色彩を持つ石。

【テクノロジー】
誰も為し得なかったエメラルドへのオレンジピールカットを成功。さらに石中央への穴開けとダイヤモンドのセッティングに成功。複雑なオレンジピールカットに合わせた六角形フレームへの見事なセッティング。



例6.『パラソルを持つ女』(チェコ 1930年代初期)HERITAGEでご紹介中

アールデコのパラソルを持つ女がモチーフのボヘミアン・ガラスの傑作 アンティークの花瓶 【デザイン】
当時最先端の水着とヘアスタイルの女性を、日本美術に影響を受けたことで有名なモネの『Woman with a parasol』にインスピレーションを受けたとみられる独特の振り向き姿のポーズで表現。さらにジャポニズムらしい左右非対称の幾何学模様の表現や大胆な色使い、日本の落款のようなサインが施されている。

【素材】
通常は銅赤で表現する赤色を、金赤を使ったルビーレッドで表現。

【テクノロジー】
濃く鮮やかな色を出すのが難しいと言われる金赤を、薄い被せガラスで鮮やかに発色できるほど見事に実現。360度見所となる透明な花瓶、且つ大型の作品で、難易度の高いグラヴィール彫刻によって健康的で美しい女性を生き生きと表現。

<最大のコンテスト『万国博覧会』について>

【万国博覧会の目的】

1851年にロンドンで始まった万国博覧会は、国際博覧会条約によれば次のように定義されている。「国際博覧会とは複数の国が参加した、公衆の教育を主たる目的とする催しであり、文明の必要とするものに応ずるために人類が利用できる手段又は人類の活動の一若しくは複数の部門において達成された進歩若しくはそれらの部門における将来の展望を示すものをいう。」
堅い言い回しで分かりにくいが、つまりは人類のためになる時代の最先端のテクノロジーを披露したり、新しい価値や概念を提案して新しい次の時代を作る場ということになる。国威発揚と人類発展のために開催されるイベントであり、国の威信をかけて他国と競う場となる。万国博覧会はその目的のため、最先端技術の出展に関しては最大限の便宜が図られる。有名な例としては、ほぼ全ての国で国際博覧会での公開は特許取得の拒絶理由の例外として認められることが挙げられる(※通常はどこかで一度でも公開していると、新規性が認められないということで特許取得の申請を拒絶される)。

 

【万国博覧会の賞とブランディング】

出展品に褒章を与えることは1851年の第1回ロンドン万博から行っていたが、1855年の第1回パリ万博(3回目の万国博覧会)から審査方法や審査委員の選定基準を厳格化と詳細化を行い、公平に期すことで褒章に権威を持たせることになった。1855年パリ万博の産業部門で授与されたメダルは最高章であるグランプリ112、金メダル252、銀メダル2,300、銅メダル3,900、選外佳作4,000だった。各国威信をかけて最高の出展をする中でグランプリは1%程度、つまり100作品中1作品という割合でしか受章できない。金メダルであっても100作品中の上位4位以内でないと受章できない計算であり、特にグランプリの受賞は出展企業や出展者にとってまたとない宣伝材料にもなった。

 

【万国博覧会とビジネス】

 1851年のロンドン万博では出展品に売値を提示していなかったが、1855年のパリ万博からは全ての出展品に値札を付けることが始まり、万国博覧会が巨大なショッピングセンターという意味も持ち始めた。世界を相手にPRすることができ、世界クラスの有力顧客に気に入られることができれば大きく発展することも可能となる。万国博覧会で金賞以上を受賞した有名企業としてはバカラ、クリストフル、ルイ・ヴィトン、エルメス、ティファニーなどがある。
世紀末のベルエポックのフランスで開催された1900年のパリ万国博覧会
第5回パリ万国博覧会(1900年)
パリ万国博覧会 世紀末 ベルエポック フランス
第5回パリ万国博覧会のパノラマビュー(1900年)

 

※現代のジュエリーのコンテスト

 テクノロジーや流行のライフサイクルが短くなり、テレビやインターネットなどの情報発信ツールも発達した現代では万国博覧会が唯一の宣伝の機会ではなくなりました。万国博覧会も昔ほどの権威はありません。現代ではよく分からないコンテストで受賞したことをPRするジュエリーデザイナーも少なくありません。とりあえず論文発表したという実績を作るための、アカデミックな場合のハゲタカ学会と同じです。その科学雑誌に掲載されることに真の価値はなくとも、聞いたことのないような科学雑誌であっても、凄いと思い込んで良いように利用されてしまう人が存在します。昔はGen曰く、田舎の仕立屋でも○○で受賞などの実績を掲げる店がたくさん存在しました。現代ではヘアサロンやネイルサロンでもよくある話と言えるでしょう。一定の参加費さえ払えば必ず受賞歴を取得できるコンテストが数存在し、コンテストビジネスで儲ける人もいるくらいです。現代ではそんな手段が目的のコンテストだらけで、以前の万国博覧会のような魂がぶつかり合うコンテストはなくなってしまいました。惰性で出展する物と、意地とプライドをかけた魂の作品が同じわけがありません。見た者の情動に訴えかけてくるような魂のこもったエネルギー溢れる芸術的ジュエリーも、ハイクラスのアンティークジュエリーならではの宝物と言えるのです。

 

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