No.00217 白鷺の舞 |
<ミュージアムピース> 舞踏会の手帳(兼名刺入れ)&コインパース セット 『白鷺の舞』 |
舞踏会の手帳(兼名刺入れ) |
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コインパース |
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『白鷺の舞』 |
技法としてはピケですが、44年間アンティークジュエリーを見てきて一度も類似したものすら見たことがない、別格中の別格と言える小物セットです。 和を感じる独特の構図はもちろん、通常は細かい象嵌が当たり前のピケ細工に於いて、技術的に可能なのかと思えるほどの大面積の象嵌、そして通常のピケ細工では有り得ない繊細な彫金が施された、異例中の異例の作品です。 コンディションも良く、使って楽しむこともできる素晴らしいミュージアムピースです。 |
絶対に二度と出会うことのないピケの最高傑作です!! |
ミュージアムピースと言える特別なピケ
この作品はピケの技術レベルが他に類を見ないほど高水準な上、デザインもまるで日本人が作ったかのような非常に特殊なものです。 それを理解するために、まずはこれまでにお取り扱いした一般的なピケを見てみましょう。 |
一般的なピケの細工やデザイン
『知性の雫』 ドロップシェイプ ピケ ピアス イギリス 1860年頃 SOLD |
ピケについては『クラシック・ハート』で詳細をご説明していますが、17世紀半ば頃にイタリアで考案され、技術が伝わったフランスで技術が飛躍的に進化した鼈甲象嵌細工です。 古い時代は祭祀用や小物などに使われていましたが、19世紀初期頃からジュエリーに用いられるようになりました。 南洋の亀の甲羅という珍しさに加え、クラシックな雰囲気を好むイギリス人の間で、特にヴィクトリアンの中後期に流行しました。 一般的に見られるのが、これらのような作品です。 |
『クラシック・ハート』 ピケ ハート型 ロケット・ペンダント イギリス 1870年頃 SOLD |
通常は象嵌するのは薄い金や銀の箔なので、表面には殆ど彫金はありません。 |
一般的なデザインのピケとしては最高水準の彫金が施された作品
一般的なピケの中では最高水準の彫金が施されているのがこの作品です。 様々な花々が描かれています。 画像からは少し分かりにくいですが、それぞれの花に細かい彫金を施すことで、面で作られた図柄に陰影を出し、立体感を表現しています。 |
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ピケ ブローチ イギリス 1870年頃 SOLD |
この作品も同様にかなり繊細な彫金が施された、ピケの中でもトップクラスの作品です。 |
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ピケ ペンダント イギリス 1860年頃 SOLD |
もはや模様としてではなく、質感をコントロールするために施された超繊細な彫金です。 ジュエリーとして身につけた時、肉眼では細かな彫金まで認識できなくても、立体感の演出には確実に効いており、それが通常のピケとは異なる別格の高級感を醸し出すのです。 |
なかなかこのクラスのピケは見ることがありません。 ハイクラスのピケの魅力は単なる金銀象嵌だけではありません。 象嵌の細かさを極めた作品にも大きな魅力がありますが、このような素晴らしい彫金で全体の雰囲気を作り出した作品も実に素晴らしく、芸術作品としても魅力あるものと言えます。 |
ミュージアムピースと言える別格のピケ細工
このピケの舞踏会の手帳とコインパースのセットは社交の場で使う最重要アイテムの1つとして作られたもので、その中でも別格と言える作品です。具体的に細工を見ていく前に、舞踏会の手帳がどうしてそれほどまでに重要だったのかを見ていくことにしましょう。 |
舞踏会の手帳の役割
イギリス貴族ロスチャイルドの城(ワデズドンマナー) |
これは2018年5月のロンドン買い付けで見てきたロスチャイルドの城ですが、このようなお城で上流階級の社交が繰り広げられます。 |
イギリス貴族ロスチャイルドの城のお庭と鳥かご |
若い貴族の子女たちは、限られた時間で素晴らしいお相手を探して射止めなくてはなりません。それが上手くいくかで、今後の家系の命運が大きく変わるのです。昼間は美しい景色に囲まれて知的な会話を楽しんだりし、夜には舞踏会が催されます。 |
『紳士と淑女』 社交界の扇 フランス 1870年頃 レース(シルク)、マザーオブパール 半径27cm ¥ 387,000-(税込10%) |
一見ただ楽しいだけに見えますが、社交の場には細かいマナーが存在します。 『紳士と淑女』でもご説明しましたが、扇言葉による会話ができないと、まともにコミュニケーションもできません。覚えるだけでも大変ですが、間違えたら大変なことになります。 |
『舞踏会の手帳』 フランス貴族グランファミーユの紋章 フランス 1838年 アイボリー、布針 (カレンダー&鉛筆付き) SOLD |
だからこそ、手帳はとても重要なのです。 これは以前お取り扱いした舞踏会の手帳の表装です。環境の良いお城に男女が馬で戻る様子が、いかにもその後の楽しい舞踏会を連想させますね。 |
手帳なので、きちんとメモがとれるとう鉛筆もセットできます。 | |
なんと181年も前、1838年のカレンダーも残っていました。 カレンダーを確認しながら、取り付けた約束を記入することもあったのでしょう。 |
手帳のメモ用紙
舞踏会の手帳 フランス 1900年頃 アイボリー、ゴールド SOLD |
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メモをとるための実用品なので、用紙はこのように新しくセットできるような作りになっています。 |
ご紹介の作品は、鼈甲のケースを開けるとスライスド・アイボリーのメモ帳が出てきます。このメモ帳にシャープペンシルもセットできるようになっており、全てがケースの中にピッタリと優雅に収まっています。 さらに通常サイズの名刺も入られるようになっています。社交の場でも名刺が使われており、その使い方も細かく決まっています。貴族はその身分に恥じぬよう貴族らしく振る舞わねばなりません。その振る舞いをより優雅で贅沢、かつセンス良く見せることができるように、持ち主はこのケースを特別にオーダーしたのです。 |
フランスの舞踏会の手帳は贅沢なものでもスライスド・アイボリーではなく紙が使われているイメージですが、この手帳兼名刺入れは実にイギリス貴族の持ち物らしい作品です。 パクス・ブリタニカとも呼ばれた大英帝国全盛期、その経済規模はフランスの7倍あったと言われており、上流階級の財力も桁違いです。だからこのような超贅沢な舞踏会の手帳が存在するわけですが、とにかくゴールド大好きなフランス人と違って、シルバー好きで小物に関しては高価な物でもシルバーが多いイギリスらしいシャープペンシルと金具です。エンジンターンと手彫りの彫金が美しいシャープペンシルはもちろんのこと、蝶番の金具にも丁寧でエレガントな模様が彫金されており、超一級品のオーダー品である証です。 鼈甲でこれだけの大きくて立体感あるケースを作るのもまた贅沢なことです。 |
あり得ない大きな面積の象嵌
ピケは鼈甲という柔らかい素材に、金属の箔を埋め込む象嵌細工です。異素材を接着させるので、大面積を象嵌させるだけでも難しいのですが、さらに保管状況や経年変化により鼈甲の寸法がわずかに変わっただけでも、大きな面積のものほど剥離しやすくなります。 そんな中で、この作品の象嵌はかつて見たことのない面積、長さの金属箔が象嵌されています。ご参考までに、これまでの43年間にGENが扱ってきた小物の名品をご覧ください。 |
ピケの小物の名品
鼈甲金象嵌 小箱 フランス 1860年頃 鼈甲に金象嵌(ピケ) Sold |
ピケ 香水瓶 ペンダント イギリス 1860年頃 べっ甲、15ctゴールド Sold |
シャープペンシル 鼈甲、 金、 カルセドニー(インタリオ) イギリス 1860年頃 Sold |
ピケ 香水瓶 ペンダント イギリス 1860年頃 ピケ(べっ甲に金銀象嵌) Sold |
嗅ぎタバコ入れ ピケ(べっ甲に金象嵌) 象牙細密彫りの装飾付き Sold |
ピケ(べっ甲に金象嵌) コインパース イギリス 1870年頃 べっ甲、ゴールド、シルバー Sold |
いずれも二度と出てこない名品で、デザイン・細かさ・コンディション共に優れた美しくハイレベルの象嵌細工です。このような43年間で集めてきたハイクラスの作品を見ても、今回の作品のような大きな面積の象嵌は1つも存在しません。 |
この作品の作行きは、細かなパターンもしくは草花の象嵌による通常のピケとは全く異なるものです。鳥たちは大きな面積の金銀で描かれ、植物は通常ではあり得ない長い銀も駆使して描かれています。これほど難易度の高い作りなのに、約150年経過していても剥離も見られません! |
舞踏会の手帳に相応しい白鷺のモチーフ
既にご想像の方も多いと思いますが、この作品のモチーフは白鷺の可能性が高いと思います。 |
冬の小鷺 "Little egret (Egretta garzetta) Photograph by Shantanu Kuveskar" ©Shantane Kuveskar(11 February 2020, 15:49:38)/Adapted/CC BY-SA 4.0 | 夏の小鷺 "LIttle Egret.6" ©GDW.45(30 March 2014, 07:,6:28)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
白鷺と呼ばれる鳥にはいくつか種類がありますが、季節により美しい冠羽が現れ、背の飾り羽が巻き上がる特徴を持っていたりいます。 |
鷺と葦(18世紀)鈴木春信画、ギメ美術館 | 日本でも見ることができる鳥で、日本画のモチーフにも見られるので、この鳥には日本らしいイメージを持たれている方も多いかもしれません。 |
小鷺(1804年)トーマス・ビウィック著『水鳥-イギリスの鳥の歴史-』2巻より | でも、繁殖分布域はヨーロッパ、アフリカ、アジア、オーストラリアと多岐にわたります。 暖かい地域では定住していますが、寒い地域では渡り鳥として存在します。 |
ユキコサギ | 鷺は英語でEgretです。 エイグレットと言えば、美しい羽根の髪飾りなどを思い出される方もいらっしゃるのではないでしょうか。 |
白鷺の美しい羽はヨーロッパで装飾用に非常に人気がありました。 19世紀には帽子の羽根飾りとして使うために乱獲され、北西ヨーロッパでは一部地域で絶滅し、南部ではほとんど見られなくなったほどだそうです。 |
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アメリカで広告に使われたベルエポック・フェザーのチラシ(1914年) |
装いが一気に華やかになる、優雅なエイグレットの羽根は人気が出そうですね。エイグレットの羽根は19世紀に特に流行し、残っている記録によると1885年は最初の3ヶ月で75万羽の白鷺の羽が販売されたそうです。1887年にはロンドンのディーラーが1人で200万羽の羽を販売しています。 養殖も始めはしたものの、大半は狩猟によるものでした。危険水域まで乱獲された結果、1889年にはイギリスが王立鳥類保護協会の設立する後押しにもなりました。 |
社交の場でのエイグレット
フランス王妃マリー・アントワネット(1755-1793年) | カリスマ・ファッションリーダーのマリー・アントワネットの肖像がからも分かる通り、昔から優雅な羽根飾りは人気がありました。 動きに合わせてフワフワとたなびく姿は、ダイヤモンドの存在感ある煌めきとは違った魅力があります。 白鷺のみならず、ダチョウや孔雀の羽を使ったものなども存在します。 |
エイグレットが舞う舞踏会の場にこれ以上相応しい物はない白鷺の手帳
それこそが、エイグレットの髪飾りが舞う優雅な舞踏会の場で使う、エイグレットが象嵌されたこのメモ帳なのです。 |
『The Contesse de Keller』(1873年)アレクサンドル・カバネル画、オルセー美術館蔵 | この作品がオーダーされた時代前後の女性の肖像画を見ると、いかにエイグレットが人気だったかが分かります。 |
マリー・アントワネットに扮したワーウィック伯爵夫人フランシスエベリン(1861-1938年) | ポルトガル王妃メアリー・ドルレアン(1865-1951年) |
王族や伯爵夫人という、貴族階級の中でも特に身分が高い女性たちもこぞって愛用していました。 |
エイグレットを着けた後のイギリス王妃メアリー・オブ・テック(1890年代) | イギリス国王ジョージ5世の妻、メアリー妃もエイグレットを着用した姿が残っています。 この時代は特に女性のヘッド・ジュエリーとしてエイグレットが流行したのでしょうね。 |
皆が一様にエイグレットの優雅な髪飾りを使う中で、その白鷺を描いた手帳を使えば間違いなく羨望の的となったことでしょう。 |
見たことのないレベルのピケの彫金
このピケのセットで特別なのは、モチーフの面白さや象嵌された金銀の面積の広さだけではありません。類似の物すら存在しない、あり得ないレベルの彫金が施されているのです。 鷺の目の表現も巧みですし、軽やかな羽といかにも柔らかそうな胴体の羽毛の彫金も実に見事です。柔らかい鳥の羽根の繊細な彫金の一方で、足や植物には力強い彫金が施されています。ある程度、金銀に厚みがあるからこそできることですが、厚みが増すほど鼈甲へ象嵌する際の難易度も増すはずですし、経時変化や保管環境による寸法狂いが生じた際には剥がれやすくなるはずです。一体どうやってこれらを両立させたのか、謎としか言いようがありません。 |
普通は彫金はしませんし、左の作品の彫金でも十分に最高水準と言えるものだったのです。 だからこそ、特に43年間アンティークジュエリーを扱ってきたGENは、初めて今回の作品を見た時に仰天し、感動していました。 |
白鷺の表情が良いし、羽の彫金も冴えを感じる巧みな彫りです。首元も、鳥独特の細く長い形が彫金による模様で見事に表現されています。 |
羽と胴体では、金と銀という素材の使い分けだけでなく模様を変えて彫金しているのが素晴らしいです! |
右上の枝に止まった鳥や、右端の植物などは曲面に象嵌されています。平面でもこれだけの細工は難しいはずなのに、かなり曲率ある曲面で完璧な象嵌に成功しています。それこそ人の技?それとも神の技と言える細工ですが、こういう超難度の細工をあまりにもさりげなくやっている所が、並のハイクラスの作品とは違う所だと感じます。 |
日本人の琴線にも触れる不思議な作品
この作品には和の雰囲気を感じる方も多いのではないでしょうか。構図と言い、雰囲気と言い、まるで和の心を理解する生粋の日本人が作ったかのようです。開ける時の金具の取っ手のデザインも、風呂敷を結んだときの布の端のようにも見えてきます。 |
フランス人は飴色、イギリス人は茶色で斑が入っていない鼈甲を好む傾向があります。 一方で、日本人は鼈甲らしい斑入りを好む傾向にあるのですが、この作品には日本人好みの鼈甲らしい斑が入っており、それが白鷺たちの背景の景色となって実にアーティスティックなのです。 左上の蝶々や、三羽の鳥たちそれぞれの自由きままな様子も、右側の植物の葉が下方に垂れ下がる様子も、自然の造形をそのまま表現したようなまさに『和』の感覚です。 |
主役のモチーフではない蝶番側の植物も、細部まで気を遣った繊細な彫金が施してあるも感激です。さらに興味深いのが、上の画像の右端、白鷺が立つ地面に相当する部分の一部にだけ、銀ではなく金が象嵌してあるのです。この細やかな気遣いを見ていると、もしかしたら日本人の職人が作った作品ではないのかとどうしても思ってしまいます。 |
『清流』 アールデコ ジャポニズム ペンダント イギリス 1920年頃 SOLD |
このアールデコ・ジャポニズムの傑作と言えるペンダント『清流』も、まるで日本の職人が作ったとしか思えない作品でした。 この作品も、同時代の明らかにヨーロッパの職人が作ったジャポニズムの作品とは作行きが全く異なっていました。 作りも別格中の別格と言える技術レベルでした。 |
鎖国中であっても海外に渡る日本人は存在しました。1853年の黒船来航による開国以降、ヨーロッパに渡る日本人も多数存在し、その中には日本の職人が存在してもおかしくありません。日本人のピケ職人がいたという記録は聞いたことはありません。 蒔絵のような構図は明治期に作られた輸出品ではないかとも思わせるものですが、現代の鼈甲職人曰く、日本国内にはピケの技術は存在しないそうです。ただ、職人なので記録が残るようなことはなくても、日本からヨーロッパに渡り、優れた作品を制作した職人が存在していてもおかしくありません。 日本の職人は世界一の技術レベルを持っていました。だからこそ開国後は欧米人がこぞって江戸時代の優れた美術工芸品を買い漁り、明治期にはたくさんの輸出向け工芸品が作られ、欧米にもたらされたのです。 この作品は世界最高峰の日本の職人が作った可能性を、十分に考えられる作品です。他のピケには見られない構図とデザイン、他に見ることのない傑出したピケの細工技術。全てが他の作品には見られない、突然生まれたような謎の傑作なのです。 |
コインパース
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コインパースも舞踏会の手帳同様の見事な作りが施されています。 |
コインパースは十分な厚みがあり、使いやすい仕切りもあります。アコーディオンになっている一部は、コインを入れたら金具で完全に閉じることもできる構造です。開けてみたら、古いコインがそのまま出てきました。古いコインは一緒に納品致します。 |
手帳ではヒラヒラと舞っていた左上の蝶々が、コインパースでは左方向へ飛んでいます。 地面に立つ白鷺も、羽の広げ方がちょっと違っていたりします。 全く同じ構図にするのではなく、作品を描くキャンバスの大きさに合わせて、少し違いを付けている心遣いも楽しいですね。 |
両方とも裏側には、イニシャルを彫るためのプレートが付いています。 |
単品としてもそれぞれに使い勝手が良い物なので、約150年間バラバラにならず、セットで遺っていたことも素晴らしいことです。歴代の持ち主がこの作品の価値を理解して大切に扱い、信頼できる次の持ち主に託してきたの証です。まさにミュージアムピースと言える、ヘリテイジでご紹介できることが嬉しくてしょうがない宝物です♪ |