No.00253 Purity |
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『Purity』 |
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小さいながらも純粋な青色と、クリアブルーと言える透明感が見事なサファイアを3石使った個性的なデザインのリングです。上質な石に合わせて特別にオーダーされた作りも見事なもので、決して奇をてらったデザインではないながらも、さりげない個性と品の良さを感じる使いやすいサファイア・リングです。 |
クリアブルーの上質なサファイア
このリングに使われた3石のサファイアは、大きくはありませんがいずれも上質でよく煌めく石です。 |
色も青以外の色味を感じさせず、青の濃さも濃すぎず薄すぎず、まさに純粋なクリアブルーとでも言うべき色です。ダイヤモンド以外の婚約指輪の石としても有名なサファイアですが、なぜ婚約指輪の石としての地位が確立されたのかは歴史の中にその理由があります。 |
婚約指輪の歴史
-古代ローマから続くモチーフ-
ゴールドの婚約&結婚指輪(古代ローマ 2-3世紀)大英博物館 【引用】Brirish Museum / finger-ring © The Trustees of the British Museum/Adapted |
婚約指輪は古代から存在しました。 少なくとも古代ローマの時代には婚約指輪の存在が確認されています。 |
婚礼の様子を描いたオスティアの石棺レリーフ(古代ローマ 4世紀後期)アルル・古代プロヴァンス博物館 "Roman marriage vows" ©Ad Meskens/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
古代ローマでは結婚式の際に新郎新婦が握手する習慣がありました。 |
『フェデ』 古代ローマのガーネット・カメオ 古代ローマ 1〜2世紀頃 SOLD |
この極めて貴重な古代ローマのガーネット・カメオはフェデ(握手する手)をモチーフにしたとても小さな作品です。 リングにセットし、婚約指輪&結婚指輪として使われたものです。 |
フェデのゴールド・リング(ビザンチン 6世紀)ウォルターズ美術館 "Byzantine - Marriage Ring - Walters 571715 - Top" ©Walters Art Museum/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
このフェデのスタイルは古代ローマ後もキリスト教世界の中で受け継がれていきました。 |
フェデのゴールド・リング(イギリス 16-17世紀頃)大英博物館 【引用】Brirish Museum © The Trustees of the British Museum/Adapted | その後このようなスタイルが確立され、結婚指輪の定番モチーフとしてヨーロッパで長く愛されるようになりました。 |
フェデのゴールド・リング(ヨーロッパ 16-17世紀頃)大英博物館 【引用】Brirish Museum © The Trustees of the British Museum/Adapted | |
面白い仕掛けや意匠が施されたリングも存在し、18世紀後期から19世紀にかけて同様のものが数多く作られています。 |
特に19世紀には2つの手を開くとハートが現れるスタイルが流行しています。 一番の安物であるシルバーから、ゴールドで作られたもの中でもピンからキリまで様々ありますが、現代でも人気があってフェデ・リングというだけで異常な高値が付いていることも少なくないようです。 |
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【参考】フェデのゴールド・リング(1900年頃?) |
そういうものは特にフェイク・アンティークジュエリー市場でもターゲットとなりやすく、たくさんの安物に加えてフェイクでの温床でもあります。 |
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【参考】フェデのゴールド・リング |
それは関係ないのでさておき、それだけ結婚指輪として人気があるモチーフということですね。 結婚指輪は石が使われる婚約指輪と異なり、日常生活でずっと着けるものなので耐久性が求められます。 ゴールドやシルバーだけで作ること、それでいてモチーフとして面白いことがシンプルなただの輪っかデザインの結婚指輪では物足りない人たちにウケているのでしょう。 |
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【参考】現代のフェデのゴールド・リング |
【参考】現代のフェデのゴールド・リング | |
それなりにお金を出せば、仕掛けのあるタイプも購入できるようです。こういう単純な仕掛けに関しては、出来不出来はあっても現代でも可能です。アンティークジュエリーだからこその仕掛けというわけではありません。この通り、古代ローマから現代に至るまで結婚指輪の定番モチーフがフェデなのです。 |
-婚約指輪としてのサファイア・リングの始まり-
先述の通り、古代ローマでは婚約指輪と結婚指輪は同じものが使われていました。 フェデのリングは婚約指輪として現代まで続いていますが、専門の婚約指輪はどのようにして生まれたのでしょう。 |
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【参考】現代の女性の婚約指輪と男女の結婚指輪 |
それは"婚約期間"を義務として設けたローマ教皇イノケンティウス三世の時代まで遡ります。 イノケンティウス三世はイタリア中部で生まれたコンティ家出身の人物です。 コンティ家は裕福な伯爵家で、イノケンティウス三世を含めて9人ものローマ教皇を輩出している名門でもあります。 イノケンティウス三世も1190年の29歳頃に若くして枢機卿になり、1198年には37歳で教皇に就任しています。 教皇権全盛期時代の教皇で、ヨーロッパ諸国の政治に介入したことでも有名です。 |
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第176代ローマ教皇イノケンティウス三世(就任1198-離任1216年) |
つい、『マルティン・ルター』で詳細をご紹介したメディチ家出身のローマ教皇、レオ10世を思い出してしまいます(笑) レオ10世もその権力をふるいまくりましたが、イノケンティウス三世は中世で最も重要なカトリック教会公会議とされる1215年の第4ラテラン公会議において、「教皇は太陽、皇帝は月」と演説したほど権勢をふるった人物でした。 |
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第217代ローマ教皇レオ10世(就任:1475-離任:1521年)37歳頃 |
325年の第1ニカイア公会議を描いたイコン(メテオラ・大メテオロン修道院) "Nikea-arius" ©Jjensen(23 August 2008)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
この公会議は、第1ニカイア公会議のような古代の偉大な公会議に匹敵する公会議をローマで実現したいとイノケンティウス三世が望んで実現したものです。 第1ニカイア公会議は、キリスト教の歴史の中で最初の全教会規模の会議でした。 同様の会議をイノケンティウス三世はラテラノ宮殿で開催することを宣言し、司教団を召集しました。 |
ローマ皇帝コンスタンティヌス1世(在位:西方副帝306-312年、西方正帝312-324年、全ローマ皇帝:324-337年) " 0 Constantinus I - Palazzo dei Conservatori (1) " ©Jean-Pol GRANDMONT(07:39, 24 April 2013)/Adapted/CC BY 3.0 |
ラテラノ宮殿は4世紀の初めにローマ皇帝コンスタンティヌス1世から教皇へ贈られた宮殿です。 以来、約1000年間ラテラノ宮殿は教皇の住居として使用されました。 コンスタンティヌス1世と言えば、『ディアナ』の」通史でご説明した通り東方正帝リキニウスと共同で313年にミラノ勅令を公布し、キリスト教を公認したローマ皇帝でしたね。 |
1215年11月に始まった第4ラテラン会議にはドイツ、フランス、イングランド、アラゴン、ハンガリー及び東方十字軍諸国の国王たちの使節、南フランスの領主、イタリア都市の代表者、400人を超える司教、800人以上の修道院長などが参加し、1500名を超える規模となりました。 会議と言っても、話し合うと言うより教皇が決めたことをただ聞くだけ感がぷんぷんします(笑) |
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小さく改築された後のラテラノ宮殿(18世紀の版画) |
1204年にコンスタンティノープルを攻撃する第4回十字軍(デヴィッド・アウベルト 15世紀) |
第4ラテラン公会議の目的は正当信仰の保護、俗人による聖職者叙任権への介入の排除、異端の排斥以外に十字軍国家の支援や新たなる十字軍の編成がありました。 公会議で決議した教令は71項目にも及び、50-52の項目では婚姻についての項目が決議されました。そこで秘密結婚の禁止と婚姻を公にすることの取り決めがなされ、初めて"婚約期間"が義務として制定されたのです。 |
中世のサファイア・リング イギリス 13世紀 SOLD |
時を同じくしてサファイアは不誠実な人、不純な人が身につけると色が濁ったり、退色してしまうとされ、婚約期間中の花嫁にサファイアのリングを着けさせるようになりました。 |
第5回十字軍(1217-1221年)ダミエッタの塔を攻撃するフランドルの十字軍 |
1215年の第4ラテラン公会議後も十字軍が編成されました。現代のような交通手段もないので、遠征から帰ってくるには数年はかかります。遠征前に婚約してサファイアの婚約指輪を花嫁に贈り、遠征から帰ってきたらサファイアに変化がないかチェックして花嫁の純潔さを確認するというわけです。こうして花嫁の誠実さ、純潔さを示すサファイアの婚約指輪が定着したのです。 |
いつ帰ってくるのか分からない花婿を何年も待つのも大変ですよね。 第7回十字軍は6年かかっています。 せっかく待っても花婿が戦死していたということもあるでしょうし、大変な時代ですね。 でも、こういう不安な環境こそが本来私たちに備わっている生存本能を高め、より人間らしく力強く、愛に溢れた生き方ができたのかもしれません。 |
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第7回十字軍(1248-1254年)捕虜となったフランス王ルイ9世 |
中世のサファイア・リング フランス 14世紀 SOLD |
1215年から始まった婚約指輪は、14〜15世紀頃には富裕な王侯貴族の間で一般的なものとなりました。 現代はどんな人でもジュエリーが着けられる時代ですが、もちろんこの当時の庶民はジュエリーなんてしません。 長い長い期間を経て、ヨーロッパの王侯貴族の文化が日本の庶民にまで普及したわけですね。 |
見事なクリア・ブルーのサファイア
穢れある人が身に着けるとサファイアの色が濁ったり退色なんて面白いですよね。石にもそれぞれ個性があり、特にインクシュージョンが多かったり微妙な色合いのサファイアだと、見る人のその時のコンディションや光の加減など環境によって違った色に見えることもありそうです。このような、中世の人々のサファイアに対する認識に想いを馳せながらサファイアを見ていると、とても不思議な気分になります。 |
まさにクリア・ブルーと表現すべき、透明で純粋な青のサファイアは、まるで濁る余地がないと思える美しさなのです。脇石含めて全てがクリア・ブルーです。天然の非加熱の石でここまで色や質感を揃えるのはとても難しいことです。 |
3石だからこその石を揃える難しさ
『煌めきの青』 サファイア リング イギリス 1880年頃〜1900年頃 SOLD |
『煌めきの青』のようなデザインの場合はどんなにお金がかかったとしても、ただ1石、極上の石を手に入れれば制作が可能です。 |
一方で複数の石を使うジュエリーの場合、3石それぞれが素晴らしければ事足りるわけではありません。 |
それぞれが素晴らしい上に、同じ色と質感を持っていることが要求されるのです。 |
サファイアの色には、かなりのバリエーションがあります。イエロー・サファイア、ピンク・サファイアなど様々です。 ブルーだけ見ても、色の濃さや色味などの僅かな違いで随分と印象が変わります。 |
天然のままで美しいサファイアはかなり稀少で、現代では9割以上が加熱処理されていると言われています。実態は把握する術もありませんが、専門家によると感覚的には100%に近い割合だと考えられているそうです。「非加熱サファイアに出会えることは奇跡」と言う現代宝飾店すらもあります。 1960年代に方法が発見された現代の加熱処理は、世界中で専門の電気炉が開発され、1970年代から一気に広まりました。ブルー・サファイアの加熱処理では、1,400〜1,500℃前後の電気炉で数十時間加熱します。 この長時間に渡る超高温の加熱によって、サファイア中のシルク・インクリュージョンが拡散します。するとインクリュージョンが見えないクリアな石となり、拡散した成分によって全体の色も鮮やかな青へと変化するのです。とは言え、元々はそれぞれに個性のある天然の石なので、1つ1つ異なる色に仕上がります。求められた宝石品質の色にはならない石も少なくありません。 ちなみにどの色が高級なのかは専門家によっても意見がまるで異なります。業者の意見を聞けば、間違いなく業者が売りたいと思っているものが良いものだと教えられます。業者によって仕入れルートは様々で、得意とする石、売りたい石は異なります。 どの色が好みかは、人に依ります。需要と供給の経済理論で稀少ならば高く、そうでないばらば安くなりますが、投資目的でない限りは高いか安いかではなく、自分が好きかどうかで判断するのが正解でしょう。 現代の宝飾業界が作った宝石学なんて、自分の価値観がない人のためのもので、突き詰めると根拠がはっきりしない場合が多いですし、そもそも業界の都合に合わせて簡単に変更が加えられるような代物です。 |
サファイア 一文字リング イギリス 1870年頃 SOLD |
ただでさえ非加熱で美しい色を持つ天然のサファイアは稀少な存在です。 稀少な上に1つ1つ色味や色の濃さ、透明度が異なる石から、好みの色を持つ石を複数揃えるのは大変困難なことです。 |
『エレガント・ブルー』 エドワーディアン サファイア ネックレス イギリス 1910年頃 SOLD |
分かりやすい高級品は、主役として大きな石を1つ使っているものです。 しかしながらこの『エレガント・ブルー』もそうであるように、そこまで大きくなくとも美しい石を複数揃えなければ完成しないジュエリーも、分かりにくいですがお金と石を探す労力をかけて作られた高級品と言えるのです。 |
スペシャル・カリブレカット サファイア リング ヨーロッパ 1920年頃 SOLD |
ハイエンドのジュエリーになってくると、小さないくつかの石を揃えるのではなく、大きな石を切り出して完璧に色味、色の濃さ、質感を揃える贅沢過ぎるやり方を採用する場合もあります。 仰天するような稀少で高価な宝石を使って、よくリスクを追って作ったものだと驚かされます。 それがオーダーした人物の美意識ということです。 |
『黄金に輝く十字架』 ゴールデントパーズ クロス ペンダント イギリス 1880年頃 SOLD |
さすがにこのような作り方は、どの分野でもハイエンドの作品にしか見ることはありません。 普通の人では分からないレベルの僅かな違いでも我慢することができない究極の美意識と、それを実現する財力、そして具現化できる職人が存在してこその宝物です。 『黄金に輝く十字架』も1つのトパーズから切り出した大型のクロスで、作りもハイエンドの作品に見合う大変素晴らしいものでした。 |
一見オーソドックスなデザインの普通のピアスに見える『美意識の極み』も、極上の色・照り・ツヤを持つ最高の天然真珠をハーフパールにして、左右のピアスで完璧に真珠の外観を揃えた驚くべき作品でした。 ここまで来ると自己満足の世界にも思えますが、私も要求度がめちゃくちゃ高い方なので、こういう宝物を見ると昔も同じような人がいたのかなと感じられて嬉しかったりします。 44年間で1つしか見たことがないタイプで、このピアスもこのジャンルのハイエンドの作品と言えます。 |
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『美意識の極み』 天然真珠ピアス イギリス 1870年頃 SOLD |
古の王侯貴族たちは、そこまでしてでも宝石の外観を揃えることにこだわっていたということですね。大切なのは見たときに美しいと感性で感じることができるかどうかです。現代の宝石業界が自分たちが暴利を貪りたいがために"高級"と定義した物差しを鵜呑みにして、それを高級品として求めたがるのは古の王侯貴族からすれば意味不明に見えるだろうなと思います。 |
それにしてもこのリングも、よくこれだけ天然のままで見事なクリアブルーの石を3石揃えたものです。 |
石留の面白さ
極上のサファイアを使ったこのリングは、石の留め方も特徴的です。 |
『誠実の青』 エドワーディアン サファイア 一文字リング イギリス 1910年頃 SOLD |
3石のサファイアを使ったリングだと、『誠実の青』のようなデザインはオーソドックスなので、出来不出来はありますが比較的あるデザインです。 |
このリングで一番変わっているのがセンター・ストーンの留め方です。 サファイアを留めている爪がまるで粒金のように見えるので、実態顕微鏡で拡大して確認したら、やはり奇麗に磨かれた粒金で留めてあるとしか思えないのです! |
粒金で石を留めるなんて今まで見たことも聞いたこともありません! 極上の石を使ったハイジュエリーは、石だけでなく細工も素晴らしいものですが、それでもこのリングは石が小さかっただけに、これだけの気を遣った細工が施されていたことには驚きました。 |
それだけこのクリアブルーのサファイアが高く評価されていたということなのでしょう。これだけ澄み切った美しい青は、アンティークジュエリーの中でも滅多に見ることがありません。左右にセットされた爪で持ち上げたサファイアも、とても丁寧なしっかりした留め方です。 |
ローズカット・ダイヤモンドとのコラボレーション
通常ハイクラスの取り巻き型のリングには高級なオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドが使われるものですが、このリングは特別にオーダーされた確実に高級品として作られたものですが、ローズカット・ダイヤモンドが使われていることも特徴の1つです。 |
『煌めきの青』 サファイア リング イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
『煌めきの青』は青い色が濃く、透明度は高く、煌めきも強い印象的なサファイアが使われていました。 脇石はクリアで大きなオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドが使われており、カットも非常に優れていたので相当煌めきのある石でした。 |
これだけ煌めきと色のインパクトがあるサファイアだからこそ、脇石にこれだけのダイヤモンドを使っても負けることなく、ダイヤモンドが名脇役としてうまく機能することができます。 |
しかしながらここまで青が濃くなく、インクシュージョンも殆ど見られないクリアブルーのサファイアに、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドの煌めきは強すぎるのです。 もしオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドを使っていたら脇石になり得ず、何が主役なのか分からないちぐはぐな印象になっていたはずです。 |
お金がなくてコストダウンのためにローズカット・ダイヤモンドにしたのではなく、デザイン上意図的に使っているので、使われているダイヤモンドもクリアでとても綺麗な石です。ローズカット・ダイヤモンドの控えめな輝きと透明感こそ、クリアブルーのサファイアにピッタリなのです。特別にオーダーされたセンスの良いジュエリーって本当に楽しいですね♪ |
シャンクと裏側
本体も爪の部分も、どの角度から見てもスッキリとしており、シャープなとても良い作りです。 |
シャンクに18ctゴールドであることを示す「18」の刻印があります。 両脇のホールマークは判読不可でした。 |
裏側もすっきりとした美しい作りです。 |
奇をてらったデザインではないながらも、個性ある他にはないデザインが魅力です。 上品さを保ちつつ、ほどよく個性を主張するデザインは、アンティークジュエリー初心者の方にはもちろん、ちょっと捻りがあるものがお好きな方にもオススメです♪ |