『フェニックスの棲家』

 ジュエリーそのものが一般に普及し始めたばかりの1970年代、Genは地元米沢でアンティークジュエリーの仕事を始めました。東京には縁もゆかりもないにも関わらず、運命に導かれるようにご縁が重なり、1979年に当時最先端のファッションビル『ベルビー赤坂』の開業時に『Atlier KATAGIRI』を出店しました。赤坂が華やかなりし頃、めぼしいファッションビルも3つくらいしかない時代だったため、世界的な有名人や文化人も集った流行・文化の中心地でした。

ベルビー赤坂のアトリエ片桐の店舗 ヴィクトリアンの貴重なマント(ケープ)

詳しくはアンティークドレスのページでご紹介していますが、これはAtlier KATAGIRIの1980年代の様子です。現代の日本人には少し違和感を感じる店名は、親友のハイネケンに相談して決めたものです。まだ日本では『アンティークジュエリー 』という存在を誰も知らなかった時代、アンティークジュエリーそのものをあまり人には知られない方が良いとの助言を受けてのものです。某世界的企業の縁の商才に長けたオランダ系アメリカ人で、日本人の妻を持ち、日本市場にも精通する頼りになるお兄さんでした。

だからロンドンのディーラーにも口止めしたそうですが、卸のディーラーは客がいっぱいいる方が儲かるため、口約束などなかったもののようにすぐに広められました。Genのお店自体も評判を呼び、メディアへの出演などもあって真似する人が後をたたず、こうして日本にアンティークジュエリーというジャンルが確立し、市場が形成されました。

 

ヨーロッパの片桐元一某ヨーロッパの路地にて60歳頃のGen

商売人と武士は違います。『武士(士族)の商法』と言う言葉がありますが、目利きの天才Genも経営はまるでダメで、何度も店がダメになって店名や場所もコロコロ変わっています。

私がそのまま『ルネサンス』を継げなかったこともお察し下さい(笑)

お陰でアンティークジュエリー市場の成り立ちが、一般の方には見えにくくなっています。Genがいちいち主張しない上に、最古かつ最長の張本人の店が長く続かないのが原因です。

 

神楽坂にあったGenのソング・オブ・ロシアSong of Russia(神楽坂 2000年頃)

店舗を持たずに外商したりもしつつ、一番長く続いたお店は『Song of Russia』の約17年間です。

しかし、これまた場所がコロコロ変わっています。

神楽坂の店舗はポップ・アップ・ショップの形態から固定店舗に引越し、その後また神楽坂内で移転しています。

今の場所に移る前の螺旋階段のお店は、ご記憶にある方もいらっしゃるでしょうか♪

看板にはジュエリー以外に、グラスの表記もあります。

 

神楽坂にあったGenのソング・オブ・ロシアの店内

店内の様子です。赤坂のお店を手放した後、再起のための買付資金を作るべく、友人に場所を借りてグラス・アートのお店を出した期間があります。そのお店の名前が『アール・クレール』でした。アール・クレール(透明な芸術)をこよなく愛するGenは、神楽坂のお店でもオブジェや香水瓶、花瓶など、優雅なグラス・アートの小物をお取り扱いしました。私もグラス・アートは昔から大好きなので、HERITAGEでもお取り扱いしています♪

 

アンティークジュエリー・ヘリテイジのアトリエとマスコット犬のトイプードル小元太

そんな根無草のGenですが、2005年にご縁があって、ようやく今の市ヶ谷のパームハウスのアトリエに落ち着きました。2026年現在で、この場所に21年になります。しかし『ソング・オブ・ロシア』、『ルネサンス』、『ヘリテイジ』と店名がコロコロ変わっています。私は女性ということもあり、時代の環境的にも融資や借金は無理と思うので、サラリーマン時代の蓄えを頼りにHERITAGEを潰すことなく最後まで続けようと思っています(笑)

 

市ヶ谷 モンマルトル アンティークジュエリー ヘリテイジHERITAGEのアトリエがあるパームハウス(市ヶ谷)

パームハウスはGenが愛犬アローとお散歩しながら発見しました。

たまたま大家さんが現在のアトリエを改装中で、天然ゆえに無邪気に勝手に上がり込んで気に入ったGenが即決し、大家さんも大変驚いたそうです。それ以来、とても良くして頂いています。

大家さん曰く、建物を建てる前から元々この土地にパームツリーが自生していたそうです。それを生かし、大家さんがよく遊びに行っていたアメリカのパームビーチのイメージでこの建物を作ったのだそうです。

 

パームハウスのアトリエから外を眺めるシルバーのまんまるトイプードル小元太先代の小元太1世(2014年7月)7歳頃

高台に建つ眺めの良い建物で、この界隈では人気のマンションです。

しかもアトリエは元々大家さんがご家族で住むために造った部屋なので、上質なこだわりの内装となっています。

窓から見えるのは、日本にも昔からある棕櫚(シュロ)系のパームツリーです。いわゆる天狗の羽団扇(葉団扇)です(ヤツデの場合もあり)。

 

2024.9.17

それ以外に、フェニックスと呼ばれる種類のパームツリーもあります。宮崎県の方にとっては県の木として、非常に馴染み深い木です。同種のナツメヤシは『生命の木』として、古代からメソポタミアやエジプトで人々の生命を支えてきました。パームハウスのフェニックスは小ぶりですが、本場の大きな木は栄養分が高い果実だけでなく、木陰は灼熱の太陽から人々や畑を守ってきました。

 

アールデコのマルカジットの羽根のクリップ式ロニエット

ナツメヤシ属へのフェニックスの命名は、不死鳥フェニックスに因むともされます。フェニックスの葉は、まさに巨大な不死鳥の羽根のようです。天使も人間サイズではなく巨人だったとされ、天使の羽根のようでもあります。

 

影はさらに不死鳥フェニックスの羽根のようです。陽の光の角度によっては、さらに大きくなります。本場の大きなフェニックスの葉なら、その影は畏怖さえ感じさせる神々しさとなるでしょう。

何度もお店をダメにしたGenですが、なぜかアンティークジュエリーの仕事そのものは生涯続けられています。何度でも復活するという意味を込めて、『フェニックスのGen』と自称するようになりました。フェニックスが象徴するパームハウスのアトリエは、まさにGenにピッタリと言えます。そういう理由で選んだわけではありませんが、これが"持っている人間"の引き寄せる力なのでしょうね♪♪

アールデコの棕櫚を持ち凱旋する勝利の女神のリバース・インタリオ・ブローチ

これはルネサンスとしての最後の買付で、Genが選んだリバース・インタリオです。ロッククリスタルを彫刻したアール・クレールな上に、凱旋する女神が掲げるのは勝利と復活を象徴するフェニックスの葉です。キリスト教のアセンション(昇天)とも関連し、死後の復活の際に与えられる、神々のように衰えることのない不滅の新しい身体も象徴します。アンティークジュエリーも永遠なる存在ですが、Genもその偉大なる功績によって不滅の存在となるでしょう。本当に、フェニックスGenは持っていますね〜♪♪

ちなみにご存知の方も多いと思いますが、『ルネサンス』はフランス語で復活、再生を意味します。フランス語もできるロンドンのディーラーに名付けてもらったのですが、まさにピッタリでしたね♪

 

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