No.00378 女神の凱旋 |

Genが愛してやまないアール・クレール(透明な芸術)の傑作!♪
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これぞアンティークジュエリーの真髄!!♪ 貴族の教養に基づく至高の芸術を、神技で詰め込んだ小さな宝物!♪ |
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実際の大きさをご想像ください! 細部までの信じ難い精密な彫り!凱旋を象徴するフェニックスの葉♪ |
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凱旋車を曳く従神たちの躍動感あふれる筋肉美、髪型、足元に指先! |

アール・クレールならではの表情の七変化!♪

時に神々は、人間には姿が見えざる存在となり・・


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『女神の凱旋』 |
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アール・クレール(透明な芸術)を象徴するリバース・インタリオはGenも私も大好きですが、サイズのある天然のロッククリスタルが貴重なこともあって数は少なく、ご紹介の機会は限られます。透明なキャンバスには、人には見えざる神々の姿が彫刻されています。3柱を表現しているだけでも多いですが、さらに背景まで詳細に彫刻されており、これほど要素を詰め込んだリバース・インタリオは過去48年間で他に見たことがないほどです。指先や足元の雑草は信じ難いほど細かい神技で美しく彫刻されており、神々の肉体美や独特の髪型、衣服のドレープなどアーティスティックな表現という観点からも見事です。 |
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等倍で比較すると、微細さと芸術性の高さを突き詰めた特異さがお分かりいただけると思います。 |
凱旋車に乗る女神が掲げるフェニックスの葉(棕櫚/ナツメヤシの葉)は勝利と復活を象徴し、古代ギリシャやローマ時代からキリスト教にも引き継がれていきました。第一次世界大戦で勝利し、生き残れた直後のアールデコらしい宝物ですが、教養がなければ意味が分からない図像はまさに王侯貴族の特注品の証です。 |
この宝物のポイント
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1. 王侯貴族の教養あふれる知的なモチーフ
この宝物が制作された1920年頃のアールデコは、従来のヨーロッパ貴族が力を失った一方で、アメリカの新興成金が社交界で幅を利かせるようになった時代です。 |
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伝統的な社会構造と経済活動の変化、ヨーロッパが主戦場となった第一次世界大戦などを経て、従来のヨーロッパ上流階級は大きく力を失いました。一方でアメリカでは豊かで広大な土地を背景に、大資本家へ富が極端に集中し、さらには戦争特需による空前の好景気を迎えました。 |
ヴァンダービルト家の仮装舞踏会で『電気照明』に扮したアリス・ヴァンダービルト(1845-1934年)1883年、38歳頃 |
当時のアメリカの新興成金の力は想像を絶します。 象徴的なのは鉄道王ヴァンダービルト家長として君臨したアメリカの女帝アリス・ヴァンダービルトをイメージしても良いかもしれません。 歴史上7番目に裕福な一族とされ、その邸宅ビルトモア・ハウスはヴァンダービルト一族のみならず金めっき時代のアメリカの富の象徴とすらされます。 |
| アメリカの鉄道王一族の当主妻/寡婦として君臨したアリス | |
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| アリス・ヴァンダービルト(1845-1934年)1895年、50歳頃(右は娘と) | |
大富豪ヴァンダービルト家の御曹司コーネリアスと1867年に結婚したアリスは当主の妻、そして1899年に夫が亡くなった後も寡婦として、60年以上ヴァンダービルト家に君臨しました。無尽蔵とも言える財力は、力を低下させる一方のヨーロッパ貴族を遥かに凌ぐものでした。ヨーロッパの王族に勝るとも劣らぬ財力で着飾っています。まさにアメリカの女帝です。 |
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| 成金の中身が空っぽな宝石主体の自己顕示欲ジュエリー | |
【参考】ムーンストーン&モンタナサファイア・ネックレス(ティファニー 1910年頃) |
【参考】ビスマルク・サファイア・ネックレス(カルティエ・フレール 1935年) |
ただ、新興成金は王侯貴族を凌ぐほどのカネはあっても、王侯貴族のような教養も美的感性もありません。教養も感性も付け焼き刃で身に付くものではなく、物心つかぬ頃から信じられないほどの努力を重ねて血肉とするものです。よほどの才能があれば別ですが、新興成金が教養やセンスで勝負できるわけもなく、とりあえず高そうに見せるために値段が高いもの、派手なものに走りました。それが宝石です。 |
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マッケイ・エメラルド&ダイヤモンド・ネックレス(カルティエ・フレール 1931年) "Cartier 3526707735 f4583fda9a" ©thisisbossi(12 May 2009)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
宝石は単独で評価すべきものではないのですが、単純な思考しかできないとどうなるかはご想像通りです。 「とにかく大きければ大きいほど勝ち!!」 その結果、全体のバランスなど無視し、巨大さだけを追った不細工で悪趣味なジュエリーが社交界を占拠しました。 高級ブランドも、顧客の嗜好に合わせてこんなものを作るようになりました。プライドを捨てるか、淘汰されて市場から消え去るかの苦渋の決断でした。 |
| 王侯貴族のジュエリー 主役:教養を詰め込んだデザイン |
成金のジュエリー 主役:巨大サファイア |
『勝利の女神』ガーランドスタイル ダイヤモンド ネックレス イギリス or フランス 1920年頃 ¥6,500,000-(税込10%) |
【参考】ビスマルク・サファイア・ネックレス(カルティエ・フレール 1935年) |
当時の社交界は従来の王侯貴族と、新興成金が入り乱れる状態にありました。右のような成金ジュエリーは高価なことは分かりますが、バランスが悪くて美しく感じられない上に、教養や知性、特別なセンスなどが全く感じられません。中身が空っぽで、空虚な人間性と自己顕示欲の高さばかりが漂います。 左は王侯貴族のジュエリーで、同じく極めて高価なものですが、お金の掛け方に違いがあります。第一次世界大戦の勝利に沸いた時代、勝利の女神を象徴するトロフィーをガーランドスタイルでデザインしています。古代ギリシャの教養に基づくもので、このデザインを美しく具現化するには途方も無い技術と手間、つまりコストがかかります。 |
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そもそも上流階級が相応の教養を身につけるために幼少期から投資しし続けた額を考えれば、どんなに高価な宝石でも知れています。お金さえ出せば誰でも手に入るようなものに、唯一無二の価値など皆無です。このような宝物は教養を身につけるための莫大な投資に加え、感覚とセンスという持って生まれた才能をも必要とします。 成金向けの派手なだけで中身のないジュエリーが跋扈した結果、特に教養と美的センスに優れた王侯貴族は、その反動のように分かりにくいけれど良いものを、より強く追い求めるようになりました。 |
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今回のリバース・インタリオのブローチはその極みと言える宝物です。小さな世界にどれだけの教養が秘められているか。それを見れば成金のものか貴族のものか判断できるだけでなく、貴族としてどれだけの知性と財力を持っていたかも手に取るように分かります。 |
1-1. ヨーロッパの王侯貴族に好まれた棕櫚モチーフ
王侯貴族が芸術を創る場合、単に綺麗なだけの表現はあり得ません。深く広い教養に基づく意味が必ず込められます。ただ、同等の知識と教養を持たないと、それが何であるかを理解できません。説明されないと分からないようでは社交界では不合格で、見ただけで理解できる阿吽の呼吸が要求されます。 |
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一般人が社交界で通用するのが困難であり、上流階級が物心つかない時から必死で教養を身につける理由がそこに有ります。当然、一般の日本人は見てもこれが何を表現しているのか分からないのが普通です。古代ギリシャっぽいくらいまでは感じ取れますね。 |
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注目すべきは、乗り物で凱旋する女神が掲げた棕櫚(シュロ)です。 棕櫚は古代世界から愛された、ヨーロッパ定番の装飾モチーフです。 |
アウクスブルク同盟戦争の頃のルイ14世(1638-1715年)1692年、54歳頃 |
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これは勝利の女神の代行者(天使)が、フランス王ルイ14世に月桂冠を授ける絵画です。 神から授けられた絶対的な王権を示す月桂冠については以前ご紹介しましたが、ここでは天使が左手に持つ棕櫚にご注目ください。 |
ヨーロッパ更紗の帯 HERITAGEコレクション |
これはかなりマニアックで、100年以上前のヨーロッパ更紗を帯に仕立てたものです。 帯の仕立ては、どの位置にどう柄を出すかでセンスが試されます。 日本の着物の帯は正面ではなく、後ろ姿となるお太鼓が主役となるのが面白いですね。 仕立てるために柄位置をデザインした人も、各モチーフの意味をよく理解しています。 |
ヨーロッパ更紗の帯 HERITAGEコレクション |
お太鼓に出るのは棕櫚を手に、月桂冠を掲げる天使です。100年以上前のヨーロッパ、ナショナリズムによって民族意識や自身のルーツとなる古代世界に意識が高まっていた頃です。だから知的階層を兼ねる上流階級にガーランドスタイルが流行し、テキスタイルにもこのようなモチーフが描かれたのでしょう。私のように「ネギ買ってきた八百屋帰りの天使w」とみて、満足して終わるのはダメです。このような定番モチーフの意味を理解できるようになると、眼前には広大な面白い世界が見えるようになります。 |
1-2. 古代から愛され『生命の木』ともされたナツメヤシ
1-2-1. 日本の棕櫚
日本の植物や紋章に詳しい方だと、棕櫚と聞いて違和感を感じられたかもしれません。日本で棕櫚と言えば、ワジュロを思い浮かべる方が多いと思います。 |
ワジュロ"TracharousFortunei" ©Fanghong(21 May 2005)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
平安時代に中国大陸の亜熱帯地方から持ち込まれ、九州に定着したヤシ科の常緑高木です。耐寒性が強く、東北南部以南の本州でも野生化し自生しています。異国情緒あふれる雰囲気が装飾樹として好まれ、庭園や寺にも植えられていますが、繊維や材を採るために盛んに栽培もされてきました。実は和歌山県が最も多く植えられているそうです。繊維が縄(棕櫚縄)や筵(むしろ)などの敷物、タワシ、篩(ふるい)の底の材料などに使用されました。 |
富士氏の家紋(丸に棕櫚葉 / 丸に三階菱) |
家紋の意匠としても用いられ、富士氏が代表的です。駿河国富士郡富士上方(現:静岡県富士宮市一帯)の領主で、富士山本本ブウ浅間神社の大宮司を継承する社家として、また江戸幕府旗本の富士家を輩出する武家としても活躍した名門です。 棕櫚は棕櫚箒として使用され、掃き清めるということで神聖な意味があります。家紋として意匠化された葉団扇も、風を起こす神聖な呪具でもあります。ただ、ヨーロッパの棕櫚モチーフとは何だか様子が違いますよね。 |
ワジュロ"TracharousFortunei" ©Fanghong(21 May 2005)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
棗椰子(ナツメヤシ)"Phoenix Daactylifera Date Palm Fields South Coast Wholesale" ©Southcoastwholesale(2015)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
棕櫚は日本で古来より親しまれた唯一のヤシ科植物でした。明治以降、海外の著作に見られる棕櫚以外のヤシ科植物も棕櫚と翻訳されることが頻発しました。ヨーロッパで天使が掲げるのは棗椰子(ナツメヤシ)ですが、こちらも棕櫚と翻訳され、日本では『ヨーロッパの棕櫚の装飾紋様』として定着しました。現代の美術系の図書でも、棕櫚の紋様として紹介されます。 |
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葉の形を見ると、実際には確かにワジュロでなくナツメヤシですね。 |
1-2-2. ナツメヤシ
ナツメヤシと言えば、日本でも現代ではドライフルーツの『デーツ』がお馴染みですね。代々続く父方の長崎の実家には、敷地内に様々な果樹があり、その中にはナツメの木もありました。 |
ナツメ"Ziziphus zizyphus foliage" ©Jukio Reis(15 September 2004)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
生薬としても利用され、古来から栽培や庭木にも使用される果樹です。ドライフルーツとして保存でき、中国では乾果の砂糖漬が高級菓子として愛されてきました。フレッシュでも食すことができ、林檎のような味がして美味とされます。 |
乾燥させたナツメ"Ziziphus zizyphus MHNT.BOT.2012.10.26" ©Roger Culos(22 November 2012)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ドライフルーツで食べたことはありませんでしたが、懐かしく感じ、通販でデーツを取り寄せてみたことがあります。 |
スークのデーツ店(クウェート)"Date-seller" ©Trammell Hudson(autopilot)(10 May 2006)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
形状は似ているのですが、想像と全く違うものが届きました(笑) |
収穫直前のナツメヤシの果実"Palm dates bunch" ©Vicharam(30 June 2011)/Adapted/CC BY 3.0 |
ナツメとナツメヤシは名前も果実も似ていますが、実は別種だそうです。ナツメはバラ目ですが、ナツメヤシはヤシ目です。ナツメヤシの果実は『デーツ』と呼ばれます。3分の2もの糖質を含みカロリーが高く、乾燥によって長期保存も可能な主食として、古代から多くの人々が砂漠で暮らすことを可能としてきました。まさに歴史の流れを変えたとれる果樹です。 |
1-2-3. 古来より命を支えてきたナツメヤシ
ナツメヤシはメソポタミアや古代エジプトで紀元前6千年紀、つまり7,000〜8,000年前には既に栽培が行われていたようです。アラビア東部でも紀元前4千年紀には栽培されていたことを示す考古学的証拠があり、ウルの遺跡から種が出土しています。紀元前1792年から紀元前1750年頃とされる『ハンムラビ法典』を始め、『ギルガメシュ叙事詩』などの文献での言及や、レリーフなど芸術作品への表現でも古くから見られます。 |
たわわに実ったデーツ"Dates005" ©Nepenthes(25 July 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
栽培の歴史が古すぎて、本来の分布は定かではないほどだそうです。ナツメヤシは植えてから4〜8年で結実し、7〜8年で商業的収穫が可能な収量が得られるようになります。成熟すると70〜140kgも収穫できるそうです。物凄い生命力ですね。 |
デーツの収穫(エジプトのギザ 2023年)"Date harvest" ©Doaa Adel(16 September 2023, 15:28:47)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
現代でも2004年時点で全世界での生産量は670万トンに達し、主な生産国はエジプト(16.2%)、イラン(13%)、サウジアラビア(12.3%)です。第一位のエジプトでは1,500万本ものナツメヤシが栽培され、毎年100万トン以上のデーツを生産していますが、その中で輸出は3%に過ぎないそうです。日本のお米のような感じでしょうか。まさに地産地消の大切な主食という感じですね。 |
津山線からの田園風景(岡山 2014年6月) |
日本の稲作は豊かな水資源あってこそです。山も海も豊かなので、豊穣の土地を巡る争いもイメージしにくかったりします。水資源が限られ、砂漠の移動も必要だったメソポタミアや北アフリカの土地では、ナツメヤシはまさに命を支えてくれる聖樹だったでしょうね。 |
1-2-4. 『生命の木』とされたナツメヤシ
楽園追放以前、パラダイスとされる『エデンの園』には様々な果樹があり、禁断の果実以外は自由に食べることが許されたとされます。 |
『エデンの園』(エラストゥス・ソールズベリー・フィールド 1860年) |
林檎とも称される『知恵の樹』が有名過ぎて霞んでいますが、エデンの園の中央には2種類の禁断の木があり、知恵の樹と共に生命の木がありました。食べると永遠の命を得るとされ、知恵の実を食べた2人が食すと神に等しい存在となってしまうため、それを防止するために楽園を追放されたとも言われます。 |
アッカド語の『ギルガメシュ叙事詩』(バビロニア 紀元前1300〜紀元前1200年頃) |
シュメール神話で大洪水の話が発見され、聖書の大洪水神話はメソポタミアが元になっている可能性が示唆されています。 バビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』にも大洪水への言及があり、ギルガメシュ王が不死を求めるエピソードが存在します。 この『ギルガメシュ叙事詩』や聖書にもナツメヤシは頻繁に登場します。生命の木の実を食べて不死を得た者自体はいませんが、生命の木のモデルはナツメヤシとされています。 |
ナツメヤシがモチーフのユダヤ・コイン(2世紀)"Ancient Coin" ©Zegomo(24 October 2015)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
メソポタミアから各地に広く文化が波及していったのでしょう。 アブラハムの宗教はユダヤ教、キリスト教、イスラム教と派生していますが、キリスト教聖書で50回以上、イスラム教聖典コーランで20回以上もナツメヤシが言及されており、特に重要とされます。 元のユダヤ人にとっても聖樹でした。食料としての重要性だけ見ても、それは自然な流れに感じます。 |
ヘブライ語聖書『7つの種』"???? ?????? " ©/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
『7つの種』イスラエル切手セット(上列:1958年発行、下列:1959年発行) |
ヘブライ語聖書の申命記に記載された『7つの種』である小麦、大麦、葡萄、イチジク、柘榴、オリーブ、ナツメヤシ(デーツ)はイスラエルの土地に於いて極めて重要で、神殿に供物として奉納できるのは7つの種の最初の収穫(First Fruits)のみとされました。現代のイスラエルの切手を見ると、ナツメヤシは最も高価な切手に割り当てられています。 |
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ナツメヤシの下でイーサー(イエス)を産み落としたマルヤム(聖母マリア)(1570年頃) |
イスラム教ではイエスは預言者の一人です。 コーラン第19章『マルヤム』で、マルヤム(聖母マリア)はナツメヤシの木の下でイーサー(イエス)を産み落としたと記述されます。 仏教の釈迦もイエス同様、処女懐胎のような逸話で誕生しています。マーヤ夫人は無優樹(ムユウジュ。別名アショーカノキ)の下で出産したとされます。地域の植生によって種類が変わるのだろうと思います。 ナツメヤシは単なる食糧という位置付けを超えた『聖樹』なのです。 |
1-3. 棕櫚の葉と乗り物が示す古代ギリシャの勝利の凱旋
ナツメヤシは貴重な食糧でもありますが、葉も敷物や仕切り布、籠、団扇など様々に利用されてきました。聖樹とされることから、宗教の催事で使用されることも多々あります。 |
1-3-1. ユダヤ教の『仮庵の祭り(スコット)』
アブラハムの宗教に共通する旧約聖書でも、モーセの『出エジプト記(Exodus)』は日本人でも知らない人はいないくらい有名だと思います。 |
『エジプト第七の災い』(ジョン・マーティン 1824年) |
ユダヤ教三大祭である『過越祭(ペサハ)』、『七週の祭り(シャブオット)』、『仮庵の祭り(スコット)』も全て出エジプトに因みます。華々しくエジプトを脱したモーセ一行ですが、その後、イスラエルの民は40年間も荒野を彷徨うという苦難を経験します。地味ですが、経験としてはこちらの方が大変そうですね。 |
7日間過ごすための仮庵の屋根(2007年)"Sukkah Roofs" ©Yoninah(October 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
『仮庵の祭り(スコット)』は、エジプトを出た祖先が荒野で天幕に住んだことを記念し、木の枝で仮設の家を立てて7日間を過ごす祭りです。太陽暦10月頃に行われることもあり、秋の収穫祭の側面も持ちます。聖書でイスラエル人が仮庵を建てる描写はないものの、シナイ半島のオアシスではナツメヤシの葉で屋根をつけた仮庵の形式は実際に人気が高く、住居として便利だったようです。 |
『4種』を持つユダヤ人(イジドール・カウフマン 1920年) |
ユダヤ教の『4種』"Arbaat haminim-new" ©Sarashira(15 October 2019)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
『仮庵の祭り』では『4種』を仮庵の内部に飾り、祭りの特別な儀式でも使用します。4種はタルムードでは伝統的にシトロンの果実、ナツメヤシの閉じた葉、マートルの葉付きの枝、柳の葉付きの枝が指定されます。ナツメヤシの葉は、閉じると随分と印象が変わりますね。 |
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植物自体が日本人には馴染みがありませんが、アブラハムの宗教の文化圏の人ならば一見してこれはナツメヤシと分かるはずです。 |
祭りのための仮庵(エルサレム 2012年)"JerusalemSukka" ©Gilabrand(30 September 2012, 18:06:09)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ユダヤ人一家の仮庵祭(1882年) |
現代でこそ簡素でチャチな感じもありますが、それは日本も同じですね。 藁で作っていたものがプラスチックの造花や別の素材になっていたり、自分たちで真心を込めて作っていたものが、既製品を買ってきて楽をするようになったり、味気なさはどうしても出てしまいます。 戦前のアンティークの時代までは、どの地域もより色濃く伝統文化がありました。祭りはご先祖様に想いを馳せ、自身のルーツを改めて感じたり、一家の絆を強める場でもあり、文化を継承する重要な場でもありました。 |
仮庵の祭り(エルサレム 2009年) |
これは大丈夫でしょうかね。荒野を彷徨いながら頑張り、秋の収穫に感謝する感じが全く伝わってきません。世界中、どこもかしこも伝統文化と共に、心や教養は忘れ去られていく一方でしょうか。 |
『仮庵の祭り』(1657年) |
隙間風どころか外同然の場所で食べる食事は美味しく、仮の庵ということで、狭いからこそ人と人との距離も自然と近いものとなります。 物理的な距離と心の距離は、相関があるともされます。 左の手前には親密に語らう人々。たなびく棕櫚の葉が『仮庵の祭り』を象徴すると共に、心地よい外の風を感じさせます。 |
帯留『武蔵野』(明治)HERITAGEコレクション |
王侯貴族の時代の終焉と共に、現代では伝統文化とそれに伴う教養や知識が急速に失われていきました。それは以前ご紹介したGen指定の必読図書『鐔・小道具画題辞典I』(1967/昭和42年発行)で、著者の沼田鎌次氏も危惧していた通りです。以前ならば一見して何か分かったものが、構図を見ても今は一体何を示しているのか殆どの人が分からなくなっているとのことでした。Genが20歳頃に、既にそのような状況にありました。藩の学校や家庭、周囲の目上の人からごく自然に教わっていたものが途絶えたわけです。 |
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ヨーロッパも似たり寄ったりの状況で、現地で生まれ育ったディーラーでも、モチーフはよほど有名なもの以外は分かっていないということも多いです。 目利きができれば良いものを選ぶことはできますが、モチーフが理解できないのは勿体無い気もします。 |
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一瞬のクロスポイントとして、売買を生業とするディーラーならばそれでも良いですが、代々の持ち主となる方は、オーダーした最初の持ち主と同様の知識もあった方がきっとより楽しめますよね♪ |
1-3-2. キリスト教の『エルサエム入城の日』
ユダヤ教がアブラハムの宗教の元ですが、ローマ帝国でキリスト教が誕生して以降、ヨーロッパ圏ではキリスト教が最もメジャーですね。 |
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ヤシ科は熱帯地方を中心に、亜熱帯から熱帯にかけての植物なので、実物はヨーロッパで身近ではありませんが、キリスト教徒にとってナツメヤシは重要です。 |
『パーム・サンデー』様々に飾った棒を建てて競う(ポーランド 2010年)"87365 Pal, Sunday" ©Magic Madzik/CC BY 2.0 |
ネコヤナギ"W nekoyanagi2031" ©Uncle Carl(カールおじさん)(2002年3月3日)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ポーランドはナツメヤシが育たないため、人工の棕櫚と称して綺麗に飾った棒を建て、競争する地域もあります。高さは30mにも達し、2008年の最高は33.39mだったそうです。25mプールより高いですが、もはや何が目的のお祭りか分からなくなりそうです。ロシアもナツメヤシが育つ環境にない上に、3月4月は冬が明けていないため、一番早く芽吹くネコヤナギの枝を代用するそうです。キリスト教が、本来はナツメヤシが育つ暖かい地域で生まれたことを感じさせますね。 |
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即位礼正殿の儀(2019年10月22日)"Ceremony pf the Enthronement of His Majesty the Emperor at the Seiden6" ©首相官邸(13 December 2019)/Adapted/CC BY 4.0 |
アイルランドではイチイやシルバーモミ、スプルース、檜が使用され、『イチイの日曜日(Domhnach an Iúir)』と呼ばれます。ちなみに日本でもイチイは聖木とされます。飛騨の位山のイチイで作られた笏が飛騨一宮水無神社から皇室に献上される伝統があり、天皇御即位や伊勢神宮の式年遷宮など重要儀式で使用されます。コロナ禍が始まる直前に行われた、徳仁親王の第126代天皇への即位礼正殿の儀で目にされた方もいらっしゃるでしょう。 |
第16代天皇・仁徳天皇(394年?-427年?) |
名称としては、神官が使う笏に使用されるこの樹に第16代・仁徳天皇が正一位を授けたので「イチイ」と呼ばれるようになったともされます。イチイは弓に使用するなどありますが、数ある種類の中で、特別な樹として選ばれる何らかの共通の背景があるのか、文化や時代を超えて考えるのも面白いですね。 それぞれの国の高貴な人たちが集う社交界では、伝統や文化を担う者同士でこのような議論もできる必要があります。『西洋かぶれ』みたいな人は庶民はOKですが、上流階級はNGです。芯となる自国のことを広く深く理解していなければ面白い知的な議論や外交はできず、ワールドワイドな社交界では通用しないのです。 私の華道の先生は、外務省でも教えられていた方でした。海外駐在でその重要性を実感し、帰国後に習い始める方が多かったという話が印象深いです。 |
『パーム・サンデー(エルサレム入城の日)』(ピエトロ・ロレンツェッティ 1320年) |
さて、イエスを迎える赤い衣服の人物が手にするナツメヤシは白っぽいです。これはフレッシュなものが手に入らず、乾燥したものしか見られない地域の画家が描いた証でしょう。奥でナツメヤシの葉を採っている人たちも描かれていますが、ナツメヤシの木には見えません。 |
『エルサレム入城の日』(ジョット 1304-1306年) |
ありがちな話ですが、最初の人が間違ったものを後続の人たちも鵜呑みにしてそのまま真似し、それが当たり前の"正しいもの"として広がった結果でしょう。一応、奥の人たちが木登りしているのもナツメヤシです(笑) 地域に合わせて代用品を使うことで、年月を経て本来のものが分からなくなるのはよくあることで、この『エルサレム入城の日』も名称に様々な派生があります。日本語では『枝の主日(日曜日)』、『棕櫚の主日』、『聖枝祭』、英語やドイツ語では『棕櫚の日曜日(英:Palm Sunday、独:Palmsonntag)』、フランス語では『小枝の日曜日(Dimanche des Rameaux)』、ロシア語では『聖枝祭(Вход Господень в Иерусалим)』などとされす。 |
『パーム・サンデー』(東ティモール 2019年) |
これは長すぎる葉先をカットしている感じですが、フレッシュなヤシの葉をそのまま掲げています。そこら辺にたくさん生えてそうですね。 |
パーム・サンデー(スペインのトレド 2010年)"Proceision de las Palmas - Toledo, Espana - 2010" ©Francisco Javier Martin Fernandez(28 March 2010)/Adapted/CC BY 2.0 |
これは祭りに合わせて大量生産された感じですね。カラカラに乾燥して白っぽくなっています。ヤシが育たないヨーロッパの地域だと、忠実にナツメヤシを使おうとしたらこんな感じになるでしょうか。地域などによってバリエーションがあり過ぎて同じ祝祭に見えないほどですが、重要な祭りであることは間違いなく、代用品を使うことはあっても”ナツメヤシ"という植物自体がとても重要な存在と言えます。 |
『エルサレムへの凱旋』(モスクワの受胎告知大聖堂 15世紀) |
なぜならば勝利を象徴するからです。 エルサレム入城は『Triumphal entry into Jerusalem』と呼ばれ、勝利の入城や凱旋を意味します。 このあと磔にされるのに、不思議に感じる方もいらっしゃるかもしれません。これは後述いたします。 勝利の象徴としてナツメヤシの葉が用いられるのは、キリスト教が誕生するローマ帝国の、グレコ・ローマ文化が大きく影響しています。 |
1-3-3. 古代ローマで勝利の凱旋に使用されたナツメヤシの葉
グレコ・ローマ文化でナツメヤシの葉は栄光と勝利の象徴とされ、古代ギリシャの勝利の女神ニケや、ニケに相当する古代ローマの勝利の女神ヴィクトリアの最も一般的な属性となりました。 |
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その詳細な理由の説明はすぐに見つかりませんでしたが、古代ギリシャ世界に少し想いを巡らせれば、すぐに想像できると思います。 |
『アレキサンダー大王』古代ギリシャ アメジスト・インタリオ クラバットピン(リングに変更可) ヘレニズム 紀元前2-紀元前1世紀 ¥4,400,000-(税込10%) |
アンティークジュエリーを、なぜか現代の基準で見ようとする人がいます。 世界地図は、現在でも情勢によって変化します。現代のようにある程度かたまったのはごく最近のことで、昔は全然違っていたりします。近場で見ても、中国大陸も王朝や国境が物凄く変化しています。 同じ名称でも時代によって領域がかなり異なるのもよくあることで、『ギリシャ』も現代の小さなエリアとは全く異なります。 歴史上初の世界征服を成し遂げたともされる古代ギリシャ・マケドニアのアレキサンダー大王は、見果てぬ夢を追い求めエジプトやペルシャも支配しました。 |
アルゲアス朝マケドニア帝国(紀元前700年頃〜紀元前310年)の最大版図"Macedonian Empire, Alexander the Great period(BC326)" ©Kaiser&Augstus&Imperator(2 March 2024)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
無敗の戦歴は以前、場所や敵勢力なども合わせてご紹介しました。ナツメヤシの生息領域を余裕でカバーしています。現代のように便利な車や飛行機はありませんし、大量輸送に向く船も陸の進軍では使えません。当然ながら数ヶ月、数年にも渡る長期遠征でした。 |
マケドニア王ピリッポス2世(紀元前382-紀元前336年)アレキサンダー大王の父王、3世紀のニケテリオン(勝利記念メダル) |
古代ギリシャ最高の家系的栄誉を持つ血脈として生まれたアレキサンダー大王は、父方がヘラクレスを祖としました。 父王ピリッポス2世も軍事的にかなり有能で、知力に長けていました。 家祖ヘラクレスも一個人の身体的な強さではなく、知力こそを最大の魅力としていました。中国の三国志の英雄も面白いですが、圧倒的な個人の力を特徴とする呂布や、武力は武人にお任せの策士などとは異なる魅力があります。 |
アテナイのクセノポン(紀元前457年?〜紀元前355年?)グレコ・ローマン120年頃の胸像"Bust of Xenophon" ©Carole Raddato(15 February 2020)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
ピリッポス2世が考案し、アレキサンダー大王に引き継がれた戦法としてマケドニア式ファランクスがありましたが、長距離遠征には最も重要と言える、兵站と進軍に関しても父王の戦略が大きく効いています。 父王フィリッポス2世はアテナイの軍人クセノポンからヒントを得て、戦場への馬車と牛車と家族の帯同を禁止しました。歴史的に初のことです。 クセノポンは騎士階級の出身で、ソクラテスの弟子(友人)の一人でもありました。あの『紀元前5世紀のアテナイ黄金時代』を過ごした一人ということですね。 |
| ヨーロッパ最大の哲学者 | ||
| アテナイ黄金時代の哲学者 | ソクラテスの弟子 | プラトンの弟子 |
ソクラテス(紀元前469-紀元前399年) |
プラトン(紀元前427-紀元前347年) ©Marie-Lan Nguyen / Wikimedia Commons / CC BY 2.5 |
アリストテレス(紀元前384-紀元前322年) |
13歳になったアレキサンダー王子のために最適な家庭教師を探していたピリッポス2世は、ソクラテスの孫弟子アリストテレスを選びました。当時の古代ギリシャ上流階級・知的階級の、人材や知識の交流も伺えます。 |
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アケメネス朝ペルシャ初代君主 キュロス大王(紀元前600年頃-紀元前529年) |
アレキサンダー大王自身も幼少期からクセノポンの著書『キュロスの教育』を読み、アケメネス朝ペルシャの初代君主キュロス大王に尊敬と憧れの念を抱いていました。 このような背景があって、東方遠征でも文化を破壊するのではなく、相手の文化を学び取り入れ融合していくというヘレニズムの姿勢に繋がっていきました。 |
『ペルシャ侵攻 イッソスの戦い(紀元前333年)』(ヤン・ブリューゲル(父) 1602年) |
ピリッポス2世は戦場への馬車や牛車、家族の帯同を禁止し、騎馬と歩兵に荷を負わせました。長槍、食料、道具、調理器具、毛布、建築資材、医薬品など40kg以上もあったそうです。現代人が軟弱すぎる気もしますが、昔の人たちは頑強ですね。こうして余計な足枷と負担を無くすことで、迅速で機動的な戦力の展開が可能となりました。アレキサンダー大王も地形の問題や負傷兵が多い場合を除き、この戦略を踏襲しました。 『イッソスの戦い』はマケドニア連合軍が約3万7千人に対し、ペルシャ帝国軍は5万〜6万人(古代の文献では25万〜60万人)という、東方遠征の中でも極めて大規模の戦いでした。兵站や進軍と、戦場に於ける機動的な動きは勝敗を分けます。無敗の大王に理由ありということです。 |
シワ・オアシスのアモン・ゼウス神殿でアレキサンダー大王はアモン・ゼウスの子であると御神託を受けるアレキサンダー大王 |
古代世界は遠方に遠征する場合、隊の一部が、そのまま帯同した家族と共に征服地や入植地などにそのまま定住し、植民地を築くことは多々あったようです。2度と戻らなぬ片道切符ですね。 家族などを帯同しなくなったことで、家族は遠征先の景色を見たり、動植物に触れたりすることがなくなります。 アレキサンダー大王の遠征軍は持ち出した食料のほか、現地調達でも食料を得ていました。 小麦、大麦、キビなどの乾燥穀物をパンや粥として食べる他、干肉、ナツメヤシやイチジクなどのドライフルーツ、フレッシュな肉や貝、果物を食べていました。 |
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故郷に置いてきた家族に会えるのは、遠い遠征先から凱旋する時です。遠い異国の地の、家族が見たことのない象徴的な植物を掲げて、勝利の凱旋を行う。その時に最も相応しいと見做されたのがナツメヤシだったのでしょう。「異国の地で勝利して、無事に戻って来たぞ!♪」。 |
冒涜されたキュロス大王の墓所に立つアレキサンダー大王(ピエール=アンリ・ド・ヴァランシエンヌ 1796年) |
ナツメヤシは遠征先の豊穣の恵みを象徴する上に、特徴的な葉の形状もヨーロッパでは見慣れないものだったはずです。こうして古代ギリシャ世界で『ナツメヤシの葉』は勝利の凱旋の象徴となり、それが他のギリシャ文化と共に古代ローマに受け継がれ、後の世でローマ帝国内で誕生したキリスト教にも引き継がれたのでしょう。 |
『パーム・サンデー(エルサレム入城の日)』(ピエトロ・ロレンツェッティ 1320年) |
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| キリスト教単独で見ると、なぜナツメヤシ(パーム/棕櫚)の葉が勝利の凱旋の象徴なのか意味が分かりません。然るべく視野を広げ、時間や地域の繋がりを見ると理解できるようになりますね。 |
これが上に立つ者、より多くの人に対して責任ある高貴なる者の『視点』と言えます。宝物の持ち主はヨーロッパ上流階級の教養として古代ギリシャのことも常識的に熟知しており、だからこそ第一次世界大戦に勝利したタイミングでこのモチーフを選んだのだろうと想像します。 |
2. 透明で表現した人間には見えない神々の世界
『キューピットとヴィーナス』ロッククリスタル リバース・インタリオペンダント イギリス 1920年代 SOLD |
これはHERITAGEでご紹介する、記念すべき最初のアンティークジュエリーとして選んだ宝物です。 HERITAGEでお取り扱いするクラスのアンティークジュエリーは、買付できるタイミングも私たち自身のご縁次第です。手に入った中で、最初の作品としてHERITAGEを象徴するに相応しい宝物として選んだのが透明な美しいリバース・インタリオでした。 古ければ古いほど価値があるとするでもなく、派手な宝石が主役でもなく、頑張ったで賞がもらえそうな根性だけが主役の細工物でもなく、たまたまこの宝物がタイミング良く手元に導かれたことに改めて強い宝物運とご縁を感じます。 Genと私、全会一致の選択でした。 |
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この宝物は7年ぶりに、ようやくご紹介できるリバース・インタリオです。私たちは見る眼に加え、感覚的な好みも完全に近いほど一致しています。Genも透明な宝物は積極的に好んでご紹介していました。 |
| リバース・インタリオ | |||
| 完全に透明 | 裏打ち有り | 金箔工芸 | 彩飾+裏打ち |
キューピットとヴィーナスイギリス 1920年代 SOLD |
『バッカンテ』ヨーロッパ 1920年頃 SOLD |
『キューピッドのお礼参り』イタリア 1600年代後期 SOLD |
![]() 『インコ』 エセックスクリスタル イギリス 1860年頃 SOLD |
リバース・インタリオの表現は様々あります。並べてみると、『キューピッドとヴィーナス』や今回の宝物のような完全に無色透明な表現は、一見しただけではとても分かりにくいことがお分かりいただけると思います。 無職透明なロッククリスタルは、陰刻してもそのままでは視認しにくいです。だからこそ分かりやすく工夫したものは多く、『バッカンテ』は青い布で裏打ちしています。『キューピッドのお礼参り』は、オリジナルは金箔なしの無色透明で完成形だった可能性が高いです。金箔を施したことで、図柄が分かりやすくなっています。金箔工芸に詳しい方だと、一体どうやって実現させたのか分からない古の方法で実現しており、唯一無二性も加わって、これはこれでオリジナルの高い価値があります。『インコ』は彩飾する技法で、リバースインタリオの中でも『エセックス・クリスタル』というジャンルとして扱われます。立体的な表現だからこそ水中花のように、まるでクリスタルの中にミニチュア化してそのものを閉じ込めたかのようなビジュアルを実現しています。彩飾の保護もあり、マザーオブパールやゴールドで裏打ちするのが一般的です。 ジャンルが異なるため、インタリオ・フォブシールはここでは除外します。 |
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裏打ちなし、純粋に無色透明な表現のリバースインタリオは極めて珍しく、過去48年間でも数点のみです。間違いなくヨーロッパの高位貴族らしい、特別な意味があっての表現です。 |
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2-1. 人間には見えない『光の存在』とされる神々
2-1-1. 世界に共通する『見えざる存在』
『生命の木』 |
『創世記』で最もメジャーな1つと言える『知恵の樹』とその果実ですが、実は『生命の木』は極めて重要な存在です。 この図式はカバラの『生命の木』として有名で、『セフィロト』とも呼ばれます。カバラはユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想であり、キリスト教に於ける神智学とされます。 難解な雰囲気なので「見なかったことにしよう!」としたい感じですが、キリスト教神学者に強い影響を及ぼしてきた歴史があり、独特の宇宙観は仏教に於ける密教との類似性も指摘されます。 |
世界の上流階級は、文化と共に知識の担い手でした。この階級は民族や国は関係なく繋がっており、知識や認識は共有しています。根本的には同じような話だったりするのは見え方、見せ方が異なるだけだからです。 |
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この特別な宝物を理解するために、少しだけ神の創造や宇宙観についてかなりザックリとご説明いたします。 |
2-1-2. 見えない『光』の存在
『生命の木/セフィロト』(ロバート・フラッド 1617-1621年) |
カバラでは現実世界の全てを生み出した"隠れたる神"を『アイン・ソフ(エン・ソフ)』と呼びます。ヘブライ語で『無限なる存在』を意味します。 まず『無(アイン)』がありました。 そこに『無限(アイン・ソフ)』が生じました。この"神"が「光あれ」と発し、世界は光に満たされました。この無限の光は『アイン・ソフ・オウル』と呼ばれます。 神なる存在が生み出した無限の光の流出によって、神界から天使界、人間が存在する物質界(活動界)まで各界が形成されたとされます。 |
アルベルト・アインシュタイン(1879-1955年) |
光(電磁波/エネルギー)が物質になる。 これはアインシュタインの『質量とエネルギーの等価性』と一致しています。この式はあまりにも有名ですね。 E=mc2 近年、物理学や量子力学の発展に伴い、このように神話や宗教の知識がリンクし始めており、一部で注目を集めています。世界の上流階級や知的階級が古代の叡智や宗教に強い興味を持ち、熱心に探求するのは知られざる理由あってのことなのです。 |
私の母方の祖父は大正初期の生まれです。私が生まれる10年前に亡くなっており、会ったことはありません。通訳もしていたほど英語も得意だったそうで、当時の英語版『ブリタニカ百科事典』全巻が母の実家の書棚にあります。1902年から日本では輸入販売が開始されています。日本語版が初出版されたのは1975年だそうです。 昔の高位の武家や士族階級はプライドの高さと共に、非常に勉学に熱心だったと聞きます。お金も労力も惜しみません。お金がなくても食べ物より本を買うタイプです(笑)他の親戚たちもそのような印象ですが、特に祖父はGen同様、生徒会長も務めるほど人望が厚く学業も優秀だったそうです。アインシュタインの大阪講演も聴きに行ったそうで、アインシュタインは歴史の人というより何となく親近感が湧く存在ですが、彼もユダヤ人ですね。 |
初出版の『ゾーハル』(1558年) |
ユダヤのカバラ思想の基本文献の1つとされるのが『ゾーハル』です。 「2世紀のパレスチナで、ラビのシモン・ベン・ヨハイが私塾で弟子たちと行った議論」という形式の内容ですが、実際の成立は1275年頃と考えられています。 ただ、長い年月に渡って複数の著者の著作を編纂したもののようで、実際にはどこまで遡る叡智なのか分かりません。実は5千年以上も起源を遡れることが判明した『ジャックと豆の木』と同じ感じかもしれませんね。 |
『ヤコブの夢の景色』(ミヒャエル・ウィルマン 1691年) |
『ゾーハル』にはこのように書かれています。 「第一の世界は人間の存在する物質界、第二の世界は"高位の世界"と呼ばれる天井の世界、第三の世界は隠された深淵な不可知の世界である。」 「神の思惟は人間には想像しえない。神の思惟の内、我々が知り得る限りのものがアイン・ソフであるが、その痕跡は発見できない。アイン・ソフから下降する光は、針穴の光のように感じにくいものである。」 |
生命の木/セフィロト |
セフィロトの最下部、『マルクト(王国)』が物質的世界であり、地球に対応します。 地上に住む私たちが上昇する際はジグザグにしか昇れませんし、高次の存在が上から降りてくる際もまた然りです。 アイン・ソフ(創造主/無限なる存在)は稲妻のような外見をしているとされます。本来は"隠れたる神"として目には見えず、認識もできない存在ですが、地上界にジグザグに降りてくる際に雷のように見えるということです。 |
彩雲"Highly iridising altocumulus" ©C messier(22 January 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
彩雲や神鳴り(雷)と共にやってくる神々。本来は見えざる存在。これは調べてみると、世界中で広く一般的な概念であることが分かります。 |
『風神雷神図屏風』(俵屋宗達 江戸初期/17世紀) |
ところで風神と雷神を見て、「神?!鬼やん!ツノ生えとるしww」と私と同様に感じた方もいらっしゃると思います。鬼は元々異教の神だったとも言われ、鬼や天狗を神として祀る神社などの例は枚挙にいとまがありません。 『おに』の語は「おぬ(隠)」が転じたものとされ、本来は姿が見えぬ存在、この世ならざる隠れた存在であることを意味します。また、古史古伝の1つ『九鬼文書』はクキではなくクカミモンジョと呼ばれ、本来は『鬼』の一番上の点がない漢字を使用し、カミと読んでいたとされます。 |
『ヤコブの夢』(ホセ・デ・リベーラ 1639年) |
妖怪や幽霊もそうですが、神や天使などの人ならざる存在は、多くの文化で通常は人間の目には見えないとされます。旧約聖書で神を表す『エロヒム』はヘブライ語で『光り輝く者』、『天空から飛来した人々』を意味するとも言われます。ラテン語の『デウス(=ゼウス)』と同じ語源を持つサンスクリット語の神デーヴァも、『天体』や『輝く』などの意味を持つとされます。 |
電磁波の極めて限定的な可視光領域"EM spectrum updated" ©Zedh and Gringer(3 February 2024)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
たとえ世界は光(電磁波)で満たされていても、人間には可視光領域しか認識することができません。それがいわゆる限定的な狭い物質界です。赤外線、紫外線、X線など確かに存在し、人体にも影響を与えます。しかし、見えないものは存在しないと捉える人は多いです。 赤外線や紫外線など、知識的に科学を根拠に教育されるからこそ、万人がその存在を広く共感していますが、そのような知識を与えられなかったらどうでしょう。紫外線による肌の日焼け、放射線による放射線障害も基本的には遅効性であり、すぐに影響が認識できません。つなぎ合わせることができる人が一部にいても、思い込みや因果関係不明とされることは想像に難くありません。 人ならざる存在が可視光の波長領域より振動数が高い、あるいは低いもので構成されている場合、視認できないということはあり得るのです。 |
2-1-3. 偶像崇拝が禁止な理由と想像する力
『ヤコブの夢』(ウィリアム・ブレイク 1805年頃) |
神や天使は本来は見えない存在です。しかし目で見えるよう、可視化しないと理解できない人の方が圧倒的に多いです。 だからこそ昔から偶像が必要とされてきた歴史があります。絵画ならばボヤかしたり透かしたり、再現の工夫がなされています。 しかし所詮は子供や単純化しないと理解できない人たち向けで、正確ではありません。情報は不十分かつ不正確で、そのようなままイメージが固まるリスクを孕みます。 偶像崇拝の禁止には明確な理由があるのです。 |
3次元立体を2次元で見るとき角度(視点)によって形が異なる様子 |
三次元の物質世界の意識で、より高次元を正確に想像するのは困難です。それがどういうことか、三次元を二次元世界の人間視点でみる場合に置き換えると分かりやすいです。この白い円柱が神とします。 ある人は「神は円である。」と言います。 |
3次元の立体物と2次元の影【引用】X / @TheProjectUnity ©Jay Anderson (9 October 2025) |
n次元キューブのペトリー多角形投影図(引用元:「Hypercube」『フリー百科事典 English wikiperia』30 September 2025, at 09:37 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org |
円柱ではなく、もっと複雑な立体でみるとその重要性がご想像いただけると思います。右の2次元投影図も全て次元が異なるキューブ(立方体)です。数学や幾何学の領域は、貴族文化の話と関係なく感じる方もいらっしゃると思います。しかし、古代ギリシャの哲学者プラトンが「幾何学を知らぬ者、くぐるべからず」とアカデミアの者に掲げた通り、その知識と理解は骨子と言えるほど重要です。限られた者だけが知ることを許される、古代から受け継がれてきた秘密の叡智の骨格を成しています。 |
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ビスマルク・サファイア・ネックレス(カルティエ・フレール 1935年) |
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秘密の叡智の存在にすら気づかず、自身を大物と思い込み恥ずかしげもなく自己主張する成金のジュエリーには、何ら読み解くべきものはありません。 しかし王侯貴族のために作られたジュエリーには、どれだけ大金を積んでも買えない、最も価値のある秘密の叡智に基づく教養とセンスが詰め込まれています。理解するには相応の知識と理解力が必要です。 |
『ヤコブの夢の景色』(ミヒャエル・ウィルマン 1691年) |
目に見えぬものを視覚的に表現するのは不可能です。神々の一側面しか見ていないのに全てを理解したと思い込んだり、他者の正確さに欠ける表現でイメージが固定してしまうのは不適切です。だから偶像崇拝は厳禁とされました。『ヤコブの梯子』も梯子だったり、階段でも直線もあれば螺旋階段もあり、人によって表現がブレます。 |
『ヤコブの夢』(ホセ・デ・リベーラ 1639年) |
薄明光線など光の筋で表現する場合もあります。絵画として表現する場合は最もしっくりきます。ただ、万人に理解しやすいものとは言えません。然るべき知識を備えた上で深く理解し、想像力を駆使して心眼で見ることができてこそ、この絵に素晴らしい神々の世界を視ることができます。 |
1534年と1545年のオリジナルのルター聖書に書かれたヤコブの梯子"LZB in Flensburg - Niederdeutsche Lutherbibel von 1574-1580, Bold 11B" ©Soenke Rhn(18 April 2015, 02:03)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
このような分かりやすい表現は幼稚とされます。子供向け、豊かな想像力を持てない層向けと見做され、教養と知性を最も重視する上流階級には尊ばれません。人間が想像できる範囲にないものを、広く万人がイメージできるものに転化することで一気に陳腐化します。想像する余地も失われ、縛られた限定的イメージが固着します。 必要な人がいると理解しているからこそ、上流階級が表立って非難することはありません。しかし好みではありませんし、このような分かりやすいものばかりに目が行く人はその程度としかみられません。成金が社交界で相手にされなかったのは、この部分も大きいです。 |
『Heaven's Ladder』アールデコ ダイヤモンド ネックレス イギリス 1920年頃 ¥2,200,000-(税込10%) |
全てを分かりやすく表現して理解を限定的なものにしてしまうのか、無限の想像力を膨らませるための『トリガー』を上手くデザインするのか。 上流階級はもちろん後者であり、それが上手くできる人ほど尊敬と憧れの対象となりました。 これも『ジャックと豆の木』を彷彿とさせる植物の縄梯子で、天国に昇る梯子を表現しているのです。 |
2-1-4. 神々の見えない世界を表現するリバース・インタリオ
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透明なロッククリスタルに陰刻し、本来の『神々の見えない世界』を表現しようとしたのがこの小さな宝物です。最高に魅力的な発想です♪♪ |
2-1-5. 裏打ちで見え方が劇的に変化するリバースインタリオ
現代ジュエリーは数千万円でも、量産既製品であることは普通です。数億円の価格が付いていても、基本的には既製品として制作されます。誰が買うか分からないものは、どうしても一定数が好みそうなボヤけたデザインになります。唯一無二の個性を持つデザインにはなりません。 そもそものビジョンがボヤけているので、コストカット含め大多数が喜びそうな工夫を頑張ることはあっても、理想の美しさや雰囲気など明確な方向性を以ての創意工夫がなされることはありません。 |
例.1 シノワズリー『桃源郷』のリバースインタリオ
シノワズリー リバースインタリオ ブローチヨーロッパ 1910年頃 SOLD |
王侯貴族のためのアンティークの最高級ジュエリーの場合、デザインの細部まで明確な意図があるのが面白いです。無意味な部分は皆無です。 これは神でなく、人が自らの力で宝石を生み出すという夢を実現し作られた宝物です。今でこそ合成サファイアは量産技術が洗練されていますが、発表直後の当時は莫大な投資を背景に、科学の勝利を象徴する価値ある宝石でした。 トライアングルカットの合成サファイアの額縁で彩られたのは、『桃源郷』の世界です。 |
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中国は国土が広く、民族も多様で歴史の流れの中でもダイナミックに変化しており、決して一緒くたに見ることはできません。しかし、やはり目に見えない神々は多いです。恐らくその目には見えない世界を表現するために、リバースインタリオを選んだのでしょう。これは漆黒の上質なオニキスを裏打ちしています。 |
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| 裏打ちしているため、図柄はいつでもはっきり視認できます。また、どのような衣服に合わせても見え方に変化はありません。 |
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中華帝国の贅を尽くした職人たちの高度な技術は、様々な分野で印象深いです。それを彷彿とさせるような、細密で美しい彫刻が見事です。これを惹き立たせるには、裏打ちがある方が絶対に良いですね。 |
例.2 葡萄酒の神バッカスの巫女『バッカンテ』のリバースインタリオ
このバッカンテのリバースインタリオも美しい青い布で裏打ちされており、衣服の色などで見え方が変化することはありません。 |
『バッカンテ』リバースインタリオ・ペンダント ヨーロッパ 1920年頃 SOLD |
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『布』と聞くと、現代人には安いものと感じる方もいらっしゃると思います。戦前は布も擦り切れるまで使うような価値あるものでしたし、発色の良い美しい布は高価でした。 オニキスのように単体で裏打ちすることはできません。見えない裏側ですが、美意識の高い王侯貴族の宝物だからこそ、裏打ちも高価な作りです。 |
2-1-6. 心眼で楽しむ至高の芸術
裏打ちせず、見えないことを楽しむ作風で作られた宝物は、今回の宝物を含めて過去49年間で4点だけ見つかりました。Genの『アール・クレール(透明な芸術)』好きや、美意識の高いハイジュエリーを専門にお取り扱いしてきたことを考えると、思いのほか少ない印象です。表現として分かりやすい『エセックスクリスタル』より圧倒的に少ないです。 |
リバースインタリオ クラバットピンイギリス 19世紀 SOLD |
『ポセイドン』リバースインタリオ ペンダント イギリス 1910年頃 SOLD |
左は、天空の雲間を漂う女神を表現した傑作です。古代ギリシャの世界観で、原初の神々は本来、姿形を持たない『空間』や『存在そのもの』、あるいは『概念』とされます。原初の神々に血統的に近い存在ほど大きさも巨大で、時には星そのものほどの大きさがあります。 海神ポセイドンも至高神ゼウスに連なる高貴な神であり、どちらも完全に透明なリバースインタリオで表現するに相応しいモチーフです。 |
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![]() ![]() 『キューピットとヴィーナス』 リバースインタリオ ペンダント イギリス 1920年代 SOLD |
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『愛』を象徴するキューピッド、『美』を象徴するヴィーナスも概念的な存在ですし、今回の宝物の『勝利』も概念です。やはり完全に透明な表現はしっくりきます。そして、背景によって姿形の見え方が変わるのも面白いですよね。たまたま周波数が合うと神々や精霊、時には幽霊の姿がはっきり見えることがあると言います。そういうのも再現しているようで楽しいですね♪ |
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過去49年間でご紹介した、透明のみで表現されたリバースインタリオのモチーフ全てが、目には見えない存在である古代ギリシャの神々というのが興味深いです。上流階級に共通の理解と認識があった証であり、明確な意思を以て技法とモチーフが選択されたことは間違いないのです。 |
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2-1-7. 豊かに姿を変える神々の姿
彫刻部分は表面を粗くマットな質感に仕上げています。モチーフの背景部分は磨き上げ、滑らかに仕上げています。ロッククリスタルの素材は無色透明ですが、透明度に違いを出すことで、見え方に変化を生じさせています。 |
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明るい時、神々の姿は明るさの中に同化してハッキリとは視認できません。 |
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光の当たる角度によって、何かが存在する気配をハッキリと認識できるタイミングがあります。これは左右、それぞれ一方からライトを当てた様子です。凱旋車を牽く2人の従神たちの体躯に現れた影で、神々の図像の浮かび上がり方にも違いがあることを感じていただけるでしょうか。陰影で気配が多様に変化するのは、立体彫刻の魅力ですね。誰にでも分かりやすくではなく、この絶妙さがなんともたまりません♪ |
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条件が合うと、誰にでも分かるくらいハッキリと姿かたちが現れるのも最高です!♪ 普段は見えざる存在である神々ですが、周波数がピタリと合った時だけ見えると、秘密の叡智を持つ人々には認識されています。まさにこの宝物で表現されている通りです♪ |
2-1-8. 復活後の新しい栄光の体
『復活』(ハンス・メムリンク 15世紀) |
ところで復活(Resurrection)後のキリストの体は、死ぬ前のものと異なります。死体がそのまま再び動き出したわけではありません。 この絵画にもあるように、復活後の肉体は死に打ち克ち、もはや死ぬのことのない『栄光の体』、『霊の体』とされます。新約聖書の『コリント人への第一の手紙』15章には、「『血肉の体』が『霊の体』に、朽ちるものが朽ちないものに『着せ替えられる』」と説明されています。 このような復活を果たした後は昇天(Ascension)するのが通常ですが、天界への凱旋をする前に40日間、弟子たちと過ごしました。 復活後の体は食事をしたり触れたりする物質的な性質を持つ一方で、戸を通り抜けたり瞬時に移動したりなど物理的な制約を超越した性質も持ち合わせました。 |
この栄光に満ちた体は、全ての信者に約束されました。最後の審判でキリストが再臨し、信者の中で既に亡くなっているも者は復活して栄光に満ちた体が与えられ、存命中の者は霊の体に着せ替えられて昇天(アセンション)する約束です。 |
『キリストの昇天』(ベンヴェヌート・ティシ 1510-1520年頃)GNAA |
『昇天(The Ascension)』(レンブラント 1636年) |
物理的な制約を超越した体は、自由に周波数を変えられる『光の体(ライトボディ)』のようでもあります。可視光の周波数帯に合わせれば視認できますし、ずらせば目には見えなくなります。 |
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2-2. 天使の羽根のような棕櫚の葉
2-2-1. フェニックスとキリストの復活
『アテナと不死鳥』カメオ&インタリオ ブローチ イタリア 15世紀後期-16世紀(フレームは現代) SOLD |
フェニックスは何度でも蘇る不滅のアンティークジュエリー・ディーラーGenを象徴する鳥です。 復活するキリストは、灰から蘇るフェニックスとも比定されます。 |
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伝説の不死鳥フェニックス。この宝物はGenも大のお気に入りで、私たちの記憶に一生存在し続ける宝物です。もちろんミュージアムピースで、ルネサンス期の貴重な逸品です。この時代の作品自体が稀少ですが、片面はカメオ、片面はインタリオという信じ難い作品です。作品としての格に加え、時代的にもモチーフにフェニックスが選択されていることに深い意味があるのは確実です。 |
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| マクシミリアン大帝と支えた万能人 | ||
ハプスブルク帝国の礎を築いた神聖ローマ皇帝・ブルゴーニュ公・オーストリア大公マクシミリアン1世(1459-1519年)1519年、59歳 |
画家/版画家/数学者アルブレヒト・デューラー(1471-1528)1500年の自画像 |
魔術師/人文主義者/神学者/法律家/軍人/医師ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ(1486-1535年) |
『アテナと不死鳥』(15世紀後期〜16世紀)が制作されたのがどのような時代だったかと言えば、まさに秘密の叡智に関する研究が活発化し、一層深化した時代です。誰にでもは分からぬよう、しかし秘密の叡智を知る者には伝わるメッセージを込めます。 |
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2-2-2. ナツメヤシ(棕櫚)の学名に秘された象徴
凱旋する女神が掲げるナツメヤシ(棕櫚)の学名は『Phoenix dactylifera(フェニックス・ダクティリフェラ)』です。 |
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そしてナツメヤシ属はフェニックス属とも呼ばれ、英語では『フェニックス』と呼ばれます。 |
HERITAGEのアトリエがあるパームハウスの木(2024.9.17) |
Genが運命の出逢いを遂げた市ヶ谷のアトリエは、『パームハウス』と言う建物にあります。大家さん曰く、元々この土地にパームツリーが自生しており、それを生かしてよく遊びに行っていたアメリカのパームビーチのイメージでこの建物を建てたそうです。 |
| 天使の羽根のようなフェニックスの葉 | |
フェニックス(ナツメヤシ属)の葉 |
『天使の羽根』マルカジット マルチユース・クリップ式ロニエット ドイツ 1930年頃 SOLD |
ナツメヤシ属へのフェニックスの命名は、不死鳥フェニックスに因むともされます。地面に落ちている小鳥たちの小さな羽根と違い、フェニックスの葉はまさに巨大な不死鳥の羽根のようです。天使も人間サイズではなく巨人だったとされ、天使の羽根のようでもあります。 |
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天使の羽根のようなフェニックスの影(2024.9.17) |
影はまさに不死鳥や天使の羽根です。より大きな樹で、角度などの条件が揃えば巨大な羽根の影となるでしょう。この影も偶然条件が揃って撮影できました。その神々しさは圧巻でした。 |
棗椰子(ナツメヤシ)"Phoenix Daactylifera Date Palm Fields South Coast Wholesale" ©Southcoastwholesale(2015)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
中東では、灼熱の太陽から人々や作物を守るナツメヤシの木陰が生命の源として重要視されました。ナツメヤシそのもののみならず、『ナツメヤシの木陰』そのものが単なる日陰を超越し、信仰や生命力、文化や深い物語を象徴する言葉として様々な文脈で用いられてきました。影の形を知るとご納得いただけるのではないでしょうか。 |
天使ジブリールから啓示を受けるムハンマド(14世紀) |
イスラム教でも天使は重要な存在です。聖母はイーサー(イエス)をナツメヤシの木の下で産み落としたとされることを、先にご紹介しました。それが示すことは、木陰の様子を想像するとつながってくると思います。 ちなみにジブリールは天使ガブリエルのことです。余談ですが、宮崎駿氏が隠された叡智を知る者であろうことは、以前ゾロアスター教関連でご紹介しました。スタジオジブリの名の由来はサハラ砂漠に吹く熱風を意味するイタリア語『Ghibli』で、本来の発音は「ギブリ」に近いものの、宮崎氏の提案で「ジブリ」として定着したとされます。掛け言葉的に複数の意味を込めるやり方なので、熱風の説明も正しいのですが、本命は別に隠されていることが、分かる人には伝わる説明となっています。 聖書にも神としてエルの名も登場します。天使の名にはエルが付きます。ミカ・エル、ラファ・エル、ガブリ・エル。天使ジブリール(ガブリエル)はジブリ・エルと分解でき、そこからスタジオジブリの由来が連想できます。 |
2-2-3. 上流階級に大人気モチーフのナツメヤシ(棕櫚)
意匠化されたものは、知っていないと気づきにくいものです。『パルメット』も扇状に広がったナツメヤシの葉を図案化したものとされます。 |
アクロポリスの神殿エレクテイオンの装飾(アテナイ 紀元前421-紀元前406年)"Ionic frieze from the Erechtheum, dimensions 130 x 50 cm, in the Glyptothek ©Neoclassicism Enthusiast(1 May 2011, 09:10:20)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
これは古代ペルシャを撃退し、紀元前5世紀の黄金時代を迎えたアテナイのアクロポリスの神殿エレクテイオンの装飾です。巨大な女神アテナ像と共に、勝利の凱旋を象徴するナツメヤシの葉の意匠はピッタリであることが分かります。 |
ナツメヤシとユーフラテス川(イラク) |
文明発祥のユーフラテス川の畔、豊かな大地に根付くナツメヤシ(生命の木/フェニックス)の葉が扇のように広がる姿は、実に荘厳でエレガントです。パルメットの意匠が生まれるのも納得です。 |
| 古代ギリシャの勝者へのパルメット紋様 | |
音楽競技を描いたパナテナイア祭の黒絵式の賞品アンフォラ類似品(古代ギリシャ 紀元前500-紀元前485年頃)"Greek - Black-figure Pseudo-Panathenaic Amphora - Walters 482107 - Side B " ©Walters Art Museum(00:48. 24 March 2012)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
『演奏会』(古代ギリシャ 紀元前460-紀元前450年頃)ウォルターズ美術館 "Niobid Painter - Red-Figure Amphora with Musical Scene - Walters 482712 - SideA©Walters Art Museum(04:08. 26 March 2012)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
古代ギリシャでは定期的に、神に捧げる様々なジャンルの競技会が開催されていました。アテナイのパナテナイア祭だと、女神アテナの聖林のオリーブで作られた神聖なオリーブオイルが勝者に贈られました。それを入れるアンフォラにはパルメットの装飾があります。日本の伝統紋様もきちんと意味が込められており、このような文化は古今東西に共通すると言えますが、意味を知らない人はただのデザインとしか認識できず、メッセージはキャッチできません。心のやり取りができたり、見える世界が何倍にも広がっていきますから知らないと勿体無いですね。 |
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棕櫚(ナツメヤシ)の柱装飾(ロイヤル・パヴィリオンの南応接室 1823年)【引用】ヨーロッパの装飾文様p.15 編著:鶴岡真弓 ©?TOKYO BIJUTU Co.,Ltd 2013 Printed Japan |
勝利を象徴するフェニックス(ナツメヤシ)は、古代ローマでも引き続き大人気でした。イタリアの気候では結実しないにも関わらず、ローマ帝国の庭園用植物として植えられました。 食べ物として実が重視されたのではなく、天使や不死鳥の羽根のような葉っぱの姿が好まれたことが想像できます。 様々な絵画や美術品にもその意匠は取り入れられ、後の時代まで伝わっていきました。 卓越した教養とセンスでイングランド1のジェントルマンと称されたジョージ4世が、莫大なお金をかけて創り出した最愛のブライトンの離宮ロイヤル・パヴィリオンにもナツメヤシの装飾が見られます。 |
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秘密の教養を共有することを許された人々には、知識が受け継がれています。 この宝物の持ち主にももちろん引き継がれています。意味あってのこの図像ですし、表現法がセンス抜群なのです!♪ |
2-2-4. 日本人も知っているフェニックスの秘密
ヨーロッパや中東の話は、他人事に聞こえる方もいらっしゃるでしょう。しかし一般人が知らないだけで、古今東西の上流階級はつながっています。日本人の特別な人たちも、この叡智は代々共有しています。 |
初代・宮崎県庁舎(1874-1931年) |
日向国だった宮崎県の県の木はフェニックスです。街路樹として多く植えられており、フェニックス・シーガイア・リゾートや宮崎市フェニックス自然動物園、フェニックスカントリークラブ、宮崎フェニックスマラソンなど、フェニックスの命名も多いので県民にとっては馴染み深い存在です。県の木に指定されたのは1966年ですが、初代・宮崎県庁舎に既にその姿を見ることができます。オマケや様々ある庭木の1つに見えるでしょうか。 |
2代目(現在)・宮崎県庁舎(1933年2月) |
フェニックスは主役です。1932年に完成した、2代目となる現在の宮崎県庁舎の1933(昭和8)年の写真です。かなり立派なフェニックスが正面にドーンと鎮座しています。3本が植えられています。中央は1912年頃に宮崎市の天神山公園に植えられていたもので、1932年の県庁竣工時に移植されたそうです。 |
宮崎県庁舎(2007年8月) |
宮崎県内最古のフェニックスとして有名でしたが、2009年に壊死して5月21日に伐採されました。これはその前の様子です。一方で両脇のフェニックスは立派に育っています。 |
中央のフェニックス伐採後の宮崎県庁舎(2011年8月)"Miyazaki Miyazaki-Pref Goverment Building 1" ©京浜にけ(24 August 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
このど真ん中にあったなんて面白いですね。今では県庁舎の真正面がそのまま見えますが、ここには最古のフェニックスがあったのです。 |
エドフ神殿の周柱式中庭(プトレマイオス朝 紀元前237-紀元前57年)"Edfu Temple Pronaos 04" ©Olaf Tausch(10 March 2011)/Adapted/CC BY 3.0 |
ところでこれは古代エジプトのエドフ神殿の周柱式中庭です。柱の装飾はパルメット状のフェニックスです。古代エジプトと言っても、古代ギリシャが征服したプトレマイオス朝なのでその影響が濃いと言えます。漢字で『柱』は木の主と記し、神々を1柱、2柱と数えるように神は柱であり木です。 |
アクロポリスのエレクテイオン神殿の彫像(アテナイ 紀元前5世紀後期)"Athenes Acropole Caryatides" ©Harrieta171(2006年2月23日)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
分かりやすいのは紀元前5世紀のアテナイ黄金時代、イオニア建築の代表作とされるエレクテイオン神殿の女神像でしょうか。 |
アシェラ・ポール / 城門の形の祭壇。左右の女神の中央の木が女神アシェラと考えられています(テル・レホフ 紀元前14世紀頃〜紀元前7世紀頃)"Tel Rehov Exhibition 090316 06" ©Oren Rozen(9 March 2016, 12:31:52)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
ここからかなりマニアックです。一応聖書にも登場しますが、これは『アシェラ・ポール』です。 女神アシェラはウガリット神話やカナン人の宗教に登場し、ヤハウェの妻ともされます。実は阿修羅と同一ともされます。詳しく知りたい方は調べてみてください。 城門(シティ・ゲート)の形状で、3柱の神で構成されるこのアシェラ・ポールは『生命の木』とされます。 ヘブライ語聖書はポールが木でできていることを示唆しています。イングランドのジェームズ王訳『欽定訳聖書』(1611年)では木立(groves)と訳され、1989年版の『新約聖書』ではpoles(柱)と訳されました。 |
| 図式化されたカバラの生命の木/セフィロト | ||
薔薇十字団の書籍『賢者のコンパス』より(1782年) |
図式化したカバラの生命の木 / セフィロト"Kabbalah Tree of Life" ©RootOfAllLight/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
黄金の夜明け団ウェイト版タロットの大アルカナ『女教皇』(初版1909年) |
生命の木(セフィロト)も、図式化には様々なバリエーションが存在します。実は3本の柱から構成されます。 光と闇、男と女。陰陽魚太極図も結局は同じものを意味します。セフィロトは宇宙の創造と人間の精神世界に於ける「制限と拡大」、「峻厳と慈悲」という二元的な力を表しており、私たちが存在するのは一番下のマルクト(王国)です。地球で象徴される物質世界です。最終的には一番上の、思考や想像を司るケテル(王冠)を目指します。上昇も下降もジグザグに経路を辿りますが、2次元ではなくこれも3次元立体で捉える必要があり、実際には螺旋状に上昇・下降するとされます。 |
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| 表現が異なるだけの同一 | ||
アシェラ・ポール / 城門の形の祭壇。左右の女神の中央の木が女神アシェラと考えられています(紀元前14世紀頃〜紀元前7世紀頃)"Tel Rehov Exhibition 090316 06" ©Oren Rozen/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
図式化したカバラの生命の木 / セフィロト"Kabbalah Tree of Life" ©RootOfAllLight/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
三柱鳥居に囲まれた磯良恵比寿(長崎県対馬の和多都美神社 創建年不明)"海神神社" ©Mochidada(2 July 2018)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
実はこれは全て同じもので、表現が異なるだけです。アシェラは海の女神です。日本の三柱鳥居は数は少ないですが、特に古い場所にいくつか存在します。長崎県対馬の和多都美(わたづみ)神社は創建年が分からない古い神社で、2つの三柱鳥居が存在します。音に対して当てているので漢字表記には揺れがありますが、わたづみは海神です。イスラ・エルのような磯良(イソラ)恵比寿も海神です。 子音のみで構成されるヘブライ語は、テトラグラマトン(???? :YHWH / JHVH)がそうであるように、読み方を知らなくては正確に発音できません。ヤーウェ、ヤハウェ、エホバなど別物に聞こえるほどです。フランス語などのHを発音しない性質なども言語変換には癖があり、実は「アシェラ=アシラ=柱(H+Ashira)」です。 |
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生命の木 / セフィロト "Kabbalah Tree of Life" ©RootOfAllLight/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
『北斎漫画』十一遍「三柱鳥居」(葛飾北斎 1814-1878年) |
日本人も限られた人々は古代から秘密の叡智を共有し、受け継いできました。三柱鳥居もくぐり方はきちんと決まっており、立体視したセフィロトの螺旋の上昇・下降と比較すれば何かに気づくかもしれません。 |
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サンタ・クルス・デ・テネリフェのフリーメイソン教会(スペイン・カナリア諸島 1923年建設完了) "Templo masónico histórico, Santa Cruz de Tenerife, España, 2012-12-15, DD 03 " ©Diego Delso(3 January 2005)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
聖書にも登場する『生命の木』とも呼ばれるナツメヤシの学名『フェニックス』は、神話の不死鳥に由来するともされます。そして死への勝利と、朽ちることのない新しい体への復活を象徴するこの木は柱としてもデザインされてきました。これはスペインのフリーメイソン教会の最高の建築とされます。左右のヤキンとボアズの柱がフェニックスの木でデザインされています。 |
サンタ・クルス・デ・テネリフェのフリーメイソン教会(1923年建設完了)"Templo masónico histórico, Santa Cruz de Tenerife, España, 2012-12-15, DD 03 " ©Diego Delso(3 January 2005)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
柱の上部にデザインされた装飾は、まさに天使やフェニックスの羽根です。 |
1800年頃のフリーメイソン入会儀式の一部 |
生命の木を上昇していくことを重視されます。中央の柱は隠れていて見えません。 |
鳥居の構造・各部名称 "Torii fate construction" ©Naokijp/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
『北斎漫画』十一遍「三柱鳥居」(葛飾北斎 1814-1878年) |
フェニックスの木はどこにでも生えるわけではありません。不死鳥フェニックスがいる生命の木。鳥居・・。 鳥居の構造は種類がありますが、よく見かけるのは左のタイプでしょうか。中央の額束は構造上の補強のためとみることもできますが、少し違和感もあります。三位一体。オリジナルが三柱鳥居だったとして、中央の隠された見えない柱が象徴されているのだとしたら・・・。 |
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| 宮崎県庁舎とフェニックス | |
初代・宮崎県庁舎(1874-1931年) |
2代目(現在)・宮崎県庁舎(1933年2月) |
建物を遮るようなド真ん中に木を植えるなんて変すぎます。普通の感覚であれば、初代県庁舎のように傍に植えるでしょう。 |
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| ボアズとヤキンの柱としてのフェニックス | |
フリーメイソン教会(カナリア諸島 1923年建設)©Diego Delso/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
宮崎県庁舎(1932年建設)"Miyazaki Miyazaki-Pref Goverment Building 1" ©京浜にけ(24 August 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
この2つが同じものを表現していると分かれば、至極納得できる構成です。温暖な日向国、実物のフェニックスで表現しているのも面白いですね。 |
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| 宮崎県庁舎を象徴するフェニックス | |
宮崎県庁舎(2007年8月) |
宮崎県庁舎(2011年)©京浜にけ/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
2009年に壊死し、中央の柱が隠されて見えなくなったのも本当に偶然だったのか興味深いです。フェニックスは病害虫に強く寿命が長いことで知られており、一般的には60年から100年ほどの寿命とされます。最初から今の姿を計算してデザインしたのかなとも感じます。古代から秘密の叡智を継承してきているだけあって、これらの人々は自身の寿命を超え、世代を超越した超長期で物事を見て計算します。 |
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秘密の叡智がどれだけ重みがあるものか、知識的にも少し感じていただけたと思います。だからこそこれだけの宝物が作られたのです。たった一人の人生のごく僅かな期間に楽しむための消耗品として大量生産される、成金を含めた現代の庶民のためのアクセサリーと同じわけがないのです。 |
2-3. 第一次世界大戦の勝利の余韻と真心を感じる宝物
2-3-1. ヨーロッパの転換点だった第一次世界大戦
ヨーロッパで「あの戦争」と言えば、第一次世界大戦です。国土が戦場となり、軍人のみならず普通に暮らす人々が自分ごととして死を間近に経験しました。上流階級も例外ではありません。 |
ロシア皇室ヨット『スタンダルト』上のイギリス王エドワード7世とロシア皇帝ニコライ2世(1908年) |
イギリス軍の最高司令官は現代も、君主たる国王もしくは女王です。さすがに今は名目上とされていますが、古い時代は貴族の軍服姿を肖像画でも見ることができます。 |
| イギリス王チャールズ1世の肖像画 | |
イギリス王チャールズ1世(1600-1649年) |
イギリス王チャールズ1世(1600-1649年) |
古い時代は『武』こそ正義でした。武力がなければ領地を獲得し、国を拡大することはできません。17世紀のイングランド、スコットランド、アイルランド王チャールズ1世の肖像画は、甲冑の騎馬武者姿が多く絵が変えています。食事のフォークを「女々しいイタリア文化」と看做し、男らしさこそ是とした文化がありました。 |
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『虹の肖像』老いを知らないエリザベス女王を寓意画的に表現した肖像画(1600年頃)67歳頃 |
ヨーロッパに於いては辺境の田舎として存在したイギリスでしたが、文化的後進国と見做されると外交上の不利益があります。 女王エリザベス1世はイギリス王室一のインテリと誉れ高い父王ヘンリー8世譲りの明晰な頭脳に加え、教養と知性にファッションセンスまで備えました。それら全てを駆使し、他国からきた大使を翻弄しながら常時外交を優位に運んだそうです。 知性のみならず教養やマナー、会話やファッションなどのセンスの重要性を誰よりも熟知していた女王だからこそ、グランドツアーという文化の礎を創り出しました。 イギリスで一般的にフォークが使用されるようになったのは、18世紀に入ってからだそうです。 |
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ヴィクトリア女王の夫・アルバート王配(1819-1861年) |
オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(1830-1916年) |
時代が降り、戦い方の変化もあって、武力そのものが紳士のステータスとなる意識は以前より薄くなりました。それでも依然として軍人としての地位や武功は誇りでした。 |
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普仏戦争『セダンの戦い』におけるフランス皇帝ナポレオン3世(1870年9月1日)62歳 |
さすがに普通は君主クラスは最前線に行きませんが、フランスの帝政を終わらせた普仏戦争では皇帝ナポレオン3世が前線に赴いてます。 本人は持病の悪化が深刻で戦争に積極的ではありませんでしたが、皇后ウジェニーが好戦的な姿勢を示し、士気高揚のための前線出陣を進言した結果です。 捕虜なんて以ての外であり、万が一の時は捕虜にならず、先頭に立って突撃するよう要求しました。 |
フランス皇帝ナポレオン3世(52歳頃)、皇太子ナポレオン4世(4歳頃)、皇后ウジェニー・ド・モンティジョ(34歳頃)(1860年) |
「なんなら勇ましく死んでこい!」と取ることのできるこの要求は、皇帝ナポレオン3世が仮に戦地で死んだ場合は息子ナポレオン4世(当時14歳)を即位させ、自身は摂政として権力を握り続ける目論見があったからです。 漁色家で名高い夫には愛などなかったのでしょうけれど、野心家具合も凄まじいですね(笑) |
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イギリス王エドワード7世、愛称バーティ(1841-1910年)王太子時代 |
フランス皇帝ナポレオン3世と16歳頃の息子ナポレオン4世(1872年) |
ナポレオン3世自身は独身時代、当時11歳だったイギリス国王エドワード7世をとても可愛がり、「あなたの子供だったら良かった。」と言われたエピソードが残っています。右は自身の息子ルイ(ナポレオン4世)との写真です。王侯貴族の男性のポートレートで、通常このような構図は見ません。厳格な父という雰囲気はまるでなく、人柄が現れていますね。 |
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ブレッシントン伯爵夫人マーガレット・ガーディナー(1789-1849年)1822年、33歳頃
"The Wallace Collection(39544232701)" ©The Wallace Collection/Paul Hudson from United Kingdom, 2018-01-06 14:47/Adapted/CC BY 2.0 |
ナポレオン3世の愛妾ハリエット・ハワード、通称ミス・ハワード(1823-1865年)1850年、27歳頃 |
ナポレオン3世にはイギリス人の恋人ミス・ハワードもいました。こういう人は爵位貴族の称号はなかったとしても、普通の一般人ではありません。ミス・ハワードはブライトンのキャッスル・ホテルのオーナーの孫娘で、長靴メーカーの社長令嬢でもありました。フランスで帝位に就く前、ナポレオン3世がロンドンに亡命していた際、ブレッシントン伯爵夫人が1846年に主催したパーティーで出会いました。そのような社交の場に参加できる女性です。肖像画をオーダーできたり、身につけているものからも財力が分かります。 ミス・ハワードはナポレオン3世がフランスに戻り、権力を得るためのパトロンとなって財政的支援をしています。それにも関わらず、帝位に就いたナポレオン3世はウジェニー皇后と結婚するため、ミス・ハワードをゲスな捨て方をしました。わざと留守にさせ、その間に家宅捜査してラブレターを全て回収し、ゴシップ流出やゆすりたかりに備えました。これに怒り、ミス・ハワードはナポレオン3世から預かっていた私生児2人と共に宮廷を立ち去ったそうです。怒るのは当然ですが、ミス・ハワードとはすぐに復縁しています。 |
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イギリスに亡命後のナポレオン3世家族(1872年) |
しかも廃位後に亡命したイギリスでは、ミス・ハワードやその友人たちがロンドン郊外チズルハーストに邸宅カムデン・プレイスを用意してくれました。皇后ウジェニーは亡命直前に出身のスペインへ巨額のフランス皇室財産を移しており、お金には困らなかったそうです。ここでウジェニー、長男ルイ、使用人数十人と共に暮らしました。帝政の終焉に伴いフランスから亡命してきた旧皇族、旧貴族たちもチズルハーストに続々と集まってきたため、近辺はちょっとしたフランス宮廷のようになったそうです。 |
イギリス女王ヴィクトリア(1819-1901年)とフランス皇后ウジェニー(1826-1920年) |
ヴィクトリア女王はウジェニー皇后と仲良しでした。 髪の毛で編んだブレスレットを交換したり、妊娠中でも美しく見えるようにとウジェニー皇后が巨大化させたクリノリン・ドレスをイギリスで大流行させるなど、相性が良かったようです。 だからヴィクトリア女王自身も、しばしばナポレオン3世の邸宅を訪問しました。 漁色家だったりゲスな話が目立つナポレオン3世ですが、見捨てられることがなく自然と人が集まり、助けてくれる性格だったのでしょう。やらかしても、「そういうキャラ」ということで許されるタイプだったのかもしれませんね。 |
ナポレオン失脚後マルメゾン城でロシア皇帝アレクサンドル1世(左)と会見する皇室一家着席:皇后ジョゼフィーヌ、小さな子供:ナポレオン3世(1814年5月の様子) |
ナポレオン3世はナポレオン1世ではなく、皇后ジョゼフィーヌの血統です。ジョゼフィーヌも『陽気な未亡人』と言われるような明るい性格で社交界で人気者となり、皇帝ナポレオン率いるフランス軍からも慕われました。人が良すぎて断れない性格だったとされ、1年でドレス900枚、手袋1,000組、靴500足以上購入したそうです。どう考えても使いきれませんね。そのような祖母の性格を引いたのかもしれません。戦争に消極的で、推されて最前線に出ても勇ましく玉砕することはなく、たとえカッコ悪かろうと捕虜になるのも何となく想像できます。 |
フランス皇太子ナポレオン4世(ルイ・ナポレオン)(1856-1879年)1870年、14歳 |
1871年に亡命後は教育のため、15歳となった息子ルイ(ナポレオン4世)をイギリスの王立陸軍士官学校に入学させました。 ナポレオン3世自身は復位のためクーデターを計画しましたが、持病の悪化と手術に耐えられず1873年に64歳で死去しました。 ナポレオン4世も学校から急遽駆けつけ、ウジェニーは「もうお前しかいない」と悲しみました。葬儀では「皇帝陛下万歳!」と叫ぶ人もいたそうです。 フランス皇位請求者となったナポレオン4世はその後、無事に王立陸軍士官学校を卒業しました。 |
フランス皇位請求者ナポレオン4世(ルイ・ナポレオン)(1856-1879年)1878年、22歳頃 |
イギリス第5王女ベアトリス(1857-1944年)1885年、28歳 |
ナポレオン4世はヴィクトリア女王から『ルル』の愛称で可愛がられ、お気に入りの末娘ベアトリス王女との縁談話も持ち上がるほどでした。長男バーティには虐待と言えるレベルの教育だったとされますが、次期国王としての立場あってのことであり、本来のヴィクトリア女王は女性らしい愛情あふれる人物だったと感じます。 |
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『皇帝の死』(ポール・ジャマン 1879年6月1日の様子) |
第2の母として良くしてくれるヴィクトリア女王のためにと、ナポレオン4世は1878年に勃発した南部アフリカでのズールー戦争に従軍しました。主な兵装は槍と盾で火器を殆ど持たないズールー王国軍に対し、大英帝国軍が大敗して思わぬ苦戦を強いられた戦争です。ナポレオン4世はズールー軍の待ち伏せを受け、1879年に子供を残すことなく23歳の若さで戦死しました。フランス皇位請求者であり、イギリス王室のメンバーとなる可能性も高かった人物が最前線に出て、実際に戦死したのです。 |
ポジエールの戦場(1916年)で亡くなったイギリスとフランス軍兵士の共同墓地"PWindmuhlenhugel" ©Bodoklecksel(19 January 2010)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
イギリスの王立陸軍士官学校で教育を受けたナポレオン4世でしたが、イギリスでは伝統的に、貴族の男性は男らしくあることが良しとされてきました。ノブレスオブリージュ(持つ者の責任)の精神が息づいていることもあり、戦争が起これば指揮官として最も危険な最前線に立つことも厭いません。勇気ある死も栄誉なことです。 その結果、苛烈を極めた第一次世界大戦でも第二次世界大戦でも、かなりの数の貴族が命を落としました。戦死者の比率は、庶民より貴族の方が遙かに高かったほどだそうです。当主のみならず、跡継ぎの若い息子たちまで亡くなってしまう家も少なくなく、継承のために特例措置を取らざるを得ない事態にも陥っています。 |
デヴォンシャー・ハウス(1800年頃) |
第一次世界大戦、第二次世界大戦ともに戦勝国だったイギリスは脈々と貴族が続いているように見えますが、以前詳細をご説明した通り、20世紀に新興成金と殆ど入れ替わっています。代々続いてきた従来の貴族は断絶したり、帝王教育は受けて来なかった傍流に移っていたり、存続していても政策によって困窮に追いやられていたり、現代では名誉職のようなものでしかありません。 貴族の歴史を刻み、文化を創り出してきたデボンシャー・ハウスも1919年に手放され、売却から僅か5年後の1924年にあっさりと取り壊されました。 |
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第一次世界大戦と第二次世界大戦の間となるアールデコは、従来の王侯貴族の最後の時代と言えます。 Erosは愛を意味します。 なぜこのタイミングでこのような宝物が作られたのでしょうか。上流階級ならではの教養のみならず、当時の上流階級の意識や気持ちを如実に反映しているのです。 |
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誰もが最後は旅立ちます。寿命を全うしての旅立ちや、元々病弱であったならば覚悟もできますが、身近な人が健康であるにも関わらず若くして旅立つという出来事を、かつてない規模で上流階級までもが多く経験しました。かなり特殊なタイミングだったと言えるのです。 |
2-3-2. アールデコ初期ならではの心を揺さぶる宝物
狂騒の時代として一括りにされることもあるアールデコですが、1918年に第一次世界大戦が終わった直後のアールデコ初期は『生と死』を意識した、貴族らしい教養あふれる宝物を見ることができます。全て、生き残れた人だけがオーダーできたジュエリーです。 全世界を巻き込んだ第一次世界大戦は、4年を超える長期の消耗戦となりました。制約期間はもっと短かったコロナ禍ですら、その抑圧下の生活を長く重苦しく感じた方は多かったと思います。長く続く身近な死の恐怖という意味で、コロナ禍とは比較になりません。 |
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フランス製のこの宝物は、職人の町パリで制作されたとみられます。北部フランス地方は進撃してきたドイツ軍と、フランス・イギリス同盟軍の最前線となりました。 国土が主戦場となってしまったフランス全体の犠牲者は戦死者兵士140万人、民間犠牲者30万人、負傷者は430万人に達しています。当時のフランス人口は4000万人弱なので、人口の15%が戦死あるいは負傷という酷い状況です。独仏の戦闘は終始北フランスで行われたため、爆弾による北部都市の破壊も激しいものでした。 |
13万人以上の身元不明のフランス人兵士が眠るドゥオモン墓地"VERDUN-OSSUAIRE DE DOUAUMONT5" ©Ketounette(Feburary 2008)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
15%が戦死あるいは負傷というのは恐ろしいことです。団塊の世代は50人学級、今は少子化で30人をきったりするようですが、中間をとって40人学級で想像しましょう。クラスの6人が死亡や負傷する計算です。いつ自分が死んだり、深刻な後遺症が残る負傷をしてもおかしくありません。 |
マスク未着用者を乗車拒否するシアトルの路面電車(1918年) |
さらに第一次世界大戦を終わらせたともされるスペイン風邪は、通常インフルエンザの犠牲となる子供や老人ではなく、なぜか多くの健康な若者が亡くなりました。 アメリカで1918年から1919年までのスペイン風邪による死者の99%は65歳未満で、ほぼ半数が20歳から40歳でした。1920年死者の92%が65歳未満で、日本でも同様の傾向がありました。 当時の世界人口は18〜19億人の中、死亡者数は1億人超とされ、20人中1人以上が亡くなった計算です。 |
40人学級で戦争による6名が死亡あるいは負傷し、追い打ちをかけるようにさらに2人が死の流行病で亡くなった感じです。戦争が終わってもマスク着用、うがいやワクチンの推奨など、さらに数年間に渡り出口が見えない陰鬱な世界が続きました。 |
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『勝利の女神』ガーランドスタイル ネックレス イギリス or フランス 1920年頃 ¥6,500,000-(税込10%) |
『Heaven's Ladder』ダイヤモンド ネックレス イギリス 1920年頃 ¥2,200,000-(税込10%) |
『サンバースト』ダイヤモンド ブローチ イギリス 1920年頃 SOLD |
それが解放されたことで生み出されたアールデコ初期の宝物だからこそ、生きることへの謙虚な姿勢と、明るい未来を作り、犠牲になった大切な人たちの分まで、何1つ無駄にすることなく楽しく生きてことへの強い意志が感じられるのです。 勝利のトロフィーは古代ギリシャの勝利の女神に由来します。戦勝国としてということのほか、生き延びたこと、死に対する勝利を感謝してのデザインかもしれません。天国への梯子は、『生命の木』を昇るのと同義です。精神や魂を磨き、復活後に約束された不滅の体を目指すものです。これも死に対する勝利の象徴でもあります。サンバーストもまさに夜明け、新しい始まりの象徴です。 |
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| 20世紀前半のデザインの変化 | |||
| エドワーディアン | アールデコ | インターナショナル・デザイン | |
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若者が身近な死を実感したことで、生きられることが当たり前ではないこと、いつ死んでも良いよう今を大事に生きる大切さを知りました。それが生き残れた若者たちによる『狂騒の時代』であり、若い上流階級の『眩い若者たち(ヤング・ブライト・シングス)』と呼ばれた存在でした。生きていることが当たり前、死を間近に感じたことのない軽佻浮薄な現代のパリピみたいなものとは似て非なるものです。 恐怖や恋愛の緊張感のようなものは、人間の機能としてそう長く極大状態は続きません。やがてそれらの経験や感情は消化吸収され、それぞれの存在の一部として馴染んでいきます。 |
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今回のように生と死を強く意識した宝物は、全世界が強く感情を揺さぶられた特殊なタイミングである、アールデコ初期にのみ創ることができた奇跡なのです。 |
| ヤング・ブライト・シングスを代表する一人 エリザベス王太后 | |
ヨーク公爵夫人時代のエリザベス王妃(1900〜2002年)1925年、25歳頃 |
ヨーク公爵夫人時代のエリザベス王妃(エリザベス女王の母)(1927年、27歳頃) |
有名なヤング・ブライト・シングスの一人で、クイーン・マザー(エリザベス王太后)も、10代の多感な時期に第一次世界大戦とスペイン風邪のパンデミックを経験しています。兄4人が陸軍に従軍し、ファーガスは1915年に26歳で戦死し、埋葬場所の記録が失われてしまったため合葬されました。別の兄マイケルは1917年に戦闘中、行方不明となりました。その後、負傷して捕虜となっていることが分かり、戦争終結後に再会できました。自身もスコットランドのストラスモア伯爵家の居城グラームス城は接収され、戦時負傷者の療養所として使用されたため、負傷者の看護を手伝っています。近親者に加え、多くの人々の生と死を目の当たりにしました。 |
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| ヤング・ブライト・シングスを代表する一人 エリザベス王太后 | |
戦時中のチャリティー・セールでのレディ・エリザベス(1900〜2002年)1915年、15歳頃 |
王太后エリザベス・ボーズ=ライアン(1900〜2002年)"H.M.The Queen Mother Allan Warren" ©Allan Warren/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
クイーン・マザーは周囲も驚くほどお酒を好きなだけ飲み、美術品コレクターとして絵画やファベルジェのエッグ、宝石やジュエリー、さらに馬など総額7,000万ポンド相当の財産を所有しました。競馬も大好きで、所有馬で500回もレースに勝利しています。ヤング・ブライト・シングスらしい話です。ちなみにHERITAGEに宝物を紹介してくれるロンドンの老舗ディーラーも、クイーン・マザーへの納入実績があります。守秘義務的マナーもあってペラペラ喋りはしませんが、王侯貴族のためのハイジュエリー専門なので特別なことではありません。 地位のある大富豪の散財は妬みを得ることもありますが、クイーン・マザーは国民から愛される性格で、近年のロイヤル・ファミリーの中でも屈指の人気を誇り、英国王室の評判を高めることに大きく貢献したと評価されます。100歳を超えても崩御する数ヶ月前まで公務をこなし続け、101歳の天寿を全うしました。 80代、90代でもう十分と考えそうなものですが、可憐な肉体に宿るこの不屈の精神力は、やはり多感な時期の体験にあるでしょう。ただ意味なく散財するのではなく、早逝した皆の分まで思い切り人生を楽しみました。それだけでなく、生かされた者として最後まで責任の全うに尽力しました。だから全ての行動に重みがあり、国民からも愛されたのでしょう。 |
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2-3-3. 高貴な精神性を感じる美しい宝物
ヨーロッパの王侯貴族は古代ギリシャ・ローマ文化に詳しいだけでなく、キリスト教を始めとした宗教にも精通しています。一般人が知っているような表面的なレベルではなく、秘密の叡智に基づくより深い部分までです。 |
キリストの復活と昇天(アンドレア・マンテーニャ 15世紀) |
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『復活』(1457-1459年)↑『東方三博士の礼拝』(1462年)→ |
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肉体の死は終わりではありません。最後の審判の後、条件を満たした者は死者であっても新しい肉体を与えられ、理想的な『千年王国』で復活して生きることができます。自由に飛び、瞬間移動し、衰えることのない不滅の体で過ごします。食べなくても平気ですが、食べることもできます。 |
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『パーム・サンデー(エルサレム入城の日)』(ピエトロ・ロレンツェッティ 1320年) |
復活して新しい不滅の肉体を手に入れたキリストは、死への勝利の体現です。それを不死鳥フェニックスの羽根に模した、ナツメヤシ(フェニックス)の葉で象徴しました。その肉体は、目には見えない神々の不老不滅の肉体と同等です。 |
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神の義、つまり神の眼からみて正しいことを実行した『義人』でなければ新しい肉体は与えられません。この小さな宝物には王侯貴族ならではの教養とセンスのみならず、義人として生きる気概までもが詰め込まれているのです。それ故の、心を強く揺さぶる美しさなのです。 |
3. 王侯貴族ならではの芸術性の高い上質な作り
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王侯貴族のためのアンティークのハイジュエリーは、女性の正装用を除き小ぶりな場合が多いです。 現代ジュエリーは高級ブランド品であっても合成石や、天然であっても処理石など稀少価値のない場合が殆どです。同じスペックでいくつも売れることからも察するべきです。 |
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貴金属もアンティークの時代と比較すれば、相対価格自体はかなり安くなっているためたっぷり使えます。小さく精密に作る技術がないことも相まって、無骨で悪目立ちするのものが多いです。アクセサリーのデザインもそれに準じます。どちらも材料費が安いこともあり、販売者にとっては大きい方が高く売りやすいこと、成金嗜好の顧客にとっては分かりやすく自己顕示しやすいこともあって、巨大さを追う傾向にあります。 古の王侯貴族は微細化する方が技術とお金がかかることを理解しています。だから小さくて良いものこそ価値が高いことを知っており、持ち主の教養やセンスを反映させるジュエリーにもそれを好みます。コンパクトな高性能スマホを好んで使う王侯貴族に対し、背負って歩く昔の巨大な携帯電話をこれ見よがしに自慢するのが成金庶民という感じです。分かっている人には間抜けに見えますが、成金嗜好の人は本気でそれが良いと信じています。 |
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成金嗜好で本当に良いアンティークジュエリーを知らない人は「思っていたより小さい。」ことを嫌がりますが、HERITAGEでは常連のお客様ほどむしろお喜びになってくださるのが印象的です。 |
本体サイズは3.3×1.3cmですが、ロッククリスタルは2.9×0.9cmしかなく、幅1cmにも満たないキャンバスに神々に加えて乗り物と背景まで表現しています。ここまでこだわるのはどちらかと言えば紳士ならではの特徴で、メンズ・ジュエリーとして作られた可能性が高いと感じます。いかにも王侯貴族好みのジュエリーです♪ |
3-1. 微細で豊かな彫刻に驚くロッククリスタルの芸術
3-1-1. 価値の高いロッククリスタルの透明なキャンバス
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大きさだけ言えば、過去にもっと大きなロッククリスタルの宝物はいくつかありました。 |
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『摩天楼』アールデコ ブローチ イギリス 1930年頃 SOLD |
『摩天楼』のブローチは、ヨーロッパでもジャンルとして黎明期だった時代から、アンティークジュエリーを40年以上も見てきたGenも感激した後期アールデコの最高傑作です。 縦横4.4×3.4cm、対角線は5.6cmにもなる透明なロッククリスタルが使用されています。 |
石英の結晶(ブラジル産)18×15×13cm" Quartz Brésil " ©Didier Descouens(2010)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
| 天然石であるロッククリスタルの原石そのものは大きくても、透明度の高い部分は先端のごく僅かです。ロッククリスタルの成長は非常に遅く、早くても100年で1mm程度しか成長しません。大地の奥底で安定した環境が保たれている必要があり、2cm以上の大きさになると極端に少なくなります。20mmということで、2cmサイズでも2,000年以上かかっているということです。だからこそ日本でも古い時代は『玻璃(はり)』と呼ばれ、稀少価値の高い宝石として珍重されてきました。 |
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この宝物のロッククリスタルは2.9×0.9cmなので、この部分だけで最低2,900年以上かけて形成されたものです。原石の中で使える部分の少なさを考えると、1万年を超える年月がかかっていてもおかしくありません。 |
| エリザベス1世の宮廷占星術師ジョン・ディーの水晶玉 | ||
イングランド女王エリザベス1世(1533-1603年) |
ジョン・ディー(1527年-1608または1609年) |
ジョン・ディーが使用していた水晶玉(1527-1608年) " John Dee's crystal, used for clairvoyance and for curing dis Wellcome L0057562 " ©Sience Museum Group, in the United Kingdom(09:31, 17 October 2014)/Adapted/CC BY- 4.0 |
女王エリザベス1世の寵愛を受けていた、宮廷学者・宮廷占星術師ジョン・ディーの水晶玉です。ジュエリー用だとインクリュージョンのないものが好まれますが、水晶玉に浮かび上がる景色で占う性質上、透明な中に絶妙なインクリュージョンがある水晶を使ったようです。 |
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ジョン・ディーの水晶玉(1527-1608年)【引用】Wellcome collection ©Wellvome collection |
現代の水晶玉占いでは巨大なイメージがありますが、本物の天然水晶製だと宮廷で使われていたものであっても小ぶりです。当時の天然水晶としては、大きくて稀少価値の高いサイズでした。 現代では合成水晶の技術が確立されていますが、それでも成長が遅いことからそれなりに高価です。 |
見分けが難しい天然水晶・合成水晶・溶融ガラス・アクリル【引用】Infonix / それって本物?水晶とガラス・人工水晶の見分け方 ©天然石・パワーストーン Infonix |
見分け方はありますが、天然石にこだわっているというInfonixさんのサイトによると、天然水晶と合成水晶の場合はプロでも見分けられないそうです。特に大きくて質の良い天然水晶は現代でも稀少価値が高く、数百万円どころか1,000万〜1,500円以上の値段がつくものもあるそうです。だから詐欺師にとってフェイクを作る旨みがあり、そのための技術開発も日進月歩でわざと若干の色味をつけたり、クラック(内包物)を入れたりもするそうです。上質な本物を手に入れるのが難しいのは、どの業界も共通ですね。落として割れるリスクも考えると、そこら辺の占い師が使っているは安価な溶融ガラスの可能性が高いです。 |
『幻惑の宝石』知られざる美しい宝石:ジルコン(風信子鉱) イギリス 1880年頃 SOLD |
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| ロッククリスタルは複屈折の性質があります。特に複屈折が強い宝石としてジルコンがあり、ブローチのピンが二重に見えるのがお分かりいただけると思います。 |
(a) 等方性の結晶, (b) 異方性の結晶, (c) アモルファス(非晶質)【引用】Nikon MICROSCOPY / 複屈折の原理 © Nikon Solutions Co., Ltd. |
Nikon MICROSCOPYさんの教育ページ『複屈折の原理』が詳しいですが、複屈折は分子的に規則正しい配列を持つ透明な物質で発生します。(c)のような分子配列が結晶構造を持たないアモルファス(非晶質)のガラスでは起きません。また、光学軸に対する偏光方向の違いによって、2つの異なる物質の屈折率を与え、光を二重に分けます。だから透明な結晶であっても、(a)のように結晶構造がどの方向に対しても同じ『等方性』ではダメで、(b)のように『異方性』を持つ必要があります。 |
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ガラスか水晶かの見分けは簡単で、水晶の場合は複屈折によって、透過した背景の輪郭は滲んで見えます。複屈折の出方は厚みにも依ります。このロッククリスタルはそこまで厚みがなく、ロッククリスタル自体はそこまで複屈折が強くありませんが、それでも右端のブローチ・ピンの先端と比較すると、ロッククリスタルを介したブローチ・ピンは輪郭がボヤけていることがお分かりいただけるでしょう。ちなみに合成水晶が成功したのは1948年頃なので、時代的にも間違いなく天然水晶です。ガラスだった場合、ピンの輪郭は滲まず明瞭に見えます。 |
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厚みが全くないわけではなく、縁に施された面取りからもご想像いただける通り、インタリオを彫り込んだり透明感を感じるための程よい厚みがあります。 |
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透明さを活かし、背景を透かして面白い画像を撮影しようと思ったのですが、想像とは異なる幻想的な景色が見えました♪小さな宝物なので微細構造も大きく見えますが、レンズ効果も出たのでしょうか。まさに神々の住む別世界でも覗き込んでいるようです。これぞ本物の水晶パワー!(笑) |
3-1-2. 微細かつアーティスティックな神技の彫刻
今回のリバース・インタリオは、キャンバス・サイズに対してかなり細かにモチーフを詰め込み、壮大で豊かなストーリーを感じさせる表現になっているのが大きな特徴です。 |
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等倍で比較すると、微細さを追った特異さがお分かりいただけると思います。それでいて3柱に乗り物、背景まで描いてストーリー性を出しています。分かりにくくて良いものの極みです!♪ |
それぞれ表現したい方向性が異なるだけで、優劣を語るべきものではなくオーダー主の好みなどの個性です。今回の宝物の持ち主はやはりこだわりの強い紳士で、お金に糸目をつけずオーダーした自慢のアイテムと感じます。 |
| 左からのライト | 右からのライト |
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実際より3倍近く拡大していますが、それでも分かりにくいでしょうか。立体彫刻だからこそ、光が当たる角度で陰影が変化し、雰囲気も変わります。陰刻のインタリオは通常、陽刻のカメオとは凹凸が逆です。だから封蝋や粘土に型押しするか、頭の中で立体処理ができる特殊な頭脳の持ち主でなければ楽しみにくいです。彫刻した逆側から眺めるリバース・インタリオは、奥行き方向がカメオと同じなので分かりやすいという利点があります。不透明なインタリオではできないことで、透明なロッククリスタルならではですね〜♪ |
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3-1-3. 勝利の女神から分かる教養
以下は、左右それぞれからライトを当てた勝利の女神です。さほど顕著な違いはありませんが、立体彫刻ならではの凹凸は感じていただけるでしょうか。どちらかと言えば、この大きさでこれほど巧みに細部まで表現しているのが信じ難いです。 |
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実際のサイズを考えると、凱旋車の細部に至るまでの描写に圧倒されます!背景も草木はそれぞれ異なる表現で、植生が豊かな美しい大地を駆け抜ける姿が伝わってきます。地面の小さな雑草まで、見事なものです。勝利の女神はヘアスタイルや衣服のドレープ、筋肉やフェニックス(ナツメヤシ/棕櫚)の葉を握りしめた指までしっかり彫刻されています。 |
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上方から覗き見ても非常にリアルです。美しく髪が編まれた頭部の形状、グリップする指の形、両足を包む衣服のドレープ・・。2次元の絵画では、物理的な制約によって不可能な表現です♪ |
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凱旋車を曳く2柱は男神です。いかにも力強そうな筋肉質の青年に対し、凱旋車に乗る女神は控えめな胸とふくよかなお腹が特徴です。 |
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現代の感覚だと女神様は巨乳イメージですが、大きな胸はユーモラスや滑稽、老齢の象徴として嘲笑の対象だったそうです。人口比のバランスが歪すぎる現代の方がむしろ異常で、男女とも若々しい健康的な肉体が理想とされのでしょう。子孫繁栄も重要事項であり、ふくよかな腰回りは安産型という感じでしょうか。 |
『キューピットとヴィーナス』ロッククリスタル リバース・インタリオペンダント イギリス 1920年代 SOLD |
議題『愛』ラーヴァ・カメオ ブローチ イタリア 19世紀初期 ¥580,000-(税込10%) |
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| 古代ギリシャ・ローマは王侯貴族に必須教養であり、どの時代のジュエリーでも、そのような身分の人のものであれば正しく表現されています。 | ||
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とは言え、この宝物はこのサイズでそれがハッキリと分かることに本当に驚きます。HERITAGEでは専用の高価な撮影機材を使いこなすことで、明瞭な拡大画像として確認できますが、スマホやデジカメでは無理ですし、普通のルーペなどではよく分からないようなレベルです。 気づくと大感激する表現であり、かつそれを具現化した神技です!!♪ |
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3-1-4. 力強い従神たちの表現
肉体表現の見事さに関しては、裸体の雄々しい従神たちの彫りが分かりやすいです。現代では細マッチョなどや、見せるためだけで役に立たないボディビルのような体型ばかりを目にします。その感覚で見てはいけません。少し前の時代の洋画をご覧いただくと分かりますが、主演男優は現代の感覚で見ると細くなく、少し太めに感じるほどです。ただしデブではなく、健康的に筋肉がついた中肉中背という感じです。 |
『大脱走』(1963年)左:主演スティーブ・マックイーン、33歳頃 |
凱旋車を曳くという意味で、恋愛映画でなく男らしい映画をご参照ください。左が『大脱走』(1963年)の主演スティーブ・マックイーンで、1930年生まれなので33歳頃です。「男が憧れる男」と言えば、こういう感じでしたね。カッコいいバイクのシーンは、モトクロスのGenも彷彿とします。 |
Genのモトクロス用のバイク(1967年頃) |
Genが16歳頃に『大脱走』が放映されました。まだ男性が、良い意味で男らしかった時代ですね。高校時代はこっそり父親のスクーターで通学していました。米沢藩の元藩校なので進学校でしたが、大学進学せず骨董商の家業を手伝いつつ、20歳頃はレーシング・チームを組んでモトクロスに明け暮れていました。未舗装の道を走るのでバイクもドロドロです。50台が一斉にスタートするのでハンドルはかち合い、当たり前のように転びます。普通に轢きながら進むそうで(死にはしません)、ハンドルが取られます。悪路そのものがハンドルを取られるだけでなく、お尻が痛くてとても座っていられないので腰を浮かせて失踪します。限界の集中力と共にアドレナリンも全開です。 |
![]() モトクロスで走るGen(1967年頃) |
天性の運動神経があるのに3位の話ばかりするので1位になったことはないのか尋ねたら、確実にプロになれる腕前の人が一人いたそうです。その人は最終的に白バイ警官になりましたが、その存在のせいで万年2位でした。大混戦の中で3位になったことを誇るのが、Genの飾らない人柄を表しています。毎回1位だとプロレーサーの道に進んだ可能性もありました。結局は怪我で辞めざるを得なくなったそうですが、これらの挫折がなければアンティークジュエリーというジャンル自体が存在しなかった可能性すらあります。存在できたとしても、今のような形ではなかったでしょう。全て運命だったのかもしれませんね。 |
モトクロスのレース中のGen(1967年頃)20歳頃 |
これくらい大ジャンプすることもあります。現代のスマホと違い、シャッター・チャンスが難しいので価値ある1枚です。皆に年賀状としてばら撒くための、練習用の下書きが1枚だけ残っていました。 |
西竹一と愛馬ウラヌス(1932年) |
愛馬による車越え"Imperial Baron Nishi" ©キノトール(2006年6月2日)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ちなみにオリンピック金メダリストの日本貴族バロン西も、愛馬ウラヌスと愛車クライスラーで車超えするこの写真が大のお気に入りで、やはりサインしてばら撒いていたそうです。男性はカッコつけてこそですね。確固たる自信がある人に人々は惹かれるものであり、自然とモテるものです。男らしく振る舞うこと(良い意味で)、カッコつけることを貶す男性もいますが、逃げや怠惰の心が透けて見えますし、ただの妬みにしか感じられずカッコ悪いです。人には向き不向きがあります。繊細なことに秀でた男性もおり、それは大切にして大いに伸ばせば良いと思います。男らしい男性、繊細なことが得意な男性、色々いてこそ楽しい気がしますが、現代は前者がなぜか存在しにくい世の中となっており、バランスが悪く違和感を感じます。 |
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『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』(1980年頃)クリント・イーストウッド50歳頃 |
バロン西は長身のハンサムで有名ですが、欧米の軍人すら無理だった大型の馬を乗りこなすだけの太ももの筋力がありました。スティーブ・マックイーンと同じ1930年生まれのクリント・イーストウッドも身長が193cmあるのでスラッと細身に見えますが、西部劇では馬を乗りこなす脚力、『ダーティ・ハリー』では重い拳銃を身体から離した状態で使いこなす腕力が必要なので、やはり体幹も筋力もしっかりしています。 |
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『デブ』が不健康の象徴となったのは、歴史で見ればごく最近です。日本も少し前まではデブはおおらか、デブは力が強くて健康というポジティブなイメージも多分にありました。現代のデブは筋肉がなくブヨブヨの脂肪だらけですが、昔は豊富な筋肉の上に程よく脂肪が乗った力強い健康体こそが『体格が良い人』だったのです。まさにこの体躯です!♪ |
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豊かな立体表現がなされており、光の当たる角度で筋肉の表情も変わります。右の画像の方がそれが分かりやすいでしょうか。 |
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上方から覗くと、女神同様にリアルなフォルムが分かります。奥行きある両腕の表現、踏ん張る足や踵、引き締まった臀部の筋肉。さらには西洋人らしい、少し飛び出した立体的なアゴも再現しています。足元の雑草と言い、大きさを考えるとどうやって彫刻したのか不思議なほどです!! |
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神々の目鼻立ちや表情がはっきり表現されていないのは意図したものです。それらを明瞭すると、途端に神々しい気配は消失し、人間と変わらなくなってしまいます。技術がないからではなく、意図されたものです。いや〜、本当に素晴らしい傑作です!!♪ |
3-1-5. ロッククリスタルと振動/波動
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通常は目に見えず気配なき神々をロッククリスタルに表現しているというのは、科学的な見地からも大変魅力があります。 |
キュリー圧電補償器"Top view of Curie piezo electric compensator! ©Dougsim(30 May 2019, 12:19:32)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
ロッククリスタルは圧電性があります。1880年にフランスの物理学者キュリー兄弟が圧電効果を発見し、水晶発振器として応用されてきました。 無線通信や精密なクォーツ時計、コンピュータなど現代までエレクトロニクスに必須の存在となっています。 ロッククリスタルは交流電流をかけることで共振を起こし、精度の高い周波数を発振します。 |
石英の結晶(ブラジル産)18×15×13cm" Quartz Brésil " ©Didier Descouens(2010)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
クリスタルの無色透明で美しいフォルムも大いに魅力ですが、その特殊な性質こそが実は重要です。 ファンタジーなどで登場するクリスタルを使ったエネルギーや、フリーエネルギーの増幅などはあながち根拠がないわけではないのです。 限られた者だけに継承されてき秘密の叡智『天球の音楽』、秩序ある調和した宇宙としての『コスモス』、全てのものに存在する固有の振動という概念が理解できていると、よりこの重要性が実感できるでしょう。 |
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電子機器に使用される水晶は1秒間に数万〜数千万回も振動します。クォーツ時計は1秒間に3万2,768回(32.768kHz)という周波数に設定されています。 人間には知覚できない神々は、人間より高い周波数帯に存在し、神々が気まぐれで低い周波数に降りてくると特定の人間は受信可能となって(チャンネルが合って)知覚できるという見方があります。その辺りも計算してロッククリスタルという素材を選び、この表現にしたと感じます。透明でも、今回はガラスではダメなのです♪ |
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3-1-6. センス抜群の面取りフォルム
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良いものは隅々まで美意識が行き届いています。ロッククリスタルのキャンバスの形状に注目すると、単純な長方形でなく、四隅を内側に曲率をつけてカットしています。 |
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かなり横長の八角形と言えます。四隅をどの程度カットするのか、内側への曲率はどの程度にするのか、決まった正解はありません。職人の美的センス次第です。実際の大きさを考えると、僅かに削り過ぎても雰囲気が激変します。ピタリと最高のフォルムを完成させています。これぞアールデコの第一級の職人技ですね!♪ |
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この複雑な形状で、外周に面取りが施されています。実物を見た時に、厚みが強調される効果があります。厚みや立体感は高級感などの印象に直結するので、立体デザインは極めて重要です。これこそが『分かっている人』の最高級オーダー品の証でもあります♪ |
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上部の面取りを見ると、美しく磨き上げられていることが分かります。右上はキズではなく、フェニックス(ナツメヤシ/棕櫚)の葉上部が映り込んだものです。左上に女神の頭部が映り込んでいることからも、お分かりいただけると思います。透明度の高いロッククリスタルであること、さらに磨き仕上げが完璧である証です。 |
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正確な角度で削っているので、面取り部分の厚みは均一です。僅かでも斜めに削ると、並行な線は出ません。天然石の加工は一発勝負でやり直しが効かないので、相当な集中力で行ったはずです。今でもピリリとした、神技の職人の心地よい緊張感が伝わってくるようです♪ |
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これは下側からの撮影です。こうして見ると、凱旋車を引く手綱の緊張と緩ませ具合も実に自然で絶妙です。彫師の抜群のセンスを感じます♪ |
3-2. 極小ローズカットの額縁による気品と孤高の美
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優れた絵画には相応しい額縁があしらわれるものです。 最高の教養と美意識を持つオーダー主と作者が、リバース・インタリオの至高と言えるこの作品に選んだのが極小ローズカット・ダイヤモンドを駆使した額縁です。 この額縁があってこそ、他の追随を許さぬ孤高の作品に仕上がっています♪♪ |
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3-2-1. 20世紀に消えていった極小ローズカット・ダイヤモンド
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19世紀までは当たり前のように王侯貴族のハイジュエリーに使用されて極小ローズカット・ダイヤモンドですが、現代ジュエリーで見る機会はありません。 |
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『美しき魂の化身』宝石の蝶のブローチ イギリス(推定) 1870年頃 ¥1,600,000-(税込10%) |
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3-2-2. 現代とアンティークのローズカット・ダイヤモンドの違い
戦後、新たな購買層となった新興成金や中産階級で儲けるために、生産コストのかかる優れたアンティークジュエリーは邪魔な存在でした。このため宝飾業界は4Cなど、業界にとって都合の良い新ルールや規格を作り出し、生まれたてのヒヨコ同然の無知な消費者をそのルールで染めました。 |
| 【参考】現代のローズカット・ダイヤモンド リング | |
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こうして意図的に基準に合わなくしたアンティークジュエリーを、市場から駆逐しました。感覚ではなく知識でしか判断できない頭デッカチな人がいかに多いかの現れでもあります。ジュエリーを初めて買う層は、業界が勧めるものを疑うことなく大金を出して買ってくれました。しかし需要が一巡すると、売れなくなりました。実力がない、下駄を履かせただけのハリボテに魅力などあるわけもなく当然です。ネタ切れとなった結果、それまでけなしてきた古いカットを恥ずかしげもなく使ってPRしたりしています。 |
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【参考】オールドカット・ダイヤモンド リング(現代) |
ローズカット自体は技術的に作れなかったわけではなく、宝飾業界がブリリアンカットで楽して儲けたいがために作られなかっただけです。 だから作ろうと思えばいくらでも作れます。ただ作りは現代なので、目立つ爪や、芸術性のないデザインでしかなくアンティークの高級品とは似てもいません。 |
アンティークの安物とは似ているので、やたら似たようなデザインのこの手の製品が多く出回っているのはこのせいです。ルネサンスのGenの頃から市場の枯渇はお伝えしています。振り返ってみれば、Gen曰く、「元々グッとくる本当に良いものは昔も滅多に出てくることはなくて、いわゆる売れ筋とされる売りやすいものが枯渇状態にあるようだ。」とのことでした。HERITAGEクラスの宝物はリプロを作ろうとしても無理な上に、コストも合いません。しかし、安物市場にフェイクが氾濫しているのはそのせいです。 |
| 【参考】現代のローズカット・ダイヤモンド ジュエリー | |
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ご注目いただきたいのは、現代のカットは工業製品としてのものなので、対称性が不自然に高すぎることです。全体の形状、三角形のファセット、全てが規格を揃えて量産カットされます。大きくても小さくてもです。 |
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| 19世紀初期の最高級ローズカット・ダイヤモンド リング | |
ダッチローズカット・ダイヤモンド リングイギリス 1820年頃 SOLD |
ダッチローズカット・ダイヤモンド リングイギリス 1820年頃 SOLD |
動力を手回しに頼っていたハンドカットの時代でも、最高級品はなるべく対称かつ精緻にカットしようとする方向性はあります。ただしダイヤモンド自体が現代とは比較にならぬほど貴重でしたから、なるべく無駄が出ないよう、1つ1つの原石の個性を見極めてそれぞれを唯一無二のフォルムに仕上げるのが当たり前でした。1石1石が高度な技術と真心を込めた作品なのです。 |
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手作業のローズカット・ダイヤモンド |
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| 【参考】現代の機械によるローズカット・ダイヤモンド | |
人間が全員同じ顔だったら違和感がありますし、正直、気持ち悪さも感じます。相似で全て同じ形を寄せ集めただけの現代ジュエリーは、それと同様の不自然さを感じます。芸術性のない工業製品を身につけてテンションが上がる人は、思い込みあってこそでしょうか。 左の宝物は、ダイヤモンドが枯渇して至高の宝石となった1860年代の最高級品です。メインストーンの中でも特に右側のダイヤモンドはGenのお気に入りで、「三角おむすび♪」と呼んでいました。原石の元の形状も想像できますね。宝石それぞれに個性があり、全体として調和することで美しさや芸術性として感じられるのです。 |
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3-2-3. 現代ジュエリーにはない極小ローズカット
現代のローズカット・ダイヤモンドの大きさは様々ですが、ダッチ・ローズカットしか目にすることはありません。小さい石でもコンピュータと機械を使って安価に精密なカットができることもありますが、アンティークのハイジュエリー・レベルの極小ダイヤモンドはそもそも使わないからです。 |
| 【参考】現代のローズカット・ダイヤモンド ジュエリー | ||
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このようなものは『ダイヤモンド』という理由や、『古の貴族が愛したローズカット』というスペックだけで買う人向けの製品なので、それが見た目に分かりやすい必要があります。 日本人の全てが美意識が高いわけではありません。むしろ古の日本の『商売人』は、アンティークの時代でも海外では明確な非難の対象になるほど商道徳のない人種でした。それらの有力商人が現代の大手企業につながっており、日本市場を形成しています。だから根っこは同じです。金儲け目当てに踊らせる方も、そんな連中に簡単に踊らされる方も程度は知れています。ただ、日本人は残念ながらそちらの方が圧倒的多数です。 言われたことを鵜呑みにする傾向が強い民族性と、商人の口先八丁の謳い文句との親和性が抜群だからです。 |
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【時を奏でる小さな宝物】『ダイヤモンド・ダスト』 エドワーディアン ギロッシュエナメル ペンダント・ウォッチ フランス(パリ) 1910年頃 ¥15,000,000-(税込10%) |
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日本人の中でも僅かな割合で、たとえ誰かに教えられずとも、ヨーロッパの古の王侯貴族と美意識や価値観を共有できる人たちが存在します。 HERITAGEがお取り扱いする宝物を理解できる、皆様のような方々です。 このペンダント・ウォッチは時計好きでいくつもお取り扱いしてきたGenが40年以上見てきた中で、飛び抜けて最高と言えるものです。 ダイヤモンドは全てローズカットで、しかも本体にセットされたダイヤモンドは正直、肉眼でほぼ視認できません。 |
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しかし、拡大するとビッシリと随所に散りばめられています。カットもセットも信じ難いレベルの神技です。職人によるハンドカットなので、もちろん1粒1粒に個性があります。その個性を見極め、100年以上経過しても脱落しないセッティングを実現しています!!♪ |
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職人なら誰でもできるというものではありません。また、機械生産は規格を均一に揃えたものを大量生産する時にのみ、その威力を発揮します。技術、コストの両方の面で、現代ではこのような宝物を作るのは絶対に不可能なのです。 小さ過ぎて、肉眼でダイヤモンドそのものの姿を視認することはほぼ不可能です。しかし、散りばめられた極小ローズカット・ダイヤモンドは、まるでダイヤモンド・ダストのような幻想的な煌めきを放ちます。 そこに価値を見出していたのが王侯貴族です。 |
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| 【参考】ジャンクのローズカット・ダイヤモンド リング(恐らくフェイク) |
こういうものもジョージアンのリングとして販売されていたりします。ローズカットというだけで納得する、頭デッカチの消費者が多いからこそ成立します。また、昔は技術が劣っているという思い込みがあるが故に、適当に作ったり、汚らしく後加工することで変に納得するようです。ジョージアンは貴族の人数がより限られており、庶民がジュエリーを買うようになる前の時代なので、安物は存在しません。こんな薄っぺらいメインストーンは違和感しかありません。デザインが無個性すぎるのも、不特定多数のターゲットを想定した現代人の発想です。 |
ジャルディネッティ ダイヤモンド リングフランス? 18世紀後期 SOLD |
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たわわなフルーツ・バスケットを表現したこのリングは、同じローズカットというスペックでも、石に厚みがあります。厚みは重要で、高級感がまるで違います。 |
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| ジャルディネッティ リング フランス 18世紀後期 SOLD |
同じローズカット・ダイヤモンドのジャルディネッティ・リングでも、透かしデザインだと清楚で気品ある雰囲気になります。石はもちろん厚みがあります。ローズカット・ダイヤモンド1つ見ても、とても奥が深いのです。 |
3-2-4. 極小ローズカットの転換点
現代ジュエリーで見られなくなった極小ローズカット・ダイヤモンドですが、その理由と転換点は何でしょう。1870年頃に始まった南アフリカのダイヤモンド・ラッシュに伴い、ダイヤモンドのカット技術が近代化されたことが原因の1つです。 |
| 【参考】現代のダイヤモンド原石のリング | ||
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ダイヤモンドの原石は、全てがカットして宝石として使えるわけではありませんでした。このような工業用途の品質は問題外として、劈開の性質が発見される以前は、そもそもカットすることができませんでした。 |
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劈開性は、結晶系が整った原石にしかありません。結晶が整っていないものはラフカットができず、宝石として使用することができませんでした。これは現代の比率ですが、天然ダイヤモンドの僅か6%程度しか使用できなかったのです(ソーヤブル原石)。その中でさらに品質の良し悪しがありました。 しかし1900年に電動ダイヤモンド・ソウが発明され、劈開を無視してカットできるようになると、新たに34%ほどのダイヤモンド(メイカブル原石とニアージェム原石)が宝石として使用できるようになりました。 |
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6%の原石しか使えなかった19世紀までは、稀少価値の高いダイヤモンドの原石を無駄なく使いました。 たとえばこのような八面体結晶だった場合、メインとなるオールドヨーロピアンカットを得た上で、残りの破片もローズカットとして利用します。 ローズカット・ダイヤモンドの底面がフラットな理由もお分かりいただけるでしょう。 |
6%しか使えなかったものが、突如34%が加わって40%利用可能となりました。約7倍近い量です。ただでさえ南アフリカからのダイヤモンドの供給量が莫大だった所に、電動ダイヤモンドソウの効果は凄まじく、ある意味ダイヤモンドは20世紀に入って使いたい放題となったのです。 |
3-2-5. 王侯貴族と成金の好みが拮抗した20世紀初期
19世紀後半から従来の貴族の力は衰えていく一方、産業革命で台頭した新興成金や、新しい国アメリカの新興成金が加速度的に力をつけていきました。新興成金はお金は持っていても、教養を含めたジュエリーに関する知識や経験はありません。 |
| 【参考】成金向けのダイヤモンド・ジュエリー | |
【参考】アールデコ・ダイヤモンド・ブローチ(1930年代) |
【参考】ダイヤモンド ブローチ(ブシュロン 1940年代) |
高度経済成長によって初めてジュエリーを買うようになった、日本の庶民と同じようなものです。「ダイヤモンドってお高いんでしょ?!」と、うっすらとした知識でさも自分は分かっている人間だと思い込み、ダイヤモンドが大きくて存在感があれば高級という判断基準で選びました。楽して金儲けしたい宝飾業界にとっても、相対価値が下がったダイヤモンドでボロ儲けできる好機となり、このような似たり寄ったりの成金向け高級ジュエリーが量産されました。 |
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『永遠の愛』エドワーディアン ダイヤモンド ペンダント&ブローチ フランス? 1910年頃 ¥1,220,000-(税込10%) |
そのような無知を丸出しにする自己顕示欲の強い成金と、金儲けさえできれば良いという商売人の姿に従来の王侯貴族はドン引きです。 以前からダイヤモンドに慣れ親しんでいた王侯貴族にとって、20世紀のダイヤモンドの変化は「供給量が増え、価格が下がり、使いやすくなった。」という存在に過ぎませんでした。 大きいことや、たくさん使っていることがステータスの象徴となるわけがありません。 原石を無駄なく使うために得ていた極小ローズカット・ダイヤモンドですが、原石価値が低下すると、極小ローズカットは手間によるコストが無視できなくなりました。しかも成金は、小さな石にどうして価値があるのか理解できません(笑) |
いくらでも原石があり、大きなオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドが得られるのに、極小ローズカット・ダイヤモンドを作る意味はあるのか。そのようなジレンマが発生しました。アーティスティックな表現に、極小ローズカット・ダイヤモンドは欠かせません。印象的な鋭い閃光や、清らか透明感は極小ローズカットにしか表現できないものです。 |
『魅惑のトライアングル』エドワーディアン ダッチローズカット・ダイヤモンド ネックレス オーストリア 1910年頃 SOLD |
『至高のレースワーク』エドワーディアン リボン ブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
誰よりも極小ローズカット・ダイヤモンドの価値を理解していた従来の王侯貴族は、成金と差別化すべく率先して極小ローズカット・ダイヤモンドを使うようになりました。 それを象徴するように、徹底してローズカット・ダイヤモンドしか使わない最高級品も作られているほどです。 19世紀以前はなかった傾向で、明らかに意図されたものです。 |
『アルテミスの月光』ムーンストーン メアンダー ネックレス&ティアラ イギリス 1910年頃 SOLD |
ハート型ムーンストーン ペンダントアメリカ? 1910年頃 SOLD |
20世紀以降の極小ローズカット・ダイヤモンドは別格です。成金とは違うことを示すため、あしらいのダイヤモンドも徹底して極小ローズカット・ダイヤモンドを選んでいるものが最高級品には多くあります。威厳と気品に満ちているのは、そのような気概が背景にあるからです。 残念ながら従来の王侯貴族は新興成金に駆逐され、お供するかのように極小ローズカット・ダイヤモンドの孤高の輝きも失われてしまいました。 |
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極小ローズカット・ダイヤモンドと言っても大きさは様々ですが、この宝物は気配を消す神々の雰囲気を邪魔せぬよう、特に小さなローズカットを使っています。それだけに数も必要ですし、セッティングの技術的困難も激増します。まさに王侯貴族の最高級品に相応しいフレーム(額縁)なのです!!♪ |
3-2-6. 上質な極小ダイヤモンド
現代の極小ダイヤモンドは『メレダイヤ』と呼ばれ、基本的にはブリリアンカットです。ただでさえファセットの面数が多く、各面積が狭すぎる故にチラチラとした輝きしか放たないブリリアンカットですが、そのまま相似形で小さくすると一層輝きは弱くなります。 |
| 極小ダイヤモンドの取り巻きリング | |
| シングルカット | ブリリアンカット |
『新月』エドワーディアン ブルー・ムーンストーン リング イギリス 1905年頃 SOLD |
エメラルド・リング(ティファニー 現代)¥1,617,000-(2020.5現在)合成や処理については記載なし 【引用】TIFFANY & CO / Tiffany Soleste Ring ©T&CO |
そのような事態の解決策の1つとして、アンティークの最高級品ではシングルカットを活用します。オールドヨーロピアンカットを簡略化したカットで、面数を減らしてファセットの面積を大きくすることで、煌めきの強さと透明感を創り出します。小さいダイヤモンドへのこのカットは特別な技術と手間を必要とするため、王侯貴族のための高級品の中でも特に最高級のスペシャル・オーダー品でしか見ることはありません。 ダイヤモンドの美しさの違いは、現代のメレダイヤと比較すれば一目瞭然です。教養と知性を重視した王侯貴族のアンティークジュエリーには、深淵なるインテリジェンスが詰め込まれているものなのです。全ての設計に意味があります。 |
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ラージ リンク ピアス(ティファニー 現代)¥6,380,000-(2026.1 現在) 【引用】TIFFANY & CO / ティファニー ハードウェア ラージ リンク ピアス ©T&CO. 2025 |
但し、現代のメレダイヤが全く美しく感じられないのは、カットの問題だけではありません。 メレダイヤは質の悪い石を使うことは業界では有名です。左は高級ブランド品なので、まだマシなメレを使っていると思いたいですが、それでもこの程度です。 現代のダイヤモンドは酸処理は当たり前で、様々な後処理が存在します。インクリュージョンを漂白したり溶かしてガラスで充填したりして、パッと見では小綺麗に見せることができたとしても、光学特性は誤魔化せません。 最も違いが出るのがファイアでしょう。 |
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合成ダイヤモンドすら普及し始めている現代ですが、アンティークの時代は天然な上に無処理が当たり前でした。ファイアと言えばブリリアンカット系のオールドヨーロピアンカットをイメージしますが、条件が合えば極小ローズカットでもファイアは出ます。 |
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ほぼ視認は不可能なレベルですが、拡大すると至る箇所にファイアが浮かび上がっていることが分かります。 |
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青やピンク色だけでなく、画像右のダイヤモンドには虹色のファイアも見えます。ダイヤモンドの強烈な金剛光沢、透明感と共に、このファイアが美しさの肝です。 |
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ダイヤモンドに侵入した光が内部で複雑な反射を繰り返すことで分散し、ファイアとなって現れます。インクリュージョンやクラックがあると、光は散らされて消失します。処理石は一見すると透明に見えても、クラックやガラス充填した部分は光学特性が異なるため、光が直進できずファイアを生み出すことができません。内部のクオリティがシビアに効いてくるのがファイアなのです。 |
【参考イメージ】ガラスの表面状態による見え方の違い【引用】KGPress HP / ガラスについて ©KODAMA GLASS 株式会社コダマガラス |
内部だけでなく、反射面となるファセットの仕上げも重要です。同じ素材であっても、表面の粗さによって反射率は劇的に変化します。鏡面研磨と言われるほど滑らかになるまで磨かなければ、高い透明度も反射率も得られません。 |
【参考】現代の通常のブリリアンカットのテーブル左:反射しない時(チラチラした輝き)/ 右:反射した時(白っちゃけた輝き) |
これは磨き仕上げが甘いため、右の石は反射したテーブル面が透けて見えます。ダイヤモンドという素材自体は金属光沢レベルの反射率が出せるポテンシャルがありますが、それは完璧な磨き仕上げがあってこそです。これではガラスレベルの弱い輝きしか感じられません。 |
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徹底して磨き上げたダイヤモンドの表面は透けたりしません。 光を表面で全反射するからこそ、ダイヤモンドにしか出せない強烈な輝きが出せます。 視認できないほど小さくても、鋭い光として感じられます。だから極小ローズカットに意味があるのです。 それと共に、境界面で反射しやすいからこそ、内部で何度も反射を繰り返し、小さくてもファイアが出せます。 美しい煌めきと色とりどりのファイアは、最高品質の原石と、最高品質のカットの証であり、アンティークの最高級品でしか楽しめない美しさなのです! |
3-2-7. 神技のセッティング
現代のダイヤモンドは原石の個性に合わせてカットしません。統一規格に合わせてカットします。無駄が出ることを気にしないのは、稀少価値がないからできることです。 |
【参考】サファイア・リング(現代) |
イエロー・ダイヤモンド リング(ティファニー 現代)【引用】TIFFANY & CO / Tiffany Soleste Cushion-cut Yellow Diamond Halo Engagement Ring in Platinum ©T&CO |
全て同じ大きさと形状でカットするのは他にもメリットがあります。個性がないため、セットが楽で早いです。但し、人間で言えば全て同じ顔が並んでいる状態なので、同じようにしか輝きません。芸術性はなく精密な工業製品であり、そんなものを見ても、思い込みでもなければ心が動かされることはありません。 |
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【参考】以前に委託販売をお断りしたジャンクの問題箇所の拡大 |
1つ1つに個性がある古のダイヤモンドは、セッティングも高度な技術が必要です。1つ1つに合わせてフレームを彫らなければなりませんし、爪もなるべく目立たないようにしつつ、ジュエリーとしての使用に100年以上耐えられる必要があるので、感覚と技術の両方が必須です。下手な職人だと100年も持ちません。 これは他店の取扱品で、委託販売を希望して持ってこられた方は、こちらが断るまで接着剤の修理に気づかなかったようです。売る方も売る方ですし、買う方も買う方です。販売した人に持っていかないのは、このようなものを販売するような人は売って終わり、タダ同然で仕入れたジャンク品でボロ儲けできればOKなのです。委託販売なんてやりたがりませんし、責任も追いません。他店が高画質の拡大画像を掲載しない理由も、お察しいただけるでしょう。 |
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| 【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルのアール・デコ後期の14Kボンブリング |
ダイヤモンドを脱落しないようにするために、爪を大きくしたものもあります。脱落は防止できますが、宝石より爪が目立つようではジュエリーとして美しくありません。 |
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| 【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルのアールデコ後期のボンブリング |
これも爪が目立ちますし、全体の作りも汚いです。人間の手仕事で、精密な機械で作ったような仕上がりを実現するのは本当に難しいのです。Genも私も最高級品のみを扱うので、美しいのは当たり前と勘違いされても無理はありません。私たちは市場で様々なアンティークジュエリーを目にしますが、実際はこのような稚拙なものが殆どです。美しいものは心を癒してくれる一方で、Gen曰く「汚いものを見ると目が腐る。」ので、買い付けした後はGenはかなり消耗するそうです。それを癒してくれるのも、買い付けできた小さな宝物たちでした。 |
| ヴィンテージ・ジュエリー | |
【参考】ギルソンの合成エメラルド・リング |
【参考】チャザムの合成エメラルド・リング |
このヴィンテージのリングも、少し古い時代ならではの職人のハンドメイドです。目立つ爪に驚かれると思います。叩いて鍛える鍛造の作りは堅牢ですが、加工も難しいです。現代では鋳造(キャスト法)の技術が発展し、コンピュータを駆使した構造計算とデザインも相まって、ここまで目立つ爪にはなっていませんが、職人の気配は失われました。まあ、こういうものと比べば現代ジュエリーの方がマシに感じますね。 |
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ロッククリスタルの四隅の形状に合わせて、プラチナのフレームも複雑に造形されています。そこに隙間なく精密に極小ローズカット・ダイヤモンドが整列しています。これだけ拡大しても爪は存在感がなく、それでいて1石たりとも脱落していません!!♪ |
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それと共に、通常のハイジュエリーよりさらに微細なミルグレインも、実に精緻な仕上がりです。磨き上げられた粒1つ1つがプラチナならではの白く強い輝きを放ち、凱旋する女神たちの図像を惹き立てます♪ |
| 【参考】鋳造(キャスト法)のミルグレイン | |
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現代ジュエリーのミルグレイン |
アンティークの最高品質のミルグレインは、形状はほぼ視認できません。輝きを楽しむためのものであり、非常に微細です。 現代ジュエリーはよく分かっていない人がデザインするようで、ブツブツさえあれば良いと考えているようです。視認できるほど大きなミルグレインは、ブツブツ恐怖症の人には気持ち悪さしか感じられないでしょう。鋳造(キャスト法)で作る場合、型離れの良さや空気を噛まない構造を必要とするため、アンティークの最高級品レベルの微細なデザインは不可能です。 |
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この美しさは、アンティークの最高級品にしか出せません。 いかに貴重で尊いものかご想像いただけるでしょう。真心のこもった小さな宝物は、いつの時代も見る者の心を癒してくれます・・♪ |
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裏側
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裏側もスッキリとした綺麗な作りです。ピンにフランス製のプラチナを示す犬の刻印があります。プラチナの分量の多さも特筆すべきものです。 |
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| 【参考】1910〜1970年のプラチナとパラジウム価格の推移 |
エドワーディアンの、プラチナにゴールドバックの作りは有名です。供給量が制限されていた初期はともかく、お金さえ出せば手に入るならば、通常の上流階級はお金に糸目をつけることなくオール・プラチナにします。プラチナは爆薬や化学兵器などの触媒として重要で、1914年から始まる第一次世界大戦で、国家の存亡にすら関わる重要物資としてジュエリーへの使用が制限されました。高くて買えないのではなく、そのような背景により1910年代もゴールドバックの作りなのです。 世界最大のプラチナ供給国ロシアで1917年に革命が起こり、プラチナの供給が混乱したことによってさらに価格が上昇します。数年に渡る長期戦とその後もくすぶる世界の状況によってプラチナ価格は高騰を続け、1920年頃には金の8倍近い価格まで跳ね上がります。 |
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ストッパー付きのブローチ金具も、見えない裏側にも関わらずプラチナをたっぷりと贅沢に使っています。長く愛用し、心の満足を得るためのものです。ケチっては、その性能は備わりません。しかし、これほどの全力投球は、周囲の人たちが若くして亡くなった時代だったからこそと言えるかもしれません。 |
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私も大学時代の19歳と20歳の時、夢と希望でいっぱいだった同級生が相次いで旅立った経験があります。それぞれ"簡単な手術"だったり、風邪をこじらせてという、恐らく本人たちもは想像していなかった死です。中学2年世の時、受験を控えた1学年上の誰かが寝ていたら翌日突然死していたと聞いたこともあります。多くの方はこのような経験はあると思います。自分事と考えるか、自分には関係ない他人事と捉えるかは共感力の差でしょう。亡くなった方の死を無駄にせず、私は「お思い立ったが吉日」という行動原理で生きるようにしています。少しくらい自信がなくても、背伸びするくらいで良いのです。そうでなければ成長なんてできませんから・・。 年齢的にはいい年でも、「自分にはまだ早い。」と発言する人もいます。いつまでも生きていると、心の底から信じているからこそ、いつまでも待つことができます。 |
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ただでさえ強靭なプラチナを鍛造で全体にたっぷり使っているので、かなり堅牢です。犬の刻印以外にも複数の工房印らしき刻印がありますが、小さすぎて一部が途切れていることもあり、詳細は不明です。 |
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極小ローズカット・ダイヤモンドの裏側の窓もフレームに重なって見にくいですが、非常に精緻な作りです。高さを出してセットしており、裏側から十分に光が取り込めるので、ダイヤモンドは美しい透明感と煌めきを放ちます。これだけ小さいにも関わらず、リバース・インタリオ彫刻部のマット加工も均質で見事なものです♪ |
着用イメージ
お召し物は白以外であれば、インタリオのモチーフは視認しやすいです。濃い色ほど、神々の姿がハッキリと浮かび上がります。 |
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実に芸術性の高いジュエリーです。まさにアンティークジュエリーの真髄と言える、小さな宝物です♪♪ このような宝物をドレスに合わせるのも素敵です。現代のパーティでは中身のない、ただ大きくて目立つだけのアクセサリーを着ける人も散見しますが、モノだけでなく人すらもチープに感じられることは否めません。古のヨーロッパの王侯貴族に裏打ちされたこのようなコーディネートは、逆に目立つでしょう。ネックレスやピアス、ブレスレットやリングなど他のアイテムとコーディネートすれば。十分に華やかな装いにもできます。付ける位置を限定しないブローチは使い勝手が良く、HERITAGEのお客様はブローチが好きな方が多いのも自慢です。きっと色々と楽しめると思います♪ |
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余談
この宝物は着けて楽しむだけでなく、プライベート・コレクションとして手元で眺めて楽しむ美術品としての価値が特に高いです。眺める時の気分や、人生のどのタイミングでご覧になるかによって、様々な景色が見えるはずです。 |
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生命の木たるフェニックスが育つ、遠い遠い異国の地。天使の羽根のようなフェニックスの木陰で癒されながら、その果実で栄養を補給し、勝利の凱旋車で過酷な砂漠を抜けて故郷を目指します。目指す故郷とは愛する家族の待つ場所か、それともかつていた神々も住まう楽園か・・・。 |
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遮るものがない広大な砂漠の燃えるような夕暮れ、あるいは朝焼け。夜は現代とは全く異なる、まるで宝石のように輝く満天の星空。それはひとときの安らぎとなる、休息の時間なのか。目印のない砂漠で、確たる方位を示してくれる星々の導きの時間。それは絶好の進軍の時間だったかもしれません。 |
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ようやく広大な砂漠を抜け、緑の木々を走り・・。 |
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高地では険しい雪山も越え・・。 |
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持ち主に合わせてどのような色にも染まることができ、それでいて無色透明を揺るぎなく保ち続ける宝物です。新しく持ち主になってくださる方が歩む、これからの人生に、不死鳥フェニックスのご加護がありますように・・♪ |



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ヴァンダービルト家の仮装舞踏会で『電気照明』に扮したアリス・ヴァンダービルト(1845-1934年)1883年、38歳頃

【参考】ムーンストーン&モンタナサファイア・ネックレス(ティファニー 1910年頃)
【参考】ビスマルク・サファイア・ネックレス(カルティエ・フレール 1935年)
マッケイ・エメラルド&ダイヤモンド・ネックレス(カルティエ・フレール 1931年)
『勝利の女神』
アウクスブルク同盟戦争の頃のルイ14世(1638-1715年)1692年、54歳頃
ヨーロッパ更紗の帯 HERITAGEコレクション
ヨーロッパ更紗の帯 HERITAGEコレクション
ワジュロ
富士氏の家紋(丸に棕櫚葉 / 丸に三階菱)
棗椰子(ナツメヤシ)
ナツメ
乾燥させたナツメ
スークのデーツ店(クウェート)
収穫直前のナツメヤシの果実
たわわに実ったデーツ
デーツの収穫(エジプトのギザ 2023年)
津山線からの田園風景(岡山 2014年6月)
『エデンの園』(エラストゥス・ソールズベリー・フィールド 1860年)
アッカド語の『ギルガメシュ叙事詩』(バビロニア 紀元前1300〜紀元前1200年頃)
ナツメヤシがモチーフのユダヤ・コイン(2世紀)
ヘブライ語聖書『7つの種』
『7つの種』イスラエル切手セット(上列:1958年発行、下列:1959年発行)
ナツメヤシの下でイーサー(イエス)を産み落としたマルヤム(聖母マリア)(1570年頃)
『エジプト第七の災い』(ジョン・マーティン 1824年)
7日間過ごすための仮庵の屋根(2007年)
『4種』を持つユダヤ人(イジドール・カウフマン 1920年)
ユダヤ教の『4種』
祭りのための仮庵(エルサレム 2012年)
ユダヤ人一家の仮庵祭(1882年)
『仮庵の祭り』(1657年)
帯留『武蔵野』(明治)HERITAGEコレクション
『パーム・サンデー』様々に飾った棒を建てて競う(ポーランド 2010年)
ネコヤナギ
即位礼正殿の儀(2019年10月22日)
第16代天皇・仁徳天皇(394年?-427年?)
『パーム・サンデー(エルサレム入城の日)』(ピエトロ・ロレンツェッティ 1320年)
『エルサレム入城の日』(ジョット 1304-1306年)
パーム・サンデー(スペインのトレド 2010年)
『エルサレムへの凱旋』(モスクワの受胎告知大聖堂 15世紀)
『アレキサンダー大王』
アルゲアス朝マケドニア帝国(紀元前700年頃〜紀元前310年)の最大版図
マケドニア王ピリッポス2世(紀元前382-紀元前336年)アレキサンダー大王の父王、3世紀のニケテリオン(勝利記念メダル)
アテナイのクセノポン(紀元前457年?〜紀元前355年?)グレコ・ローマン120年頃の胸像
ソクラテス
プラトン(紀元前427-紀元前347年)
アリストテレス
アケメネス朝ペルシャ初代君主 キュロス大王(紀元前600年頃-紀元前529年)
『ペルシャ侵攻 イッソスの戦い(紀元前333年)』
シワ・オアシスのアモン・ゼウス神殿でアレキサンダー大王はアモン・ゼウスの子であると御神託を受けるアレキサンダー大王
冒涜されたキュロス大王の墓所に立つアレキサンダー大王
『キューピットとヴィーナス』
キューピットとヴィーナス
『キューピッドのお礼参り』
『生命の木』
『生命の木/セフィロト』(ロバート・フラッド 1617-1621年)
アルベルト・アインシュタイン(1879-1955年)
初出版の『ゾーハル』(1558年)
『ヤコブの夢の景色』(ミヒャエル・ウィルマン 1691年)
生命の木/セフィロト
彩雲
『風神雷神図屏風』(俵屋宗達 江戸初期/17世紀)
『ヤコブの夢』(ホセ・デ・リベーラ 1639年)
電磁波の極めて限定的な可視光領域
『ヤコブの夢』(ウィリアム・ブレイク 1805年頃)
3次元立体を2次元で見るとき角度(視点)によって形が異なる様子
3次元の立体物と2次元の影
n次元キューブのペトリー多角形投影図
1534年と1545年のオリジナルのルター聖書に書かれたヤコブの梯子
『Heaven's Ladder』
シノワズリー リバースインタリオ ブローチ




リバースインタリオ クラバットピン
『復活』(ハンス・メムリンク 15世紀)
『キリストの昇天』(ベンヴェヌート・ティシ 1510-1520年頃)GNAA
『昇天(The Ascension)』(レンブラント 1636年)
『アテナと不死鳥』

ハプスブルク帝国の礎を築いた神聖ローマ皇帝・ブルゴーニュ公・オーストリア大公マクシミリアン1世(1459-1519年)1519年、59歳
画家/版画家/数学者アルブレヒト・デューラー(1471-1528)1500年の自画像
魔術師/人文主義者/神学者/法律家/軍人/医師ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ(1486-1535年)
HERITAGEのアトリエがあるパームハウスの木(2024.9.17)
フェニックス(ナツメヤシ属)の葉
『天使の羽根』
天使の羽根のようなフェニックスの影(2024.9.17)
天使ジブリールから啓示を受けるムハンマド(14世紀)
アクロポリスの神殿エレクテイオンの装飾(アテナイ 紀元前421-紀元前406年)
音楽競技を描いたパナテナイア祭の黒絵式の賞品アンフォラ類似品(古代ギリシャ 紀元前500-紀元前485年頃)
『演奏会』(古代ギリシャ 紀元前460-紀元前450年頃)ウォルターズ美術館
棕櫚(ナツメヤシ)の柱装飾(ロイヤル・パヴィリオンの南応接室 1823年)
初代・宮崎県庁舎(1874-1931年)
2代目(現在)・宮崎県庁舎(1933年2月)
中央のフェニックス伐採後の宮崎県庁舎(2011年8月)
エドフ神殿の周柱式中庭(プトレマイオス朝 紀元前237-紀元前57年)
アクロポリスのエレクテイオン神殿の彫像(アテナイ 紀元前5世紀後期)
アシェラ・ポール / 城門の形の祭壇。左右の女神の中央の木が女神アシェラと考えられています(テル・レホフ 紀元前14世紀頃〜紀元前7世紀頃)
薔薇十字団の書籍『賢者のコンパス』より(1782年)
図式化したカバラの生命の木 / セフィロト
黄金の夜明け団ウェイト版タロットの大アルカナ『女教皇』(初版1909年)
三柱鳥居に囲まれた磯良恵比寿(長崎県対馬の和多都美神社 創建年不明)
『北斎漫画』十一遍「三柱鳥居」(葛飾北斎 1814-1878年)
サンタ・クルス・デ・テネリフェのフリーメイソン教会
サンタ・クルス・デ・テネリフェのフリーメイソン教会(1923年建設完了)
1800年頃のフリーメイソン入会儀式の一部
鳥居の構造・各部名称
『北斎漫画』十一遍「三柱鳥居」(葛飾北斎 1814-1878年)
ロシア皇室ヨット『スタンダルト』上の
イギリス王チャールズ1世(1600-1649年)
イギリス王チャールズ1世(1600-1649年)
『虹の肖像』老いを知らないエリザベス女王を寓意画的に表現した肖像画(1600年頃)67歳頃
ヴィクトリア女王の夫・アルバート王配(1819-1861年)
オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(1830-1916年)
普仏戦争『セダンの戦い』におけるフランス皇帝ナポレオン3世(1870年9月1日)62歳
フランス皇帝ナポレオン3世(52歳頃)、皇太子ナポレオン4世(4歳頃)、皇后ウジェニー・ド・モンティジョ(34歳頃)(1860年)
イギリス王エドワード7世、愛称バーティ(1841-1910年)王太子時代
フランス皇帝ナポレオン3世と16歳頃の息子ナポレオン4世(1872年)
ブレッシントン伯爵夫人マーガレット・ガーディナー(1789-1849年)1822年、33歳頃
ナポレオン3世の愛妾ハリエット・ハワード、通称ミス・ハワード(1823-1865年)1850年、27歳頃
イギリスに亡命後のナポレオン3世家族(1872年)
イギリス女王ヴィクトリア(1819-1901年)とフランス皇后ウジェニー(1826-1920年)
ナポレオン失脚後マルメゾン城でロシア皇帝アレクサンドル1世(左)と会見する皇室一家
フランス皇太子ナポレオン4世(ルイ・ナポレオン)(1856-1879年)1870年、14歳
フランス皇位請求者ナポレオン4世(ルイ・ナポレオン)(1856-1879年)1878年、22歳頃
イギリス第5王女ベアトリス(1857-1944年)1885年、28歳
『皇帝の死』(ポール・ジャマン 1879年6月1日の様子)
ポジエールの戦場(1916年)で亡くなったイギリスとフランス軍兵士の共同墓地
デヴォンシャー・ハウス(1800年頃)
『Eros』
13万人以上の身元不明のフランス人兵士が眠るドゥオモン墓地
マスク未着用者を乗車拒否するシアトルの路面電車(1918年)
『Heaven's Ladder』
『サンバースト』



ヨーク公爵夫人時代のエリザベス王妃(1900〜2002年)1925年、25歳頃
ヨーク公爵夫人時代のエリザベス王妃(エリザベス女王の母)(1927年、27歳頃)
戦時中のチャリティー・セールでのレディ・エリザベス(1900〜2002年)1915年、15歳頃
王太后エリザベス・ボーズ=ライアン(1900〜2002年)
『復活』(1457-1459年)↑

『摩天楼』
石英の結晶(ブラジル産)18×15×13cm
イングランド女王エリザベス1世(1533-1603年)
ジョン・ディー(1527年-1608または1609年)
ジョン・ディーが使用していた水晶玉(1527-1608年)
ジョン・ディーの水晶玉(1527-1608年)
見分けが難しい天然水晶・合成水晶・溶融ガラス・アクリル
『幻惑の宝石』
(a) 等方性の結晶, (b) 異方性の結晶, (c) アモルファス(非晶質)








議題『愛』
『大脱走』(1963年)左:主演スティーブ・マックイーン、33歳頃
Genのモトクロス用のバイク(1967年頃)
モトクロスのレース中のGen(1967年頃)20歳頃
西竹一と愛馬ウラヌス(1932年)
愛馬による車越え
『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』(1980年頃)クリント・イーストウッド50歳頃


キュリー圧電補償器


『美しき魂の化身』

【参考】オールドカット・ダイヤモンド リング(現代)

ダッチローズカット・ダイヤモンド リング
ダッチローズカット・ダイヤモンド リング
手作業のローズカット・ダイヤモンド
【時を奏でる小さな宝物】




ジャルディネッティ ダイヤモンド リング






【参考】アールデコ・ダイヤモンド・ブローチ(1930年代)
【参考】ダイヤモンド ブローチ(ブシュロン 1940年代)
『永遠の愛』
『魅惑のトライアングル』
『至高のレースワーク』
『アルテミスの月光』
ハート型ムーンストーン ペンダント
『新月』
エメラルド・リング(ティファニー 現代)¥1,617,000-(2020.5現在)合成や処理については記載なし
ラージ リンク ピアス(ティファニー 現代)


【参考イメージ】ガラスの表面状態による見え方の違い
【参考】現代の通常のブリリアンカットのテーブル
【参考】サファイア・リング(現代)
イエロー・ダイヤモンド リング(ティファニー 現代)
【参考】以前に委託販売をお断りしたジャンクの問題箇所の拡大

【参考】ギルソンの合成エメラルド・リング
【参考】チャザムの合成エメラルド・リング


現代ジュエリーのミルグレイン







