No.00017 ロシアン・ルナ

ウラル産ムーンストーンを使ったロシアのアンティークジュエリー

実物大

『ロシアン・ルナ』
ロシアン ムーンストーン ブローチ

ロシア 1880年〜1890年頃
ムーンストーン、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、極小ローズカットダイヤモンド、14ctゴールド、銀合金(銀:67.5%, 金:18.2%, 銅:14.1%)
本体サイズ:3.8cm×1.5cm
ムーンストーンの直径:1.1cm
重さ:4.9g
SOLD

ロシアの天才プロデューサー、ファベルジェも好んで使ったロシアの独特のシラーが出ないムーンストーンを使ったブローチです。
面白い素材を芸術的に生かすセンスが高いロシアらしい作品で、高さのあるドーム型のムーンストーンは、広大なロシアの空に浮かぶ幻想的な満月のようです。ヨーロッパでは見られない金属の組成、驚くほどの極小ローズカットダイヤモンドから放たれる無数の繊細で鋭い煌めきは、ヨーロッパのアンティークジュエリーを見慣れた方にも全く異なる驚きと感動をもたらすことでしょう。

←↑実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります
ロシア産ムーンストーン

 

ロシアの独特のムーンストーン

ロシア産ムーンストーン

普通は月の青い光のようなシラー効果が出るのがムーンストーンなのですが、この石はシラー効果が出ないムーンストーンです。

それなのに何とも独特で不思議な魅力を感じるのは、角度を変えて見ていると、幻想的な色彩のグラデーションが変化するからです!♪

まるで幻想的なお月さまを、そのままこのブローチに填め込んだかのようです。その中には三日月さえも見ることができます。

ファベルジェによるムーンストーンのペンダント
【引用】The Art of FABERGE (John Booth 1900) © 1990 Quarto Publishing plc, p.30

あのロシアの天才ジュエリー・プロデューサーのファベルジェも、オッドストーン(貴石ではなくて奇石)と呼ばれる、普通の宝石、いわゆる高価で人気のある石とは違う、名前も知られていないような面白みのある石を好んで使っています。

通常は誰にでも分かりやすいシラーの強さだけが持て囃されるムーンストーンですが、シラーが出ないのにこれだけ美しくミステリアスな雰囲気を持つ石を使って手の込んだジュエリーを作るのは、ヨーロッパのジュエリーとはひと味違う、もっと優れた美しい芸術作品を作ろうとしたロシア人のポリシーなのだと思います。

左の同様のムーンストーンを使ったファベルジェのペンダントもダイヤモンドは小さなものですし、エナメルも黒という、ヨーロッパのジュエリーでは考られない作風のスタイリッシュで芸術的な作品です。

左も2012年にサザビースに出品されたファベルジェのムーンストーンのブローチです。
サザビーズはネームバリューはありますが、アンティークジュエリーのことはよく分かっていないらしく、写真が酷くて残念でした。

本当はメインストーンのムーンストーンはご紹介しているブローチと同じような独特の光を放つ雰囲気のある石だったと思うのですが、ライトの当てすぎで均質な質感となってしまい、実につまらない作品に見えます。

実は以前試しに美術館の作品や現代ジュエリーの撮影でも経験を多く積んでいる、物取り専門のプロカメラマンの友人にオパールの指輪を撮影してもらったことがあるのですが、プロなのでお任せしてみたらメインストーンのオパールの写りを完全に無視し、とにかく周りのダイヤモンドを光らせようと光を強く当て過ぎていました。結果、左の作品と同じような残念な状態になっていたのを思い出します。

ヘリテイジで撮影も外注せず自分達でやるのは、経費面だけでなく、作品の特徴を理解できないとまともに撮影できないからです。それはそうと、左のブローチは高いですね〜。2012年時点でも高額ですが、今だともっと高くなるはずです。オークション会社ビジネス恐るべし!!(笑)

ファベルジェによるムーンストーンのブローチ(1899-1908年)
2012年にサザビーズに出品
想定価格:15,000-20,000GBP(180万-250万円程度)
【引用】Sotheby's ©Sotheby's

『宝石の宝庫』シベリアのウラル山脈

ウラル山脈Genとアローのフォト日記『天と地と』より、ウラル山脈

左は20年程前、Genがヨーロッパに行く機内の窓から撮ったウラル山脈です。

ウラル山脈は世界でも最も古い地層だと言われています。だからこそ多種多様な宝石が眠っており、『宝石の宝庫』と言われるのでしょう。

石の多いウラル山脈
"Landscape view in Circumpolar Urals" ©ugraland from Moscow, Russia(5 Julay 2006)/Adapted/CC BY-SA 2.0
ウラル山中のコルチェダンの村(1912年)

ウラル山脈には『ストーニーベルト(石の帯)』という別名もあります。何となく宝石が採れるような地形に思えて来ますね。この宝石の宝庫ウラル山脈は、ありとあらゆる石が採れる土地です。アンティークジュエリーに使われていた貴重な宝石の中には、ウラル山脈でしか採れなかった、今では姿を消してしまった極めて希少価値の高い美しい石があります。

ウラル山脈で発見された石の1つにアレキサンドライトもあります。昼の太陽光下では青緑、夜の人工照明下では赤へと色変化を起こす、他の宝石には見られない珍しい性質を持つ石です。

上質なアレキサンドライトは昔から非常に少なく、今となってはアンティークでなければ見ることはないようです。現代ではウラル産のような特別に上質な石でなくても非常に高値で取引されており、4,5ctのルースで1,200万円もの価格のようです。石ころ単品でそんなに高いなんて真の価値から言えば普通はあり得ないので、完全に投機の対象ですね。こういう人種には優れたアンティークジュエリーの芸術性や手仕事の価値が理解できないので、平気で石だけを取り外して別々に売りさばいたりします。こうやって、優れたアンティークジュエリーもこの世から徐々に消えてくのです。

ロシア皇帝 ニコライ1世

さて、アレキサンドライトですが、初めにエメラルド鉱山で発見されたため当初はエメラルドと思われていました。

しかしながらすぐに昼夜の光で色が変化する性質が発見され、珍しいとして当時のロシア皇帝ニコライ1世に献上されました。

ロシア皇帝ニコライ1世(1796-1855年)
ロシア皇帝 アレクサンドル2世

巷説では、このロシア帝国皇帝ニコライ1世に献上された日である4月29日が、皇太子アレクサンドル2世の12歳の誕生日だったため、石の名前がアレキサンドライトと命名されたと言われています。

ロシア皇帝アレクサンドル2世(1818-1881年)
ロシア皇帝 アレクサンドル2世の戴冠式
アレクサンドル2世の華麗な戴冠式の様子(1856年)モスクワ・ウスペンスキー大聖堂
ロシア皇帝 アレクサンドル2世の戴冠式

そのアレクサンドル2世の戴冠式を描いた絵も残っています。

ロシアがキリスト教正教会を採用した理由の1つが、その儀式の荘厳さと華麗さだと言われています。

ロシアは農奴制でこの時代は皇帝に絶対的な権力と財力がありましたから、アレクサンドル2世の戴冠式の実際の様子もとても煌びやかだったことでしょう。

サイベリアンアメジスト アンティークジュエリー ジョージアン ルネサンス イギリス ブローチ 金細工 カラーゴールドジョージアン 3カラーゴールド サイベリアン・アメジスト ブローチ
イギリス 1820年頃
サイベリアンアメジスト(シベリア産の最高品質のアメジスト)、18ctゴールド
SOLD

GENが扱った、いつまでも記憶に残るウラル山脈産の宝石としてはサイベリアン・アメジストという石があるそうです。

「真夜中に石の中から赤い炎が湧き上がる」という伝説があるほど濃く美しい石です。

現代では天然の美しい石が枯渇して、放射線照射や合成、着色の石が出回った結果、アメジストには安いイメージがついてしまっています。

でも、左のジョージアンの第一級品の作品の素晴らしい作りをご覧いただければ、この特別に美しいウラルのサイベリアン・アメジストがいかに高く評価されていたかがお分かりいただけることでしょう。

ロシアのウラル産デマントイドガーネットとダイヤモンドのエドワーディアン・リングデマントイド・ガーネット リング
デマントイド・ガーネット(ウラル産)、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、18Kゴールド&プラチナ
イギリス 1910年頃
SOLD

もう1つのGENの記憶に残るウラル山脈の石が、デマントイドガーネットです。

1850年代にウラル山脈で発見されたこの石は、パリ、ニューヨークなどの高級宝石店のショーウインドウに飾られ、世界中の宝石愛好家に衝撃を与えたました。

ダイヤモンド以上の分散率を持ち、強いファイアが出るという、独特の魅力を持つこの石はファベルジェも好んで使っていました。

この石も1910年代には枯渇し始め、1917年のロシア革命によって1920年以降は操業が停止され、今ではウラル産デマントイドガーネットは幻の宝石となっています。

 

ロシアン ムーンストーン ブローチ

宝石愛好家の中でも有名で、高額で取引されるサイベリアン・アメジストやデマントイドガーネットと並んで、独特の魅力を放つこのムーンストーンも、間違いなく永久に忘れない石の1つとなると感じています。シラー効果が出ないにも関わらず、何とも表現し難い、これほどまでに不思議な魅力を感じるムーンストーンは他にはありません。

ムーンストーン ネックレス ヴィクトリアン アンティークジュエリー『FULL MOON』
ムーンストーン ネックレス
イギリス 1890年頃
SOLD



通常ムーンストーンでイメージする、透明度が高く美しいブルーシラーを放つ石が左の石になります。

澄んだ夜空、青い月から放たれる光のような美しさがあります。

ロシア ウラル産 ムーンストーン ブローチ アンティークジュエリー ダイヤモンド ローズカット

一方でこのムーンストーンは、見つめていると光を放つと言うよりも、石の内部に引き込まれてしまいそうな気分になります。

澄み渡る夜空と言うよりも、幻想的な空に浮かぶ月という雰囲気です。

さながら、ロシアの広大な空に浮かぶ白夜の満月という感じでしょうか・・

ロシア産ムーンストーン

ロシアでは欧米人の好みとは異なり、オッドストーン(貴石ではなくて希石)のような石が好まれ、石の価値ではなく芸術的価値を意識したものが作られる傾向が強くありました。

厳しい自然が身近にあり大自然の偉大さを意識する機会が常にあったことに加えて、ヨーロッパに対する対抗心のようなものがあったからなのかなと考えています。

この時代では異例の驚異のダイヤモンドのセッティング

ロシアン ムーンストーン ブローチ
このロシアのムーンストーンのブローチの特筆すべき点は、フレームに通常では見られないほどの極小のローズカットダイヤモンドを使っているところです。
アールデコ ダイヤモンド ネックレス プラチナチェーン ハンドメイド アンティークジュエリー『完璧な美の演出』
アールデコ ダイヤモンド ネックレス
イギリス 1920年代
SOLD

柔らかく粘りけがあるプラチナが1900年代初頭に一般ジュエリー市場に登場するようになってからは、細かいダイヤモンドもセッティングできるようになりました。

しかしながらシルバーでは金属の性質的に、細かな石のセッティングには向かないため、通常は細かなダイヤモンドを無数に繊細にセットしたようなジュエリーは見ることがないのです。

ロシアン ムーンストーン ブローチ

この時代に、よくこの小さな石を留めることができたなと驚くばかりです。

120年以上の使用に耐え、石も1つとして落ちていないのです。

いかにこの作品を作った作者の技術が高かったのかが分かります。

ロシアン ムーンストーン ブローチ

主役のムーンストーンを見事に引き立てる、脇石のローズカットダイヤモンドの繊細ながらも力強い輝きは、いかにも厳寒の美しいロシアをイメージさせます。

特別な組成金属

側面

ブローチの土台の金属は2層になっています。

異なる金属を貼り合わせるのは手間も技術も必要ですが、高級ジュエリーにはよくあることです。

ダイヤモンド クローバー ブローチ アンティークジュエリー 裏

『愛のシャムロック』
ダイヤモンド ギロッシュエナメル ブローチ

アイルランド 1880年頃
オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、ローズカットダイヤモンド、レッド・ギロッシュエナメル、シルバー&ゴールド(15〜18ct)
SOLD

ゴールドでジュエリーをデザインする場合はゴールドだけで制作しますが、白い金属でジュエリーをデザインする場合には、エドワーディアン頃までは裏側にゴールドが土台として使われます。

エドワーディアン ダイヤモンド ペンダント&ブローチ アンティークジュエリー
『永遠の愛』
エドワーディアン ペンダント&ブローチ
フランス? 1910年頃
オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、天然真珠、ローズカットダイヤモンド、カリブレカット・ルビー、プラチナ&ゴールド(18ctゴールド)
¥1,220,000-(税込10%)

白い金属がシルバーの場合は、衣服を汚さないことが目的です。

プラチナの場合は、プラチナが超稀少で超高価だからです。

ロシアン ムーンストーン ブローチ

このブローチは白い金属がシルバーにしては黒変していないので、この時代に異例ながらも極稀に存在するプラチナかと思いました。

でも、プラチナならばもう少し白い感じですし、爪の形状もシルバーにしては細かいものの、プラチナにしては若干大きいなと感じました。

そこで念のため、高精度で元素分析ができる蛍光X線分析装置を使って分析してみました。その結果、驚くべき結果が出ました♪

蛍光X線分析 スペクトルデータ 金属分析白い金属の蛍光X線を使った金属分析結果

白い金属の組成は以下の通りです。
Ag(銀):67,49%
Au(金):18,20%
Cu(銅):14,08%

このブローチが作られたのは、プラチナやホワイトゴールドが一般ジュエリー市場に出てくるより前の時代なので、一般的には白い金属と言えば銀しかありませんでした。

銀は空気中の亜硫酸ガスで硫化して黒くなる性質があります。さらに、小さな石を留めている小さな爪の耐久力が経年劣化するという問題がありました。

これらの課題をクリアして最高の作品を作るために、才能ある作者は研究を重ねて努力し、この特別の合金を作った筈なのです!!

ロシアン ムーンストーン ブローチ

作者にとって、このウラル産ムーンストーンが如何にインスピレーションをもたらし、芸術家魂に火をつけるような特別に魅力ある石だったのか、後世の私たちに伝わってくるではありませんか♪

細かなミルグレーション、通常の極小ローズカット・ダイヤモンドよりさらに小さなローズカット・ダイヤモンドを使ったフレームは、この時代において、特別な合金の配合に成功したこの作者の作品以外には存在し得ない超貴重な宝物なのです!♪

ロシアのゴールドのホールマーク

ロシアン ムーンストーン ブローチ
ロシアン ムーンストーン ブローチ ロシアのホールマーク ゴールド 56

ブローチピンを留める本体の金具にホールマークがあります。

56という数字はロシアの金の純度を表すもので、約14金に相当します。


ロシアのゴールドジュエリーでは、ほとんどがこの純度の金が使われています。

 

裏
裏側も、見惚れるくらいの美しい作りです。

 

【参考】白夜の国に浮かぶ満月

ウラル山中の鉱山(1910年頃)

1910年のウラル山中の鉱山の風景です。南アフリカのダイヤモンド鉱山などと比べて、何となく牧歌的でのんびりした感じがあるのが不思議です。

そんなロシアも国土の一部が北極圏に入る白夜がある国です。このような高緯度の国は空の景色も日本とは全く異なります。高緯度と言っても地球の北か南かで異なるのですが、北の場合、白夜では満月はほとんど地平線から上がって来ません。同じ国土の中でも、ぎりぎり北極圏に入らない地域では空が明るい状態のまま、満月が地平線すれすれにずっといるということですね。

実際に物理的な原因で月が大きく見えるスーパームーンとは別に、地平線近くにある月は空高くにある月と比べて大きく見えるという現象があります。1円玉などで比較すると実際のサイズは変わらず、目の錯覚で大きく見えるのだそうです。

ほの明るい夜空の地平線に浮かぶ、幻想的で大きな満月を見て作者もムーンストーンのブローチを作ったのでしょうか・・

ロシアン ムーンストーン ブローチ

ロシアの天然真珠を使ったドングリのピン『ジョールチ』でも見られる通り、ロシアでは自然の造形を見事に宝石で再現した芸術的な作品が多く存在します。きっと作者もロシアの美しい満月をこのブローチで表現したのだと、確信的に思えてきました♪

 

その他のロシアのジュエリーと小物

ロシアン クロワゾネ・エナメル スモールボウル アンティーク

『ロシアン・ラグジュアリー』
ロシアン クロワゾネ・エナメル スモールボウル

ロシア 19世紀後期
クロワゾネ・エナメル(有線七宝)、シルバー、シルバーギルト、ゴールド
直径:5cm
高さ:1,8cm
重量:50,4g
¥367,000-(税込10%)

驚くほど細工に手をかけるロシアの作品の中でも、別格の手のかけ方と技術が施された特別なロシアンエナメルのスモールボウルです。

 

ロシアン・アヴァンギャルド リング アンティーク ルビー サファイア ダイヤモンド

『ロシアン・アヴァンギャルド』
ルビー&サファイア リング

ロシア 1910年頃
サファイア、ルビー、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、約14ctゴールド
サイズ 10(変更可能)
重量 2,7g
SOLD

時代を先取りした芸術運動ロシアン・アヴァンギャルドを体現したような、革命前の独特のエネルギーを感じるデザインの美しい指輪です。照り艶の良い宝石の煌めきも、指輪の力強さに一役かっています♪