No.00243 パラソルを持つ女

2.ボヘミアンガラスの最高傑作と言える作り

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

傑出したデザインの素晴らしさについて、ここまでお話してきました。

私は『デザインだけが価値』の現代アートのようなものは好きではありません。

量産が可能な、魂が籠もっていない芸術は感覚的にピンと来ないのです。

優れた作りと、デザインが両立してこその人類の『宝物』です。

デザイン重視の手抜き作品は、現代ジュエリーや現代アートだけの専売特許ではありません。

アールデコ後期頃から、デザインだけの手抜きジュエリーは増えています。

高級品や作家物として販売されていたものも例外ではありません。

【参考】ポール・ブランド作 エメラルドと合成ルビーのアールデコ・リング【引用】CHRISTIE'S ©Christie's

アールデコ前期までの高級品は、エドワーディアンと変わらない細部まで気を遣ったデザインと作りのジュエリーが作られていました。

しかしながら後期になってくるとどんどんデザインが簡素になっていきます。

「余計な装飾がない、直線による洗練されたデザイン」と言うにはあまりにも簡素でお粗末なデザインだったりします。

左もクリスティーズに出品されたリングなので異様に高いですが、ミルもなく繊細さもない簡素な作りです。デザインとダイヤモンドという素材だけで売ろうとしているのが見え見えです。

【参考】ジョージズ・フーケ作 アールデコ・リング、クリスティーズにて7万5千スイス・フランで落札(約825万円)【引用】CHRISTIE'S ©Christie's
【参考】アールデコ後期の量産ジュエリー
初めはデザインへの純粋な新しい取り組みとして始まったはずのアールデコですが、後期になってくるとデザインがより簡素になっていった理由の1つは、「量産のためのデザイン」となってしまったためとも言われています。単純なデザインにすることで手抜きや量産がしやすくなるのです。純粋な芸術家と、工業製品デザイナーでは求められるものが違って当たり前なのですが、ジュエリーまでそうなってしまうというのは嫌な話です。

アールデコ後期のジュエリーは現代の職人でも作れるレベルのものが多く、そのレベルの物あれば、現代で新品を買った方が消耗やダメージもなくて安心・安全です。

絶対にアンティークジュエリーの方が優れているなんてことはありません。

アンティークジュエリーであってもレベルが低いものに価値はありません。

【参考】1930年頃のオーストリアのアールデコ・ブローチ
アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この作品は美術工芸品が完全に駄目になる直前、最後に素晴らしい仕事がなされた時代の貴重な作品です。

ボヘミアンガラスの最高傑作と言える、素晴らしい作りについても見ていくことにしましょう。

2-1. 輝度と透明度が高く、硬く美しいカリクリスタルガラス

人類とガラスの歴史

ガラスは珪砂(石英)、ソーダ灰、石灰を混ぜて、高温で溶かして作ります。

珪砂はそこら辺の砂からいくらでも入手可能なタダ同然の材料ですし、ソーダ灰は草木を燃やしてできた灰から得られます。石灰も炭酸カルシウムを含む鉱石から得られる単純なものなので、ガラスは古くは紀元前4000年より前の古代メソポタミアの時代から存在すると考えられています。

紀元前14世紀頃の青色ガラスの首飾り青色ガラスの首飾(ギリシャ本土、後期ヘラディック時代V期 紀元前14-紀元前13世紀頃)個人蔵

そんな昔から存在するので、紀元前14-13世紀という古の時代でも着色やデザインが施されたガラスのジュエリーも存在するわけです。

左は個人蔵ですが、東京国立博物館のオリエント館で観ることができます。

まだ古代美術についてあまり詳しくなかった頃に、御徒町に用があったついでに寄ってみたのですが、古さや美しさに興味が湧いて何となく写真を撮っていました。

次回はもっとじっくり見てこようと思っています。

紀元前6世紀頃のオイノコエオイノコエ(紀元前6-紀元前4世紀)東京国立博物館

同じエリアにこれがあったので、なぜ3000年以上前のものと現代アートが一緒にあるのかと一瞬思ったのですが、これも紀元前6〜紀元前4世紀のかなり古いガラス製品でした。

モダンアートのような色彩感覚とデザインの面白い美術工芸品が、こんなに古い時代に使われていたなんてとても驚きました。

古代ローマの金帯装飾アラバストロン金帯装飾アラバストロン(古代ローマ 紀元前1世紀-1世紀) 古代ローマのパテラ杯パテラ杯(古代ローマ 紀元前1世紀-1世紀)
古代ローマの金帯装飾ピュクシス金帯装飾ピュクシス(古代ローマ 紀元前1世紀-1世紀)
古代ローマのミルフィリオリ皿ミルフィリオリ皿(古代ローマ 1世紀)東京国立博物館

昔からガラスアートは好きだったのですが、現代の作品として売ってあっても全く違和感がない感覚です。

もちろんこれだけレベルの高い作品は、売ってあるのは見たことありませんが(笑)

着色や模様を描く技術は古代で既にあったということですね。

古代ローマの縦畝装飾鉢縦畝装飾鉢(古代ローマ 1世紀)東京国立博物館

一方で難しいのが透明度の高いガラスを作ることです。

天然素材を使うため、不純物による見た目の問題をクリアするのは技術的にとても難しい課題です。

透明なガラスの発明

PDヴェネチアンガラスの中心地ムラーノ島

ヨーロッパにおけるガラス工芸は主にヴェネチアで発達しました。

主に機密保持の観点から1291年よりムラーノ島に職人を強制移住させ、隔離するという保護政策によって発展していきます。

15世紀になると、酸化鉛と酸化マンガンの添加により屈折率の高いクリスタルガラスが完成しました。

PDポーランド王/リトアニア大公ジョン3世の紋章入りクリスタルガラス・ラマー(ジョージ・レイヴンスクロフト社 1677-1678年)

ムラーノ島では職人の家族や販売者も住まわせ、島外に逃げる物は厳しく罰し、功績を挙げたものは手厚い報償を与える法令を発令してまで厳しい保護が行われましたが、それでも逃げ出す職人は存在し、各地にガラス技術が伝わっていきました。

1670年代に入るとドイツ、ボヘミア、イギリスの各地で同時多発的に無色透明なガラスの製法が完成しました。

左はイギリスの初期の鉛クリスタルガラスのラマーです。300年以上前のガラス製品とは思えないくらいクリアですね。

ボヘミアではボヘミア産の木炭からとれたカリ(炭酸カリウム)を原料とする無色透明のカリガラスが発明されています。

カリ分を主成分とする木灰は、ナトリウム分を主成分とするソーダ灰よりもガラスの透明度を高め、屈折率を大きくする働きがあるため、クリアで輝度の高いガラスが実現しました。

ボヘミアにおけるグラヴィール彫刻の発明

神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(1552-1612年)

現代でも世界的に有名なボヘミアンガラスですが、その発展についてはキーパーソンが存在します。

カリクリスタルガラスが発明される少し前の時代の神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世です。

ハプスブルク家出身の人物で、無能と言われるほど政治能力には全く欠けていましたが、教養に富んだ優れた文化人として知られています。

神聖ローマ帝国皇帝マティアス神聖ローマ皇帝マティアス(1557-1619年)

5歳下の弟マティアスとはハプスブルク家の中でも最悪と言われるほど関係が悪かったそうですが、政治的無策の一方でその文化人的なルドルフ2世の才能にマティアスは激しくコンプレックスを抱いていたほどだそうです。

ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世

「ルドルフ2世って誰?」と思う方でも、この絵の人と言えばどこかで見たことがある方も多いのではないでしょうか。

ルドルフ2世は在位中にウィーンからプラハに遷都し、芸術や錬金術のパトロンとなり、芸術や学問を手厚く保護しました。

その結果、この時代のプラハはヴェネツィアやローマに並ぶ世界の中心地として文化的に大いに発展を遂げたのです。

アルチンボルドに依頼した公式肖像画『ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世』(1590-1591年)
ジュゼッペ・アルチンボルト

仰天の騙し絵肖像画『ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世』は、ルドルフ2世の祖父フェルディナント1世の時代に宮廷画家となり、続く父マクシミリアン2世と三世代に渡って仕えた画家でした。

伝統的な宗教画に加え、それ以外の絵画はもちろん、宮廷の装飾や衣装のデザインも手がけています。

さらには祝典や馬場槍試合の企画、楽器の発明、水量技師でも非凡な才能を発揮した、非常に多才な人物だったそうです。

有名な野菜や果物、生き物などの寄せ絵の珍奇さから、アルチンボルトが精神的に錯乱していた可能性を疑う評論家も存在しますが、決してそうではありません。

宮廷画家ジュゼッペ・アルチンボルト(1526-1593年)
アルチンボルトの四季『夏』【連作】四季『夏』(ジュゼッペ・アルチンボルト 1563年)

アルチンボルトはルドルフ2世の父マクシミリアン2世に『四季』(連作:春、夏、秋、冬)と、『四大元素』(連作:大気、火、大地、水)を献上しています。

このような作風を知りながら、ルドルフ2世はアルチンボルトに肖像画を公式依頼しているのです。

左は四季の『夏』です。

1つ1つの緻密な描写や、その寄せ集めで本当に人の形に見える驚きと共に感じるのが強いグロテスクさですね。

現代人の感覚で知識なく見ると「へえ、面白いね(キモイね)」で終わってしまうのですが、見る人が見ればアルチンボルトの絵画は実に優れた芸術なのです。

アルチンボルトの四大元素『水』【連作】四大元素『水』(ジュゼッペ・アルチンボルト 1566年)

左は四大元素の『水』です。かなりキモイですね(笑)

「大洋を暗示する真珠はハプスブルク家の広大な領土、貝や甲殻類は武器や軍事力を示している」という論評もあり、宮廷画家が描いた作品なので実際ハプスブルク家の偉大さを暗示した作品だと思います。

ただ、その読み取り方は人によって異なります。

学芸員や美術評論家と言ってもそれぞれ専門領域があり、美術芸術すべてのジャンルを網羅しているわけではありません。

歴史背景や経済史、文化まで網羅しなければ正確に読み取ることは不可能ですが、それは普通の専門家にとってはかなり難しいことだと思います。

クレオパトラがアントニウスに賭けをして天然真珠のイヤリングを酢に入れて飲もうとする様子を描いた絵画古代エジプトのファラオ クレオパトラ7世(紀元前69-紀元前30年)

クレオパトラの真珠の耳飾りのエピソードにも見られる通り、古来より天然真珠は莫大な富と権力の象徴でした。

偶然に生み出される天然真珠は、母貝を採って来たからと言って必ず得られるものではありません。

何人もの屈強な真珠ダイバーが毎日何度も危険な海に潜り、おびただしい数の母貝からほんの僅かな数が採れるだけです。

稀少性の高さだけでも価格は跳ね上がりますが、背後にある人件費まで考えれば、莫大な富と権力を持つ者しか持てません。

昔の天然真珠が『本真珠』と同様の物だと誤認しているようでは、絵画の示す真の凄さや意味は分かり得ないでしょうね。

マーメイドの宝物のような天然真珠&ダイヤモンドのアンティークのペンダント&ブローチ『マーメイドの涙』
天然真珠&ダイヤモンド ペンダント&ブローチ
イギリス 1880年頃
SOLD

昔の王侯貴族が富と権力の象徴として、建築物や調度品以外で一番お金と当時の最先端技術や最高の技術をかけて作ったのはジュエリーです。

だからこそ当時の歴史的背景や文化、技術レベルもジュエリーを読み解けば見えてきます。

衣服などと違って現代まで残っている物もある程度あるのですから、本来ならば研究に力を入れるべきです。

しかしながらジュエリーから芸術文化、歴史や経済史を紐解くという発想自体が意外と盲点なのと、研究材料としてサンプルを入手するのが金額的にも難しいということなどから、未だこのような取り組みが行われていない状況のようです。

ヘリテイジにしかできないことかもなと思って、単なるモノとしての売り買いではなく、このようなスタイルで宝物をご紹介しています。

イングランド王ヘンリー8世のロイヤル・ファミリー
(左:エドワード王子、中央:ヘンリー8世、右:3番目の王妃ジェーン・シーモア)1545年頃

アルチンボルトの『水』が描かれたルネサンス時代も天然真珠は王族クラスの富と権力の象徴でした。この時代は男性もジュエリーを身に着けるのが普通だったので、イギリス王ヘンリー8世もジュエリーだけでなく帽子や衣服にまで縫い付けて富と権力を誇っています。王妃ジェーン・シーモアもジュエリーや衣服にたくさんの大きな天然真珠が見えますね。

イングランド女王エリザベス1世 (1533-1603年)

ヘンリー8世の娘、エリザベス女王は生涯独身でした。

ヘンリー8世は夫婦で貴重な天然真珠を分けて使った感じですが、夫がいなかったエリザベス女王はその分の天然真珠を一人で独占して全部使っちゃった感じでしょうか。

エリザベス女王と言えば天然真珠ですよね。

美しさや純潔の証として、女王は特に天然真珠を好んだとも言われています。

【連作】四大元素『水』(ジュゼッペ・アルチンボルト 1566年)

そんなエリザベス女王と同じ時代に描かれたこの天然真珠は、ハプスブルク家の富と権力の象徴として描かれたものと考えられます。

また、『水』が描かれた時代の帝都ウィーンは内陸部にあり、地中海も北海、バルト海からも離れていました。

こんな種類の新鮮な海産物は、目にすることすらできない人が多かったはずです。

そんな海産物を入手できるのは、莫大な富と権力を持つ証です。

四大元素の『水』以外は全員男性モチーフです。女性モチーフの『水』で広大な領土、武器や軍事力を表現していると解釈する評論家の意見は少し違和感があります。

『大気』 『火』 『大地』
現代人の解釈はさておき、当時としてもアルチンボルトは教養がないと理解できない、教養や知的好奇心が豊かな人にとっては最高に面白い作品を描く画家でした。だからこそルドルフ2世に大変気に入られたのです。

『ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世』のウェルトゥムヌスというのはローマ神話の豊穣の神です。

神聖ローマ帝国は、理念的には復興した古代ローマ帝国です。

偉大なローマ皇帝として、領地に豊穣をもたらすルドルフ2世。

単なる写実的な肖像画と違い、この肖像画はそのような豊穣をもたらす神の如き存在ということまでも表現しているのです。

ウェルトゥムヌスを知らないと意味が理解できません。教養、そして芸術を理解するセンスがある人物でしかこの絵画の真の価値は理解できません。

アルチンボルドに依頼した公式肖像画『ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世』(1590-1591年)

アルチンボルトは自作の詩を添えて、ルドルフ2世の肖像画ともう1つの代表作『フローラ』を献上しました。

ルドルフ2世はこれらを相当気に入ったようで、翌1592年にアルチンボルトに『パラティン伯選帝候』という高い地位を与えました。

皇帝にも関わらず60歳で崩御するまで一度も結婚しなかったという完全な変わり者だったようですが、ルドルフ2世は確かに特別な才能を持つ皇帝だったのでしょうね。

ちなみにアルチンボルトの作品を一目見たGENは「うわぁ!気持ち悪い!鳥肌が立つ!」と叫んでいました(笑)

私もこの作品の良さは凡人なのでちょっと理解しがたいです・・(笑)

『フローラ』(ジュゼッペ・アルチンボルト 1591-1592年)
神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世(1552-1612年)

ただ、ルドルフ2世は本当に芸術や学術分野に才能があったようで、ガラス工芸については特に熱心に保護しました。

PD飾り板(カスパル・レーマン 1586-1588年)

17世紀前半までに、プラハの宝石カッティング職人カスパル・レーマンによって、銅やブロンズ製の回転砥石で宝石をカットするエングレーヴィング技術を、ガラス工芸に応用する細工が考案されました。

これがグラヴィール彫刻の始まりです。

ルドルフ2世はレーマンにグラヴィール彫刻の独占権を与えました。

その後弟子たちによってドイツやオーストリアにも技術が広まっていきました。

PDザクセン選帝候クリスチャン二世の飾り板(カスパル・レーマン 1602 or 1606年)

プラハの宮廷で流行したボヘミアングラスはハプスブルク家の愛用品となり、ヨーロッパ各地の宮廷で珍重されるようになりました。

PD飾り板の一部(カスパル・レーマン 1608年)

レーマンら初期の職人による作品は、ガラスを面ごと削ぎ取ったかのような大胆なカットと、緻密な彫り込みが共存する高い芸術性と技術性があります。

後世の最高級品もそれを参考にして作られているようですが、ガラス彫刻の技術についても古い時代の方が優れていたようですね。

ただ、背景のガラスの質にご注目ください。

レーマンの時代はまだ透明度と輝度の高いカリクリスタルガラスが発明されていない時代なので、若干透明度の低さや不純物は気になります。

グラヴィール彫刻とカリクリスタルガラスの出会い

18世紀のボヘミアンガラスのグラス

グラヴィール彫刻と17世紀後期に発明されたカリクリスタルガラスの相性は最高でした。

カリクリスタルガラスは透明度が高いため厚くすることが可能で、輝度が高いのでカットしたときにもカット面が栄えます。

これもあって、ボヘミアングラスは人気が高まったのです。

【参考】ボヘミアングラス(1780年頃)

2-2.印象的な色合いの有色ガラス

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この花瓶はガラスに厚みがありながらも透明度の高い無色の部分も魅力ですが、有色部分にも非常に魅力を感じます。

18世紀中頃から19世紀前半にかけては戦争が続き、ボヘミアのガラス産業に大きな打撃となりました。

 

ナポレオン・ボナパルトナポレオン・ボナパルト(1769-1821年)

さらに詳細は『ジョージアンの女王』でご説明していますが、フランスを震源地としてヨーロッパ全体が大迷惑な状況に陥り、ヨーロッパ各国が輸入品に高い関税をかけたためボヘミアングラスは輸出量が激減しました。

PDボヘミアンガラス(ボヘミア 1848年頃)V&A美術館

それを救ったのが有色ガラスでした。

19世紀には様々な有色ガラスが開発され、ガラスの生地に有色ガラスを重ねてカットやグラヴィール彫刻を施す被せガラスの技法で人気となりました。

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この時代は様々な色や質感の有色ガラスが開発されていますが、今回は作品に使用されている黒と赤について見てみることにしましょう。

 

リアル・ブラック

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この作品の『黒』は、リアル・ブラックとも言えるはっきりとした色の黒です。一見当たり前のように感じるかもしれませんが、黒というのは実はとても難しい色です。私は京都で3代続く染屋さんの工房で直接職人さんに色々な話をしたことがあるのですが、黒は特に難しい色だと聞きました。薄かったり、黒ではなく濃い赤や濃い青になってしまう場合が多いのだそうです。

実際、透明な素材であるガラスで黒を出すのは難しく、黒ガラス層の薄さと色合いを両立させるのは至難の業です。

左も後ろ側が透けていますね。

Genは赤坂に店を出す直前に知り合った日本初のグラスアーティストT氏にわざわざ特注し、黒の吹きガラスの大きなテーブルを作ってもらったそうです。

感性の合うT氏とはかなり仲が良かったそうで、このお陰でGenはガラス細工にも結構精通しています。

【参考】黒のクリスタル・カットグラス(現代)
拡大

厚みがあれば、透けない漆黒を表現するのはそれほど難しいことではありません。しかしながらこの作品は、薄い厚みで見事に漆黒を表現しています。

一体どうやって実現しているのか不明ですが、こういうのは技術流出してはならないものですし、職人の勘に頼る鼻薬的なもので成り立っていたりするものです。すべて技術詳細が、アートを楽しむ側に明かされるべきものでもないでしょう。この『黒』については「よく分からないけれど凄い技術が使われているな」と思うくらいでOKだと思います。

美しいルビー・レッド

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この作品には最高級の赤い色が使われています。

純粋な赤でもなく、朱色系でもなく、少しだけピンク色を帯びた鮮やかで色気のようなものも感じる素晴らしい赤です。

赤が美しいボヘミアンガラスのコレクション

花瓶の周りにあるのは私のグラス・コレクションです。ここでご説明するために買い集めたものではなく、社会人1年目の頃からサラリーマン時代にご縁の合った各地で少しずつ買い集めた酒呑み用のグラスです。飲み会以外は一切外食しない家呑み派だったのと、ガラスが好きなのと、なんだか赤い色が好きだったようです(笑)

こうして並べてみると、同じ赤い色のガラスというジャンルでもそれぞれ色味や色の濃さが異なることがお解りいただけると思います。

銅赤のカットガラス銅赤の中〜高級クラスの量産ガラス製品

ガラスの赤の着色法は主に二種類あり、1つが銅を使う銅赤ガラスです。暗く沈んだ印象ですね。右のグラスは色が薄いですが、薄くしてもルビーレッドと言えるようなピンク系の赤ではなく、どちらかというと朱色系の赤にしかなりません。『ルビー・レッド』は高級な響きがあるので、ルビーレッドと称して販売されている赤のボヘミアンガラスはたくさんありますが、その殆どは銅赤の製品です。よほどの特別なものを除いては、量産品は高級なものでも銅赤で作られます。

金赤のグラス金赤の職人による手作りの量産品

これは純金を使って発色させた金赤グラスです。職人による高度な手仕事にこだわって、全国からガラス工芸品を集める専門店で求めたものです。会社の異動で岡山に住んでいた頃に偶然発見した倉敷のお店ですが、こういうお店はオーナーも職人さんや技術について詳しいので、話していて楽しかったりします。

粒子径が異なる金ナノコロイド溶液の色
"Gold255" ©Aleksandar Kondinski(2 January 2010)/Adapted/CC BY-SA 4.0

金赤は特定の粒子径にした金を分散させることで発色させる色です。

粒径のサイズによって色合いはシビアに変化します。

ナノオーダーの金微粒子のサイズをコントロールするのも難しいことですし、さらに濃度をコントロールするのも職人の勘頼りの難しいことです。

金赤グラス金赤グラス(現代)

私が購入したものは現代の80代の職人さんが作ったもので、この濃い色はその職人さんでなければ出せないそうです。

職人の高度な勘と経験が必要で、技術を伝承するために他の職人さんが一生懸命トライしているのですが、どうしても薄い色にしかならないとのことでした。

ロスチャイルド家の17世紀の金赤ガラスのボウル金赤ボウル(南ドイツ 17世紀後期−18世紀初期) 金赤のグラス・コレクション金赤グラス(現代)

それなのに昨年の初のロンドン買い付けの際、GENと長い付き合いのディーラーさんのご厚意でロスチャイルドの邸宅に連れて行ってもらったら、フォト日記にも書いた通り遙かに色の濃い別格の金赤ガラスのボウルを見てしまいました(失笑)
そのディーラーさんも質の高いものだけを厳選して扱っている自負があるので、実際にこういうアンティークジュエリーを使っていたイギリス貴族の生活や文化も知っておくべきと、初のロンドンだった私を連れて行ってくれたのでした。
現代の優れた手仕事の美術工芸品に携わる方々も間違いなく純粋な気持ちで一生懸命やっていると思うのですが、何しろ時代が違うとモノづくりの環境も全く違います。どんな美術工芸品も、残念ながら現代では昔のものに敵いようがありません。近い将来には、右の金赤の色すらも出せなくなるのでしょう。人の手仕事の技術はどんどん失われていきます。今は作ることができない、古く良いものは大切に守っていかなくてはなりません。

金赤と銅赤のガラスの色の違い
ロスチャイルド家の17世紀の金赤ガラスのボウル金赤ボウル(南ドイツ 17世紀後期−18世紀初期)

さて、金赤の色の濃さを見る際、被せガラスなのか単体で色を出すスタイルなのかも考慮する必要があります。

ご紹介の花瓶は被せガラスなので、透明な本体に被せた1mm以下、0.5mm程度の厚みでこれだけの鮮やかなルビーレットを出しているのです。

数ミリの厚さ全体で色を出せる、単体の作品とは全く訳が違うのです。

左のロスチャイルド家伝来の古い超高級品と同じくらい濃い金赤を使っているものと推測できます。

PD銅赤の被せガラス(ボヘミア 1848年頃)V&A美術館

銅赤の場合は色が濃く、ガラス層が薄くてもはっきりとした色が出せるので被せガラス向きです。

このグラスも、下部の銅赤部分は全く裏側が透けないほど色が濃いです。

【参考】クランベリーガラスのグラス(19世紀)

金赤は濃い色を出すことが難しく、ルビーレッドと呼べない色合いのものは『クランベリーガラス』に分類されます。

ガラスの層を厚くしてなるべく色が濃くなるようにします。

エングレーヴィングを施すための被せガラスにすることは少なく、それ故に装飾は金彩を施す程度であることが殆どなのです。

【参考】クランベリーガラスのデキャンタセット

クランベリーガラスの被せガラス製品自体は存在しなくもないのですが、色が薄すぎてせっかくのカット面もパッとしません。「金を使って色を出している」という『金』の価値だけですが、昔から黄金のエネルギーが宿っていそうな金赤は「魔を寄せ付けない」、「健康効果がある」など芸術性以外の観点からも尊ばれてきたようなので、これでも十分に喜んで買う人はいるでしょう。

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

金赤のルビーレッドとはそのような存在なので、この被せガラスの作品でこれだけの色を出せていることが俄には信じられません。

2-3. 被せガラスを生かしたデザイン

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この円筒形の花瓶は360度どこから見ても違った表情を見せ、どの角度から見ても面白く美しいです。

こういうものは意外とありそうでありません。

最初に見たときはとても驚き、そして感動を覚えました。

この角度で飾るべきという『正面』がなく、どの角度も美しい。どの角度からも見たい・・。
どの角度で飾れば良いのか本当に悩んでしまうのです。

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この『360度全てが見所』という不思議な芸術を可能としているのが、女性を彫り込んだ面の逆側を、潔いと思えるほど全面を無色のクリスタル面にしていることです。

だからこの角度から見ても、透明なクリスタルの層を通して裏側の女性の姿が見えるのです。

どの角度から見ても、色っぽい美しい女性と目が合っている気分になります。

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク
左の状態だとインタリオを正面から見ている状態、右だとリバースインタリオをさらに一枚のクリスタルを通して覗き見ている状態です。半分は透明なクリスタルの面にしたからこそ、このような景色になるのです。円筒型だとどうしても全面に繋がったデザインを施したくなるものですが、『透明な円筒形』の性質をこれほどまでに見事に生かした作品は天才的な才能を持つアーティストでなければできないものです。やはりどの角度でも美女と目が合いますね♪
キューピッドとヴィーナスをモチーフにしたアールデコのロッククリスタル・リバース・インタリオのペンダント『キューピットとヴィーナス』
ロッククリスタル リバース・インタリオペンダント
イギリス 1920年代
SOLD

ロッククリスタルにインタリオを彫る透明な芸術、リバースインタリオは1920年頃から出てくる芸術品です。

ヘリテイジをオープンするにあたり、2017年末はサラリーマン時代の貯蓄や退職金と相談しながら(笑)ご紹介するための宝物を集めていました。

独身貴族だったので資金的にはそこまで厳しくなかったですが、良いものが買い付けられるかはご縁次第です。

私自身、選ぶポイントは自分の中にしっかりあり、決断は容易なので出会いがあるかどうかが一番難しい所だと思っています。

準備期間が有り得ないほど短い中、奇跡のようなタイミングで手に入れたのがこの『キューピッドとヴィーナス』でした。

キューピッドとヴィーナスをモチーフにしたアールデコの透明な芸術

他にも十分に素晴らしい宝物はいくつかありましたが、私もGENも満場一致でヘリテイジの記念すべき第一作目の宝物と決めたのが、このリバースインタリオの第一級品だったのです。

アールデコのアールクレール

 

アールクレール(透明な芸術)は2人とも、感覚的に大好きなのです。

不透明な石を使ったインタリオとは別の魅力がある、アールデコらしい芸術ですね。

スモーキークォーツ 煙水晶 フォブシール 紋章 イギリス 18世紀 アンティークジュエリー アールクレール 透明な芸術『魔法のクリスタル』
スモーキー・クォーツ フォブシール
イギリス 1780年頃
SOLD
スモーキークゥオーツ フォブシール アンティークジュエリー

そんな、透明なクリスタルを彫ったインタリオの最高の楽しみ方を見せてくれたのが『魔法のクリスタル』でした。

この宝物も、私の初ロンドンにて不思議なご縁で巡り逢ったものです。

通常の紋章のフォブシールよりも遙かに深く彫り込んだ超一級のインタリオを、正面から見るのも楽しいものです。

水晶インタリオの拡大画像
でも、そのインタリオを透明なクリスタルを通して『裏側から見る』ことができる作りにはとても驚きました。カット面から見えるクリスタルの中の世界は幻想的でもあり、芸術的にも非常に素晴らしいものです。
アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

グラスアーティストになるような職人さんなのですから、この花瓶の作者も透明な芸術のポテンシャルを十分に理解し、透明なクリスタルガラスだからこそ可能となる芸術を最大限に描ききろうとし、それが実現したのがこのアールクレールの花瓶なのです。

2-4. 超高度なグラヴィール彫刻

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この作品の健康的でセクシーな、美しい女性は超高度なグラヴィール彫刻で表現されています。

アールデコの最高傑作と言って間違いない、『芸術家の魂ここに極まれり』と言えるレベルです。

アーティスティックであり、しかも超高度。

それを理解するために、通常のオーソドックスでレベルの高い作品についてご説明しておきましょう。

初期のグラヴィール彫刻の傑作

PDグラヴィール彫刻のグラス(カスパル・レーマン 1605年)

最高峰のグラヴィール彫刻の作品が作られたのは、考案者カスパル・レーマンの時代だったようです。

後の時代はレーマンの作品を参考にして最高級品が新たに作られたようですが、所詮はレーマンの作品は超えられなかったようです。

PDグラヴィール彫刻のグラス(カスパル・レーマン 1605年)

これぞルネサンスらしい、グラヴィール彫刻の最高峰という感じですね。有力な王族クラスのパトロンがいて、芸術家が好きなだけ作品制作に時間や手間をかけることができた時代ならではの傑作です。ある程度量産して生活費などの日銭を稼がなくてはならない時代の職人ではチャレンジすることすらも不可能な作品です。

ガラスのエングレーヴィング

色々道具はもっと工夫したはずですが、蒸気エンジンや電動モーターがない時代の作品とは思えません。

いえ、そういう時代だからこそ1点1点に魂を込め、魂が宿る美しい作品が作ることができたのかもしれませんね。

そしてそういう宝物だからこそ、手にした人たちも大切に使ってきたのでしょう。

現代のエングレーヴィング "Artigianato tradizionale (molatura)" ©Artigianato e Palazzo(15 May 2009, 09:50:49)/Adapted/CC BY-SA 2.0

現代だとチャーっと楽に電動で彫刻できるのですが、チャーっとレーマンのような傑作を作ることはできないようです。

ありがちな話ですが19世紀末にはボヘミアングラスの作業工程の機械化が進み、独自性が失われていき、つまらないものが量産されるようになっていきました。

ただ、ここでもウィリアムモリスが提唱した『アーツ&クラフツ運動』のような動きはあったようです(※アーツ&クラフツ運動についてはこちらもご参照ください)。

ボヘミアングラスの伝統と技法を守ろうと、19世紀末は各地にガラス製造のための教育機関が続々と設立されました。

【参考】ボヘミアングラスの花瓶(現代)

1925年パリ万博(アールデコ博覧会)でのグラヴィール彫刻

ヤロスラフ・ホレイック(1886-1983年)
"Jaroslav Horejc 627" ©Mat?j Ba?ha(23 March 2010)/Adapted/CC BY-SA 3.0

そのような中で1925年のパリ万国博覧会、俗に言うアールデコ博覧会で高い評価を得たのがヤロスラフ・ホレイックのグラヴィール彫刻でした。

格子の飾り彫刻(ヤロスラフ・ホレイック作 1930-1955年)"Zodiac sculptures 2" ©Alvesgaspar(6 November 2016)/Adapted/CC BY-SA 4.0

ホレイックはプラハの彫刻家、手工芸品デザイナー、装飾主義の代表的な存在かつ美術教師でもありました。ボヘミアングラスやグラヴィール彫刻が専門だったわけではないようです。

女性像(ヤロスラフ・ホレイック作 1965年)
"Stvanice, Sedici divka (02)" ©ŠJ?, Wikimedia Commons(4 February 2016)/Adapted/CC BY-SA 4.0

そうは言っても彫刻家として才能があるということは、3次元でモノの形を理解して処理し、作品に落とし込む能力があるということです。

アールデコ万博が開催された1925年頃の作品が左のグラヴィール彫刻のグラスです。

古典的な作風ですね。

始祖レイマンを習って作られたように感じます。

ホレイックは手工芸品デザイナーでもありました。

しかしながらいずれの作品も、チャレンジによってこれまでになかった新たなデザインを作り出すというよりは、ヨーロッパではオーソドックスと言える古典的な題材を使っている印象があります。

【参考】グラヴィール彫刻のグラス(ヤロスラフ・ホレイック作 1925年頃)
秋のグラス(ヤロスラフ・ホレイック作 1922年頃) 【引用】 Asociace muzeí a galerií ?R, z. s. / Muzejní výstava roku ©Copyright ©2015 Asociace muzeí a galerií ?R, z. s.  – EVANEK Studio

この時代の作品として、グラヴィール彫刻の出来映えは優れていますが、デザイン的に面白みを感じることができません。

同じようなものを作ろうとしても、所詮ルネサンス期の偉大な芸術家レイマンを超えることなんてできないのですから・・。

現代

アンティークの時代の王侯貴族の日常品と異なり、現代の量産の日常品にはもはや芸術性など微塵もありません。

芸術家による作品でも、技術と採算性の観点から、アンティークの時代ほど時間をかけて作ることはできないため、彫りの浅いつまらないものばかりです。

【参考】量産のボヘミアングラス(現代)

サンドブラストで模様を描くグラスアートの手法もありますが、マスキングしていない表面を荒らして白くするだけなので、これも厚みのない薄っぺらなアートにしかなりませんね。

体験できる場所もあり、これも個人のお遊びとしては楽しいですが、魂を込めた万人が認める芸術品かと言われると違うと思います。

【参考】サンドブラストによるグラスの模様
PDレーザーエッチングによる模様彫り(現代)

レーザーを使えば厚みのある可能は不可能でも、人間の手では到底不可能な線描も可能です。

グラスアート好きとしては面白いとは思うのですが、いまいち感覚的にレーザーアートはピンと来なくて、サラリーマン時代も購入までは至りませんでした。

人の手による揺らぎがない、機械による不自然なものは心地よさが感じられないのです。

本作品のダイナミックかつ繊細なグラヴィール彫刻

カスパル・レーマン作 1605年
【参考】ヤロスラフ・ホレイック作 1925年頃

レーマンの時代の作品と、17世紀後期以降の作品では使っているガラスの質に違いがあります。レーマンの時代はクリアで輝度の高いカリクリスタルガラスは発明されていなかったため、透明性を失わぬよう厚いガラスは使うことができませんでした。浅い彫りしかできなかったのです。

一方でカリクリスタルが使用できる時代は、ガラスの厚みを生かした大胆な深いカットが可能です。ホレイックもそれを生かして人物の肉体を生き生きと表現していますね。

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この女性も、カリクリスタルガラスの厚みを生かした大胆な彫刻による、生き生きとした表現がなされています。

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しゅっと細くて美しい脚ですが、ちゃんと筋肉まで表現してあるのが素晴らしいです!

女性なのであくまでもムキムキにならず、健康的で若さあふれる美しい脚です。

太もも、ふくらはぎの筋肉はもちろん、膝小僧や膝の裏側の筋肉も絶妙な凹凸をつけて本物の人間の脚のように描写されています。

少し後ろ側に引いた右足首の、後ろ側の筋までも表現されています。

動きを感じる、生きている人間を筋肉の絶妙な表情で見事に描き出しています。

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パラソルは骨に布を張った構造が分かるほど、それぞれの部分の深さを繊細に変えて彫ってあります。

 

目鼻立ちや背中の肉付きなどの微妙な立体感も、彫りの深さを変えて巧みに表現してあります。

繊細緻密な彫りも難しい技術ですが、花瓶のような曲面かつ大きなものに、バランスを崩さずに描くのも実はとても難しいことです。

過去の優れた職人の単なる模倣ではなく、全く新しいスタイルでの最高傑作を作ろうと挑んだ作者の意気込みが伝わってきます!

 

目玉の部分は深く彫って、さらに透明に仕上げてあります。

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マット肌の美女の顔で、この部分だけが透明です。

見る角度によって変化し、光の加減によって時折キラリと輝く魅惑の瞳に圧倒されます♪

 

また、ちょっとしたことですが、マーセルスタイルの髪型も立体感が強調されるよう、部分的に半透明にしてあります。

彫りの深さだけでなく、透明、半透明、マット仕上げの質感をうまく使い分けて全体としての美しさを出しているのです。

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女性の肌はフロステッド加工のマット仕上げにしてある一方で、水着の部分は肌の部分よりさらに深く彫り込み、布の質感を出した上で半透明にしてあります。


この表現力は高度な技術と手間を惜しまぬ努力の結果なのです。

 

傑作を作り出せる天才作家は、高度な技術を持つ職人の中でもごく僅かです。

いつの世にも存在するわけではなく、それこそ100年に1度出てくるようなクラスの希有な存在だと思います。

アーティスティックなデザインができるだけでは駄目です。

どうやったらその表現ができるのか、新しいやり方を閃くことができる技術分野に関しても優れた頭脳が必要です。

さらに自身の手で具現化できる器用さや、失敗できない作業への神技的な主張力、手間がかかる作業への忍耐力も必要です。

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縫い目まで表現されたハイヒールなど、細部に至るまでの気を抜かない完璧な細工が素晴らしいです。

現代の高級量産靴と違って、丁寧な手縫いによる上質な革靴が当たり前だった時代が伝わって思わず感動してしまいます。

サイン

面白いのが、カリクリスタルガラスの透明部分はとことんクリアなことに比べて、マットな部分はとことんマットなのです。

荒いマット仕上げではなく驚くほど緻密なマット仕上げなので、裏側がほとんど透けて見えないほどマットなのです。

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水着部分は半透明で、水着の布の繊維は水着の形に沿った横筋で表現されているので、光の反射やパラソルなど周囲の映り込みなどによって、より美しい女性の立体感が強調されるようになっています。

表面の質感を工夫するだけでこれだけ光をコントロールし、印象を変えることができるなんて驚きです。

こうして完成したものを見て論評することは簡単なことですが、ゼロの状態から全てを計算して具現化するなんて人間技とは思えません!!!

冴えを感じるラインの美しさ

アールデコ ボヘミアン ガラス 花瓶 アンティーク

この作品には随所に『ライン』が引かれ、全体の雰囲気を引き締めつつデザイン性を高める効果となっています。イングレーヴィングによるこのラインは、冴えを感じる見事な美しさが際立っています。
日本の焼き物で言えば、鍋島藩の藩窯で作られた色鍋島や初期伊万里などに見られる線描に共通する美しさです。

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Aのラインにそれが良く出ています。

機械が描くような奇麗で精密な線を彫ろうとゆっくり丁寧に彫るのではなく、スパーっと達人が一気に冴えわたる感覚で彫ったような躍動感溢れるエネルギーと勢いを感じる彫りなのです。

サイン

細い線も勢いがありながらも、全く乱れのない美しいラインです。

日本の居合抜きの如き達人技という印象です。

定規などを使ってノロノロと時間をかけて精密さを出した、死んだラインとは対極の存在です。

 

太いラインは縁取りをし、さらにフロステッド加工にしてあるのも素晴らしいです。
この縁取りがあるか否かで印象は全く異なっていたでしょうね。

ルビーレッドと黒のエリアの境目にも縁取りの線を彫ってあるので、アールデコらしいスタイリッシュでメリハリの効いた美しさを感じるのです。

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これは女性の裏側からの画像です。舞台の緞帳の下に女性が立っているかのようなデザインです。透明な部分に描かれたラインも効果的ですね。左右の黒の模様は左右が非対称です。実はこれもジャポニズムの影響です。ヨーロッパ美術は左右対称で描くのが通常でしたが、日本美術と融合することで左右非対称な描き方も取り入れられるようになったのです。

フランスシメントリー 樹木Genとアローのフォト日記『フレンチシメントリー』

フランス人は庭園などの配置からも感じ取れる通り、対称デザインを好みます。ただ、これはあまり日本人好みではありません。

観光地として楽しむことはできるけど、パリは何だか落ち着かないという日本人は多いと聞きます。

左右非対称の自然の美、心地よいバランスの取れた調和の美に慣れ親しんできた日本人の美的感覚によるものなのかもしれませんね。

アールデコの水着の女性を描いた花瓶

緞帳から見えるスターのような華やかさと、手の届かぬ存在感を醸し出す女性の姿は、表から見たときとはまた別の魅力がありますね。

いかにも1930年代のアールデコの欧米らしいモチーフながら、左右非対称の調和のとれたバランスがあるが故に、日本人にとっても違和感なく美しいと思えるのではないでしょうか。





融合・昇華型ジャポニズムは日本美術を理解できた芸術家にしか生み出すことはできません。

文化の異なる異国の美術を理解し、優れた先人の模倣ではなく、その時代ならではの、その時代だからこそできた全く別の素晴らしい芸術を生み出したこの宝物の作者は間違いなく天才アーティストです。

優れた芸術は、残念ながら秀才では絶対に生み出すことはできません。

 

ポイント3に続く