クレオパトラと天然真珠

世界最古の天然真珠(紀元前6,000年頃)
【引用】Deutsche Welle ©AFP/ABU DHABI DEPARTMENT OF CULTURE AND TOURISM/Adapted

 現在確認されている世界最古の天然真珠は、2019年10月にアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ文化観光局から発表された8,000年前の真珠です。

アブダビ沖のマラワ島にある同国最古の建築物跡で、部屋の床から発見されました。

それ以前は、2012年に同国ウンム・アル・カイワイン沿岸地域の新石器時代の遺跡から発見された、約7,500年前の真珠が世界最古とされていました。

石油発見以前、ペルシャ湾一帯は天然真珠の一大産地として知られており、真珠ダイバーで生計を立てる人も多く存在しました。これらは同地で新石器時代から既に真珠が取引されていた証拠とされます。エジプトも近いですね。古代より、天然真珠がいかに『富と権力の象徴』だったか分かるクレオパトラのエピソードがあります。

 

クレオパトラの世界最大の天然真珠

『クレオパトラの饗宴』(ヘラルト・フート 17世紀後期〜18世紀初期)

 古代エジプト最後のファラオであるクレオパトラ7世(紀元前70/69〜紀元前30年)は、当時世界最大だった真珠の耳飾りを所有していたことで知られていました。古代ローマの将軍アントニウスがエジプトに来た際、クレオパトラは連日豪華な宴会を開いていました。そんなある日、女王クレオパトラはアントニウス将軍に「これまでに見たことがない豪華な宴を見せる。」という賭を提案しました。

PDマルクス・アントニウス(紀元前83-紀元前30年)

美食に飽きたローマの将軍にとって、ちょっとやそっとの豪華な宴程度では、もはや感動のしようもありません。

クレオパトラの言う"豪華な宴"を目の当たりにし、アントニウスは「何だ、いつもと変わらないではないか。」と言いました。

古代エジプトのファラオ クレオパトラ7世(紀元前70/69-紀元前30年)

するとクレオパトラは片方の耳から天然真珠を外し、ワインビネガーに入れて溶かし、それを一気に飲み干したのです。

この世界最大の天然真珠は当時、小国が1つ買えるほどの価値がありました。賭は誰もが認めるクレオパトラの勝ちとなりました。

美しさだけでなく、教養と知性も備えたとされるクレオパトラらしいエピソードです。

女王(君主)であるクレオパトラは、君主の配偶者である王妃とは全く立場が違います。大国エジプトの君主として、威厳や度量も示す必要があります。これは女王としてのクレオパトラの富と権力、駆け引きの才能、潔さを象徴するエピソードで、その要となったのが至高の宝石としての天然真珠でした。

 現代は『本真珠』という詐欺まがいの名称を名乗る養殖真珠のせいで「養殖真珠=本物の宝石真珠」と勘違いする人が大半となった結果、このエピソードの示すところが正確に伝わりにくいのが残念です。人工的に大量生産する養殖真珠は、その中身のほとんどは貝殻の核です。上質とされる『花珠』であっても真珠層はハガキ程度の厚さしかなく、ただのメッキです。養殖真珠と天然真珠の違いは、金メッキと金無垢の違いと同等です。いくらでも安く量産できる工業生産品に稀少価値などありません。溶かして飲んでも、また同じものが新品で買えます。本物の宝石である、天然真珠の比較対象にはなり得ません。

クレオパトラのエピソードは現代だと「寒いから最高に贅沢な方法で暖めて差し上げます。」と、世界最大の宝石品質のダイヤモンドにまるで石炭のごとく火をつけ、あっさりと灰にするのと同じ感じでしょうか・・。

 

約2千年前の天然真珠のジュエリー

 古代から長きに渡り、ダイヤモンドではなく天然真珠こそが至高の宝石でした。だからこそ様々な王侯貴族のエピソードや絵画などが残されています。ジュエリーの文化が発展してこなかった日本では残念ながら、多くの方が養殖真珠に駆逐された後のことしか知りません。

天然真珠は採れる量が本当に少なく、いつの時代も需要に対し不足していました。このためほとんどのジュエリーはリメイクが繰り返され、そのままの形では残っていません。これらは貴重な古代の天然真珠ジュエリーです。

PD天然真珠とゴールドの耳飾り(古代ローマ 1世紀)メトロポリタン美術館 天然真珠とゴールドの耳飾り(古代ローマ 2世紀)大英博物館 【引用】Brirish Museum © The Trustees of the British Museum

養殖真珠は真珠層と核の間に隙間があり、そこから入り込んだ汗や皮脂、大気中の汚染物質によって内側から変色します。薄メッキ状態なので変色があわられるのが早く、しかも表面ではなく内側からの変色なので、表面を拭っても防止も改善もできません。

最近では「真珠は20年くらいしかもちません。」と、劣化は当然であるかのように説明する業者もいます。一般的には養殖真珠業界では「長くても真珠の寿命は20〜100年で、もともとの品質やメンテナンスなどの状態に依ります。」と説明しているようです。劣化したらあなたの保管方法が悪かったと納得させることができます。実際に保管方法が適切でない場合もあるとは思いますが、どれだけ大切にしても変色が避けられないものを、このような売り方をするのは詐欺同然です。


天然真珠とゴールドの耳飾り(古代ローマ・エジプト 100〜200年頃)
【引用】V&A Museum © Victoria and Albert Museum, London

古代の天然真珠は、2千年ほど経っても美しい色彩と照り艶を保ち続けられることを証明しています。

王侯貴族は代々財産が受け継がれます。ジュエリーは装飾品としてだけでなく、万が一の時に持ち運びやすい財産としての価値も重視されていました。代を超えて使用することを前提に作られますから、100年以上の使用と経年劣化への耐久性が要求されます。宝石、作りの両方です。だから100年やそこらで劣化する宝石を王侯貴族が高く評価したわけがありません。古今東西の王侯貴族を魅了し続けた至高の宝石、天然真珠は数千年の時を超える美しさと強さを確実に持っています。養殖真珠と同一視してはいけません。今しか見れない人と、長い目で俯瞰できる王侯貴族のような人との、視点の違いがあらわれる部分と言えるでしょう。

古代ローマのピアス ヴィクトリアンのソートワール
天然真珠とゴールドの耳飾り
古代ローマ 2世紀
大英博物館
【引用】Brirish Museum © The Trustees of the British Museum/Adapted
雪だるまのような天然真珠のアンティーク・ゴールド・ロングチェーン『雪珠真珠』
バロック天然真珠 ゴールド・ロングチェーン
ヨーロッパ 1890〜1900年頃
SOLD

左の古代ローマの天然真珠を眺めると、「以前ご紹介した『雪珠真珠』にも似た子がいたなぁ〜♪」とワクワクします。バロック天然真珠だけを集めたHERITAGE好みの宝物でした。これだけ個性派揃いで照り艶が良く、しかも適切なサイズがこの数で揃っているというのは信じ難いことでした。

リメイクされると、その宝石がいつの時代に得られたものか分からなくなります。右のソートワールは、人類が数千年かけて集めた天然真珠の集大成と言えるかもしれません。恐らく長年集め続け、数を揃えることが叶った19世紀後期だからこそ実現できた宝物です。もしかすると、お手持ちの天然真珠の宝物の中には、古代に採れた珠も混じっていたりするかもしれませんね♪

 

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