No.00198 アンズリー家の伯爵紋章

アングルシー伯爵のシール アンティーク アングルシー伯爵のインタリオ
アングルシー伯爵のインタリオ 実物大 実物大
←実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります

『アンズリー家の伯爵紋章』
ジョージアン レッドジャスパー フォブシール

イギリス 19世紀初期
レッドジャスパー、18ctゴールド
3,7cm×3cm 奥行き2,2cm
インタリオの大きさ 2,5cm×1,9cm
重量 20,4g
※シルバーで型を取ったプレートをサービスでお付けします
¥1,230,000-(税込10%)

古い時代の貴族らしい、紋章に黒人青年が描かれたフォブシールです。伯爵家由来のもので、イギリスの爵位貴族がいかに凄かったか伝わってくる抜群の作りとセンスの良いエレガントなデザインが魅力です。
作りの良さに加えてどの家に由来する物なのかも分かっているので、想像する楽しみだけでなく、さらに詳細を調べて知ることもできる、楽しみ数十倍の貴重でラッキーな宝物です♪

イギリスの貴族の爵位

ケンブリッジ公爵夫妻 サセックス公爵夫妻

最近もイギリスのヘンリー王子と女優メーガン・マークルさんのロイヤルウエディングがあり、成婚時にヘンリー王子がサセックス公爵に叙任されたということで、イギリスの公爵の名称を聞く機会があった方も多いと思います。ウィリアム王子もキャサリン妃との成婚時にケンブリッジ公爵を叙任されていますね。

紋章の冠で分かる貴族のランク

アングルシー伯爵のインタリオ

イギリスに貴族制度があることは知っていても、具体的な詳細はご存じない方も多いと思います。

これは爵位や家系が分かる、大変貴重なシールです。

せっかくなので、少し具体的に見ていくことにいましょう。

アングルシー伯爵のインタリオ
←↑実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小の比率が分かります。
実物のサイズを想像いただけると、いかに驚異的な別格の彫りが施されているかが分かると思います。
紋章学辞典 コロネット・ランク イギリス貴族 爵位 公爵 侯爵 伯爵 子爵 男爵
イングランドの冠の種類による爵位の違い(『紋章学辞典』森護著 p.74より)
イングランドの爵位は冠によって判断することが可能です。これだけ彫りが良ければ間違うことはありませんね。
アングルシー伯爵のインタリオ

この冠が示す爵位はearl、伯爵です。

冠の飾りとして使われれている丸い珠は真珠、植物は苺の葉です。

国王、皇太子、皇子以下5つの爵位があり、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となり、兼任したりもします。

 

公爵は先ほどのウィリアム王子やヘンリー王子の例からも分かるように、王族も叙任されるような爵位です。現代ではちょっと想像しにくいですが、伯爵も相当な地位です。

イギリス貴族とは

ロスチャイルドの城 イギリス WADESSDON ザ・シーズン
ロスチャイルド男爵の邸宅(WADDESDON MANOR)
これは初めてのロンドン買い付けで、GENが長くお世話になってるイギリス人ディーラーに連れて行ってもらったロスチャイルドの邸宅です。邸宅というより城です(笑)美術館やワインセラー、人間が何人も余裕で入れる大きさの南国の鳥籠もありました。
ワデスドンマナー イギリス ロンドン 貴族 シマウマの馬車 ウォルター・ロスチャイルド

貴族は奇人変人が多いとも言われますが、いくらでもお金があるので、左のように羨ましすぎるような楽しいこともできちゃいます(笑)

それでもロスチャイルド男爵は5つの爵位の中では一番したの男爵です。

 

銀行家のロスチャイルド家が連合王国貴族爵位を受けたのは比較的新しく、1885年のことです。

基本的には古くからイギリス貴族は地主であり、現代でも大地主として存在します。

ワデスドンマナー イギリス ロンドン 貴族 ガラパゴスゾウガメ ウォルター・ロスチャイルド ロトゥマ
第2代ロスチャイルド男爵ウォルター・ロスチャイルド(1868-1937年)
グロブナー家の所有するメイフェア、ベルグラビア地区
ここはロンドン屈指の高級住宅街かつ高級店が建ち並ぶメイフェア、ベルグラビア地区です。1677年から続くグロブナー家が所有するもので、爵位はウエストミンスター公爵です。推定資産は90億ポンド、日本円に換算すると約1兆9800億円で、イギリスの長者番付第3位です。地区によっては、出店者にとって大家さんが王族や貴族だったりするのはイギリスではよくあることなのです。

イギリスの地主貴族

産業革命 1814年当時の鉱夫 ジョージ・ウォーカー

産業革命が起きる前までは、イギリスでは特に地主貴族が社会的に圧倒的な力を持っていました。

最低でも数百エーカー(500エーカー=200ヘクタール)の土地を所有し、そこから得られる収入は他の職業を圧倒する桁外れの額でした。

その資金で都市部の政治などにも深く関わることで、権力も保有していたのです。

産業革命に象徴される『1814年当時の鉱夫』(1813年)ジョージ・ウォーカー画
紋章学辞典 コロネット・ランク イギリス貴族 爵位 公爵 侯爵 伯爵 子爵 男爵

地主貴族といっても収入規模によって大きく3つに分類されます。

トップに君臨するのが爵位貴族で、数千から数万エーカーという複数の州にまたがる広大な所領を保有しています。

最低でも年に数千ポンドの収入を得ており、その資金で政界入りして閣僚や党重役などになり、国政にも深く関与してきました。

騎士号授与 ナイト エドモンド・レイトン

その下が準爵位やナイトと言われる称号です。

爵位貴族ほどではないにしても年に千ポンド程度の収入を得ており、「サー」の称号を有する者も多くいました。

国政にも関与したりしますが、大抵は下院議員や治安判事を務め、特に州の政治に強い影響力を持っていました。

ドラゴン退治するとナイトの称号が与えられる昔話もありますが、平民が武勇をたててなることができる最上位という印象でしょうか。

ナイトになり地主となることで、権力だけでなくお金も得られるのです。それでも収入は一番下の爵位貴族の数分の一がせいぜいです。いかに爵位貴族が別格であるかがご想像いただけると思います。

『騎士号授与』(1901年)エドモンド・レイトン画

その下がエスクワイアと呼ばれる存在で、貴族としての爵位は持たないものの領地を持ち、庶民院の立候補や投票資格を持っていた人たちです。年収は年に200〜千ポンド程度で、影響力としてはせいぜい教区委員を務める程度でした。

それでも地代を払って日々の生活をする地域住民よりも上の立場です。爵位貴族という存在は本当に別格なのです。ヘリテイジでは王侯貴族のために作られたアンティークジュエリーを厳選してご紹介していますが、本来は庶民が持てるようなものではありませんし、その価値からすると提示価格は破格の値段なのです。当時の人達が現状を見たら卒倒するのは間違いないと思います。ありたがいことに現代ではイギリスでも価値が理解できる人が少ないため、価値からすると当時の人たちに申し訳ないくらい安く仕入れることができるので、この程度の値段でご紹介ができています。

まあ、貧富の差が少ない現代、貴族のような莫大な資産ではなく一生懸命働いて得た大切なお金を握りしめて買う私たちにとっては、それでも金額的には安くないのですが・・。価値からするとあり得ないほど安いと思ったからこそ、私もルネサンスでは頑張って大枚をはたいてお気に入りを手に入れました(笑)

紋章のムーア人

アングルシー伯爵のインタリオ

さて、冠のおかげでこのシールの持ち主が伯爵だったことは分かりました。

下の男性のモチーフも独特ですね。

拡大して見てみましょう。

←実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります
男性も実物サイズを考慮すると、あり得ないほど素晴らしい彫りです。黒人男性の精緻な横顔であることがはっきり分かりますね。
【参考】低品質のブラッカムーアのカメオ

黒人モチーフは日本でアンティークジュエリーが流行した際に雑誌で特集された結果、ブランド化して低品質の物も含めて一気に値段が跳ね上がったことがあったそうです。日本人がイギリスで買いあさった結果だそうですが、上のカメオもアンティークだから良いとは限らない(むしろ駄目な物が多い)見本みたいなものですね。市場にはさらに酷い物もたくさん存在します。ブラッカムーアであれば何でも高値で売れる、このおかしな現象をGENはかなり嫌っていました。

ブラッカムーア カメオ ペンダント アンティークジュエリー ロケット ルビー ブラッカムーア ルネサンス フランス モスアゲート(苔メノウ) アンティークジュエリー デンドライトアゲート ダイヤモンド ルビー カメオ ロケット

こういう面白くて芸術的に価値あるブラッカムーアならば、いくつでも扱いたいですけどね。

それはさておき、紋章に黒人がいるのは1つの分かりやすい特徴です。伯爵家というキーワードを重ね合わせると、1つの家系が出てきました。

『ブラッカムーア』
フランス 1860年頃
カメオ ロケット ペンダント
SOLD

アンズリー家

アングルシー伯爵のインタリオ

結論から言うと、これはアンズリー家のものです。

紋章については『英国貴族の紋章』でご説明していますが、このアンズリー家の紋章も相続によってエスカッシャン(盾)の部分はバリエーションがありますが、それ以外の部分はアンズリー家と当時の爵位で共通しています。エスカッシャンの左にいるのがローマの騎士、右は黒人のプリンスです。
初代アングルシー伯爵 アーサー・アンズリー マウントノリス男爵 ヴァレンティア子爵

アンズリー家が伯爵位を得たのは、左のアーサー・アンズリーの代です。

父親はアイルランド貴族で、初代ヴァレンティア子爵フランシス・アンズリーでした。

父親が死去した際にヴァレンティア子爵位を継承し、翌年にイングランド貴族アングルシー伯爵を叙任しています。

ちなみにイングランド貴族は同じ爵位の場合、スコットランド貴族、グレートブリテン貴族、アイルランド貴族、連合王国貴族よりも上位とされています。

初代アングルシー伯爵アーサー・アンズリー(1614-1686年)
初代アングルシー伯爵 アーサー・アンズリー マウントノリス男爵 ヴァレンティア子爵
アーサー・アンズリー初代アングルシー伯爵の紋章 初代アングルシー伯爵アーサー・アンズリー(1614-1686年)

爵位は兼任することがあることは前述しましたが、アーサー・アンズリー初代アングルシー伯爵も複数に爵位を保有しています。

・初代アングルシー伯爵(1661年の勅許状によるイングランド貴族爵位)

・ケリー州における第2代ヴァレンティア子爵(1622年の勅許状によるアイルランド貴族爵位)

・バッキンガム州におけるニューポート・パグネルの初代アンズリー男爵(1661年の勅許状によるイングランド貴族爵位)

・アーマー州におけるマウントノリスの第2代マウントノリス男爵(1628年の勅許状によるアイルランド帰属爵位)

・マウントノリスの第2代準男爵(1620年の勅許状によるアイルランド準男爵位)

初めて温室栽培に成功したパイナップルを献上されたイギリス王チャールズ2世の治世下で重用された人物なのですが、これだけの爵位の数を見れば、いかに大地主で財力と権力を保有していたか容易に想像できますね。

ロスチャイルド男爵などの例外はありますが、特に古い時代は貴族の名称は地名がそのまま用いられました。

アングルシーと聞いて、すぐに島の名前を思い浮かばれた方もいらっしゃると思います。

アングルシー島
アングルシー島とウェールズの本土(グレートブリテン島)をつなぐメナイ吊橋(1826年完成)

アングルシーはホリー島や周辺の小島を含む連合王国の州の1つで、2000m級の滑走路を有するアングルシー空港も保有するウェールズ最大、イギリスでは第5位の島です。有史以前からの歴史があり、ローマ時代から鉛、亜鉛、鉄などの鉱山が栄えていました。上のメナイ吊橋だけでなく、1850年にはブリタニア橋も完成しており、現代では2つの橋から渡ることもできます。

現代では景色の美しいアングルシー島は観光地としても人気で、年間200万人の観光客が北ウェールズやイギリス北部から訪れます。良質の砂浜や海岸線に恵まれており、訪れた人々はそれらを楽しむようです。

そんなアングルシー島ですが、18世紀には石炭採掘が主産業でした。同じく、銅鉱山業も一大産業として成長しています。

鉱物資源に恵まれた土地ですが、それらを得るには多くの人手が必要です。

アングルシー伯爵統治下でも、島の恵まれた鉱物資源を得るために多くの黒人が従事していたと推測されます。

たくさんの黒人奴隷を持つことが富と権力の象徴だった時代に、伯爵家の紋章が成立したと考えると黒人のモチーフも納得できます。

家系の断絶

現代のイギリスの貴族院(ウエストミンスター宮殿)

イギリスの貴族は通常、世襲制です。

兄弟全員が継承できる大陸の爵位と違い、爵位は常に一人が相続します。初代の直系の男系男子が前提で、爵位は終身なため爵位保有者が継承者を決めることはできず、爵位を受けるには貴族院に認められなければなりません。

 

現代以上に成人できる子供の割合が少なかったことを考えれば、家系を断絶させないことがいかに難しかったことか想像できると思います。

アンズリー家近辺の家系図の一部

中世から続く古い貴族が、イギリスでは数える程度しか存在しないのもこのためです。

その分、古い家柄はより価値があるとも言えるのですが・・。

18世紀初頭の貴族院を描いた絵画 ピーター・ティレマンス ロイヤル・コレクション

アングルシー伯爵家も兄弟や従兄弟へと何とか相続を重ねましたが、6代アングルシー伯リチャード・アンズリー重婚にあたる3回目の結婚でようやくもうけた唯一の男子アーサー・アンズリーはリチャードの死後、グレートブリテン議会貴族院に認めてもらえませんでした。

これにより、1761年のリチャード・アンズリーの死によってアングルシー伯は廃絶となります。

一方でアイルランドの裁判所や貴族院からは婚姻が有効と認められたため、ヴァレンティア子爵などのアイルランド称号はアーサーに継承されることとなりました。

18世紀初頭の貴族院を描いた絵画(1708-1714年頃)ピーター・ティレマンス画 ロイヤル・コレクション
現代の貴族院議場の女王の玉座(2013年撮影)

先ほどの18世紀初頭の貴族院の絵画からも伺えるように、貴族院は時の王も参加したりする国政の中心です。このような場に参加し、発言権を持つのが貴族なのです。ヘリテイジではそういう家柄から出てきた宝物をご紹介しているので、物自体も凄いのです。アンティークだから凄いわけではなく、古い時代にしか存在できなかった莫大な資産と教養を持つ家の物だったからもの凄いわけですね。資産と違って教養や品格は身につけることが難しく、今では理解できる人がほとんどいないからこそ、ヘリテイジで買い付けてご紹介することができるのです。

価値ある宝物が理解されなかったことは悲しい一方で、そのお陰でアンティークジュエリーを扱うことができるので、私にとってはある意味ラッキーなことだと思っています。

現代の日本のお金持ちとも全く違うのもここから分かると思います。金で政治の権力は買うことは現代では難しいです。選挙権が広く認められた現代ではお金だけでは議員にはなれませんし(桁はずれのお金を使えばあり得ますが)、お金の力で裏で完全に政権を掌握するのも現実的ではないでしょう。法律などにも口出しできれば、自分がより資産を増やして権力を増すことだって可能ですからね〜。

マウントノリス伯爵

アンズリー家の紋章のプレート(中国 1790年)
さて、アーサー・アンズリー(1744-1816年)はイングランド貴族の爵位は継承できなかったものの、アンズリー家に伝わるアイルランド貴族の爵位は継承しました。ヴァレンティア子爵とマウントノリス男爵位がありましたが、アーサーの時にマウントノリス伯爵位を得ることになります。

これはアーサー・アンズリーがマウントノリス伯爵だった時代に中国で作られた家紋皿です。

伯爵なので冠のランクも伯爵家のものですね。

アンズリー家の家紋として、左の通り紋章も継承されていることが分かります。

アングルシー伯爵のインタリオ

1761-1816年まではアーサー・アンズリーが当主だったので、19世紀初期と考えられるジョージアンのこのシールは、アーサーが作らせた可能性があります。

ジョージ・アンズリー マウントノリス伯爵 イギリス貴族 アングルシー伯爵 アンズリー家

アーサーが亡くなった後は息子のジョージ・アンズリーが爵位を継承します。

1844年まで当主だったので、シールはアーサーかこのジョージかどちらかがオーダーしたものでしょう。

第2代マウントノリス伯爵ジョージ・アンズリー(1770-1844年)
ヘンリ−・ソルト マウントノリス伯爵 旅行 エジプト学者 外交官 イギリス

ジョージは秘書および案内役のヘンリー・ソルトと様々な場所を旅しました。

ヘンリー・ソルトはアーティスト、トラベラー、骨董蒐集家、外交官でありエジプト学者でもあった人物です。

そんなヘンリーの案内で1802-1806年にかけて巡ったのはエジプト、紅海、インド、スリランカです。さすが由緒ある昔の貴族はスケールが違いますね。

ヘンリー・ソルト(1780-1827年)

2人が見聞きした記録は左のような本にまとめられています。

この本に掲載されているヘンリー・ソルトの絵からも様子が伝わってくるので、いくつかご紹介しておきましょう。

Voyages and Travels to India, Ceylon, and the Red Sea, Abyssinia, and Egypt, in the years 1802, 1803, 1804, 1805, and 1806
Voyages and Travels to India, Ceylon, and the Red Sea, Abyssinia, and Egypt, in the years 1802, 1803, 1804, 1805, and 1806
Voyages and Travels to India, Ceylon, and the Red Sea, Abyssinia, and Egypt, in the years 1802, 1803, 1804, 1805, and 1806
Voyages and Travels to India, Ceylon, and the Red Sea, Abyssinia, and Egypt, in the years 1802, 1803, 1804, 1805, and 1806
アレイ城 マウントノリス伯爵 イギリス

旅行では各種のオブジェクトや植物が蒐集され、スタッフォードシャーにあるアレイ城に、大規模なコレクションとして10エーカーの樹木園が作られました。

アレイ城
アレイ城 マウントノリス伯爵 イギリス
アレイ城(1904年撮影)
しかしながらジョージ・アンズリーが1844年に亡くなると、跡を継ぐ者がおらずマウントノリス伯爵も廃絶してしまいます。1852年にはコレクションは売りに出され、いくつかは1854年に大英博物館に寄贈されました。アレイ城も1960年には壊されて無くなっています。

伯爵家のシール

なぜ今ヘリテイジにこのフォブシールがあるのか、何となくお分かりいただけたのではないでしょうか。

廃絶せず、没落もしなかった家系であれば、このよう紋章シールが外部に出てくることはなかったでしょう。

でも、このアンズリー家の伯爵家の紋章シールは継ぐ者がいなくなり、数奇な運命を経て日本にやってきたのです。

エレガントなセッティング

貴族の中でも爵位貴族は別格ですが、さすが古い時代からの伯爵家と頷けるシールです。

ストーン本体の上部のゴールドの装飾は、とてもエレガントな雰囲気の彫金です。

ゴールドが非常に高かった時代にも関わらず十分な厚みがあり、いかにもお金に糸目をつける必要がなかった伯爵家らしい贅沢で格調の高さを感じさせる作りです。

 

取っ手も厚い金の板に彫金して作られたものですが、この部分に力を入れるのがさすが伯爵家です。

一見オマケのような存在なので、普通だったらこの部分はケチりたくなりますが、そんなことしたら美意識が行き届いていないこと、みみっちいことがバレバレです。
お金の心配不要、あくまでも紳士としてのエレガントさが重要な貴族は絶対にそんな恥ずかしいことはしません。

取っ手の輪は回転する構造になっており、丁寧に二本の溝が彫ってあります。さりげないですが、さすがジョージアンらしい良い仕事がしてあります。

横から見ると、贅沢なゴールドの使い方がさらに伝わってきますね。

でも、このシールの一番の特徴は石のセッティングの面白さです。半球状にカットしたレッドジャスパーが、デスクなどに置いた時にも見えるようにセッティングしてあります。印象的な赤い色がより惹き立ち、フォブシール全体がより華やかでエレガントな雰囲気になっています。大変珍しいセッティングで、43年間でこれ以外には見たことがありません。

美しいレッドジャスパー

この印象的な赤い色の石が何なのかと言うと、レッドジャスパーです。

日本はパワーストーン大国なので、名前くらいは聞いたことがある方も多いでしょうか。レッドジャスパー赤い色を持つ碧玉です。微細な石英(クォーツ)が集まってできた鉱物の一種で、玉随や瑪瑙と同じ種類にあたります。より不純物を多く含んだ物が碧玉(ジャスパー)なので、当然ながら多くは石自体も不純物が多い見た目になります。まあ、磨けばどんな石でも一応それらしくは見えますが・・。

製品として販売する場合は当然不純物の少ない石を選んで加工しますが、大きくなればなるほど均質な石を選ぶことは難しくなります。

アングルシー伯爵のインタリオ

均質かつ美しい色合いのレッドジャスパーは当時も貴重だったはずです。

一見地味ですが、やはり伯爵家の紋章を彫るに相応しい石が選ばれているということです。

超一級のインタリオの彫り

このインタリオの彫りの巧みさには圧倒されます。手元に収まってしまう、偉大なる美術品と言えます。


伯爵家の邸宅や旅行などへのお金の使い方から想像できると思いますが、間違いなく当時の第一級のカーバーに依頼して彫らせたのでしょう。

アングルシー伯爵のインタリオ
正直、老眼でなくとも肉眼ではここまでの彫りは認識できません。手に入れた方は、このカタログは私が生きている限り永遠に残しますので、どうぞお好きなだけこのページで拡大画像は楽しんで下さい(笑)
彫りが細かすぎて、粘土で型をとっても追従しきれないのです。
銀のプレート

型を取って、シルバーで鋳造してプレートを作りました。

これでも完璧には追従できていませんね。

肉眼で見る分にはこれでも十分に格好良いので、こちらはサービスでお付けします。

金属は光沢が出るので分かりやすいと思いますが、このインタリオの彫りは立体的な肉体の表現が抜群に素晴らしいのです。

スモーキークォーツ 煙水晶 フォブシール 紋章 イギリス 18世紀 アンティークジュエリー アールクレール 透明な芸術 水晶インタリオの拡大画像
『英国貴族の紋章』
ジョージアン シールフォブ
イギリス 1820年頃
SOLD
『魔法のクリスタル』
ジョージアン スモーキー・クォーツ フォブシール
イギリス 1780年頃
SOLD

ジョージアンの第一級のインタリオとしてはこれらのフォブシールがあり、紋章のエスカッシャン部分の細密な彫りは抜群なのですが、こういう彫りとは違った魅力が楽しめるのもアンズリー伯爵家の紋章シールの良い所です。人間の肉体や冠の布の質感などの表現と、エスカッシャンに施される幾何学的なパターンの彫りの魅力は全く別です。

アングルシー伯爵のインタリオ

通常は紋章シールと言えば仕事としての事務用品の印象も強いものです。

このシールのようにモチーフのお陰で彫りの芸術性まで楽しめるなんて、他にあるものではありません♪

斜めから見ると、深く立体的な彫りが施されていることがより分かります。

由来が判明する宝物

アイルランド貴族のセント・ジョージ男爵が娘ルイーザのクリスマスプレゼントのためにオーダーしたジョージアンのピンクトパーズ&コロンビア産エメラルドのアンティーク・ブレスレット

実は爵位貴族の宝物を扱ったのは今回が初めてではありません。

左は由緒あるアイルランド貴族、セント・ジョージ男爵が娘ルイーザにクリスマスプレゼントとして贈ったものです。

 

「どこどこの家から出てきた」、「どこどこのブランドのもの」と言うだけで価格が跳ね上がるのは市場ではよくあることです。
物自体の中身は変わらず、同じ品質であったとしても、名前だけで値段が変化するのは私たちにとっては違和感があることです。
1000円で売られていた絵がウン億円になったりするアレです。物が好きだからではなく、投機の対象として良いからお金を出すやつですね。

なので、「どこどこ貴族由来の品物」が得意なディーラーも知り合いで、仕入れルートはあるのですが、純粋な物の価値からすると見合わない値段だったり、成金的で面白くない場合が多いので、あまり仕入れることはありません。

『セント・ジョージ男爵から娘ルイーザへのクリスマスプレゼント』
イギリス 1829年
ピンクトパーズ(オープンセッティング)、エメラルド(コロンビア産)、天然真珠、18ctゴールド(イエロー、グリーン、ピンクのスリーカラー・ゴールド)
SOLD

セント・ジョージ男爵 ピンクトパーズ ジョージアン アイルランド貴族 コロンビア産エメラルド ルイーザ クリスマスプレゼント ブレスレット

ということで、GENはこのブレスレットも純粋に物としての価値を判断して仕入れたのですが、たまたま文字が彫ってあったのでよく調べてみたら男爵家由来の品物だったことが判明したわけです(笑)買い付け元のディーラーが知っていたら、仕入れ時の価格も意味なく跳ね上がっていたはずです。

そういうものを専門にするディーラーもいるので仕入れることは可能ですが、高い所から分かっているものを仕入れて高く売るのはディーラーとしては面白みがありませんし無能です。その点では、いかに目利きをして新発見の宝物をご紹介できるかが仕事として面白いところだと思っています。

セント・ジョージ男爵は英語版ですがwikipediaに掲載されているくらいの爵位だったので、この時もある程度詳細を知ることができました。

アングルシー伯爵は英語はもちろんのこと、日本語版もありました。アンズリー家の関連情報も、興味があればもっと詳細まで知ることができるはずです。

『ティローン・ハウス』(1770年頃)セント・ジョージ男爵によるマナーハウスの廃墟
サザーランド伯爵の邸宅ダンロビン城
フォブシールはきらびやかなブレスレットと比べると一見地味ですが、男爵家のブレスレットでもあれだけ素晴らしものなのです。伯爵家がどういう所に住むかというと、他の伯爵家のお城は以下に挙げる感じです。
カーライル伯爵ハワード家の邸宅だったハワード城
これもまた別の伯爵家のお城です。日本は江戸時代に江戸幕府により一国一城令が出されて、1大名につき原則城が1つしか持てなくなり、ほとんどが破壊されてしまった上に、明治に入ってからも1873年に廃城令が出されるなどして、ほとんどは残っていないので日本に置き換えてイメージするのが困難なのですよね。
レスター伯爵コーク家の邸宅ホーカム・ホールのメインホール
内装もちょっとひいてしまうくらいすごいですね。こんな所に住むなんて私には想像できませんが、当たり前のように住んでいたのが当時の爵位貴族階級なのです。

 

←↑実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小の比率が分かります。
アングルシー伯爵のインタリオ

15世紀末からポルトガル奴隷貿易商人によって始まったアフリカ黒人奴隷貿易は、各国に広まりました。黒人奴隷を売るのは現地の黒人有力者だったこともあったそうです。

イギリスでは1807年に議会で奴隷貿易法が成立し、帝国全体で奴隷貿易を違法と定めました。他国に先駆けて近代奴隷制が廃止しています。

精悍で美しい黒人青年を描いたこの紋章は、古い時代の貴族由来である証でもあるのです。

ちなみにちょっと種明かしをすると、このシールの由来はアングルシー伯爵であることは分かっていました。名家由来の宝物が得意な確かなディーラーから仕入れており、その時にキーワードだけはきちんと聞いています。私の想像だけで、もっともらしいことを書いただけではないのでご安心ください(笑)

伯爵家というだけで妙に高い宝石だけのジュエリーは仕入れたりしませんが、こういう成金には価値が分かりにくいマニアックなものは、妥当な価格で提供してもらいヘリテイジでご紹介できる場合もあるのです。

カタログ作成のために貴族についていろいろ調べてみましたが、イギリス貴族について理解を深めるにつれて、自分が扱っている宝物が想像以上に凄いものであることが実感できました。今回の宝物のように由来は分からなくても、ヘリテイジで扱っているのはそのお金のかけ方や作りからしても、貴族のものばかりです。なぜそんな貴重な物が、数は少ないとは言え市場に出回っているかというと、廃絶する家柄も少なくなかったからということで理解できます。

宝物を手に入れた方にも同じように価値を理解して、より宝物を愛おしく想ってもらえるよう、これからも頑張っていきたいと思っています。


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