No.00263 ヒナゲシ |
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『ヒナゲシ』 |
この小さな宝物の大ポイント
この宝物は小さいペンダントであるにもかかわらず、非常にお金と手間をかけて作られた特別な存在です。そのポイントは以下のつです。 1. 小さいのに上質という例外性 |
1. 小さいのに上質という例外性
このネックレスはまさに現代の日本女性が好み、似合いそうな控えめな大きさです。 このように、小さいにも関わらず上質な作りのジュエリーは、アンティークジュエリーでも滅多に見ない例外的な存在です。 |
-一般的な欧米人の好みの傾向-
『黄金の雫』 アクアマリン・ピアス イギリス 1900年頃 SOLD |
『黄金の雫』でも少しご紹介した通り、欧米人はかなり大ぶりなジュエリーでも似合いますし、使いこなします。 もっと踏み込んで言うならば、小さくて目立たないものは一般的には好まない人が多く、大ぶりで目立つものが基本的には一貫して人気があります。 |
そもそもジュエリーを身に着ける目的は、自身をより良く見せることです。 自身をよく見せたいという欲求は人間に本能的に備わっているものであり、人間の歴史が始まった頃から存在していたと考えられています。 人間の能力は、身体的能力と精神的能力の2つに大別できます。美貌や体力などの身体的能力は外見で誰でも容易に判断できますが、精神力や頭脳などの精神的な能力、そして財力はその人の外見で判断することができません。 人間の身体的な能力はそこまで大きな差がありません。世界トップと凡人を比べれば確かに差はありますが、かと言って10倍、100倍もの開きはありません。100倍のスピードで走る、100倍高くジャンプする、100倍の握力を発揮する、そんなことは不可能です。同じ人種、同じ性別、同じ年齢で比べればなおさらです。 |
最初期のノイマン型コンピュータの前に並ぶ 天才ロバート・オッペンハイマーと超天才ジョン・フォン・ノイマン(1952年) |
しかしながら頭脳に関してはそんな比ではありません。 あまりにも人間離れしすぎて”悪魔の頭脳”、"人間そっくりの火星人(宇宙人)"とも言われるノイマンのエピソードは『英雄ヘラクレス』でもご紹介していますが、天才として有名なアインシュタインを含めて当時の世界トップクラスの天才たちが、ノイマン本人を除いて全会一致で一番の天才と認めた人物です。 現代のコンピュータの父としても知られていますが、そのコンピュータよりも計算が速く、開発した際に「俺の次に計算の速いヤツが出来たな」と言ったそうです。 でも見た目は普通のオジサンですよね。そこら辺を歩いているだけでは誰も超天才だなんて気づきません。 |
アルベルト・アインシュタイン(1879-1955年) | しかも天才たちだからこそノイマンがさらに群を抜いて天才だと認識できたのでしょうけれど、凡人だとノイマンと会話してもどれほどの頭脳を持つのか、彼らほど理解することはできないはずです。 お金持ちかどうかに関しても同じです。 身体的な特徴では判断できません。 |
ディオンヌ家の5つ子姉妹(1952年、18歳頃) | 同じ民族、性別、年齢同士だと外見にはそこまで大きな違いはありません。 |
結婚式の主役の花嫁とブライズメイドたち |
そのような場合に、他者との差別化に有効なのがファッションです。 自分が特別であることを印象づけるために、目的に応じたファッションが有効です。 |
『シレヌスの顔のついたネックレス』(エトルリア 紀元前6-紀元前5世紀)国立博物館(ナポリ) 【引用】ジュウリーアート(グイド=グレゴリエッティ著、菱田 安彦 監修、庫田 永子 訳 1975年発行)講談社 ©GUIDO GREGORIETTI, Y.HISHIDA, N.KURATA p.54 |
王侯貴族階級にとって、権力を保持したり政治や外交などを優位にするためにも、"権威付け"はとても重要なことでした。 衣服は所詮布なので、お金をかけるにしてもジュエリーと比べれば限度は知れています。ジュエリーこそ昔から王族、貴族クラスの富と権力、美しさの象徴たりえるのです。 普通では手に入らない貴重な材料、恐ろしく手間のかかった細工など、明らかに財力も権力も莫大に持たないと手に入らないジュエリーを身に着けることで自身を箔付けするのです。そのようなことが目的の場合、どんなに無知な相手でも見てすぐにそれが凄いものであると分かるよう、大きくて見栄えすることが重要になってくるわけです。 |
【参考】成金(庶民)向けの高級品 | |
ヴィクトリアン中期以降はジュエリーは王侯貴族のためだけのものではなくなり、台頭してきた中産階級もこぞって身に着けるようになりました。尤もお金があるとは言っても王侯貴族ほどの財力はありませんし、センスや教養もない場合が大半です。 通常のガーネットの場合、大きいと稀少性があって高価な石となりますが、小さな石は安価でたくさん手に入ります。庶民向けは小さい石を寄せ集めて大きく見せようとするものが多いです。大きくて目立つ、着け映えするものが好まれるのは身分に関係なく女性同士で共通です。 |
日本国内ではこういうガーネットのネックレスをヨーロッパの王侯貴族のアンティークジュエリーだと言って、さも高級品のように販売する店も多いのですが、実際は庶民向けの高級品に過ぎません。 本当にこういうデザインやガーネットが好みならば買っても全く問題ありませんが、これを本当に貴族のジュエリーだと信じてしまうのは問題です。 所詮は安物なので、今でも大量に安く市場に溢れています。 |
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【参考】成金(庶民)向けの高級品 |
庶民向けの高級品は、ちょっと日本人にはゴテゴテし過ぎているのでこちらの方がデザイン的には好みの方が多いかもしれません。 実際のところ、お金がないので大ぶりにしたくとも材料費がかけられなかった庶民の中級品に過ぎません。 庶民向けの安物は材料費はかかっておらず、作りはそこら辺の凡庸な職人レベルのハンドメイド、デザインもありきたり、でもなるべく大きく見せて目立たせたい、そういう意図で作られています。 |
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【参考】庶民向けの中級品 |
エドワーディアン 天然真珠 7連ネックレス |
時代が進み王侯貴族の最後の時代、エドワーディアンもやはり王侯貴族のジュエリーは別格です。材料費も高度な技術を持つ職人によるハンドメイドの優れた作りもやはり共通しています。 |
そのような王侯貴族を目にした庶民たちも、憧れて大ぶりの着け映えするアクセサリーを好みました。 ココ・シャネルによって大流行したコスチューム・ジュエリーは、ジュエリーではなくアクサリーです。稀少価値が高く財産性にある宝石や貴金属を使うジュエリーと違い、アクセサリーは財産性はない代わりに材料はいくらでも安く量産できるものを使うため選び放題です。 ありったけ自由にデザインして、ファッションを楽しみましょうというのがコスチューム・ジュエリーのコンセプトでした。自由にデザインできるようになったらどうなるかと言うと、巨大で主張の激しいものが流行しました。巨大で着け映えするものを好む気質が欧米人にはあるのです。 |
-日本人の好みの傾向-
日本女性はかなり控えめなジュエリーを好む人が多い傾向にあります。 着けているのかどうかも分からないような、小さすぎて石自体には価値のないダイヤモンドを"清楚"だと好む人も一定数います。私だと何も着けないほうがまだマシだと思うのですが、手が出しやすい値段ということもあって案外需要があるようで、至る所で販売されています。 そのようなジュエリーは、欧米だと見向きもされません。ここのギャップが生じるのです。一般的な日本人が、ヨーロッパのアンティークジュエリーの中で探そうとすると、好みのデザインのハイジュエリーがなかなか見つからないのです。 |
-一般的なアールデコのハイジュエリーとの大きさの違い-
日本人にとっては違和感がないこのアールデコのプチサイズ・ネックレスも、欧米人の好みとはかなり異なることがお分かりいただけたと思います。 |
『SUKASHI』 アーリー・アールデコ ダイヤモンド リング オーストリア 1910年代 SOLD |
『SUKASHI』でご説明した通り、ヨーロッパは第一次世界大戦を経て王侯貴族を中心とした旧世界が終焉を迎え、アールデコ以降は新しい勢力が世界を主導する時代にはなりました。 それでも王侯貴族が完全に力や文化を失ったわけでもなく、明らかに中産階級向けの安物とは違うハイクラスの優れたジュエリーもアールデコ初期には作られていました。 |
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これまでにお取り扱いしたアールデコのネックレスやペンダントをいくつか並べてみました。あまり日本人好みでないデザインや日本人には似合わないジュエリーは買い付けないようにしており、清楚で上質な雰囲気を放つデザインとサイズのものだけを厳選してラインナップしております。それでも一般的な方にとっては着けこなしが難しいと感じるものが多いかもしれません。 日本人向けにヨーロッパのハイクラスのアンティークジュエリーをご紹介するにあたり、このあたりの難しさがあります。似合うものも好みも異なるので、日本人好みや日本人に似合いそうなものを手に入れるのは本当に難しいのです。 |
【参考】アールデコのダイヤモンド・プチペンダント? | |
大衆向けガーネット・ジュエリー同様、材料にお金をかけられず作りも手抜きの安物であれば、いかにも一般的な日本人ウケしそうなジュエリーは存在します。しかし現代でも作ることができるレベルの細工しか施されていないのであれば、別にアンティークで手に入れる必要はありません。 |
アンティークジュエリーでしか手に入れることのできない、1点1点がハンドメイドの優れた細工がしてあるからこそアンティークジュエリーに価値があるのです。 そういう点で、かなり小さいにも関わらず極上の細工が施してあるこのペンダントは、44年間で初めて見るような例外的な存在なのです。 |
彫りが深く大柄なヨーロッパ人が着けると、着用者を惹き立てるどころか迫力負けしてしまいそうな小さな宝物。 それにも関わらず明らかにハイクラスのジュエリーとして作られた作りは、一体どういう女性のためのものだったのかとても不思議に感じます。 |
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明らかに他のどのハイジュエリーとも方向性が違うのです。唯一無二の特別な女性のためのものだったに違いありません。 |
2. 重さを感じるプラチナの贅沢な使い方
このネックレスはプチサイズであるにも関わらず、持ってみるとずっしりと重さを感じます。もちろん重くて肩が凝りそうというような重さではありませんが、プラチナがかなり贅沢に使ってあるため見た目より重いのです。重量は5.4gあります。 |
『ETERNITY』 メアンダー模様 ダイヤモンド ネックレス イギリス 1920年代 SOLD |
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同じくハンドメイド・チェーンまでオリジナルであるアールデコの第一級品のプラチナのネックレス、『ETERNITY』は4.5gです。 今回の5.4gのプチ・ネックレスがいかに高価なプラチナを贅沢に使った高級な作りであるかがお分かりいただけると思います。 |
重さの理由の1つが、緻密に作られた丈夫なハンドメイド・チェーンです。 シンプルなプレーンの鎖ですが、1つ1つが太く緻密に作られているため、チェーン全体としてしっかりと重さを感じる作りになってるのです。 この重量感はプラチナならではだと改めて感じます。 |
プラチナのこのハンドメイドチェーンにずっしりと重さを感じる理由です。 |
また、このネックレスはペンダント部分も十分にプラチナに厚みを持たせて、立体的なデザインにしてあります。 |
正面から見ると繊細な印象ですが、後ろ斜めからご覧になるとお分かりいただける通り、ナイフエッジを駆使して100年以上に使用に耐えうる耐久性と繊細な外観を両立した作りであることが分かります。それにしてもこんなに小さなペンダントでこんなに頑丈にする必要はあるのかというくらい、贅沢にプラチナが使ってあります。 |
どうりで見た目以上に重さを感じるわけです。 まだまだプラチナは高かった時代なので、明らかにとても贅沢な素材の使い方であると断言でき、ハイクラスのジュエリーと言えるのです。 |
3. アールデコらしくない曲線的で愛らしいデザイン
このネックレスはオールプラチナのアールデコの作りですが、直線や幾何学模様が特徴であるスタイリッシュなアールデコとは全く異なる可愛らしい雰囲気が魅力です。 |
このようなデザインは通常、アールデコのジュエリーでは見ることがありません。さらにヨーロッパの女性は日本人が好むような可愛らしさよりも普通は大人っぽい美しさを理想とするので、ミッドヴィクトリアンなどのこてこての時代を除けば可愛らしいジュエリー自体が例外的な存在です。知性や教養を重要視する上流階級のジュエリーならばなおさらです。 |
小さいサイズ、お金のかかったハイクラスの作り、そして愛らしいデザイン。 例外づくしの不思議な宝物です。 デザインとしてはヒナゲシを表現しているように感じます。 日本には大正時代に入っており、自生したものを道端でみかけることもありますね。 |
グラデーションのヒナゲシ "Opium poppy" ©I, HonzaXJ(1 July 2007, 09:12:34)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
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ヒナゲシの色は様々ありますが、グラデーションのヒナゲシなんかはデザイン的にもそっくりです。ヒナゲシは基本的には花びらは4枚です。 花言葉には「恋の予感」「いたわり」「おもいやり」「陽気で優しい」「豊穣」などがあります。 |
アールデコの時代であっても、表現したい具体的なモチーフがあるならばアールデコらしくないデザインでも納得できます。 愛らしく美しいヒナゲシのような女性のために、愛を込めて特別にオーダーされたのかもしれませんね。 |
4. 細部まで凝ったデザイン性の高さ
このネックレスは小さいにも関わらず、かなり凝ったデザインが施されています。 全体としては透かしのデザインがとても美しいです。 中央のダイヤモンドから伸びる上下左右の4つのダイヤモンドを支える土台は、ナイフエッジで極限まで存在感を少なくした見事な造形です。 |
花びらを表現する外周の二重になったフレームは、ミルの有無で醸し出す雰囲気を異なるものにしています。 両方にミルがないとすっきりし過ぎた印象になりますし、両方にミルがあるとくどい雰囲気になっていたはずです。 このような緩急をつけた表現に作者の特別なセンスの良さを感じます。 |
さらに目立つ中央とその上下左右のダイヤモンド、そして一番下に下がったオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド以外に、4枚の花びらの間を埋めるようにとても小さなローズカット・ダイヤモンドがセットされているのもハイジュエリーらしい気遣いです。意外と全体にダイヤモンドが鏤められているので、キラキラと輝いてきちんと存在感もあるのです。小さなダイヤモンドをセットしたフレームも深く削り出した美しくスッキリとした形状で、素晴らしいミルグレインと共に作りの良さが伝わってきます。 |
立体感のある作りも素晴らしいです。 |
横から見ると、花びらの二重フレームの外側より内側が一段高い作りになっていることが分かります。さらにオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドは一段と高い位置に面位置がセットされていることが分かります。一番下に下がったオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドも含めて高い位置になっているので、正面から見たときにダイヤモンドが宙に浮いているように感じ、輝きがより印象的に見えるのです。 |
二次元で表現してしまう画像ではどうしても正面から見るとのっぺりと見えてしまいがちですが、実物を見るとこの立体的な作りの効果でとても高級感があります。 高級の一部だけを真似た安物だと単なる平面的なデザインだけを追いがちですが、高級品は一見しただけでは分かりにくい、醸し出す雰囲気をコントロールするための立体デザインが施されているものであり、そこで本物の高級品と"なんちゃって品"とで差が出ます。 |
5. オールドカット・ダイヤモンドならではの輝きの魅力
アンティークジュエリーの中ではとても小さなペンダントですが、やはり使われているオールドカットのダイヤモンドにはパワフルな魅力があります。 |
オールドカット・ダイヤモンドもローズカット・ダイヤモンドも小さくてもクリアで上質な石が使われており、高度な技術を持つ職人が手作業で丁寧にカットしたからこその素晴らしい煌めきを放ちます。 オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドと現代のブリリアンカット・ダイヤモンドについては『財宝の守り神』で詳しくご説明しました。 光を底面から全反射するという理論だけ聞いていると一見良く聞こえるブリリアンカットですが、実際は光が一部に集中することなく均一に分散されてしまうため、チラチラと弱い輝きしか放つことができません。見ていて感覚的に美しいとは感じられない原因です。 |
オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドは石に厚みがあり、高さのあるクラウンからダイナミックなシンチレーションを放つことができます。また、カット面の対称性にはハンドカットならではの揺らぎが存在するため、現代のブリリアンカット・ダイヤモンドのように工業製品のような不自然さがなく、その輝きには心地よい美しさを感じることができるのです。 |
【参考】現代のダイヤモンド・プチペンダント | |
現代のブリリアンカットでプチペンダントを作るとこのようになってしまいます。輝きがワサワサしていて全く美しくありません。爪もかなり目立ちますし、耐久性のない鋳造での作りなので厚みを持たせて耐久力を上げるしかなく、ボテッとしたデザインです。高級感がないどころかちゃちで安っぽいです。 現代ジュエリーの場合、小さなダイヤモンドは基本的に質が良くないものが使われる場合が多いです。一応ブリリアンカットにはしてありますが、左のダイヤモンドが思ったほどワサワサした輝きをしていないのはそのせいです。安物には安い材料と手抜きによる作りしかありません。 |
本物のアンティークのハイジュエリーは、材料も作りも違うのです。 |
そして間違いなくその素晴らしい材料と作りに基づく気品と美しさが、時を超えて私たちを感動させてくれるのです。 |
ダイヤモンドの魅力はダイヤモンドならではの煌めきです。 揺れるほどにダイヤモンドの煌めきは増幅されますが、現代の安物は揺れる構造なんて施されていません。 このペンダントは当然のように一番下は揺れる構造です。 使う人のことを考え、心を込めて丁寧にハンドメイドされる芸術作品。 だからこそ見ていて心癒されもするのです・・。 |
裏側
裏側は重厚ながらも丁寧な仕事が施された、スッキリとした素晴らしい作りです。 |
チェーン
繊細なデザインではあってもしっかりした作りで、全体のコンディションもパーフェクトなので、まるで今作ったかのように奇麗です。 |
ハンドメイド・チェーンに付いた金具も、オリジナルの上質な物が付いています。 |
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チェーンが少しだけ長めなので、肌の上でも洋服の上からでも楽しんでいただけると思います。飽きのこないデザインな上に、あまり洋服を選ばないネックレスなので、あまり気張らずにジュエリーを使いたい方にもオススメです♪ |