No.00246 海からの贈り物 |
母なる海で育まれた珊瑚と天然真珠を使ったネックレスです。珊瑚と天然真珠が揺り籠に優しく抱かれ、海の揺らめきの中で心地よく揺れるような素晴らしい作りのネックレスは、まさに『海からの贈り物』と言うに相応しい宝物です♪ |
『海からの贈り物』 イギリス 1880〜1890年代 |
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このネックレスは何と言っても素材の組み合わせが魅力です。珊瑚と天然真珠、どちらも母なる海が時間をかけて育む美しい宝石です。ありそうでないのが不思議なくらいです! |
珊瑚の採れる海
シルクロード(赤:陸の道、青:海の道) Public Domain |
珊瑚は日本でも奈良時代以来、地中海で採れたものがシルクロードを渡り『胡渡珊瑚』として珍重されてきました。 「あれ?日本も産地なはずなのに、なぜ海外産を珍重??」と思われた方もいっしゃるでしょうか。現代では確かに日本は有力産地の1つですが、それは19世紀に入ってからです。19世紀初期に土佐沖で漁師が白珊瑚を偶然網で引き揚げたのが始まりです。 |
白珊瑚の帯留(明治後期-大正初期)HERITAGEコレクション | 実はサラリーマン時代に手に入れたアンティークの帯留が白珊瑚でした。 知識がない頃、感覚的に気に入って求めたものですが、なぜ白珊瑚という素材だったのかは気になっていました。 歴史的背景を知ると、明治後期から大正にかけて日本で優れた白珊瑚の帯留が作られたのも納得です。 |
サルディーニャ島の位置 ©google map | さて、胡渡珊瑚、つまり地中海珊瑚は地中海に面する様々な国の沿岸で採ることができます。 特に主要な産地はイタリアのサルディーニャ島でした。 |
宝飾用の珊瑚が育つのは水深20〜1,000mくらいなのですが、この地中海のベニサンゴは比較的水深が浅い20〜90mで漁ができるため、採取はさほど難しくありませんでした。 一方、日本の宝飾用クラスの珊瑚はもっと深い場所に生息しており、比較的欠点の少ない珊瑚は水深80m以上、主に100m以上の深海で採取されます。日本や中国、台湾などで人気の高い、赤珊瑚の最高級品とされるものだと水深300mまで潜らなければなりません。 |
珊瑚と同じく海で採れる宝石として天然真珠があります。 『マーメイドの涙』でご説明した通り、天然真珠は母貝の生息深度限界があるので、潜水深度は9〜27mの範囲です。 27mの深さまで潜ることは多くありませんが、9mでも相当な深度で3階建ての建物に相当します。その屋上から一気に飛び降りて降下するのと同じ感じです。 |
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天然真珠ダイバー |
中:ジャック・マイヨール(1927-2001年)50歳、1977年 Public Domain |
人間の限界にチャレンジするために、ただただ深く潜るフリー・ダイビングという競技があります。 リュック・ベッソン監督による自伝を元にした映画『グラン・ブルー』で有名なフリーダイバー、ジャック・マイヨールはご存じの方も多いでしょうか。 生理学的に人間が息をこらえて潜ることができる理論的な限界水深は30数メートル程度と言われていました。それを破ったのがマイヨールで、1966年に記録した水深は60m、1976年にはエルバ島で人類史上初めて素潜りで100mを超え、1983年の55歳で105mを記録しました。 フリーダイビングの世界では常に死の危険が付きまといます。肉体的な強さも必要ですが、間違いなく精神力を競う競技と言えます。水深25mに到達すると水圧で肺がかなり圧縮され、身体は浮力を失ってしまいます。すると海水の中で自然落下していく状態になります。一度その領域に入ってしまうと自然に浮上することは不可能となり、自分の意志で掻いて浮上するか、付けておいた命綱などで引き揚げてもらう以外にありません。 人間で酸素を一番消費するのは脳です。現代の世界屈指のフリーダイバー、ウィリアム・トラブリッジは競技の前に約20分、雑念を極限まで振り払うために瞑想するそうです。上下左右の感覚を失いそうな深く暗い海、その世界はとても穏やかで静かな世界なのだそうです。でも一瞬でも雑念が湧き、死への恐怖が少しでも湧き上がれば本当に死が訪れます。パニックが起きれば脳はさらに激しく酸素を消費し、慌てて急浮上しようものならそれも死へつながる道となります。 フリーダイバーは限界に挑みます。限界を超えてしまえば死に直結します。だからこそ競技は万全のサポート体制下で行われます。 |
己の精神の限界に挑み雑念を捨てて静かに潜る、言わば『自分との戦い』に挑むフリーダイバーと、時には人の命も容易く飲み込んでしまう母なる海に挑む天然真珠ダイバーは全く別です。 彼らは一度潜れば、海の底で天然真珠を求めて頭で考えながら真珠貝を探すのです。 当然、雄大な海に飲み込まれて命を落とす者もいました。 それでも潜って採るしかないのが天然真珠だったわけです。 |
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天然真珠ダイバー |
日本の珊瑚は海が深すぎて、酸素ボンベどころかヒレもない装備で採ってくることは難しいのです。たまに折れたものが浜辺に流れ着くか、漁師の網に引っかかって採れるなどの偶然によってしか採れませんでした。だから日本でも胡渡の地中海珊瑚が珍重されてきたのです。 |
珊瑚を使ったアンティークジュエリー
さて、珊瑚は様々な年代、様々な国で宝石として珍重されてきました。しかしながらルネサンスでもヘリテイジでもあまりご紹介数がありません。 それには理由があります。 |
『黄金馬車を駆る太陽神アポロン』 シェルカメオ ペンダント&ブローチ シェルカメオ:イタリア 19世紀後期 フレーム:イギリス? 19世紀後期 ¥1,330,000-(税込10%) |
地中海で一番珊瑚が採れたイタリアはカメオの一大生産地でもありました。 このため、珊瑚を使ったアンティークジュエリーでも一番多いのがカメオです。 |
カメオ系のジュエリー
【参考】19世紀の珊瑚カメオのパリュール | 【参考】19世紀のカメオのネックレス |
大流行したのか定番アイテムだったのか、珊瑚のカメオは相当な数が作られているのですが、作りどうこうよりもまず、このようなジュエリーは大半の日本人の美的感覚には合わないのではないでしょうか。 |
【参考】19世紀の珊瑚カメオのブレスレット | 【参考】19世紀の珊瑚カメオのブレスレット |
天然の素材なので色のバリエーションは様々ですが、どぎつい色合いを全面にしたジュエリーは日本人にはピンとこないのです。 日本の簪の小さな珠のように、差し色としてこのような濃い色を使うのはオシャレに感じるんですけどね。 |
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【参考】19世紀の珊瑚カメオのブレスレット |
【参考】19世紀の珊瑚カメオのピアス |
【参考】19世紀の珊瑚カメオのピアス |
フランスではおそらくルネ・ラリックの影響で、アールヌーヴォーと言えば女性の顔がモチーフの量産ジュエリーが大流行しました(※詳細はこちらをご参照ください)。あらゆる場所が顔だらけで、なぜそのような悪趣味なものが流行したのか感覚的に理解できなかったのですが、ヨーロッパでは意外とこういう顔がモチーフのジュエリーは好まれていたのかもしれませんね。 右のピアスなんか、着けると顔の両側に顔がある状態になって、阿修羅か何かの仏様でも目指している感じになりそうと日本人の私的には思ってしまいました・・。 |
デザインについての好みは文化や時代、個人よっても違いがあるので置いておくとして、珊瑚はカメオとして彫るのが難しい素材のようです。 それにしても左のリングはかなり酷いですが・・。 19世紀の一応高価な素材を使ったアンティークジュエリーでも、これだけ酷い彫りと作りのものも存在するのです。 |
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【参考】19世紀の珊瑚カメオのリング |
【参考】19世紀の珊瑚カメオのネックレス | |
彫りの良さに拘るのはどちらかと言えば男性、もしくは特別な教養と美意識を持つ女性だけで、多くの女性は今も昔も何となく自分の好みのデザインで、人から褒められる目立ち方をしてくれればそれで満足なのだと思います。このネックレスもそこまで低級品として作られたわけではなさそうなのですが、カメオの手抜き具合には驚きます。色的には目立ちますし、そこに何かが彫ってあってカメオでさえあれば良いという人のために作られたものでしょう。 |
これなんかはオーダーで作られた、ある程度手間をかけて作られたものです。 それは分かるのですが、やっぱり感覚的には理解不能です・・。 |
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【参考】19世紀中期の珊瑚カメオのブローチ |
【参考】19世紀の珊瑚カメオのブローチ |
一応は立体的な構造で、細部までも仕事はしてあるのです。私としてはお金と手間をかけてよくこんなオモろ怖いものを作ったものだと思わず笑いが込み上げて、申し訳ない気分になってしまいます。本当に、これだけは趣味と美意識の違いという問題なんだろうなと感じます。 |
アールデコ コーラル ピアス フランス 1920〜1930年頃 SOLD |
ルネサンスで唯一扱った彫り物系の珊瑚ジュエリーは、8年前にご紹介したこのアールデコのピアスです。 やはりGENが選ぶのも顔のカメオではありませんでした。 このような手の込んだ作りのスタイリッシュなピアスならば、日本人でも使いこなせる方がいるでしょう。 例外的なピアスですね〜。 |
【余談】日本の職人の驚異の技術
白珊瑚の帯留(明治後期-大正初期)HERITAGEコレクション | さて、偶然にも所有していたこの白珊瑚のアンティークの帯留ですが、日本がジュエリー大国になり得た技術を持っていたことが分かるので、少しご紹介しておきましょう。 この帯留はGENに見せたらその素晴らしさに驚き、さらに撮影して拡大すると日本の職人の技術に改めて驚嘆した作品です。 |
上杉藩の城下町、米沢で骨董屋が一番活気があった時代に江戸や明治の優れた骨董に囲まれて育ったGENが、間違いなく良いものとして作られた、アンティークのハイクラスの作品と認めた逸品です。 |
まずは素材が良いんですよね〜。同じ白系の彫り物素材でも、象牙は透明感がなく若干黄みを感じる素材なのですが、白珊瑚は白く透明感もある素材です。だからこそ磨き上げると瑞々しさを感じる艶が出るのです。 この最後の磨きを徹底した仕事は驚くべきもので、だからこそヨーロッパの珊瑚とは比較にならないほどの美しい艶があるのが特徴です。 |
【参考】19世紀のハイクラスの珊瑚カメオのブローチ | |
ヨーロッパのハイクラスの物と比較しても、その差は歴然です。 磨きだけでなく彫りのレベルも別格です。 |
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【参考】19世紀のハイクラスの珊瑚カメオのブローチ |
まず、2次元になってしまう画像だと立体感が分かりにくいのですが、このカーブド・コーラルはかなり厚みがあります。 |
それで透かし彫りとなった箇所があるのですから驚きです。 花の茎が、かなり深いナイフエッジで巧みに表現されているのです。 |
異色のカーブドアイボリー『廃墟の鹿』 |
カーブドアイボリーであれば、ヨーロッパの優れた職人による繊細な透かし彫りも存在します。 完全に無機質の石などの素材では不可能ですが、象牙はマイクロカーブドアイボリーも存在します。 適切な硬さと粘りけがあって、このような細工に向いているのでしょう。 |
一方でおそらくは粘りけがありすぎて彫ることが難しい珊瑚において、花びらや葉の反り返り、蕾の膨らみなども実に生き生きと表現されたこれだけの彫りの作品は、ヨーロッパのアンティークでは見たことがありません。 |
さらには裏側の透かし金具も見事です。 帯留として着けてしまえば見えない部分なのに、美しい笹の葉と流水文様がデザインされています。 |
ホワイトゴールドの透かし細工なのですが、板を糸鋸で挽いた完成度の高さを感じる奇麗な作りです。帯留として使う際の強度を保ちつつ、ぎりぎりまで幅を狭くし繊細さを感じられるようにしてあります。すべての部分が同じ幅に仕上げてあるのではなく、太い箇所と細い箇所のある緩急つけた躍動感あるデザインです。この美意識こそが欧米人を虜にし、ジャポニズム旋風を巻き起こした日本人の美意識なのです。 |
でも、この金具の凄さはそれだけではありません。かなり拡大しないと分からないのですが、よく見るとカーブド・コーラルをセットする金具の留め方がすごいことになっています。あまりにも素晴らしいということで、GENがめちゃくちゃ感動してしまいました。 爪の部分はわざわざ金で作って、ホワイトゴールドの台座に蝋付けで留めてあるのですが、完全にフラットな状態になるように磨いて仕上げられています。ヨーロッパのトップクラスのアンティークジュエリーでも、さすがにここまでの仕上げをした作品は見たことがないとGENが驚いていました。 着物を着て帯留を使用したことのある女性ならば、なぜ手間をかけてまでこのような仕上げをするのかピンと来たでしょうか。 |
倉敷でのクリスマスパーティ用の着物姿(2014年) | 左は6年前、岡山でのクリスマスパーティ用の倉敷デニムの着物姿です。ちなみにデニム着物も知り合いに無理を言って、SSサイズよりさらに細身に作ってもらい、袖も中振袖の長さでオーダーして仕立ててもらいました。快く受け入れてくれる、クリエイティブ精神あるその人に感謝です。 着物のコーディネートはクリスマスパーティで騒ぐ用なので気にしないでください(笑) それはさておき、帯紐に通して飾り付けしているのが帯留です。 このように帯に強く密着した状態で、ずらして一番良い位置に調整する必要があります。 帯留の裏につっかかりがあると、高価な帯を傷めてしまいます。 だからこそ完璧にフラットに仕上げてあるのです。実際に使う時のことを考えての気遣いの細工なのです。 |
爪は表面からだと僅かに先端が見えるだけなのですが、出来るだけ爪が目立たないようにした上に、わざわざ金で作っているのには本当に感動するばかりです。 ホワイトゴールドだけで爪まで一体化させて作ったほうがずっとずっと簡単な筈なのに、美意識を優先させて敢えて手間のかかる難しい作りをしているところに、昔の日本人の職人仕事の凄さを感じます。GEN曰く、ここまでの繊細で美しい細工は、ヨーロッパのどんなにハイレベルのアンティーク・ジュエリーでもあり得ないことです! |
目の良さには定評のある私ですが、この帯留を初めて見たときは肉眼ではっきりと爪が見えず、どうやって留まっているんだろうと不思議に感じた記憶があります。 金の爪を発見した時はあまりの繊細さに驚きましたし、ピカピカに磨き上げられて新品のように美しかったので新しいものなのかと一瞬思ったほどです。 |
GENはアンティークジュエリーを始める前に、日本の高度な技術を持つ職人による手作りの米沢箪笥のプロデュースをやっていたので、手作業による金属の金具作りについても詳しいのですが、この金の爪についても感動していました。 私も驚いたこの繊細な金の爪は、手間をかけて金属を叩いて鍛える鍛造の技法で作られています。だからこそこれだけ細く繊細に見えても、100年以上経過した今でもグラつき一つありません。さらに正面から見たときの爪の存在感を少しでも無くすため、先端を丁寧に細く仕上げてあります。 少しずつ鑢で磨いて仕上げるこの作業にどれだけの労力が必要なのか、それが実感として理解できるGENだからこそ、戦前まで息づいていた日本の優れた職人の美意識と技術に改めて感動したのです。もし、江戸時代の鎖国が無かったら、日本は世界一のジュエリー大国になっていたに違いないと残念そうでした。 |
カメオ以外の珊瑚のジュエリー
<1900年前後のイギリス以外のヨーロッパ>
珊瑚のピアス フランス 1900-1910年頃 SOLD |
珊瑚のピアス イタリア? 1890年頃 SOLD |
さて、ヨーロッパの珊瑚ジュエリーに話しを戻しましょう。上の2つのようなタイプの珊瑚ピアスは、特にベルエポックのフランスで流行しています。印象的で鮮やかな色の珊瑚が、若いエネルギーでフランス国内の需要を牽引する女性たちに好まれたのかもしれません。 |
ルネサンスで扱ったような比較的シンプルで日本女性に使いやすいものが多ければ良いのですが、大体はコテコテしたデザインのものが多いです。 「目立つのが正義!」、「高そうに見えるのが正義!」という風潮が高かった時代だからかもしれません。 |
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【参考】珊瑚のピアス |
珊瑚のピアス(スウェーデンのハッリウィル博物館蔵) "Örhängen i guld och korall - Hallwylska museet - 110121 " ©Hallwyl Museum / Helena Bonnevier /Adapted/CC BY-SA 3.0 |
こういうコロッとしてゴテゴテしたものもヘリテイジ好みではないので扱いません。 でもこれはミュージアムピースです。 スウェーデンのハッリウィル博物館が所有するものですが、まあ普通は自分が使いたいジュエリーは寄贈するわけがないですからね。 美術館もジュエリーとしての価値ではなく、資料的な意味合いで所有していると推測します。 |
【参考】珊瑚のピアス | 【参考】珊瑚のピアス |
もしかするとこれくらいシンプルな方が、大半の日本人女性は好むかもしれません。 しかしお金はかけずに派手で高そうに見せたかったベルエポックの女性たちにとって、これはお金がかけられなくてシンプルにならざるを得なかった低級品に相当します。 アンティークといえども作りが雑で、現代でも制作可能なジュエリーです。 そんなものをアンティークで手に入れるのはオススメしません。低級品は特に長年の使用による消耗が激しい可能性が高く、それならば現代の新品を買った方がマシだからです。 |
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【参考】珊瑚のピアス |
日本人好みのシンプルなデザインで素材も作りも良いジュエリーなんて、当時のよほど特別な人が作ったジュエリーです。 制作されたこと自体が奇跡のようなものですし、その後に幸運で手に入れた人も、手放すことはそうそうありません。 意外とこの文化や時代によるデザインの好みの違いが、美しいアンティークジュエリーを探す上ではネックなのです。 |
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『美意識の極み』 天然真珠ピアス イギリス 1870年頃 SOLD |
<イギリスの珊瑚ジュエリー>
イギリス人はあまり派手な色を好まない傾向があったようで、グランドツアーで数世代に渡って王侯貴族がイタリアの芸術文化に触れているにも関わらず、珊瑚のジュエリーは殆ど存在しません。 左はよくあるタイプのセンチメンタル・ジュエリーですが、珊瑚で作ると天然真珠などとは全く印象が違います。 あまりイギリス人が好まない感じです。 |
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【参考】ジョージアンの珊瑚ブローチ |
『クレオパトラの最期』 地中海珊瑚のピン・ブローチ イギリス 1820年頃 SOLD |
以前このようなカーブド・コーラルの作品はありました。 古代エジプトでも珊瑚は珍重されていた宝石です。陽射しが強く浅黒いエジプト人の肌を珊瑚で表現し、黄金の蛇を手に持たせたのかなとも感じます。 |
スネークは腕輪ではなく、手で掴まれた構図となっています。さながら、毒蛇で自害する気高く美しいエジプトの女王クレオパトラの手でも表現したのでしょうか。まさに玄人好み、考古学にも造形のあったジョージアンのイギリス貴族らしい宝物です。 それだけに金細工はもちろんのこと、彫ったりしにくいはずの珊瑚でここまで巧みに女性のしとやかでエレガントな手を表現しています。小さなものなのに手の立体感やバランス、関節や爪、手のひらの肉の感じまでも見事に表現されています。グランドツアーで持ち帰った貴重な地中海珊瑚を使って作るようオーダーしたのかもしれませんね。 |
【参考】ヴィクトリアン中後期頃の珊瑚のジュエリー | |
詳細は『エトルリアに想いを馳せて』でご説明しましたが、特にヴィクトリアン中期頃は産業革命によって台頭してきた中産階級のジュエリーの需要増によって成金趣味的なゴテゴテしたジュエリーが多数制作されました。右のエトラスカンスタイルのピアスなんかはなかなか高度な撚り線技術で制作してあるのですが、大半の日本人は苦手なデザインだと思います。 |
サンゴ ブローチ Hunt&Roskel社(英国王室御用達) イギリス 1870年頃 SOLD |
『エレガント・サーベル』でご説明した通り、ヴィクトリアンも1861年にアルバート王配が亡くなってヴィクトリア女王が喪に服して引きこもるようになり、センスが良く若いバーティ(エドワード7世)夫妻がイギリスの新たなファッションリーダーとなると、ジュエリーもそれに合わせて洗練されたデザインのものが制作されるようになります。 左の珊瑚ブローチは、GENの記憶に残る特別な珊瑚のジュエリーです。 ほとんど良いものは作られていないという珊瑚のアンティークジュエリーにおいて、この作品は別格です。 まず、王室御用達Hunt&Roskel社のオリジナルケースからしてただものではない雰囲気はお分かりいただけると思います。 |
そんな背景の中で、Hunt&Roskel社の格調高い雰囲気のブローチとはまた別の魅力を持つ、デザインと作りが良いこのネックレスをご紹介できることとなりました♪ |
珊瑚と天然真珠の美しい留め方
このネックレスに使われている2種類の宝石は、どちらも海からの贈り物です。海の2大宝石と言われて古代から特別な身分の人々に愛されてきた天然真珠と珊瑚です。 母なる海が長い時間をかけて育む宝物です。 天然真珠も大きくなるまでに長い年月がかかりますが、珊瑚も同じで長い時間をかけて少しずつ成長する宝石です。 |
ベニサンゴ ©Gery PARENT / CC0 |
100年以上もの長い年月をかけて骨格が積もり、海の中で樹の枝のような形に形成されるのが珊瑚の原木です。一度採取すると、その後の珊瑚が宝石としての価値ある原木に育つまで100年以上かかるとされています。 |
どちらも大変貴重な海の宝物ですが、今回の主役は鮮やかなオレンジ色が印象的な珊瑚ですね。 一番下、そして環の中でも両脇に天然真珠を従えた姿で、美しい姿をより強調しています。 |
このネックレスは珊瑚と天然真珠の留め方が特徴的です。所々粒金で飾り付けた金線を使い、360度全体を柔らかく包みこむようなやり方で留めてあります。母なる海の揺り籠に包み込まれているかのようです。 |
後ろ側もこのように綺麗に包み込まれています。 珊瑚と真珠に熱が伝わっては駄目なので、いったいどうやって蝋付けしたのだろうと驚くばかりです。 現代人から見ると驚くような技術を、この時代の優れた職人は当たり前のようにやってしまうことを改めて感じます。 |
画像は残っていない時代に、このような留め方をしたペンダントをGENが1点だけ扱ったことがあるそうです。 天然真珠を一粒だけ使ったもので、このように珊瑚と組み合わせた作品は初めてだそうです。 |
揺れ方の妙
美しく揺れるジュエリーは高度な技術を持つ職人によるハンドメイドならではで、ハイクラスのアンティークジュエリーならではの楽しみと言えます。 この作品も、可動部を見ると非常に気を遣った構造であることが分かります。 天然真珠と下に下がった珊瑚は、いくつか輪を連結して短いチェーンで揺らす構造になっています。 ユラユラと小刻みに揺れます。 どのような揺れか方にするのか考えて輪の大きさ、長さを設計したはずです。 |
単純に揺らすだけならば、左のピアスのように輪を1つ連結させれば良いはずです。 |
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【参考】珊瑚のピアス |
一方でメインストーンの珊瑚も裏側を見ると、環に連結する箇所と珊瑚の連結する箇所、2箇所に可動部が設置されていることが分かります。 可動部は1箇所でも揺れはしますが、それぞれのポイントで揺れることができるからこそ、より複雑で美しい揺れ方が実現するのです。 |
母なる海の揺り籠に抱かれながら、海の中で優しく揺れる珊瑚と天然真珠・・。 これは絶対に作者が入念に計算し、狙ってやっているデザインですね〜♪ |
面で輝く美しさ
珊瑚や天然真珠を包むゴールドの繊細さとは対照的に、フレームの面で光る二重の環が印象的です。磨きすぎると安っぽい光り方になってしまうので、そうならない程度の絶妙な表面に整えられています。 裏側を見ると、内側の環は面白い形をしています。面白いのですが、この形状が表だと全体のデザインとしてはちょっと冗長な印象となり、せっかくの珊瑚と天然真珠が目立たなくなっていたと思います。 ただの二重の環ではなく、内側の環が表から見たときに面白い形なのがポイントで、しかも外側の環と同様にフラットに仕上げてあるからこそ悪目立ちせずオシャレな印象を醸し出しているのです。この二重の環はとても丁寧な作りで、完全にくっついてはおらず、内側の環はまるで宙に浮いているかのような絶妙な透かしになっています。 |
メインストーンの珊瑚が連結された細長いパーツはナイフエッジになっています。このナイフエッジの中央に、やはりフラットに仕上げたお花のようなパーツが付けられているのも心憎い演出です。揺れるさなかにキラっと光って印象的です。もっと立体的な花を付けることも可能だったはずですが、それをしてしまうとやはり冗長な印象になったことでしょう。 |
それにしても細いナイフエッジによく正確に水平に取り付け、それがしっかり固定されているものだと感じます。 それはデザインする能力だけでなく、技術もある職人が作った証なのです。 |
チェーンの工夫
このネックレスはペンダント部分も非常に気遣いが行き届いた作品ですが、それだけで終わっていないのが面白いところです。 ペンダントを下げたチェーンを、ペンダントの上部で一度クロスさせた構造になっています。 ここをポイントとして、ペンダント全体が揺れる効果があります。 このような細工は一見何でもないような、プラスアルファのオプション程度に感じるかもしれません。 でも、このようにクロスポイントを作ることで、実際にはチェーンの長さが余計に必要となります。 |
ワイヤーを細くする原理 "Wiredrawing" ©Eyrian (talk I contribs)(05:32, 26 January 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
マシンメイドのチェーンならばすぐにできてしまいますが、ハンドメイドのチェーンを作る非常に大変なことです。 針金を少しずつ穴を通して引っ張って細くします。 そこから1つ1つパーツを作り、蝋付けして連結していきます。 非常に地味ながら並の職人は絶対にやりたがらない、想像を絶する根気と集中力の要る作業です。 |
金属の細いワイヤーを作成する道具 Public Domain |
エドワーディアン オープンワーク(透かし)ダイヤモンド ネックレス イギリス 1910年頃 |
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だからよほどオーダーされて作るような、ハイクラスのジュエリーでしか見ることはありません。そういう、地味ながらも手間とお金がかなりかかっている細工なのです。この透かしが美しいリボンのペンダントも、クロスポイントを起点に全体が揺れる構造となっています。 |
この作品の何が良いかというと、上のリボンのペンダント同様にクロスポイントでペンダント全体が揺れることに加えて、ペンダントに下がった1つ1つの珊瑚と天然真珠がそれぞれに美しく揺れるのです。 揺れに揺れが重なる構造、美しい揺れの効果は数倍増しなのです!♪ 海の素材を使った作品で、海のようにゆらめく作り。 まさに海の贈り物と称するに相応しい宝物なのです♪ |
クラスプ
アンティークらしさを感じる、ボックス型クラスプなのもGoodですね♪ ハンドメイドらからこそ可能となる、細く繊細なチェーンも美しいです。現代のマシンメイドだと、針金自体に強度がないのでここまで細くできませんし、細いものを作ったとしても強度がなくてすぐに切れてしまうのです。 |
現代の珊瑚産業
ジュエリーが好きな方だと、1度くらいは『血赤珊瑚』という名前を聞いたことがあるかもしれません。血赤珊瑚どぎつい色は本来あまり日本人好みの色ではない気がするのですが、この色を好む中国や台湾で人気があり、『血赤珊瑚』というだけで価格が異様に高騰しています。 日本でも高いというだけで価値あるものと思い込んだり、血赤珊瑚というブランド名だけでありがたがって買う人がいるから成り立つ価格です。一種のヴェブレン財ですね。 中国人、台湾人が喜んで買うのは、こういう色が好みなのだからむしろ健全だと思うのですが、自分の価値観や美意識がはっきりしない一部の日本人は、本来は似合わないし好みでもないはずなのに、価値あるものと思い込んで買ったりするのです。これは不健全な方向だと感じます。 養殖真珠同様、ただ数珠つなぎにしただけのつまらないネックレスが、(値段をつり上げた)高級な素材を使っているというだけでビックリするような価格で販売されています。デザインなんてまるでありません。 |
サンゴ ブローチ Hunt&Roskel社(英国王室御用達) イギリス 1870年頃 SOLD |
文化や人種によって好みの色は違います。 赤色が濃いから高級という基準はおかしなことです。 ヨーロッパで高級とされて最も人気があったのはエンジェルスキンと呼ばれる、少し淡い色です。 白人の肌にはこの淡い色の方が似合いそうですし、成金的な派手な色はやはり好まれなかったのかもしれません。 |
日本で珊瑚が採れるという話を聞きつけ、地中海の珊瑚が枯渇しかけていたイタリアの商人が開国した日本にたくさん駆けつけたそうです。 ヨーロッパではエンジェルスキンの相場は高かったのですが、イタリア人は「色がボケているから安物だ」と言いくるめて安く買っていたという話もあります。 今でも血赤珊瑚で儲けたい日本の業者はこの手の色をボケ、本ボケと呼びます。 一方でこちらを勧めたい業者は「ヨーロッパではエンジェルスキンと呼ばれて、こっちの方が高級なんですよ」と言うはずです。宣伝文句次第・・(失笑) |
白と紅の班が入った木瓜の花 "Chaenomeles, 2014" ©Roozitaa(5 April 2014, 10:52:17)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
もしくは木瓜の花のような色だからという説もあります。どちらなのでしょうね。どちらにしても明確な価値基準がない、自分の好きなものが分からない人がジュエリーに手を出そうとするから変なものが高く売られるのです。 |
バンブー・コーラルを着色して磨いたもの "Koralowiec" ©Kluka(11 August 2006)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
赤い珊瑚というだけで、ただの素材に過ぎなくても高値で買ってくれる人たちが多いとどうなるのか。 2つのことが起きます。 1つは贋作技術の発達です。 |
スポンジ珊瑚を着色したピアス "Koral1" ©Kluka(18 November 2006)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | これなんかはイソバナ珊瑚を一度粉末にし、樹脂と共に固めて着色したものです。 一応原料は珊瑚です。 『色』や『珊瑚であること』だけが判断基準の人にはピッタリのアクセサリーです。 |
しかしながらアクセサリーでは満足できないお金持ちもいます。そういう人のために本物の珊瑚が提供されるわけですが、その採取の仕方が問題です。 現代ではダイバーが1つ1つ採取するなんて手間と人件費のかかることはやりません。底引き網漁で海の底から根こそぎです。 珊瑚は再び宝石品質の原木に育つまでに100年以上かかると言われています。底引き網漁によって、珊瑚が絶滅の危機に瀕する漁場も存在します。今、自分さえ良ければ良いというやり方です。密漁も問題となっていますが、捕まるリスクを考えてもトータルとしては儲かるからやるのでしょう。 |
結局は珊瑚という素材だけで高値で買う人たちが多すぎるのが問題なのだと感じます。 結局、素材の価値ではなくどういうデザインと細工が施してあるのが、ジュエリーには一番重要なのではないかと改めて感じます。 |
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【参考】ヴィンテージの珊瑚ネックレス |
でも、残念ながら珊瑚のジュエリーに関しても、現代やヴィンテージではデザインも作りも優れたものは当然ながら存在しません。 これもエステートジュエリーに分類される某ハイブランドのヴィンテージです。 アンティークジュエリーを知る前からいつも思っていたのですが、ヴィンテージのジュエリーとアクセサリーはいまいち違いが見た目で認識できません。 ジュエリーの作りがチャチすぎるのと、アクセサリーの素材技術の向上によるものだと推測しています。 |
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【参考】某有名ブランドの珊瑚のエステートジュエリー(ヴィンテージ) |
これも同ブランドのエステートジュエリーですが、思わず「本気デスカ!?」と頭の中で叫んでしまいました。 よくこんな気持ちの悪いものを作るなと思うのですが、ハイブランドのジュエリーなので結構高値で売られたものだと考えられます。 珊瑚の無駄遣いですね。 海の恵みなのに、赤いというだけでイチゴさんにしちゃったセンスがちょっと・・。 完全に中産階級がジュエリー市場の牽引役となった戦後以降のジュエリーなんて、ハイブランドのものでもこんなものなのでしょう。 |
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【参考】某有名ブランドの珊瑚のエステートジュエリー(ヴィンテージ) |
正直珊瑚についてはどういう色が評価が高いのか、はっきりと言えない状況です。でも、この珊瑚が色鮮やかで、一目見て綺麗と思えるオレンジ色をしていることは間違いありません。海からの贈り物で作られた、海のゆらめきを感じさせてくれる美しいネックレス。それは人の心を癒してくれる小さな宝物なのです・・。 |