No.00208 Nouvelle-France |
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『Nouvelle-France』 |
抜群のデザイン
このピアスは特にデザインが際立っているのが魅力です♪ アンティークジュエリーで日本人にも使いやすい、センスが良いデザインのピアスを手に入れるのはとても難しいのですが、それにはいくつか要因があります。 |
欧米人にとってのピアス
イギリス国王ウィリアム4世(ジョージ4世とヴィクトリア女王の間)の妃アデレード・オブ・サクス=マイニンゲン(1792-1849年)、1831年頃制作 | 日本人は世界でも他に例がない、ジュエリー文化を育んでこなかった希有な民族であり、ジュエリーの歴史が浅いため現代でも欧米レベルのジュエリー文化は形成されていません。 ピアスは昔から欧米人女性にとって、ジュエリーの中でも最重要アイテムでした。 顔に一番近い所に着けるジュエリーなので、現代でも欧米人女性はピアスに一番お金をかけると言われるくらい重要視されています。 |
所謂『清楚』、『品が良い』と言われる物を好む傾向が強い日本人女性は、ピアスも小ぶりで個性のない目立たないものを選ぶ割合が多いです。このため、同じブランドでも日本市場向けのデザインはそういう商品が企画、販売されます。 日本人女性でも、ヘリテイジのカタログをご覧くださる方は平均的な方ではないと思うので書いてしまいますが、着けているか分からないゴミ粒サイズの宝石のジュエリーは着けても意味がないと思います。清楚どころか、むしろみみっちく感じます。本気でそう思っているからこそ、私はサラリーマン時代にお金があっても現代ジュエリーは着けたくなくて一切買っていません。でも、そのようなジュエリーは値段が安いこともあって、好む日本人女性は多いようです。 私はピアスに関しては大きめで、しかも揺れる物が好きです。でも、そんな私から見ても大きすぎるのではと思うくらい大きいものが好きなのが欧米人です。顔に一番近いだけあって、着用者の個性を惹き立てやすいですし、最も目が行くジュエリーでもあります。だからこそ、最大のドレスアップの場でも大ぶりのピアスは好まれます。 殆どの日本人にはネックレスがメインでピアスはオマケ程度のイメージがあるかもしれませんが、ジュエリーのコーディネートにそのような鉄則はありません。 現代でも欧米人のコーディネートを見ると、ピアスが重要視されていることが分かります。ピアスを主役にして他のアイテムを選ぶだけでなく、ピアスしか着けないことすらあります。「主役は私。その私を惹き立てるための、ピアスだけを使う。」ということなのだと思います。 日本人は世界一ブランド好きな民族とも言われます。高価なブランド品を着け、「高いブランドを着けている私は素敵でしょ!」と主張して承認欲求を満たそうとするのが、ブランド好きの日本人のやり方です。 主役が"私"ではなくブランド品になっています(笑) 欧米人は、「身に着けている物が高いブランド品だから、この人は素敵。」だなんて思ったりしません。人となりや個性を認められてこそ真に価値があると考えているため、ジュエリーはあくまでも自身を惹き立てるためのツールです。 故に胸元に注目が行くネックレスよりも、顔を華やかにして着用者の個性をより効果的に惹き立たせてくれるピアスを重要視するのです。それは昔から変わりません。 |
【参考】ヴィクトリアンのガーネットピアス | 【参考】ヴィクトリアンのアメジストピアス |
【参考】ロシアン・アールヌーヴォーピアス | 【参考】アールデコ翡翠ピアス |
このようにどの年代でもデザインの流行こそあれ、比較的大型のピアスが好まれる傾向にあります。日本ではコーディネートには合わせづらいだけでなく、日本人の感覚からするとコテコテしたダサイ印象の物がとても多いです。 |
【参考】クリソライトのピアス(ポルトガル 1780年頃) | 【参考】ヴィクトリアンのガーネットピアス | |
欧米にも当然アンティークジュエリー市場がありますが、現代の欧米人からも大ぶりの物が好まれるようで、某イギリスの高級店では左のピアスは2万〜5万ポンド(300万〜750万円、1£=150円で算出)、右のピアスは100万円ほどの値段が付いています。 |
デザインの魅力
小ぶりな目立たないピアスではありませんが、少し高級なディナーにでかけたりパーティなどの場では上品ながら華やかさと高級感を演出できる、日本人でも使いやすいデザインのピアスです。 デザインの雰囲気的にはフランス製かと思ったのですが、このピアスにはとても珍しい刻印が確認できました。 |
珍しいプラチナのホールマーク
左はピアス金具の根本付近の顕微鏡拡大画像です。 2つの刻印があり、下に髭の男性の顔が刻印されているのが分かりますでしょうか? 上の絵の右に相当するホールマークです。 |
『至高のレースワーク』 エドワーディアン ホワイトゴールド リボンブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
プラチナとホワイトゴールドの詳細については『至高のレースワーク』でご説明しましたが、1905年からプラチナがジュエリーの一般市場に出てくるようになりましたが、現代では考えられないくらい高価な素材でした。 同じく白金族のレアメタルであるパラジウムで割金するホワイトゴールドも1912年のドイツでの技術革新によって商業利用が可能になりました。 |
帝国主義が世界に吹き荒れ、1914年には世界最初で最悪の化学兵器を使った戦争である第一次世界大戦が勃発する不穏な時代でもありました。 ゴールドはもちろん、レアメタルであるパラジウムも高価な素材ではありましたが、プラチナは化学兵器の合成にも需要が激増していた超高価な金属だったため、プラチナとホワイトゴールドを見極めるためのホールマークを制定することが緊急に必要となりました。 |
1912年12月5日にフランスで制定されたのがこのプラチナのホールマークなのです。 犬のホールマークは有名ですが、この時に制定されたプラチナのホールマークは犬以外に2種類あります。 |
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【乙女の顔】 【犬の頭】 【マスク:男性の顔】 関税を適切に徴収するために3種類のプラチナのホールマークが作られました。このホールマークが作られる前は、必要な際はプラチナジュエリーにはフランスではイーグルヘッドやフクロウのホールマークが打たれていたようです。 |
ポピュラーメカニクス創刊号の表紙(1902.1.11) | 新しいホールマークの情報は、アメリカで発行された通俗技術誌ポピュラーメカニクスの1914年1月号に「プラチナのためのスペシャルホールマーク」として掲載されていたものです。 ポピュラーメカニクスは1902年に創刊のアメリカ雑誌ですが、1980年代半ばに一時期ですが日本語版が発行されていたので、ご存じの方もいらっしゃるでしょうか。 技術者しか読まないであろうアメリカの専門誌に、ホールマークの情報が掲載されていたことにも注目です。 |
ホールマークの情報から、この作品は以下の出自が考えられます。 何となくフランス的なデザインセンスを感じるものの、2の可能性はちょっと考えにくい気もします。 |
フランス人の移住と移住先での文化の形成
『PRO PATRIA(祖国のために)』 プリカジュール・エナメル ペンダント フランス 1914年〜1915年 SOLD |
19世紀から20世紀前半にかけて帝国主義時代が世界に広がったことから、相当な人数がヨーロッパからアメリカ大陸へ移住しました。 1870年代から第一次世界大戦までのピークの約40年間で、約3000万人がヨーロッパから移住しています。うち2000万人がアメリカ合衆国、残りはカナダ、アルゼンチン、ブラジル、オセアニアに渡っています。 『PROPATRIA』でもご紹介した通り、1914年から1918年にかけての第一次世界大戦で、フランスでは人口の15%が戦死あるいは負傷しています。 これもあって、特に多数のフランス人が他国に移住しています。 |
『クラシック・ハート』 イギリス 1870年頃 ロケット付きピケ・ペンダント SOLD |
『クラシック・ハート』でも、フランスから海外に移住したユグノーの職人によって、ピケの技術がイギリスにもたらされた話をご紹介しました。 ピケに限らず扇やエナメルなど、フランスの職人が移住によって他国に技術をもたらし、それが独自に発展したものも少なくないのです。 |
ヌーベルフランスの最大領土 "Nes France (orthographic projection" ©Martin23230(18 October 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
コロンブスがスペイン両王の支援を得て1498年にアメリカ大陸に到達して以降、アメリカ大陸を最初に開拓したのはフランス人でした。 ヌーベルフランス、新フランスという名前の国が建国され、1712年頃の最大領土は北はカナダから南はメキシコ湾にまで到達しています。 現代でもフランス系アメリカ人やフランス系カナダ人は非常に多く、その影響は色濃く残っています。 |
アメリカのルイジアナ州 "Louisiana in United States" ©TUBS(30 July 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | フランス系アメリカ人が多く住むルイジアナ州の名前の由来は、フランスのルイ14世です。 |
カナダのケベック州 "Carte du Quebec au sein du Canada" ©Sémhur / Wikimedia Commons(27 September 2011, 19:51)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
ヌーベルフランスの首都だったケベックは特に今でもフランス色が強い場所です。 カナダのケベック州の公用語はフランス語のみです。 |
ブルボン家の紋章 "Grand Royal Coat of Arms of France" ©Sodacan(15 October 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ケベックの州章 "Armoiries du Québec " ©Superbenjamin(2 May 2015)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
ケベックの州旗 | 王政時代のフランスを象徴するフローデリスも、ケベックの州章や州旗に残っています。 ケベック州の州都はケベック市ですが、州最大の都市はモントリオール市です。 フランス語圏のとしてはパリ、キンシャサに次ぐ規模の都市で、北米のパリとも呼ばれています。 |
モントリオール市街 "Montreal Twilight Panorama 2006" ©Photo by DAVID ILIFF(4 January 2006)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
北米最大規模の聖堂を持つローマ・カトリック教会『ノートルダム聖堂』 |
ケベック州は言語や街並みだけでなく、フランス系移民の影響で食文化もフランス料理を受け継いだケベック料理が主体になっており、カナダで最も食文化が発達していると言われています。 ほとんど混血していない単一民族が当たり前の日本人には感覚的に分かりづらいかもしれませんが、現代でもそのルーツはアイデンティティーに深く影響し、大切にされているようです。 |
1964年に提案されたカナダ国旗 | 1964年にはこのようなトリコロールカラーのカナダ国旗が提案されたこともあります。 没でしたが・・(笑) |
ちなみに多くのフランス系カナダ人のルーツはヌーベルフランス時代の入植者なので、フランス革命前の古語のフランス語が元になっています。 ただ、フランス語が話せるからと言ってパリに行くと「あなたのフランス語は古くさくて全く意味が分からない」と馬鹿にされたりするようです。一方でケベックに観光に来るフランス人も、態度が尊大だと現地のフランス系カナダ人から嫌われるようです。 まあ、パリジャンは世界の嫌われ者として有名なだけでなく、フランスの地方都市の人からもすこぶる評判が悪いことで有名ですからね(笑) |
このピアスがどこの誰によって作られたのかははっきりしませんが、移住したフランス人の職人や、フランス人の血をひく人によって作られた可能性も十分考えられますし、フランス人独特のデザインセンスの良さのようなものも感じます。 これだけフランス人は各国に移住し、技術を伝え、文化を形成しているのですから・・。 |
プラチナをふんだんに使った贅沢な作り
ダイヤモンドについては後で詳細をご説明しますが、その特徴からアールデコでもかなり初期に作られた物であることが分かります。 側面の厚みからも解るように、まだプラチナが相当高かった時代にも関わらず、ピアス全体にプラチナを贅沢に使ったとてもしっかりした作りです。 |
プラチナはゴールドよりも密度が高く、同じ体積でもより重い素材です。このピアスには高級感を感じる、ずっしりとした心地よい重さがあります。 |
アールデコとしては異例の個性あるダイヤモンド
このピアスには贅沢にダイヤモンドが使われています。 南アフリカのダイヤモンドラッシュによる豊富なダイヤモンド供給量と、それを生かす画期的な新素材プラチナの出現により、エドワーディアン以降一気にダイヤモンドのプラチナジュエリーが花開きます。 加工の面でもそれを可能にしたのが、ダイヤモンドのカットを飛躍的に進化させ、加工にかかる時間も大幅に短縮できる電動の研磨機とダイヤモンド・ソウでした。 |
アメリカで1891年に電動の研磨機、1900年に電動のダイヤモンド・ソウが発明され、劈開の方向を無視した自由で綺麗なカットが可能となったのです。 |
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ダイヤモンド・ソウ(1903年頃) |
『グランルー・ド・パリ』 ベルエポック ルビーリング フランス 1910年頃(鷲のホールマーク付) SOLD |
電動の機械は安い物ではないので一気に広まるわけではありません。 このフランスで制作された『グランルー・ド・パリ』のように、プラチナにゴールドバックのベルエポックの時代の作品でも、電動研磨ではない感じのラフなカットのダイヤモンドもまだ存在します。実はダイヤモンドジュエリーにおいては、この個性こそが大きな魅力にもなります。 |
『Quadrangle』-四角形- オーストリア? 1910年頃 SOLD |
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一方で財力豊富な大英帝国だと、高価な機械の導入も早い傾向にあったようで、エドワーディアンのダイヤモンドは比較的綺麗なカットの物が多いです。 フランスのベルエポックに比べて、イギリスのエドワーディアンジュエリーは洗練された優等生タイプのイメージの作品が多いのもこれが原因の1つです。 |
『ETERNITY』 イギリス 1920年代 SOLD |
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オールプラチナのアールデコになると、通常はダイヤモンドのカットもより洗練され、現代ジュエリーにイメージが近くなります。 |
それを考慮すると、このピアスは特別な存在です。 オールプラチナのアールデコの作品にも関わらず、ダイヤモンドは驚くほど個性に富んでいます。 |
オールドヨーロピアンカットとクッションシェイプカット、両方のダイヤモンドを使っています。 |
静止画像ではダイヤモンドの煌めきの美しさは到底伝えきることができませんが、それでもかなりダイナミックに光り輝いていることが感じていただけるのではないでしょうか。 |
厚みのある贅沢すぎるダイヤモンドのカットの魅力
この角度から見ると、それぞれのダイヤモンドにいかに厚みがあるかお分かりいただけますでしょうか。これだけ個性に富んでいるも驚きですし、ダイヤモンドの厚みがもはや笑ってしまうくらい贅沢なのです。 |
詳細は『財宝の守り神』でご説明していますが、内部の全反射だけを考慮しただけのチラチラとしか輝かない現代のブリリアンカットは、かなり平たくてテーブルの面積も広い形状です。 ブリリアンカットは八面体の1粒の原石から2つ得ることのできる、所謂『貧乏カット』です。 |
おそらく画像左のダイヤモンドがご紹介のピアスに使われているダイヤモンドの中では一番厚みがあるのですが、八面体の原石の形が想像できるくらい厚みがありませんか? 自然界の中で結晶を成長させていく天然の鉱物は、完璧な結晶として得られる確率が非常に低いです。完璧に近い八面体の結晶構造を持つ原石は、数千トンの中に1つあるかどうかという稀少なものです。結晶性の悪い不定形のダイヤモンド原石だと劈開の方向が定まらないため、電動カッターが発明される以前はどうにも扱えない代物でした。 |
当時の最高のダイヤモンドカット職人ジョセフ・アッシャー(1908年) | ダイヤモンドの劈開を見極めるには長年の経験と勘が必要で、専門の腕の良い職人しかできませんでした。 それがある程度誰でもできるようになったのが、電動の機械が発明されて以降なのです。 |
最上質のダイヤモンドに対して、劈開性を利用してカットされたと思われるダイヤモンド。 本作品はまだギリギリ手作業でカットできる職人が存在したアールデコ初期に、機械研磨が普及したイギリスやフランス以外の国で、手間暇を惜しまずダイヤモンドをカットして作られた貴重な作品だと推測されるのです。 |
手間だけかかって、ダイヤモンドジュエリーとしての美しさに効果がなければ『頑張ったで賞』でもあげてお終いです。でも、テーブルの面積が少なくクラウンに厚みがあるオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドの効果は絶大です。クラウンのそれぞれのファセットが見事に光り輝き、ピアスとして着けて揺れたとき、ダイナミックなシンチレーションとして魅力を放つのです。 |
【現代】ダイヤモンドリング | |
現代のブリリアンカットだと確かにパビリオンが全反射しますが、パビリオンの細かいファセットが反射してもチラチラとした輝きにしかなりません。しかも横から見ると分かる通り、クラウンが扁平なので安っぽい上にクラウンからの輝きもいまいち感じられません。 |
ダイヤモンドの魅力の1つにファイアがあり、現代ジュエリーでダイヤモンドの魅力を記載したHPなどでも論理的な説明はなされていますが、実際の画像や実物のファイアをご覧になったことはありますか?ダイヤモンド本来の魅力を真に引き出すことのできる、厚みのある古いカットであれば、これだけはっきりとファイアも見ることができるのです。 |
これぞ制作してもらうためのお金を惜しまないオーダー主と、手間を惜しまず精一杯の心を込めて作る職人がなせる、真に美しいダイヤモンドジュエリーなのです。 アールデコ期になると、ここまで手作業を感じられる温かみと心地よい精神性を感じる作品はなかなか存在しないので、このピアスは見ているだけで嬉しくなってしまいます。 |
綺麗すぎて正面からの画像に見えるかもしれませんが、これは裏側です。 このピアスは表裏のどこから見てもとてもしっかりした素晴らしい作りで、コンディションもパーフェクトです。 |
右端2つのダイヤモンドの留め方もとても美しく、細部にまで気を遣っています。 |
横がにも丁寧に溝が彫られていますが、この部分を後ろから見るとお花の形のように可愛らしいのです。 |
上の2つのダイヤモンドだけでなく、下に下がった中央の大きなダイヤモンドも、フレームがわざわざお花の形になっていることが分かります。 裏から見るとダイヤモンドのクリーンさも良く分かります。 オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドらしい、キューレット(石の裏の尖った部分)を大きくカットしていることもよく解ります。 アールデコ後期になると、だんだんこのキューレットをカットする面積も少なくなっていきます。 |
上質なダイヤモンドを贅沢に使ったこのピアスを実際に着けて揺れ動く瞬間は、まさに目を見張る美しさです。 成金趣味の派手なものや高いだけのものとは一線を画す、このクラスのジュエリーを、ぜひアンティークジュエリーを理解する日本人女性にも使いこなして欲しいです♪ |