No.00238 可憐な一輪 |
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『可憐な一輪』 小さくて品の良い清楚な雰囲気のジュエリーは日本人好みながら、ヨーロッパでは通常小ぶりで清楚は好まれないため、安物として作られた結果小さい場合が多い状況です。 しかしながらこの作品は細部に至るまで驚くほど特別に手をかけた素晴らしい作りで、日本人女性と同じように清楚で品が良いものを理解できる女性が特別にオーダーして作られた第一級のトレンブランであることは間違いありません。 大きなスプリングで大きく揺れる通常のトレンブランとは異なった、清楚で控えめな華やかさのダイヤモンドの煌めきが、特別な魅力を感じる作品です。 |
このトレンブランの特徴
以前は1年に1回くらいは出てきたという、スプリングで震える構造を持つジュエリー"トレンブラン"ですが、以前から言われている通りアンティークジュエリーの世界市場が全体的に枯渇し、その状態が大分進行しているせいなのか、これまで仕入れる機会に恵まれませんでした。 この宝物は、開店して1年2ヶ月のヘリテイジでご紹介する初めてのトレンブランです。初めての宝物がめちゃくちゃ私好みのデザインだった上、明らかに特別にオーダーされた最高級の作りだったので嬉しくてしょうがありません♪ |
このトレンブランの魅力としては以下が挙げられます。 魅力1 ゴージャスな印象が強い一般的なトレンブランとは一線を画す、日常使いにも適したシンプルで上質なデザイン 魅力2 スプリングがボックスに収納された珍しいタイプの動作機構 魅力3 一輪の花というモチーフ 魅力4 小さいのに極上の作り |
トレンブランとは
エイグレット型トレンブラン ブローチ&髪飾り フランス 1880年頃 SOLD |
ヘリテイジでは初めてのトレンブランなので、まずはトレンブランについてご説明いたします。 機構は各種存在しますが、スプリングによって一部が震えたり揺れたりする構造を持つジュエリーを『トレンブラン』と言います。 左はトレンブランの最高級品で、一番大きなダイヤモンドだけを揺らして撮影していますが、独立した大きなダイヤモンド3つだけでなく、AやBのようにナイフエッジでエイグレットの羽を表現した箇所も全て震える構造になっています。 |
今回のトレンブランはお花の部分が震える構造になっています。 アンティークジュエリーのダイヤモンドは手作業で惜しみなく手間と技術そをかけ、それぞれに個性あるダイナミックな輝きを放つのが魅力です。 |
見る角度によってダイナミックなシンチレーションを放ち、それが見る人すべてを魅了するのですが、トレンブランは着用者の僅かな動きにも反応して震え、通常のダイヤモンドジュエリー以上にそれぞれのダイヤモンドが煌めきを放つので、ダイヤモンドのポテンシャルを最大限に引き出すという点では最高のジュエリーなのです。 |
ジョージアンにおける流行
花と蝶のトレンブラン ブローチ フランス 1820年頃 SOLD |
考案した人物や時期についてははっきりしませんが、トレンブランは19世紀初期にフランスで流行しています。 トレンブランは構造的に作るのが難しく、ダイヤモンド自体も非常に高価な時代だったので、同じ時代の通常のハイジュエリー以上に高級な作りがなされている印象があります。 |
通常ならば貴重な極上のオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド目当てに中央の石が取り外されて、バラバラにされて別にジュエリーに作り替えられている所なのでしょうけれど、この作品には時代を超越した魅力があり、200年間に渡る歴代の持ち主にデザインに古さを感じさせることがなかったからこそ現代に辿り着いたと言えます。 |
レイト・ヴィクトリアンの流行(1870年頃〜1900年頃)
ダイヤモンド トレンブラン ブローチ イギリス 1870-1880年頃 SOLD |
1870-1880年頃にもう一度トレンブランが流行します。 ダイヤモンドの産地の歴史については『財宝の守り神』で詳しくご説明していますが、1869年に南アフリカで2番目のダイヤモンド『南アフリカの星』が発見され、ダイヤモンドラッシュが起こるまでは世界はダイヤモンドが不足した状態にありました。 既存の鉱山が枯渇したことで、1860年代にはヨーロッパのダイヤモンド産業が倒産や縮小に追いやられていたほどです。 |
『Quadrangle』-四角形- エドワーディアン 天然真珠 ネックレス オーストリア? 1910年頃 SOLD |
宝石は採掘すればいつかは枯渇するものですが、南アフリカの鉱床は生産調整しないと供給過剰となってダイヤモンドの価格が維持できないほど巨大でした。 市場における宝石や貴金属の価値は「ダイヤモンドだから」「ゴールドだから」「天然真珠だから」など、そういう単純なことでは決まるものではありません。 1810年頃から1830年代前半くらいまでのイギリスでは金兌換停止の影響による金価格暴騰で、ゴールドが至上最高に評価が高まりました(『ジョージアンの女王』参照)。 プラチナ価格も戦争の影響等で不足していた時代は金より遙かに高価でしたが、今は金より遙かに安いです(金:5,049円/g、プラチナ:3,548円/g、2019.4.15時点)(『至高のレースワーク』参照)。 ダイヤモンドがいくらでも手に入ることが分かってくると、王侯貴族や富裕層にとってダイヤモンドはもはやステータスの対象としての魅力は薄れ始め、どの時代でも間違いなく希少性が保たれていた天然真珠に興味が移っていくのです。 だから左のハイクラスのエドワーディアン・ジュエリーも、天然真珠がメインストーンでダイヤモンドが脇石なのです。 |
ダイヤモンド トレンブラン ブローチ フランスorヨーロッパ 1870-1880年頃 SOLD |
トレンブランの第二の流行は、ダイヤモンドが枯渇してステータスが上がっていた時代に、上質な石が供給され始めた頃の1870-1880年頃ならではの流行なのです。 煌めきを強調してくれる震える構造は、いつの時代も見る人を虜にする最強ツールなのです。 |
魅力1 シンプルで上質なデザイン
トレンブランは通常ゴージャスなデザインが多く、日常使いという印象はありません。 ゴージャスなダイヤモンド・ジュエリーは見ている分には目の保養ができたり楽しかったりしますが、欧米と違ってパーティの文化が発達・浸透していない日本では「買っても着ける機会がない。」という方が大半だと思います。 そんな中で、今回のトレンブランは異例とも言える上質かつシンプルな日常使いしやすいデザインです。 |
これまでにお取り扱いした19世紀後期のお花のトレンブラン
ダイヤモンド トレンブラン ブローチ イギリス 1870-1880年頃 SOLD |
ダイヤモンド トレンブラン ブローチ フランスorヨーロッパ 1870-1880年頃 SOLD |
この2つのトレンブランは極端に大きくはありませんが、一輪の花である今回作品と比べると花束ということもあって、全面にあしらわれたダイヤモンドがとてもゴージャスな印象です。華やかな場所では間違いなく見栄えするでしょう。 |
ダブル・トレンブラン ブローチ |
もともと王侯貴族のジュエリーは代々受け継いでいく財産ですが、ここまで来ると完全に『家宝』ですね。 枝の節目が可動な構造で、3箇所のブローチピンで位置を調整して、自由に角度を変えることができます。 |
パーツを取り外してシンプルに使ったり、お花は1つだけにしたりして使うことも可能です。 |
例えば花嫁のような、パーティの主役がドレスの肩パッドに着けて、美しく垂らして使ったりしたのでしょうか。 その後はパーツを調整して控えめにして使ったり、母から娘、さらに孫の代へと伝わっていったでしょうか。 トレンブランは日常使いではなく、ヨーロッパの王侯貴族クラスが特別なシーンで着けるために作られたものというイメージが強いのです。 |
魅力2 スプリングがボックスに収納されたタイプの動作機構
エイグレット型トレンブラン ブローチ&髪飾り フランス 1880年頃 SOLD |
トレンブランの動作機構にはいくつか種類があります。 どういうジュエリーにしたいのか、造形的なデザインだけでなく揺れ方も含めてトータルデザインがなされているのが、特別な一点物を熟練の職人が手作業で作っていた時代のハイクラス・ジュエリーの特徴です。 |
動作機構1 大きなスプリングで優雅に揺れて華やかさなタイプ
通常お花のトレンブランでよく見るのは、このように大きなコイル状のバネが使われているタイプです。 |
比較的ダイナミックに揺れるので、華やかさを演出したいトレンブランにはピッタリの機構です。 |
これらのトレンブランはすべてお花の部分がコイルタイプのメカニズムで揺れるようになっています。 |
動作機構2 ボックスに収納された小さなコイルで小刻みに揺れるタイプ
もう1つは、小さなコイルがボックスに収納されており、小刻みに震えるタイプです。 収納されているので、スプリングを直接見たり触れたりはできません。 |
理論はそうなのですが、手作業によって苦労してカットしていた時代のリアルなオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドは実際にはもっと言葉では表しきれない美しさがあります。 テクノロジーが進化することで、人の目では認識が不可能なほど左右の対称性を高めることが可能となりました。しかしながらそれはもはやアートではなく単なる工業製品です。人の手による『ゆらぎ』や、そのゆらぎを全体として調和させて心地よく美しく感じさせるための『絶妙なバランス感覚』にこそ人間にとっての美しさが宿るのです。 |
ご紹介のトレンブランにも、高度な技術を持つ職人によって手作業で丁寧にカットされた煌めきの美しいダイヤモンドがセットされてあります。 |
そしてお花の動作機構はAの部分、ボックスに収納された清楚に揺れるタイプです。わざわざスプリングを収納するための小さくて精密なボックスを作るのは、非常に手間も技術もかかります。普通であれば大きく派手に揺れてくれる方が分かりやすく高そうに見えて好まれるので、財力を持ち、しかも清楚さな揺れに価値が感じられるセンスの持ち主でなければオーダーすることはありません。だからこそ先ほどのダブル・トレンブランのような特別なクラスの作品でしか見られないのです。 |
通常の小さな作品は、お金がかけられなくて小ぶりになる場合が圧倒的に多いです。 そんな中で日本人好みの清楚なデザインで上質なものを、センスも似合うものも異なっていたはずのヨーロッパの王侯貴族のアンティークジュエリーに求めるのはほぼ不可能なことなのですが、この作品は例外的に、日本人好みの可憐で清楚でお金をかけて作られた上質なトレンブランなのです。 |
魅力3 一輪の花というモチーフ
このトレンブランはフランス製ですが、パリは古くから職人大国でヨーロッパ中から王侯貴族がファッションやジュエリーなどをオーダーしに集まる街として栄えていました。一輪の可憐な花、そして造形のリアルなデザインはあまりフランス人好みのイメージではないのです。 |
『紳士と淑女』(フランス 1778年) | ヨーロッパ貴族と聞くと全ての国を一緒くたにして捉えようとする日本人が少なくありませんが、それぞれの国で状況も性質も全く異なります。 フランス貴族は宮廷内に引き籠もり、噂話や恋愛などの社交にふけることを好んでいたと言われています。 外に出ると言っても宮廷内のお庭程度です。 |
ロスチャイルドのカントリーハウスの敷地内から見た景色 |
カントリー・ハウスには舞踏会ができる大広間があり、夜は邸宅内でディナーを食べて社交したりもしますが、日中は広大な自然の中だからこその社交を大いに楽しみます。海水浴やピクニック、乗馬や狩り。イギリス貴族は現代のイギリス人同様、自然が大好きなのです。 |
『紳士の黒い忠犬』 エセックスクリスタル ブローチ イギリス 1890年頃 SOLD |
イギリスの王侯貴族が自然の中で遊ぶのが好きだったことはジュエリーにもよく現れているのです。 |
1870-1880年代のフランス
ナポレオン3世(1808-1873年) | 南アフリカでダイヤモンドラッシュが起こり、イギリスが植民地政策でその恩恵を拡大させていった1870年代。 フランスは1870年に起こった普仏戦争でフランス皇帝ナポレオン3世がプロイセンの捕虜となると、第二帝政は終焉を迎えて第三共和制へと移行しました。 戦争自体も1871年にフランスの敗北で決着し、50億フランにものぼる賠償金が発生しました。 |
世界最初の百貨店と言われる『ボン・マルシェ(安い)百貨店』 "Bon marche" ©Arnaud Malon from Paris, France(2 April 2006)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
その後、遅れていた産業革命がようやくフランスでも進み、わずか10年ほどで敗戦からの復興を遂げました。 だいたい1880年代から、苛烈を極めた第一次世界大戦が勃発する1914年までの期間は良き時代『ベル・エポック』と呼ばれたほどの好景気でした。 |
ベルエポックの精神を表現したポスター(ジュール・シェレ 1894年) | ただし共和制となって王侯貴族が存在しなくなったこの時代、元貴族はいても大して財力もなく、消費の牽引役は中産階級の若い女性たちでした。 |
1906年版『ボヌール・デ・ダム百貨店』の挿絵、p377(エミール・ゾラ著 1883年発行) | 女性の消費心理を巧みに利用した百貨店のやり方が続々と研究して編み出され、パリにいくつもあった超巨大な百貨店にもの凄い人数の中産階級の女性たちが押し寄せていた時代です。
そのことを題材として小説が書かれたくらいの加熱ぶりでした。 |
エミール・ゾラ(1840-1902年)マネ作 | 良いものを理解しているセンスのある王侯貴族は専門店で特別にオーダーしたり、専門店が扱うクラスの特別な既製品を専門店で買うのが当たり前なのですが、良いものが分からない、どこでどういうものを買えば良いのか分からないセンスのない中産階級にとっては百貨店はショッピングするには都合の良い存在でもあったのです。 小説を書いたエミール・ゾラを始め、フランスの中でも知識人や一定レベル以上の人たちは冷めた目で国内の現象を見ていたようです。 |
パリで買い物をする人がフランス人だけだったら、職人の街としての技術レベルは保てなかったかもしれませんね。 ヨーロッパ中の王侯貴族がやってくる場所だったので、その人たちのための特別なオーダー品に関しては、フランス人が貧乏な時代であろうとなかろうと、フランスで中産階級好みの成金的なデザインが流行していた時代であろうと、関係なく優れたものを作ることが可能だったわけです。 |
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エドワード7世の風刺画 |
1870-1880年代のイギリス
『太陽の沈まぬ帝国』 バンデッドアゲート ブローチ イギリス 1860年頃 SOLD |
世界で最初に産業革命が起こったイギリスは、植民地政策の成功もあって1860年代前後に『パクス・ブリタニカ』と言われるほどの繁栄を迎えました。 ピークは過ぎ始め、アメリカが台頭してきたとは言え、1870-1880年代も依然として圧倒的な世界の中心『大英帝国』として君臨していました。 |
"モダンデザインの父" ウィリアム・モリス(1834-1896年) | 一方で産業革命が進んだ反動として、イギリスでは自然への回帰の思想も高まった時代にありました。 それが具現化した形としてはウィリアム・モリスらが提唱し、1880年頃から始まったアーツ&クラフツ運動が知られていますが、この発端はもっと昔にありました。 |
第1回万博開幕をクリスタル・パレス内で宣言するヴィクトリア女王(1851年) | 世界の工場と言われ、世界の中心として世界初の万国博覧会が1851年に開催されたロンドンにて、芸術性など微塵もない、見るも無惨な大量生産の粗造品があふれた光景に、16歳のウィリアム・モリスは大変なショックを受けました。 |
壁紙デザイン『トレリス』(ウィリアム・モリス 1862年) | この状況を批判し、中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一することをモリスが主張したことが、アーツ&クラフツ運動につながっていきました。 |
モリス商会の壁紙を職人が手作業で印刷する様子(メロトン・アビー 1890年) | モリスが求めたのは昔ながらの優れた職人による、手間と技術を惜しまない優れた作りだけではありません。 |
モリスのデザイン(1875年) | モリス商会のデザイン | モリスのデザイン(1872年) |
モリスのデザイン(1876年) | デザインに関しては自然界のモチーフの研究や、洗練されたフォルムへの回帰が強く勧められました。 植物モチーフはアールヌーヴォーのイメージが強いかもしれませんが、その先駆けがイギリスのアーツ&クラフツであり、産業革命が世界で最初に起こったからこその自然の流れだったとも言えるのです。 |
『WILDLIFES』 アーツ&クラフツ×モダンスタイル ゴールド・ペンダント イギリス 1900年頃 SOLD |
だからこそ、ありのままの自然を表現した『WILDLIFES』のような作品はイギリスらしいというだけでなく、特にこの時代らしい作品とも言えるのです。 |
アーツ&クラフツの流れを感じる美しいお花の造形
その点で、可憐な一輪だけの花、しかもシルバーという素材を使って細部までリアルな花びらや葉をわざわざ表現したこのデザインは、この時代のフランス人らしくない一方で実にイギリス人好みなのです。 イギリスとフランスの経済格差は最大7倍も開きがあったと言われていますが、フランス人があまりお金を持っていない時代において、イギリスは大英帝国最盛期を迎えた圧倒的なお金持ちの時代にありました。財力とセンスを併せ持つイギリスの王侯貴族がパリで特別オーダーしたと考えると、このようなトレンブランが存在するのも納得いくのです。 |
魅力4 小さいのに極上の作り
通常、小さなものは安物として作られた場合が多く、作りが雑だったりダイヤモンドの質の悪さに表れます。 しかしながらこの特別にオーダーされたトレンブランは、作りもダイヤモンドも極上です。 |
作りの魅力1. 立体的な美しい造形
一輪の花は花びらも咲きかけの蕾も、葉もいずれも、ダイナミックで滑らかな曲線を使った実に立体感あふれる表現になっています。二次元の画像ではそれがどうしても感じにくくなってしまうのですが、横から見ればいかに立体感ある作りなのかがご想像いただけると思います。 |
花芯となるクッションシェイプ・ダイヤモンドは高さのある台座で奥深くにセットされ、花びらも同じく奥深くから立体的に花開く形状になっています。 葉にもそれぞれに自然の葉っぱらしい絶妙な立体感が表現されています。鋭角二等辺三角形のナイフエッジで作られた茎もただの直線ではなく、それぞれに前後左右に絶妙なカーブが付けられた自然な造形になっています。 |
現代ジュエリーのデフォルメされ過ぎたお花のモチーフには美しさを感じない方も多いと思います。手間をかけて鍛えた鍛造の金属と違い、鋳造の金属には強度がありませんからどうしても強度を保つために金属を厚くせざるを得ず、ボテっとした見た目になります。ジュエリーデザイナーの能力の限界というだけでなく、量産前提のデザインをするとなると、どうしても複雑な構造となるデザインは無理なのです。 アンティークの高級品だからこそできたこの素晴らしい表現。無機物の金属と宝石だけでここまで美しく自然界の一輪の花を表現できるなんて、改めて昔のトップレベルのジュエリー職人のすごさを思い知りました。 |
作りの魅力2. 透かしの美
ダイヤモンド トレンブラン ブローチ イギリス 1870-1880年頃 SOLD |
レイトヴィクトリアンのお花モチーフのトレンブランは、花びらの花脈が透かし細工の軽やかな印象で表現されている場合が多いです。 |
これは華やかさを演出するために作られたトレンブランなので、透かしの幅は極力薄く、最大限にダイヤモンドの豪華な輝きが強調される作りになっています。 |
一方で今回のトレンブランは同じ5枚の花びらでも控えめの大きさで、ダイヤモンドだけでなく透かし細工による花脈の美しさもしっかりと感じられる幅で細工が施されています。 平面でも難しいのに、立体的な形で作られた花びらにこれだけシャープで美しい透かしを入れるのは、非常に高度な技術を持った職人でなければ出来ません。 |
空間の全体のバランスが絶妙な美しさを醸しだし、この一輪の花の清楚な美しさへとつながっています。 |
作りの魅力3. ダイヤモンドとフレームの美しさ
センターのクッションシェイプ・ダイヤモンドと脇石のローズカット・ダイヤモンドは、すべてが驚くほどクリーンで実に美しい輝きです。そしてそれが繊細に震えるように揺れるのですから、見ていて何とも楽しい豊かな気持ちになります。ローズカット・ダイヤモンドをセットした花びらのフレームは1つ1つ深くシャープに作られた丁寧な作りで、ダイヤモンドのそれぞれのファセットから放たれる輝きをより印象深くしています。 |
花びらを裏側から見ると、かなり曲率のきつい面にローズカット・ダイヤモンドがセットされていることが分かります。震える構造のトレンブランは、通常のジュエリー以上にシビアに石が留まっていなければなりません。150年近く歴代の持ち主の元で可憐に揺れ続けたトレンブランですが、これだけ難易度の高いセッティングがなされているにも関わらず石が落ちていないこともさすがアンティークのハイジュエリーです。 |
葉の先端の作りもキリッとしたシャープな作りです。 こういう一見些細な部分に思える部分までの完璧な細工こそが、腕の良い職人が細部まで気を使って制作したハイクラスのジュエリーならではの細工なのです。 |
作品のメインとして注目を集めるお花部分が素晴らしいのは当然です。この部分の細工に、このトレンブランの作りが如何にハイレベルで湛然に作られているかが良く現れています。 |
作りの魅力4. スプリングの収納ボックスの作り
まだプラチナが使われていない時期なので、ダイヤを留めている部分の表は銀で裏が金のゴールドバックの作りです。表面がシルバーなのは、白い金属を使うことでダイヤモンドのクリアな色をより美しく見せるためです。ただしシルバーは大気中の成分によって硫化して黒ずむ性質があり、それが直接に触れることで高価な衣服を汚す恐れがあるため、裏側はわざわざ金属を貼り合わせるという手間と技術をかけてまで、見えない部分に高価なゴールドを貼るのです。ジュエリーのみならず、このようなハイジュエリーをオーダーするような王侯貴族のドレスは超高価なものでしたからね。 |
さて、ダブルトレンブランのスプリングを収納したボックスは、左のようにシンプルな形状でした。 |
今回のトレンブランのスプリングが収納されたボックスAを見ると、金でしかも単純な形状ではなく膨らんだ円形で作られています。高価な大型のトレンブラン以上の気を遣った贅沢な作りは、わざわざ財力もセンスもある人物が小型で上質なトレンブランを特別にオーダーし、第一級のトレンブランとして制作された証です。 |
裏側の作りとホールマーク
ダイヤモンドの裏に窓を開けてありますが、これも一つ一つ丁寧に開けてあり仕上げもとても奇麗です。ピンの金具も返しが付いた独特の曲線状なので、オリジナルの物であることが分かります。このピンの左端の方にフランスの18ctゴールドを示すイーグルヘッドがあります。 |
イーグルヘッドによりフランス製であることが分かります。 オリジナルのピンに付いていないと意味がありませんし、少なくともイーグルヘッドは1972年までのヴィンテージや中古ジュエリーにも使用されており、それ以降も使用されるケースがあるのでアンティークジュエリーである証明にはなりません。 作品を読み解くためのあくまでも参考の1つです。 |
本体の太い茎の部分の右の方にに二つ付いているのがイノシシのホールマークです。 |
パーツが重なっていますが、2つともフランス製のシルバーを表すイノシシです。 |
ジャケットに付けても品良くおさまりますし、ニットで少しカジュアルにしても違和感なく馴染むと思います。普通はパーティなど特別な場所でないと難しいイメージのトレンブランですが、日常に少しだけ華やかさをプラスする上質アイテムとして使えるのはとても楽しいことです。派手に揺れることはありませんが、僅かな振動に合わせてダイヤモンドが煌めく清楚さは通常のダイヤモンドジュエリーとは全く異なる魅力があります。 |
美しいありのままの自然を愛するイギリスのレディのものだったのか、それともフランス人ながらも特別な感性と優れたセンスを持つ女性が特別にオーダーしたのか・・。野に咲く美しい一輪の花という自然の造形デザインには流行がありません。古びることのない永遠のモチーフのトレンブラン、次はどんな方との出逢いがあるのでしょう・・ |