No.00265 心の扉の鍵 |
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『心の扉の鍵』 持ち主の知性を感じる、センスの良い秘密のメッセージが込められた女性用のフォブシールです。扉と鍵という楽しいモチーフが彫られたアメジストは複雑かつ美しくカットされており、全体のフォルムと共にエレガントな雰囲気を強く醸し出しています。小ぶりなのでペンダントとしても使いやすく、手紙の封蝋やプレゼントのリボンの装飾など、様々な使い方で楽しんでいただける小さな宝物です♪ |
この宝物のポイント
女性のものだったと思われる、小ぶりでとっても愛らしいフォブシールです♪ ヘリテイジでフォブシールを買い付ける場合に気をつけているのが、次の3つのポイントです。 1. 全体のフォルムに魅力があること 2. インタリオの彫りが良いこと 3. インタリオのモチーフに魅力があること |
【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルのフォブシール(19世紀後期) | |
どれだけ外観デザインに魅力があっても、使って楽しむために作られたこのタイプのフォブシールの場合はインタリオにも魅力がなければ買い付けることはありません。数や種類を集めたいコレクターやマニアの場合はこれで十分なのですが、ヘリテイジは人によっては一生で一度の宝物を手に入れていただくための高級アンティークジュエリー専門店です。どうしても自身の場合に置き換えてしまうのですが、私だったら一生で一度の宝物を探す場合は妥協はしません。 |
【参考】ガラスを使った安物フォブシール(19世紀後期) | |
でも、以外と既製品として作られて一度も使われずにデッドストック化した、何も彫られていない物も少なくありません。 |
彫られていたとしても、彫りが良くなかったりモチーフに魅力がなかったりする場合が大半です。 貴族の紋章が彫られた、貴族のオーダー品だったはずのものでさえ驚くほどレベルの低いものもあったりします。 |
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【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルの彫りのインタリオ |
【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルの彫りのインタリオ |
そのような中で、久しぶりに魅力あるモチーフのインタリオがある上に、小ぶりで女性にも使いやすいフォブシールをロンドンで見つけた時は、思わず「ヤッター!」と大喜びしました♪(笑) |
遊び心と恋心が満点のモチーフ
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描かれているのは鍵穴の付いたドアと鍵。 そして |
『TRUTH』 ジョージアン フォブシール イギリス 1820年頃 コーネリアン、ハイキャラット・ゴールド(15〜18ctゴールド) SOLD |
実は今回の宝物は、以前ご紹介した『TRUTH』と同じイギリス人ディーラーから買い付けました。 |
これに関しては最初ちょっと意味が分からなかったのですが、こちらについても楽しそうに説明してくれました。 FAITHFUL SECRET ドアは私の心の扉。そしてその心の扉を開ける鍵。 |
つまり、「私の心の扉はしっかりと鍵で守っています。あなただけに内緒でその鍵をお渡しします。」ということです。 要約すると「私の心はあなただけのもの。他の人には絶対に浮気なんてしません。」。もっと踏み込んで意訳するならば、「かたく閉ざした私の心の扉の鍵を、本当に愛するあなただけにお渡しします。」となります。 教えてもらうと「なるほど。」と納得ですが、このような秘密のメッセージが込められた宝物は特別な人でなければ読み解くのは難しいですよね。 メールやSNSが発達して手紙を書くこともほとんど無くなってしまった現代人にとっては余計にです。 |
だからこそ、このような特殊な宝物は特定のディーラーからしか出てこないのだと思います。 特別な想いで心を込めて作られたアンティークジュエリーは、次の持ち主とも不思議なご縁でつながり、明らかに相思相愛で旅立っていきます。 相応しい持ち主と確実にご縁をつなぐために、橋渡しとなるディーラーも宝物自身が確実に選んでいるのかなと感じました。 そう思うと、はるばるロンドンから連れてきたこの愛らしい宝物も、余すところなく魅力をご紹介しなければと気が引き締まります!♪ |
持ち主の人物像
『真実の支持者』 ジョージアン ガスリーの紋章 シール イギリス 19世紀初期 SOLD |
フォブシールにはいくつかの種類があることを『真実の支持者』で具体的にご説明しました。 古くは王侯貴族の正式な実印として、精密に紋章を彫った男性用の実用品のフォブシールが作られていました。 |
王の富と権力の象徴『パイナップル』 ジョージアン スリーカラー・ゴールド フォブシール イギリス 1820年頃 SOLD |
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同様に、爵位を継いだりすることのない王侯貴族の女性用にはイニシャルや名前が彫られた実用品が作られていました。
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『FRIENDSHIP』 ジョージアン フォブシール イギリス 1820年頃 SOLD |
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そのような実印目的とは別に、このような手紙に封をする際にメッセージを込めることができる遊び心溢れるフォブシールが数は多くありませんが存在します。 実印は個々人に必須ですが、このような遊び心で作るフォブシールは必需品ではありません。 |
安くあげようと思えば高価なゴールドやストーンなどの素材は使わず、スチールやシルバーを使うなどいくらでも方法はあります。 |
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【参考】安物のスチール?のフォブシール |
お金がない場合は実印の紋章シールですら安物の素材と安い彫りで作られることもあります。 |
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【参考】安物のシルバー?の紋章フォブシール |
必需品ではない遊び用ともなればなおさらです。 |
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【参考?安物のシルバー?の紋章フォブシール |
フラワーバスケット シール&ペンダント イギリス 1820-1830年頃 SOLD |
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それをゴールドや宝石を使ってオーダーするのはかなりの財を持ち、しかも高い美意識を持つ人物以外にあり得ません。 |
1880年頃に作られたこのフォブシールは金無垢でこそありませんが、現代の薄い金メッキとは異なる厚い金メッキとなっています。 また、ジュエリーのメインストーンでも使われるアメジストが使われています。 遊び用としてはかなり贅沢な作りと言えます。 |
この宝物が着飾って楽しむことを一番の目的としたジュエリーではなく、手紙を書く時のとっておきアイテムであることも重要なポイントです。 現代でこそ文字を読み書きするのは誰にでもできることというイメージがありますが、昔はそうではありませんでした。 |
江戸時代の日本の識字率の高さは有名な話ですね。 庶民自身の主体的な熱意で自然発生した寺子屋という、世界でも希有な制度が発達したからに因るのですが、これは同時代の他国から見れば驚くべきことでした。 黒船来航のペリーも日本人の教育水準の高さに対する驚きのコメントを残しています。 |
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黒船来航瓦版(1853年、嘉永6年) |
1811年にゴローニン事件で捕縛されたロシア人でディアナ号館長のゴローニンも、ボロを着た牢屋番すら文字が読め、時間さえあれば熱心に本を読んでいたと書き残しています。 江戸時代の幕末期は、武士はほぼ100%読み書きができたと言いますからこれはまあ普通でしょう。 |
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ロシア軍艦ディアナ号艦長ヴァシリー・ミハイロヴィチ・ゴローニン(1776-1831年) |
江戸時代の江戸の就学率は70〜86%あり、裏長屋に住む子供でも手習いに行かない子供は男女とも殆どいなかったと言います。 日本橋、赤坂。本郷などの地域では男子よりも女子の修学数の方が多かったという記録さえあります。 このため、日本の町人ら庶民層で見た場合でも幕末期は男子で49〜54%、女子で19〜21%が読み書きでき、江戸に限定すれば70〜80%、江戸の中心部に限定すれば約90%が読み書きできたと考えられています。 |
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『文学ばんだいの宝』寺子屋の筆子と女性教師(江戸時代末期 1842-1845年頃) |
1853年に日本にやってきたペリー提督は田舎にすら本屋があることや、日本人の本好きと識字率の高さに驚いていましたが、1861年に函館のロシア領事館付き主任司祭として来日したロシア正教会の宣教師ニコライは8年間日本に滞在し、さらに詳しく日本人の教養レベルについて書き残しています。 それによれば、国民の全階層に殆ど同程度にむらなく教育が行き渡っており、学問知識の教典のように位置づけられている孔子を、学のある日本人は一字一句まで暗記しているものであり、そうでない最も身分の低い庶民ですらかなりよく知っているのだそうです。 また、どんな辺鄙な寒村に行っても頼朝、義経、楠木正成などの歴史上の重要人物を知らなかったり、江戸や都、その他の主だった土地が自分の村のどの方角にあるのか知らないような、それほど無知な者に出会うことはないそうです。 ヘリテイジのカタログをご覧いただいている大半の方は日本人だと思うので、そんなこと大したことではないと思われるでしょうか。 |
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日本大主教ニコライ(1836-1912年頃) |
ヨーロッパは王侯貴族と庶民で厳密に差があり、財力だけでなく教養・知識に関しても王侯貴族の独占状態にありました。 特に革命前のフランスの識字率の低さは際立っており、1793年の時点で1.4%しかありません。 贅沢三昧の貴族階級以外、殆どの平民はまともな教育を受けておらず、「平民は馬鹿でいてくれた方が良い。」、「ただ労働力として機械のように考えることなく忠実に手を動かすだけの存在であれ。」という意図がありありと見えてきます。 革命後のフランスは中心地パリでさえ、あまりの民度の低さで有名ですが、知的向上心が養われずただ日々を生きていくだけを教養されればさもありなんです。 |
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アンシャンレジームを風刺した絵(1789年) |
イギリスの男女別の識字率の推移 【引用】Our World in Data / Literacy by Max Roser and Esteban Ortiz-Ospina(First published 2013; last revision September 20, 2018) © Max Roser /Adapted/CC-BY |
さらに上流階級であっても女性が男性を凌ぐ教養を持つことは好まれず、女性がラテン語などの教養語を習得するなんて下品だという言われ方をされることもあったようです。それを反映しているかのように、男女別の識字率にも差があります。 |
1860年に日本と通商条約を結ぶために来日したプロイセン海軍のエルベ号艦長ラインホルト・ヴェルナーによれば、民衆の学校教育は支那(中国)よりも普及していたそうです。 ヴェルナーは日本の民衆の女子教育の高さに驚いていました。 支那では民衆の中で、殆どの場合は男子だけが就学しているのと異なり、日本では支那同様に私立校しかないにも関わらず女子も学んでおり、召使い女ですら親しい友達とやりとりするために互いに手紙を書いているということに非常に驚いていました。 ヨーロッパではいかに女子教育が進んでおらず、民衆の教育も遅れていたかが伝わってきますね。 |
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エルベ号艦長幕末記 |
『Winter Flower』でファニー・ケンブルというイギリス人女性をご紹介しました。 イギリス紳士を表す言葉として有名な"ノブレス・オブリージュ"と言う言葉を最初に使った人物です。 1837年の手紙の中でケンブルが、「……確かに"貴族が義務を負う(noblesse oblige)"のならば、王族は(それに比して)より多くの義務を負わねばならない。」と書いたのが最初です。 "ノブレス・オブリージュ"はフランス語で、フランス語はヨーロッパの上流階級の共通語でした。 |
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ファニー・ケンブル(1809-1893年) |
『ディアナ』でイギリス貴族の子弟のグランドツアーについてご説明した通り、主要な行き先の1つであるパリへはこのフランス語の習得とマナー、身の振る舞い方の習得が目的でした。 イギリス国内で全ての学問を修め、その総仕上げとして行う修学旅行がグランドツアーなので、ある程度は素地ができている状態で行くはずなのですが、実際にフランス語を使いこなせるようになる子弟たちは少なかったようです。 せっかくフランスに来ても、イギリス貴族の若者たち同士でばかり群れていたようです。 日本人が外国の留学した際のあるある話ですね。 ある程度滞在しても、結局母国語しか話さずに帰ってくるという・・。なんだか親近感の湧く話です(笑) |
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グランドツアー中のハミルトン公爵と弟と引率の師(1774年) |
親たちから若者たちはある程度の性的体験を積んでくることも期待されていたのですが、もちろんその対象はフランスの上流階級の女性たちです。 時はフランス上流階級が自由恋愛を楽しみ、自由と放埒と頽廃を象徴する"良き時代"。「1789年以前に生きたことがない者には人生の甘美さは分からない」と表現する人もいたほどの時代でした。 ちなみに左はこの時代の最も有名なインテリ女性、ポンパドゥール夫人の最も有名な肖像画です。 夫人の知性を印象付けるために、書籍を手に持つ姿が描かれているのですが、当時のフランスの識字率1.4%程度と言うことを考えれば納得ですね。 |
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フランス王ルイ15世の公娼ポンパドゥール婦人(1721-1764年) |
このようなインテリ女性も存在するようなパリ社交界では、優雅でエスプリ(機知)に富んだ会話と振る舞いが最も尊重されていました。 フランス語が母国語であっても、パリ社交界が是とするイントネーションや会話、振る舞いができないとフランス貴族ですら排除されてしまうことは『Toi et Moi』でお話ししたナポレオンの最愛の妻 ジョゼフィーヌの件でご想像いただける通りです。 イギリス貴族の師弟たちのように、ろくにフランス語も話せない状態では上流階級のフランスのご婦人方に、微塵も相手にされるわけがありません。 実際、1750年のあるイギリス貴族の手紙には「フランスの貴婦人なら誰でも情事の1つくらいは経験しているのに、フランスの上流階級夫人と懇ろな仲になっているのではないかと疑われたイギリス人は未だかつて1人もいない。」と書かれています。 |
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ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(1763-1814年) |
フランスの娼婦の誘惑から逃げるイギリス貴族の若者 【引用】『グランド・ツアー』(本城靖久著 1983年)中央新書688, p95 |
それではイギリス貴族の師弟はどうしていたのかと言うと、同じくその手紙には「彼らは売春婦、歌手、女優、ダンサーというような屑と付き合い出す。お喋りの普通のマナーを身に付けていれば、もっと良い成果を得ることはとても容易なのにである。」と書かれています。 1770年に60万人と推定されたパリ人口のうち、売春婦は2万とも4万とも推定されており、18世紀のフランスは『売春婦の黄金時代』と称されています。 売春婦は偶像化され、理想化されていたそうで、たくさんの悪徳と快楽を経験していればいるほど、売春婦は良家の婦人よりも高く評価されていたほどでした。 同時代はヴェルサイユとパリに貴族や富豪も2万5千人あまり住んでいましたが、財力だけは豊富にあって、20歳前後の一番遊びたい盛りのイギリス貴族のフランス語が苦手な子弟たちが売春婦に走るのも分かる気はしますね。 |
若いときのファニー・ケンブル(1809-1893年) | 熱心に教育を施される貴族の男性ですらこの有様ですが、ロンドンで有名な俳優一家に生まれたケンブルがフランス語が堪能だったのは、主にフランスで教育を受けたからです。 女優および著作家のケンブルはアメリカ合衆国の大農園主と結婚しますが、そこで奴隷の待遇を見て衝撃を受け、そのことを記載した日記を出版されたことによって奴隷制度廃止運動の盛り上がりに貢献しています。 フランス語まで操る、美しさと知性を兼ね備えたケンブルはこの時代としてはかなり特殊な女性です。 イギリスの庶民の女性が一般的に文字を読み書きできるようになるのは20世紀以降になってからです。 |
このフォブシールの持ち主は最低限の読み書きができるだけでなく手紙をやりとりもするような女性で、しかも愛のメッセージをこのような秘密のメッセージとして贈ることができる人物なのです。 しかもそのような遊び的なものを、これだけお金をかけて作ることができる美意識を持っているとも言えます。 |
封蝋だけ見れば、インタリオの彫りの良さは推測できても、どんな高級な作りなのかまでは分かりません。 |
それなのに美しいアメジストを複雑な形状にカットして面取し、オリジナルのメッセージとモチーフを彫らせるているのです。 普通ならば見えない部分や見せたりしない物にこれだけお金をかけようと思う人は少なく、持ち主の高い美意識の現れと言えます。 |
美しいアメジスト
現代ではあまり高級なイメージがないアメジストですが、それはこのような低品質の石を使った安物アクセサリーしかないからです。 比較的手に入りやすいと言われるアメジストですが、大きくて透明度の高い宝石クラスの美しい石は貴重な存在です。 |
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【参考】現代の天然アメジストのペンダント |
このクラスの石でも平気でペンダントとして加工され、女性が身に着けるジュエリーやアクセサリーとして販売されているから、アメジストに特に美しくもないありふれた安物というイメージが付くのです。 |
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【参考】現代の天然アメジストのペンダント |
『慈愛の心』 ハートカット・アメジスト ペンダント イギリス 1880-1900年 SOLD |
インクリュージョンが少なく、均一で美しい色を持つアメジストはたくさんは手に入らない宝石です。 だからこそそれが分かっているアンティークの時代には、ゴールドで作られる高級ジュエリーのメインストーンにも使用されてきました。 |
このフォブシールに使われているアメジストも、ペンダントに使われるクラスの石と比べればややインクリュージョンはありますが、高い透明感を感じる美しい色合いの石が使われています。奥行きのある3次元を2次元で平面的に表現してしまう画像では、全てのインクリュージョンが同一平面上にあるように表現されてしまうため、右の画像ではインクリュージョンが気になったり表面が汚れていたりするように見えるかもしれません。 実際には左の表面反射させた画像をご覧いただくと分かる通り、インタリオ表面はとてもコンディションが良く、石の内部には若干インクリュージョンがある程度です。 |
ドアの右側にある斜めに入った数本の筋もインクリュージョンです。 撮影用のライトを強めに当てているので画像では目立ちますが、室内光で見た場合はライトを反射して光ったりしないため、よくよく見なければ分かりません。 このようなインクリュージョンは、天然の石らしい面白い景色だと思います。 アメジスト自体は紫色のはずですが、石の後ろにあるゴールドの色味を反映して明るいピンク色に見えています。 それだけアメジストの透明度が高いということですが、この優しく明るいピンク色が女性らしい印象を高めていますね。 |
さすがにジョージアンの最高級の紋章シールの彫りには及びませんが、立体感ある丁寧な彫りが施されています。 扉はマットな質感で仕上げられており、アメジスト表面や面取部分は磨き上げられてピカピカです。 それにしても複雑にカットされたアメジストと、それにピッタリと合わせて取り付けられたゴールドのフレームが、作った職人の仕事のレベルの高さを感じます。 |
エレガントな本体
レディの膨らんだドレスの裾のような、ふんわりと広がったフォルムが何とも愛らしいです。 |
今回のフォブシール | メンズ用のフォブシール | |
同じく遊び心のために作られた、おそらく男性が作らせた小型のフォブシールと比較すると、今回のフォブシールは全体のフォルムもとても女性らしい印象であることが分かります。フォブシール中央の膨らんだ形状部分も柘榴や玉葱のような、自然が作り出したアーティスティックなフォルムを連想させる面白い形です。 |
この石榴のような部分も単純なデザインではなく、平行な数本のラインと独特の飾り付けが施されてあり、ゴールドの輝き方にバリエーションがあって美しいです。 ドレスの裾の谷間の溝に注目すると、わざわざ点線のような彫金も施されており、ゴールドがより複雑に輝くことで高級感が増す要因となっています。 |
ゴールドプレート(金メッキ)とは言っても、約140年経っていてもこれだけの状態を保っているのは、現代のコストカットが極まった安かろう悪かろうの極薄メッキとは違うからです。 現代のメッキは販売する時だけ良く見えれば良いという、消耗品でアフターフォローもするつもりがない思想の元で作られるため、どうしてもすぐに剥がれる薄メッキになります。見た目が同じならば安い方が喜ばれ、違いが理解できない消費者に買ってもらえるからです。しかしながら古いものをメンテナンスしながら長く使うことが当たり前だった時代は、良い物として作られたものは特に、長く使ってもなるべくメンテナンスが要らないような可能な限り頑丈な作りになっていました。 初期は見た目がさほど変わらずとも、良いものも悪いもの、全ては時の経過が明らかにしてくれるものなのです。 |
それでもなぜこれほどまでの知性と贅沢さを感じるインタリオなのにゴールドプレートなのは若干不思議に感じました。 このフォブシールが作られたのは1880年頃です。 |
『アンズリー家の伯爵紋章』 ジョージアン レッドジャスパー フォブシール イギリス 19世紀初期 ¥1,230,000-(税込10%) |
男系長子1人しか爵位も財産も継ぐことのできなかったイギリス貴族は、子供全員が爵位を継ぐことができる大陸貴族と違って、時代が下るごとに爵位貴族の人数が増えることもなく、富も分散せず、莫大な富を集中して保有することができました。 1880年時点でもイギリス貴族はわずか580人しかおらず、準男爵も856人しかいませんでした。 当時のドイツで推定2万人、1858年のロシアでは約60万人の貴族がいました。 ちなみに革命前のフランスでは貴族が約40万人いたとされ、人口比で約1.5%となります。 同じ貴族とは言っても、イギリス貴族が別格の扱いを受けるのは桁違いの希少性と、それに基づく莫大な財力によるもので、だからこそ伯爵クラスでも『アンズリー家の伯爵紋章』でご紹介したようなお金の使い方ができたのでした。 |
『英国貴族の紋章』 ジョージアン シールフォブ イギリス 1820年頃 SOLD |
イギリス貴族は所領を保有する大地主でもあり、各地の貴族は農園からの収入が大きな割合を占めていました。 しかしながら18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命により新たな産業が勃興すると、領地からの農業収入が主だった貴族たちは徐々に財力を落としていくことになりました。 |
初代ロスチャイルド男爵ナサニエル・ロスチャイルド(1840-1915年) | この紳士は『魂の化身』でもご紹介した通り、初代ロスチャイルド男爵ナサニエルです。 ゾウガメのロトゥマちゃんに乗ったり、シマウマの馬車で遊んでいた例のウォルター・ロスチャイルドのパパですね。 "初代"とある通り、1885年7月9日にイギリスのロスチャイルド家で初めてイギリス貴族の爵位を得たのがこのナサニエルです。 この頃、農地収入というスタイルから産業革命後の新しい時代に順応できずに力を落としていた貴族たちの中には、所領を手放す者も少なからず存在しました。 |
イギリスのロスチャイルドの邸宅ワデズドン・マナー(フォト日記より) |
ロスチャイルド家は手放された貴族たちの所領を買収し、既に領民をたくさん従える領主のようになっていました。このため、既に政財界に対してかなりの力を持っていたロスチャイルド家に対してヴィクトリア女王が爵位を与えたのでした。 |
1880年代はそのようにかつての有力貴族ですらも所領を手放さなければならない貴族が少なからずいた時代だったのです。 そう考えると、産業革命によってもはや貴族がジョージアンのように何も考えず好きなだけお金を使える時代は終焉を迎えていたことが想像できます。 |
それでも、並の美意識しか持たぬ人物ならばお金をかけようとも思わない所に、できる限りのお金と、そして高貴で教養ある女性らしい優れたセンスが込められたこの宝物・・。 この宝物からは、力は落としても誇りは失わない、イギリス貴族の女性の何とも高潔な美しさを感じるのです。 秘密のメッセージ 愛おしい、時を超えた小さな宝物です。 |
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撮影に使っているような、作りが良いアンティークのゴールドチェーンをご希望の方には別売でお付け致します。いくつかご用意がございますので、ご希望の方には価格等をお知らせ致します(チェーンのみの販売はしておりません)。現代の18ctゴールドチェーンをご希望の方には実費でお付け致します。高級シルクコード又はリボンをご希望の方にはサービスでお付け致します。 |