No.00269 エメラルド・リボン |
この宝物の3大ポイント
<この宝物のポイント> 1. 抜群の魅力を放つリボン型クラスプ 1-1. 一般的な高級クラスプとのデザインの比較 1-2. 加工が難しいエメラルドの美しいセッティング 1-3. 贅沢なダイヤモンドの使い方 2. 抜群に美しい天然真珠のネックレス 2-1. 小ぶりながらも上質な天然真珠 2-2. ダイナミックなサイズグラデーションによるエレガントな雰囲気 2-3. 専門業者のクリーニングによって復活した本来の美しさ 3. 短めで控えめかつ清楚な着けこなしができる天然真珠ネックレス 3-1. 当時の王侯貴族の天然真珠ネックレスのコーディネート法 3-2. 様々な長さが存在する天然真珠ネックレス |
1. 抜群の魅力を放つリボン型クラスプ
1-1. 後ろ姿に現れる美意識のレベル
後ろ姿美人。 美意識の高い人にとって、後ろ姿は重要です。本人には見えない後ろ姿にまで行き届いた美意識こそが、その人の優れた気品とセンスを証明するのです。だから優れた教養と美意識を持つ王侯貴族たちは、見えない後ろ姿にも絶対に手を抜くことはありません。 |
そのような高い美意識を持つ人たちにとって、正面だけ頑張っている服装はあり得ません。 私が「まるで貴族のようだ」と思っている常連のお客様は、このようなファッションを「びんぼっちゃまみたいで嫌」と仰っていました。私も嫌です(笑) びんぼっちゃまをご存じない方は、『おぼっちゃまくん』という漫画を調べてみて下さい(笑) |
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【参考】正面だけにスパンコールの装飾が施された現代のドレス |
コストカットが最も優先される現代の洋服やジュエリーに"びんぼっちゃま系"アイテムが多いのは当然ですが、安物ではないアンティークジュエリーでも"びんぼっちゃま系"は存在します。 |
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【参考】1860年頃のゴールド・ブレスレット |
このブレスレットは正面にはダイヤモンドを使っているのに、後ろ側半分はダイヤモンドがセッティングされておらず、ただののっぺらぼうのゴールドです。 |
『ターコイズ・ブルー』 |
美意識の高い王侯貴族の向けに作られている場合、ブレスレットは手首に着けてあらゆる角度から人目につくアイテムなので、360度すべて手を抜くことなくデザインと細工が施されます。 |
マット仕上げすらされていないこのブレスレットはゴールドとダイヤモンドを使った物なので安物ではありませんが、王侯貴族ではなく、台頭してきた中産階級の成金向けに作られたものです。 |
少ない金でいかにもたくさんの金を使っているように見せるために、裏側を見るとハリボテのような構造になっていることが分かります。 |
「私、高そうでしょ!!」 代々続く王侯貴族と違い、庶民はジュエリーの選び方や使い方を親などから学ぶ機会がないため、多少お金を持っていてもこのようなことになってしまうのです。 だからこのような分かりやすい、一見高そうに見えるものに飛びつくわけです。ジュエリー文化の歴史がなかった日本人にも同じことが言えます。 無知でセンスのないディーラーがこういう物を"貴族のジュエリー"と称して販売し、鵜呑みにした人が喜んで買うことは多々あります。 |
『黄金の花畑を舞う蝶』 色とりどりの宝石と黄金のブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
美意識の高い王侯貴族のためのジュエリーは、見えない裏側にも手を抜くことはありません。 『黄金の花畑を舞う蝶』も、裏側はわざわざゴールドはマットな艶消しになっています。ロケットには面取ガラスが使われており、ゴールドのフレームには細かいミルも打たれています。どれも間違いなくお金がかかる細工なので、人からは見えない部分を重要と思えない人は絶対にオーダーすることはあり得ません。 こういう細工の価値が分かるか否かが美意識の有無の分かれ目であり、真の王侯貴族とただの成金とを分ける境界でもあるのです。 |
『アール・クレール』 ハートカット・ロッククリスタル ロケット・ペンダント イギリス 1900年頃 SOLD |
『アール・クレール』でもご説明した通り、台頭してきた中産階級がいかにも高そうに見える成金ジュエリーを好んで着けたのと対照的に、王侯貴族は分かりにくいけれど見る人が見れば明らかにお金と手間をかけて作られた、一見高そうには見えない玄人向けのジュエリーを好んで身に着けていました。 現代では「細部なんてどうでも良い。それよりも安い方が嬉しい。」と思う人の方が圧倒的に多いです。 そのような人たちはヘリテイジで扱うような、本物の王侯貴族のためのジュエリーは好みません。 |
ヴィクトリアンの成金ジュエリー | |
このようなセンスのかけらもない、作りも中途半端な成金ジュエリーを「高そうに見える」と喜んで買うのです。所詮、細工の価値が理解できない中産階級の小金持ちのための商品なので、ちょっと高そうに見えても作りはそこそこなのです。 |
このような成金ジュエリーが、日本でアンティークジュエリーの人気が高かった高度経済成長期からバブル経済期にかけて飛ぶように売れていたそうです。 もちろんGenは扱っていませんが、百貨店の催しなどでは高そうに見える物の方が法外な金額を付けやすいため、百貨店に出店するようなディーラーは積極的に集めて販売していました。 |
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【参考】ヴィクトリアンの成金ジュエリー |
ヴィクトリア女王のフリンジ・ダイヤモンド・ブローチ(R&S ガラード 1856年) 【引用】Royal Collection Trust / Queen Victoria's Diamond Fringe Broosh 1856 © Her Majesty Queen Elizabeth II 2020 |
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【参考】ヴィクトリアンのミドルクラスのフリンジ・ジュエリー | |||
お金儲けに徹するディーラーは徹底しているので、ヴィクトリアンに流行したフリンジを現代では作ることのできない難しい細工とPRし、さも王侯貴族の優れた高級品であるかのように謳い販売していた"自称アンティークジュエリー研究家"もいたそうです。 左のヴィクトリア女王のフリンジ・ブローチは確かに最高級品ですが、右のようなクラスのフリンジ・ジュエリーは台頭してきた中産階級向けに数多く作られたものなので、今でも市場でたくさん見ることができます。金儲けに徹したいディーラーにとってはある程度、数が手に入ることも重要なのです。積極的にプロモーションしてもたくさん販売できなければ意味がありませんからね。こういう人たちは、たった1点の商品のために多くの労力を使うことはあり得ません。 ヴィクトリアンに作られた中産階級の成金向けジュエリーが、時を超えて日本の高度経済からバブル期にかけての成金の人たちの手元に渡った現象はある意味とても興味深いです。 王侯貴族のための優れたアンティークジュエリーが、まるでヨーロッパの貴族と思えるような現代の女性の手元に渡る一方で、成金ジュエリーはやっぱり成金の元へと渡っていくのです。どちらも強いご縁で呼び合うのでしょうね。 |
時代は下り、バブル時代を経験したことも見たことのない世代も増えました。今の人たちはこのような成金的なものはダサくて好みません。 それ故か、今ではすっかりアンティークジュエリー自体も一般的には好まれなくなりました。 百貨店などにとってもアンティークジュエリーは"オワコン(終わったコンテンツ)"と成り果て、昔はしょっちゅう開催されていた催事も今ではほとんど開催されなくなっています。 |
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【参考】ヴィクトリアン中期のリング |
『ロイヤル・コロネット』 宝冠型リング イギリス 1880年頃 SOLD |
Genも私も成金ジュエリーは好まず、徹底して王侯貴族のための本物のハイジュエリーしか扱っていません。 そのお陰か、ヘリテイジのお客様も"分かりにくいけれど実はお金をかけて作られた素晴らしいジュエリー"を好んで下さる、古の王侯貴族と通ずる美意識をお持ちの方が多いです。 日本人全体で見るとその割合は僅かだと感じますが、そのような方たちと、本物の王侯貴族のためのアンティークジュエリーとのご縁をおつなぎできるのはとても嬉しいことです。 |
そしてまさに、美しい後ろ姿も強く意識して作られたこの天然真珠ネックレスも、高い美意識を持つ王侯貴族に相応しい宝物です。 |
1-2. 一般的な高級クラスプとのデザインの比較
1点1点高度な技術を持つ職人によって手作りされる優れたアンティークジュエリーは、クラスプも個性豊かです。 今回と同じタイプの天然真珠ネックレスのクラスプについて、いくつか見てみましょう。 |
史上最高に天然真珠が高く評価されていた時代(※参照)のものなので、いずれのクラスプも高級素材を使い、高度な技術と手間をかけて作られています。デザインについて注目すると、どれもエレガントでオーソドックスなことにお気づきになられたと思います。 |
天然真珠 ネックレス イギリス 1910年頃 SOLD |
これまでの44年間でいくつか天然真珠のネックレスを扱ってきましたが、基本的にはクラスプは天然真珠の清楚でエレガントな雰囲気に合わせてオーソドックスなデザインで作られることが多いようです。 あくまでも天然真珠が主役で、クラスプは脇役だからです。 |
後ろ側を見せたいくらい、クラスプが可愛い! それはこの天然真珠ネックレスならではの非常に珍しい特徴であり、強い魅力なのです。 |
1-3. 加工が難しいエメラルドの美しいセッティング
一見、何てことなさそうに思われるかもしれませんが、このリボン型クラスプはエメラルドのセッティングも見事です。 |
インクリュージョンが無い石は無いと言われるほど内包物が多いエメラルドは、加工がとても難しい宝石です。台座にセットする際に割れてしまうこともあるため、現代ジュエリー業界ではエメラルドをセッティングできるようになって、ようやく職人として一人前と言われるほどだそうです。 |
コロンビア産エメラルド ブローチ フランス 19世紀中期 SOLD |
このため、エメラルドのルースは割れやすい角をカットするのが通常です。 エメラルドに最適なこのカットは昔から存在しましたが、名称はありませんでした。 『The Beginning』でご説明した通り、ダイヤモンドの様々なカットが持て囃された1920年代にエメラルドカットという名前が付けられました。 エメラルドと言えばこのカットを定番としてイメージしますが、石の性質によるカット上の制約もあってのことでもあるのです。 |
『エメラルド・グリーン』 アールヌーヴォー ブローチ&ペンダント フランス 1905〜1910年頃 SOLD |
『The Beginning』 エドワーディアン ダイヤモンド&エメラルド リング イギリス 1910年頃 SOLD |
だからこそ余程デザイン的に意図するものがない限りは、割れやすい角が存在する特殊な形状のカットがエメラルドに施されることはありません。 |
この天然真珠ネックレスが驚きなのは、脇役であるはずのクラスプのデザインがとてもオシャレなだけでなく、かなり高度な技術と手間をかけて作られていることです。 |
エメラルドのカットにご注目ください。 それぞれ割れやすい角を作っていることも驚きですが、上2つの石はリボンのふっくらした形状を表現するために完全な直線ではなく、少しアールを付けてカットされています。 それをフレームにピッタリ収まるようにセットしているのです。 |
精密精緻なミルも職人によるオール手作りの一点物として、特別に作られたことがよく分かる作りです。ミルのような細かい細工は拡大すると良さがわかりにくいですが、肉眼で見ると細かなミル・グレイン1つ1つが繊細な輝きを放つのでとても美しいのです。 |
1-4. 贅沢なダイヤモンドの使い方
このリボン型クラスプは、非常に立体的に作られた丁寧な作りです。 下に垂れ下がる2本のリボンは、エメラルドがセットされた短いリボンの方が上に重なって見えるよう、下のリボンに比べて一段高く作られています。 |
左右に広がる蝶々結びの蝶々の上羽部分はふっくらと見えるよう、厚みに変化を付けて立体感が出されています。 リボンが輪っか状になって本来空洞となる部分にはダイヤモンドがセットされていますが、そのフレームはかなり斜め方向に深く彫り込まれています。 |
このため、正面から見ると本当に金属で蝶々結びをしてしまったかのような、非常に立体感あふれる見た目になっています。 小さなクラスプなので本来ならばローズカットを使いそうなものですが、ダイヤモンドは7石すべてがオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドという贅沢さです。 |
小さいながらもそれぞれがキラリ、キラリと煌めきを放つので、確かな存在感があってとても美しいです。 |
また、輪っか部分のダイヤモンドの左右、一番下のダイヤモンドの右下にあるリボンの裾部分の隙間にグレインワークが施されています。 |
『魅惑のトライアングル』 エドワーディアン ダッチローズカット・ダイヤモンド ネックレス オーストリア 1910年頃 SOLD |
『魅惑のトライアングル』でご紹介した通り、グレインワークは高度な技術と手間がかかる細工なので、特にレベルの高いグレインワークはハイジュエリーの中で見ても高級品でしか見ることがありません。 |
このクラスプは小さなものなので『魅惑のトライアングル』のようにたくさんの数、グレインワークが施されているわけではありませんが、効果的な配置に施されています。 また、その大きさから考えると細工も非常に見事なもので、よく磨かれた半球状の部分が肉眼で見ると美しく輝きます。 デザインだけでなく作りも揃った、驚きの高級クラスプです! |
2. 抜群に美しい天然真珠のネックレス
2-1. 小ぶりながらも上質な天然真珠
オーダーで特別に作られたクラスプは、この天然真珠ネックレスのネックレスが小ぶりで短めサイズながらも、いかに高級品であるかを物語っています。 |
【参考】中級の天然真珠ネックレス(色むら) | 【参考】低級の天然真珠ネックレス(ゴールデンパール:黄土色) |
上の2つはどちらもヘリテイジでは扱わないレベルの、低品質の天然真珠ネックレスです。安物で儲けたいディーラー場合、左はマルチカラーの天然真珠、右はゴールデンパールのネックレスと謳って高値で販売するかもしれません。でも、これは漂白&染色(調色)による無個性可のし過ぎで飽きられ、売れなくなってしまった現代養殖真珠メーカーが作り出した、安物を高く売るためのPR戦略にのっかっろうとしているだけです。 |
これらを作った当時、この天然真珠が安物と思われていたかどうかは簡素な作りのクラスプを見れば一目瞭然です。 これだけ色が斑な物は好まれませんし、このような黄土色の真珠は、昔は美しくないということでジュエリーに加工されることすらありませんでした。 美しい天然真珠が手に入らず、安物として通常ならば使わないクラスの珠を使ったためにクラスプも安物が付けられているのです。 |
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【参考】安物の天然真珠ネックレスのクラスプ |
『プレシャス・パール』 エドワーディアン 天然真珠 ネックレス イギリス 1910年頃 天然真珠:直径6.6〜2.5mm SOLD |
安物の真珠のネックレスには安物のクラスプ、極上の天然真珠に対しては極上のクラスプが付けられる。 当然と言えば当然なのです。 左は天然真珠であるにもかかわらず、最大6.6mmで美しい色と輝き、そして形状まで揃った極上の天然真珠ネックレスです。 やはりクラスプも極上で、クラスプには通常は使わないようなサイズのダイヤモンドが使われ、ミルやグレインワークもエドワーディアンのトップクラスの細工が施されています。 |
このお約束事のようなものに外れることなく、素晴らしいクラスプの付いたこのネックレスの天然真珠も非常に優れたクオリティのものです。大きな珠はもちろん、小さな珠に至るまでどれも優しい輝きを放つ、白く美しい天然真珠で揃えられています。 |
短めのネックレスといえども178珠の天然真珠が使われています。ハイクラスのものでも天然真珠である以上、普通ならば多少は形がいびつな珠が混じっているものです。しかしながらこのネックレスは小さな珠に至るまで、すべてが真球のような形状をしています。このような特徴を持つ天然真珠ネックレスは滅多に存在せず、非常に驚くべきことです。 五十歩百歩の違いと大きさだけで値段が変わる養殖真珠と違い、天然真珠は大きさ、形、色、照り艶の総合で評価されます。その質によって、同じ大きさでも価格に大きな違いが出るのが天然真珠の特徴ですが、間違いなくこのネックレスは最高級品です!♪ |
2-2. ダイナミックなサイズ・グラデーションによるエレガントな雰囲気
天然真珠ネックレスの魅力の1つが、サイズをグラデーションにすることによって生み出される、エレガントな雰囲気です。 |
天然真珠は形、サイズ、色、照り艶などの質感にたくさんのバリエーションがあります。無数の天然真珠の中から、色や質感が揃った状態でサイズがグラデーションになるよう選別し、ネックレスにします。選別だけでも大変な作業です。 決まった大きさの核を入れて生産する養殖真珠の場合、出来上がりの養殖真珠の大きさは最初から均一です。規格が決まった工業製品を大量生産しているのと同じなので選別は不要です。 |
ただしサイズをグラデーションにすることはできず、数珠のようなネックレスしか作れません。 これではしなやかに女性の首元に沿うことはできませんし、エレガントさも感じられません。 |
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【参考】現代の養殖真珠ネックレス |
このサイズのグラデーションこそが、女性のか弱い首元に美しく添うための秘訣であり、天然真珠ネックレスがエレガントな雰囲気を放つ理由でもあるのです。 |
珠のサイズが小さくなるほど、ネックレスとして長さを出すために数多くの珠が必要となります。このネックレスは35cmの長さがあります。クラスプは無視して考えると、例えば養殖真珠の10mm珠を使えばたったの35珠で済みます。実際には、この天然真珠ネックレスには178珠もの天然真珠が使用されているのです。 小さな珠はシードパールと言って良いレベルの小さなものが使用されています。4.7mm〜1.5mmの天然真珠が使用されており、サイズグラデーションは一番小さな珠から大きな珠まで、実に3倍以上の大きさにダイナミックに変化するのです。ダイナミックな大きさの変化。それでいて連続する変化は途切れることなく、違和感なく徐々に大きくなっていく完璧な揃え方。 これこそが、通常の天然真珠ネックレス以上にこのネックレスがエレガントで高級に見える所以です。『マーメイドの涙』でも天然真珠の希少性を詳しくお伝えしましたが、これだけ完璧に天然真珠を揃えるのは想像を絶する至難の業で、だからこそ小ぶりなサイズにもかかわらず素晴らしいクラスプが付いていることに納得できるのです。 |
2-3. 専門業者のクリーニングによって復活した本来の美しさ
この天然真珠は買付した時も十分に美しかったのですが、糸換えの際にクリーニングもしてもらいました。100年ほどの長い年月使用するうちに、どうしても真珠のネックレスは穴の内部に皮脂などの汚れが溜まっていき、黒ずんで見えるようになっていきます。汚れが除去されたことで本来の美しさを取り戻しました。ここまで完璧に美しさを取り戻せるのは、天然真珠だからです。 |
天然真珠とゴールドの耳飾り(古代ローマ 1世紀) メトロポリタン美術館 | 天然真珠は永遠とも言えるほど、長きにわたって美しさを保つことができる宝石です。 ご覧の通り、二千年ほど前の天然真珠でもこれだけ白く、しかも照り艶も美しいままです。 変色など微塵も感じられません。 |
エナメル・ミニアチュール ブローチ ヨーロッパ 19世紀初期(フレームは19世紀後期) SOLD |
ところで真珠層は母貝の個性によって違いはありますが、実は結構透明度が高いです。 上のブローチの、シードパールにワイヤーを通して作られたフレームをご覧いただくと、内部のワイヤーが透けて見えるのがお分かりいただけるでしょうか。 これくらい透明度が高いのです。普通、天然か養殖かはX線で透過させないと鑑別できないのですが、シードパールほど小さな天然真珠だとちょっと光にかざすだけでも分かっちゃいますね。 |
これだけの透明感があるため、内部に黒く変色した酸化皮脂などが詰まると全体が何となく黒ずんで見えてしまうのです。だからクリーニングが効果的なわけです。天然真珠自体が変色しているわけではないため、汚れを除去するだけでバッチリ綺麗になります。 一方で養殖真珠ではそれは不可能です。養殖真珠の場合、糸を通すために珠に開けた穴に皮脂汚れなどが詰まるだけでなく、実際に真珠層が変色するからです。 |
御木本幸吉(1858-1954年) | 「世界中の女の首を真珠でしめてご覧に入れます。」 1905年に明治天皇にこのように言上し、その後、養殖真珠の産業化に成功したのが御木本幸吉です。 養殖真珠は正直なところ、実際に着けていると首がしめられそうな"呪いの首飾り"にしか見えません。 養殖真珠は生きた健康な貝をメスで切開し、無理矢理に核を挿入して作ります。 自分の身になって想像してみて下さい。突然メスで切りつけられ、そこに無理矢理大きな異物を挿入されるのです。 |
当然ながら貝にとっては大手術であり、苦しくて頑張って途中で核を吐き出す貝もいますし、耐えられずに死んでしまう貝もたくさんいるのです。約半分は死んでしまうそうです。それほど母貝にとっては痛く苦しいことなのです。 養殖真珠は「母貝が愛情をもって大切にはぐくんだ海の宝物 」なんかではありません!命を何とも思われず、不条理な苦しみの中で無理矢理作り出された恐ろしい物なのです。 無理に挿入された貝殻の核と真珠層は親和性が悪く、密着していません。ジュエリーに加工するために孔が開けられますが、養殖真珠の場合、孔開けによって露出した核と真珠層の隙間に大気中の汚染物質や汗、皮脂などが染み込むことで、内側から徐々に変色していきます。 このような理由によって養殖真珠の場合は穴を開けた瞬間から変色が始まり、大体20〜30年くらいが寿命とも言われています。特に品質が悪いものはそこまで保たないでしょう。 20〜30年保てば、現代人は"ジュエリー=消耗品"というイメージが強いので「元は取った」と満足し、問題と思われないのかもしれません。大量生産&大量消費社会 というのはこのようなものなのでしょう。 ちなみにヨーロッパでは養殖真珠の質が酷いことはかなり知られているようで、売れなくて日本の養殖真珠メーカーが困っているようだという話をロンドンのディーラーから聞いています。 |
『月の雫』で詳しくご説明した通り、19世紀後期にに到来した史上最も天然真珠の価値が高く評価され、高額で取引された時代に殖産興業として養殖真珠が開発されました。 1919年からロンドン市場への量産品の供給が始まり、詐欺騒動がありながらも1927年には天然物と変わらないというお墨付きを得て、やがては天然真珠を駆逐してしまいました。 その養殖真珠もコスチュームジュエリー・ブームによって模造真珠に駆逐され、コスチュームジュエリーブームすら去ると真珠のネックレス自体が欧米では完全に時代遅れの代物として見向きもされなくなってしまったのでした。 |
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ココ・シャネル(1883-1971年) |
そこで養殖真珠メーカーが目をつけたのが内需でした。 政商の暗躍などによって皇室メンバーに着けてもらい、冠婚葬祭には真珠を着けるべきという、以前は存在しなかった"常識"を作り出し、高度経済成長やバブルなどの国内需要の伸びと共に日本国内で安定して儲け続けることに成功したのです。この大成功のおかげで、今でも日本女性はまるでルールのように実際には価値がないものを大金を出して買わされているのです。 欧米人は見向きもしない、低品質の呪いの首飾りを清楚だと言いながら喜んで着ける日本人。欧米人から見たら一体どのように思われているのでしょうね。 |
今では欧米人でも天然真珠とそのジュエリーがどういうものなのか、きちんと詳細を理解している人はほとんどいないそうです。ヘリテイジが取引している長年の経験を誇るロンドンのディーラーも、扱ってはいるけれど実はあまり知らないと言っていました。興味はあるし、知りたいから英語でもHP書いてよとリクエストされています(笑)ちなみにこの宝物はそのディーラーから買い付けました。 養殖真珠のコンディションは、末代まで保つことはありません。祖母、母、娘の世代、それぞれで毎回買ってくれないと養殖真珠メーカーも儲からないので、適当なタイミングで寿命を迎えるのは都合が良いことでもあるのです。天然真珠ネックレスはクリーニングや糸換えなど適切にメンテナンスし、大切に扱い続ける限り、末代まで美しい状態で楽しむことができる本当の"宝物"です。 |
買い付けた時にオールノットではなかったため、糸換えはオールノットでして欲しいと依頼したのですが、小さな珠があまりにも小さいのでオールノットにはできないとのことでした。このため真珠ネックレス専用のテグスで糸換えしています。 いつも依頼している日本のベテランの職人さんは、天然真珠の価値を本当に理解して下さっています。画像では分かりにくいですが、クラスプに連結した左右の珠、それぞれ2カ所ずつをオールノットのように結び目を作って仕上げてくれています。高度な技術を持つ職人さんは頭が良いので様々な方法を閃かせてトライしてくれますし、それを実現する器用さもあってありがたいです。こちらが指定しなくても気を利かせてくれる人柄の良さ・・。このネックレスには、そのような現代の優れた職人さんの真心も籠もっています♪ 天然真珠ネックレスなんて、他には誰も持って来ません。大きさが決まっていて、小さな珠でも6mmはあるのが当たり前の養殖真珠の方が慣れているし楽なはずです。それを快く引き受けて下さる、本当に職人としても優れたありがたい存在です。 |
前の部分は、大きめの珠はシリコンのストッパーで守っています。糸換えした状態なので、しばらくはこのままで安心してお使いいただけます。このネックレスぐらいの長さだと、クリーニング&糸替えの費用は1万3千円から1万5千円ぐらいです(※ルネサンスやヘリテイジでお求めいただいた宝物だけのサービスです。それ以外の物のメンテナンスはお受けしておりません)。 |
3. 短めで控えめかつ清楚な着けこなしができる天然真珠ネックレス
3-1. 当時の王侯貴族の天然真珠ネックレスのコーディネート法
現代のファッションでは、真珠のネックレスは1連で着けるのが当たり前な印象があります。 しかしながらこのネックレスが作られた時代は史上最高に天然真珠が高く評価され、天然真珠のネックレスこそが富と権力の象徴でした。 だから当時の王侯貴族の写真を調べると、みんな何連にも重ねづけしています。 |
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イギリス王妃アレクサンドラと娘ヴィクトリア王女 |
このアレクサンドラ妃は王冠を被っているので、王妃として権威を示しているからだと推測されますが、ちょっと着け過ぎではというくらいたくさんの天然真珠ネックレスを重ね着けしていますね。 天然真珠は軽いので、ダイヤモンドやゴールドなどのジュエリーと違って重ね付けはしやすそうです。 ところでアレクサンドラ妃は歳をとらなすぎる謎の美女なので写真も若く見えますが、1901年に即位した時点で既に56歳なので56歳以上なはずです。 そのような、貫禄ある王妃としてのファッションでもあるのです。 |
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イギリス王妃アレクサンドラ・オブ・デンマーク(1844-1925年) |
一方で当時20歳頃のギリシャの王女でロシア大公妃、アレクサンドラ・ゲオルギエヴナの正装を見ると天然真珠のネックレスに関しては清楚な雰囲気の重ね着けになっています。 1連だと控えめな雰囲気になりそうな天然真珠ネックレスでも、5連も着けると大公妃の正装に相応しい華やかさも出ますね。 真珠だからこそこれだけ着けても成金のようにはならず、気品が漂います。 そしてサイズがグラデーションになっているからこそ、重ね着けもより美しく見えることがよく分かりますね。 一番短いネックレスはかなり短そうです。 |
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ロシア大公妃アレクサンドラ・ゲオルギエヴナ(1870-1891年)1890年頃 |
3-2. 様々な長さが存在する天然真珠ネックレス
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当時の特に身分の高い女性は、重ね着けが当たり前でした。 だからこそ、これまでに扱ってきた天然真珠ネックレスも長〜いものから短いものまで、様々な長さが存在するのです。 |
イギリス皇太子妃時代のアレクサンドラ・オブ・デンマーク(1844-1925年) |
さて、若かりし頃のアレクサンドラ妃も、このように普段の装いでシンプルな天然真珠ネックレスを重ね着けしています。当時価格が上昇していた天然真珠のネックレスは、かなりのお金持ちでないと手に入らない高価なジュエリーです。だからこそ王侯貴族の富と権力の象徴となったわけですが、重ね着けできるほど何本も持つのは相当な身分の証です。 |
35cmという短めの長さは重ね着けするための1連目、もしくは2連目くらいにするために作られたと考えて良いでしょう。 |
天然真珠ネックレスを何本も持てる、相当な身分のがオーダーしたものと考えれば、この特別なリボン型クラスプが付いていることも納得できるのです。 |
小さな真珠に至るまで、全てが真球で色、照り艶が揃った極上のものが揃えられているのも、やはり重ね着けするための最高級品として作られたからと考えれば納得ができます。 |
クラスプの金具
クラスプの金具は大切な天然真珠ネックレスを守るために、抜けにくい構造のものです。 |
クラスプの裏側
クラスプの裏側も丁寧な作りです。 セーフティー・チェーンも付いています。 |
いかに天然真珠が貴重な宝石と考えられていたか伝わってきますね。 |
天然真珠の鑑別書
海水産の天然真珠であることを証明するロンドンの鑑別書をお付けします。 以前、都内の高級店で買った天然真珠のネックレスを委託販売したいとお持ちになった方がいらっしゃいましたが、鑑別したら養殖真珠でした。 一般の方にはX線で分析する術がないのでどうせ分からないだろうと、ディーラー側が天然真珠と言い張って販売したようです。今は他店のものを委託をお受けしておりませんが、業界全体のモラルの低さを知る上では勉強になりました。 養殖真珠は破壊分析を除き、X線でしか鑑別できません。 ネックレスの場合は糸換えの際など、何らかの原因で養殖真珠が混じる場合もあるためX線による鑑別は必須です。 ヘリテイジでは天然真珠ネックレスには必ず鑑別書をお付けしておりますので、ご安心してお楽しみください。 |
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着用時にどれくらいの長さになるかは、お首の太さだけでなくお首から肩にかけての形状にもよります。個人差が大きく何とも言えないのですが、私の場合は違和感なく使えるサイズ感でした。短めであることは、多少首元が詰まった服にも合わせやすいというメリットもありそうです。既に天然真珠のネックレスを持っていらっしゃる方には、昔の王侯貴族の女性たちのように重ね着けを楽しんだりするのもオススメです。 |
それになんと言っても唯一無二の魅力を放つ、この可愛らしいクラスプ付き♪ 気になった方はぜひお試しいただければと思います。 |