No.00259 魅惑のトライアングル |
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『魅惑のトライアングル』 |
プラチナ・ジュエリーとしては異例の、ダッチローズカット・ダイヤモンドがメインのネックレスです。 |
この宝物の大ポイント
この宝物はエドワーディアンからアールデコにかけての過渡期のジュエリーです。 過渡期のジュエリーの特徴については『SUKASHI』でご説明しましたが、特に世界全体が一変してしまうエドワーディアンからアールデコにかけてのジュエリーは傑出したデザインと、独特の不思議なエネルギーに満ちた魅力的な作品が多いです。 この作品はその中でも異色の魅力を放つ宝物で、そのポイントは以下になります。
1. この時代としては異例のローズカット・ダイヤモンドだけで作られた作品 2. トランジション・ジュエリーらしい技巧を凝らした傑出したデザイン 3. グレインワークを多用した他にはない表現方法と見事な作り |
1. ローズカット・ダイヤモンドの魅力満載の宝物
このネックレスは驚くべきことに、メインストーンからペンダント・トップ、さらには小さな石まで含めてすべてダッチローズカット・ダイヤモンドが使われています。 普通はローズカット・ダイヤモンドで揃えるにしても、小さな脇石はダッチローズカットではなくもっと面数の少ないカットで済ませているものなのです。 こんな作品、他に見たことがありません!! |
『ローズカットの閃光』 マーキーズシェイプ ローズカット・ダイヤモンド リング フランス? 1870年 SOLD |
アンティークジュエリーにおけるローズカットダイヤモンドの位置付けや、現代ジュエリーのローズカット・ダイヤモンドの情報も含めて、ローズカット・ダイヤモンドについては『ローズカットの閃光』で詳細をご説明しました。 |
ローズカットは16世紀に発明され、17世紀中頃にオランダで発達した少し古いカットです。夜会の蝋燭の光に栄える煌めきが求められて進化していきました。17世紀末にはクッションシェイプカット、18世紀初めには現代のラウンド・ブリリアンカットの原型と言われるオールドヨーロピアンカットが登場しました。 |
安物を販売するには当時それらを使っていた庶民レベルの知識と教養を持っていれば十分ですが、本来、高級なアンティークジュエリーを扱うには高度な教養と知識、センスが必要です。 教えられたことを100%インプットできることだけを是とする日本型の教育しか受けていない場合は想像しにくいかもしれませんが、知識だけではアンティークジュエリーの善し悪しすらも判断することが不可能です。 ハイジュエリーにはクッションシェイプカットやオールドヨーロピアンカットが施されるのが一般的だとは言っても、ローズカットだから安物とは限りません。 |
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【参考】安物アンティーク?のブローチ |
【参考】委託販売をお断りしたジャンクの一部拡大 |
見れば分かる通り、安物のローズカット・ダイヤモンドは石自体が低品質な上、カットも下手なので綺麗な輝きが出ることはありません。当然ジュエリーの作りも雑です。石留の技術が低いため、100年の使用に耐えられず石が落ちます。アンティークジュエリーだから作りが良くて素晴らしいものであるわけではないのです。 アンティークジュエリー好きを自称する方の中には稚拙さや汚らしさを期待し、そういう所が好きと仰る方も一部存在します。昔の人を自分以下の稚拙な存在と捉え、上から目線で見るような方はヘリテイジでご紹介する宝物は合わないと思います。 |
さて、オールドヨーロピアンカットが開発されると、その独特のダイナミックなシンチレーションに当時の上流階級の人々は魅了され、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドのジュエリーを楽しみました。 左は1800年頃のオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドのリングです。 |
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ジョージアン オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド リング イギリス 1800年頃 SOLD |
『ダイヤモンド・アート』 |
大体のカットのバリエーションが出揃い、それぞれどのような特徴があるのかが分かってきたであろうこの時期だからこそ、様々なカットを駆使した『ダイヤモンド・アート』のような作品が生み出されました。 何々カットだから高級なんて基準があるわけがなく、ジュエリー全体で何を表現したいのか、そのためにどのようなカットのダイヤモンドが必要なのか。ハイジュエリーでカットを選ぶ基準はその1点です。 |
それにしても、面数の多いダッチローズカット・ダイヤモンドの魅力には虜になってしまいます。オールドヨーロピアンカットはダイナミックな強い煌めきが魅力で、ステップカットは透明感の魅力がありますが、厚みのあるダッチローズカット・ダイヤモンドは煌めきと透明感の両方がバランス良く楽しめる、ある意味いいとこ取りのカットなのです。『ダイヤモンド・アート』でも、主役のお花を表現するために使われているのがダッチローズカット・ダイヤモンドです。 |
魅力的な個性を放つ玄人好みのダッチローズカット・ダイヤモンド
ローズカット・ダイヤモンド リング フランス 1820〜1830年頃 SOLD |
知識と教養ある古の王侯貴族といえども全員が優れたセンスを持っていたわけではありません。 傑出したセンスや感性を持っていたのは、天性の才能に恵まれたほんの僅かな人たちだけです。 |
『アートな骨壺』 ローズカット・ダイヤモンド 骨壺ブローチ イギリス 1849年 SOLD |
だからこそ王侯貴族のためのハイジュエリーであっても、作りは良くても一般的には当たり障りのないデザインの場合がほとんどです。 そんな中で、私たちが「これは!!」と思えるが宝物がたまにあります。 その中にはこのように、敢えてダッチローズカット・ダイヤモンドを主役にした作品が稀に存在します。 |
『ローズカットの閃光』 マーキーズシェイプ ローズカット・ダイヤモンド リング フランス? 1870年 SOLD |
流行とは関係ないので、作られた年代は様々です。 ダッチローズカット・ダイヤモンドがメインのハイジュエリーは滅多に存在はしません。 どの時代にも、傑出したセンスと財力を持つ人は滅多に存在しないからです。 |
昔の人たちがジュエリーをオーダーする際も、当然現代と同じく無難な選択をする人たちの方が多かったはずです。 どういうジュエリーが欲しいのか自身の明確な価値基準、絶対感覚がなければ変わったものなんてオーダーできません。 一般的なものや既製品で構わないという人たちだと、既に存在するデザインや既成のジュエリーを選ぶだけで良いですが、普通の人は選ばないローズカットで素晴らしいジュエリーが欲しいとなると、ダイヤモンドのカットの時点からオーダーしなければなりません。 普通ではないものをオーダーするにはお金だけでなく、具現化させるために要望を伝える能力や、綿密な打ち合わせなどの時間と労力もかなり必要です。 よほど明確に美に対する価値基準を持っていなければ、とてもできることではありません。 |
だからこそこのような宝物は滅多に存在しませんし、存在した場合は唯一無二の傑出した魅力を放つのです。 |
厚みのあるダッチローズカット・ダイヤモンドの魅力
-カットの重要性-
ローズカットはダイヤモンドの底部を平らにし、上部を山形にカットしたものです。ファセットは全て三角形で、面数がものを多いものをダッチローズカットと呼びます。厚みは特に定義されていません。 |
カリナンに第一刀を振り下ろすジョセフ・アッシャー | 需要を上回る採掘が可能となった現代と異なり、アンティークの時代のダイヤモンドは貴重な宝石でした。 どのようにカットするかは熟練の職人の勘に頼る部分が多く、カット職人の腕の見せ所です。 最大限に美しく見せながらも無駄なくカットする。ただ大きければ良いわけでもなく、かと言って無駄が大きすぎると勿体ない。 世界一硬い、劈開性を持つダイヤモンドは下手すると加工で粉々に壊れてしまう。 『財宝の守り神』でもご説明しましたが、ムガルカットの巨大ダイヤモンド『コ・イ・ヌール』のリカットの際は、アルバート王配がわざわざアムステルダムからカット職人をロンドンに呼び寄せています。 1852年当時、ロンドンにもダイヤモンドのカット職人はいたにも関わらずです。 |
世界最高のカット技術を持つ職人と言えばオランダのアムステルダムの職人で、8,000ポンド(現在の貨幣価値換算でおよそ4,800万円)を支払ってカットさせたそうです。 同じダイヤモンドであっても美しく見えるか否かはカット次第。 結局は人間の手作業のレベル次第なのです。 |
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アムステルダムのダイヤモンドカットの加工場(19世紀) |
ダイヤモンドであれば何でも良いという価値基準の人、ダイヤモンドは大きければ大きいほどそれだけで価値が高いと思っている人には、古の王侯貴族の美意識や価値基準は絶対に理解することはできません。 元から上質な石であることも重要ですが、ダイヤモンドはどうカットするかで美しさは全く違ってくるのです。 オールドヨーロピアンカットの魅力については『Nouvelle-France』でもご説明した通りです。厚みのあるオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドの魅力ある煌めきは、現代の薄っぺらいブリリアンカットのチラチラとした輝きしか見たことがない方にとって衝撃です。 |
薄っぺらくカットすることでコストカットできます。 はっきり言って現代のアイデアル・カットは貧乏くさい貧相な代物でしかないのですが、「数学的に計算された理想的で完璧なカット」という宣伝文句を鵜呑みにしてありがたがって買う人が多いのです。 |
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【参考】現代のダイヤモンド・リング |
【参考】現代のアイデアルカット・ダイヤモンド&サファイア・リング |
「Don't think. Feel !!」 そう言われた時にも同じようアイデアルカット・ダイヤモンドの方が美しいと感じるのでしょうか・・。
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-厚みの重要性-
厚みが重要なのはダッチローズカット・ダイヤモンドでも同様です。 |
このような厚みのあるダッチローズカットダイヤモンドは最高に面白い輝きを放ちます。 まるでミラーボールのような輝きです。 |
ディスコと言えばミラーボールを連想するくらい必須アイテムです。暗いダンスホールでクルクル回りながら光を放つこの存在は、非日常の夢の空間を演出するにピッタリです。その名の通り全面に鏡が取り付けられているので、強いライトを当てることでそれぞれの角度から時折強い光を放ちます。 |
ミラーボールは同じ形状の鏡が敷き詰められ、それぞれが特定の角度で強い光を放ちます。 ダッチローズカット・ダイヤモンドもファセットが三角形の同じ形状をしており、それらが特定の角度で強い光を放ちます。 ダイヤモンドにある程度厚みがあるからこそ、角度を変化させるごとにミラーボールを連想させる光を放つことができるわけです。 |
ちなみにローズカット・ダイヤモンドはアンティークジュエリーの専売特許ではありません。簡単なカットなので、やろうと思えばいくらでも同じものが量産可能です。もちろん機械研磨なのでブリリアンカット同様、形状は完璧な対称形で全部同じ形、個性はありません。 |
【参考】現代のダッチローズカット・ダイヤモンド ピアス | |
カットされたルースだけ見ると迫力あるダイヤモンドに見えたりしますが、ブリリアンカットにしても4C基準で価値が出ない低品質なダイヤモンドがこのカットにされます。厚みがなかったり、小さかったり、色の悪い石などです。奇をてらうことで、変わったもの好きな人に高値で売ろうという魂胆です。 自分で調べて知識を得ようとしないくせに特別なものを欲しがる、自称"個性的"な人が格好のターゲットです。 こんなに小さいとどんなカットなのか分かりませんし、ダイヤモンドなのかどうかすら分かりません。何も着けないほうがマシに感じてしまいます。 |
【参考】現代のオールドカット・ダイヤモンド リング | |
そうは言っても小さなものばかりではありません。こんなものも現代では作られています。日本でアンティークジュエリー・ブームが起きたときに日本人がローズカット、ローズカットと持て囃して買い漁ったため、15〜20年くらい前にはローズカットダイヤモンドを使ったフェイクも大量に出回ったそうです。 日本人が喜ぶ、石が大きくてしかもリングである場合が多かったそうです。今回のような例外的な作品を除いてはハイジュエリーにローズカットダイヤモンドがメインの宝石として使われることはありませんし、そもそも日本人好みのジュエリーが時代も人種も異なるヨーロッパでたくさん作られていたわけがありません。存在しないものを無理に手に入れようすると、そこにつけ込む人たちの格好の標的となりフェイクを掴まされるわけです。 日本人はジュエリー文化の歴史が浅く、真に優れたアンティークジュエリーがどういうものか知らない場合が多い上に性善説の人が多いため、欧米人より簡単にフェイクを買ってしまうようです。左のようにオールドヨーロピアンカットも現代で新しくカットすることは可能ですし、アンティークジュエリーから取り外して調達することもあります。いずれの場合も作りが現代ジュエリーなので爪が目立ちますし、デザインもつまらないものです。 新しくカットされた量産ローズカット・ダイヤモンドは対称性が高すぎて違和感があったり、全部同じ形で無個性というのはブリリアンカットと共通します。 |
アンティークのローズカット・ダイヤモンドはそれぞれのファセットに個性があり、そこから放たれる煌めきには自然な美しさを感じられるのですが、それだけではありません。 この宝物を撮影していると、いくつものファイアを捉えることができました。白く強い煌めきだけでなく、ふいに感じる有色の煌めきが、ダッチローズカット・ダイヤモンドのもう1つの煌めきの魅力だったりします。 |
オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドはファセットの形状がそれぞれ異なります。 この煌めきは全てのファセットが同じ三角形である、ローズカット・ダイヤモンドならではと言えます。 |
ミラーボールはそれぞれの面が鏡なので、当てる光によって反射光の色を様々に変えることができます。 上質なダッチローズカット・ダイヤモンドの煌めきは幻想的な夢の世界のミラーボールのようで、その夢のような輝きに思わず魅了されてしまいます。 |
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ペンダントの大きさからもご想像いただける通り、ダッチローズカット・ダイヤモンドは十分に存在感ある大きさなので、ダイヤモンドの魅力を存分に楽しむことができます♪ |
-異例の脇石までが全てダッチ・ローズカット-
メインのダイヤモンドの次に目立つ、ペンダント・トップのダイヤモンドもダッチローズカット・ダイヤモンドです。 それだけでなく、メインストーンの上下左右のダイヤモンドも全てダッチローズカット・ダイヤモンドです。 これは異例中の異例です。 |
『永遠の愛』 エドワーディアン ダイヤモンド ペンダント&ブローチ フランス? 1910年頃 ¥1,220,000-(税込10%) |
同じエドワーディアンのハイジュエリーを見てみましょう。 脇石の選択は通常2種です。 『永遠の愛』は、一番大きな2つのダイヤモンドはオールドヨーロピアンカットです。 それ以外は面数の少ない通常のローズカット・ダイヤモンドです。 メインとなるカリブレカット・ルビーや天然真珠、大きなダイヤモンドを邪魔することなく、控えめで繊細な輝きによって主役たちをさらに惹き立てるためにローズカット・ダイヤモンドが選ばれているのです。 |
『エレガント・ブルー』 エドワーディアン サファイア ネックレス イギリス 1910年頃 SOLD |
一方で異例のヘキサゴンカットやドロップ型のカットが施された、サファイアがメインの『エレガント・ブルー』には大きなダイヤモンドは1つもありません。 脇石は全てダイヤモンドで、どれも小さな石ですがすべてオールドヨーロピアンカットです。 |
蒸気機関や電動のモーターがない時代、ダイヤモンドを研磨するために研磨板を回転させる動力は人力、もしくは馬や牛などの動物でした。 劈開性を利用して原石をルースの形にカットするのももちろん大変で、熟練の職人の鋭い勘が必要です。 しかしながら世界一硬いダイヤモンドを磨いて美しいルースに仕上げるには、恐ろしいまでの根気のいる作業が必要です。 一人が研磨板を回転させ、もう一人が研磨板にルースを押しつけて徐々に徐々にカットしていきます。 |
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ダイヤモンドの切削加工場(1710年頃) |
最も大きな9つのラフカットされたカリナン |
これは宝石品質の当時世界最大のダイヤモンド原石だったカナリンを、当時世界最高のカット職人だったアッシャーが9つにラフカットしたものです。 |
宝石として仕上げられた9つのカリナン |
ラフカットされたこれらのダイヤモンドは3人で1日14時間、8ヶ月作業してようやく宝石の形に磨き上げられました。この時代は電動研磨機や電動のダイヤモンド・ソウが既に開発されていたため、このような大きなダイヤモンドのカットがこの程度の時間で実現しています。電動モーターがない時代だと、とてもトライしたいとは思えないであろうレベルです・・。 |
そんなエドワーディアンの時代において、このペンダントは小さな脇石に至るまで、すべてのダイヤモンドが美しい形状でカットされています。 上質な石で上質なカットが施されているからこそ抜群に煌めくのです。 既製品のルースを使ったのではなく、脇石まで含めて特別にオーダーしたからこそです。 |
脇石にオールドヨーロピアンカットでも通常のローズカットでもなく、わざわざダッチローズカット・ダイヤモンドが使われているのは例外的なことです。 いくら電動のマシンが使われ始めているとは言え、その手間と費用を考えると相当に強いこだわりを以て作られたことは間違いありません。 |
-セッティングの使い分け-
ローズカットダイヤモンドに対する強いこだわりで作られたからこそ、セッティングにも工夫が認められます。 メインストーンとペンダント・トップのダイヤモンドはオープンセッティング、それ以外はクローズドセッティングになっています。 |
ローズカット・ダイヤモンドの魅力の1つが透明感です。 2つの大きなダッチローズカット・ダイヤモンドはオープンセッティングだからこそ、より美しい透明感を感じることができます。 |
一方でそれ以外の小さなローズカットダイヤモンドはクローズドセッティングだからこそ、裏側の金属からの反射光もあって、煌めきがより強調されます。 脇石は面積が小さいので、オープンセッティングにして透明感を感じるよりは煌めきを強調する方が遙かに存在感を放ち、メインストーンの惹き立て役としても良い働きができます。 |
これまでにお取り扱いした各年代のダッチローズカット・ダイヤモンドのジュエリーはいずれもクローズドセッティングでした。 |
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ダッチローズカットダイヤモンド ピアス フランス 1860年頃(ホールマーク付き) SOLD |
ペアシェイプ ダッチローズカット・ダイヤモンド リング スウェーデン 18世紀後期(ホールマーク付き) SOLD |
極上のダッチローズカット・ダイヤモンドのこのリングもクローズドセッティングになっており、その煌めきには目を見張るものがあります。 石に厚みがあるので斜めから見ると透明感も強く感じられますが、あくまでもメインとなる正面付近から見た時に、透明感ではなく煌めきを楽しむ作品です。
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南アフリカの巨大鉱床の発見によって上質なダイヤモンドが手に入れやすくなり、ダイヤモンドのカットの技術革新も起きたこの時代はオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドを使ったプラチナジュエリーが数多く作られました。 そんな時代に於いて、ダッチローズカット・ダイヤモンドをメインとしたプラチナジュエリーは特異な存在です。 |
正面から見たときに感じる、虹の輝きや強い煌めきに加えての透明な魅力・・。 それはこの作品でしか味わうことのできない、唯一無二の魅力なのです。 |
2. 技巧を凝らした傑出したデザイン
-スタイリッシュなフォルム-
この作品は、エドワーディアンからアールデコにかけての過渡期ならでは傑出したデザインにも強い魅力があります。 作りはプラチナにゴールドバックというエドワーディアンの特徴がありながらも、デザインにはスタイリッシュなアールデコらしさを感じます。 まずペンダントトップから下がる、揺れる構造の本体のフォルムが変わっています。 4つの辺を緩やかな内側への曲線で表現した、変形の菱形フォルム。 シンプルな槍先のようでもあり、シャープでスタイリッシュな印象を持つフォルムなのです。 |
特に上部を極端に細く絞ったフォルムは、エドワーディアンらしいエレガントな雰囲気を残しつつも、それだけにとどまらないシャープでキリッとした格好良さを放っています。 トランジション・ジュエリーの特徴と言えますが、なかなかこのバランスでデザインをピタリと決めるのは至難の業だったと思います。 ちょっとでも上下の長さのバランスが違ったり、内側に描く弧の曲率が違っても今の雰囲気にはなっていません。 作者の抜群のセンスがなせる、美しき造形美です。 |
-幾何学模様の透かしの美-
このネックレスは透かし細工も他に類を見ない、独特の面白いデザインです。 素晴らしい透かし細工によって、ペンダント全体に三角形や、三角形を上下に2つ組み合わせることでできる菱形がたくさん表現されています。 どういうことなのでしょうか。 これは、ダッチローズカット・ダイヤモンドの三角形のファセット形状に合わせてデザインされたものだと推測します。 |
全体として、ダイヤモンドの煌めきだけでなく本体のプラチナ部分を見たときにも、この透かし細工によって"三角形"を印象付けるデザインになっているのです。 その"三角形"の主役であり、三角形に煌めくメインのダッチローズカット・ダイヤモンドは、6つの三角形に囲まれた正方形のフレームの中にセットされています。 正方形は透かし細工によって独立して見えるデザインになっています。 この正方形の透かしは、その他の部分と比べて意図的に少しだけ幅を太くしてあります。 |
さらに斜めから見ると、この正方形のフレームは本体全体よりも少し高い位置にセットされていることが分かります。 |
ちょっとしたことなのですが、この透かしの幅と立体的な配置によって全体のデザインがのっぺりとならず、よりメインのダッチローズカット・ダイヤモンドが印象的に見えるようになっているのです。 丸・三角・四角などで平面にデザインを施すのは誰にでも分かりやすく簡単なことですが、立体デザインを施すことによって、見る人の無意識下での印象をコントロールするというのは余程才能あるアーティストでなければできることではありません。 このようなちょっとした気の利いたデザインが出来るのが、センスの良い職人の証なのです。 |
3. グレインワークを始めとする見事な作り
-爪留とグレインワークのコラボレーション・デザイン-
この作品には他のジュエリーにはない作りの特徴があります。 それが本体全体に使用されたたくさんのグレインワークです。 『SUKASHI』でもご紹介した通り、グレインワークはプラチナやホワイトゴールドなどの土台金属から粒金状の粒を彫り出す細工です。 手間や技術を要する上にデザイン上のメインパーツとはなりにくく、誰にでもその価値が分かりやすい細工でないため、ハイクラスのジュエリーにのみ見られる細工です。 その中でも、グレインワークをデザイン上の重要な要素として使用する作品は滅多に見ることがありません。 |
『SUKASHI』 アーリー・アールデコ ダイヤモンド リング オーストリア 1910年代 SOLD |
グレインワークがデザイン上の重要な要素となっている作品はいずれも第一級の作品ばかりで、それぞれがアーティスティックで魅力的なデザインを持っています。 |
『清流』 アールデコ ジャポニズム ペンダント イギリス 1920年頃 SOLD |
アールデコ ダイヤモンド ペンダント イギリス 1920年頃 SOLD |
『清流』は笹の葉の質感を表現するのに細かなグレインワークが用いられ、右のプチペンダントはグレインワークのそれぞれの粒の大きさを変えてアールデコらしいデザインを完成させています。これらアールデコの2作品は、どちらも細かい粒金状の粒ならではの繊細な輝きの美しさが感じられます。小さなローズカット以上に繊細な輝きを放つことができる細工です。 |
この作品や『SUKASHI』のエドワーディアンからアールデコにかけてのトランジション・ジュエリーの2作品は、同じようにグレインワークが使われていながらも全く異なる印象があります。 アールデコの2作品はスタイルが確立されており、繊細緻密な完成された美しさを感じます。 一方でトランジション・ジュエリーから感じるのは、第一次世界大戦で世界全体が一変し、ヨーロッパの王侯貴族が主導した旧世界から新しい勢力が世界を主導する新しい世界の構築に向けて、世の中全体が新世界を構築するための産みの苦しみにもがき、新しい時代に期待し、不思議なエネルギーに満ちていた時代を反映した躍動感、そしてポジティブなエネルギーに満ちあふれた美しさです。 来たるべき次のアールデコの時代のエネルギーを貯め込んだ、パワフルな美しさです。 |
この作品のグレインワークの面白さの1つが、ダイヤモンドを留める石とのトータルデザインになっていることです。 爪留とグレインワークが同じ見た目に整えられていることにご注目ください。 |
正方形のフレームにセットされたメインのダイヤモンドを見ると、わざわざ4隅を2点ずつ、合計8点の爪で留めてあります。 いくら頑丈に留めたいからと言っても、こんなにたくさんの爪は必要ありません。 明らかにデザインのための爪です。 長方形のフレームの4隅には1点ずつ爪と同じ大きさと形状でグレインワークが施されており、4隅に3つのグレインが見えるデザインになっています。 3。 これがこの三角形の作品のキーワードであることは確実です。 |
他にも至る所に、隙間を埋めるようにバランス良くグレインワークが施されています。 独立した粒金のようにしっかりと彫り出されており、頭は丹念に磨いて丸く整えられています。 44年間でここまでのグレインワークは見たことがありません。 圧巻の仕事です。 |
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小さなダイヤモンドの爪も、グレインワークと同様に頭が丸く磨き上げられてており、デザインとしても機能しています。 こんなに小さなダイヤモンドでもしっかり留まっており、100年の使用にも耐えうる耐久性を持っています。 現代ジュエリーの場合は100年どころか数年も経っていないのにいつの間にか石が落ちていたなんてよく聞く話です。 現代のメレダイヤなんて数百円(※)で買える代物であり、いくらでも同じものが存在するので落ちて無くなっても構わないということが、作りにも現れているということでしょう。
※最終消費者価格。業者だと遙かに安く買える可能性あり |
-変わり種のグレインワーク-
この中に、ダイヤモンドに見えて実はダイヤモンドではないものが2つあります。 もうお気づきの方もいらっしゃるでしょうか? |
メインのローズカット・ダイヤモンドの真上、連なる三角形のフレームにセットされたダイヤモンドのような形状のものです。 |
顕微鏡で確認するまでは分からなかった、肉眼ではまず気付かないような細工です。 これはどうやらグレインワークと同じく、プラチナをダイヤモンドのような形状に彫り出し、さらにグレインワークを駆使して爪で留めているように見せた細工のようなのです。 こんな細工、見たことがありません! |
『シルバー・カットスチール』 ハンドバッグ フランス 1819-1838年(ホールマーク有) SOLD |
雰囲気的には、『シルバー・カットスチール』を思い出しました。 これは布も含めてオリジナルの初期のハンドバックという、布に関してもミュージアムピースの大変貴重なものでしたが、シルバーの金具部分がまた面白い作品でした。 |
普通、このようなデザインはカットスチールと言われ鉄製品に施される細工なのですが、それをシルバーで再現した珍しい作品でした。 |
『シルバー・カットスチール』はハンドバッグなのでサイズは全く異なりますが、プラチナを彫り出した細工であると分かった状態で細工部分を見ると、金属独特の光沢などの質感がとても面白いのです。 他の同じ大きさのダッチローズカット・ダイヤモンドに紛れてはいますが、意識すると明らかに金剛光沢(ダイヤモンド光沢)とは異なる金属光沢が面白いです。 一体なぜわざわざこんなことをしたのかは謎です。 でも作者の遊び心や、自分はここまで凄い細工ができるんだぞというプライドと心意気が感じられて、とても嬉しくなります。 これこそ作者が手間を惜しまず持てるすべて、魂を込めて作った芸術作品と言えるのです。 オーダーした人も絶対に喜んだに違いありません! |
カットスチールのようなグレインワークもエッジがシャープで、しかも丹念に磨き上げられているからこそ美しく輝くのです。 |
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実物の大きさを考えると、一体どうやって作業したのか不思議なほどです。 本当によくやったなと驚くばかりです。 |
-極上のミルグレイン-
この作品はフレームや透かし部分の縁全体に施されたミルグレインも見事です。 |
透かし細工で隔てた本体の外周部分には溝が彫られています。 かなり深く、しかもキリッとした美しい作りの溝なので非常にシャープな印象です。 |
この外周の溝と透かし細工が連なったデザインになっており、その全てに丁寧にミルが打たれています。一つ一つのミルの頭が、ヤスリで奇麗な半球状に仕上げてあります。 ミルグレインを2列にしたダブル・ミルですら、『アルテミスの月光』のような余程の一級品でしか見られない細工です。この小さなスペースにこれだけ多くのミルグレインが打ってあること自体珍しいのですが、これだけ完成度の高い繊細精緻なミルグレインが施された作品は、エドワーディアンのトップレベルのジュエリーでもそうはありません。 |
『至高のレースワーク』 エドワーディアン リボン ブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
その点では、ミルグレインだけ見ても『至高のレースワーク』に匹敵する、圧倒的な細工物としての魅力があります。 |
『至高のレースワーク』も何列にも連なったミルグレインがあり、グレインワークも至る所に駆使されています。この作品もダイヤモンドがオールドヨーロピアンカットは1つも使われておらず、すべてローズカットという珍しい特徴を持っていました。 これら傑出した作品は滅多に存在しないので、昔も細工の価値を本当の意味で理解できる人は少なかったのだと思います。大体はアンティークジュエリーでも分かりやすい成金的なものが大半です。このような徹底的なクラフトマンシップと、アーティスティックな魅力にあふれる細工物のジュエリーは、見ているだけで楽しくてしょうがありません♪ |
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ペンダントトップの真下にある、本体の最も細い部分は幅がたった1mmちょっとしかありません。 それにも関わらず激細の透かし細工が施されており、両側に溝を彫って4列のミルグレインになっています。 透かしもミルも、非常にシャープで素晴らしい作りです。 正にこれこそ「神の技?」とも思える、人間による脅威の技です!! |
裏側もスッキリとした、綺麗な作りです。 |
全体のコンディションも抜群です。大きめのダッチローズカット・ダイヤモンドの透明感とミラーボールのようなクリアな煌めき、透かしの涼やかなデザインは夏の暑い時期にも清涼感や爽やかさを演出してくれそうです♪ |
オリジナルのシンプルなハンドメイドのチェーンと、ストッパーの付いたボックス型クラスプがついているのも素晴らしいです♪ クラスプの左右についている引輪と丸い金具は、短めにして使うこともできるように少し後の時代に付けられたものです。 |
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オープンセッティングのダッチローズカット・ダイヤモンドのネックレスだからこそ、洋服の上に重ねた場合は、結構布地の色が透過して見えて面白いです。 この画像では煌めいている部分以外は、黒い下地が透けて見えています。 |
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これはただの芸術作品でありません。 暑い季節には独特の清涼感を演出でき、それ以外の季節も重ね着などで楽しむことができる、使う時にも魅力いっぱいの宝物です♪♪ |