No.00371 Black CUBE |
直線と幾何学のみで構成された
前代未聞のスタイリッシュな六角形のピケ!♪
亀の甲羅(鼈甲)×亀甲紋+頂上の曼荼羅模様=宇宙亀
神々しい幾何学模様!♪
照り艶の良い鼈甲に輝く金銀象嵌♪
![]() |
![]() |
角度で雰囲気が変化する美しいピケ・ブローチです♪ |
![]() |
|
『Black CUBE』 ピケはヴィクトリアンらしいデザインが殆どですが、アールデコを50年も先取りしたような、直線と幾何学による前代未聞のスタリッシュなピケです♪ |
||
![]() |
開国した日本美術にインスピレーションを受けたとみられる伝統的な亀甲紋がデザインされ、亀の甲羅という素材で作るピケとの組み合わせが面白いですが、それにとどまりません。正面の曼荼羅のような模様は、古代インド神話の天地創造『乳海攪拌』で宇宙亀がマンダラ山を支える姿を彷彿とさせ、まさに宇宙そのものを表現したことが示唆されます。黒い六角形はユダヤ教やイスラム教の神聖なブラックキューブ(黒い立方体)にも通じ、単なるアングロジャパニーズ・スタイルのピケとは言えない、特別な身分の人だけが知り得る秘密の知識と教養が詰まった別格のピケ・ブローチです。 |
この宝物のポイント
![]() |
|
![]() |
1. 流行後半ならではの幾何学デザインのピケ
ピケ・ジュエリーは1861年にアルバート王配が亡くなり、ヴィクトリア女王が喪に服して以降の19世紀後半に流行しました。前半の高級品はヨーロッパらしいクラシカルな雰囲気が多いですが、後半になると幾何学デザインが見られるようになります。 |
前半:クラシカルな雰囲気 | 後半:幾何学デザイン |
![]() イギリス 1860年頃 SOLD |
![]() イギリス 1870年頃 |
今回の宝物は後者です。その中でも間違いなく身分の高い人の特注品と分かる、限られた上流階級のみが共有してきた"秘密のデザイン要素"が散りばめられています。 |
1-1. ヴィクトリア女王の影響で流行したピケ・ジュエリー
1-1-1. 優雅な小物で使用されていたピケ
1600年半ば頃にイタリアで考案されたピケは、主に教会の祭祀用具として作られていました。その技術が隣国フランスに伝わり、飛躍的に進化しました。 |
![]() |
|
象牙細密彫入りのピケの小箱 フランス 1780〜1800年頃 オリジナルボックス付 SOLD |
王侯貴族のために最初に作られていたのは、主に小物入れなどの箱でした。軽くて使い心地が良く、自由に造形したり装飾できてデザインの幅が広いのもピケの特徴です。南国の亀の甲羅という、素材としての稀少性や面白さもあって上流階級を大いに魅了しました。 |
![]() |
ピケや鼈甲の素材は、ウミガメの一種である『タイマイ』です。インドネシア、セーシェル、モルディブ、西インド諸島などの熱帯を主要繁殖地とします。背と腹の甲羅を使います。 |
![]() ロスチャイルドの邸宅ワデズドンマナー展示品 |
10枚程度に剥がして使用します。そのものの状態だとペラペラで、形も色も不均一です。 甲羅はタンパク質を主成分とする天然の熱可塑性樹脂で、一般的なプラスチックとは異なり、含水状態でのみ熱可塑性を示す特殊な高分子です。 膠(ニカワ)質なので、水分を含ませて高温で圧着することができます。 この性質を利用して、人工的に様々な大きさや形状、模様に成形して製品にすることが可能です。 |
1-1-2. 経済活動の主役の移り変わりに伴う葬儀関連ビジネスの発展
世界に先駆けて産業革命を経験したイギリスは、1850年頃から1870年頃にかけて、世界の工場として『パクス・ブリタニカ』と称される最盛期を迎えました。要は戦後の日本と同じ、大量生産と大量消費の到来です。担い手であり、主役となるのは中産階級です。一億総中流、大衆の皆が小金持ちとなった日本の高度経済成長期をイメージすると良いです。 |
![]() |
大衆1人1人の経済力は知れていても、数の威力は絶大で、経済活動の中で無視できぬようになってきました。古い時代の君主は、高位貴族の手本としての振る舞いが要求されました。しかしながら経済活動の中心が大衆に移り変わる中で、ヴィクトリア女王の時代は中産階級を意識したプロモーションが必要とされるようになりました。 君主を始め、高位貴族はお花畑の住人ではありません。空想の物語しか見ていないと、始終豪華なファッションに身を包み、恋愛でキャッキャうふふなイメージを持つようですが、特にイギリス貴族はノブレス・オブリージュの精神の元、過労死するほど働くのも普通です。死の間際まで、100歳を超えても国のために働いて当たり前という意識を持っていました。 |
冠婚葬祭用ジュエリーの例 | |||
喪用 | 結婚用 | ||
ウィットビー・ジェット | グッタペルカ | ピケ | オパール |
![]() イギリス 1860年代 SOLD |
![]() イギリス 1883年 SOLD |
![]() ロケット・ペンダント イギリス 1870年頃 SOLD |
![]() オパール リング イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
身分ごとに視座が異なります。自分のことだけを考えていても大きな問題にはならない大衆と異なり、君主は国全体を見る立場です。全体として最良となることを考えます。
中産階級の衣食住が満ち足りたことで、可処分所得が発生します。これを元に、さらに経済をどう回すかが重要です。生活にゆとりが出ると、文化的なことに意識が向きます。そこで冠婚葬祭がターゲットとなりました。ルールを設定することで、国民全員が購買せざるを得ない環境を作れます。 国民がお金を使う対象は同じく大英帝国内であるべきで、それにより帝国内の経済活動を活発化し、さらなる発展を実現できます。流行させた素材に注目すると、イギリス産や植民地から入手できるものを選んでいることが分かります。庶民の憧れ(アイドル)となる王侯貴族に積極的に着用させてプロモーションし、絶大な経済効果を発揮しました。それがレイト・ヴィクトリアン以降の、庶民用に作られた安物の多さにもつながっています。 |
設定された喪の段階 | ||
最も深い喪 | 次に深い喪 | 半喪 |
![]() 【引用】The Metropolitan Museum of Art. |
![]() 【引用】The Metropolitan Museum of Art. |
![]() 【引用】The Metropolitan Museum of Art. |
誰でもするわけではない結婚と違い、死なない人間はいませんから特に葬祭ビジネスは重要です。細かくルールを設定するほど必要なものも増え、支出を増大させることができます。無い袖は振れませんが、大英帝国の最盛期を迎えた庶民には余裕がありました。 |
![]() |
喪に必要な一式を販売するお店から、初期の百貨店が始まりました。初期の既製品は、喪服が主だったとも言われています。 この時期のイギリスでは、喪に関連するビジネスが非常に儲かったことが知られています。 |
1-1-3. アルバート王配の逝去に伴う喪のジュエリーの流行
![]() |
ミッド・ヴィクトリアン以降のロイヤル・ファミリーは中産階級にとって理想の在るべき姿とされ、国民全員からの耳目が集中しました。偉大なる大英帝国の君主であることに加え、ヴィクトリア女王は完璧な家庭の良い妻、良い母を示すことが求められました。 |
![]() ヴィクトリア女王夫妻の5人娘アリス、ヘレナ、ベアトリス、ヴィクトリア、ルイーズ |
家長が亡くなれば、全員で哀悼を示さねばなりません。父を失った王女たちが、喪に服した姿で悲しむポートレートも重要な宣伝ツールとされました。国民は同情するだけでなく女王や王女たちの姿を手本とし、上流階級のみならず庶民に至るまで、女性たちは推奨された喪の衣服やジュエリーをこぞって買い求めました。 |
1-1-4. 喪のジュエリーの特徴
派手な宝石がついた大型のジュエリーが、いつも王侯貴族が着けていた高級品と思い込む人もいます。しかしながらアンティークの時代のヨーロッパ社交界はTPOごとにジュエリーが必要とされ、それぞれの分野ごとに高級品から安物まで作られています。HERITAGEでは各ジャンルの最高級品だけを集めているので、必然的にラインナップが豊富です。 |
アレクサンドラ王太子妃(後の英国王妃)と3人の王女 | |
結婚式出席用の正装 | 普段着 |
![]() |
![]() |
王侯貴族でも特別な日にだけ使用する正装用のジュエリーと、普段使いする日常用のジュエリーとでは全く異なります。そして日常でもジュエリーを全く着けないということはあり得ず、小ぶりで品の良いジュエリーを身につけていたのが古の上流階級でした。 |
正装用 | 日常用 | |
![]() オパール ロング・ネックレス イギリス 1900年頃 ¥3,300,000-(税込10%) |
![]() アングロジャパニーズ・スタイル ピケ クロス・ペンダント イギリス 1870〜1880年頃 SOLD |
![]() アールデコ ダイヤモンド クロス・ペンダント ワルシャワ 1930年頃 ¥750,000-(税込10%) |
日常用のジュエリーはほぼ毎日着用します。耐久性と共に、着け心地の良さが要求されます。服喪は最長で3年にも及ぶ期間が設定され、未亡人は残りの生涯を喪服で過ごす選択もできました。ピケは軽さと共に、ゴールドやシルバーの装飾ならではの高級感があります。ずっと身につけることを考えれば、少し頑張ってでも良いものが欲しいと思うものです。 |
![]() |
このため、ピケは上流階級用の高級品から、庶民にとっての高級品(廉価品)まで数多く作られました。 庶民の方が圧倒的に数が多いため、市場の多くは高級とは言えないものが多いです。また、日常用であったこと、素材の性質的にゴールドやシルバーに比べると耐久性が劣ることもあり、コンディションの良い高級品にはほとんど出会えないのが現状です。 |
Genがこの仕事を始めたばかりの頃、およそ40年前の1980年代は、ロンドンに行けば良いピケもよく見かけることができたそうです。しかしながら日本人がピケを好んだこともあり、10年以上前には枯渇状態になってしまいました。稚拙な作りでコンディションも悪いピケならば、今でもたまに出てきます。ピケならば何でも良いという方には、とにかく安ければそれで十分のようです。 |
![]() |
今回のピケは抜群のコンディションに加え、王侯貴族ならではのデザイン的な魅力も備えており、コレクターではなく、良いピケが欲しかった方にぜひともお勧めしたい特別品です!♪ |
1-2. 19世紀後半のイギリス・デザインの大きな変化
日本開国後、イギリスにはたくさんの日本美術がもたらされました。王侯貴族やエリート層、文化人の交流も活発に行われ、イギリスでも日本美術の影響によるデザインの大きな変化がありました。広義では1851年から1910年頃までと定義され、『アングロ・ジャパニーズ・スタイル(英和様式)』と呼ばれています。 美術史に詳しい方ならご存知かもしれませんが、代々この仕事をやっているイギリス人ディーラーすらこの用語は知らず、まとめて『ジャポニズム』と呼んでいました。アンティークジュエリー業界では本場イギリスでも、まだきちんと定義されていないジャンルです。 |
時代ごとの最先端デザインが反映された最高級リング | |||
アングロ・ジャパニーズ・スタイル(1851年頃〜1910年代) | アールデコ | ||
![]() エメラルド&真珠リング イギリス 1860年頃 ¥1,500,000-(税込10%) |
![]() クラスター・リング イギリス 1876-1877年 SOLD |
![]() 『英国貴族の憧れ』 真珠&トルコ石リング イギリス 1876-1877年 SOLD |
![]() ジャポニスム サファイヤ リング フランス 1920-1930年頃 SOLD |
日本の美術様式を取り入れたのは庶民ではなく、外交も担う高位貴族やエリート層です。大量生産の扇子や団扇などは安いですが、日本の高名な職人が制作した一点ものは高級品です。そのようなものを真髄まで理解し、入手できる身分は限られました。だから時代の最先端を行き、旧来のデザインに革新をもたらしたアングロ・ジャパニーズ・スタイルの宝物は逸品揃いです。 時代をくだるごとに、従来のヨーロッパのオーソドックスなスタイルから、幾何学のアールデコのデザインに進化していく様子が感じていただけるでしょうか。アールデコの事例はフランス製ですが、この頃には無国籍のインターナショナル・デザインに向かっています。ピケが流行した19世紀後半のイギリスは、このような日本美術の影響によるダイナミックなデザインの変化が起きた時期に相当します。 |
1-3. 日本美術の影響が濃い流行後半のピケ
1-3-1. 日本美術の影響の仕方
![]() |
イギリス、さらにはヨーロッパ全体にデザインの進化をもたらした人物として、クリストファー・ドレッサーの足跡は欠かせません。最初かつ最重要の独立系デザイナーとして、欧米では広く知られます。 審美主義(耽美主義)運動の中心人物であり、アングロ・ジャパニーズ・スタイルとモダン・スタイルの主要貢献者でもあります。それはサウス・ケンジントン博物館(後のヴィクトリア&アルバート美術館)の代表として、1876年にイギリス政府から日本に派遣された経験を元としていました。 明治天皇から国賓として扱われ、日英の芸術エリートのトップ同士の交流と外交が実現しました。 |
ドレッサーの植物標本スケッチ | |
来日前 1856年 | 来日後 1879年 |
![]() |
![]() |
写真や印刷の質も現代ほど良く無い時代、庶民が写真ですら知らないクラスの上質な日本の美術工芸品に直接触れ、第一級の職人や芸術家と直に交流できるのは物凄いことです。ドレッサー自身も物見遊山の気楽な観光客ではなく、一流美術館の代表として政府から派遣されるほどの第一級のイギリスの芸術家でしたから、表面的な理解ではなく、短期間でも濃密に深く理解して帰国したようです。空間の理解、間の取り方はたとえ日本人であっても、誰にでもはできない難しいものですが、見事に習得しています。 |
モチーフを導入 | 様式/心を導入 |
![]() |
![]() |
さて、日本美術の影響の出方はいくつかあります。明確に境界線をひけない場合もありますが、モチーフそのものを導入したものが1つあります。この他、様式を導入する場合もあります。対称性を意図的に崩したり、独特の間の取り方だったり、幾何学で構成されていたりなど、以前のヨーロッパの美術様式では見られなかった表現が現れます。 |
日本で珍重されていた唐物を導入 | |
![]() |
![]() |
日本人は違和感を感じると思いますが、ヨーロッパではこれもジャポニズムにカテゴライズされます。 現代でも茶道などで使うお仕覆で、このような雰囲気の古代裂や名物裂を目にする機会があると思います。少し前までの日本では、中華帝国は憧れの先進国でした。中国や、中国を経由してもたらされる東洋の異国情緒あふれる美術工芸品は『唐物』として珍重され、高価で取引されました。 日本人にとっては外からやってくるものですが、欧米人の感覚で見た時、『日本人が愛する日本の美術工芸品』と思い込むのは無理もありません。 |
アングロ・ジャパニーズ・スタイルの代表的な室内装飾 |
![]() "Peacock Room" ©Smithsonian's Freer and Sackler Galleries(1 January 2000)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
『ピーコック・ルーム』はアングロ・ジャパニーズ・スタイルの代表的な室内装飾として、欧米でも高い知名度を誇ります。日本に孔雀はいませんでしたから、まず『孔雀の間』の命名でジャポニズムを謳われても日本人には理解しがたいですよね。提灯風の照明も中国スタイルですし、日本人が見ると全体的に中国や東洋の雰囲気を強く感じます。しかし、これは当時の日本の上流階級や富裕層が高級な舶来品を楽しんでいたことを受けた、ヨーロッパのジャポニズムの一側面なのです。 |
1-3-2. ピケ・デザインに見る日本美術の影響
厳密に分類するならば、ピケのデザインは日本美術の影響を受けていないヨーロッパのオーソドックスなデザイン、鳳凰(極楽鳥、フェニックス)などをモチーフにした唐物の影響を受けた東洋系ジャポニズム、武家の美術様式の幾何学デザイン系ジャポニズムに分けることができます。 |
オーソドックスな西洋美術 | 東洋系ジャポニズム | 幾何学系ジャポニズム |
![]() イギリス 1860年頃 SOLD |
![]() ピケ ブローチ イギリス 1860年頃 SOLD |
![]() イギリス 1870年頃 |
日本とイギリスの美術を組み合わせるアングロジャパニーズの取り組みは、1851年頃から始まっています。モチーフそのものを導入する方がハードルは低く、比較的早い段階から見ることができます。様式を取り入れるには、より高度な理解と試行錯誤が必要となります。このため、ピケにそれが現れるのは少し後の時代となります。 |
1876-1877年制作のイギリスの美術工芸品 | ||
![]() 『英国貴族の憧れ』 真珠&トルコ石リング SOLD |
![]() クラスター・リング SOLD |
![]() |
万人が理解できるようになるのは1920年代以降のアールデコまで待たねばなりませんが、1870年代のイギリスでは、既に後期アールデコをも彷彿とさせる直線や幾何学のデザインが生み出されています。時代の最先端を行き、新しい文化を創り出してきた王侯貴族の最高級品としてです。 |
![]() |
アールデコに至るまでには、50年近くもタイムラグがあります。ヨーロッパの意識全体がこれを理解できるようになるまで、それだけの時間を要したということです。 優れていたからこそ忘れ去られることなく、時間をかけながらも主流となり、真の部分に根付いていったというわけです。 やがてモダンデザインへとつながり、現代にも息づいています。だから現代人の感覚から見ても、この宝物はモダンな感覚がある思います。 |
青海波をデザインしたピケ | |
![]() イギリス 19世紀中期 SOLD |
![]() イギリス 1870年頃 SOLD |
シンプルな青海波は、ハイクラスのアンティークジュエリーにも稀に見られる意匠です。日本人はわりと分かりやすいジャポニズムと言えるでしょう。左のバングルのように、和洋折衷でデザインされたものも魅力がありますね。試行錯誤を重ねながら和洋が融合し、最終的には現代のデザインに行き着きます。 |
![]() |
その走りが、当時の最先端デザインとしてピケ・ジュエリーに反映されたわけです。日本美術と言えば、美しい透かし細工も大きな特徴です。金銀を象嵌するピケと、透かし細工は相性が良かったのも一因でしょう。 複雑で美しい幾何学デザインのピケは数は少ないですが、新時代を作っていった知的な王侯貴族を反映した、非常に魅力的な宝物と言えるのです♪ |
2. 上流階級ならではの教養を感じる幾何学デザイン
2-1. 亀の甲羅と亀甲紋を組み合わせた面白さ
![]() |
六角錐を輪切りにした形状、あるいは六角柱の上部を縮小させた形状と言えます。側面となる6面の台形には、ゴールドの幾何学模様の透かし細工が象嵌されています。この模様は何だと思われるでしょうか? |
![]() |
現代は最早、多くの日本人が蜂の巣やハニカム構造しか思い当たらないかもしれません。 しかし、少し古い時代の日本人ならば『亀甲紋』と答えたはずです。 『亀甲紋つなぎ』とも言い、派生系も多く存在します。 |
バリエーション豊富な亀甲紋 | ||
![]() |
![]() |
![]() |
家紋や神紋の意匠としてもオーソドックスで、六角形と言えば亀の甲羅をまず連想するのが当たり前でした。 |
![]() |
当時の欧米の上流階級やエリートがやりとりするのは、同等の身分の日本人です。出自を示す家紋は日本人にとって重要で、それぞれの着物にも家紋がデザインされました。 |
![]() |
着物の意匠そのものにすることもあります。 オリオン座の三つ星を意匠化した家紋は、毛利氏が有名です。 オリオン座の三つ星は軍神として信仰のあった将軍星を表し、連勝を呼び込む縁起の良い星とされます。 吉兆星としての意味も込められた縁起柄ですが、ただ「縁起が良い」というだけなら多種存在します。 言語化しない領域で様々な情報や意思を疎通するのは、東西の上流階級で違いないのです。その手法をいかにエレガントにするか、高度にできるかで器量の差も出るわけですね。 |
【国指定重要無形民族文化財】佐陀神能 | |
![]() |
![]() |
【引用】文化デジタルライブラリーHP / 佐陀神能 ©独立行政法人日本芸術文化振興会/佐太神社提供/阿礼撮影/Adapted | |
これは出雲国二ノ宮、佐太神社で奉納される佐陀神能です。右の、赤いお面に目がたくさんあるのは八岐大蛇です。衣装の三角形の模様は鱗紋で、三角形のみでも蛇を象徴します。登場人物を親切に紹介することはなく、観る人はこの鱗紋の衣装だけで「蛇。・・八岐大蛇!」と理解しなければなりません。 左の人物は神紋の衣装で佐太大神と分かります。右手に持つ扇にも意味があり、奥の垂れ幕に、神紋の1つである末広がりの扇の地紙が描かれています。その右の輪違も神紋の1つで、ヨーロッパではヴェシカ・パイシスと呼ばれる重要な意味を持つシンボルです。 |
日本で能を観劇した欧米の要人 | |
大英帝国の王子 | アメリカ合衆国大統領 |
![]() |
![]() |
能はギリシャ悲劇との共通性が高く、1869(明治2)年にイギリスのアルフレート王子が来日した際にも上演されました。1871年から1873年にかけて欧米外遊した岩倉具視は、各国の貴族主導による芸術保護(パトロン活動)も重要視し、華族による能楽の後援団体設立に向けて動き始めました。明治天皇が1878(明治11)年に青山御所に能舞台を設置し、1879(明治12)年にアメリカ合衆国大統領ユリシーズ・グラントが来日した際は岩倉も自邸に招き、能楽を上演しています。 |
![]() |
高位の上流階級やエリート層が担っていた当時の外交に於いて、芸術関連の教養は現代人の想像以上に重要なものでした。 日本の芸術文化を理解する上で、図柄の理解は必須です。亀甲紋の説明も当然受けたはずで、ハニカム模様が日本では亀の甲羅を示す模様と知り、亀の甲羅で作るピケにさっそく反映させたのでしょう。 |
![]() |
王侯貴族やエリート、芸術家などの知的階層がこぞって日本美術を蒐集し、社交界でもその話題で持ちきりだった時代、この宝物を着用して亀甲紋の知識を披露すれば、さらなる知的談義で大いに盛り上がったはずです。 |
2-2. コンパスと定規で描ける幾何学の家紋
![]() |
日本の主に武家文化を主軸とした幾何学デザインが、アールデコにつながっていきます。 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、実は紋もコンパスと定規で描くことができる、高度な幾何学の意匠です。 ご興味がある方は、書籍などもご参照ください。 |
【中国神話】伏犠と女? | 大工神としての聖徳太子 |
![]() |
![]() 【引用】真言宗智山派 松梅山 円泉寺HP/指金を持った大工の神様 聖徳太子掛け軸 ©真言宗智山派 松梅山 円泉寺 |
コンパスと定規と言えば石工集団のフリーメイソンが有名ですが、中国神話の伏犠と女?の図像や、日本でも聖徳太子とされる図像に描かれていたりします。日本の古い石垣も現代の技術では再現不能とされますが、日本の石工集団である穴太衆(あのうしゅう)と、聖徳太子の生母である穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)との関連なども示唆されています。 |
フリーメイソンのメカニカルな宝物 | ||
![]() イギリス 19世紀末 SOLD |
![]() |
![]() |
フリーメイソンには王族クラスの身分の人たちも所属することで知られます。所属を公開している人もいれば、非公開の人もおり、全容は外界には知られざる存在です。 |
![]() |
紳士のクラブなので伝統的に男性のみの組織ですが、近代日本初の女子留学生と渡米した山川捨松(後の大山捨松公爵夫人)も、アメリカ上流階級のご令嬢が集う名門ヴァッサー大学でフィラレシアン協会に所属しました。 これはフリーメイソン研究会であり、ヴァッサー大学最大のソサエティーでした。 捨松はヴァッサー大学で初の白人以外の学生でしたが、4年生の時には会長にまで選任されています。 |
![]() |
ただ一人、日本人としての日本の詳細な知識を持っていた捨松は人気者で、どの科目でもトップクラスの成績を維持し、成績上位者にのみ与えられる『偉大な名誉(magna cum laude)』の称号を得て卒業しました。 当時、上流階級に限れば活発な文化交流があったことは間違いなく、その背後にコンパスと定規の秘密の存在もあった可能性は十分に考慮できます。 世界はつながっています。特に上流階級は、国や民族の境はありません。限られた人たちだけが知る、秘密の世界です。 |
2-3. 知られざる六角形と立方体
2-3-1. 六角形をデザインしたピケ
六角形は普遍のモチーフです。特に意味はなく、ただ美しいというだけで採用されることももちろんあります。実際の市場では、ピケはもっさりしたヴィクトリアン・デザインの雰囲気のデザインが多いのですが、市場黎明期から40年以上に渡るGenの厳選した宝物を見ると、六角形デザインのピケは一定数あります。 |
![]() イギリス 1860年頃 SOLD |
![]() イギリス 1860年頃 SOLD |
![]() イギリス 1860年頃 SOLD |
![]() シチリア 19世紀後期 SOLD |
![]() イギリス 1860年頃 SOLD |
![]() イギリス 1870年頃 SOLD |
これらは恐らく、デザインの美しさとしての『六角形』の表現です。 |
![]() イギリス 1870年頃 SOLD |
これは亀甲紋を知らないと、デザインの意図が分かりません。ここまで全面に亀甲紋がデザインされているのは、単なるヨーロッパのデザインとして見ると不自然なバランスです。 『亀甲紋』が主役のアングロジャパニーズ・スタイルのピケと言えます。 シルバーを一切使用せずゴールドのみの象嵌であることからも、特別なピケとして作られたことが分かります。 |
![]() イギリス 1870年頃 SOLD |
![]() |
今回の宝物と一番近いのは、11年前にご紹介したこのピケです。デザインと作りから同じ作者(もしくは工房)のものと推測します。 |
2-3-2. 特別な意図を感じる六角形
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
今回の宝物は亀甲紋などの幾何学模様も特殊ですが、特にピケ自体のフォルムが特殊であることがお分かりいただけるでしょう。六角形デザインのみを集めてなお、その特殊性が強いです。 時代背景も考慮すると、適当に作ってこのデザインにはなり得ません! |
2-3-3. 六角形の隠された意味
![]() |
正方形6枚で囲む立方体(正六面体)は、3次元の存在です。 本来は2次元で表現できないものですが、平面に無理やり落とし込むと6角形で表現できます。 『六角形=立方体(CUBE)』という暗黙の了解が、世界の上流階級に存在します。 ところで『ブラック・キューブ』という名称をお聞きになったことがあるでしょうか? |
アブラハムの宗教『ユダヤ教』
ユダヤ教のテフィリン | |
![]() |
![]() "Jerusalem(997009326115605171" ©Boris Carmi /Meitar Collection/ National Library of Israel / The Pritzker Family National Photography Collection/Adapted/CC BY 4.0 |
ユダヤ教徒はテフィリン(ヒラクティリー)と呼ばれる、黒い立方体(ブラック・キューブ)を額に着用します。トーラーの一部、3,188文字を記した羊皮紙が入っており、現代でも伝統は続いています。左の写真の通り、今回の宝物が制作された頃のユダヤ教徒の男性も着用しています。 |
![]() Phylactery(Tefillin)case Bruuklyn Museum open" ©Brooklyn Museum/Adapted/CC BY 3.0 |
![]() "A set of Tefillin" ©Black Stripe(14 May 2013)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
昔の方がしっかり作られているのはテフィリンも同じです。左は1885年のドイツ制作で、形状にフィットするシルバー・ケースも印象的です。 |
イギリスのロスチャイルド家 | ||
始祖 英国に移住(1798年) |
子 庶民院議員(国政進出1858年) |
孫 庶民院→貴族院議員(1885年) |
![]() |
![]() |
![]() |
イギリスの政財界に於けるロスチャイルド家やユダヤ人の台頭は以前、順を追ってご説明しました。19世紀後半のイギリスでは上流階級社会へのユダヤ教勢力の影響が強大化していました。ユダヤ教を信じる人がユダヤ人とされます。ユダヤ人を意識した政策も必須となっていきましたから、教養ある上流階級がテフィリンを知らないということはまずあり得ません。 |
アブラハムの宗教『イスラム教』
![]() |
イスラム教の最大の聖地であり、教徒が1日に5回、決まった時間に向かって拝むのがメッカのカアバ神殿のブラック・キューブです。昔からこのフォルムです。 |
![]() "Great Mosque of Mecca1" ©Saudipics.com(7 May 2019, 17:05:16)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
人間と比較すると、物凄い大きさですね。カアバ(Ka'ba/Ka'bah/Kabah)はアラビア語で立方体を意味します。アル=カアバ・アル=ムシャッラファやアル=カアバ・アル=ムアッザマとも呼称され、それぞれ「名誉の立方体」や「偉大な立方体」を意味します。 Kaaba(カアバ)はCUBE(キューブ)と同じ語源で、アナトリア半島のフリギアで信仰された女神クババ(Kubaba)に行き着きます。古代ギリシャでは女神キュベレー(Kybele/Cybele)の名で、「知恵の保護者」として信仰されました。 |
アブラハムの宗教『キリスト教』
アブラハムの宗教 | ||
ユダヤ教 | キリスト教 | イスラム教 |
紀元前1280年頃〜 モーセの十戒 ![]() |
1世紀〜 預言者ナザレのイエス ![]() |
610年〜 預言者ムハンマド ![]() |
アブラハムの宗教は派生して分岐した宗教であって、言語ごとに名称は異なっていても同じ神を崇拝します。 ユダヤ教→キリスト教→ユダヤ教 ここで疑問を感じた方もいらっしゃると思います。キリスト教の前後であるユダヤ教とイスラム教の両方にブラックキューブが見られるのに、キリスト教にはその痕跡がないのだろうかと・・。 |
![]() |
ガイドの線を引くだけで、途端に分かりやすくなります。 キリスト教のシンボルである十字架は、立方体(正六面体)の展開図です。これで『六角形=立方体(CUBE)=十字架』と理解できます。 |
2-3-4. 高位貴族だけの教養
聖書をまともに読んだことがない信者というのは、現代のどの宗教でも存在します。昔と違って自身で文字が読めても、分厚い上に文章の硬い聖典を真面目に通読しようと思う一般人はごく少数派かもしれません。 |
![]() 弟エドワード王子、11歳頃のジョージ王子(後のジョージ3世)(1749年頃) |
しかし、高位貴族は違います。物心つかない幼少期から教育は始まり、その範囲は多岐に渡ります。限定的で浅い知識を学ぶだけの日本の義務教育を100%マスターしたごときでは、残念ながら全く比較対象にはなりません。 1日に何時間も祈りに捧げたとされる英国王ジョージ3世は科学と物理学のほか、天文学、数学、フランス語、ラテン語、歴史、音楽、地理、商業、農業、憲法を学び、さらにダンス、フェンシング、乗馬などのスポーツや社交関連の教養も身につけました。 家庭教師フランシス・エイスコーは、後にブリストル大聖堂の首席司祭に就任した人物です。宗教に関する教育も、国家の頂点に立つ者に相応しい内容が施されています。 |
![]() |
続くジョージ4世も幼少期から毎朝7時には勉強を始め、さらに宗教行事や美徳に満ちた生活を徹底されました。 身につけたその教養と知性もあって、『イギリス1のジェントルマン』と称されるほどの人物となりました。 どの宗教でも意味を深く考えることなく、表面しか知らず信仰する一般信者が多いです。しかし、このような特定身分の人たちは、彼らのみに知ることが許された知識を与えられます。 当然ながら六角形の秘密も知っていますし、これは一般人でも一部は気づくことができる、初歩の初歩です。 |
![]() マソニックボール イギリス 1900-1930年頃 SOLD |
![]() |
イギリスでは英国王ジョージ2世の王太子フレデリック・ルイスがフリーメイソンに入会したのをきかっけに、英国王室の男性はフリーメイソンに加入するのが通常となっています。 |
ジョージ4世は王太子時代の1787年に加入し、イングランド・首位グランド・ロッジやスコットランド・グランド・ロッジのグランドマスターを歴任しています。英国王に即位後はイギリス・フリーメイソンの『大保護者』の地位に就いており、ジョージ4世の即位を以ってイギリス・フリーメイソンはイギリス社会の正統・本流的存在になったとされます。 立体を展開すると十字架が現れるという、このような英国紳士の宝物の存在も納得できるのではないでしょうか。ちなみに割合は少ないですが、球体でなく立方体(CUBE)タイプも存在します。 |
![]() |
![]() |
いかがでしょうか? ぜひ立体視にチャレンジしてみて下さい。シルバーのガイド線に沿って、六角形の内側にブラック・キューブが見えてきましたでしょうか♪ |
派生系が豊富なブラックキューブ | |
![]() |
![]() |
二次元(平面)で見た時の六角形、三次元(立体)で見た時の立方体、その展開図の十字架などもキューブですし、ユダヤ教のシンボルとされる六芒星にもキューブが隠されています。自発的に認識するのは困難で、先に知識として知らされていないと気づくのは難しいです。実は亀甲紋や籠目紋も全てつながりますが、収拾がつかなくなるので割愛します。 |
![]() アングロジャパニーズ・スタイル ピケ クロス・ペンダント イギリス 1870〜1880年頃 SOLD |
![]() |
左のクロスと今回の宝物が、実は同じものを示していたということも面白いですね♪ 左のクロスは神技の象嵌と共に、並々ならぬ漆黒へのこだわりが印象的でした。暗めのピケでも通常は少し茶色っぽく感じるのですが、これはジェット並に黒でした。 ブラック・キューブがモチーフと考えれば納得ですね♪ |
2-3-5. 現代でも重要な『シンボル』
![]() |
![]() |
ただ、土星の北極に記された六角形の渦は知っておいて良いと思います。 |
![]() ![]() 『HALO』 モダンスタイル 天然真珠 3連ピアス イギリス 1905年頃 ¥770,000-(税込10%) |
このピアスのカタログでも少し触れましたが、輪っかのある土星は特別な意味を持つ惑星です。 |
毎年注目されるエコノミストの表紙 | |
![]() 【引用】AMAZON.co.jp / The World Ahead 2024 (December 5,2023)©?Future Publishing |
![]() 【引用】AMAZON.co.jp / The Economist The World Ahead 2025 - Donald Trump Returns(18 November 2024) ©The Economist |
ロンドンの経済誌『エコノミスト』は、その年の動向を暗示した表紙として毎年注目されます。暗号として情報が詰め込まれているものの、然るべき知識を持たないと読み解くことはできません。全てを読み解けるのはほんの一握りですが、簡単な部分だけでも分かると面白いかもしれません。 2024年は瓢箪型の砂時計が中央の一番上にあります。これは時間神クロノスを象徴し、否定する人もいますが土星神クロノスと同一とされます。その下の投票箱らしきものがキューブなのも意味深ですね。 2025年の表紙はさらにあからさまで、そのまま土星が表現されています。中央の一番上に土星があるという意味を考えても面白いでしょう。 |
![]() |
最近はあからさまが増しており、右上の電球が1つだけ土星です。 現代でもシンボリズムは重要で、世界の上流階級の共通言語的に使用されます。 秘密のホットラインしか使わないわけでもなく、このように大衆の目に触れるパブリック・エリアで暗号通信がやりとりされることは日常です。 ぜひ、少し意識してみてください。 |
![]() イギリス 1870年頃 SOLD |
![]() |
この2つは似て非なるものです。内側の黒い六角形に注目すると、今回の宝物は中心の星ギリギリまでシルバーのガイド線が伸びています。 |
![]() |
![]() |
立体視するために、適切なガイド線は重要です。ないとキューブとして認識するのは難しくなります。 |
3. 高級品ならではの高度な象嵌細工
3-1. 高度な彫金と象嵌細工
3-1-1. 精緻な亀甲紋の透かし細工の象嵌
![]() |
![]() |
![]() |
亀甲紋の透かし細工は、形を保持できる厚みと硬さがあるゴールドの板で作られています。実物は細いのでカットにも高度な技術が必要ですし、これだけ繊細な透かし細工にすると、撚れずに象嵌するのも大変です。 |
![]() |
同じ亀甲紋の透かし細工を部分的にカットし、6つの円形パーツの外周に装飾しているのも面白いです。蒸気と高圧で鼈甲を柔らかくした状態に時に一気に作業する必要がありますが、このような幾何学模様は少しでもズレがあると目立ちます。 |
![]() |
側面の亀甲紋もしっかり水平が取れているからこそ違和感がありませんし、正面の幾何学の象嵌も正確に配置されています。 美しさに没入できるのは、正確な仕事があってこそです♪ |
3-1-2. ハンドメイドの良さを感じる点線の彫金
ゴールドの輪や、側面の台形の象嵌には細かい点線が施されています。これがないとゴールドの輝きばかりが変に目立つようになり、途端に安っぽくなります。 |
![]() |
![]() |
![]() |
1mmに満たない間隔で打たれた点線は、ハンドメイドらしいランダムさを感じます。過去にご紹介した他の高級品も確認しましたが、不思議なことにどれもこのランダムネスがあり、明らかに意図したものです。 |
![]() |
機械などによる意識のない偏りと異なり、ハンドメイドの場合、偏りながらも全体でバランスが取れるよう、職人の美的感覚によって辻褄合わせがなされます。 それが調和した美しさを創ります。 正確無比に点を打つ美しさとは異なり、揺らぎに基づく心地よい美しさが宿ります。心や美的感覚を含めた感覚が同調できるという意味で、このランダムネスには価値があります。 |
![]() |
|
拡大するとランダムさが目立ちますが、肉眼で実物を見る場合は意識できない程度のものです。無意識に働きかけるからこそ意味があります。 その意図が分からぬまま、ただ点を打ってさえいれば良いと解釈した安物も多々あります。それらは点が大きく、間隔も広いので肉眼でも粗さを感じるレベルです。 頭デッカチでスペック的に見る人には、理解できない違いです。 |
||
![]() |
3-1-3. 深さを使い分けたシルバーの彫金
金銀象嵌は完璧に埋め込まれているため、金箔のように薄いと想像される方もいらっしゃるかもしれませんが、実際は一定の厚みがあります。ハイクラスのアンティークジュエリーの見どころの1つが彫金です。一言で彫金と言っても、表現方法は様々です。 |
![]() |
![]() |
![]() |
シルバーの彫金にご注目いただくと、フォルムを変えるような深い彫りと、質感を生み出すための浅い彫りの両方が駆使されていると解ります。これはシルバーに十分な厚みがあるからこそ可能です。 |
![]() |
![]() |
![]() |
彫金は光の角度で豊かに表情を変化させます。目立つ瞬間もあれば、途端い気配を消すこともあり、これは実物の方が美しく感じる理由の1つです。 |
![]() 132万円(2023.5現在) 【引用】べっ甲の菊池 / 江戸べっ甲 ©InformationTotal System Co., Ltd. |
![]() |
日本でも全盛期は彫金細工を組み合わせたアーティスティックな鼈甲が作られていましたが、ワシントン条約で1994年に新しい材料が新規に入手できなくなってからは、時間をかけて窒息死を待つだけの状況となっています。 |
![]() |
イギリスではとうにピケ産業は失われました。 上質な鼈甲だけでなく、アンティークならではの高度な彫金も楽しめるという意味で、このようなアンティークのハイクラスのピケは本当に魅力があります! |
3-2. シルバーの太陽十字が魅せる万華鏡のような世界
![]() |
眺めていると、万華鏡や曼荼羅の世界に惹き込まれるような魅力があります。 ここからは余談のようなものです。 |
![]() |
![]() |
今回の宝物では、中央の星が指し示されています。八方へ輝く星は持ち主にとって重要な意味を持ち、天の不動の中心、北極星(天帝)を示すとみられます。丸に十が描かれたシルバーの円は、太陽十字で太陽のシンボルであると共に、地球の惑星記号でもあります。 |
![]() |
惑星記号は古代ギリシャでも使われていましたが、現代の形になったのはルネサンス期です。 ギリシャ神話の神々と関連していますし、古代の人々は高度な天文学の知識がありました。 惑星記号も適当に設定することはあり得ず、深い意味があります。気になる方はぜひ調べてみてください。 |
![]() 【引用】Youtube / 火の鳥 ©手塚プロダクション公式チャンネル |
ところでこれは2004年に制作されたアニメ『火の鳥』のオープニングの一部です。リンクを貼っているので、気になる方は動画をご覧ください。3分10秒の動画ですが、分かっている人が制作しており、かなり要素が詰め込まれています。 銀河の渦巻く中心に火の鳥が飛び込むのですが、その渦は円ではなく六角形にも見えます。 |
![]() 【引用】Youtube / 火の鳥 ©手塚プロダクション公式チャンネル |
飛び込んで降りたその先には、盧舎那仏がいます。飛び込んできた渦を見上げると、曼荼羅のような模様が描かれています。 |
![]() |
これはフランスの地理学者チュノ・デュヴォテネがパリで発表した、古代インドの宇宙観です。世界を支える宇宙亀(The cosmic tortoise)は印象的です。 |
![]() |
知的階層には有名な図なので、1870年頃の今回の宝物の持ち主も知っていた可能性が高いです。 |
ちなみにインド神話での天地創造『乳海攪拌』では、最高神ビシュヌが宇宙亀クールマに化身し、海に沈まぬようその背に大マンダラ山を乗せて支えます。今回の宝物は、まさにそのままの図像ですね。 |
![]() |
これはヒンドゥー教の最高神ブラフマーです。ブラフマー、ビシュヌ、シヴァは三神一体のトリムルティとされ、それぞれ創造・維持・破壊を象徴します。 同じ神の各側面なので、どれも最高神の位置付けです。様々な姿をする上に、化身したそれぞれに名前があったりするのでややこしく感じるかもしれません。 ブラフマーも表現は多種多様ですが、座した台が六角形なのは、宇宙亀を象徴と見ることができます。六角形は極めて重要、かつ奥深いシンボルなのです。 |
![]() |
![]() |
数々の重いテーマを詰め込んだことで有名な『火の鳥』望郷編では、惑星エデン17を見守る太陽に土星を彷彿とさせる輪があるのも意味があります。土星の北極の六角形の渦は2006年にボイジャー1号が発見したことになっていますが、カリレオ以降に望遠鏡で"惑星が発見される"以前、古代から惑星の存在は知られ、天文学や占星術に当たり前のように用いられてきたのは知る人ぞ知る事実です。これは日本も含みます。 |
![]() |
勘が良い方は、何かがつながったでしょうか。 特別な身分だけが知り得る、秘密の知識と教養が詰め込まれているのもアンティークのハイジュエリーの醍醐味ですが、この宝物は特に濃厚です。 単なるコレクターやピケ好きではなく、知的なものが好きな方にお勧めしたい極上のピケです♪ |
裏側
![]() |
天然樹脂であるピケは、割金を駆使したゴールドや宝石と比較するとどうしても耐久性が低く、コンディションが良好なものは現代では絶望的に少ないです。 それにも関わらず、150年ほどは経過していると思えぬほどコンディションが良いです。 良いものほど大切にされ、いま作ったかのようなコンディションを保っているものです。それを象徴するような宝物です♪ |
着用イメージ
![]() |
![]() |
軽やかな海の素材なので、夏のコーディネートにお使いいただいても楽しそうです。着用位置だけでなく、六角形のデザインは角度によってもガラリと印象が変わるのが魅力的です。ちなみにそれぞれ、シルバーのガイド線の象嵌が強く輝いています。角度によっては黄金の亀甲紋も強く輝き、とても華やかさがあるピケです♪ |
![]() |
![]() |
![]() |
黒に黒を重ねるコーディネートもオシャレです。ピケの黒い照り艶が印象的で、金銀象嵌細工の模様の輝きも美しいので、お召し物に完全に同化することなく存在感を放ちます。手元で眺めて宇宙の真理を探求してみるのも楽しいですし、コーディネートの幅も広い魅力的な宝物です♪ |