No.00311 スコットランドの騎士 |
『スコットランドの騎士』 |
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極めて限られた数の王侯貴族だけが授与されるスコットランド最高位の騎士団勲章、シッスル勲章の特別オーダーの夜会用のミニチュア・ブローチ(替章)です。間違いなく特別な勲功がある高位の身分の人の持ち物で、当時のトップクラスの職人による細部に至るまでの見事な作りは、ため息が出るほど美しいです。勲章という特別なものであるが故に、ある程度持ち主を絞り込むことができるのも面白さの1つです。時代を超越したデザインなので、現代の様々なコーディネートにもにも合わせやすく、ジュエリーとしても強い魅力のある宝物です。 |
この宝物のポイント
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1. 王室から授与される勲章のジュエリー
1-1. 勲章とは
『勲章』が何らかの功績があった人物に授与されるものとは知っていても、具体的にどのようなものかご存知の方は少ないのではないでしょうか。 |
戦闘服および僧服の制服を着たテンプル騎士団(記1119年設立) | 勲章の起源は中世ヨーロパ騎士団の制度にあるとされています。 故に元々軍事的な功績により、軍人に授与されるためのものだった場合が多いです。 |
1-2. 勲章の構成
1-2-1. 西欧を参考にした日本の勲章
『大日本帝國勲章鏡』(中澤年章作 1895/明治28年) |
日本にも様々な勲章がありますが、本格的に勲章制度を定めたのは明治時代です。西欧諸国に倣って定めたもので、勲章も西欧のアイテムやデザインを参考に作られています。 |
連合艦隊旗艦『三笠』の艦橋で指揮を執る東郷平八郎(1905年) |
外国よりイメージしやすい、日本人の勲章について少し見てみましょう。但し、戦前のアンティークの時代についてです。まずは東郷平八郎です。ご存知の方も多いと思いますが、最終階級は元帥海軍大将で爵位は侯爵、東洋のネルソンとも呼ばれた、幕末から昭和初期にかけての武士(薩摩藩士)および海軍軍人です。 |
元帥伯爵 東郷平八郎(1848-1934年)※死の前日に侯爵位を授与 | 重そう・・。 東郷は海外を含めて、多数の勲章を持っています。 この写真だと、首にかけているのが大勲位菊花章頸飾です。 |
全級の金鵄勲章(1880-1890年代) |
金鵄勲章はかつて制定されていた日本の勲章の1つで、日本唯一の武人勲章です。これは全級の金鵄勲章ですが、略綬は大正10(1921)年以前の制式で、功四級の綬も綵花が付されない旧式のものです。功一級乃至二級金鵄勲章には副章が付きます。功一級の副章は功二級と、功二級の副章は功三級金鵄勲章と同じものです。正章に加えて副章があったり、時代によって制式が違ったり、その手のミリタリー・マニアなら楽しいかもしれませんが、一般人にはかなりややこしいです。 |
公爵 山縣有朋(1838-1922年) | 東郷より10歳年上で階級は元帥陸軍大将、爵位は公爵、内閣総理大臣なども歴任した山縣有朋もたくさん勲章を持っています。 これは陸軍正装に功一級(大綬および副章)を佩用した姿です。 たくさん有り過ぎてゴチャゴチャしています。 着け方が決まっているので、これ以上もらうと困ったことになりそうです。 |
男爵 伊集院五郎(1852-1921年) | いや、もはや重なっても気にしないという手がありました!(笑) 副章を着けた箇所は、軍服の布地が見えないくらい勲章が重なっています。 威力が強くない銃弾なら跳ね返せそうな、ちょっとした鎧のようになっています(笑) これは元帥海軍大将で、男爵の伊集院五郎です。 1つの国でも、このように様々な勲章があります。 |
西園寺公望に授与された大勲位菊花章頸飾(日本 1928/昭和3年)国立公文書館 "Collar of the Supreme Order of the Chrysanthemum 004" ©Awalin(2 July 2016, 15:58:55)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
日本の勲章の中で、制定時の1888(明治21)年から今日に至るまで最高位に位置する大勲位菊花章頸飾です。日本の勲章では唯一頸飾の形状をとります。唯一、全ての構成部品が22Kゴールド製になっており、純銀製の副章と合わせると491.5gもある、重くて高価なものとなっています。 |
西園寺公望(1849-1940年) | デザイン的にも、正装以外には着けられない代物ですね。 極めて高価なものなので、天皇・皇族および外国人受章者以外で生前に頸飾を授与された者は、1888年から2020年現在までの132年間でたった7名しかいません。 |
大勲位菊花大綬章 正章(上)、副章(右下)、略綬(左下) "Grand Cordon of the Supreme Order of the Chrysanthemum" ©内閣府(1 July 2011)/Adapted/CC BY 4.0 | 現代で運用されているものを見てみましょう。 大勲位菊花章頸飾の次が、大勲位菊花大綬章です。 正章、副章、略綬が存在します。 このように、複数アイテムがあること自体、一般的にはあまり知られていないのではないでしょうか。 |
瑞宝重光章 正章(左)、副章(右)、略綬(中) "The Order of the Sacred Treasure, Gold and Silver Star" ©内閣府(1 July 2011)/Adapted/CC BY 4.0 |
瑞宝単光章 正章(右)、略綬(左) "The Order of the Sacred Treasure, Silver Rays" ©内閣府(1 July 2011)/Adapted/CC BY 4.0 |
副章はないものもあります。 |
宝冠大綬章 正章(上)、副章(右下)、略綬(左下) "Grand Cordon of the Order of the Precious Crown" ©内閣府(1 July 2011)/Adapted/CC BY 4.0 |
これは女性のみが授与対象となる宝冠大綬章です。 他は正章と副章は類似デザインが多かったですが、これは個別に見ると同じ勲章とは思わないくらいデザインが異なっています。 とりあえず、高位の勲章はアイテム数が多いです。 |
1-2-2. バイエルン王国の高位の勲章
マックスヨーゼフ軍事勲章大十字章 "Grootkruis Militaire Max Joseph Orde" ©Robert Prummel at Dutch Wikipedia(14 November 2006)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | マックスヨーゼフ軍事勲章大十字架の実物 "MMJO Stern" ©Stoakauz(14 November 2008)/Adapted/CC BY 3.0 |
これはバイエルン公国を起源とし、1806年に成立し、ドイツ革命によって君主制が廃止される1918年まで存在したバイエルン王国の勲章、マックスヨーゼフ勲章大十字章です。軍事功労章で、大十字章はマックスヨーゼフ勲章の最高位です。 マックスヨーゼフ勲章は大十字、司令官十字、騎士十字の3階級があり、第一次世界大戦では他の領邦の将校にも授与され、自国民が受章した場合は一代貴族の権利と年金が与えられました。貴族相当しかもらえない勲章と言え、その中でも最高位に位置する大十字章は高位の貴族相当とみなすことができるでしょう。 |
1-2-3. アメリカの高位の勲章
大統領自由勲章 正章(中央)、略綬:制服用(上)とボタンホール用(右)、夜会用の替章(左) |
これは議会名誉黄金勲章と並び、文民に贈られる最高位のアメリカ合衆国の勲章です。第二次世界大戦中の1945年に、第33代大統領ハリー・S・トルーマンによって制定されました。略綬とは別に、夜会用のミニチュアの替章があるのが特徴的ですね。 |
1-2-4. 中華民国(台湾)の高位の勲章
采玉大勲章 | これは中華民国(台湾)の最高位の勲章、采玉大勲章です。 国家元首および友好国の元首に贈られる、国のトップ・クラスの勲章です。 1933年に制定されました。 これも正章、副章、略章とは別にミニサイズの替章がありますね。 日本はパートナー同伴が必須の格調高い夜会は一般的ではなく、欲しい場合は受章者が自費で購入しますが、海外だと替章もセットで授与されたりするそうです。 |
1-3. 勲章の関連アイテムの魅力
上位の貴族クラスが授章対象となる、高位の勲章は様々なアイテムがあります。 ヨーロッパの上流階級らしく、TPOに合わせて着用にも様々なバリエーションがあります。 |
1-3-1. 上流階級だけのガーター勲章
ガーター勲章 ガーター(右下)、頸飾(左)、星章(右上)、大綬章(右中:これにブルーの大綬が付く) |
おそらく庶民の目に触れるのが最も多いと考えられる勲章は、イングランドの最高勲章であるガーター勲章です。 |
クレシーの戦いで死者数を数えるエドワード3世(在位:1327-1377年) | イングランド王エドワード3世によって、1348年に創始された勲章です。 この時代の王様は聴き慣れない方が多いと思いますが、エドワード3世は初めてイングランドで公爵位を授与されたエドワード黒太子の父です。 |
グレートブリテン及び北アイルランド連合王国の勲章 | ||
全ての勲章・記章の中で最高位 | 2位 | 3位(騎士団勲章では最高位) |
ヴィクトリア十字章 | ジョージ・クロス | ガーター勲章 |
創設:1856年 | 創設:1940年 | 創設:1348年 |
受章者数:計1,355名(164年間、2020年現在) | 受章者数:計408名(80年間、2020年現在) | 受章者数:計1,024名(672年間、臣民の勲爵士は常時24人まで) |
"Victoria Cross 2" ©Arghya1999(13 June 2019)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | "The George Cross MOD 45147518" ©Photo: MoD/MOD(1 January 1970)/Adapted/OGL v1.0 | コノート=ストラサーン公爵アーサー王子(ヴィクトリア女王の第7子)のガーター勲章の星章(RS&ガラード社 1860-1867年) 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
ガーター勲章はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の全ての勲章・記章の中では、序列3位です。上位にヴィクトリア十字章、ジョージ・クロスがあります。最高位のヴィクトリア十字章は軍人に授与される戦功章、次のジョージ・クロスは人命救助等に於ける極めて勇敢な行為に対して与えられる章で、1940年に創設された新しい勲章です。 創設年代からも想像できる通り、ヴィクトリア十字章は帝国主義による植民地拡大、ジョージ・クロスは第二次世界大戦のためという目的が強く感じられます。頑張って欲しいからこそ、敢えてガーター勲章の上位に設定した感じがプンプン臭ってきます。ガーター勲章は王族を含む高位の爵位貴族や高い実績のある爵位貴族、海外の皇帝や国王のみが対象で、しかも臣民の勲爵士は24名までという定員もある、極めて高位の勲章です。勲章の作りを見てもあからさまですよね。 |
クリミア戦争におけるセヴァストポリ攻囲戦(1854-1855年) | ヴィクトリア十字章はクリミア戦争で戦功をあげた軍人に対して、初めて授与されました。 初期のヴィクトリア十字章は、全てセヴァストポリ攻囲戦に於いてロシア帝国陸軍から捕獲した中国製の青銅砲から鋳造されています。 |
ヴィクトリア十字章の略綬 | 略綬も簡素です。 |
ヴィクトリア十字章2回受章を示す略綬 |
ガーター騎士団創設者イングランド王エドワード3世(1312-1377年) | ガーター騎士団の創設には複数の説がありますが、有力視されているのは1348年にイングランド王エドワード3世が、自身と長男エドワード黒太子および24人の騎士によって騎士団を編成し、ウィンザー城に召集した出来事を設立とみなす説です。 |
1-3-2. ガーター勲章の着用のバリエーション
ガーター騎士団正装用のマントと羽飾り帽子 "KG Mantle" ©Nicholas Jackson(7 March 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ガーター勲章:ガーター(右下)、頸飾(左)、星章(右上)、大綬章(右中:これにブルーの大綬が付く) |
ガーター騎士団の正装用にビロードのマント(ガーター・ローブ)と羽飾り帽子、真紅のフードがあります。 これらを着用の上でガーター、頸飾、星章を佩用するのが騎士団の正装です。 大綬章は正装時には付けないのが慣習です。 |
ウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂に集うガーター騎士団 "Knights Companion of the Garter" ©Philup Allfrey(19 June 2006)/Adapted/CC BY-SA 2.5 |
ガーター騎士団が正装するのはガーター・セレモニーや戴冠式など、限られた場合のみです。 |
ガーター騎士団メンバー | |
エディンバラ公爵フィリップ王配(1921-2021年)2012年、91歳 "HM The Queen and Prince Philip" ©Cafax2(16 June 2012)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
陸軍元帥イング男爵ピーター・アンソニー・イング(1935年-)2007年、72歳 "Field Marshal Sir Peter Inge KG, GCB" ©Richard Harvey(22 September 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
燕尾服など、通常の正装時は大綬章と星章とガーターを佩用するのが一般的ですが、状況や個人によっても異なります。左のフィリップ王配は軍服に大綬、星章、頸飾を佩用しています。右のイング男爵は大綬と星章を佩用しています。 |
ヴィクトリア女王(1819-1901年)1845年、26歳頃 | エリザベス女王(1926-2022年)1959年、33歳頃 "Queen Elizabeth II 1959" ©Unknown / Library and Archives Canada, DrKay(1959)/Adapted/CC BY 2.0 |
女性の場合も様々です。左のヴィクトリア女王は大綬をかけ、胸元に星章、左腕にガーターを佩用しています。右のエリザベス女王は大綬をかけ、胸元に星章を佩用しています。暗黙の何となくのルールはあるでしょうけれど、厳格に明文化されたルールはなく、個人にお任せということでしょう。ルールに従うだけの庶民階級だと困りそうですが、ルールを作る側の王侯貴族階級ならば一番フィットしそうな運用法ですね。 |
1-3-3. 夜会用のミニチュアの替章
エディンバラ公爵フィリップ王配(1921-2021年) | 一言で夜会と言っても格の違いが存在し、TPOに従った装いをしなければなりません。 左は2007年にホワイトハウスで開催された、ブッシュ大統領夫妻がエリザベス女王夫妻を迎えての公式晩餐会用のフィリップ王配の装いです。 ホワイトタイと呼ばれる、最上級の礼服がドレスコードとなります。男性は白い蝶ネクタイを用いる燕尾服、女性はイブニングドレスで臨みます。 ホワイトタイでは大綬章と星章をフルサイズで着用し、小綬章はミニチュアメダルを付けます(数が少ない場合は正章も可)。 |
エリザベス女王のダイヤモンド・ジュビリーのガラ・ディナーに参加するためにブラックタイを着用したカナダの作家・歴史家クリストファー・マクリーリー(1975年-)2012年 "Chiristopher McCreert 2012" ©Joezasada(9 June 2012)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | ホワイトタイより略式とされる、タキシード着用のブラックタイでは原則としてミニチュアメダルのみとされています。 ホワイトタイよりカジュアルとは言え、現代の庶民にとってはタキシードが実質的な正礼装の様に使われる場合も多く、女性はイブニングドレスやカクテルドレスを着用する非常に格式の高い場となります。 |
『財宝の守り神』 約2ctのダイヤモンド ブローチ フランス 1870年頃 SOLD |
『摩天楼』 アールデコ ロッククリスタル&ダイヤモンド ブローチ イギリス 1930年頃 SOLD |
女性が煌びやかなジュエリーを身に着ける場で、男性がチャチな装飾品を付けるわけにはいきません。 |
イギリスの騎士団章 バス勲章ナイト・グランド・クロス | |
イギリス空軍大将リチャード・ジョーンズ卿(1939年-)2006年、67歳頃 "Sir Richard Johns" ©Philip Allfrey(19 June 2006)/Adapted/CC BY-SA 2.5 |
イギリスの騎士団章の最高位はイングランドのガーター勲章、次がスコットランド最高勲章のシッスル勲章、アイルランド最高勲章の聖パトリック勲章と続きます。 但し、聖パトリック勲章は廃止こそされていないものの、現在は休止中となっています。 次に続く騎士団章がバス勲章で、3等級が存在します。 空軍大将のリチャード・ジョーンズ卿が、軍人用で最上位となるナイト・グランド・クロスを佩用しています。 大綬章と星章がナイト・グランド・クロスですが、大きくて目立ちますね。 |
イギリス海軍元帥ジョージ・カラハン卿(1852-1920年)1914年、61歳 | 【参考】一番左:軍人用のナイト・グランド・クロスの替章 |
一方でミニチュアの替章は小さいですが、夜会で佩用してチャチに見えぬよう、高位の勲章であるナイト・グランド・クロスのクラスになると代替品と言えども非常に丁寧に作られていることがお分かりいただけると思います。 |
コノート=ストラサーン公爵アーサー王子(ヴィクトリア女王の第7子)のガーター勲章の星章(RS&ガラード社 1860-1867年) 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
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これは大英帝国最盛期、パクス・ブリタニカの時代に王族のために制作されたガーター勲章の星章です。 8.1×7.8cmの大きさがあり、王族のために作られた当時の最高勲章と言えども宝石は使用されていません。 素材はシルバー、ゴールド、エナメルになります。 |
【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
遠目からダイヤモンドのように光り輝いて見えるようシルバーが造形されていますが、あくまでもシルバーです。そうは言っても、さすが王室御用達ガラード社によって作られた1860年代のアンティークなので、しっかり出来ていますね。ジュエリーとして見ると、日本人には大き過ぎて魅力が感じられませんが・・。 |
市場にある殆どのミニチュア勲章は、アンティークジュエリーとしての価値はありません。せいぜいアクセサリーと言った所でしょうか。稀少性がありながらもある程度の数があり、世の中的には知られており、頑張って探せばある程度の価格で手に入る。まさに、ただ集めてコンプリートすることだけに喜びを感じる、コレクター向きアイテムです。 |
1870年頃 | 現代 |
プチ勲章(替章) SOLD |
フランスの最高勲章レジオンドヌール勲章オフィシエの正章 |
同じようなデザインでもジュエリー同様、現代とアンティークでは全く異なります。現代は宝石が使われていませんし、全体の作りもチャチで、ハイジュエリーとしての魅力は皆無です。左の替章は当時どのクラスの勲章だったのか調べきれていないのですが、ローズカット・ダイヤモンドがあしらわれたジュエリーレベルのものです。 |
1870年頃 | 現代 |
プチ勲章(替章) SOLD |
フランスの最高勲章レジオンドヌール勲章シュバリエの正章 "Croix de la legion d honneur Recto" ©Histoiregendarmerie(10 May 2011, 17:22:09)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
左の勲章は、さらにたくさんのダイヤモンドがあしらわれています。上流階級や勲章を授与されるような優秀な人物たちが集う夜会で、貴婦人らのハイジュエリーに劣らぬ煌びやかな輝きを放ったことでしょう。着用者は受勲に値するその素晴らしい功績と共に、華々しく称賛されたに違いありません。 現代のものは類似デザインでも、素材も作りも本当にチャチで安っぽいですね。まあ、女性用のハイジュエリーも非常にチャチなので、レベル的には揃っていてちょうど良いのかもしれません。 |
1870年のフランスの勲章 | ||
【参考】プチ勲章(替章) |
プチ勲章(替章) デマントイド・ガーネット、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、ローズカット・ダイヤモンド、18ctゴールド、シルバー、エナメル SOLD |
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ちなみに最高ランクの替章として作られたとみられる、1870年の右の勲章は、当時市場に現れたばかりで注目の高級宝石だったデマントイドガーネットが贅沢に使用されています。ダイヤモンドもローズカットのみならずオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドまで使われています。同年に制作された左のプチ勲章と比較しても、ジュエリーとしてのレベルがまるで違います。アンティークジュエリーの技術が存在した時代は、ハイジュエリーとして見ても優れた勲章が存在するのですね。 |
1-3-4. 特別オーダーでハンドメイドされる高位の勲章
ドイツ十字章金章の戦闘服用布製略章(ドイツ 1941-1945年) "DeutschesKreuzinGoldStoff" ©Viborg(13 February 2006)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 1つの勲章でも替章を含め、様々な形態が存在します。 戦闘時に付けるための、布製の略章なども作られています。 これはナチス・ドイツで制定されたドイツ十字章金章の略章ですが、量産といえども手刺繍で丁寧に作られていますね。 こういうものですら、現代のマシンメイドによる量産品とはまるで違います。 |
ドイツ十字章(上:戦中版、下:戦後版) 左:銀章、中:金章、右:ダイヤモンド章 "DK Ubersicht" ©PimboliDD(14 August 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
これが先ほどの布製の略章の正章です。ナチス・ドイツによるドイツ十字章は、1941年から敗戦までの間に約2万5,000個が授与されています。ダイヤモンド章は小さいながらもダイヤモンドが鏤められており、随分豪華で太っ腹だと思ったのですが、ダイヤモンド章については実際に制定・授与されることはなかったそうです。 |
ガーター騎士団正装用のマントと羽飾り帽子 "KG Mantle" ©Nicholas Jackson(7 March 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | ガーター騎士団正装用のマントと羽飾り帽子 "KG badge" ©Nicholas Jackson(7 March 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ガーター騎士団の正装で着用されるガーター・ローブにも、布の替章が付けられます。大きくて気合の入った刺繍ですね。 |
ガーター騎士団長(2012.10.17〜) 第5代アバコーン公爵 |
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奥:第5代アバコーン公爵 "sir Antony Ackand" ©Philip Allfrey(19 June 2006)/Adapted/CC BY-SA 2.5 |
第5代アバコーン公爵 ジェイムズ・ハミルトン(1934年-) "The 5th Duke of Abercorn Allan Warren" ©Allan warren(1990)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
現在(2020.10.18時点)のガーター騎士団の団長は第5代アバコーン公爵ジェイムズ・ハミルトンです。24名までの勲爵士が臣民から選ばれますが、王族や外国君主への授与は別枠となっています。 |
イギリス国王エドワード7世からガーター勲章を叙勲するノルウェー国王ホーコン7世 (ウィンザー城 1906年) |
このように、主権者である英国君主から授与されます。 |
エリザベス女王(1926-2022年)1959年、33歳頃 "Queen Elizabeth II 1959" ©Unknown / Library and Archives Canada, DrKay(1959)/Adapted/CC BY 2.0 |
陸軍元帥イング男爵ピーター・アンソニー・イング(1935年-)2007年、72歳 "Field Marshal Sir Peter Inge KG, GCB" ©Richard Harvey(22 September 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ちなみに主権者である英国君主、エリザベス女王の星章は特別製です。臣民のガーター勲章とは輝き方が異なることにお気づきいただけましたでしょうか。 |
ガーター勲章の星章 |
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特別製 | ノーマル |
制作年代:RS&ガラード社 1860-1867年 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
制作年代:1923年 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
実はエリザベス女王が佩用しているのは、ダイヤモンドが鏤められた星章です。1923年に、ウェディング・ギフトとしてジョージ6世に贈られたものです。1947年にエリザベス王女(現:エリザベス2世)がガーター騎士団に叙任される際、父王ジョージ6世から授けられました。まさに君主クラスの星章と言うわけです。 一方、右の星章も庶民が使う安物として作られたというわけではなく、ヴィクトリア女王の第7子となるコノート=ストラサーン公爵アーサー王子のために作られたガラード社製のものです。24人の臣民の騎士団、および英国王族と他国君主はこちらのタイプになります。 |
ガーター勲章のレプリカ |
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【参考】現代 | 【参考】現代 |
ダイヤモンドでレプリカを作ろうとするのはお金がかかる上に、真贋がすぐにバレるので見ませんが、シルバー製のノーマルなガーター勲章ならば、その気になれば一般人では分からないくらいの物が作れそうです。 実際、日本で昭和51(1976)年に銀座のある百貨店で"ガーター勲章の真正品"なるものが売り出されて騒ぎになったことがあります(※)。 ※出典:朝日新聞1976年1月1日、総理府(1976年)p.99 |
全国初 歩行者天国始まる(銀座通り 1970年、昭和45年8月2日)【引用】東京都WEB写真館HP | この時期は日本が高度経済成長を経験し、中産階級の購買力と消費意欲が非常に高まった時代でした。 客寄せパンダとして、権威ある英国王室のガーター勲章が使われたのでしょうけれど、真贋関係なくそういうものを販売しようとした百貨店根性に失笑してしまいます。 日本の百貨店は、庶民による庶民のための庶民の総合店なので、個別の商品に関する真の専門家なんていませんし、手法は関係なくとにかく儲かれば良いというスタンスなのでロイヤル・ブランドも平気で利用しちゃうわけです。侮辱も甚だしいですよね。 結局、真贋が一般公表されているのかは不明です。 |
ガーター勲章のイラスト(1884年) | 実際の所、王室による調査でも相当難航したことが予測できます。 ガーター勲章は1348年に創設された、長い歴史のある勲章です。 当時からの、関連する全ての記録が残っていることはあり得ないでしょう。 現代のモノづくりでは、細かく決められた仕様書の通りに正確に作るのが当たり前とされていますが、アンティークの時代はざっくりとしたデザインやサイズ以外は、信頼する職人の技術とセンスに任せていたと考えられます。 |
ガーター勲章のノーマルな星章 |
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制作年代不明、タリン勲章博物館(エストニア) "Order of the Garter star (United Kingdom) - Tallinn Museum of Orders" ©Borodun(18 February 2017, 17:54:08)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
R.ブリッジ&ランデル社 1811-1818年【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | R.ブリッジ&ランデル社 1820-1830年【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
RS&ガラード社 1860-1867年【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | ウィリアム・コミンズ 1867年【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | 故に本物であっても、デザインや作りにはかなり違いがあります。 制作年代のみならず、作った職人やオーダーした当時の君主によっても違いは発生したでしょう。 |
ジョージアンのガーター勲章の星章(1810年代〜1820年代頃) |
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持ち主:ケンブリッジ公爵アドルファス王子(国王ジョージ3世の七男) | かつてイギリス国王ウィリアム4世が所有し、女王エリザベス2世が1926年にマンスター伯爵コレクションから購入したもの |
R.ブリッジ&ランデル社 1811-1818年 サイズ:12.9×10.6cm【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
R.ブリッジ&ランデル社 1820-1830年 サイズ:8.6×8.0cm 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
この2つは19世紀初期のジョージアンに作られた星章です。どちらもR.ブリッジ&ランデル社で作られたものですが、オーダーした国王が違うからなのか、制作した職人が異なるからなのか、それとも時代によって"カッコいいデザイン"が異なるからなのか、パッと見ると同じでも細部はかなり違いますよね。 |
ヴィクトリアンのガーター勲章の星章(1860年代) |
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持ち主:コノート=ストラサーン公爵アーサー王子(女王ヴィクトリアの三男) | 持ち主:ロシア皇帝アレクサンドル2世 |
RS&ガラード社 1860-1867年 サイズ:8.1×7.8cm 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
ウィリアム・コミンズ 1867年 サイズ:9.2×8.3cm 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
これらはヴィクトリア女王が1860年代にオーダーしたものですが、メーカーが異なっており、細かい部分はかなり違います。素材は同じですが、星の縦横比も尖り具合も違います。レッド・ギロッシュエナメルの下地のゴールドの彫金も模様が異なります。どちらが好きかは、好みでしょうか。 原則として定員があり、勲爵士の人数が極めて限られるガーター勲章は、毎年必ず制作されるものではありません。王族クラスや、傑出した功績のある著名な人物に授与される勲章を作成することはメーカーにとっても名誉なことです。国内外の上流階級を始め、たくさんの人の目に触れるものとなるため、担当する職人はそれこそ自身のプライドをかけて懸命に制作したことでしょう。センスの良さ、技術の高さを見せるチャンスでもあります。だからこれだけ細部にまで、こだわりと違いが出るということなのでしょう。職人同士が自由裁量によって切磋琢磨できる、モノづくりにとっては最も進化が期待できる、良い環境です。 |
ガーター勲章の特別な星章 |
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オーダー主:不明 制作年代:不明 レジオン・ドヌール騎士勲章博物館 |
オーダー主:不明 制作年代:不明 "HosenbandordenBruststern" ©Hajotthu(16:31, 14. Apr. 2010)/Adapted/CC BY-SA 3.0 DE |
オーダー主:不明 制作年代:不明 カレンベルグ城 |
オーダー主:女王アン? 制作年代:18世紀後半(1858年にリメイク) 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
オーダー主:国王ジョージ3世/ジョージ4世? 制作年代:R. ブリッジ&ランデル社 1820年頃)【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
オーダー主:不明 制作年代:不明【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
オーダー主:不明 制作年代:不明 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
オーダー主:国王ジョージ5世? 制作年代:1923年 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
ダイヤモンドを使って制作されたものも複数存在します。 おおまかなデザインは共通するものの、シルバー製のノーマルな星章同様、素材も形状も1つとして同じものがありません。 |
ガーター勲章の星章(13.0×13.0cm)とガーター 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
同じ『ガーター勲章の星章』でも、想像以上にバリエーションに富んでおり意外でした。 これがアンティークの時代の、上流階級のためのハイクラスのモノづくりであると確認することができました。 教科書に書いてあることのみを正確に記憶するだけの、"真面目な秀才タイプ"の人間には理解が困難な分野である理由ですね。1つ1つ全部違うとは・・(笑) |
1-3-5. 受章者が特別オーダーするアイテム
ロイヤル・カナディアン連隊の名誉連隊長としてのエディンバラ公爵フィリップ王配(1921-2021年) " Prince Philip as Colonel-in-Chief of the Royal Canadian Regiment " ©Jamie McCaffrey(17 April 2013)/Adapted/CC BY 2.0 |
正装以外では、受章者はミニチュアの替章だけを付けたりします。 |
【参考】ガーター勲章のミニチュアの星章 |
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王室の許可が得られれば、星章や大綬章の複製を自費で作成して所有することが可能で、遺族がそれを相続することもできることをご紹介しましたが、それ以外に受章者の妻が着用するためにミニチュア・アイテムを作ることがありました。こちらは持ち主は分かりませんが、ダイヤモンド、ルビーを使った贅沢なものとなっています。18ctホワイトゴールドの裏側の作りもしっかりとしており、お金と技術をかけて作られたものと分かります。 |
アン女王が作らせたと考えられているダイヤモンドの星章(13.0×13.0cm) 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | 長さ:3.2cm |
←等倍 |
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君主クラスが佩用するダイヤモンドの星章と比較すると、とても小さなものです。 |
ガーター勲章の星章(8.1×7.8cm) 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
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でも、小さくても上質なダイヤモンドを鏤めることで、間違いなく夜会などでは、夫の名誉ある功績と共に、煌びやかに映えたことでしょう。 |
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実は今回の宝物も、同様の目的で特別オーダーされて作られた可能性が高いです。 |
2. スコットランドの最高勲章
私はこの宝物を見て、最初はドングリかと思いました。 この道45年、ヨーロッパの歴史や文化についても真面目に検証しながら長年アンティークのハイジュエリーに向き合ってきたレジェンドGenは、これがアザミのモチーフだとすぐに分かったようです。 |
『ジョールチ』 天然真珠 ドングリ ピン・ブローチ ロシア 1890年頃 SOLD |
なぜ私がドングリと思ったのかと言うと、天然真珠で作られたドングリのジュエリーをいくつか見たことがあったからです。 |
【参考】天然真珠、15ctゴールド イギリス 1910年頃? |
【参考】天然真珠、ローズカット・ダイヤモンド、15ctゴールド、 シルバー イギリス 1910年頃? |
天然真珠、ローズカット・ダイヤモンド、18K、 シルバー フランス 1910年頃 SOLD |
ドングリはヨーロッパでは縁起モチーフで、秋に限らず、定番として愛されているモチーフです。ハイジュエリーとして作られたものだと、ドングリの帽子にダイヤモンドがあしらわれているものも見かけます。 |
これもそうです。 しかしながら、これはアザミの総苞(そうほう)なのです。 |
2-1. アザミのモチーフのシッスル勲章
2-1-1. スコットランドの国花
スコットランドの国花アザミ "Thistle Royal Badge of Scotland" ©Sodacan(17 January 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
アンティークジュエリーがお好きであればご存知の方も多いと思いますが、アザミはスコットランドの国花です。 |
アザミ・モチーフのアンティークジュエリー |
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ヘリテイジではお取扱いしないクラス | ハイジュエリー |
【参考】アザミのシルバー ブローチ イギリス 1930年代 |
『アザミ』 スコティッシュ・アゲート ブローチ イギリス 1870年頃 SOLD |
日本では地味な野の花というイメージがありますが、スコットランドではいつの時代も愛される定番モチーフです。ヘリテイジでは扱わないクラスの安物から、上流階級が使っていたとみられるハイジュエリーまで、アザミは幅広く人気があります。 |
ノルウェー王スヴェレ・シグルツソン(在位:1177-1202年)1200年頃、51歳頃 | スコットランドでアザミが愛されるようになったのは、中世の言い伝えまで遡ります。 ノルウェーで国王スヴェレ・シグルツソンが崩御し、息子ホーコン3世が1202年に22歳で即位しました。 |
2歳のホーコン4世を危険で長い道のりの中を安全に移送するビルケバイナー (クヌート・バーグスリアン作 1869年) |
しかしながら貴族や王族との争いにより、在位わずか2年で暗殺されてしまいました。若くして亡くなったものの、ホーコン3世は王妃のお腹に嫡男を遺していました。 |
ノルウェー王ホーコン4世ホーコンソン(在位:1217-1263年) | 父王が反対派に暗殺された後に誕生したホーコン4世は、貴族たちに擁立され1217年に即位しました。 12もしくは13歳という年齢のはずですが、父王と違って聡明な人物だったとされ、翌年には父の代から続いていた内紛を収めることに成功し、その後は政治基盤を整えて国を発展させていきました。 |
ホーコン4世が亡くなった頃のノルウェー王国の最大領土(1265年頃) "Norway About 1265" ©OnWikiNo(13 February 2016)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
軍事面に於いては積極的な領土拡大を行い、最盛期にはスカンディナヴィア半島の3分の2、アイスランド、グリーンランド、マン島、スコットランドの領土の一部を支配し、一時は北海の覇権を握ることにも成功しています。 |
朱赤:マン島とヘブリディーズ諸島 "kingdom of Mann and the Isles-en" ©Semhur / Wikimedia Commons(15 October 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
しかしながら北海諸島の領有権をめぐってスコットランド王国と対立し、1262年にスコットランドからヘブリディーズ諸島が攻撃を受けると、ホーコン4世は老体を押してスコットランドへの親征を決意しました。 |
『ラーグズの戦い(1263年)』ヴァイキングの船の詳細(ウィリアム・ホール作 1899年) "Battle of Largs (Viking ships detail), 1263" ©William Hole(1899)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 1263年、ノルウェー王ホーコン4世は200隻の船と1万5,000人で構成される大軍でスコットランドに向かいました。 しかしながらスコットランド海岸周辺で嵐に遭い、ノルウェー艦隊は大打撃を受けました。 年代と言い、嵐と言い、どこかの国の神風を彷彿とさせる話ですね。 それでも何とかスコットランドに上陸にしました。 |
ハイランド地方でよく見られるオニアザミ "Cirsium vulgare Harthope" ©Sciadopitys from UK(16 July 2009, 07:21)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
夜、ノルウェー軍がスコットランド軍の野営地を襲おうとしたのですが、忍び込もうとしたヴァイキングの1人(複数の説あり)が裸足でアザミを踏み、悲鳴をあげてしまいました。 アザミは地方変異が非常に多く、世界に250種以上あり、日本でも100種以上あるとされています。 日本のアザミも痛そうなイメージがありますが、スコットランドのアザミはもっと気合の入った、痛そうなトゲがたくさん生えています。 衣服は簡単に切り裂かれそうですし、裸足で踏んだら屈強なヴァイキングと言えども悲鳴を上げずにはいられないでしょう。気の毒です・・(ToT) |
スコットランド王アレグザンダー3世(在位:1249-1286年) "Alexander III statue, West door of St. Giles, Edinburgh" ©Kim Traynor(24 July 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 悲鳴によって夜襲がバレ、結局ノルウェー軍はラーグズの戦いに於いて、スコットランド王アレグザンダー3世率いるスコットランド軍に大敗という結果となりました。 この1263年のラーグズの戦いにおける大敗後、悪天候の中ホーコン4世らノルウェー軍は一時撤退し、翌年夏に再遠征しようと時期を待つことにしたのですが、ホーコン4世は病に倒れて同年12月15日に急死しました。 |
ハイランド地方でよくみられるオニアザミ "Spear Thistle(Cirsium vulgare)" ©AnemoneProjectors(30 AJuly20110, 16:52/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
再遠征はされるとなく、ノルウェーはヘブリディーズ諸島を失い、ホーコン4世の死後ノルウェー王国は急速に衰退していくこととなりました。 アザミが国を守った!!! スコットランド的には、そういう構図となったわけです。日本だと同じような出来事で"嵐"にフォーカスされ、『神風』が日本を守護するものとなりましたが、スコットランドではアザミが神風的な存在になったと言えるかもしれません。 |
スコットランド王ジェームズ3世(在位:1460-1488年) | こうしてアザミはスコットランドを守護する特別な花となり、スコットランド王ジェームズ3世の時代には国花に制定されました。 |
2-1-2. シッスル勲章の制定
イングラド王ジェームズ2世(スコットランド王としてはジェームズ7世)(1633-1701年頃) | シッスル勲章 |
15世紀から16世紀、あるいはそれ以前からスコットランドには複数の勲章が存在していましたが、シッスル勲章の原型となった勲章や制定日時は定かではありません。現在のシッスル勲章が正式に制定されたのは1687年のことです。イングランド・スコットランド・アイルランド王ジェームズ2世がスコットランドの栄典制度を全面的にリニューアルして始まりました。 |
オランダのゼーラント州に到着したウィリアム3世(1691年) |
シッスル勲章は政治および宗教に関して国王(カトリック)に与するスコットランド貴族に授与されました。しかしながら翌年の名誉革命におけるジェームズ2世の廃位に伴い、シッスル勲章は一旦廃止されました。 |
ハイランダーの衣装にシッスル勲章を佩用したイギリス王ジョージ4世(スコットランド訪問時 1822年) | 1703年、アン女王によってシッスル勲章は復活したものの、ハノーヴァー朝がプロテスタントに与したすことランド貴族に授与したり、ジャコバイト側でも反乱の際に勲功者に授与したり、その地位が安定しませんでした。 1822年に、ジョージ4世がイギリス国王としてはジャコバイトの乱以降、初めてスコットランドを訪問した際にシッスル勲章を佩用しました。 国王が佩用したことでシッスル勲章の権威が復活しました。 1827年には、ジェームズ2世以来12名だったシッスル騎士団の定員も16名に増やされ、現在に至ります。 |
2-2. シッスル勲章の対象者
シッスル騎士団の正装をしたエリザベス女王(ニッキー・フィリップス作 2018年) 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | シッスル騎士団はスコットランドの最高勲章です。 騎士団章としてはガーター勲章に次ぐ順位とされますが、ガーター勲章がイングランド人以外の連合王国民や外国元首にも贈られることに対し、現行のシッスル勲章はスコットランド人の血を引く者以外に授与されることはありません(※唯一の例外として、過去にノルウェー王オーラヴ5世がいました)。 |
シッスル騎士団の正装 "Knight of the Yhistle robe, Holyrood Palace" ©Kim Traynor(30 November 2013, 19:13:55)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
臣民の勲爵士が24名のガーター勲章に対して、シッスル勲章は王族を除く臣民の勲爵士は16名と少なく、しかもスコットランド人の血を引く者に限定されます。 このため、現代でも独立の話が出てくるほど民族意識の強いスコットランド人にとっては実質的に最も名誉ある勲章と言えます。 |
シッスル勲章の星章 | シッスル騎士団の星章にデザインされているのがシッスル、すなわちアザミです。 スコットランドを守る、栄誉ある騎士団。 アザミは国家を守る、強く美しい騎士たちの象徴なのです。 |
アザミのハイジュエリー |
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『アザミ』 ネフライト&ゴールド ブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
『アザミ』 シトリン&アメジスト ブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
単なる野の花と考えると、華やかな雰囲気が好まれそうなハイジュエリーのモチーフになるには不思議に感じてしまいますが、スコットランドの貴族の男性が愛する女性に「アザミのように、あなたを守るナイトとなります。」と、愛の証として渡していたと考えるならば納得できます。 "国花だから"、"めでたいから"、"単純に綺麗だから"という理由ではなく、愛する女性を守りたいという意味をこめて作られたジュエリーだと分かると、アザミのジュエリーもより愛着が感じられますね。定番モチーフとして玉石混交、たくさん作られるものだったからこそ、王侯貴族のために作られたハイクラスのものはオリジナリティを出すため、センス的にも技術的にもより気合を入れて作られており、アンティークジュエリーとしても面白いです♪ |
2-3. 持ち主が予想できる宝物
特別なシッスル勲章の星章 |
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オーダー主:不明(R&S ガラード社 18世紀末)【引用】レジオンドヌール勲章博物館スパーダ・コレクションよ | オーダー主:ヴィクトリア女王(ランデル&ブリッジ社 1838年)【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | オーダー主:スコットランド人からヨーク公時代のジョージ5世への結婚式の贈り物(1893年)【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
シッスル勲章もガーター勲章同様、ハイジュエリー・クラスの素材と技術で制作された、君主が佩用するための特別なものが存在します。デザインや宝石にバリエーションがあるのは、ガーター勲章と共通しています。 王室から権威の象徴である勲章の制作を依頼されるようなトップクラスの職人ともなれば、前例に倣って精密な複製を作ることも可能でしょう。でも、そんな創造性のないジュエリーづくりはアンティークの時代の優れた職人にとっては本当にあり得ないことなのでしょうね。全く同じものをつくるなんて"恥"、くらいの勢いだったかもしれません。 |
シッスル勲章 |
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ジョージ3世の星章 | ミニチュアの星章 | ||
国王ジョージ5世のシッスル勲章の星章(1893年)10.1×9.9cm 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | 【参考】20世紀初期、3.2×3.2cm | 1910年頃、2.8×2.8cm | ←↑等倍 |
シッスル騎士団として叙勲した臣民が、妻に佩用させるために特別に作られせたと見られるミニチュアのブローチが存在するのもガーター勲章と同じです。 | |||
第10代バクルー公爵 兼 第12代クイーンズベリー公爵(兼スコット氏族長)リチャード・スコット(1954年-) "10th Duke of Buccleuch Allan Warren" ©Allan warren(2013)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
臣民のシッスル騎士団のメンバーは爵位貴族の最高位となる公爵を始め、準貴族以上の爵位を持つ上流階級です。 現在のシッスル騎士の1人がバクルー公爵リチャード・スコットです。 スコット家は1606年の初代バクルーのスコット卿から続いており、1619年に伯爵位を得た後、1663年からは公爵家として存在する由緒正しい家系です。 現在の当主リチャード・スコットが保有するのは以下の爵位です。 |
バクルー公爵、スコット氏族長の紋章 "Duke of Buccleauch arms" ©Czar Brodie(August 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
第10代バクルー公爵 |
バクルー公爵が所有するボウヒル・ハウス "Bowhill - geograph.org.uk - 29633" ©Jphn Clive Nicholson(26 August 2001)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
イギリス貴族は領主であり地主なので、この爵位の数を見てもお金持ちと想像できます。イギリス貴族は古いほど特別視され、また、スコットランドよりもイングランドの爵位の方が上に見られます。 バクルー公爵が持つ爵位はスコットランドのものが多いですが、中にはドンカスター伯爵やティンデイルのスコット男爵など1662/1663年の勅許状によるイングランド貴族の爵位もあり、現在のイギリス貴族の中でも別格であることが想像できます。 そんな人物なので、邸宅も複数持っています。 |
バクルー公爵が所有するボートン・ハウス "Boughton House 2" ©Euan Myles(25 June 2013, 20:0:06)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
ベルサイユ宮殿を模したこのボートン・ハウスには、多数の高価なフランス家具コレクションが収蔵されているそうです。 |
バクルー公爵が所有するドラムランリグ城 "Crumlanrig Castle" ©Lynne Kirton(23 August 2005)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
ドラムランリグ城(1880年頃) | この環境の良さそうなドラムランリグ城はバクルー公爵の方針により、領民は無料で宿泊できるそうです。 古き良きイギリス貴族らしいですね。 |
こういうクラスの人たちが夜会のために特別オーダーして作らせたものだからこそ、ミニチュア勲章は小さくても極めて作りが良いのです。 |
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【参考】シッスル騎士団の星章のミニチュア・ブローチ(20世紀初期) | これも小さなブローチですが、フレームの最外周にあしらわれた小さな丸いフレームにも極小のローズカット・ダイヤモンドがセットされています。 これみよがしに巨大な宝石が付いただけのジュエリーは本来、教養とセンスある王侯貴族のための上質なジュエリーとは言えないのです。 小さくても細部にまで拘って作られた宝物こそ、王侯貴族が真に愛したハイジュエリーです。 |
そのミニチュア勲章のハイエンドと言えるのが今回の宝物です。プラチナにゴールドバックの作りになっており、エドワーディアンという制作年代からオーダー主がシッスル勲章を受勲した推定し、持ち主をある程度絞り込むことができます。 プラチナが一般のジュエリー市場に出回り始めたのが1905年頃で、ハイジュエリーではオールプラチナが主流となる1920年代のアールデコ以降までの期間で、王族を除いてリストアップすると、以下が新たにシッスル騎士団に叙任されたメンバーです。 1905年 第11代リーヴン伯爵&第10代メルヴィル伯爵 ロナルド・ルースヴェン・レスリー-メルヴィル |
第8代アソル公爵ジョン・ジョージ・ステュワード=マレー(1871-1942年)1905年、33歳 | シッスル勲章の臣民の定員は16名なので、12名までに絞り込むことができました。 1918年に叙任された第8代アソル公爵ジョン・ジョージ・ステュワード=マレーは、1921年に当時皇太子だった昭和天皇がイギリス訪問をした際に一行をもてなしています。 |
アソル公爵のブレア城(スコットランド) "Blair exterior sca1" ©Julien.scavini(31 August 2019, 13:33:34)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
当初ブレア公爵は日本人をよく知らないとして、一行の接遇に難色を示していました。しかしながら首相ロイド・ジョージの再三の説得もあり、この役目を引き受け、スコットランドのブレア城でもてなしたそうです。 |
ブレア城の舞踏会場 "Blair interior sca11" ©Julien.scavini(31 August 2019, 13:02:38)/Adapted/CC BY-SA 4.0 | 城というものは、単独で見ると大きさが分かりにくく、一見大きくないようにも見えますが、舞踏会場もある大きな城です。 壁面に装飾された鹿のツノらしきものが気になります。 |
ブレア城の大階段 "Blair interior sca6" ©Julien.scavini(31 August 2019, 12:18:25)/Adapted/CC BY-SA 4.0 | 貴族の邸宅では大階段はメインの魅せ場の1つとも言いますが、ここの灯りも鹿のツノらしきもので装飾されています。 周囲には剣や銃・・。 |
『大鹿』 エセックスクリスタル・ブローチ イギリス 1870年 SOLD |
まあ、牡鹿はカッコいいですからね。 このようなエセックスクリスタルの宝物も、ブレア城のような邸宅に住む王侯貴族がスポーティング・ジュエリーとして着けていたのでしょうね。 |
ラトランド公爵のビーヴァー城 "Belvoir Castle" ©Jerry Gunner from Lincoln, UK(18 January 2011, 13:48)/Adapted/CC BY 2.0 |
ちなみにアソル公爵と同じ公爵位である、ラトランド公爵のビーヴァー城における1839年の記録が残っています。12月から翌年の2月にかけてのうち8週間でワイン200ダース(2,400本)、ビール70樽(1樽1万2,500リットル)、蝋燭2,330本、灯火用鯨油630ガロン、公爵のテーブルで食事した人数1,997名、スチュアード(執政、宮宰、家宰、家令に相当)2,421名、その他1万1,312名。パン3,333斤、肉2万2,963ポンド、公爵と友人がシューティングして食事として供された雉子2,589羽だそうです。 |
『雉子』 エセックスクリスタル・ブローチ イギリス 1860年 SOLD |
たった2ヶ月程度で、公爵のテーブルで食事をした人数だけでも約2千人! |
ブレア城のダイニングルーム(スコットランド) "Blair interior sca2" ©Julien.scavini(31 August 2019, 12:07:06)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
アソル公爵も議員やスコットランド教会総会への勅使、国王ジョージ5世の副官、宮内長官、枢密顧問官などを歴任し、超多忙だったことは間違いなく、昭和天皇も数いる来客の1人だったでしょう。それでも、1人1人に合わせたその人にとっての最大限のおもてなしをしたいと考えるのは紳士にとっては当然であり、日本人をよく知らないからという理由で最初は固辞したと想像します。 |
フランス王ルイ16世の椅子なども使用したブレア城の応接間 "Blair interior sca9" ©Julien.scavini(31 August 2019, 12:31:03)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
しかしながらアソル公爵は、皇太子時代の昭和天皇(裕仁親王)を非常に喜ばせたようです。 |
ブレア城とアソルのハイランダーたち(1998年) "Call to arms - geograph.org.uk - 312790" ©wfmillar / Call to arms(24 May 1998)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
裕仁親王はアソル公爵家と領民の関係に感動し、「私は今度の旅で、非常に感銘をうけたものが多かった。アソール公爵夫妻は実に立派な方々で(略)。私は日本の華族や富豪たちが、アソール公爵のやり方をまねたならば、日本には過激思想などおこらないと思う。」とコメントを残しています。 |
アンシャンレジームを風刺した絵(1789年) | 革命が起きる前頃のフランスは特権階級らの領民からの搾取が極端に酷く、当然の如く革命が起きました。 この頃のフランスの第一身分の聖職者は14万人、第二身分の貴族は40万人、第三身分の平民が2,600人でした。 男性の長子が爵位も財産も全相続することが原則だったイギリスの爵位貴族は極めて数が少なく、古い時代よりは数が増えている1880年の時点でも僅か580人でした。 |
ハイランド紳士の衣装姿の後の第8代アソル公爵ジョン・ジョージ・ステュワード=マレーと弟ジェームズ(デヴォンシャー・ハウスでの大仮装舞踏会 1897年)大英博物館 | イギリス貴族の統治は温情主義による、あらゆる立場の者、皆が幸せになれるカタチを作るものでした。 故に領主と領民の関係は信頼や尊敬があり良好で、領民の不満によって一揆や革命が起こるようなことはありません。 ノブレスオブリージュの精神によって、プライドと責任を持ち持つ者としての責務を果たす。 まさに高潔な騎士であり、日本から訪れた裕仁親王の目から見ても優れた領主だったのです。 |
シッスル騎士団メンバー 第14代ラヴァト卿、第23代フレイザー氏族長サイモン・フレイザー(1871-1933年)1908年、37歳頃 | 素晴らしいイギリス貴族の中でも、特に優れたスコットランド人のみが選ばれるのがシッスル騎士団なのです。 爵位は代々受け継ぐものです。その家系に長男として生まれれば、自動的に爵位が得られます。 "初代"は間違いなく何らかの功績があり、それによって爵位を得るはずなので、優れた実績のある人物であることは明らかです。 しかしながらシッスル騎士団は相続制ではありません。 貴族であっても、本人が皆が納得する何らかの実績を上げなければ叙任はされません。 故にシッスル勲章の叙勲は貴族にとって、単なる貴族の爵位とは異なる、自身にとって特別に意味のある名誉なこととなるのです。 |
大綬章を掛ける方向の違い |
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ガーター勲章 | シッスル勲章 | バス勲章 |
陸軍元帥イング男爵ピーター・アンソニー・イング(1935年-)2007年 "Field Marshal Sir Peter Inge KG, GCB" ©Richard Harvey(22 September 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ハイランダーの衣装にシッスル勲章を佩用したイギリス王ジョージ4世(スコットランド訪問時 1822年) | 空軍大将リチャード・ジョーンズ卿(1939年-)2006年 "Sir Richard Johns" ©Philip Allfrey(19 June 2006)/Adapted/CC BY-SA 2.5 |
スコットランドの血を引く者しか受章できないため、イギリス以外ではガーター勲章よりマイナーなシッスル勲章ですが、極めて権威ある勲章であることはその扱いにも現れています。現在、聖パトリック勲章は休止中なのでシッスル勲章の次に位置するのがバス勲章ナイト・グランド・クロス章なのですが、並べてみると大綬章を肩から掛ける方向が異なることが分かります。 ガーター勲章およびシッスル勲章のみが左肩から右腰に掛けられ、次位の聖パトリック勲章並びにバス勲章、及びそれ以下の勲章の大綬章は反対方向に掛けることになっています。 また、政治家による乱用防止のため、1946年以降ガータ勲章とシッスル勲章は君主自らによって授与されるのが慣例となっています。 |
シッスル勲章がいかに特別な存在なのか感じていただけたと思います。 それと当時に、なぜこれほどお金をかけてまでこのミニチュアの勲章が作られたのかも、感覚的にご納得いただけたのではないかと思います。 今回、持ち主は特定していませんでしたが、興味がある方はより詳細に調べてみるのも面白いかもしれませんね。 |
3. 最高勲章ならではのジュエリーとしての高い価値
3-1. 一般的な勲章とは別格のジュエリー・クラスの勲章
3-1-1. 一般的な勲章の作り
ジョージ・クロスを受章したオーストラリア海軍下士官(元イギリス海軍兵士)のメダルバー |
※ジョージ・クロスの次に第二次世界大戦中のイギリス海軍時代に受章したディスティンギッシュト・サービスメダルと3個の戦線従軍章、第二次世界大戦の従軍記章、オーストラリア海軍所属となった後に従軍した2個の朝鮮戦争に関する従軍記章、最後尾に永年勤続章が並ぶ |
庶民がもらえるのは、通常はこのような量産の勲章です。個人にとっては非常に名誉で、価値ある宝物です。ドライな言い方になってしまいますが、ジュエリーとして見た場合はただの量産品なので、価値はありません。当たり前ですが、大半の勲章はそんなものです。 |
アメリカ合衆国の善行章(左から陸軍、海兵隊、海軍、空軍、沿岸警備隊用) |
そのような勲章はコインなどと同様、鋳造によって量産されます。安く大量に同じものを生産できるので、庶民用の勲章としては理に適っています。 |
【参考】アールヌーヴォーの安物の量産品 | |||||
まあ、中には量産の勲章と同レベルの作りをしたジュエリーも世の中には存在しますが、それらも庶民のために作られた量産の安物であり、ジュエリーと言うよりはアクセサリーにカテゴライズしたくなるような作りで、当時の人たちからも『はびこる粗製濫造の装飾品』と告発されるほどだったので、まともなジュエリーとして扱うべきではないでしょう。 |
3-1-2. 王室御用達のジュエラーが制作する高位の勲章
R&S ガラード社 18世紀末 【引用】レジオンドヌール勲章博物館スパーダ・コレクション | R.ブリッジ&ランデル社 1811-1818年 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | R. ブリッジ&ランデル社 1820年頃 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
君主自らが直接叙任する高位の勲章の場合、宝石を使った特別なもののみならず、ノーマルな勲章もトップクラスの技術を持つ王室御用達のジュエラーが制作します。現代まで一応存続しているガラード社と違い、ランデル&ブリッジ社は1843年に閉店したのでアンティークジュエリーが好きな方でもご存知の方は少ないかもしれません。 |
懐中時計&シャトレーン ランデル&ブリッジ社 1790年頃 SOLD |
しかしながら、かつては上質なモノづくりをする英国王室御用達メーカーとして、王侯貴族のための様々な最高級のジュエリーや小物を作るジュエラーでした。 |
ヴィクトリア女王のシッスル勲章の星章(ランデル&ブリッジ社 1838年 ) 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 | 技術を持つトップクラスのジュエラーが制作するので、当然ハイジュエリー・レベルの出来となるのです。 それにしても、これを見るとランデル&ブリッジ社が技術の劣化により淘汰されたわけではないことが分かりますね。 この星章を制作した僅か5年後の1843年に閉店していますが、トップクラスのモノづくりができた職人がいなくなったということなのでしょう。 こういうものはブランドで見ても意味がなくて、結局は"職人"という個人頼りのものなのです・・。 |
複製同様、特別製のミニチュアも王室に許可を得て制作されるはずですが、その際は正章を作ったのと同じ王室御用達メーカーに依頼したと推測します。 |
イギリスのクラウン・ジュエリー |
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『ヴィクトリア女王』 ミニアチュール・エナメル ポートレート・ブローチ イギリス 1876年頃 SOLD |
『ロイヤル・クラウン』 クラウン・ブローチ コーリンウッド社 1910年頃 SOLD |
王室ゆかりのジュエリーと聞くと、巨大で派手なものが一般的に注目されがちですが、アンティークの時代の王室ゆかりのジュエリーは小さくても本当に作りが良いです。かなり拡大しても粗は一切感じられず、ハイジュエリーをいくつも拡大して見ている私たちでもため息が出るほど良い出来です。 |
これらは臣民に授与するものとして作られたはずで、特にヴィクトリア女王のミニアチュール・ブローチに関してはいくつか同じものが作られているはずです。 |
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しかしながらこの宝物は、確実に唯一無二の宝物として特別オーダーで作られたはずです。 当然ジュエリーとしてトップクラスの作りですし、デザインの各所にも個性とオリジナリティが感じられる、最高に優れたジュエリーと言えます。 |
3-2. アザミ・モチーフの最高級品
シッスル勲章 | |
この宝物はシッスル勲章の星章をそのまま意匠化したものではありませんが、頸飾に下げられた聖アンデレの記章もコラボレーションさせてデフォルメしたものと想像します。 |
正解は当時オーダーした人物に聞くほかありません。 しかしながら、それ以外にもこの宝物にはオーダー主のこだわりが強く感じられます。 その1つが、天然真珠を使ったアザミの表現です。 |
3-2-1. 一般的なアザミ・ジュエリーの宝石
ハイランド地方でよく見られるオニアザミ "Cirsium vulgare Harthope" ©Sciadopitys from UK(16 July 2009, 07:21)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
【参考】安物のアザミのシルバー・ブローチ(19世紀後期) |
アザミの花は赤紫色が特徴です。故に、宝石を使ってアザミを表現する場合はアメジストが使われる場合が多いです。 |
【参考】安物のアザミのシルバー・ネックレス(1910年頃) |
アメジストの他に、シトリンが使われた物も結構作られています。 |
【参考】安物のアザミのシルバー・ブローチ | 【参考】中級品のアザミの18ctゴールド・ブローチ |
安物だとアメジストかシトリンかはっきりしない、質の悪い石が使われていることもありますし、お金をかけて作られていてもセンスを疑うようなデザインである場合もありますが、一番多いのはアメジストやシトリン、もしくはその組み合わせです。 |
今回のように天然真珠でアザミを表現したジュエリーは、これまでに見た記憶がありません。 通常、赤紫色が特徴であるアザミに白い宝石を使うという発想自体がないはずなのです。 |
3-2-2. 王室のシッスル勲章のアザミ
オーダー主:不明 制作年代:R&S ガラード社 18世紀末 【引用】レジオンドヌール勲章博物館スパーダ・コレクション |
オーダー主:ヴィクトリア女王 制作年代:ランデル&ブリッジ社 1838年 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
好きなだけお金を掛けられる王室のジュエリーだと、好きなように宝石を選んでデザインできます。そうは言っても、やはり18世紀末のアザミはアメジストですね。さすがに色が良い上に、アザミの花びら1枚1枚を表現した彫刻がアメジストに施されており、クラウンジュエリーの別格さが伝わってきます。ヴィクトリア女王が即位した翌年の1838年に制作されたものは、若い女王に似合いそうな鮮やかなルビーでアザミが表現されています。 |
オーダー主:スコットランド人からヨーク公時代のジョージ5世への結婚式の贈り物 制作年代:1893年 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
意外なのは、イギリス国王ジョージ5世のシッスル勲章です。アザミの花がダイヤモンドで表現されています。正直、背景と同化して何が表現されているか初見では分かりませんでした(笑)お金も技術もめちゃくちゃかかっていそうですが、微妙なセンスです。 |
【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
まあでも、アザミだから赤紫系の宝石でなくてはならないと思い込むことなく自由に発想できるのは、柔軟に新しいスタイルを生み出してファッションリーダーとなる、王侯貴族らしい発想とも言えるでしょう。 |
そして、これをオーダーした人物もやはり慣例に捉われない自由な発想と、類稀なるセンスを持っていたと言えます。 |
3-2-3. 天然真珠が史上最も高く評価された時代の作品
何故アザミを表現するのに、白い天然真珠を使用したのでしょうか。 この宝物が作られたエドワーディアンの時代は、天然真珠が史上最も高く評価され、ダイヤモンドより高価な最高級の宝石として"富と権力の象徴"になっていました。 |
イギリス王妃アレクサンドラと娘ヴィクトリア王女(1905年) |
このブローチはシッスル騎士の妻が、華やかな夜会でジュエリーと共に身に着けるために作られたものです。 名誉ある騎士の妻であることを示すためには、ある程度は目立つべきですし、勲位に見合う上質なものでなければなりません。 そこで、小さくても白く、照り艶に優れた最高級の宝石『天然真珠』が選ばれたのです。 |
人工物ではないため、色や照り艶が良い上に360度完璧な天然真珠を得るのは極めて困難です。天然真珠というだけでも極めて稀少なので、たとえハイジュエリーであっても、裏側は多少欠点のある天然真珠を使っている場合もあります。しかしながらこの宝物にはどの角度から見ても美しい、極めて上質な天然真珠が使用されており、オーダー主の並々ならぬお金の掛け方が伝わってきます。 |
3-2-4. 素晴らしいデザイン・センス
カロデンの戦い(ディヴィッド・モーリエ 1746年) |
気高く美しいアザミは、スコットランドの心であり魂です。 |
オーダー主:不明 制作年代:R&S ガラード社 18世紀末 【引用】レジオンドヌール勲章博物館スパーダ・コレクション |
オーダー主:ヴィクトリア女王 制作年代:ランデル&ブリッジ社 1838年 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
なので、スコットランド人的には目立たせたいです。富と権力を誇示するための星章は万人にとってとにかく高そうに、とにかく凄そうに見せるために、星章はビッシリと隙間なく宝石で埋め尽くします。上流階級の間でセンス良く見せたり、知的に見せたりすることではなく、万人に凄そう、高そうに見せることが目的なので、センスの良さは二の次なのです。ややもすれば成金的ですが、しょうがないのです(笑) |
ジョージ5世のシッスル勲章の星章 【引用】Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021 |
ミニチュアのシッスル勲章 |
でも、アザミが背景に同化してしまったこの星章は、はっきり言ってデザインとしては失敗です。今回の宝物はゴールドで囲むこと、また、空間を利用することで白いダイヤモンドの中でもうまく天然真珠のアザミを際立たせています。 |
特別オーダーのミニチュアのシッスル勲章 |
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【参考】3.2×3.2cm | 2.8×2.8cm |
今回の宝物と同じ目的で作られた左のミニチュアのブローチも、アザミを目立たせるために背景はブラック・エナメルしてあります。細工ももちろんかなり上質ではあるのですが、アザミもただ紫と緑のエナメルで表現されているだけで特別な宝石は使われていませんし、デザインもシッスル勲章の星章の延長線上に過ぎず、オリジナリティがなくてセンスの良さが感じられません。あらゆる面で、今回の宝物は別格の存在なのです。 |
高位の勲章自体が、受章に値する優れた人物を意味します。 しかしながら、このような素晴らしい宝物によって、「功績が出せるだけでなく、傑出したセンスと財力もあるのね!」と、プラスアルファの評価が出てくるわけです。 |
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皆が破格のお金持ちであることが当たり前という古のイギリスの社交界では、財力はあまり比較ポイントにはならず、教養やこうしたセンスの良さが人物の評価に大きく効いてくるのです。 だから、素晴らしいセンスも持ち合わせた類稀なる人物によって、奇跡的にこのような宝物が生み出されたのです。 |
ノアザミとキアゲハ(福島県 会津地方)"Cirsium japonicum 1" ©Qwert1234(6 July 2007)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
ちなみにこれはノアザミです。九州から本州にかけて分布する種で、日本で春に見られるアザミは大体この種と考えて良いそうです。スコットランドのアザミよりトゲトゲしておらず、ちょっと優しい感じです(笑) アザミの花の特徴的な赤紫色は、緑色の草むらの中でとても印象的で、見つけると楽しい気分になるものです。 |
白いノアザミ(福島県 会津地方)"Cirsium japonicum f. leucanthum" ©Qwert1234(21 June 2008)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
しかしながら、稀に白いものが存在するそうです。これは見つけたら嬉しくなりそうですね。黒だと「不幸の前触れか?!不吉っ!こわーいっ!!(笑)」と思うかもしれませんが、穢れなき孤高の白い花は魅力満点です♪ 実はスコットランドのアザミにも、同じように白い変異種が発生することがあるそうです。 原野に咲く白いアザミには、力強い孤高の美しさあったことでしょう。持ち主は偶然目にした白いアザミに感動し、わざわざシッスル勲章のミニチュアのアザミを白い天然真珠で表現したように思います。 |
栄誉あるシッスル騎士団の中でも別格の騎士。 きっと、そのような人物がオーダーしたに違いありません。 シッスル騎士団に選ばれるだけで、十分に物凄いことなのですけどね!♪ |
3-3. 最高級の作り
誉ある高位勲章を依頼されるクラスの王室御用達ジュエラーの作品だけあって、小さいながらも驚くほど高度な技術で、手間をかけて作られています。 細工的にも見所たくさんの宝物です♪ |
3-3-1. 総苞の表現
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花序全体の基部を包む苞を総苞と呼びます。 スコットランドのアザミの総苞は大きくて丸い印象的な形をしており、大きな特徴と言えます。 上質であるが故に煌き過ぎて分かりにくいですが、総苞はプラチナに小さなオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドをセッティングして表現されています。 |
←↑等倍 |
この大きさならば通常はローズカットを使うはずですが、これだけ小さなダイヤモンドをオールドヨーロピアンカットにしているのも特別ですし、石自体も極めてクリーンで上質です。 曲面にこれだけ小さな石をしっかりと、且つ爪が目立つことなく美しく留める技術もあっぱれで、さすが当時のトップクラスの職人が作った宝物と言えます。 |
3-3-2. アザミの葉の見事なフレームの造形
スコットランドの国花アザミ "Thistle Royal Badge of Scotland" ©Sodacan(17 January 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
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これ宝物は、アザミの葉も見事な技術で表現されています。プラチナでフレームを作り、少しずつ大きさの異なるダイヤモンドをピッタリとセットしています。単純な形状で造形してもアザミの葉として成立するはずですが、随分と複雑な形状にトライしたものだと驚きます。 |
二次元で表現する"画像"だと立体感が分かりにくいのですが、両側の葉はどちらも根本から先端にかけて、ごく自然に感じる程度の、とても緩やかな角度が付けてあります。小さな面積ですが、プラチナのフレームはよく磨き上げられており、上質なオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドのダイナミックなシンチレーションに負けず劣らず強く光り輝きます。 |
3-3-3. 格調高い雰囲気を放つ黄金の彫金
アールデコになると、ハイジュエリーはプラチナやホワイトゴールドなど白一色となり、黄金への素晴らしい彫金細工が見られなくなります。 これはギリギリ技術が残っていたエドワーディアンの作品ですが、これを見ると、やはり素晴らしい彫金が施された黄金の輝きが放つ格調高い雰囲気は何にも替え難いなと感じます。 |
『黄金の花畑を舞う蝶』 色とりどりの宝石と黄金のブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
『OPEN THE DOORS』 マルチロケット ペンダント イギリス 1862年頃 SOLD |
『シンプル・フレンチ』 マットゴールド ピアス フランス 1900年頃 SOLD |
ゴールドとは本当に奥の深い金属で、どのような彫金を施すのかで全く輝き方が変わります。見る者が受ける印象も、ガラリと変化します。 |
『Geometric Art』 ゴールド ロケット・ペンダント イギリス 1840年頃 SOLD |
揺らぎが一切存在し得ない、機械を使ったエンジンターンなのか、職人が1彫り1彫り、全体のバランスを考えながら最終的に調和させて仕上げる手彫りなのかでも、人間が受ける印象は異なります。 |
この宝物のゴールドは、職人がランダムな放射状に鏨(たがね)を打って彫金しています。ランダムというのは規則正しく彫金する以上に難しく、見て違和感のない美しい彫金にするには、類稀なるセンスと高い技術が必要です。また、浅い彫金だと繊細な印象になりますが、深く彫金なので黄金の輝きがダイナミックで、力強い印象となっています。 |
彫金を施した面はフラットではなく、緩やかな凹面になっています。それ故に、ちょっと見る角度を変えたり、光の当たり方で驚くほど黄金の輝きが変化します。 |
エドワーディンとしては、彫金を施したゴールドの装飾が使われているのは珍しいです。 しかしながら力強く、格調高い雰囲気を放つ独特のゴールドは、この宝物のキーポイントとも言えます。 シッスル騎士の強さや気高さをよく表現していますし、ジュエリーとして見ても、時代を超越したモダンな雰囲気が感じられます。 |
3-3-4. 緻密なミルグレイン
このミニチュアの星章は、緩やかな凸状で制作されています。 |
8つの頂点に向けて光り輝くデザインはとてもカッコいいですが、細工する観点で見ると恐ろしい数のミルグレインが必要で、想像するだけで気が遠くなります。 |
鏨(タガネ)を打って1つ1つ磨き上げたミルの頭部は、どの部分を見ても驚くほど美しい半球状で、ピカピカに光り輝いています。 |
私は飽き性なので、集中力を途切れることなく持続させ、忍耐強くこの夥しい数のミルグレインを完成させたことに余計に感動してしまいます。尊敬しますし、お陰で私もこの宝物に巡り合うことができたので、感謝の気持ちも湧きます。 |
器用さだけでもダメ、集中力だけでもダメ、忍耐力だけでもダメ。 全てを併せ持つ、神技の職人だけが作り上げることのできる宝物です。 |
3-3-5. 完璧なグレインワーク
これまた光り輝き過ぎて分かりにくいのですが、短いフレームだと根本のゴールド側、一番長いフレームだと先端部分に隙間を埋めるようにグレインワークが施されています。丸い粒のようにしか見えない、完璧なグレインワークです。ダイヤモンドを留める爪も1つ1つが磨き上げられて粒のように際立っています。ミルグレインも含め、これらの細工はエドワーディアン・ジュエリーでこれ以上は望めない、スーパーハイレベルの仕事です!!この道45年のGenも感激していました♪♪ |
角度を付けてみると、いかいミルグレインやグレインワーク、ダイヤモンドの爪留めの球形状が際立っているのか感じていただけるでしょうか。これらの細工は粒の完璧な形を見て楽しむものではなく、完璧な形と滑らかな表面だからこそ放つことのできる、プラチナの力強い輝きを楽しんでもらうためのものです。 |
大きなものだとゴツく見えるかもしれませんが、実際は非常に小さな細工なので、プラチナの輝きは繊細さを感じる美しいものです。 |
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全体が凸状に作ってあるからこそ、外周の星のダイヤモンドとプラチナの輝きが豊かに変化し、単なる勲章の域を超え、煌びやかなジュエリーとして完成しています。 本当に素晴らしい宝物です。 |
裏側
ハイクラスのエドワーディアン・ジュエリーは裏側のゴールドワークが美しいものですが、これはその中でも群を抜いて綺麗です。ダイヤモンドの裏の窓の開け方が半端ではありません!この裏側までの完成度の高い細工は、最高水準のエドワーディアンの証なのです。 |
ブローチ・ピンのストッパー
ピンストッパーの作りにも、この宝物が徒者ではないことがよく現れています。ゴールドをタップリと使った堅牢な作りです。 |
作られてから100年以上経過した今でも、カチッと気持ち良く閉まります。これからも安心してお使いいただけます。 |
着用イメージ
小さなブローチなので、ジャケットの襟などにもお付けいただいても品良く楽しんでいただけると思います。本来の目的である夜会ではの着用の際には、煌びやかな他のジュエリーと合わせていたはずです。ゴールドとプラチナ、両方の金属でデザインされているため、どちらの素材のチェーンとも相性が良いです。 |
ヴィクトリア王女(1868-1935年)20世紀初期 | 天然真珠を使っているので、天然真珠ネックレスとの重ね付けも相性が良さそうです。 エドワーディアンで一番人気があり、格が高かったのは天然真珠ネックレスの重ね付けです。 当時の持ち主も実際、そのようなコーディネートをしていたかもしれませんね。 |
コーディネートのバリエーションを広げやすい、ジュエリーとしても魅力ある宝物です。 国を救ったスコットランドのアザミが守ってくれる、心強く頼もしいジュエリーにもなるでしょうか♪ |