No.00278 生命の躍動 |
『生命の躍動』 ルビー&シードパール ブローチ イギリス 1900年頃 ルビー、天然真珠、15ctゴールド 4.0cm×1.8cm 重量4.5g オリジナル革ケース付き SOLD |
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デザイン、宝石、作りの三拍子が揃った、特別なイギリス・アールヌーヴォーのブローチです。4つの鮮やかなルビーが目を引きますが、ハーフパールも類を見ないほど輝り艶が抜群です。当時のトップクラスの金細工師が作ったとみられる趣向を凝らしたゴールドの作りも素晴らしく、上流階級の中でも特に身分が高い人物がお金をかけて普段使い用に作らせたジュエリーとみられます。オリジナルケースも抜群に素晴らしく、魅力満載の宝物です♪ |
この宝物のポイント
1. 素晴らしいオリジナルケース 2. イギリスのアールヌーヴォー 3. 宝石に見る最高級品の証 4. 極上の作り |
1. 素晴らしいオリジナルケース
大変恐縮な話ですが、このように明るく濃いピンク色の鮮やかなルビーと、白く清楚な天然真珠と、明るいゴールドという色の組み合わせ、そして葉っぱを使った生命の躍動感あふれる表現デザインというのは、私にとって「琴線に触れる」と表現するのが妥当と言えるほど好みです(笑) |
このブローチ自体が感覚的にピンとくるほど好みだったので、すぐに買い付けると判断しました。 もちろん、その後の厳しいコンディション・チェックもパスしています。ジュエリーとしての出来が良く、感覚的にピンと来るものでも、この最後の難関をパスできないものも少なくありません。アンティークジュエリーの買い付けの難しさです。こういう時の残念な気持ちは半端なく、辛い気持ちを抑えながらも、ジャンクをご紹介するわけにはいきませんからお迎えはしません。 さて、それほど気に入ったブローチなのですが、数十年の経験値を持つGenと、これを見せてくれたイギリス人ディーラーは私が不思議に思うほどオリジナル革ケースばかりをベタ褒めしていました。 |
Genが何度もしつこく(笑)言ってくるほど私は宝物運が強く、それぞれのジャンルで過去最高の宝物が出てくると、本当に驚いているそうです。 素晴らしいオリジナル革ケース付きの優れた宝物もちょこちょこ見かけるので、それが普通なのかと思ってあまり注目していなかったのですが、オリジナルケース自体が稀少な上に、これは相当良いケースなのだそうです。 このあたりは経験年数の差ですね〜(私はようやく2年程の若輩者)。 |
1-1. アンティークのハイジュエリーのオリジナルケースとは?
アンティークの素晴らしいケース | せっかくなので、意外と分かっているようで分かっていない、アンティークのハイジュエリーに使われてる、オリジナルのケースの真の価値についてお話しておきましょう。 |
【参考】現代のティファニーの量産ジュエリーケース | そもそも現代のジュエリーケースは例外を除いて、どんなに高級なジュエリーでもケースも量産品です。 量産に向いた簡素なデザインと、汎用性のある単純な形状が求められるため、選べるのは素材や色くらいしかありません。 |
本当はヘリテイジでお取り扱いしている超高級ジュエリーは、それぞれに相応しいオーダーメイドの専用ケースに入れて送り出したいのですが、現代では優れたケースを作る技術も失われているため叶いません。 |
【参考】量産のハリーウィンストンのリングケース | |
作りと石は安物だけど価格はめちゃくちゃ高い、儲け上手のハリーウィンストンも当然ケースも量産品です。品物の実際の価値に対して異様な高額設定になっているので、ケースくらいはお金をかけてあげれば良いのにと思いますが、量産の安物ジュエリーにはこの程度のケースが相応しいということかもしれませんね。 ハリーウィンストンは中古市場で、ケースだけがウン万円という値段で売られていたりもします。高級ブランドの紙袋や紙箱なんかも中古市場で売買されていますし、それと同じような感覚でしょう。どんなに高級ブランドでも、例外を除けばジュエリーはある程度の数を作って販売する大量生産品です。「世界で限定1000個、シリアルナンバー付き」なんて宣伝文句で売られる場合もあったりしますが、そんなオリジナリティゼロのものを付けて楽しいのだろうかと私は不思議に思ってしまいます。 まあでも、オンリーワンのジュエリーを身に着けて楽しめるのは、自分がどういうものが好きかを絶対的に分かっている人だけです。ちなみに限定1000個は、売れ行きが良かった場合は少しだけバリエーションを変えてほぼ同じデザインのものが改めて販売されちゃいます。限定1000個が詐欺的に感じますが、ちょっとだけでも違う部分があれば問題ありません。いかにも詐欺っぽいやり口です(笑) 美的感覚を持たず、良いものかどうかを評価するための物差しを持たない成金にとっては、ブランドのお墨付きは絶対に必要なものです。 それが当該ブランド品であることが分かるブランドのロゴや、一目で分かるデザインは重要です。モノを見ても芸術性の観点からは価値が判断できず、高級品かどうか判断できない人でも、当該ブランドのものと分かりさえすればいくらくらいのモノか推定できるから都合が良いです。 |
【参考】ハリーウィンストンの量産のジュエリーケース | こういう成金ジュエリーを好む人は「素晴らしい造形でしょう?」とか、「デザインが素敵でしょう?」とは言わず、「これハリーウィンストンなのよ!」とか「石が○カラットもあるのよ!」とか「これウン百万円したのよ!」と自慢します。 自分が美的センスがないことを自白しているに等しい愚行にしか見えませんが、同類同士のマウンティングには効果的です(笑) |
当該ブランドのものとすぐに分かる必要があるので、特別な1点物というのはそもそもが成金にとって都合の良いものではありません。どんなに芸術的には価値が高いものだったとしても、他者に当該ブランドのものと分かってもらえないと意味がないのです。 大量生産され、大々的に宣伝されて知名度が高い高額商品は他者に自慢しやすく、成金が自己顕示欲を効果的に満たせる優れた商品ということです。だから今後も高級ブランドによる、この大量生産のスタイルは変わらないでしょう。 |
アンティークの素晴らしいケース | 1つとして同じものはない、複雑なジュエリーの形状に合わせて1点1点、専門の職人によって手作りされたのが、このような美しいフォルムのアンティークのジュエリーケースです。 素晴らしいハイジュエリーに相応しい美しい形状をデザインし、まずは木材でフォルムを作ります。 そこにモロッコ革を貼ります。 モロッコ革の色や質感で、ケース全体の印象が大きく変わります。 |
1-2. ヨーロッパ貴族とモロッコ革
Genとイギリス人ディーラーがべた褒めしていた今回のケースには、鮮やかな真紅とも、えんじ色とも言える美しいモロッコ革が使用されています。 |
20世紀に入ると、貴族をはじめとした上流階級の没落によって知識や教養のある使用人を雇うことができなくなっていきました。その結果、所蔵品の管理も行き届かなくなります。 このため現代ではどんなに高級なものでも、ジュエリーのオリジナルケースは長い年月の間に大半が失われてしまっているのです。 |
オリジナルケース自体、100年以上の時を超えて現代まで残っていること自体が奇跡的なことですが、このケースはコンディションも抜群で、ケースも非常に魅力があります。 高級感あふれるモロッコ革のアンティークのジュエリーケースですが、少しモロッコ革についても知ることにしましょう。 |
アンティークの素晴らしいケース | モロッコ革は皮革製品がお好きなら、ご存知の方も多いと思います。 柔らかくしなやかなモロッコ革は、現代の手袋や靴などにも広く使用されています。 |
モロッコ革で装丁された書籍(1912年) "1912 DerTod in Venedig" ©Foto H.-P.Haack (4 June 2008, 08:56)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
しかしながら元々は本の装丁、財布、高級な手荷物カバンの裏地などに使用されていました。 モロッコで作られるモロッコ革は古くからイスラム世界で使用されており、ヨーロッパにも輸入されるようになりました。 16世紀後半からヨーロッパ諸国で高級な本の装丁として高く評価されるようになりました。 耐久性に加えて、金の箔押を惹き立ててくれる高級感あふれる素材だからです。 |
Voyages and Travels to India, Ceylon, and the Red Sea, Abyssinia, and Egypt, in the years 1802, 1803, 1804, 1805, and 1806 | ||
『アンズリー家の伯爵紋章』 イギリス 19世紀初期 ¥1,230,000-(税込10%) |
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著者の経験や知識が詰め込まれた『書籍』は、人類皆にとっての宝物です。 『アンズリー家の伯爵紋章』の最後の正統な持ち主マウントノリス伯爵ジョージ・アンズリーも、秘書&案内役のヘンリー・ソルトと1802-1806年にかけて巡ったエジプト、紅海、インド、スリランカの見聞録を書籍にまとめています。 伯爵が執筆した書籍だけあって装丁も豪華です。ジョージ・アンズリーの紋章も箔押されています。 |
現代では出版のハードルが下がっており、情報を発信することもインターネットを使って個人レベルでいくらでも可能となりました。価値のある専門書であれば今でも十万円を超える高値が付く書籍もありますが、タダみたいな値段で買える本が中古市場に溢れかえる時代です。 情報としての価値が低い書籍は作りも安いです。何でも同じことですね。安物の書籍はお金をかけて装丁されることはありません。それどころか紙すらもコストカットで低品質のものしか使われない状況です。そのような紙で作られた本はすぐに変色します。 古い本は変色して当たり前と思っていらっしゃる方が多いでしょうか。意外と盲点で、意識されている方は少ないのですが、『紙』も時代の変化と共に著しく品質が低下しています。 |
岡山の吹屋のベンガラ色の街並み(2014年7月) | 何度か触れている通り、サラリーマン時代に岡山にいたことがあり、詳しい友人に高梁市成羽町の吹屋という場所に連れて行ってもらったことがあります。 江戸時代中期頃から幕領地として銅山町として発展し、幕末から明治時代にかけてはさらに日本唯一のベンガラ(赤い酸化第二鉄)の巨大産地として繁栄を極めた地区です。 |
明治期の賞状やポスター(旧片山家住宅) | そこでは様々な面白い出逢いがあったのですが、特に私にとってインパクトがあったのが旧片山家住宅で見た『紙』でした。 当時のものを展示してあるはずなのに、妙に綺麗すぎる紙があったので新品が混じってるのかと思いました。 でも、それらは明治時代のもので、少なくとも100年以上前のものばかりだったのです。 真っ白な賞状や、130年ほど経っていても色鮮やかな1886年のポスター。 今作ったばかりのようなこれらの印刷物は、本当に衝撃的でした。 |
和紙を漉く道具(2014年8月) | その時は旅の途中だったので、昔の物って凄いなくらいで終わってしまったのですが、翌月に謎が解けました。 岡山高島屋で岡山の伝統工芸を特集したイベントがあり、別の友人が作州絣で出展すると聞いて出かけてみたら、津山松平家の御用紙を漉いていた上田手漉和紙工房さんが横野和紙を出展していたのです。 体験ができるとは知らなかったので私の格好がチャラいですが(笑)、左の7代目の和紙職人さんに教えていただきながら和紙を漉いてみました。 |
和紙漉き(2014年8月) | ネイルが青い・・(笑) 後日、吹屋に連れて行ってくれた超優秀な友達がアテンドしてくれたお陰で、津山市にある工房でさらに詳しくお話を伺ったのですが、職人さんも現代の紙は本当にダメだと仰っていました。 材料の質はもちろん悪くなっていますが、特に化学的に漂白してしまうのが致命的なようです。 一瞬白くはなりますが、繊維がズタボロに痛むので著しく強度が低下します。すぐに変色し始め、やがてはボロボロになります。養殖真珠と同じ過ぎて笑えます。 |
戦後は高度経済成長による大量消費社会の到来もあって、ジュエリー同様に紙もコストカットのための品質低下が著しく進みました。 だから紙で作られた本も数十年でボロボロになってもそれが当たり前という意識が、日本人の中に根付いてしまいました。 |
明治期の印刷物(旧片山家住宅) | 明治期の印刷物(旧片山家住宅) |
そんなポンコツだった私の意識を根底から覆してくれたのが、吹屋で出会った100年以上経っても鮮やかで美しいこの紙たちなのです。 |
時祷書(15世紀頃) "Getijdenboek Van Reynegon(16e eeuw), KBS-FRB" ©King Baudouin Foundation, photo: Philippe de Formanoir(2007)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
時祷書(1440年頃) |
今は書籍の地位が著しく低下し、中身の紙まで含めて作りも安っぽいものだらけですが、本来書物は非常に価値ある貴重なものでした。特別なものは驚くべき技術と手間をかけて作られる超高級品であり、それこそ上流階級が贈り物や自身の宝物とするためにオーダーして作らせることもしばしばあったくらいです。 |
古代ギリシャの哲学者ソクラテス(紀元前469-紀元前399年) | ソクラテス以上の賢人はいないとデルポイのアポロン神殿で御神託された古代ギリシャの偉大な哲学者、ソクラテスも本の大切さは以下のように言及しています。 「本には人生が詰まっている。本をよく読むことで、自身を成長させていきなさい。本は著者が苦労して身に付けたことを、いとも簡単に手に入れさせてくれるのです。」 一方でソクラテスは、「良い本を読まない人は、字の読めない人と等しい。」とも言っています。 勉強熱心なジュエリー好きが、業界にとって都合の良いことばかりを書いた書籍を読みまくって、さも自分は知識がたくさんあってジュエリーについてよく分かっていると思い込んでいるケースを散見しますが、何も知らないに等しく壮大な時間の無駄遣いと感じます。もったいない。学ぶ量以上に、何を学ぶかは重要です。 |
マウントノリス伯爵ジョージ・アンズリーの旅行記の初版本(1809年) | モロッコ革で装丁された書籍(1912年) "1912 DerTod in Venedig" ©Foto H.-P.Haack (4 June 2008, 08:56)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
古い時代の重要な本は、高価な宝物でした。イギリス貴族は芸術のみならず学術の分野においても、最高のパトロンとなって学芸の発展をバックアップしてきました。旅行記とは言っても、当時普通の人では到底行けない場所にその分野の最高の学者を連れて行ってまとめあげた優れた書物です。左はその初版本なので、特に装丁が立派です。上の書籍はどちらもモロッコ革に金で箔押をされた装丁ですが、100年違うだけで箔押のレベルがかなり落ちているのも興味深いです。 いずれにしても、美意識のある時代は、中にある素晴らしい宝物を包むために外装にも当然のようにお金と技術と手間をかけます。そして、ヨーロッパ貴族からその材料として相応しいとされていたのが美しい箔押のモロッコ革だったというわけです。 |
1-3. 最高級のモロッコ革
モロッコの革と言えば、伝統的な履物であるバブーシュがあり、今でも作られています。バブーシュには山羊や羊、牛、ラクダの革が使用されます。 一言でモロッコ革と言ってもその品質はピンキリで、当然ながらレベルも昔のものの方が断然上です。最高級の革は山羊の皮で作られます。 |
スマック "Sommacco" ©Dedda71(21:57, 5 October 2008)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
染色となめし材には、伝統的にスマックというウルシ科の植物の葉で行われていました。特定種のスマックの葉は、植物タンニンなめしに使用されるタンニンという物質を生成します。スマックタンニンでなめした皮はしなやかで軽く、色も明るくなります。古い時代は赤や黒に染められることが多かったのですが、緑や茶色などに染めることも可能でした。 |
【参考】現代のカラフルなバブーシュ | 現代ではどんな色にも染められるというのが売りになっているようですが、案の定、手間をかけていないものからは、手間と技術をかけなければ出せない、アンティークの深みのある美しい色彩は感じられません。 この手の違いを感じ取れるか否かは、もはや知識などではなく持って生まれた才能の領域です。 |
染めと刺繍の色留袖(大正時代)HERITAGEコレクション | アンティークの着物に興味を持つ前、京都の伝統工芸士の染め職人と工房で話す機会がありました。 工房を統括している女性だったのですが、「昔の人の方がもっと凄い。どうやったらここまで出来るのかと思う作品が多々ある。どうやっても昔の優れた職人には敵わない。」と言っていました。 傑出した才能がある方だったので、そんなことはなくて貴方ならばどんな色でも出せるのではと尋ねたのですが、絶対に不可能と言っていました。 |
本藍染の無地(現代)HERITAGEコレクション | ちなみに藍染の色も、藍染以外の技法では出せないと仰っていました。 似せた色を作ることはできても、どうしても同じ色にはならないそうです。 藍の発酵・熟成させた染料、?(すくも)という天然の材料を使って何度も生地を染めることで、少しずつ色に深みを出していく藍染も二度と同じ色は出せない技法です。 藍の質、発酵・熟成の具合、染める際の気温や湿度、染めの回数など、たくさんのパラメーターが複雑に影響します。 また、絹の質によっても染まり方は全然違います。 |
実のついた桑の木 "MorusAlba" ©Fanghong(11 April 2005)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
戦後は日本も環境汚染が進んで蚕が食べる桑の葉の質が悪くなり、空気や水も汚染されていったとで、アンティークの高級な着物に使われているレベルの良質な絹を得ること自体が不可能となりました。あらゆる点で、モノづくりは昔のようなレベルで行うことは不可能となったのです。 |
虫食い葉の竹の小紋(昭和初期)HERITAGEコレクション | 論理的にはそういうことなのですが、生産者側も食べていかなければならないので、昔の方が優れていた事実を大々的に主張することはできません。 昔の優れた職人に対する強い尊敬の念があり、才能がある人ほどせめて同じレベルのものを作りたいと思います。 しかながら職人の手仕事によるモノづくりの環境は全く変わってしまい、現代では真面目に技術の再興にトライしようにも、あまりにもお金や時間がかかりすぎて経済活動の持続性という観点からも不可能です。 才能ある職人にとってはかなり辛い状況です。 |
枝垂れ梅と椿の小紋(昭和初期)HERITAGEコレクション | 感覚が備わっていない人は、色の微妙な違いなんて分かりません。 違いが分からないから、どうでも良いものとしてなおざりにします。 才能がある人ほど常人では分かりえない極僅かな違いでも『全然違うもの』と認識し、絶対に許すことができないのです。 この才能の違いは目には見えませんが、確実にあります。 目には見えないし、それを説明する術がないからこそお互い永遠に分かりえなかったりします。 違いにどういう状況なのか分からないのです。 どんな色でも出せる、昔の人たちと同じものは時間さえかければ作れるなんて言う人がいたら、才能があるのではなく単に違いが分からない人です。 職人や評論家、研究家には絶対に必要な、僅かな違いでも感じ取れる才能すらない人ほど、無自覚故に偉そうに語るのが現実です。分かる人ほど謙虚です。 偉そうにしている人の言動は話半分程度に聞くのが正解でしょう。むしろ聞く価値はゼロです。いや、間違った知識をインプットされかねないのでマイナスです(笑) |
本藍染の着物と化学染料の八掛(現代) | 左の八掛(着物の裏地)は、藍染と完全に同じ色にはならないけど極力似せるということで彼女が染めてくれたものです。 色合いはもちろん違いますが、色の深みや質感などは画像では分かりません。結局こういう女性が身に着けるものは、実物が放つリアルな美しさこそが重要です。 そこが感じ取れない人には、どんなに手をかけた素晴らしいものであっても無用の長物です。 この着物も彼女も、こうして様々な気づきを与えてくれた私の人生の宝物です。 普通は先述の通り、昔の人には敵わないなどとは販売する側の立場だと客側には言えないはずですが、本当に優れた職人だからこそ、本当のことをこっそりと教えてくれたのでしょう。 後で私の中でこうやってつながるとは思ってもみませんでしたが、本当に人生の全ての出逢いに感謝ですね。 |
上 | 下 |
そういうわけで、このオリジナルケースのモロッコ革も、現代では出すことができない深く鮮やかな美しい赤色です。赤か黒が定番カラーとして染められていた古い時代のモロッコ革ですが、この赤色もとても高級感があります。古の書籍同様、アンティークジュエリーという宝物を納めるに相応しい革張りのケースです♪ もちろん高級で貴重な革をケチった「びんぼっちゃまくん・スタイル」ではなく、底を含めた全体に贅沢にモロッコ革が貼られた贅沢な作りです。びんぼっちゃまくん・スタイルが分からなくて気になる方は、こちらをご参照ください。 |
1-4. エレガントな形状
このケースは形状が特殊です。 |
ジュエリーの複雑な形状に合わせて作られた、一点物ならではの独特の形状は、オリジナルケースの面白さの1つだったりします。 |
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エナメル&ダイヤモンド ブローチ フランス 1860年頃 一番大きなダイヤモンド 約0,7ct 総キャラット約3キャラット SOLD |
このオリジナルケースも、ピンの形状に合わせて立体的に作られています。 | ||
『フェズを被った男』 アメジスト カメオ ピン イタリア(?) 1870年頃 オリジナルケース付 SOLD |
イースターエッグ ロシア 1900年頃 オリジナル革ケース付き SOLD |
あくまでも主役は中にあるジュエリーなので、ケースの形は宝物の形状に沿いながら、宝物を惹き立てる形状であることが通常です。 |
このパリュールも、中の宝物の形に沿ながら最高にエレガントでゴージャスに見えるような形状デザインです。 | |
『春の花々』 ウェッジウッド社 ジャスパーウェア パリュール イギリス 1860〜1870年頃 SOLD |
あるいは『ダイヤモンドのエイグレット』のように、トレンブランの動作機構を不測の衝撃などから守るために十分にゆとりを持たせた、宝物にとっての安全な形状となる場合もあります。 | |
『ダイヤモンドのエイグレット』 トレンブラン ブローチ&髪飾り フランス 1880年頃 SOLD |
そんな中で、このケースはブローチの形状にシンプルに沿う楕円や長方形などの無駄のない形状ではなく、わざわざ美しさを目的としてゆとりを持たせた、独特の形状で作られています。 手前に突き出した独特の形状の、ゆとりあるスペースの中央に堂々と鎮座するブローチは、窮屈にセットされた場合は絶対にこうはならないであろう、独特の格調の高さを放っています。 |
栗のような形をしており、上部は扁平ではなく、中央に向かってふっくらと高さを出した立体感ある形状です。 |
下も底はもちろん平らですが、端の方は丸みを持たせた厚みのある形状です。 側面は少し内側に引っ込ませて、平らに整えた形状になっており、上下のふっくら感を引き締める良いアクセントになっています。 |
1-5. 素晴らしい箔押
この特別なケースは、金の箔押も見事です。ケースにとって外観は重要なので、外から見えるこの部分にはハイクラスのジュエリーケースともなれば当然エレガントにデザインされた美しい箔押が施されます。 |
しかし驚くべきは、内側に施された箔押です。このケースは上下とも、内側の縁に繊細な箔押が施されています。ここまで繊細でエレガントな箔押が内側の上下に施されたケースは過去のアンティークのケースを見ても存在せず、長い経験があるGenやイギリス人ディーラーがケースを熱心に賞賛していたのも納得なのです。 |
細かい部分はここまで拡大しても繊細です。 また、上部のみならず側面にも、縁を彩るように箔押が施されています。 中のジュエリーのみならず、それを入れるためのケースに至るまで、これほどまでに美意識が行き渡っているのを見ると、本当に嬉しくなります♪ 19世紀中期以降のケースに比べて、19世紀初期のケースはあらゆる点で作りの素晴らしさが格段に違うことを改めて感じさせます。 |
ケースの素材となる革は、ジュエリーの素材となる金属やエナメルと違って経年変化が大きいです。 だから100年以上の年月のうちに、大半のアンティークジュエリーはオリジナルケースが失われてしまっているのです。 『古からの贈り物』は、約200年も経た革のケースとしては大変コンディションが良いです。 約200年もの時を経た革だからこその、良い味が出ています。 このぐらい古い革ケースは、保管状態が悪くてボロボロになっている物も多いので、本当にラッキーでした。 ケースの内側の縁には、太いライン状のゴールドで箔押されています。 |
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『古からの贈り物』 シャンルベ・エナメルとカンティーユ&粒金のコラボレーション!!!♪デミ・パリュール フランス 19世紀初期 SOLD |
上下両方に施されており、光の角度によって時折太い線でピカっと黄金の輝きを放って高級感は抜群です♪ |
ダイヤモンド ペンダント&ブローチ イギリス 1920年頃 SOLD |
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透かし細工と独特のデザインが見事な、このダイヤモンドのペンダント&ブローチもオリジナルケース付きでした。 1920年頃という、私たちが扱う中ではアンティークジュエリー末期の比較的新しいものですが、最高級品として作られているだけに、オリジナルケースの外側に加えて、内側の上下の縁にも美しい箔押が施されています。 |
アールデコ ダイヤモンド リボン ブローチ |
ちなみにこれはアンティークのケースを使ってフィッティングし直したケースです。 素晴らしいアンティークのケースは、現代では同じレベルのものを作ることができません。だから中身だけをフィッティングし直して使うのです。 優れたアンティークのケースは使い捨てではなく、単品でもこのようにして長く使い続けることができます。このため、大したことないものでも数万円でアンティークのケースだけが市場で売られていたりもします。 このケースは変形8角形の複雑でエレガントな形状が素晴らしいですね。内側にも上下にドット状の箔押があります。 |
メンズ・ジュエリーの場合、これだけ遊び心やお金を投入して作られたハイジュエリーを入れるための素晴らしいケースでも、中は箔押がないシンプルなデザインだったりします。 | |
『ダイヤモンドの原石』 クラバットピン&タイタック イギリス 1880年頃 SOLD |
『フェズを被った男』 アメジスト カメオ ピン イタリア(?) 1870年頃 オリジナルケース付 SOLD |
メンズ用のムーア人を彫ったアメジストのカメオという特殊なクラバットピンも、ケースの箔押はシンプルです。 |
これはオリジナルのジュエリーとは別々になってしまったアンティークのケースです。箔押はシンプルです。大体はある程度のハイジュエリーであっても、このようなタイプが多いです。 |
この点では、今回の宝物は王室御用達の最高級店で扱うクラスのジュエリーに勝るとも劣らない、優れたケースが使われていると言えます。右のデミパリュールは王侯貴族が富と権力を誇示するための、華やかな場所で使うためのものとして作られているので、誰から見ても一見して高そうなことが分かります。しかしながら、左は知識や感性がないと最高級品であることは分かりにくいと思います。 王侯貴族は毎日華やかなドレスを着て過ごしているわけではありません。同じクラスの親しい人たちにしか会わない日常では、普段用の装いで普段用のジュエリーを身に着けます。ジュエリーは華美ではないものの、その人自身を表すような、お金や技術、手間をかけて作られたセンスの良さを感じられる品良く上質なものです。このルビーと天然真珠のブローチは、かなり身分の高い王侯貴族の普段用のジュエリーとして作られたものと推測します。 |
1-6. 時代と共にレベルが落ちた高級ジュエリーのケース
【参考】1930年代のカルティエのケース | Gen曰く、現代でもカルティエは昔と同じデザインでケースを作っているけれど、品質はかなり低下しているそうです。 左は1930年代のもので、コンディションはあまり良くありませんが、元々の品質的には革も箔押もまだきちんとしてそうです。 |
【参考】1930年代のカルティエのケース | 中も上側の内張はシルクで、CARTIERのブランド名が金で箔押されています。 ケースの内側の革の縁に金の箔押の装飾はありませんが、ヘリテイジで扱うアンティークのハイジュエリーを入れるためのケース同様、きちんとしたケースです。 |
【参考】現代のカルティエのケース |
現代のケースは、確かにデザインだけは同じですが、かなりコストカットして作られていることが伺えます。合成皮革なのか本革なのかは分かりかねますが、革の質感がかなり安っぽく、色も深みがありません。箔押も薄っぺらさをひしひしと感じるプリントです。金具もよくある量産品です。 |
【参考】1930年代のカルティエのケース | 【参考】現代のカルティエのケース |
現代のカルティエはジュエリー自体が量産品で、ケースもクオリティよりコストカットを重視して作られた量産なので、でどうしても安っぽいのです。 少なくとも手間をかけて作ったなめし革ではないので、右上のケースの革表面は不自然なまでに均一なキメの模様しか付いていません。所謂"人工っぽい"感じです。 天然ではありえない模様や質感は、人間に違和感を与え、感性が優れた人には安っぽく感じるのです。 |
【参考】現代のカルティエのケース | さて、中身はどうなっているかと言うと、シルクの内張とベルベットのフィッティングは既に止めたようです。 素材も形状も、ブランド名の箔押プリントも完全に安っぽくなっています。 安っぽいというか、実際ケチってコストカットした結果、お金も手間もかけていないので安物がその通り安っぽく見えているだけです。 |
【参考】現代のカルティエのケース | 【参考】現代のカルティエのケース |
なぜかトラやヒョウっぽいモチーフが人気のようです。 稚拙な造形がチープさを引き立たせており、成金っぽさが半端なくて笑えます。 こんなもの買う人がいるんだろうかと笑っちゃうのですが、お笑いのためにやることはありえないので、成金はこういうものが好きなのでしょうね。ケースの中身は黒だけでなく白もバリエーションにあるようですが、どれも少量生産ジュエリーのために作られた小ロットのケースですらなく、明らかに量産品です。 |
特別な一点物のジュエリーのために、専用に作るオリジナルのケースがいかに特別な高級品であったかを思い知らされます。 |
【参考】1930年代のカルティエのケース | 【参考】現代のカルティエのケース |
現代ではパーツを底にしまうセッティングすらやらないようですね。アンティークの素晴らしいケースを知らないとそんなものかと思うかもしませんが、パーツは見えない底に収納するケースの存在を知ってしまうと、ジュエリーと一緒にパーツが見えるなんて見苦しいとしか感じられません。 昔と同じなのはデザインだけで、かなり酷いコストカットによって『同じケース』と言うのが憚られるほど質は低下しています。ブランドに胡座をかき、過去の栄光にしがみつくやり方は、過去の素晴らしい実績まで汚しかねません。残念ながら全てのブランドが進化ではなく劣化し、残骸のような形で生き残っているのが現状なのです。 |
【参考】現代のカルティエのケース | もはや八角形ではないものすらあります。 全盛期は様々な才能ある人たちがジュエリー制作・販売に携わっていたのでしょうけれど、今は何が大切なのか分かってもいない人が、単に金儲けのためだけにやっています。 だから、それっぽく見えればいいだろうという思想の元、極限までコストカットするのです。 買う側も何が大切のかは分かっておらず、とりあえずブランドというだけで買ってしまうので経済活動としては成立してしまい、さらなる品質の低下が進行するのみです。 |
1-7. 公爵家の御用達宝飾店の取り扱い
この宝物は1796年に設立されたロンドンのダイヤモンド商、JAYSがお取り扱いしたものです。 |
コロネットは公爵を示す8枚の苺の葉を様式化したもので、JAYSがどこかの公爵家の御用達だったことが分かります。 |
公爵 "Coronet of a British Duke" ©Sodacan(20 July 2010)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 公爵家と聞くと王族に比べて劣るイメージがあるかもしれません。 でも、イギリスの爵位貴族の中で一番上となる『公爵』は、実は一部に王族も存在するほどの別格の身分であることをご存知でしょうか? |
1-7-1. イギリスの貴族制度の始まり
イングランド王ウィリアム1世(1027-1087年) | イングランドに確固たる貴族制度を最初に築いたのはフランスのノルマンディー公、後の征服王ウィリアム1世です。 1066年にイングランドを征服し、イングランド王位に就いたのですが(ノルマン・コンクエスト)、この時に重用した臣下もフランスから連れて来たノルマン人だったため、大陸にあった貴族の爵位制度がイングランドにも持ち込まれることとなったのです。 |
1-7-2. 最初の公爵 コーンウォール公爵
イングランド王エドワード三世(1312-1377年) | エドワード黒太子(1330-1376年) |
イングランドにおいて、『公爵』は伯爵と男爵に続いて創設れた爵位です。1337年にイングランド王エドワード三世が皇太子エドワード黒太子にコーンウォール公爵位を与えたのが最初です。 |
チャールズ王太子 "Prince Charles Ireland-4" ©Northern Ireland Office(22 May 2019, 16:52:27)/Adapted/CC BY 2.0 |
ちなみに現在のコーンウォール公爵はプリンス・オブ・ウェールズのチャールズ王太子です。 1421年の勅令にて、コーンウォール公爵の公位はイングランド王位の継承者である、王の最年長の男子のみに相続されるとされています。 |
コーンウォール公爵の紋章 "Arms of the Duchy of Cornwall" ©Sodacan(20 July 2010)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
コーンウォール公爵の公領はおよそ570平方km以上の土地からなり、その半分はデヴォンにあります。 公爵は領地から地代を受け取る権限を持ち、さらにコーンウォール公爵は公領において他にもいくつかの特別な権限を持っています。 イングランドやウェールズと異なり、コーンウォール州長官は国王ではなく公爵によって任命されます。 |
コーンウォール州 "Cornwall UK locator map 2010" ©Nilfanion(16 November 2010)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
コーンウォール半島 "コンウォール半島の大地形" ©?月例祭(2018年10月14日)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
また、公領内で無遺言だったり相続人がいなくなった土地や発見された埋蔵物、及びコーンウォールの海岸で難破した船は公爵のものとなります。 コーンウォール以外では、そのよう財産は国王のものとなります。 |
星空を見上げるパイ "Baked stargazy pie" ©Krista(15 April 2007, 23:09)/Adapted/CC BY-SA 2.0 |
コーンウォールと言えば例のふざけた見た目のパイの発祥の地ですが、チョウザメが獲れることもあるようです。 イギリスで捕らえられたチョウザメは通常国王に対して(儀礼的に)献上されますが、コーンウォールで獲れた場合は公爵に献上されるのだそうです。 2003年の公領からの収入は1,000万ポンド近く(約15億円)ほどもありました。 |
コーンウォール公領は所得税を免除されていますが、チャールズ王太子は自発的に納税しています。現代では庶民から反発を受けないために王侯貴族が王侯貴族らしいことをしにくい時代ですね〜。ある意味、すっかり面白みのない時代になってしまいました。 と言いつつ『星空を見上げるパイ』の右側の魚と目が合ってしまい、面白くて私は笑いそうです(笑) |
1-7-3. 2番目の公爵 ランカスター公爵
イングランド王ヘンリー三世(1207-1272年) | 初代ランカスター公爵ヘンリー・オブ・グロスモント(1310頃-1361年) |
1337年のコーンウォール公爵に続いて、1351年に同じくイングランド王エドワード三世が3代前のイングランド王ヘンリー三世の曾孫ヘンリー・オブ・グロスモントに与えたのがランカスター公爵の爵位でした。これにより公爵位が貴族の最上位で、王位に次ぐ称号であることが明確化しました。ところで左のヘンリー三世は国王ですが、公爵のコロネットと同じ苺の葉だけのデザインの王冠を被っていますね。 |
1-7-4. 公爵の地位の高さ
イングランド王リチャード三世(1452-1485年) | 初代ノーフォーク公爵ジョン・ハワード(1425頃-1485年) |
公爵は王族に与えられていたのですが、臣民に初めて公爵位が与えられたのは1483年のことです。イングランド王リチャード三世を支持し、ジョン・ハワードがノーフォーク公爵位を与えられています。ちなみに二人共ボズワースの戦いで敗死しており、リチャード三世は戦死した最後のイングランド王です。そんな古い時代のイギリスの王侯貴族らしい勇ましい二人ですが、ジョン・ハワードも祖先を辿れば王族に辿り着く人物です。 |
イングランド王/スコットランド王 チャールズ2世(1630-1685年) | その後、臣民の公爵位はステュアート朝期、特に王政復古あとの最初の国王チャールズ2世の時代に急増しています。 王位も危うい不穏だった時代背景を考えれば納得ですね。 その後のハノーファー朝期にも公爵位の授与が行われ、最も多い時期には40家もの公爵家が存在しました。 しかしながら年長男子の単独相続しか認めないイギリスの厳密な貴族制によって、家系の断絶で次第にその数は減少しました。 2014年時点で臣民の公爵家は24家にまで減っています。 |
チャールズ・ゴードン・レノックス(1955年-) "Lord Marcg" ©Matt Sills" (26 July 2011, 15:00:38)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
王族だけが特殊なわけではありません。 チャールズ・ゴードン・レノックスのように一人で3つのイギリスの公爵位を保有する人もいます。 リッチモンド公爵、レノックス公爵、ゴードン公爵の3つです。 かなりお金持ちそうです。 |
第7代ウェストミンスター公爵ヒュー・グローヴナー(1991年-) "7th Duke of Westminster" ©UK Goverment(26 June 2018, 16:48:04)/Adapted/OGL v.3 |
ちなみに英国一裕福な貴族として世界的に知られているのがウェストミンスター公爵です。 現在のウェストミンスター公爵ヒュー・グローヴナーは2016年に父の死去によって爵位を継承していますが、2019年時点でまだ20代です。 複数の爵位を保有しており、ウェストミンスター公爵を筆頭にウェストミンスター侯爵、グローヴナー伯爵、ベルグレイヴ子爵、チェスター州におけるイートンのグローヴナー男爵、イートンの準男爵です。 イギリスの貴族、実業家、大地主、大富豪として資産額は90億ポンド(約1兆3,500億円)に及び、30歳未満の人間の中では世界で最も裕福な人物と言われています。 |
ノーフォーク公爵が居住するアランデル城と周辺 "1 castle arundel aerial pano 2017" ©Chensiyuan(28 June 2017, 15:33:03)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
大英帝国の君主は国王ですが、イギリス貴族は大英帝国を構成する諸地域の領主であり、小国1つの王と言っても過言ではない存在なのです。現在でも王族を含めて、たったの31人しかいないのがイギリスの公爵です。 |
アンシャンレジームを風刺した絵(1789年) | 1789年の革命前のフランスはお金で爵位を乱発しまくった結果、左のアンシャンレジームの風刺画からも分かる通り、人口構成比から見ておかしなくらい貴族が増え、貧乏人に毛が生えた程度の『貴族』も大量発生していました。 革命が起きていないドイツでも1880年には2万人もの貴族がいました。 この時イギリス貴族は僅か580人で、その中でも公爵は40人以下という僅かな数です。 |
イギリスの公爵という存在がいかに限られた別格の存在であるかがご想像いただけたでしょうか? だから、その御用達の店が扱うものも間違いなく超高級品だったはずなのです。 |
2. イギリスのアールヌーヴォー
2-1. イギリスでは珍しいアールヌーヴォー作品
それではようやくブローチの方を見ていきましょう。 デザインは葉を表現した植物モチーフと優美な曲線が特徴で、所謂アールヌーヴォーという感じです。 |
『エメラルド・グリーン』 アールヌーヴォー ブローチ&ペンダント フランス 1905〜1910年頃 SOLD |
アールヌーヴォーと言えば発信地はフランスですが、アールヌーヴォーのデザインの特徴のである植物模様と曲線による表現の元となっているのはイギリスのアーツ&クラフツでした。 |
アーツ&クラフツ運動を提唱したウィリアム・モリスによる壁紙デザイン『トレリス』(1862年) | イギリス人にとって、植物と優美な曲線によるデザインは既に見慣れたものであり、フランスのアールヌーヴォーには当然ながら、あまり目新しさを感じることができませんでした。 |
『フラワー・ステッキ』 ダイヤモンド フラワー ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
フランスのアールヌーヴォーは19世紀末期から20世紀初頭にかけての流行でしたが、イギリス人にとっては一世代前の流行デザインというイメージだったのです。 |
『MODERN STYLE』 ダイヤモンド ゴールド ブローチ イギリス 1890年頃 SOLD |
このため世界でアールヌーヴォーが大流行した時代に、イギリスではもっと先を行ったデザインが生み出されていました。 曲線に加えて直線による表現も加わった、シンプルなだけではない、絶妙なスタイリッシュさを感じさせる普遍のデザインです。 |
『The Beginning』 エドワーディアン ダイヤモンド&エメラルド リング イギリス 1910年頃 SOLD |
そこからさらに直線的なデザインが特徴であるアール・デコの時代に移っていくのです。 |
この宝物はロンドンにある、公爵御用達の店で販売されたブローチで、金位もイギリス独自の15ctなので間違いなくイギリス製です。 |
アールヌーヴォー的なデザインの、珍しいイギリス・ジュエリーと言えます。 |
2-2. 一般的なフランスのアールヌーヴォーとの違い
アールヌーヴォー シードパール ネックレス イギリス 1900年頃 SOLD |
イギリスのアールヌーヴォー的なジュエリーはとても珍しいのですが、44年間という高級アンティークジュエリーお取り扱い年数の中で、ゼロではありません。 |
『幸せのメロディ』 ダイヤモンド ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
『ベルエポックの華』 イギリス 1900-1910年頃 SOLD |
『幸せのメロディ』はアールヌーヴォーより前のものですが、ありのまま自然な形で植物をデザインしたアーツ&クラフツとは異なる、「様式化されて進化した植物モチーフと、優美な曲線によるデザイン」という括りで集めると、イギリスでもこのようなアールヌーヴォー的なデザインの宝物がありました。デザイン的には類似点があっても、ジュエリーとしてはフランスのアールヌーヴォーとは明らかに異なる特徴を持っています。 |
ベルエポックの精神を表現したポスター(1894年)ジュール・シェレ | アールヌーヴォーが大流行した時代、共和政フランスで消費を牽引したのは中産階級の若い女性たちでした。 共和政に移行したフランスには、イギリスのように庶民のファッションリーダーとなる"気品と教養に溢れた王侯貴族"はおらず、売春婦が昇格しただけのド派手な成り上がり女優が新たなファッションリーダーでした。 ベルエポックのフランスの若い女性たちは、消費意欲は旺盛です。 でも、それまでジュエリーを着けたことがなく、教養もないため何が良いものかが分からず、何を選んだら良いかも分かりません。 |
【参考】安物のアールヌーヴォー・ジュエリー | ||
そういう女性たちで大儲けするために、アールヌーヴォー期にはデザインだけそれっぽく見せた安物ジュエリーが大量に作って売られました。ブランドや作家名が付いていたり、庶民が大好きな『百貨店』で売れば、どんなに酷いものでも大喜びで買ってもらえるチョロい商売です。"アールヌーヴォー"の名の元となったアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデやサミュエル・ビングが、「はびこる粗造乱造の装飾品」と告発したほどでした。 昔のものは現代ジュエリーに比べれば手をかけて作られるものなので作りがマシだったりもしますが、基本的にシルバーは安物です。また、ゴールドも1848年のカリフォルニアのゴールドラッシュ以降、そこまで稀少価値が高い金属ではなくなっているのでハイジュエリーでなくともゴールドジュエリーは存在します。 |
【参考】安物のアールヌーヴォー・ジュエリー | 【参考】安物のアールヌーヴォー・ジュエリー |
鋳造で量産したデザインは使い回し、作りは酷いジュエリーがたくさん作られ、アールヌーヴォーのイメージとなってしまい長きにわたってヨーロッパではアールヌーヴォーのイメージが悪いものとなってしまいました。そういう安物はアンティークジュエリー市場でいくらでも手に入るので、儲けたいだけのディーラーによって、フランスやアールヌーヴォーという名前だけで喜ぶひと昔前の日本人の中産階級に数多く販売されました。 |
【参考】安物のアールヌーヴォー・ジュエリー | このような明らかな安物のフランス・アールヌーヴォー・ジュエリーとは、イギリスの高級なアールヌーヴォー・ジュエリーは異なりますが、高級品と比べても異なります。 |
Biranger社 アールヌーボー ペンダント フランス 1890〜1910年頃 SOLD |
『静寂の葉』 アールヌーヴォー プリカジュールエナメル ペンダント オーストリア又はフランス 1890年〜1900年頃 SOLD |
フランスのハイクラスのアールヌーヴォー作品はエナメルなど、特に細工にこだわって作られているのが特徴です。 |
『エメラルド・グリーン』 アールヌーヴォー ブローチ&ペンダント フランス 1905〜1910年頃 SOLD |
宿り木 ブローチ&ペンダント フランス 1900〜1910年頃 SOLD |
アールヌーヴォー ルビー・リング フランス 1890-1900年頃 SOLD |
フランスのアールヌーヴォーでも高価な宝石を使ったハイジュエリーはもちろん存在しますが、まるで示し合わせたかのように、必ずと言って良いほどゴールドだけの造形がデザインの一部に存在します。このような、ゴールドをふんだんに使ったゴールドだけの造形が、フランスのアールヌーヴォーにある種の退廃的な雰囲気も添えているような気がします。世紀末に生まれたアールヌーヴォー。ボテっと感もあるゴールドの造形による退廃感と、植物などの生命力あふれるデザインとの、ある意味アンバランスさを感じさせる"生と死の組み合わせ"が絶妙な魅力となり、人々の心を捕らえたのかもしれません。 |
そのようなフランスのアールヌーヴォー・ジュエリーと違って、イギリスのアールヌーヴォー・ジュエリーは高価な宝石をふんだんに使い、退廃感を感じさせるゴールドだけの造形もないので躍動感と華やかさ、高級感と気品のみを感じることができるのです。 |
植物モチーフと曲線の組み合わせという、デザインのスタイルは似ていても、イギリスのアールヌーヴォーはフランスのものとは醸し出す雰囲気が決定的に違います。 |
よくあるフランス・アールヌーヴォー・ジュエリーにはないイギリス作品ならではの特徴が、デザイン的には同じようなアールヌーヴォーであってもこの作品に新鮮さと目新しさ、そして唯一無二の魅力を感じさせてくれるのです。 |
3. 宝石に見る最高級品の証
3-1. 鮮やかな4石のルビー
この宝物を見て、まず目に飛び込んでくるのが鮮やかな色のルビーです。大きさのある4石の色の揃った石が使われています。これはかなり特別なことです。 |
『エレガント・ブルー』 エドワーディアン サファイア ネックレス イギリス 1910年頃 SOLD |
『Purity』 サファイア リング イギリス 1880年頃 SOLD |
ルビーもサファイアも同じコランダム系の宝石ですが、サファイアのジュエリーに比べて圧倒的にルビーのアンティークジュエリーは少ないことにお気づきでしょうか? |
ベルヌーイ法の概略図 | 貴重な宝石を人工で作り出して大儲けしようという夢は、いつの時代にも存在します。 最近では人工ダイヤモンドの話が話題になりましたね。 ルビーは1902年にベルヌーイ法(火炎溶融法)という合成技術が開発され、量産技術が確立された1907年には年間1,000kg(500万カラット)の合成ルビーが市場に供給されています。 合成サファイアについても1910年に技術が開発され、1913年には年間1,200kg(600万カラット)が市場に供給されています。 どちらの石も主成分は酸化アルミニウムで、色を呈するための微量金属の種類が異なるだけです。 |
現代では色をコントロールすることも可能です。今ではアルミニウムは高価な金属ではありませんから、欲しい色のレシピで合成すればいくらでも手に入ります。 |
『ロシアン・アヴァンギャルド』 ルビー&サファイア リング ロシア 1910年頃 SOLD |
しかしながら、天然のルビーは天然サファイアと比べて圧倒的に採れる量が少ないです。 天然ルビーは産地がアジアに偏っており欧米では採れない上に、産地においても宝石品質の美し石が採れる場所は極めて限定されます。 |
『愛の誓い』 ダブルハート リング(エンゲージメント・リング) イギリス 1870年頃 SOLD |
だから上質なルビーが使われたアンティークジュエリーはサファイアだけのジュエリー以上に稀少で、特別高価なものとして作られているものなのです。 |
この宝物は、存在感ある大きさのルビーが4つも使われているので驚きます。 |
でも、これだけ大きさがある石を4つも揃えるのはかなり大変なことです。 |
ルビー ダイヤモンド リング イギリス 1880年頃 SOLD |
『グランルー・ド・パリ』 ベルエポック ルビーリング フランス 1910年頃 SOLD |
ベルエポック ルビーリング フランス 1910年頃 SOLD |
アールデコ ルビーリング フランス 1930年頃 SOLD |
これまでにお取り扱いしたルビー・リングを並べてみました。どれもルビーが主役の高級リングなのでどの石も上質で美しいのですが、並べてみると1つとして同じものはなく、それぞれに個性が溢れていることが分かります。 |
ただ美しいルビーを4つ集めただけではダメで、個性が類似した美しい石を集めなくてはこうはなりません。ルビーの美しい色というのは本当に難しくて、コランダム(酸化アルミニウムの結晶からなる鉱物)に、不純物であるクロムが1%程度の割合で混ざると濃い赤色のルビーになります。 |
コランダム(鋼玉) | しかしながらクロムが増えるにつれて色合いは濃い赤色から黒っぽくなっていき、価値も低下します。 5%を超えるとエメリーと呼ばれる灰色の工業用研磨剤になり、価値は激減します。 純粋な酸化アルミニウム(Al2O3)の結晶は無色透明ですが、不純物によって美しい宝石にもなれば、左のように誰も見向きもしないようなただの岩のようにもなるわけですね。 |
爪を整えるためのエメリーボードには私もお世話になっています。ルビーもサファイアもコランダム系の宝石で、ダイヤモンドに次ぐ硬度9という硬さが特徴ですが、酸化アルミニウムの硬い性質が工業材料としても役立っているというわけですね。 コランダムは様々なカラーバリエーションがあります。濃いピンク色のみルビーと分類され、その他はサファイアと呼ばれます。 サファイアはブルーのイメージがありますが、黄色のコランダムもイエロー・サファイアと呼ばれます。ブルー以外のサファイアはハイクラスのアンティークジュエリーでは滅多にありませんが、まさに全ての色が存在する石です。鉄やチタンが混入するとブルーのサファイアとなります。 |
ベルエポック ルビー リング フランス 1910年頃 SOLD |
美しいルビーとなるためにはクロムの含有量が1%以内で、薄過ぎてもダメという絶妙なバランスが必要です。 この絶妙なバランスが自然界にいて非常に稀な状況下でしか起こらないため、産出地が限られており、さらに産地においても宝石品質の美しい石が採れる場所は極めて限定されるのです。 |
『ロイヤル・コロネット』 ルビー&ダイヤモンド 宝冠型リング イギリス 1880年頃 SOLD |
同じコランダム系であっても、天然サファイアと比べて圧倒的に天然ルビーの方が高く評価されるのは、そのような理由があるからです。 |
美しい色彩を持つ、存在感のあるルビーを4石も使ったこの宝物は、まさに貴族の中でも最上位に位置する公爵クラスの人がさりげなく日常で使うに相応しい、気品ある最高級ジュエリーと言えます。 |
3-2. 別格の照り艶を持つ天然真珠のハーフパール
この宝物はルビーも凄いのですが、天然真珠を使ったハーフパールもビックリするくらい上質です。 その上質さに気づいた時は本当に驚きました! |
インド洋の入り江Manaar湾における真珠採取の様子(2500年の歴史がありました) 【引用】『宝石学GEMS 宝石の起源・特性・鑑別』ROBERT WEBSTER, F.G.A. 著、砂川一郎 監訳(1980年) ©全国宝石学協会、p.449 |
1869年頃から始まった南アフリカのダイヤモンドラッシュによってダイヤモンドの稀少価値が下がり、19世紀後期は相対的に天然真珠の評価が高まった時代でした。 その結果、それまでの時代以上にたくさんの天然真珠ダイバーたちが真珠貝を採りに海に潜りました。 |
『マーメイドの涙』 天然真珠&ダイヤモンド ペンダント&ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
一番のお目当はもちろん、一攫千金となる大粒で美しい天然真珠でした。 |
でも、天然のものなので必ずお目当のものだけが好きなだけ採れるわけではありません。 数十人のダイバーが一週間で35,000個の貝を採取し、天然真珠が出てきたのが21個。そのうち商品価値があったものは僅か3個だったという記録もあるくらい、天然真珠は稀少価値の高い宝石です。 |
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天然真珠を採取した後の廃棄された真珠貝の貝殻(1914年頃) |
『月の雫』 天然真珠 セミロング・ネックレス イギリス 1900年頃 SOLD |
こんな贅沢な天然真珠ネックレスを作れるくらい真珠貝を採ってくれば、ネックレスにはできない小さな天然真珠はもっとたくさん採れています。 |
茶水晶 ブローチ イギリス 19世紀後期 SOLD |
ネックレスにはできなくても、天然真珠はそれ自体が貴重で美しいものです。 だからこのように手間と技術をかけて、小さなものでもジュエリーに使用されました。 |
『豊穣のストライプ』 2カラーゴールド ロケットペンダント フランス 1880年頃 SOLD |
小さな天然真珠を敷き詰めた、ハーフパールならではのジュエリー。 現代人の感覚からすると一見簡単そうに見えますが、実際はかなり大変です。 |
母貝が海の中で長い年月をかけて育む天然真珠は色、輝り艶、大きさそれぞれが個性に富み、1つとして同じものはありません。小さいものはある程度の数はあるかもしれませんが、そこから個性が似たものを必要な数揃えるのは大変です。 養殖真珠は核に1mm(※)にも満たない極薄の真珠層が巻いてあるだけなので、同じ大きさの核を使うだけでサイズを揃えることができます。(※0.25mm、つまり1mmの1/4あれば花珠認定されます) 色に関しては、そのままでは天然真珠と同様に様々な個性がありますが、まとめて脱色してしまうので関係ありません。 |
あこや養殖真珠 "Akoya peari" ©MASAYUKI KATO(17 February 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
「漂白剤で脱色した後は、女子に人気のピンク色で染めちゃいま〜すっ♪」という、かなり買う側をバカにしたことが行われています。色水のような染料にドブ漬けして染めます。 一連の処理を『調色』と呼びます。 よくこんなものにウン十万、ウン百万の値段を付けて売るものだと思いますが、買う側がいるからこそできることです。養殖真珠のようなものであれば、着けない方がマシです。 そういうわけで、養殖真珠と同じ意識で見ると同じものを数揃えるのは容易いように感じてしまうのですが、天然真珠で同じ色、輝り艶のものを揃えるのは小さなものでも本当に難しいことなのです。 |
『幸せのパンジー』 パンジー エナメル ブローチ アメリカ 1900年頃 SOLD |
色を揃えるというのは感覚的に分かりやすいと思います。 しかし、いくつもの天然真珠を肉眼で見てきて思うのは、天然真珠の質感は実に多様性に富み、それを揃えるのがいかに難しいかです。 |
『マーメイドの宝物』 アールヌーヴォー 天然真珠 リング フランス 1890〜1900年頃 SOLD |
そして、もう1つ私にとってインパクトがあったのが『マーメイドの宝物』に使われた天然真珠でした。 大きな天然真珠ではありませんが、金属光沢と表現するのが相応しいほど強い輝り艶がありました。 画像ではどうしてもそれが表現できないのが残念です。 ツヤッツヤ過ぎて真珠表面に映り込みができてしまい、むしろ何だかよく分からなくなってしまっているほどです。 この作品を見て、やはりデザインや作りが優れた特別なハイジュエリーには、必ず優れた宝石が使われるのだと納得したものでした。 |
そして、このブローチの天然真珠が鮮やかなルビーに負けず完璧に美しいのです!♪透明感よりも金属のような、表面から光が跳ね返ってくるような強い輝きを感じます。 |
『エレガント・サーベル』 王室御用達 EDWARD&SONS社 天然真珠クロークピン(ジャボットピン) イギリス 1880年頃 SOLD |
『エレガント・サーベル』も王室御用達の宝飾店がお取り扱いした、天然真珠を使った素晴らしい宝物です。 さすがにこの宝物も天然真珠が抜群に美しくて溜息が出ました。 これは輝り艶も美しいのですが、今回の宝物よりは透明感のある天然真珠が使われているので、内部から滲み出るような柔らかい輝きが感じられます。 |
どちらが優れているかは基準がなく、好みの領域と言えますが、天然真珠らしからぬ強い輝きには唯一無二の魅力が感じられます。 |
ルビーは輝りの良い宝石なのでファセットの煌めきが美しいのですが、それに負けず劣らず強い輝いを放つ特異な天然真珠は、どちらがメインの宝石なんだろうと思ってしまうほどです。ハイエンドのジュエリーと聞くと、ついついゴージャスなデザインのジュエリーを思い浮かべがちですが、これも上流階級の中でも特に身分の高い女性が使っていたハイエンドのブローチです。そのようなジュエリーは、使用されている宝石もやはり別格なんだなあと感じる作品ですね。 |
4. 極上の作り
4-1. 躍動感を感じさせる立体的なフレームの作り
一見フラットなデザインに見えますが、S字型の曲線が交差するポイントには段差を付けた立体的なデザインになっています。 |
また、AからBにかけての太さにメリハリの効いた曲線が、このブローチに躍動感ある美しさを感じさせる要因となっています。 |
また、細い線のように見えるAとBの部分はナイフエッジになっています。 |
これだけ太さにメリハリがあるフレームだからこそ、通常のボテっとした作りのゴールドによるフレンチ・アールヌーヴォー以上に、生き生きとした黄金の躍動感が感じられるのです。 さらにフレームを彫った溝の深さにもご注目ください。 |
かなり深く溝を彫ってハーフパールをセットしています。さらに溝もフレームの縁も、類を見ないほどピカピカに磨いて仕上げてあります。 |
だから、ゴールドで作られたあらゆる部分が様々な角度で強い煌めきを放つのです。 |
私はルビーの鮮やかな濃いピンク、天然真珠の白、明るい黄金という、この色の組み合わせ自体が大好きなのですが、それぞれに個性ある輝きを放つ姿にも強い魅力を感じます。 どれも脇役ではなく主役となり、惹き立てあっています♪ もしこれがマットゴールドで仕上げてあったら、金は宝石たちを惹き立てるための脇役にしかならなかったことでしょう。 |
フレームがかなり立体的に作られているからこそ、ゴールドもキラッキラ、ツヤッツヤに光り輝くのです。ここまで完璧な仕上げをしてあるものは、ハイジュエリーでも滅多にありません。磨きの作業は地味ですが、実はとても高度な技術を必要とする作業なのです。でも、磨きの作業は重要で、うまくいくととっても綺麗です♪♪ |
4-2. ルビーの特殊な石留
この宝物はルビーの石留も特殊です。 |
少し厚めゴールドの板を円筒形にし、そこにルビーをセットしています。ゴールドの縁に厚みがあるので、そこに規則正しい間隔でタガネを打ち、ヤスリで頭を丸く磨き上げてミルグレインにしてあります。 |
かなり深くタガネが打たれた、メリハリあるキリッとしたミルグレインです。磨きの仕上げも完璧なので、1つ1つのミルがしっかりと輝きます。 |
だから正面から見ると、爪の先端にまるで粒金を付けてあるかのように輝きます。 |
花びら模様 ルビー リング フランス 1910年頃 SOLD |
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普通はもっと薄い金を板を使うので、粒金のような存在感と高級感あるミルグレインは作れないのです。 |
その点で、この宝物のルビーのセッティングは本当に驚くべき手間と技術の掛け方で、ルビーという高価な宝石だけに頼らない職人魂を感じて嬉しくなります!♪ |
フレーム全体に対して、それぞれのルビーが高さを出してセットしてあります。 だから全体がのっぺりとならず、ルビーがしっかりと存在感を放つのです。 ハイクラスのジュエリーは、本当に立体デザインが素晴らしいですね。 |
4-3. マイクロパール・レベルの石までの完璧な石留
この宝物はハイエンドのジュエリーらしく完璧な仕事で作ってあるので、拡大しても粗が見えません。このため小さなものには見えないのですが、実際は小さなブローチです。 最も小さなハーフパールは直径1mmほどしかないような小ささで、マイクロパール・レベルの小さな天然真珠を半分にカットして留めているのです。 |
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それだけ難易度の高い仕事であるにも関わらず、約120年もの時を経てもハーフパールが落ちていないのは、如何に高度な技術で留めてあるかの証です。 1つ1つサイズの異なる極小のハーフパールを、太さが変化するフレームの小さなスペースにピッタリと収まるようにセットできるのも驚くべきことです。 |
ハーフパールにはこれだけ高さの差があります。 |
フレームの作りだって平面ではなく、これだけ凹凸と角度があるのです。驚異の石留はまさに神技です! |
4-4. 珍しく美しいゴールドのグレインワーク
この特別な宝物には、珍しくて美しいゴールドのグレインワークも施されています。 |
『魅惑のトライアングル』 エドワーディアン ダッチローズカット・ダイヤモンド ネックレス オーストリア 1910年頃 SOLD |
これまでにもいくつかの素晴らしいグレインワークが施された宝物をご紹介してきました。 これはプラチナのグレインワークです。 |
至る所にグレインワークを駆使した表現が施されていますが、俄かには信じられない、神懸かった仕事ぶりです。 これはホワイトゴールドの作品でした。 |
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『至高のレースワーク』 エドワーディアン リボン ブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
【参考】ダイヤモンドリング(現代) | |
規格の決まった量産の工業製品と成り果てた現代のダイヤモンドで作るジュエリーは、ダイヤモンドの大きさにグラデーションを付けてデザインに流れや躍動感を感じさせるということはできません。 現代ジュエリーは作りだけでなくデザイン的にも魅力が感じられない理由です。 |
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【参考】ダイヤモンドリング(現代) |
それなのに、この作品は極小のハーフパールの延長線上にゴールドでグレインワークを施しているのです。 |
【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルのブローチ | 【参考】レベルの低いグレインワーク |
グレインワークは本当に難しい技術なのでハイジュエリーでなければ施されませんし、上手くない職人だと汚らしい塊にしかなりません。 自信がなければ時間がかかる上に綺麗にもできない、トライすらもしたくない技なのです。 |
『社交界の花』 シトリン ブローチ&ペンダント イギリス 1870年頃 SOLD |
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過去にこのような素晴らしいゴールドのグレインワークがありました。『社交界の花』でバチカンに施されたものです。 この宝物はゴールドのミルグレインもかなり素晴らしかったので、よほど腕に自信のある金細工師だったからできたことなのでしょう。わざわざ本体ではなくバチカンに施すあたりが心にくいです♪ |
でも、さらにこの宝物のグレインワークは凄いです。極小のハーフパールの延長線上に、グレインワーク自身もサイズグラデーションとなって彫り出してあります。これ以上小さなハーフパールをセットするのは無理ですが、何もなかったら尻切れとんぼのような印象になっていたことでしょう。 |
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それにしてもこのブローチのグレインワークのレベルは最上級です! ここまで来ると、まるで完璧な粒金細工のようで驚くばかりです。でも、鑞付けではなく彫り出しなので、脱落したりしない耐久性の高さがグレインワークの利点ですね。 こういう細部の作りがハイクラスとトップクラスの違いです。トップクラスとそれ以外では、明らかに違いがあるのです。 |
ハーフパールがセットされていない部分にもさりげなくグレインワークが施してあります。 ハーフパールを留める爪の頭もグレインワーク同様、ピカピカに磨いて仕上げられています。 ルビー周囲のミルグレインも同様です。 だからこそ全てが違和感なく調和し、全体として美しいハーモニーとなっています。 |
裏側も一切に迷いが見られない、美しい作りです。 |
ヨーロッパと日本のアンティークジュエリー業界の黎明期から長年、たくさんの宝物を見てきたディーラーたちが褒め称えた素晴らしいオリジナルケースに納められた宝物。宝物自身もやっぱり只者ではありませんでした。上流階級の中でも特に身分の高い女性が普段用に使っていたジュエリーは、現代の日本人でも普段使いできるデザインです。 古の王侯貴族が莫大なお金を使い、最高の職人が腕によりをかけて作ったジュエリーを身に付けることができるなんて、最高に贅沢で楽しいことですね♪ |