No.00286 Lily of the valley |
『Lily of the valley』 イギリス 1880年頃 |
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ターコイズブルーが印象的な、44年間で他に見たことのない超絶技巧のエナメル・ワークを駆使した素晴らしい鈴蘭のブローチです。天然真珠も非常に上質な珠が使われており、リボンの見事な造形や、鈴蘭の花や葉のフレームの作りのレベルの高さなどからも、こだわりの強いセンスの良い男性が、意中の女性にプレゼントするために当時トップクラスの技術を持つ職人に特別オーダーして作らせたことは間違いありません。 パッと見ただけでは価値が分かりにくい、教養がないと真価を理解できない、小さくてもお金と技術を詰め込んで作られた極上の作りは、まさに当時の王侯貴族らしい最高級ジュエリーと言えます。 |
この宝物のポイント
1. 愛らしい鈴蘭のモチーフ |
2. 見事なエナメル技法 3. 美しい天然真珠の鈴蘭 |
1. 愛らしい鈴蘭のモチーフ
1-1. 春の到来を告げる鈴蘭
鈴蘭は春の到来を告げる花として、ヨーロッパで特に人気の高い花のモチーフの1つです。 この春の花の人気の高さの理由は、日本とヨーロッパの気候の違いを理解しておく必要があります。 |
1-1-1. 日本の春の花
岡山県津山市の鶴山公園(2014.4) | 日本では春の訪れを告げる花として、あまりにもメジャーな桜があります。 毎年桜は楽しみです。 左は岡山にいた頃、友人に連れて行ってもらった鶴山公園です。 本能寺の変で討ち死にしたとされる森蘭丸の弟、森忠政が1616年に築城した津山城の跡地で、上から見下ろせる桜が夢のように美しいおすすめスポットです。 |
湯島天神の梅まつり(2015.2) |
かと言って楽しみは桜だけではなく、その前には梅が咲くのも楽しみだったりします。 これは梅の名所として有名な、湯島天神の梅まつりです。 秋葉原に住んでいた頃は徒歩で行けるほど近かったので、何となく気が向いてフラフラと訪ねてみたのですが、梅はちょっと終わりかけです。 梅は香りも魅力の1つで、目で楽しめないタイミングでも、香りで楽しめたりできるのが良いですよね。でも、満開のタイミングだとかなり華やかで美しいみたいです。 |
岡山の山の中腹にある会社の近所で見つけた黄水仙(2014.2〜3頃) | 2月3月は水仙も綺麗だったりしますよね。 これは山の中の工場に勤務していたサラリーマン時代、ランチを自然の中で食べようと脱走して見つけました。 ベストスポットを見つけるために当てもなくフラフラと歩きながら、突如この黄水仙の群生地を見つけた時は感動でした。 魅入ってしまい、この空間で長めのランチタイムを取ることにしました。工場勤務ながら、裁量労働制で自由度が高い研究所員だったからこそできた、ラッキーなことでした。仕事と遊びの両立が可能な良い環境でした・・。 |
上野東照宮ぼたん園の冬牡丹(2019.2) | 1月2月は寒牡丹だって楽しむことができます。 これは上野東照宮ぼたん園の冬牡丹です。 秋葉原に住んでいた時はこちらも徒歩圏内だったので春のぼたん祭は来たことがあり、綺麗なことは分かっていたので、御徒町への用事ついでに寄って来ました。 |
上野東照宮ぼたん園の冬牡丹(2019.2) | 暖かい東京では、霜よけの藁囲いなんて意味があるのか分かりませんが、手作業で一生懸命に手入れされている感じがとても良い雰囲気です。 少し雪でも積もっていればもっと雰囲気があるんですけどね〜。 上野の美術館に行ったらついでに寄ってみて欲しい、私のお勧めスポットです♪ |
有馬温泉の中の坊瑞苑のお庭(2016.12) | 椿も冬の定番ですね。 これは太閤殿下が愛したことで有名な有馬温泉にある、中の坊瑞苑という老舗ホテルのお庭です。 エリアマネジメントの部署に社内留学して企画プロモーションをやっていた頃、神戸出張のついでに遊んで来た時の画像です。 経費ではなく、翌日に有休をくっつけて遊び賃だけ自腹という形です。 単独で旅行に行くよりも往復の新幹線代と時間が浮くのと、平日なので人が少ないのがメリットです。サラリーマンと自由人の両立(笑) ここは老舗だけあって良い場所に建てられており、広いお庭も素敵でした。 なぜかお庭をあまりPRしていないようで、朝のお散歩では誰にも会わなかったのですが、この画像の軒下に風鈴が下がっているのが分かりますでしょうか。 静けさの中に風に揺れてチリ〜ンと風鈴が鳴る景色が感動でした。 |
有馬温泉の中の坊瑞苑のお庭(2016.12) | 特に印象的だったのが、緑色の苔の絨毯にハラリと舞い降りた鮮やかなピンク色の椿の花びらです。 冬はお花が少ないのですが、椿は様々な種類が冬の間中ずっと楽しませてくれますね。 |
千葉県の柏の葉キャンパスの駅前(2016.11) | そんなわけで日本では大半の地域で、冬でも少ないながらお花を楽しむことができます。 左の黄色の花はツワブキです。 私は花より茎が好きです。お煮しめにするとめちゃくちゃ美味しいんです!♪ ちなみにこれはサラリーマン時代に柏の葉キャンパスにある研究所に通勤していた頃、珍しく吹雪になって少し積もったので面白がって撮影したものです。 |
千葉県の柏の葉キャンパスの駅前(2016.11) |
雪が珍しい者にとっては雪景色は美しく感じますし、「積もったら雪だるまを作って遊ばねば!」とワクワクしたりするものなのですが、降っても大体はすぐに融けてしまいます。雪が地面を覆うことがない。だからこそ年中、何かしらのお花を見ることができるわけですね。それは当たり前のことに感じていました。 |
1-1-2. 雪に覆われる土地
米沢の位置 ©google map | しかしながら米沢出身のGenに出逢ってからは、日本全国がそういうわけではないことを知りました。 『根雪』と言う言葉はGenに聞いて初めて知ったのですが、春まで融けない雪があるんですね。 寒い地域では一度ドカッと雪が降ると根雪になって、地面を覆った雪は春が来るまで融けることがないのだそうです。 雪が多い地域では一般常識だと思いますが、結構カルチャーショックを受けました。 |
裏日本 "Uranihon" ©Aney(2006-03-23)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 根雪の他に、『裏日本』と言う言葉も初めて知りました。 Gen曰く米沢の米沢は裏日本だから冬は晴れることが殆どなく、いつもどんよりした曇り空で根雪に覆われた閉ざされた世界だったそうです(※昔は関東に出るための唯一の峠が閉鎖され、本当に冬の半年ほどが陸の孤島だった)。 今で言う日本海側を指し、特に否定的な意味合いは全くない言葉だったのですが、言葉狩りに遭い1960年代末頃から使われなくなっていった言葉です。 |
もともとは『内日本』と呼ばれ、日本海を挟んで向かい合う大国中国や朝鮮半島との交易の窓口となり、日本の表玄関として外日本(太平洋側、表日本)以上に栄えた場所です。そうそうたる地域が並んでいますよね。ただ、それだけでなく、気候は表と裏で明らかに異なります。 その要因が地域を分ける山脈の存在です。冬は日本海側からやってくる雲を山脈が塞き止めるので、裏日本は曇りや雨になりやすいのです。中学の理科や社会でそのように習ってはいても、そこまで大きくは変わらないだろうと思っていましたが、想像以上でした。 |
ある日の裏日本の空 |
岡山に住んでいた頃、鳥取まで遊びに友人が車を出してくれました。"晴れの国おかやま"を北上し、山を越えるとどんより曇り空。「あ〜あ、すごく曇ってる。」と発言したところ、「Wakaちゃん、鳥取ではこれは晴れているって言うんだよ。いつもはもっと小雨が降ってたりするから。」と言われてしまいました。エリート県庁職員である彼女は鳥取にも出向して住んでいた経験があるから詳しいのですが、これを聞いたときは結構カルチャーショックでした。ちなみに彼女は今、転勤で東京に住んでいます。お互い転勤族(笑) |
Genとアローのフォト日記『美しくて、悲しくて・・・』より(2005.1〜2) |
これは2005年の1月もしくは2月に、Genが福島から米沢に向かう電車の車窓から撮影したものです。「車ではないの?」と思う方もいらっしゃると思いますが、この頃は車を持っていなかったので電車移動です。Genが以前見せびらかしていたボクスターは2014年に難病の罹患が判明し、お医者様から余命7、8年と宣告されて、「くそ〜!死ぬ前に、どうしても乗りたかった車に最後は乗ってやる!!」と思って無理して手に入れたんだそうです。ちなみにいろいろと訳あって、今は車はありません。訳は秘密です(笑) |
Genとアローのフォト日記『トンネルを抜けると・・・』より(2005.1〜2) |
雪国の大雪警報を聞いて何だか急に雪景色を見たくなり、電車に飛び乗ったのだそうです。15年も前でGenもまだ50代、正確には57歳の頃です。このころはまだ余命宣告もされておらず、健康不安も全くない時です。 真冬の裏日本。銀世界というよりそれはグレーの世界。福島から奥羽本線に入り7つのトンネルを抜けるたびに雪の量が目に見えて増えていきます。 |
Genとアローのフォト日記『シ〜ンという音』より(2005.1〜2) | Genは冬が大好きだったそうです。 雪が全てを覆い尽くし、汚いものは見えなくなり、そこに見えるのは穢れなき白く美しい世界だけ・・。 なんて綺麗なんだろうと子供の頃から思っていたそうです。 深く降り積もった雪景色の中で聞こえてくるのはシ〜ン・・・という音だけ。 空気を多く含む雪は防音材となって全ての音を吸収し、静寂の世界を生み出します。 |
Genとアローのフォト日記『入れないよ〜』より(2005.1〜2) | ・・・・・・。 埋もれています・・。 こんな感じで完全に地面を覆ってしまうので、植物が花を咲かせることはありません。 木に咲く花でも、受粉を媒介してくれる虫がいないと咲いても意味がありませんしね。 裏日本の冬はずっと薄暗いどんよりとした空、たまに少し陽が射し込んでもすぐまた曇り。 花もない陰鬱な日々が続きます。 |
Genとアローのフォト日記『Pink & Blue』より(2005.1〜2) | これは米沢から戻って来た直後のGenのフォト日記からです。 同じ季節なのに東京は雲ひとつない青空が広がり、陽射しは穏やか、春の花々も咲き乱れます。 骨董や米沢箪笥の仕事で、米沢にいた頃も月2回は東京や京都までトラックを運転して来ていましたが、「東京には冬はない!」と思っていたそうです。 真冬の米沢から東京に来ると、空は晴れ上がり春の世界が広がります。 |
Genとアローのフォト日記『ここは伊勢藤、神楽坂』より(2005.1〜2) | 冬でも花が見られるのは当たり前だった私にとっては「東京には冬がない。東京の冬は春だ!」とGenから熱く感動を主張されてもナンノコッチャ分かりませんでしたが、きちんと想像すると理解できるようになります。 |
Genとアローのフォト日記『ツララ〜♪ツララ〜♪』より(2005.1〜2) | 冬が終わると雪が融けるだけでなく、空も全く変化するそうです。 ほぼ晴れることのなかったグレーの空が、春が来ると澄み渡った空へと変化し、雪の下で眠って越冬していた花々が一斉に咲き始めます。 実はこれ、ある意味ヨーロッパにとても似ていると言えるのです。 |
1-1-3. ヨーロッパの陰鬱な冬の世界
北赤道海流→メキシコ湾流→北大西洋海流→東グリーンランド海流/ノルウェー海流への流れ "Golfstorm Karte 2" ©Nils Simon(18:16, 1 December 2006)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 中学の地理などでも習う通り、ヨーロッパ北西部は暖流の影響があるので高緯度の割には冬でもあまり気温が下がりません。 ロンドンは北緯51度、札幌は北緯43度で北海道より高緯度にあり、樺太中部と同じくらいであるにも関わらず、冬でも北海道ほど気温が下がらないのはほぼ1年中暖流の影響を受けるからです。 |
このためロンドンあたりだと根雪になるという話は聞かないのですが、この"高緯度"というのが曲者です。夏は夜10時近くまで明るかったりするのですが、冬は冬至近くになると午後は3時くらいから暗くなり始め、4時頃には日没を迎えます、夜明けは8時頃です。 太陽は偉大です。その光エネルギーは明るさだけでなく、気温や湿度にも影響を与えます。曇りの日が続けば1日のうちで気温が上がることがなく、湿度も高い陰鬱な状態が続きます。これは日本でも体感できますね。平均気温として平均化したり、最低・最高気温だけで比較したりしただけでは分からない部分です。 高緯度地域は冬は日照時間が少なく、夜明け後も薄暗いです。気温が上がらず湿度も高くなり、当然ながら曇りや雨、雪になりがちです。陽の光がないと植物だって育ちませんね。裏日本の冬と同じような状況なのです。 |
一年で最も気候に恵まれる春のロンドン(フォト日記『百花繚乱』) | 冬の間は眠っていた植物たちが、春になると太陽の陽射しを感じて一斉に芽吹き、貴重な太陽の陽射しを僅かでも逃したくないと言わんばかりに力強く花々を咲かせます。 まさに百花繚乱です。 冬でも花が咲き、春に向けて徐々に花が咲いていく地域と異なり、北国は冬は厳しいけれど春になると毎年必ず百花繚乱の美しい世界が現れるというわけです。 |
1-1-4. 北国で特に愛される鈴蘭
ロスチャイルドの邸宅ワデズドンマナーに咲いていたライラック(フォト日記『豪華な南国の鳥の楽園』) | ヘリテイジには北海道に移住された、関東のご出身のお客様がいらっしゃいます。 スキーなどのウィンタースポーツが楽しみたいからという、Genのようにアクティブで感性豊かな方なのですが、やはり関東とは気候が全く違うのでお花の咲き方もかなり違うそうです。 ライラックは私はイギリスにあるロスチャイルドの邸宅で初めて見たのですが、北海道ではいくつかの自治体の花に指定されているほどメジャーなお花ですよね。 札幌市や長沼町がそうです。 |
ヘリテイジのご近所の庭先に咲く鈴蘭(2019.5) | でも、実は北海道でもっと多く自治体の花に指定されているのが鈴蘭です。 北海道以外でも指定している自治体はあるのですが、北海道だけでもこれだけの数の自治体に指定されています。 ・札幌市 鈴蘭は北海道を代表する花として知られており、日本では本州中部以北、東北、北海道の高地に多く自生する、暑さを苦手とする寒冷地の植物です。 |
この鈴蘭は、春の訪れを告げる花として人気が高いのです。 英語では『Lily of the valley』、日本語では『君影草』や『谷間の姫百合』という別名もあります。 冬の終わり、ひっそりとした日陰に可憐ながらも力強く咲く姿が人種や世代を問わず、人間の琴線に触れるのでしょう。 |
トケイソウ(パッション・フラワー) "Passion Flower Osaka" ©Kuribo(8 June 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 各国の王族を中心としたパイナップル・ブームの影響でヨーロッパでは温室の技術が格段に進歩し、上流階級に限っては温室栽培されたパイナップルや南国の花々を冬でも楽しむことが可能となりました。 しかしながら負んぶに抱っこで育った、見た目は華やかだけど人間が手をかけないと育つことのできない儚い花と、大自然の中を自身の力で強く生き抜く野の花々では全く趣が異なります。 |
森に咲く野生の鈴蘭 "Garphyttan lily of the valley in forest" ©Silverkey(Mickael Delcey)(31 May 2019, 18:31:33)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
長く厳しい冬の終わり頃。華やかさはなくとも、この可憐で力強い花を見つけたら誰だってハッと胸を打たれることでしょう。辛い冬が終わって春が訪れたを知り、その喜びに満ち溢れる。 |
ケルト人の分布 "Distribution of Celts in Europe" ©Quadell(01:07, April 2014)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ヨーロッパの厳しい冬を暮らしてきたケルト人にとって、鈴蘭は「幸せの象徴」、「春を祝福する花」として古くから大切にされてきました。それはローマ人にも引き継がれています。 春の訪れを知り、溢れる喜びの気持ちを愛する人たちと分かち合いたい。幸せをお裾分けしたい。愛する人たちの笑顔が見たい・・。 ヨーロッパで鈴蘭を愛する人々に贈る習慣ができたのも、自然な流れと言えるでしょう。 |
1-2.愛のモチーフの鈴蘭
1-2-1.ヨーロッパの貴族文化と鈴蘭
鈴蘭と言えば、モナコ公妃となったアメリカ女優グレース・ケリーのウェディング・ブーケの花束として使用されたことも有名です。 同じ清らかな白い花でも、百合や薔薇などの大きくて華やかさのある大人の女性に似合いそうな花と違い、小さな鈴蘭は清楚さや可憐さを感じる、どちらかと言えばあどけなさも残る可愛らしい若い女性に似合う印象があります。 |
社交界デビューのセレモニーを待つ若い王侯貴族の女性たち(イギリス 19世紀) |
それもあってか、ヨーロッパでは『スズラン舞踏会』という若い人だけの舞踏会が開かれていました。女性は社交界デビューが早く、マナーやプロトコルなどを身に付け次第16歳前後、せいぜい20歳くらいまでにはデビューしますが、社交のシーズンも3回目を迎えると『売れ残り』とみられてしまいます。だからこそその後の長い人生に加え、家の命運までも大きく左右するお相手探しは必死です。 舞踏会は王侯貴族の男女にとって、お相手探しの重要な社交の場の1つです。 スズラン舞踏会では、男性はラペルホールにスズランを一輪さしたり、ボタンとして装飾したりし、女性はスズランがモチーフの純白のドレスを身にまとって踊っていたそうです。多くの恋や愛が芽生える場でした。 鈴蘭はヨーロッパの王侯貴族の恋愛にとって、とても大切な花だったのです。森の中で摘んできた花束をプレゼントするだけでなく、ジュエリーのモチーフにして贈ることも当然ありました。 |
1-2-2.鈴蘭のジュエリー
『ダイヤモンド・アート』 |
普遍のモチーフである鈴蘭は、いつの時代も人気が高いです。 だからこそハイジュエリーほど、他の王侯貴族たちの贈り物と差別化するために気の利いた工夫を凝らしているものです。 |
『鈴蘭』 カーブドアイボリー ブローチ フランス 19世紀後期 SOLD |
いずれは枯れてしまう生花の贈り物も、そのほんのひと時だけの儚くも力強い美しさが嬉しかったりしますが、このような心のこもった永遠に美しい鈴蘭の贈り物も素敵ですね。 |
『バラとスズラン』 カーブドアイボリー ピアス フランス 1860-1870年頃 SOLD |
鈴蘭のジュエリーとは言っても、これらのように他のお花との組み合わせで個性を出す場合もあります。 |
一方で今回の宝物のように、鈴蘭だけのデザインのものも多々存在します。 |
人気モチーフであるが故に、鈴蘭は安物にも多々見られます。 シルバーは、小物などの銀器に関してはデザインも作りも優れた高級品が存在するので、そういうものはたまに扱いますが、基本的にシルバーだけのジュエリーは安物として作られているのでヘリテイジでは扱いません。 左はデザイン的に変だとは全く思わないですし、作りも雑だとは感じませんが、デザインが普通過ぎるが故に、全く面白さや優れたセンスが感じられません。 これが安物ジュエリーの限界です。 一般的なものを好まれる方はこれで十分でしょう。 |
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【参考】安物のシルバーのアールヌーヴォー鈴蘭ロケット(フランス 1900年頃) |
しかしながら、教養のある昔のヨーロッパの王侯貴族たちはそれでは絶対に満足しません。 王侯貴族の男性は意中の女性を射止めるため、自分のセンスの良さや教養をありったけ詰め込み、お金をかけてジュエリーを作らせます。 |
だから王侯貴族のためのハイジュエリーに限っては、定番と言える鈴蘭モチーフでも結構面白いデザインや作りのものがあったりします。全ては王侯貴族がいかに自身がセンスが良く、教養と財力に満ち溢れているかをPRして愛を成就させるためですが、その中でもこれはとても気が利いた珍しい作りと言えます。 |
1-3. 珍しい表現方法
『A Lilly of valley(鈴蘭)』 デマントイドガーネット ブローチ ロシア 1910年頃 SOLD |
ロシアの鈴蘭のブローチに、鮮やかなネオングリーンが特徴のデマントイドガーネットが使われたものがありましたが、これは例外的と言って良いでしょう。 |
『A Lilly of valley(鈴蘭)』 天然真珠&ダイヤモンド ブローチ イギリス 1890年頃 SOLD |
ハイジュエリーで一般的なのは天然真珠です。 同じ無色でも、煌めくダイヤモンドよりも柔らかい輝きを放つ上品な質感の天然真珠の方が、より実際の鈴蘭の花にイメージが近いからでしょう。 |
『A Lily of the Valley』 鈴蘭のブローチ ヨーロッパ 1880年頃 SOLD |
そんな中で、2年前にご紹介した『A Lily of the Valley』もとても珍しいものでした。 トルコ石は当時人気の高い宝石の1つではあったものの、トルコ石を組み合わせた鈴蘭のジュエリーはこれまでに見た記憶がありませんでした。 1950年代のヴィンテージ以降の低品質で人工的なトルコ石と異なり、アンティークのペルシャ産トルコ石は他にはない自然の鮮やかなターコイズカラーが魅力です。 |
今回の宝物も、楕円の輪と、リボンのドット模様にセンス良く配色されたターコイズブルーが印象的です。 |
楕円の部分は明らかにエナメルと分かるのですが、リボンのドットは肉眼ではどのような細工が施されているのかはっきり分かりません。 小さなドットは本当に極小です。ドットに厚みがあるのでトルコ石にも見えるのですが、それならば一体どうやって留めているのか。 |
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エナメルの場合は一体どうやってだれずに厚みを出しているのか。光学顕微鏡で拡大して確認した結果エナメルで作られていることが分かったのですが、非常に高度で特殊なエナメル技術で作られた、かなり珍しい宝物なのです。 |
2. 見事なエナメル技法
2-1. 見事な色の調合
例外的な方を除いては、皆さん学生時代に絵の具を調合して絵を描いた経験があると思います。出したい色があっても、意外と調合するのが難しくて完璧な理想の色が出せなかった記憶もあるのではないでしょうか。水分を含んでいる状態だと悪くなくても、絵の具が乾燥するさらに色が少し変わったりして、本当に難しいです。 エナメルはガラスを粉末状に砕き、水と混ぜた『釉薬』で作ります。実際に炉で焼いて仕上げてないと最終的な色は分からず、その調合は困難を極めます。 ガラスの着色は焼いても変色しない、炉内の高温に耐えられる顔料でなければなりません。絵の具のように簡単にはいきません。私には絵の具の色の調合ですら難しいですが(笑) |
『永遠に美しいファベルジェのエナメル』 |
美しいギロッシュエナメルで有名なファベルジェは130色くらいの色を出すことができたとされています。 それが多いと言えるのか、少ないのかは分かりません。基準がありませんしね。ただ、当時のエナメル技術の観点からすれば非常に多いと言えたであろうことは間違いありません。 |
ジョサイア・ウェッジウッド(1730-1795年) | 以前、ジャスパーウェアなどを開発したジョサイア・ウェッジウッドについてご紹介しました。 |
ジャスパーウェアの試作品(ジョサイア・ウェッジウッド 1773-1776年) | 非常に研究熱心だった人物で、ジャスパーウェアを完成させるまでに数千回もの試作を繰り返したそうです。 思い通りの色や質感が出せるかは、実際に焼いてみなければ分かりません。 |
蓋付きベース(ウェッジウッド 1825年頃)モントリオール美術館 | レシピさえ完成すれば、後はその通りに調合して作れば良いだけなのでさほど苦労はないのですが、このレシピを完成させるためには、その背景に膨大な試行錯誤と努力があるのです。 |
今回の宝物も、楕円の輪と、リボンのドット模様にセンス良く配色されたターコイズブルーが印象的です。 |
エナメル ペンダント カルロ・ジュリアーノ 1880年頃 SOLD |
『Bewitched』 ウィッチズハート ペンダント&ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
『循環する世界』 ギロッシュエナメル ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
今回の宝物と同じ1880年頃に制作されたエナメルのジュエリーは、これまでにも様々なものをお取り扱いしてきました。 でも、同じようなターコイズブルーのエナメルは見たことがありません。 |
『蒼の波紋』に施されたギロッシュエナメルはターコイズブルーと呼べる美しい色をしていましたが、地模様も一緒に楽しむエナメルなので透明です。 だからかなり雰囲気は異なりますし、エナメルを調合するレシピも異なっています。 |
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『蒼の波紋』 ブルー・ギロッシュエナメル ダイヤモンド ペンダント イギリス 1880年頃 SOLD |
普段アンティークの上質なトルコ石を見慣れている私たちが見ても、本物のトルコ石なのか肉眼では判別できなかったこの特殊なターコイズブルーのエナメルは、この宝物を作るために意図して特別に調合された特別なエナメルなのです。 |
2-2. 広い曲面への均一なエナメル
エナメルは楕円のパーツとリボンの二箇所に施されており、それぞれが驚くべき技術で成り立っているのですが、まず楕円パーツに注目しましょう。今ではアンティークのようなエナメル技術は残っておらず、想像することすら一般の方には難しいのですが、曲面のこの面積にムラなく厚みのあるエナメルが施されているのは驚異的なことです。 |
この楕円のパーツは丸いチューブ状になっています。 だから金無垢で作る場合よりも軽く、ブローチとして着用する際、衣服に負担をかけません。 |
チューブ状なのでかなりきつい曲率がついているのですが、サイドもだれたり厚みがグラデーションになってしまったりしておらず、均一に美しく仕上がっています。 |
全周ぐるりと見ても、どこにも全く隙が感じらえない見事な仕上がりのエナメルです。 |
【参考】高級時計のエナメル(現代) | 釉薬を塗り、高温の炉内でガラスの粉末を融かして焼き固めて作るため、フラットな面か曲面でもそこまで曲率がない面に施すのが簡単なやり方です。仕切りもある方が楽です。 現代では、アンティークの時代のような神技の職人はいません。 超高級時計の文字盤だとある程度の技術を必要とするエナメルを見ることはできますが、ビックリするほど高価な上に質はアンティークよりも数段劣ります。 |
英国王室御用達 RUNDELL&BRIDGE社による最高級品(1790年頃) | 【参考】現代の最高級品 |
史上最も技術が高かった時代として、ファベルジェが研究対象にしたことで知られる18世紀のエナメルは深く鮮やかな色彩が特徴です。画像では分かりにくいですが、深淵から湧き上がってくるような美しさが心を捕らえます。 それと比較すると、現代はいかに技術レベルが落ちてしまったかが一目瞭然です。透明感も奥行きも感じられません。 |
それでも高価です。 釉薬を塗っては焼くという行程を何度も繰り返すことで、エナメル文字盤は完成します。エナメルにムラができたり、気泡が入らないよう釉薬を均一に乗せるのはかなり難しい作業で、少しでも気を抜いてミスをすると割れやムラに繋がります。地味な作業の繰り返しながら、一時も集中力の途切れも許されない、お尻の痛みと戦いながら集中力を保ち続ける、恐ろしく困難な作業です。だから限られたハイクラスの職人でなければエナメル文字盤は作ることができないのです。 しかも超一流の職人が作っても、75%くらいは不良品となってしまうそうです。高い技術を持つ職人に相応の人件費をかけて作らせても25%しか売り物にならないからこそ、エナメル文字盤は数が作れず限られた超高級時計にしか使われませんし、価格も非常に高くなるのです。 |
レッドエナメル ロケット・ペンダント イギリス 1900年頃 SOLD |
エナメルという技法自体がこれだけ難しいものなので、昔もフラットな面か、曲面でも曲率が高くない面に施される場合が殆どです。 曲率が高いと釉薬を均一に施すことが難しくなり、炉内で融けたエナメルも偏りやすくなるからです。 |
『小人の鉱山』 Ludwig Plizer作 ブローチ オーストリア 1880年頃 SOLD |
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この『小人の鉱山』は総合芸術として素晴らしく、ミュージアムピースと言える作品です。 フレームが、今回の宝物と同じように曲率のある楕円形になっています。 |
但し技術的な難易度の方向性が異なります。シャンルベエナメルという手間も技術もかかる技法で美しい模様が描かれています。また、ホワイトエナメルという美しく発色するのがとても難しい色が選択されています。 非常に高度な技術で作られていると言えるのですが、地色となるホワイトエナメルは1つ1つのエリアがそこまで面積が広くありません。模様があるお陰で、多少ムラがあったとしても目立ちません。 |
しかしながらこのように均一で広い面積でデザインすると、少し色ムラや凹凸ができただけで非常に目立ってしまいます。よくこのデザインにトライしたなと思うのと同時に、完璧なエナメルとして仕上げたことに驚きを隠せません! 一度に大量の釉薬を使えば、塗る作業は少なくて済むので楽です。でも、角度が付いたものにエナメルを施す場合、それではエナメルに偏りができてしまいます。 |
このエナメルはおそらく偏りができない程度の、ごく僅かな釉薬を何度も塗っては炉で焼き、少しずつ均一に厚みを増やしてムラのない発色に優れたエナメルを実現したのでしょう。この宝物以外に類似の作品が存在しないのは、あまりにも高度な技術と手間がかかるからに他なりません! |
2-3. 素晴らしいリボンの造形
愛を示す鈴蘭の花束を飾る、リボンがまた素晴らしいです。 |
リボンは普遍の大人気モチーフの1つなので、センスの良し悪しや安物と高級品とで、デザインと作りにはっきりと差が出やすいです。 |
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【参考】安物もしくはフェイク・アンティークジュエリー |
【参考】ヘリテイジでは扱わないクラスのアンティークジュエリー |
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安物は論外ですが、こういうミドルクラスもヘリテイジでは扱いません。他店だとダイヤモンドが付いているという理由で高級品扱いになるクラスのものですが、デザインが悪すぎてリボンの柔らかな質感や躍動感が全く感じられません。作りも雑で、はっきり言ってこれを使っていたのは王侯貴族ではなく、産業革命によって台頭してきた中産階級の成金(庶民)だったと推測します。 |
これはお金をかけて作られており、柔らかなリボンの質感や動きを出そうという意思も伝わっては来るのですが、何しろダサいです。 ニョロニョロし過ぎて気持ちが悪く、センスがありません。 プンプンと臭って来る成金臭も、いかにも中産階級の成金ジュエリーです。 |
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【参考】ヘリテイジでは扱わないクラスのアンティークジュエリー |
この宝物が作られた19世紀後期は台頭してきた中産階級が派手な成金ジュエリーを好んで着けた一方で、王侯貴族はパッと見ただけでは分かりにくいけれど教養があればその価値が理解できる、小さくて良いものを好んで着けていた時代でした。 |
だからこそこの宝物はいかにもこの時代の王侯貴族のジュエリーらしいと言えるのです。 溢れ出る気品は隠せません♪ |
【参考】ヘリテイジでは扱わないクラスのアンティークジュエリー | でも、王侯貴族のために作られたものは全てが良いものかというと、全くそうではありません。 これも一定以上の高級品として作られており、作りが悪いという印象はないのですが、デザインがつまらなすぎて全くセンスの良さが感じられません。 |
いろいろな時代のリボンモチーフを見ても、高級品だからデザインセンスも良いとは限りません。 むしろ変わっていて、しかもセンスが良いと感じられるものはかなりの少数派です。 大体は定番すぎてつまらないか、センスがないのに個性を出そうとして奇をてらっただけのヘンテコのものになっていたりです。 |
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【参考】ヘリテイジでは扱わないクラスのフラワーバスケット・ジュエリー(1915年頃) |
『忘れな草』 ブルー・ギロッシュエナメル ペンダント フランス? 18世紀後期(1780〜1800年頃) SOLD |
パッと見て好きか嫌いかで買い付けは判断します。 何しろプロの買い付けは判断しなければならない点数が多く、1点1点じっくり見る時間なんてないからです。 総合的な芸術性の高さを見て、コンディションをチェックしたら買うかどうかは決めてしまうので、リボンなどの個々のパーツはじっくりとは見ていなかったりするのですが、買い付けた後に改めてチェックすると、総合的に優れていると感じるジュエリーはやはりどれもリボンのデザインが素晴らしいです。 |
ペンダント&ブローチ フランス 19世紀後期 SOLD |
マイクロパール ブローチ イギリス 1905-1920年頃 SOLD |
『白い花のバスケット』 イギリス 1910年頃 SOLD |
素材も色々、デザインの方向性も色々、実に個性に富んでいます。そしてそのいずれもが、感覚的に美しいと感じられるものです。 |
『Tweet Basket』 小鳥たちとバスケットのブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
これら優れたリボンに共通して言えるのが、硬い金属や宝石で作ったとは思えない本物のリボンのような質感と立体的な造形です。 |
このリボンのデザインは、一体どうやって作ったんだろうと思える複雑な立体造形になっています。リボンのオモテやウラ、絶妙な角度の表現が見事としか言いようがありません。 |
実物のリボンはとても小さなものなのに、驚くほど気を遣ったデザインと作りが施されています。 |
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端部はただ斜めや垂直にカットしただけのシンプルなデザインではなく、わざわざV字型で整えられています。 しかもそのV字型の部分もまっすぐではなく、少し曲率を付けることで、柔らかでしなやかなリボンの雰囲気を作っています。 |
リボンの足の部分2本はこのように絶妙に高さを変えて立体感を出しています。また、リボンの帯自体もフラットではなく、全体が両端から中央に向けて凹ませてあります。わざとらしくない絶妙な凹み具合が、本物のリボンのように感じる理由の1つです。 |
どこから見ても見事な造形のリボンです。 |
2-1. まるでトルコ石のような厚みのあるエナメル
立体的なリボンに施された、エナメルのドットの素晴らしさには驚くばかりです。 厚みがなかったらすぐにエナメルと判断したのですが、見事なターコイズブルーな上に、エナメルとは思えないほど厚みがあったのでトルコ石かと思ったのです。 この道44年のGenも「こんなエナメル見たことがない!!」と驚いていました。 |
カルロ・ジュリアーノ作 ネオルネサンス様式 ファイヤーオパール ペンダント イギリス 1880年頃 SOLD |
ドットのエナメルと言えばカルロ・ジュリアーノに代表される、ジュリアーノ・スタイルのエナメルが有名です。 |
しかしジュリアーノ・スタイルのエナメルのドットには厚みがありません。 エナメルに厚みを出すことは非常に困難なのです。 |
ジュリアーノ・スタイルのドットはエナメルの下地の上に施されますが、このリボンのエナメルはゴールドの下地の上に直接施されています。破壊する以外に確認のしようがないので推測になるのですが、おそらくゴールドに少し溝を彫り、そこに釉薬を塗って焼き固めたのだと思います。 |
溝によって融けたエナメルが移動しないようにコントロールしたこと、周囲が金属なので表面張力が働き、エナメルが広がって平らになってしまわなかったことが、このドット・エナメルを実現できた要因でしょう。 |
表面張力で凝集した水滴 |
化学を専攻していた大学の研究室では、界面物理化学を研究していました。表面張力はまさに専門領域です。 ここでは小難しいことは語りませんが、下地と親和性が低いと液滴状となり、親和性が高いと液体は濡れ広がります。 |
『幕開けの華』 ジュビリー・エナメル ブローチ イギリス 1887年 SOLD |
同じエナメルという素材同士だと、間違いなく親和性が良いです。 |
技術を駆使してある程度エナメルのドットに厚みを持たせることはできるでしょうけれど、原理的に限界があるのです。 |
また、重力の問題もあるので金属の上に施したとしても、ドットが大きいとあまり厚みは出せません。 表面張力の影響が最も支配的で、重力の影響がある程度無視できる大きさだったからこそ実現した細工と言えます。 |
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かなり斜めの部分に施されたドットでも、エナメルが偏らずに綺麗な形を取っているのは物理化学的な計算もしっかりなされていたからこそというわけですね。経験による感覚的なものだったかもしれませんが、どちらにしてももの凄いことです。驚異的な技術と閃きを持つ、才能豊かな作者独自のオリジナリティ溢れる細工と言えます。 |
3. 美しい天然真珠の鈴蘭
3-1. 清楚さを演出する上質な天然真珠
真心を込め、特別な贈り物として作られたこの宝物は、天然真珠も選び抜かれた上質なものが使用されています。真珠の内部からにじみ出るような柔らかく明るい輝きと、天然真珠らしいマットな質感が絶妙です。 |
『生命の躍動』 ルビー&シードパール ブローチ イギリス 1900年頃 SOLD |
最高級品のハーフパールと言えば、『生命の躍動』の天然真珠は凄かったです。 画像だとどうしても分かりにくいのですが、実物は驚くほど照りが良く、全ての石がピカピカに輝いていました。 |
しかしながらこの鈴蘭の天然真珠はピカピカ系の真珠ではありません。 だからと言って最高級品でないわけではありません。 |
自分の感性(物差し)で判断できない、教養も美的感覚もない中産階級が需要の大半を締めるようになった現代は、ダイヤモンドの4Cなどのように宝石の質に基準が定められています。 "基準"を設定するには明確かつ正当性のある根拠があって然りですが、"美しさの基準"に万人に共通する正当性ある根拠なんてあるわけがなく、結局は売りたい業界側の根拠で成り立っているだけです。 「"基準"が存在して当たり前」、「"基準"は普遍」、「"基準"は絶対的に正しい」と思い込んでいる人は特に日本人で多いのですが、本来は基準が存在するのはおかしなことで、昔は天然真珠に関してもAだから高級、Bだから低級というような一辺倒的な基準は存在しませんでした。 |
鈴蘭は白く清楚な質感が魅力の花です。 瑞々しさや透明感が魅力の花ならば、もっと艶を感じる天然真珠で表現するのが妥当ですが、鈴蘭にピカピカした真珠を使うのはちぐはぐです。 デザインや作り出したい雰囲気に合わせて、相応しい質感の天然真珠をきちんと選んでいることこそ最高級品の証であり、古の王侯貴族のジュエリーらしい宝物と言えるのです。 |
小さいながらもこれだけの数の天然真珠を使いながら、色や照り艶などの質感が揃っているのもかなりのお金をかけて作られている証拠です。また、このサイズでもミドルクラス以下のジュエリーだと天然真珠の形が少し歪だったりするものですが、見事に真円の真珠だけが使われています。 |
天然真珠にはしっかりと高さもあって、この立体感が全体の美しさを強調しています。 |
高さがありつつ、どれも綺麗な形をしていますね。 |
3-2. 高い技術のフレームと石留め
鈴蘭は葉っぱ、花共にフレームの溝の彫り方と仕上げの磨きが非常に素晴らしく、ハイジュエリーでも滅多に見ないレベルのキリッとした美しい作りになっています。目立たぬようハーフパールを最小限の爪で留めた技術も見事なものです。どの爪も小さいのに粒が揃っており、よく磨き上げられて美しく輝いています。一切の手抜きが感じられません。 |
葉っぱは1枚ではなく、2枚が重なって表現されていることにもデザインセンスの良さを感じます。 |
サイドから見ると扁平ではなく、絶妙な角度を付けて立体的に表現されていることが分かります。鈴蘭の花もそれぞれが絶妙に高さを変えてあります。 |
鈴蘭の茎は殆どの部分が正面からは見えないのですが、見えない部分も一切手抜きをしない素晴らしい作りになっています。 花にかけての茎部分は、ナイフエッジになっています。 |
鈴蘭の可憐な雰囲気を強調するためには必須、かつ最適の細工と言えますね。 もちろん裏側も一切の手抜きが感じられない完璧な作りです♪ |
一見シンプルな見た目ながら徹底した作りの良さと、高い技術や莫大なお金をかけて作った、こだわりぬいた至極センスの良い鈴蘭のブローチ。一体どんな男女の愛をつないだのか、相当優れたセンスと教養を持っていたのは間違いありません。お会いしてみたいものです。 |
昔ほどは感じられない"春到来の感動"
森に咲く野生の鈴蘭 "Garphyttan lily of the valley in forest" ©Silverkey(Mickael Delcey)(31 May 2019, 18:31:33)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
このカタログではGenの体験談を元に、長く厳しい冬を耐え忍んだ後の春到来の感動についてお話しました。 なぜわざわざそんな話をしたのかと言うと、今では殆どの日本人がその感動を体験したことがなく、想像することも難しいだろうと思ったからです。 |
裏日本 "Uranihon" ©Aney(2006-03-23)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 冬に地面が雪に覆われ、花が見られなくなる地域は日本ではごく一部だけです。 東北でも太平洋側だと雪が少なく、晴れる日も多くて根雪にならなかったりします。 米沢から隣の福島市に出ただけでもガラリと気候が変わるそうです。 |
Genと小元太のフォト日記『アイススケート』より(2008.2) |
日本海側に加えて盆地でもある米沢は日本屈指の豪雪地帯です(※特別豪雪地帯に指定されています)。そんな雪に閉ざされた米沢で見る冬の世界は、完璧に白だけの美しい世界でした。しかしながら現代では消雪パイプを使って道路の雪を融かしてしまうため、完璧な白の世界はもう存在しません。 |
Genと小元太のフォト日記『追憶の箱ぞり』より(2008.2) |
また、昔は冬の間閉ざされていた関東に出る峠もいつでも通ることができ、流通が発達した結果、冬でも何でも手に入れることができます。お花屋さんに行けば冬でもお花が買えますし、暖かい地域に気軽に旅行してお花を見に行くことだってできます。 |
ヘリテイジのご近所の庭先に咲く鈴蘭(2019.5) | 時代が下り、生活する上で不便さはなくなってきた一方で、もはや日本全国どこも昔ほど四季の移ろいに感動できる環境はなくなってしまったように思います。 おそらくはもう、今では誰も体験することはできません。 でも、豊かな感性を持っていれば僅かなりとも想像することは可能です。 |
なぜ、このような小さな美しい宝物が昔のイギリスで作られたのか。 ヘリテイジのこのマニアックなカタログを読んでくださる皆様なら、きっと想像することができるでしょう。 |