No.00350 愛の白鳥 |
1923年に誰かが愛する人へ贈った美しい愛の証・・♪ |
優しい表情の白鳥には、驚くような神技の細工が詰め込まれています! |
←↑等倍 |
19世紀ならまだしも、 |
『愛の白鳥』 |
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超絶技巧の細工物は大好きで必ず買い付けますが、彫金物はほぼ19世紀までのものです。この1923年のバーブローチは、プラチナと2カラー・ゴールドを組み合わせた彫金による、異例中の異例と言える奇跡の宝物です。アンティークジュエリーについてある程度の知識がある方だと、いかにあり得ないものかがお分かりいただけると思います。 |
この宝物のポイント
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1. 優美に泳ぐ愛の白鳥モチーフ
1-1. 様々な意味を持つ白鳥モチーフ
今回の宝物は、白鳥が優美に泳ぐ姿を表現しています。 |
1-1-1. 多種多様な鳥類
倉敷・美観地区で暮らす白鳥の夫婦 (岡山 2013.10.30) |
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渡り鳥である白鳥は、目にする時期は限定されますが、日本でも各地で見ることができる身近な鳥ですね。これはサラリーマン時代、しばらく岡山に住んでいた頃の画像です。倉敷まで電車で10分ちょっとと近かったので、しょっちゅう美観地区に遊びに行っていました。いつも水辺で優雅に泳いでいた白鳥の夫婦が印象的でした。 |
Genと小元太のフォト日記『三本足のカラス』(2010年7月) |
身近な鳥と言えば鶏、烏、鳩、燕、雀、鴨、アヒル、メジロなど、他にもたくさんいます。地域によっては雉、ウズラ、カッコウ、鷹、鷲、隼、鶯、百舌鳥、ヒヨドリ、シギ、カモメ、ウミネコ、サギ、雲雀、鶴なども身近でしょうか。 |
Genとアローのフォト日記『ぞろぞろぞろ』(2005年冬) |
そのような中で、白鳥は特別な魅力を持っています。現存する種の中で、空を飛ぶ鳥の中では最大級の重量があります。大きいものは体長1.5m、体重15kgにも達するそうです。雀や鳩はその軽さに驚きますが、15kgもあって飛べるなんて凄いですよね!翼を広げると3.1mを超えるほど大きいそうです。 大きくて飛べる鳥と言えば鶴もいますが、白鳥の場合は水鳥として泳ぐ姿の方がとても印象的です。オモチャのようにプカプカと浮くカモメであったり、スイスイ泳ぐカモなどと違い、大きな白鳥が泳ぐ姿は何とも優雅です。 漫画『巨人の星』(1966-1971年)で登場人物が「優雅に泳ぐ白鳥も水面下では激しく足を動かしている。」と語るシーンが有名になったことで、そのようなイメージが付いていますが、これは原作者・梶原一騎氏の創作だそうです。実際にはそれほど激しく足を動かしているわけではありません。生物学的に考えれば、そりゃそうですね。疲れちゃいますし、そんなに激しく動かさないと泳げないなら水かきの意味がありません(笑) 身近でありながら特別な魅力を持つ白鳥だからこそ、文化の中に多々取り入れられてきた歴史があります。 |
1-1-2. 化身したゼウスの象徴
『セラピスと鷲』 古代ローマ インタリオ フォブシール インタリオ:古代ローマ 1世紀 金具:ヨーロッパ 18世紀 SOLD |
ヨーロッパで最もメジャーなのは、化身したゼウスの象徴としての白鳥です。 鷲に化身する『ガニュメデスの誘拐』も有名ですが、白鳥に化身してスパルタ王テュンダレオスの妻レダを誘惑したエピソードも有名です。 古代ギリシャ神話はヨーロッパの上流階級の必須の教養だったので、あからさまではなく象徴的にジュエリーのモチーフにも取り入れられています。 これは鷲で象徴した古代ローマのセラピス(ゼウスと習合)のインタリオに合わせて、同じくゼウスを象徴する白鳥でフォブシールをデザインしています。時空を超えた知的なコラボレーションが素晴らしいですね♪ |
1-1-3. エピソードが存在する他の白鳥
『アーサー王伝説』白鳥の騎士ローエングリン | 古代エッダ『ヴェルンドの歌』白鳥乙女の水浴 |
他にも白鳥に因む神話は存在しますが、去ってしまう話なのでジュエリーのモチーフにはならなかったようです。 |
1-1-4. 自然の美しい姿を表現した白鳥
『白鳥』 ローマンモザイク ペンダント イタリア 1870年頃 SOLD |
『水面の白鳥』 エセックスクリスタル ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
この2つは、自然の優美な白鳥の姿を表現しています。左の宝物は在し日の古代ローマに想いを馳せながら、当時の白鳥を表現したに違いありません♪ |
白鳥クラバットピン Eugene Fontenay(1823-1887年)の可能性有 フランス 1880年頃 SOLD |
この白鳥は街灯か水辺のパーツなのか、何かの上に立った姿で表現されています。 野生の白鳥モチーフの場合は、泳いでいるか飛んでいる姿が多い中で、とても珍しい構図です。 足元のパーツもオマケではなくデザインとして重視されており、高さのあるダイヤモンドが2粒も嵌め込まれています。 当時の人たちや、その感性や想いに触れることができるアンティークジュエリーは、本当に楽しいですね♪ |
1-2. 真摯な愛の象徴としての白鳥
この宝物は、優美に泳ぐ自然の中の白鳥を表現しています。ゼウスを象徴している場合は、最高神らしい威厳に満ちた雰囲気だったりしますが、この白鳥の表情はとても優しくて愛に満ちています。 |
1-2-1. 特別な贈り物としてオーダーされた宝物
この宝物の裏側には文字が彫金されています。 N.P. From A.S. 1923. 1923年に、A.S.さんがN.P.さんに贈ったブローチだと分かります。 |
1-2-2. 知的で優美な愛の証
この宝物は、男性が女性に愛の証として贈った可能性が高いです。 ヨーロッパの上流階級は教養を重視し、ジュエリーにも秘密のメッセージを込めて、心に秘めた想いをやりとりすることを好みます。 それが伝わらなければ面白くありませんし、恋愛対象としては興醒めです。だから幼少期から徹底した教養を施されるわけです。 白鳥は、単に見た目が良くてオシャレという意味で選ばれたわけではありません。 |
白鳥の親子(2021年)"Mute swans(Cygnus olor) and cygnets" ©Charles J. Sharp(6 June 2016; 14:26:09)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
白鳥も様々な種類がいますが、たとえばナキハクチョウは24年の寿命があります。白鳥は一夫一婦制です。どちらかが先立った場合は新たに別のパートナーと一緒になりますが、死ぬまで添い遂げます。 繁殖を始めるのは4〜7歳頃ですが、早いと生後20ヶ月で相手を見つけ夫婦となるそうです。 |
濤沸湖(とうふつこ)のオオハクチョウ(北海道 2015年) "Lake Tofutsu1a" ©江戸のとくぞう(12 December 2004, 13:26:11)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
こんなにたくさんいても、最愛のパートナーのみを生涯愛し続ける鳥なのです♪ |
仲良く毛繕いをする白鳥のカップル(2021年) "Knolsvan - (Cygnus olor) - Ystad-2020" ©Foto: John Leffmann(2021)/Adapted/CC BY 3.0) |
そのような知識的なものだけだと面白くありませんが、白鳥は身近な鳥です。 いつでも一緒。何をするのも一緒♪ |
白鳥の夫婦と愛の巣と卵(ボーデン湖 2015年) "Swans with nest and eggs at Lake Constance" ©Olga Ernst(2 May 2015, 15:36:33)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
優雅な白鳥たちの仲睦まじい様子を自分たちに重ね合わせ、幸せに微笑むカップルもいたでしょう♪ |
白鳥の夫婦 "SwansCygnus olor" ©Bowenpant(23:58, 8 October 2005)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
仲良しというだけなら別の鳥もいるはずですが、白鳥が極めつけなのはこのポーズでしょう!!♪ 長い首だからこそ可能となる、2羽で作る優美なハートのフォルム。まさに『一途な愛の象徴』として相応しい鳥です! |
この宝物は1羽の白鳥ですが、贈り主の男性は自分用にも同じ白鳥の宝物を作っていたと想像します。 愛し合う2人の、特別な愛の証としての宝物。 見つめていると、もう1羽の白鳥に想いを馳せることができます。 |
2. 白鳥らしい見事な立体造形
2-1. 難しい生き物の立体造形
ルネサンスやHERITAGEは世界一基準が厳しいので、美術品として価値のある本当の最高級品しかご紹介していません。そればかりをご覧になっていると、アンティークジュエリーはどれもこのように美しいものだとお感じになると思います。 白鳥はしっかりと白鳥のように見えますし、生き生きとした生気も宿っています。 |
『EAGLE EYE』 |
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鷲もしっかり鷲に見えます。優しげな表情を浮かべる白鳥と違い、鷹狩用のこの鷲は眼光鋭く、威厳に満ちています。 生き物に表情が宿るのは、それが単なるジュエリーの域を超えて『芸術』として昇華しているからこそです。これはただ正確に作業するだけの、秀才クラスの職人には不可能です。工業製品は上手に作れても、心を動かす作品にはなりません。 芸術家の才能というのは、本当に特別なものなのです!! |
【参考】出来の悪いアンティークの高級品 | |
© Victoria and Albert Museum, London/Adapted | |
これらはゴールドとトルコ石という高級素材を使用しており、一応は高級品として作られています。しかし、職人の腕が理想に追いついていません。造形が下手なので、生きた鳥のような軽やかさも表情もありません。羽毛の質感も金属による硬そうな印象しかありません。いかにも飛ばなそうです。 右は一応、アルバート&ヴィクトリア美術館のミュージアムピースです。"資料的価値"と言う観点で展示されているのでしょう。それを使いたいと思う人がいる限り、ジュエリーは基本的には誰か個人の手元に在り続けます。身につけたいと継承する人がいなかったのかもしれませんね・・。 |
『勿忘草をくわえる鳩』 鳩 ゴールド ブローチ イギリス 1830〜1840年頃 SOLD |
同じ高級品というジャンルであっても、同じモチーフと素材であっても、作る職人の技能によってこれほどまでに出来上がりは異なるものなのです。 単なる美しさではなく、精気が宿るか否か、表情が良いかどうかまで重要となってくる『生き物モチーフ』の場合、格段に難易度が上がります。 だから高級品同士で比較しても、驚くほど差がつくのです。 |
【参考】出来の悪い鳥モチーフの装飾品 | |
アンティーク〜ヴィンテージ | ゴールド・カラーの鋳造アクセサリー(現代) |
左も手間をかけて手作りされていますが、鳥として形に違和感があります。ボテッとしていますし、不自然です。質感もグチャっとした印象で、ジュエリーには見えません。 右は貴金属を使っていない、ただの量産アクセサリーです。デフォルメしたと言えば聞こえが良いかもしれませんが、不自然なまでに平面的なフォルムと、鋳造による精細さに欠けるヌメっとした質感に心地良さは感じられません。現代ジュエリーやアクセサリーに見慣れていると「こんなもの。」と感じそうですが、アンティークの本物の高級品を一度でも見てしまうと、このようなアクセサリーはもう絶対に無理だと思います。付けない方がマシだと思ってしまいます。 |
首が長いタイプの鳥は、特に表現が難しいです。 HERITAGE基準に満たないジュエリーではよくあることですが、正直これが何の鳥なのか私にはハッキリ分かりません。 首が折れているのではと思うほど、変な角度です。 |
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【参考】ヘリテイジでは扱わないクラスの鳥ジュエリー(19世紀後期) |
2-2. 生き生きとした素晴らしい表現力
2-2-1. 絶妙な首の角度
首の角度に加えて、足の角度も絶妙だからこそ、あからさまに水辺が表現されていなくても泳いでいる様子だを分かります。間違いなく、アーティストとしての才能がある職人が作った宝物です♪ |
スイ〜ッと泳ぐ姿が見事に表現されています。だからこそ、ブローチのシンプルなプラチナ・バー部分が、穏やかな水面を表現しているのだろうと分かります。 |
2-2-2. 巧みな立体デザイン
360度の立体造形で作るジュエリーもありますが、この宝物はブローチとして使いやすいよう、片面のみが立体構造です。 |
このような場合、360度の造形を真っ二つに割ったような形で作るのではなく、それよりはややフラットな状態でデザインします。また、完全に半分だけを表現するわけでもありません。足はブローチとして邪魔にならないので、両足が表現されています。材料も手間も余計にかかりますから、これだけ見ても贅沢な宝物だと分かります。 |
翼も両翼で表現されています。真正面からだとほぼ見えないにも関わらずです。しかもカラー・ゴールドの技術を駆使して違う色にしている上に、見えない部分にも高度な彫金がしっかりと施されています。 19世紀までのハイジュエリーならば、これだけこだわった金細工のジュエリーはあり得るのですが、これは1923年の作品です。 |
ヴィクトリアン後期〜エドワーディアン初期のトランジション・ジュエリー
『ゴールド・オーガンジー』 エドワーディアン ペリドット&ホワイト・エナメル ネックレス イギリス 1900年頃 ¥1,000,000-(税込10%) |
『Transition』 エドワーディアン アクアマリン バー・ブローチ イギリス 1900〜1910年頃 SOLD |
ヴィクトリアン後期からエドワーディアン初期にかけてのトランジション・ジュエリーだと、当時ジュエリー市場に出てきたばかりの画期的な新素材であるプラチナと、19世紀ならではの優れた金細工を駆使した宝物を見ることができます。 左は分かりにくいですが、センターのダイヤモンドのセッティングにのみプラチナが使用されています。本当に、プラチナの最初期の作品なのでしょう。 |
才能のある職人はプラチナ職人となった20世紀初頭
『Eros』 初期アールデコ ピュア・プラチナ ダイヤモンド ブローチ イギリス 1920年頃 ¥5,500,000-(税込10%) |
画期的な新素材としてプラチナが登場すると、ハイジュエリーは瞬く間にこの白い金属一色となりました。 ゴールドとプラチナでは、金属としての性質が異なっています。柔らかさと粘り気、そして強靭さを併せ持つプラチナはゴールドでは不可能な細工ができました。ナイフエッジは極限まで細くできました。 |
『勝利の女神』 |
透かし細工、繊細な輝きが美しい精緻なミルやグレインワーク、ダイヤモンドの細かな爪留、耐久性を必要とする揺れる構造など、ゴールドの時代とは異なる技術分野が大きく発展し、プラチナジュエリーが花開きました。 |
王侯貴族の時代の終焉に伴うジュエリーの衰退
【参考】成金用のブランド・ジュエリー | |
↑ブシュロン 1930年代 ブシュロン 1940年代→ |
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高度な技術を持つ職人による『優れたジュエリー制作の歴史』は、王侯貴族の時代の終焉と共に終わりました。美的感覚を持たない成金の場合、判断基準は美しさではなく高そうに見えるかどうかだけです。高そうに見えることが、自分が凄そうに見えることにつながるという考え方です。知性や教養ではなく、カネが絶対的な基準です。 王侯貴族が力を失い、高価なジュエリーをオーダーできなくなった結果、ジュエリー制作は成金中心に移っていきました。その結果、技術が必要な作りやデザインは軽視され、素材だけのものへなっていきました。神技を極めるような、高度な技術はすぐに失われます。あっという間に、高度なジュエリー制作はできなくなりました。 |
金儲け主義が強過ぎて滅びたカステラー二の量産ジュエリー | ||
ゴールド・ペンダント&ブローチ(カステラーニ 1870-1880年頃)ボストン美術館 【引用】Museum of Fine Arts Boston ©Museum of Fine Arts Boston/Adapted | ゴールド・ペンダント(カステラーニ 1870-1880年頃)ボストン美術館 【引用】Museum of Fine Arts Boston ©Museum of Fine Arts Boston/Adapted | ゴールド・ピアス(カステラーニ 1870-1880年頃)ボストン美術館 【引用】Museum of Fine Arts Boston ©Museum of Fine Arts Boston/Adapted |
この傾向は19世紀後半から既に始まっていました。 高度な技術、手間を惜しまず真心を込めた作り。それは美意識があり、豊かな心が持てた時代の貴重な宝物なのです。 |
奇跡のような宝物が存在できた背景
なぜこのような宝物が、1923年という時代に存在できたのでしょうか。 最高級品を作る腕を持つ職人ならば、基本的には金細工職人からプラチナ職人へと転向したはずです。 この宝物の白い金属はホワイトゴールドではなくプラチナなので、プラチナを扱う技術とステータスを持った職人だったことは確実です。 |
プラチナがジュエリーの一般市場に登場した1905年当時、作者は既にある程度の年齢だったと想像します。金細工職人として技術を極め、プライドを持っていたに違いありません。新しいものにチャレンジするパワーも失っておらず、プラチナ技術も極めましたが、金細工職人として技術を維持し続けたのでしょう。 プラチナ技術を極めるだけでも大変なことです。並の技術や情熱でできるようなことではありません。だからこそこのような宝物は他にはないですし、職人としてのプライドと真摯な情熱に基づく美しさが、白鳥の表情にも宿っているのでしょう。 |
1923年と言えば、プラチナがで初めて18年後です。新規参入の腕の良い職人だと、最初からプラチナ職人を目指します。十分に腕を上げていない状態でプラチナの時代が来た職人もいたでしょう。高度な金細工技術を持つ職人が、本当にギリギリのタイミングで残っていた最後の時代だったと想像します。 |
2-2-3. 絶妙な立体表現
全体の大まかなフォルムも素晴らしいですが、生き物らしく見えるよう、1つ1つのパーツも感動するほど気を遣って立体をデザインしています。 静止画ではお伝えしきれませんが、それは主に光の陰影で現れます。 |
裏側に穴があり、鋳造で全体のフォルムを作っています。 鍛造による塊だと、ブローチとして使用するには重くなり過ぎますが、中空の軽い作りなので、十分な厚みが表現されています。 |
ライトの当て方による表情の変化 | ||
頭部やボディには膨らみを持たせており、彫金の輝きと相まって、本物の白鳥の羽毛のように美しく輝きます!♪ 翼も緩やかな曲率をつけて造形されており、人工的な不自然さがありません。リラックスした白鳥の様子が伝わってきます。楽をして平坦に作ってしまうと、人工的な違和感が出て、生き物らしさが感じられなかったはずです。 |
ライトの当て方による表情の変化 | ||
表情を読み取る、人間の能力は鋭敏です。赤ちゃんの表情を読み取る必要がある、女性は特にその能力が鋭敏とされています。 どれも同じに見える方は、ぜひ白鳥の表情に注目してみてください。光の当たり方だけで、かなり違って見えるのではないでしょうか。分かる方だと、微妙な陰影によってボディの凹凸も感じ取っていただけると思います。 |
←↑等倍 |
1.8×1.3cmで、1円玉より小さな白鳥です。彫金の凄さは拡大すれば分かりやすいですが、立体への細かな配慮は一般には分かりにくいです。小さな宝物に込められた、神技と言える造形力の凄さを、ぜひとも知っていただきたいです!!♪ |
3. 愛と美意識が伝わってくる徹底した作り
3-1. プラチナに込めた愛の証
プラチナと金価格の相場変動 【引用】海外金プラチナ価格の長期チャート Let's GOLD /金・プラチナ価格長期チャート ©Let's GOLD |
金属の相場は需給バランスで決まります。 工業用途が主な需要であるプラチナの場合、その需要に大きく影響されます。2000年代に入るとディーゼル車の触媒としての需要が伸び、投資マネーも流入して高騰しました。その後、BMWの排ガス不正問題が発覚してディーゼル車離れが起き、下落しました。 |
結婚指輪のような白い金属のパーツ | |
高騰した際には、「プラチナはゴールドより高級」という謳い文句で婚約指輪などがプロモーションされました。 「高くても、貴女のためならばお金なんて惜しまない。」 本当は素材だけでなく、プラスアルファが必要です。高価なものを選ぶだけなら、お金さえ持っていれば楽なものです。それまでの人生で得てきた全ての教養と知識を元に、一生懸命に真心を込めて選ぶ。これは本当に、とても大変なことです。はしたガネ以上の価値が優にあります。それらの教養や知識を得るために、その人がそれまでにどれだけお金や労力を費やしてきたか。そして今、頭と時間を使ってくれているのか・・。 |
この宝物は、プラチナを印象的にデザインしています。それは当時プラチナがとても高価で、高級感やステータスを表すと共に、贈る相手への真摯な愛を示すことができたからです。 |
【参考】1910〜1970年のプラチナとパラジウム価格の推移 |
これは1910〜1970年のプラチナとパラジウム価格の推移です。産出量の制約、加工のための技術的な制約、その両方の課題がクリアされた1905年頃から、プラチナはジュエリーの一般市場に出始めました。最初期は一体どれほど高価だったか、詳細は分かりません。 1910年代は第一次世界大戦の影響で価格が高騰しました。爆薬や化学兵器などの触媒として需要が高まったことが原因です。さらに1917年には世界最大のプラチナ供給国だったロシアで革命が起こり、プラチナの供給が混乱したことで、さらに価格が高騰します。「プラチナなくして戦争には勝てない。」と言われたほど、戦略物資として重要な地位にありました。1920年頃には、金の8倍近い価格まで跳ね上がります。 この時期は「プラチナが素敵で、人気が殺到して高騰した」のではなく、「国家存亡の危機であり、人命に関わること」としての価格高騰でした。高価だからと、ジュエリーに贅沢に使用するのはラグジュアリーではなく、自分さえ良ければという非国民でしかありませんでした。だからこの時期の王侯貴族のためのジュエリーは、どれだけ高級品でもゴールドバックが基本です。 その後、第一次世界大戦は終了し、ロシア革命の影響はすぐに解消されて価格は一旦落ち着きます。しかし以前として帝国主義が渦巻き、第二次世界戦に向けて不安定な国際情勢にありました。このため、すぐにプラチナ価格は再び上昇に転じました。 |
ハンス・メレンスキー博士(1917年) | そうやってプラチナ相場は上を目指しましたが、1924年にハンス・メレンスキー博士が南アフリカで世界最大のプラチナ鉱床を発見したことで供給環境が激変しました。 南アフリカからのプラチナが供給されるほどに、プラチナ価格は下がっていきました。 |
1910〜1970年のプラチナとパラジウム価格の推移 | プラチナというだけで、ゴールドの何倍もするような高価な金属だったのは1920年代までです。 アールデコ後期の1930年代になると、成金用のつまらないものにもプラチナがふんだんに使用されているのは、プラチナ価格が下がったことも理由の1つです。 |
1924年に南アフリカの鉱床が発見されます。 1923年に作られたこの宝物ブローチは、ロシアからのプラチナが主だった時代の、プラチナが特別な金属だった最後の時代に作られた宝物と言えます。 プラチナ価格が鰻登りに高騰していた時期でした。この白く美しい、高貴な金属に真心を込めたい・・。贈り主はそういう想いで、この清らかな白鳥の宝物をプレゼントしたのでしょう。 |
3-2. 驚異のプラチナの彫金
3-2-1. 異例のプラチナの彫金
今は引退されていますが、以前仕事を依頼していた神技の職人X師によると、粘り気があって柔らかいプラチナは彫金に向かないそうです。扱いの面からも、ホワイトゴールドの方が好みだと仰っていました。繊細な彫金を施す場合、ある程度、金属としての硬さが必要です。ゴールドは、割金の配合でコントロールしやすいです。色だけでなく、物理的な性質もアンティークの時代は制御できていました。 |
ホワイトゴールドの彫金の宝物 | |
『ヴェルサイユの幻』 エドワーディアン アクアマリン ペンダント イギリス or ヨーロッパ 1910年代 SOLD |
『山海の恵み』 天然真珠の葡萄ペンダント イギリス 1920年頃 SOLD |
この2つは、ホワイトゴールドに彫金しています。20世紀に入ると、高度な彫金技術はあっという間に失われてしまいます。このような宝物は滅多に出逢えませんが、色彩のあるゴールドへの彫金とは違った美しさがありますね♪ |
ホワイトゴールド | プラチナ |
よほどの例外を除き、プラチナを彫金した宝物は作られていません。だから最初は今回の宝物もホワイトゴールドかと思ったのですが、白い硬質な輝きがプラチナのものなのです! "人間の眼"の認識能力は優れているので、肉眼だとよりはっきり分かります。 |
宝物を紹介してくれたディーラーに尋ねてみましたが、「さあ。プラチナでもホワイトゴールドでも、どっちでも良いんじゃない?」くらいの返答でした。アンティークジュエリーの価値としてはどちらの金属であっても同じなので、これは普通の回答です(笑) こんなことを気にするのは、アンティークジュエリーの神技の作りに魅了されているGenや私くらいです。 |
この宝物の裏の右側に15CT、PLATと刻印されており、白い金属は見た目通りプラチナと分かります。 |
3-2-2. 天才と秀才の彫金の違い
この宝物の彫金は、極めてアーティスティックです。 上手な彫金と一言で言っても、秀才と天才では価値と美しさが全く異なります。 どういうことか、具体的な例でご説明いたします。 |
鷲のジュエリー | |
天才の彫金 | 秀才の彫金 |
『EAGLE EYE』 ゴールデン・イーグル クラバットピン フランス 1890年頃 ¥1,500,000-(税込10%) |
【参考】18ctゴールド・ブローチ(サインドピース 1976年) |
左は天才、右は秀才の作品と言えます。 右は1970年代の作家物です。ジュエリーの大衆化が特に酷くなるのが1970年代以降なので、ギリギリ手間をかけられた最後の時代と言えるでしょう。 |
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パッと見て、印象はいかがでしょうか? 左は精気が宿り生き生きとして見えるのに、右はいかにも作り物のようで、心を揺さぶる何かを感じません。 彫金にご注目ください。左は規則正しい彫金模様の中に、ランダムが表現されています。右はまるで工業製品のように、ただ正確にと彫金しただけです。 |
【参考】秀才の彫金(サインドピース 1976年) |
機械のように正確に彫金すること自体が至難の業ですから、一般的な職人の中では腕が良い方だとは言えます。しかし、これだと機械と代わりがないのです。むしろ、ただ正確に彫金するだけならば機械の方が正確で優れています。 どんなに正確に作られていても、私たち人間は工業製品を見て感動することはありません。それと同じです。これを見て感動は生まれません。 |
鷲のジュエリー | |
天才の彫金 | 秀才の彫金 |
『EAGLE EYE』 ゴールデン・イーグル クラバットピン フランス 1890年頃 ¥1,500,000-(税込10%) |
【参考】18ctゴールド・ブローチ(サインドピース 1976年) |
首元から胸にかけての羽毛の表現を見ると、左は意図してランダムを表現していることが分かります。 違和感のない自然なランダムを表現するのは、『天才』でなければ不可能です。 |
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もしデザイナーが別にいたとしても、仕様書にこの細部まで指定されることはありません。まさに作者のセンスと感覚次第です。 言われた通り、正確に作業するのは楽です。何も考える必要がありません。それが秀才の作品です。心が宿らないので、見ても驚くほど感動できないのです。 『ランダム』に賭けた、アーティスト兼職人としてのプライドと神技の技術。それが宿る宝物は滅多にありませんし、そのような作品こそHERITAGEに相応しいです。 |
3-2-3. プラチナのアーティスティックな彫金
←↑等倍 |
白鳥が自然に見えるのは、立体造形と彫金の合わせ技によるものです。プラチナ部分は、ゴールドの翼部分とは彫金が異なることがお分かりいただけると思います。鑽(タガネ)を押し込む深さ、方向、密度は巧みにコントロールされています。首にかけては彫金を密集させていますし、ボディにかけてはおおらかに仕上げています。 |
←↑等倍 |
本物の白鳥の羽の方向を、完璧に熟知した職人の技ですね♪ プラチナは、硬質な白い輝きが大きな特徴です。1つ1つの彫金から放たれるプラチナの強い輝きは、水に濡れた羽毛が陽射しを反射して、キラキラと煌めいているかのようです。水鳥ならではの光景です♪♪ |
『水鳥の楽園』Genとアローのフォト日記より(2005年冬) |
これは18年前、Genが58歳の時にロンドンのケンジントンパークで見た景色です。水鳥の楽園です。ロンドンは環境に恵まれており、動物愛護の精神も強いので、生き物たちも人懐っこいです♪ |
『ぞろぞろぞろ』Genとアローのフォト日記より(2005年冬) |
Genが食パン1斤をあげながらお散歩した結果、水鳥の大群を連れての行進となったそうです(笑) 白鳥もたくさんいますね。 |
Genとアローのフォト日記 2005年冬『これな〜に?』より |
これはGenがパン屑だらけにした白鳥の羽です(笑) パン屑はさておき、羽毛が水を弾き、水滴になって輝いています。 |
そのような様子が、見事に再現されていると感じます。 イギリス貴族は所領のカントリーハウスと、ロンドンのタウンハウスの両方で社交していました。もしかすると、100年前にGenと同じ場所で見た白鳥の姿を再現した宝物かもしれませんね。 |
様々な想いを巡らせることができるのも、アンティークジュエリーの楽しさの1つだと思っています♪ |
3-3. 高い美意識が分かる美しいカラーゴールド
翼もプラチナにするか、両翼とも同じ色にする選択肢もあったはずです。 しかし、わざわざ翼の色を分けていることに高い美意識を感じます。 |
『大切な想い人』 |
19世紀は様々な金細工技術が花開きました。特に史上最も金価格が高騰した19世紀初期のイギリスでは、ゴールドを主役にしたアーティスティックな宝物が生み出されています。 この宝物は色石やエナメルを使っていませんが、カラーゴールドで美しい色彩を実現しています♪♪ |
リージェンシー フォーカラー・ゴールド フォブシール イギリス 1811〜1820年頃(摂政王太子時代) SOLD |
ジョージアン ロング ゴールドチェーン イギリス 1820年頃 SOLD |
昔からカラーゴールドの技術は存在しました。 公式の記録としては、ホワイトゴールドは1912年に金、ニッケル、パラジウムの合金が発明され、1915年に特許が取得されました。 しかし、工房ごとの秘伝のレシピとしては存在してきたのです。 |
庶民用のジュエリー史しか知らない人たちだと、公式記録の情報しか知りません。また、権威主義だと公式記録のみが正しいと、硬く信じます。 Genも私も研究者でもあるので、仮説を立てながら、必要な際には分析データを取得します。ホワイトゴールドも間違いなく19世紀以前から作られていましたが、それは限られた上流階級と職人しか知らない世界なのです。 特許を取得するのは、庶民向けに大量生産する際の発想です。 私も大企業で研究者をやっていた時代に特許を取得しており、特許研修で戦略面についての話をしたこともあります。特許を取得すると、内容は公開されます。当然ながら、真似されるリスクとなります。技術を推測したり、分析が困難だったりする場合、特許は取得せずに秘伝のレシピ(ブラックボックス)化した方が良い場合が結構あります。 |
フォーカラー・ゴールド ロケット・ペンダント フランス 1860年頃 SOLD |
そのような場合、技術的には存在しても普及はしません。 このような宝物が欲しいと思った場合、カラーゴールドのレシピを保有するこの工房(職人)に頼まなければなりません。 これが差別化であり、工房や職人としての『価値ある技術』となるわけです。 |
18K スリー・カラーゴールド リング(カルティエ 現代) ¥282,700-(2023.12現在) 【引用】Cartier / VENDOME LOUIS CARTIER WEDDING BAND ©CARTIER |
現代では金位も、配合する金属やその割合も規格が決まっています。 特別な色彩を表現するために新たに研究開発費をかけることはほぼありませんし、どのブランドから買っても同じような色です。個性がありません。 これはデザインのせいもあって、機械的のパーツにしか見えませんね。デザイン費や製造コストは安く済むのでしょうけれど・・。 |
規格が決められていくのは、王侯貴族の時代から大衆の時代へ移行した第二次世界大戦後です。アンティークの時代に作られたこの宝物の時代は、工房ごとの秘伝のレシピが生きていました。 チラリとしか見えない、奥の翼のカラーゴールド。この技術を保有し続けていた職人は、既に絶滅しつつあった時代でしょう。だからこそオーダー主は、失われ行く美しさに危機感と切なさを感じつつ、この技術を持つ職人の存在価値を理解し、お金に糸目をつけずオーダーしたのでしょう。そして、この宝物は職人がそれに応えた結果なのだと思います。 The Art of Gold. |
3-4. 見えない部分にまで施された高度な彫金
手前のイエローゴールドの翼は後付けです。 プラチナのボディと、ピンクゴールドの翼部分が鋳造の本体として成型されています。 |
イエローゴールドの翼を取り付ける前に、ピンクゴールドの翼も完璧に彫金しています。 組み立てた後は見えなくなる部分でも、手を抜いていません。 美意識の高い人たちはこのような部分まで気にしますし、このような仕事ぶりをみて、心の満足を得ます。 このような徹底した細工を見るのは、実に気持ちが良いものです♪♪ |
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真正面からは奥の翼は見えません。しかし、実際に着用する際は着用者も動きますし、見る人の視線の角度も様々です。だから必ず奥の翼は見えます。 この、チラリと見えるタイミングに非常に気を遣っているのです。分かりやすい部分よりも、人柄が出るこのような部分を重視するのは、美意識の高い人にとっては当たり前なのです。 |
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肉眼でかなり覗き込んでも、陰になって全てをきちんと視認することはできません。でも、見えなくてもオーダー主の心の満足は絶大だと思います♪ |
正面からは見えない、奥側の足も丁寧に彫金しています。深めの段差によって、足の指の1本ずつがしっかり表現されています。それぞれの足指にも、鳥らしい足らしい横線が浅めに彫金されています。ブローチとして身につけている際は見えない部分です。 |
アンティークジュエリーは身を飾るだけのものではありません。美術品としての価値があり、それこそが最も重要すら言えます。 身につけていない時、手元で眺めて楽しむのは至福の時間です。いつまでも飽きることがありません。自身が成長すれば、それまでとは違う見え方に気づき、新たな感動を得ることもあります。 この楽しみのために、本当に良いものとして作られた宝物は、どの角度から見ても美しくできているのです。 |
3-5. 鍛造による見事な黄金の翼
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手前にあるイエローゴールドの翼は、鍛造で造形されています。綺麗なカーブを描いています。また、翼の先も実に見事な表現です!! |
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羽根の1つ1つに段差を作っていますし、羽根先も複雑でランダムな形状に整えられています。人工的な違和感のない、自然な美しさが表現されてます。センスが要りますし、この部分だけでも一体どれだけの手間と技術が込められているでしょう・・。 |
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小さな翼に、一体どれだけの高度な彫金技術が込められていることでしょう!! |
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この黄金の翼1つ見ても、それぞれの位置によって彫金の模様や深さが巧みに使い分けられていることが分かります。光の陰影にご注目いただくと、翼の形状、段差、彫金模様のそれぞれが効果的に効いていることがお分かりいただけると思います。 |
繊細な羽根の質感が美しく見える瞬間もありますし、角度によっては羽根についた水滴が光り輝くような瞬間もあります。 驚くほど緻密に計算されています。 適当に作って出せる美しさではありません!! |
【参考】メイカーズ シグネット リング 18Kゴールド(ティファニー 2022年)¥731,500- 【引用】TIFFANY & CO / メイカーズ シグネット リング 18Kゴールド ©T&CO |
現代のこのようなものを見ると、一体何のために作ったのだろうと不思議でしょうがありません。 市場でジュエリーとして成立できていること自体が意味不明です。 売る方も売る方ですが、結局は顧客が変わってしまったからと言えるでしょう。アンティークの時代にジュエリーを愛していた人々を想うと、とても悲しくなります・・。 |
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ジュエリー制作技術が失われ行く時代・・。1923年にこれだけの金細工技術がまだ残っており、その価値を理解してオーダーできる人がいたことに感激します!! |
3-6. こだわりのセーフティー・チェーン
19世紀後期から上流階級に軽やかな生地が流行したため、その頃からアイテムとしてはネックレスやペンダントが圧倒的に多くなりました。20世紀に入ると、ブローチは本当に少なくなります。 |
『Eros』 初期アールデコ ピュア・プラチナ&ダイヤモンド ブローチ イギリス 1920年頃 ¥5,500,000-(税込10%) |
その分、ブローチは「なんとなく選ぶ」のではなく、強いこだわりを以って作られている場合が多いです。 本来、ストッパーがある場合はセーフティチェーンは不要と言えますが、『価値あるもの』を示す意味や、クラシックな良さを表現する意図があって、セーフティチェーンを付けている宝物も一定数存在します。 ただチェーンを付けるだけと感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。 チェーンと言えばペンダントを下げるためのものをイメージしますが、それと比べるとコマが小さいことにお気づきいただけるでしょうか。 |
『ゴールド・オーガンジー』 エドワーディアン ペリドット&ホワイト・エナメル ネックレス イギリス 1900年頃 ¥1,000,000-(税込10%) |
チェーンは既製品的なものを使い回しできるわけではありません。 できなくもありませんが、美しくないので、美意識の高い人のオーダー品ではチェーンもデザインして特別に作ります。 金ワイヤーはどれくらいの太さにするのか、コマのサイズはどうするか・・。割金も耐久性や色彩に影響するので、しっかり計算しなくてはなりません。 チェーン1つとっても、デザイン(設計)すべき要素はたくさんあります。 セーフティーチェーンもこだわる場合、思いのほか大変なのです。 設計の手間、作る手間・・。 |
『天女の舞』 オパール 扇ブローチ イギリス 1900〜1910年頃 SOLD |
『黄金の花畑を舞う蝶』 色とりどりの宝石と黄金のブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
セーフティーチェーンは、今では取り外されて残っていないことも少なくありません。 それでも46年間で、傾向が分かる程度の数をお取り扱いしています。基本的にはシンプルな小豆チェーンです。主役となる本体を邪魔しないためです。 |
だからこの宝物のセーフティーチェーンはかなり異例です。 他には見たことがないほど特別です。 |
黄金の板を180度ひねる方法で、パーツを作っています。よく磨き上げられており、少し動くだけでキラキラと独特の輝きを放ちます。ハンドメイドのセーフティーチェーンは、これだけでもどれだけ手間と技術が込められていることでしょう。 |
第一次世界大戦によって、ヨーロッパは壊滅的な状況となりました。その後である1923年と言えば、ヨーロッパの王侯貴族からアメリカなどの新興成金への権力移行が加速した時期です。 薄れいく美意識と、職人の技術と真心を込めた美しいジュエリー作り・・。 そのような時代だったからこそ、依頼主はより強くこのようなジュエリーの価値を意識し、「アンティークジュエリーならではの魅力が詰まっている」と言えるこのブローチをオーダーしたのでしょう。 |
バーブローチはスッキリとした印象が特徴です。そこにシンプルな小豆チェーンのセーフティでももちろん合いますが、白鳥の出来栄えが群を抜いているため、これくらいの華やかさがあるチェーンの方がバランスが取れますね。チェーンまで含めて、全体として1つの美術品に仕上がっています♪ |
裏側
裏側もスッキリとした美しい作りです。ブローチピンは綺麗に収納されるデザインです♪ |
アンティークのフィッティングケース
オリジナルではありませんが、箔押しの革張りと絹の内張りが高級感のある、アンティークのフィッティングケースをお付けします。 |
革張りでシルク素材を使った、ハンドメイドの高品質のジュエリーケースも現代では作れないものの1つです。有名ブランドの数千万円の量産ジュエリーでも、量産のつまらないケースです。1点物のジュエリーのために、昔は専用ケースも手作りしていました。今となっては、とても贅沢なことです。 全ての宝物にフィッティングケースをお付けすることはできませんが、この宝物が特別であることを分かっていたロンドンのディーラーが、サイズの合うケースを見つけてくれました♪ 良いケースに入っていると、使う時に開ける動作1つでも楽しいものです。また、このまま飾っても様になるのが良いですね♪ |
着用イメージ
プラチナのバーは瞬間的に強い光を放つので、小ぶりに見えても案外存在感があります。その一方で、スッキリとしているので悪目立ちはしません。アールデコでありながら、超絶技巧の細工物としての格調高い雰囲気と、白鳥ならではの優雅な雰囲気があるのが良いですね。 長さのあるバーブローチは、ストールのドレープを綺麗に作りやすいのも魅力です。見るだけでも楽しい宝物ですが、様々なアイデアでジュエリーとしても重宝していただける宝物だと思います♪ |
余談
白鳥をこのように表現した作品は、ありそうでないものです。何をやっている姿なのか具体的に想像できるよう、普通は具体的なモチーフと一緒に表現します。 |
想像力で補完させる作品 | 分かりやすく表現した作品 | ||
そのような作品の場合、誰でも苦もなくシーンを想像できる一方で、イメージの幅が狭まったり固定化しがちです。それを是とするか、少しつまらないと感じるかは見る人次第です。それぞれに良さもあります。 |
白鳥の紋章のバリエーション 【引用】大修館書店『紋章学辞典』森護著 p.230 © Mamoru Mori, 1998 |
白鳥は紋章モチーフとしても用いられます。それぞれの姿に名称があります。今回の宝物のように、水辺を泳ぐ姿は『swan in pride(誇りに満ちた白鳥)』と呼ばれます。白鳥は水辺を泳ぐ姿が最も美しいとみなされているからです。 |
プラチナのバーが水面を表現していると見れなくもないですが、通常は泳ぐ姿だと、水面下の足元は見ることができません。この部分を表現することで、水を表現しなくても立っているのではなく、泳いでいる姿と解釈できます。足の角度だけ見ると飛んでいる可能性も浮かびますが、飛行時にこの首の角度にはなりませんから、やはり泳いでいる姿と分かります。あまりにも完璧と言える造形です。 その一方で、それ以外は全てを排除しているため、見る者に無限の想像を許してくれます。 全ては表現せず、見る者が想像力を以って補完することで作品が完成する。この宝物はそのような、『不完全の美』の様式になっています。どこまで美しく感じられるか、感動できるのかは、見る者の感性と想像力次第です。無限の美、理想の美を実現できるのはこの様式でしかあり得ません。まさに日本人好みの宝物です♪♪ |
Genがずっと忘れられない、ファベルジェの想い出の宝物もスワンでした。これも超絶技巧の宝物です。白鳥には不思議な魅力があるからでしょうか。時空を超えた、何か強いご縁も感じます・・。 |
特別な愛の証として贈られた、この白鳥の宝物。 オーダー主は自分用と、2つ対を成すように作ってもらったのではと想像しています。 |
白鳥の夫婦 "SwansCygnus olor" ©Bowenpant(23:58, 8 October 2005)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
エレガントな2人の、永遠の愛の証。 きっとあった、もう1つの宝物に想いを馳せながら楽しめる宝物。無限のストーリーを想像させてくれるアンティークジュエリーって、本当に素晴らしいですね♪ |