No.00333 Eros |
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『Eros』 |
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そのままでは柔らか過ぎるプラチナは割金が当たり前で、純度が高くなるほど驚異的に加工が難しくなるとされる中、前代未聞のピュア・プラチナ作品です。割金しても繊細な彫金は不可能とさえ言われるプラチナに於いて、愛の神エロスを象徴する愛の矢に施された神技の彫金はまさに奇跡です。随所の細工もピュア・プラチナを使いこなしたからこその圧巻の出来で、46年間で唯一の作品であり、細工物のプラチナ・ジュエリーの最高峰と言えます。 |
この宝物のポイント
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1. 異例のピュア・プラチナのジュエリー
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この宝物は蛍光X線分析にて、以下の分析結果が出ました。 0.1%以下は誤差ですから、この宝物はピュア・プラチナ製と言えます。パラジウムは割金として配合されたのではなく、取り除ききれなかった微量成分と推測します。 この分析結果を見て非常に驚きました。通常、ピュア・プラチナのジュエリーなんて絶対にあり得ないからです。 |
1-1. ジュエリーにおける割金の目的
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ジュエリーに使用される主な貴金属はゴールド、シルバー、プラチナです。物理化学の観点から純度100%の金属は存在しないため、純金属は純度99.9%、999と記載されます。資産としての金塊・プラチナ塊であったり、性能を出すためのテクノロジー観点から純金属が使用されることはありますが、ジュエリーは割金して加工するのが通常です。 割金の目的は2つの方向性があります。 現代の多くの人がしっかり理解できていないのが、1の性能をコントロールするということです。2のコストダウンばかりに目がいく人が大半です。純度が高いから高級、純度が低いと安物という短絡思考は、宝石の品質には目も行かず大きいか小さいかで判断するような成金庶民と同じです。金属の場合はもっと奥が深いです。 |
1-1-1. 性能1. 耐久性
9ctゴールド製のハイジュエリー | ||
![]() ゴールド ウォッチチェーン イギリス 19世紀後期 SOLD |
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『美しきお守り』 ポマンダー ペンダント イギリス 19世紀後期 SOLD |
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使用するゴールドの割合が少なくなれば材料費は安くなりますから、アンティークの時代も安物ほど金位が低い傾向にあるのは間違いありません。そういうものはHERITAGEではお取り扱いしませんが、中には明確な意図があって9ctゴールドで作られた高級品も存在します。 大体は耐久性が必要なアイテムです。ウォッチチェーンは毎日使う消耗しやすいものですが、高価な懐中時計を落としてしまわぬよう絶対に壊れてはなりません。 瘴気から身を守るためのポマンダーも、香りを補充するために結構な頻度で開閉します。写真などを入れて使う、ロケットの比ではありません。摩耗して開閉部分が緩くなっては使い物になりませんから、実用品としてのジュエリーとして、15ctゴールドに比べても遥かに耐久性の高い9ctゴールドを使っているのです。機能だけ考えれば装飾は不要ですが、美しさにもしっかり気を遣って作られているのが安物ではない証拠です。 |
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15ctでもヘビーユーズされれば、長年の使用でこれだけ摩耗します。 こういう物をろくに検品せず販売するアンティーク・ディーラーが殆どで、業界のイメージを悪くしています。 悪意があるというより、本人も意識がない場合が殆どです。 |
良い人だからと言って、良いものを売っているとは限りません。目利きができたり、品質に十分気を使えているか、必要な知識を備えているかはまた別の話です。良い人そうだからと言う理由で信頼して買っちゃう人は結構多いんですよね。 私は良いものかどうかすぐに目利きできる自信がありますが、このコンディション・チェックだけはどうしても時間がかかります。HERITAGEの宝物はコンディションも含めて品質に自信があるからこそ、拡大画像も掲載できます。高級店としては当たり前ですけれどね。 |
19世紀後期のロング・ゴールドチェーン | |
イギリス 15ctゴールド | フランス 18ctゴールド |
![]() ゴールド ロングチェーン イギリス 1880年頃 SOLD |
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興味深いのが、19世紀後期のロング・ゴールド・チェーンを見比べると、イギリスは9ct、15ct、18ctのいずれの高級品も存在する一方で、フランスは18ctゴールド製ばかりであることです。 1870年に普仏戦争で捕虜となった皇帝ナポレオン3世を廃位し、フランスは共和政に移行しました。王侯貴族が存在しなくなり、戦後復興を遂げた後に好景気に沸いたベルエポックのフランスの経済を牽引するのは若い庶民の女性たちでした。1947年に貴族が廃止され、戦後復興を遂げて高度経済成長期を迎えた日本と同じ状況と想像すれば分かりやすいでしょう。 ジュエリーに関する知識がない新しい購買層、一般庶民たちは良いジュエリーの選び方が分かりません。そこで金位をありがたがるのです。気にするのは金位だけです。業界がそう仕向けました。その方が販売するのも楽で、儲かるからです。シルバーよりゴールドの方が高級、ゴールドは18ctが良い、15ctは金位が劣るなど、新興の購買層は瞬く間に洗脳されました。その結果が機能面など全く顧みない、18ctゴールド製ばかりで個性に乏しいフランス市場です。世界の上流階級が買い物に集まる場所だっただけあって、19世紀後期以降も個別に見れば稀に面白いものもあるんですけどね。 イギリスは王侯貴族が存在していたこともあって、金位だけでは判断しない人たちによって様々な金位のジュエリーが存在するので面白いです。なぜその配合で作られたのか、知的好奇心がくすぐられるものです。 |
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【参考】現代の21ctゴールドのゴールドチェーン |
18ctゴールドが一般化したため、現代だと21ctを売り物にする商品も存在します。考えることは今も昔も変わらない例ですね(笑) 21ctだから18ctより金位が高くて価値があるとPRするのでしょうけれど、グラムで計算すると、こういう商品は割高なことがすぐに分かります。ジュエリーとしての利益がかなり高く乗っているんですよね。純粋な貴金属の資産的な価値として見るなら、金塊を買ったり金相場に投資するのが一番効率が良いです。 ジュエリーだとジュエリーとしても使えて一石二鳥なんて言う人もいますが、現代のチャチなデザインだとメッキ製品や金色のアクセサリーと見た目の違いがありません。「あれって本物?」なんて、陰で言われかねません。機能性で考えるならば、21ctは擦り減ったり傷ついたりしやすいので卑金属で作ったアクセサリーの方が上です(笑) |
1-1-2. 性能2. 細工面での性能
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『エトルリアの知性』 エトラスカンスタイル アクアマリン ネックレス イタリア or オーストリア? 1870年代 アクアマリン、ゴールド(12K) SOLD |
これはアンティークのハイジュエリーでは珍しい、12Kゴールド製でした。 金細工が美しい、エトラスカンスタイルのジュエリーです。 |
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エトラスカンスタイルのジュエリーは上流階級の知的階層に流行し、一定数が作られています。ただ、この宝物の撚り線は他のエトラスカンスタイルのジュエリーと比較して圧倒的に細いです。髪の毛より細い金線で作られています。 |
![]() "Wiredrawing" ©Eyrian (talk I contribs)(05:32, 26 January 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
均一に撚る作業も高度な技術を必要としますが、撚り線はまず細いワイヤーを作ることから始まります。 針金を細い穴に通し、少しずつ細くしていきます。 |
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少しずつ細くしていく、集中力と忍耐力を要する地道な作業に気が遠くなりますが、そういう作業が得意な人もいるでしょう。ただ、髪の毛より細い金線のような限界に挑む場合、人間側の才能に頼るだけではダメです。金属が柔らかすぎても途中で千切れてしまいますし、硬いと細く伸びていきません。金属自体の性質を絶妙な加減でコントロールする必要があります。 |
1-1-3. 性能3. 外観(色彩)面での性能
![]() リージェンシー フォーカラー・ゴールド 回転式フォブシール イギリス 1811-1820年頃(摂政王太子時代) ¥1,200,000-(税込10%) |
色彩をコントロールするための割金もあります。 金属は光沢仕上げやマット仕上げなど、表面形状によって色味や質感をコントロールできます。 質感にさらに色の変化を組み合わせれば、その表現は無限にまで広がります。 |
1-1-4. ピュアな貴金属は使わない理由
割金の目的は様々です。1つの目的ではなく、複数の目的に合わせて割金を調整することもあります。 現代ジュエリーは消耗品ですが、アンティークジュエリーは財産性を持ち、数世代に渡って使用されることを想定して作られていました。100年以上に渡っての使用に耐える耐久性は必須です。 ゴールド、シルバー、プラチナのいずれの貴金属もピュアな状態では柔らか過ぎて、耐久性の面からジュエリーには向かないとされています。それだけでなく柔らか過ぎる金属はジュエリーとしての加工も困難で、だからこそ普通は割金をするのが当たり前なのです。 |
1-2. 一般的なプラチナ・ジュエリーの純度
![]() エドワーディアン ダイヤモンド ネックレス イギリス or オーストリア 1910年頃 SOLD |
ゴールドはジュエリーに使用された歴史が長く、その分だけ様々な試みがなされています。 一方で、プラチナがジュエリーの一般市場に登場したのは1905年頃です。 第二次世界大戦後は貴族の時代が終わってしまい、コストよりも美しさを重視した優れたジュエリーは作られなくなってしまいました。 プラチナは第一次世界大戦、第二次世界大戦において、軍事上で極めて重要な戦略物資でもあったため、ジュエリーとして十分な量を自由に使うこともできませんでした。 このような事情により、プラチナ・ジュエリーはゴールドほど多様性が存在しません。 |
1-2-1. 現代のプラチナ・ジュエリーの純度
現代のゴールド・ジュエリーは18Kが最もポピュラーです。75%がゴールドです。 プラチナの場合、現代の日本ではPt999、Pt950、Pt900、Pt850の4区分で分けられています。ISOと一般社団法人日本ジュエリー協会は、プラチナジュエリーと呼称できるのはPt850以上としています。18K(Au750)より厳しいですね。 ただ、これは法律ではありません。この基準に明確な意味のある根拠はありませんし、ISOや一般社団法人が決めた基準を遵守すべき根拠もなく、あくまでも業界における紳士協定のようなものです。故に、一時期プラチナ相場が高騰したことで18Kに相当するPt750、14Kに相当するPt585、さらにはもっと低い純度のプラチナ製品が市場に供給されて議論になったこともあります。ジュエリーに限らず、安すぎる価格のものには要注意ということですね。 それでも最もポピュラーなのはPt900です。加工に適した強度を持ち、輝きも強いとされています。 Pt850はPt900に比べてより耐久性があり、コストも抑えられるため、チェーンやパーツとして主に使用されます。 Pt950はPt900に比べて耐久性が低いです。柔らかく、加工も難しくなるため、ブランド製品で価値を高める意味合いで使用されるケースが多いです。「純度が高いから高級」と言う売り方をするのが、現代の高級ブランドなのです。意味があって純度が高ければ良いのですが、情けない話です。金属アレルギーが出にくくなるということで、そういう人向けの製品に使われることもあります。 |
1-2-2. アンティークのプラチナ・ジュエリー
![]() アールデコ 天然真珠 リング イギリス 1920年頃 SOLD |
さすがに全てのプラチナ・ジュエリーを外部分析機関で精密に分析するわけにはいきません。 おそらくは現代ジュエリー同様、耐久性や加工性などを考慮してPt900~Pt950くらいが一般的だったと推測します。 |
![]() 高純度のプラチナ&ダイヤモンド ペンダント イギリス 1920年頃 SOLD |
以前、Pt961に相当する高純度のプラチナを使った宝物をお取り扱いしたことがあります。 なぜこの宝物を精密に分析したのか、きちんと根拠があります。 |
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40年以上に渡ってハイクラスのアールデコ・ジュエリーをお取り扱いしていますが、ここまで華奢な構造を持つデザインは見たことがないからです。ナイフエッジにはなっているものの、極端に細いです。細くてもラティスやハニカム構造になっていれば耐久性は出ますが、これは細い部分の距離が長く、耐久性以上にこの特別なデザインを重視したような設計です。 いかにも金属が柔らかそうなデザインですし、これまでに見たことのない作行ということで分析を依頼したのでした。私たちがこのような感覚をハズしたことはなく、案の定かなり純度の高いプラチナであることが分かったのです。4%弱だけ配合されていたのはCu(銅)でした。試行錯誤を重ねて行き着いた配合だったと想像します。 |
![]() アールデコ初期 ガーランドスタイル ダイヤモンド ネックレス イギリス or フランス 1920年頃 ¥6,500,000-(税込10%) |
ジュエリーは地金ではないので、純度が高いほど価値があるとは限りません。 一番大切なのは美しさです。 Pt950ですら、柔らかすぎて加工が難しいと言われます。 美しいデザインを実現するために最適な純度で作製されていたはずであり、Pt950は超えない程度の割合だったと想像します。 |
1-3. 金属検査した理由
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この宝物を精密分析したのも、きちんと理由があります。 あまりにも細いナイフエッジ、全体の極めて華奢な作行。他のハイジュエリーと比較しても極端に細かな細工。 |
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極め付けはエロスの矢の彫金です。 柔らかく粘り気のあるプラチナは彫金に向きません。現代の1億円を超えるジュエリーも制作していた名人X師も、プラチナで細かな彫金は絶対に不可能と言っていました。 19世紀は様々な金細工技術が発達しましたが、20世紀に入り、ハイジュエリー市場がプラチナ一色となると優れた金細工は急速に失われていきました。本来、あり得ない細工なのです。 |
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ただ、今までに1点だけ、素晴らしい彫金が施されたアールデコのプラチナ・ジュエリーがあったとGenが語っていました。一緒にHERITAGEを始めた当初から自慢されていたのですが、何しろ40年ほども前にお取り扱いしたものだったため、HPはもちろんのこと、写真すらも残っていませんでした。 | |
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それがビックリ、約40年ぶりにGenの元に帰ってきました。本当に良いものって、ご縁の力の強さも半端ないですね。お陰で私も実物を見ることができました♪しかも、こうやってご紹介できる機会にも恵まれました♪♪ 矢の彫金が凄いとは聞いていましたが、これほどまでとは想像の遥か上でした。失われた技術は戻ってきませんし、失われるスピードも急速です。ゴールドからプラチナに置き変わる1905年頃から彫金技術が失われていったと考えると、1920年頃までトップクラスの彫金技術が失われずに残っていたとは考えにくいです。しかも凄いとは言っても、プラチナの加工性から考えるとゴールドジュエリーの彫金には劣ると想像していました。 |
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いろいろな意味で、俄には信じられません!! まあ、技術に関してはタイムラグが15年ほどなので、ギリギリ保持できていた人がいたことは考えられます。ただ、プラチナとしてはどういうことなのか。何か特殊な素材が割金に使用されているのか、それを探るために精密分析しました。 |
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正直、まさかピュア・プラチナだとは思ってもいませんでした。あり得ないのです。 ただ、ピュア・プラチナであると考えると納得できることも色々あります。 |
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この宝物が超特別な意味を込めて作られた、極めて例外的な傑作であることは間違いありません!! |
2. 高尚な愛を表現するモチーフ
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矢筒と矢。 リボンに咲き乱れる花々。 これは古代ギリシャの愛の神、エロスがモチーフのジュエリーです。 |
2-1. 象徴で示すエロス
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古代ギリシャの神エロスは、古代ローマのキューピッドと習合した愛の神です。 キューピッドの黄金の矢で射られた者は激しい愛情に取りつかれ、鉛の矢で射られた者は激しい嫌悪を抱くということで有名です。 それに基づくアポロンとダフネのエピソードもご存知の方は多いでしょう。 |
古代ギリシャの神ディオニュソスがモチーフの作品 | |
![]() 古代ローマ(オリジナルはブリアキス作 紀元前4世紀後期) バチカン美術館蔵(Inv.No.251) |
![]() ガーネット インタリオリング 古代ローマ 200年頃 SOLD |
本来、神とは畏敬の念を以って崇め奉られる存在です。神そのものの姿を具現化するなんて恐れ多いということで、代わりにその神を象徴するもので『神』を表現することも昔からありました。 例えば、これまたGenの自慢の宝物『黄金の輝きの浮かび上がるディオニュソスの杖』のインタリオ・リングも神そのものの姿ではなく、杖でディオニュソスを表現しています。 |
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ヨーロッパ美術の原点であり理想とされる古代ギリシャ&ローマの美術にインスピレーションを受けたガーランド・スタイルにも見られる通り、リボンや花、ガーランド(花手綱)はヨーロッパの高尚な古代美術の定番表現です。 これは中央に表現した矢筒と矢で、愛の神エロスを象徴的に表現しているのです。 |
2-2. 特別な作品が多い象徴ジュエリー
2-2-1. 具体的な姿を欲する一般の人々
なんだかんだ言っても、世の中には神そのものを表現した作品が圧倒的に多いです。信仰や心の拠り所として、どうしても目に見える『具体的なカタチ』を必要とする人は多いのです。 『偶像崇拝』を禁止する宗教も結構あります。旧約聖書における『十戒』でも禁止されているため、アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)でも偶像崇拝は禁忌とされており、神は可視化してはいけない存在です。 特に『タナハ』(旧約聖書に相当)を重要な聖典とするユダヤ教では厳格で、それが原因で19世紀までユダヤ系の画家や彫刻家などの芸術家が輩出されなかったと言われています。ユダヤ教から派生し、キリスト以後の『新約聖書』を重視するキリスト教とは対照的とも言えます。唯一の神を信じさえすれば救われる宗教です。十戒はリセットされたとまでは言いませんが、分かりやすくすべきこととすべきでないことを示した十戒の厳守ではなく、自分の頭で考え、神を信じ教えに従うこと唯一のすべきことです。 ローマ帝国内の多神教を駆逐した後、ヨーロッパ美術はキリスト教による宗教美術を中心に発展してきました。そもそもカトリックの頂点に存在するローマ教皇が、学芸のパトロンとして機能してきた歴史があります。 |
![]() 『金の仔牛を崇拝する者たち』(ニコラ・プッサン 1633年) |
そもそも旧約聖書の時代でも、偶像崇拝してしまった逸話が残されています。『出エジプト記』にて、モーセがシナイ山で神から十戒の石板を授かる際、40日の期間を要しました。イスラエルの民はただ待つその時間に耐えられず、やがてモーセは死んでしまったと思うようになり、崇拝するための金の仔牛を鋳造して崇めるようになりました。 戻ってきてその様子を見たモーセは激怒し、十戒の石板を壊し(何も壊さなくてもと言うか、神からの授かりものを破壊して良いのでしょうか・・)、金の仔牛を燃やし、偶像崇拝に加担した民衆の殺害を命じました。悔い改めさせるのではなく殺せとなるのが、現代のアブラハムの宗教にも繋がっている感じですね。その時に死んだ民衆の数は3千人にも及ぶそうです。 十戒では次のように示されています。 仔牛は異教(邪教)の神などではなく、唯一神の象徴として崇め奉られたものでした。モーセが示したのは『実体のない神』という概念です。でも、どうしても民衆は実体のある神を欲したというわけですね。日本でも困った時の神頼み、昔話でも「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と唱えることがよくあります。南無阿弥陀仏、阿弥陀仏名前をむやみに唱えまくります(笑) 想像に任せる方が、神の在り方としては正しいように感じます。それぞれに、畏怖の対象となる想像ができます。1つ、具体的な姿を具現化してしまった瞬間に陳腐化してしまい、それ以上の存在とはならなくなります。でも、民衆の殆どはどうしても手を合わせて拝む対象、具体的に神をイメージするための物体を必要としてしまうのです。 |
![]() 『王としてのキリスト』(フェルナンド・ガレゴ 1494-1496年頃)プラド美術館 |
このような具現化した姿は美術品として見て面白い、美しいなど思うことは可能ですが、あのキリストだったと思えるかと言えば、私にはそうではありません。想像力のある人は必要としません。むしろ想像を邪魔する無用の長物ですらあります。しかしながら多くの人が必要としたからこそ、数多くこのような作品が作られてきた歴史があります。 |
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この宝物は、神そのものの姿を表現したものではありません。神は化身の姿で現れることもありますが、そのような具体的な姿を表現したものでもありません。 このような、神を象徴する物で表現した作品は数が多くなく、名品が多いのも特徴です。それは、偶像崇拝のように具体的な神の姿を必要としない人が特別な存在であり、少ないからとも言えます。 |
2-2-2. 名品が多い象徴ジュエリー
具体的な姿を表現した作品でも、ハイクラスのものは存在します。それらは美術品として優れたものです。 象徴ジュエリーの場合、単純に目で見て楽しむだけのものではありません。心の眼で見て、想像力を膨らませることで、その魅力が無限大にまで広がります。つまらない妄想とは絶対的に異なります。豊かな経験を持ち、知性が伴い、さらに卓越した想像力も備えていなければ楽しめない世界です。 だからこそ、心に響く名品であることが多いのです。 |
エロス(キューピッド)の象徴ジュエリー | |
![]() ![]() ヴィネグレット(気付け薬入れ) イギリス 1820年頃 SOLD |
![]() 『愛の松明』 エナメル・ミニアチュール ブローチ ヨーロッパ 19世紀後期 SOLD |
どちらもエロス(キューピッド)を象徴した愛のジュエリーです。どう素晴らしいのかは、ぜひ画像をクリック(タップ)してGenの説明を読んでみてください♪ |
![]() 仕掛けのあるブローチ SOLD |
黄金の矢が入ったこの矢筒のブローチには、とっても楽しい仕掛けがあります。 ぜひこちらもGenの説明をごらんになってみてください。 恋多き男、Genが読み解いた愛のメッセージがなるほどです♪ |
![]() ![]() ヴィネグレット(気付け薬入れ) イギリス 1820年頃 SOLD |
例えばヴィネグレットは、男女の愛のやりとりに介在するジュエリーです か弱い女性が好まれた19世紀初期の時代、失神したふりをした女性を男性が気付け薬で介抱するために使います。 ヴィネグレットを一目見れば、女性は男性の教養やセンス、財力など、恋愛に必要な情報が瞬時に分かります。 一方で男性側も、教養やセンスを込めたヴィネグレットを見せた時、女性がどのような反応をするかで女性側の教養やセンスが推測できます。 全てを言葉にして話す必要などなく、ヴィネグレットを介したやりとりには高度なコミュニケーションが存在し得るのです。もちろん、互いに深い教養と知性があってこそです。 |
幼少期からスパルタ教育を受ける上流階級といえども、全ての人が深い教養を身につけられるわけではありません。センスや知性は生まれ持ったものが大きいですが、それだけでは不十分で、才能のある人がさらに磨き続けなければ、社交界の並み居る猛者たちの中で一目置かれるような存在にはなれません。 社交界で一目置かれる男性、華となれる女性はごく僅かです。見た目が良いだけでは不十分な世界。 教養や知性を持たぬ人は、象徴で表現するジュエリーは理解ができません。象徴ジュエリーは卓越した教養、知性、センスの全てを備えた人だけが持てるものです。小さな宝物に伝えたい様々なこと、深い意味が込められます。だからこそ宝物を通して、男女は高度な次元で心の会話ができます。象徴ジュエリーに名品が多いのは、このような理由があるからです。 |
2-3. 古い時代の古代ギリシャにおける本来のエロス
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マイクロパール(極小天然真珠) モーニング・ブローチ フランス 18世紀後期 SOLD |
ところでエロスについて、皆様はどういうイメージをお持ちでしょうか? 古代ローマのキューピッドと習合した神です。この『習合』というのが曲者で、他の神と組合わさったり、各地域や文化の中で独自進化を遂げることで、本来の姿がよく分からなくなってしまうことは多々あります。 |
2-3-1. オリジナルが分からなくなった神の例
![]() 『戯遊七福神』(歌川国芳 1859年) |
日本人にとっては身近な例として、七福神の唯一の女神で有名な『弁天様』もそうです。ヒンドゥー教の女神サラスヴァティーが仏教に取り込まれて弁財天となり、日本では吉祥天(ヒンドゥー教:女神ラクシュミ)など様々な神の一面を吸収してオリジナルとは異なる性質を持つようになっていきました。 |
女神サラスヴァティー | |
オリジナル | 習合後に日本で独自進化 |
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雰囲気もですし、腕の数も違いますね。民族に合わせて顔つきも全く変わっています。これも世界で見ると普通の話です。 |
大天使ガブリエル | |
ヨーロッパ | イスラム |
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右はイスラム教の始祖ムハンマドが、天使ジブリールから天啓を授かる様子です。アラビア語でジブリールと呼ばれていますが、大天使ガブリエルのことです。 理解を助けるために図案化するのは悪いことではありませんが、制作物は、必ず作者のフィルターを通ったものとなります。作者がその思想を反映させようと意識して制作する場合もあるでしょうし、無意識に作者の思念が反映されることもあるでしょう。図案化は各人の自由な発想を妨げてしまうデメリットもあるのです。 右の絵だけ見ると、大天使ガブリエルはイスラム圏の人と解釈してしまいますよね。第一印象が意識を支配する力は本当に強いです。それが一番の正統と思ってしまいがちです。まっさらな部分に情報を入れることになるため、一種の『洗脳』と言える状況になるからです。これを打破できる力を持つ人はごく少数です。 |
女神サラスヴァティーの日本での独自進化 | |
オリジナル | 習合後に日本で独自進化 |
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日本の弁天様も初期は腕がたくさんあったようです。佇まいも威厳に満ちており、いかにも神様という感じです。江戸時代の絵では腕は人間と同じ数ですし、なんだか親しみやすそうな別嬪さんという感じです。 |
![]() 『七福神』(月岡芳年 1882/明治15年) |
これは明治に描かれた七福神です。外国の神様は怖そうだったり、威厳に満ちた佇まいで表現されるイメージがありますが、日本の神様は人間っぽいものが多いですよね。この絵も、そこら辺の人たちの宴会にしか見えません。とっても楽しそうです。恐ろしさで人を支配しようとする世界の神々とはまるで違います。この平和で楽しい感じがいかにも日本らしいです。 サラスヴァティーは本来、芸術・学問などの知を司る女神でした。日本では福徳の女神へと変容していきましたが、弁天堂をお参りするどのくらいの人が、その属性を把握しているでしょうか。まあ、そんなことは別に知らなくても平気ですけれどね。どんな神でも受け入れ、何でも節操なく祈るおおらかなのが日本流です(笑) |
2-3-2. 変容前のオリジナルを探ろうとする稀有な人物
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良くない方向に変容し過ぎて、原点に立ち返るべき状況となる例も存在します。人々の幸せのために在るべき宗教ですが、カトリックがそうではない状況に陥っていました。多くの修道士らはただ変容した教えを遵守するのみでした。一見、思考しているように見えても、思考停止の状態と言えます。 ルターは洗脳状態から自力で脱出できる、極めて稀有な人物でした。内部にいながらも疑問を抱いたルターは新しい書物だけでなく、原点に立ち返るために古い書物も熟読し研究しました。 当時、聖書など知的な書物はラテン語で書かれており、ドイツ語しかできない民衆は読むことができませんでした。ルターはヘブライ語で書かれたキリスト教の旧約聖書(ユダヤ教の聖典)を読み、ユダヤ教では外典とされるヘレニズム時代の書物(ヘブライ語ではなくギリシャ語を元々の言語とする)を全て翻訳するなどもしています。こうしてドイツ語で書かれたルター訳聖書が出来上がったのです。 キリスト教の中でもカトリックとは明確に異なる、プロテスタントというジャンルが形成されました。 |
2-3-3. 古代ギリシャのオリジナルのエロス
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この宝物は、ルターのように強く揺るぎない知性を持つ稀有な人物がオーダーしたものだと感じます。 弁財天同様、エロスも大きく変遷した神様です。この宝物は原点に立ち返ってデザインされたように思います。 |
2-3-3-1. 青年から幼児化
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キューピッドは翼のある愛らしい幼児の姿をしており、軍神アレス(マルス)と愛と美の女神ヴィーナス(ウェヌス、アフロディーテ)の子供とされています。これはかなり変容した姿です。 もともと古代ギリシャのエロスも、習合した古代ローマのキューピッド(クピド、アモール)も青年の姿でイメージされていました。 |
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キューピッドのエピソードとして、プシュケとの恋が有名ですが、キューピッドが幼児だとかなり違和感があります。青年ならば納得できるお話です。 ある国の三人の王女は美女揃い。特に末娘のプシュケの美しさはヴィーナス(アフロディーテ)を凌ぐとされ、崇拝者たちが祈り捧げ物をするほどでした。 実行しようとして、キューピッドは誤って自分自身を金の矢で引っ掻いてしまいました。そこで最初に見たプシュケに激しく恋をしてしまいます。 どうしても愛を抑えられないキューピッドは奸計によって、王女プシュケを宮殿に連れ去りました。 |
夫婦となった二人ですが、神であることを知られるのは禁忌となるため、キューピッドがプシュケの前に現れるのは夜、暗闇で寝所に来る時のみでした。 この世のものとは思ぬほどの素晴らしい宮殿での暮らしはプシュケにとって心地よいものでしたが、やがて寂しさが募り、渋る夫にお願いして二人の姉を招きました。プシュケの豪華な暮らしに嫉妬した姉たちは、姿を見せない夫は大蛇であり、寝ている間に殺すべきだとけしかけました。 信じたプシュケが寝所で蝋燭の明かりを照らすと、端正で美しい神の姿がありました。あまりの驚きに蝋燭の蝋を落としてしまい、キューピッドは火傷し、妻の背信に気づいて飛び去ってしまいました。 |
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ヴィーナスは息子の醜聞に激怒し、執拗にプシュケを追い詰めました。観念して出頭したプシュケを折檻し、次々に無理難題を与えました。 いびる姑と嫁の図・・。 プシュケもキューピッドの姿を見て恋に落ちており、愛のために難題に立ち向かいました。幾多の難題を乗り越えましたが、ついに『冥府の眠り』によって昏睡してしまいました。 愛する妻を助けるため、キューピッドはユピテル(ゼウス)に頼み込んで神の酒ネクタールを飲ませ、神々の仲間入りをさせました。 |
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人間ではなくなり、身分違いの結婚ではないと説得され、ヴィーナスも2人の結婚をようやく認めました。 苦労して愛を手に入れた2人の間にはウォルウプタース(喜び、快楽の意味)という子供も生まれています。 |
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キューピッド(エロス)が幼児だと、色々と違和感があり過ぎるエピソードですよね。 幼児として表現されることも多いキューピッドですが、それ以前の青年の姿を意識した美術作品もそれぞれの時代で制作されています。 |
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美しき女神ヴィーナスの子としてのキューピッド。 あまり大きな子供がいると、人間的な基準に合わせるならば、美の女神としては違和感が生じます。金の矢で恋を介在する存在としては、大人の男性よりもエンジェルのような愛らしい姿をした幼児の方が好まれるということもあったかもしれません。様々な理由により、キューピッドは自然に幼児化したのでしょう。 |
![]() "Cupid and Psyche (2)" ©Barry Green(February 2010)/Adapted/CC BY-SA 2.0 UK: England & Wales |
しかしながら、古代に関する教養を持つ上流階級や知的階層、芸術家たち青年としてのキューピッドに興味を持ったことも必然なのです。 今ある存在は、普遍ではないかもしれない。これから変わりゆく可能性があるし、もともとは違う姿だったかもしれない。 今だけを見るという三次元的な見方でなく、時間軸にも考慮してよく考えること。 |
2-3-3-2. 原初の神エロス
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時代と共に幼児化していったエロス(キューピッド)ですが、青年の姿が大元というわけではありません。 |
書に記載されれば、後世の人はいつでもその当時まで立ち返ることができます。ただ、書物以前は口伝で伝える手法でした。 叙事詩はいつ誰が大元を創造したのか分かりません。また、話者のフィルターが通るため、絶えず変容するのが必然です。ある時点で書き残され、歴史資料として保存されるようになります。 |
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古代ギリシャの叙事詩としては、吟遊詩人ヘシオドスによるとされる『神統記(テオゴニア)』が有名です。 テオゴニアはギリシャ語で『神々の誕生系譜』を意味し、世界の創造と神々の系譜、ウラノスからクロノス、ゼウスまでの三代にわたる政権交代劇が表現されています。 子供用の御伽噺として書かれたものだとただの神々の物語にも見えますが、内容としてはギリシャ神話における宇宙観の原典とされています。 |
宇宙はどうやって生まれたのか。興味を抱き、考える人々がいるのは今も昔も変わりません。 現代でも宇宙がどうやって生まれたのか、まだ解明されていません。 古代人は猿や原始人ではありません。知能の高さで言えば、現代人より古代人の方が遥かに上だったと言われています。紀元前の時代に既に、地球の周長を幾何学的に正しく算出した学者がいますし、球体の地球儀も作られています。 日本では文系にカテゴライズされる哲学ですが、古代ギリシャでは学問全体を意味し、何でも詳しい頭の良い人が哲学者とされました。古代ギリシャの哲学者プラトンが開設したアカデミアでは、入口の門に「幾何学を知らぬ者、くぐるべからず」との額が掲げられるほど幾何学は基礎として重視されており、そこから天文学など様々な学問を学んでいました。幾何学は理系でも苦手とする人がいるくらいなんですけどね。 現代人では到底太刀打ちできないほど高度な頭脳を持つ人々が考えた宇宙観なので、現代までに解明されたり、有力な説として捉えられている宇宙論と共鳴できる部分は多いです。『神統記』を理論的な事象に基づかない乙女の妄想のような、キャッキャうふふの創作話と捉えてはいけません。 何を隠そう、私はそのように想像していたため、神統記に興味を持たずに長年を過ごしていました。すみません。 |
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世界は4つの存在の自然発生から始まりました。『原初の神』とされる存在です。 最初にカオス(混沌)が存在しました。そして(おそらくカオスから)ガイア、タルタロス、エロスが現れました。 現代の説に1つに、今の宇宙は『無』から生まれたというものがあります。この『無』という状態をどう捉えるかもポイントで、物質も空間も時間さえもない状態とされていますが、そこではごく小さな宇宙が絶えず生まれては消えるとされます。微視的に見ると、静かではなくホットな状態です。トンネル効果的に、何らかの理由で消滅せずに成長したのが今の宇宙とされています。宇宙の誕生は未だ謎とされていますが、誕生直後からの成長に関してはインフレーション宇宙論やビッグバン理論などの研究が進んでいます。 私たちが暮らす今の宇宙は秩序ある世界であり、それに対してカオスは無秩序な世界です。宇宙誕生後の神統記の内容と、現代の理論の相関もとても面白いですが、今回は割愛します。 ガイア(宇宙)が生まれ、そこにウラノス(天空)、ポントス(海)、ウレア(山)が誕生しました。それぞれが神とされています。そこからさらに様々な神が生まれていきました。 日本でも海の神、山の神が存在しますし、それぞれの山や川に個別の神がいたりします。 |
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どの文化でも神を擬人化して崇め奉る傾向にありますが、そもそもは古代ギリシャの神々も人間の姿などしておらず、概念として捉えられていました。 ただ、昔も豊かな想像力を持つ人の割合はそう多くなかったようで、崇め奉りやすい具体的なイメージが必要とされました。その結果、擬人化した姿で表現されるようになっていったのです。分かりやすくはなりますが、途端に陳腐化するというか、『神』の幅が狭くなるというか、俗っぽくなるというか・・。 カオス、ガイア、タルタロス、エロス。 この中で、愛と欲望とされるエロスが人々に強く求められ、その求めに応じて大きく変遷していったようです。まあ、人間の営みの中では自然の流れと言えるでしょう。 |
![]() 供物を作るエロス(ヘレニズム 紀元前340-紀元前320年頃) "Ascoli Satriano Painter - Red-Figure Plate with Eros - Walters 482765" ©Wallters Art Museum/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
そうして青年としての姿が付与されました。 やがて、愛と欲望としての原初の神であったにも関わらず、軍神アレスと愛と美の女神アフロディーテの子という設定が付与されました。 |
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その結果、その姿は幼児化し、さらに俗物的な要素が追加されていきました。 それはそれで文化的、美術的にはとても面白いですが、『神』なる存在を考える時にはそのままの情報を鵜呑みにするのではなく、大元に立ち返らなければならぬ状況となったのです。 |
『欲望』、『愛』という、この世に最初からある概念的な存在。 人間のような姿は持たない。 崇高で偉大。公平でどの神より卓越した力を持つ神。それがエロスの本来の姿だったのです。 人類はその存在なしに存続はできませんし、発展していくことも不可能です。そして、愛に満ち溢れた世界は崇高で美しい。 |
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本来のエロスはそのような崇高な存在であり、この宝物はきっとその本来の姿をジュエリーで表現しようと、考え抜いて作られたものなのです。 この宝物は第一次世界大戦が終わり、ようやくオール・プラチナのジュエリーが作れるようになった頃に作られたものです。ただ、重要な軍事物資としての使用制限がなくなったとは言え、ロシア革命に伴うロシアからの供給の混乱などもあって、プラチナは史上最も高騰していた時代でした。最大で、ゴールドの8倍近くの価格がついています。 その頃に、前代未聞の割金をしないピュア・プラチナのジュエリーです。エロスを象徴する矢の作りに最も気合いが入っていることからも、オーダーした人物にとって、エロスにまつわる特別な意味を込めて作られたことは間違いありません。 平和が長く続くと意識しなくなりがちですが、平和は尊いものです。この特別な宝物は、オーダー主が酷すぎる状況を経験し、愛と平和の大切さを強く強く意識したからこそ作られたように感じます。 『愛』は、恋する男女間だけのものではありません。 |
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もっと広い視点での愛。 この世界を満たす愛。その美しい世界を願い、この宝物は作られたのだと思います。 |
3. 超絶技巧の見事な作り
3-1. 驚異のプラチナの彫金技術
1億円以上のジュエリーを制作することもある現代のトップクラスの職人X師曰く、プラチナよりもホワイトゴールドの方が好きだそうです。彫金などの細い細工は、柔らかく粘り気のあるプラチナよりも、ホワイトゴールドの方がやりやすいからだそうです。 |
![]() エドワーディアン リボン ブローチ イギリス 1910年頃 ローズカット・ダイヤモンド、ホワイトゴールド&イエローゴールド SOLD |
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実際、アンティークの時代にもプラチナでは不可能な細工を施した、ホワイトゴールドの見事な宝物が作られています。 |
![]() アールデコ 天然真珠&サファイア ネックレス イギリス 1920年頃 ¥1,230,000-(税込10%) |
彫金には向かない一方で、プラチナは細かい爪留や透かし細工には最適でした。 目新しさもあって、20世紀にプラチナがハイジュエリー市場を席巻するとそれを生かしたジュエリーが多く作られるようになりました。 |
![]() フォーウェイ ウォッチキィ・ペンダント イギリス 1830~1840年頃 ¥255,000-(税込10%) |
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19世紀の最高級の貴金はゴールドでした。磨き上げられた様々なゴールドの細工技術によって、美しい宝物が生み出されました。その細工技術の1つが彫金です。 |
![]() エドワーディアン アクアマリン ペンダント イギリス又はヨーロッパ 1910年代 アクアマリン、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、ホワイトゴールド&ゴールド SOLD |
この宝物はホワイトゴールドにイエロー・ゴールドバックの、エドワーディアンの作りです。 全体のデザインも好きなのですが、特に私が心を奪われたのは、繊細で見事な彫金が施された葉っぱたちでした。 ディーラーなのでHERITAGEとしてご紹介する以外にもたくさんのアンティークジュエリーを見ているのですが、シルバー以外の白い金属で彫金が施された20世紀のジュエリーなんて、目にすることはありません。 20世紀に入ると、ジュエリーのデザインもとても現代的になります。 そこに19世紀のような極上の細工が施されていれば、目に留まらないわけがありません!! |
3-1-1. 矢羽の彫金
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この宝物の彫金は2種類あります。1つ目が矢羽の彫金、2つ目が矢尻の魚子打ちのような細工によるマット仕上げです。 柔らかいプラチナはゴールドのような細工は不可能というのが常識なので、上手くできないながらも無理くりやっているのかなと思ったのですが、これは本当にあり得ないです!! 19世紀のトップクラスの金細工に勝るとも劣らぬほどの彫金なのです!!! |
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かなり拡大しても、プラチナの彫金は困難なんてことを全く感じさせない出来栄えです。 これだけ拡大すると繊細さが感じられないと思いますが、実際は信じられないほど細かな彫金です。 肉眼でご覧になれば、まるで本物の矢羽のような質感を感じていただけるはずです! 金属検査はこの矢羽の部分で行いました。 本当に信じ難いです!! |
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3-1-2. 矢尻のマット仕上げ
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"輝き"は静止画像ではお伝えするのが難しい要素の1つです。 この宝物を眺めながら気になった1つが、矢尻の絶妙な輝き方でした。 プラチナの輝きは超強力です。温かみのあるシルバーはもちろん、ホワイトゴールドと比較しても強烈な輝きを感じます。 |
![]() エドワーディアン ダイヤモンド ネックレス イギリス or オーストリア 1910年頃 SOLD |
プラチナのハイジュエリーは、その特徴を生かしたデザインが多いです。 『Shining White』の場合、一番下の大きなダイヤモンドの外側に、磨き上げたプラチナの輪がデザインされています。 揺れる構造になっているため、時折この輪が強烈に光ります。 全体のデザインとしてはエレガントですが、その強力な輝きによって「ただの良い子ちゃん」で終わることなく、強い印象も与えてくれます。 |
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ミルグレインやグレインワーク、爪をピッカピカに磨き上げるのも、上質なダイヤモンドに負けない輝きを放つためです。磨かなければ、いかにプラチナであっても強い輝きは出ません。
『Shining White』のこれらの細工は、Genも「エドワーディアンならではの最高水準の繊細精緻な美しいミル」と認めるほどの素晴らしいものです。故にここまでの輝きを放つものは滅多にありませんが、綺麗に仕上げればここまで強烈に輝けるのがプラチナです。 |
プラチナの強烈な輝きをデザインしたハイジュエリー | ||
![]() エドワーディアン ダイヤモンド ピアス イギリス 1910年頃 SOLD |
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『ストライプ』 エドワーディアン 天然真珠&ダイヤモンド ペンダント イギリス 1910年頃 SOLD |
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シルバーの時代には不可能だった、プラチナならではのダイヤモンドに勝るとも劣らぬ強烈な白い輝き・・。 それを生かしてデザインされたジュエリーは本当に美しく力強く、印象に残ります。地味な作業ですが、磨いてここまで光らせるのは本当に大変です。技術と根気のいる作業です。だからこそ、もちろんデザインに気を遣ったハイジュエリーでしか見ることはできません。 ダイヤモンドしか気にしない成金嗜好の人には価値が分からないのが、このプラチナへの丁寧な細工です。これだけ光らせるには職人の技術料や人件費が必要で、相当お金がかかっていることは間違いありません。それでも、当時の腕の良い職人ならば、プラチナを光沢仕上げすることは可能だったということです。 |
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この宝物の矢尻は、そこまでピッカピカではないのです。でも、矢羽のような彫金の質感とも違います。Genからもイギリス人のディーラーからも目が良いと言われる私ですが、この矢尻の細工は肉眼の限界を超えているのと、プラチナなのでゴールドより強く輝くということもあって、表面形状がどのようになってるのか肉眼ではよく分かりません。 |
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拡大してみて、 まさかの魚子打ちです。信じられません!!!もうこれは神の領域だと思います! |
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![]() 2カラーゴールド ロケットペンダント フランス 1880年頃 SOLD |
マットゴールドはGenが特に好む技法の1つです。 魚子鏨(タガネ)を押し当て、独特の表面形状を作ることでマットな質感を出す魚打ちの技法は高度な技術と手間を要します。 、よほど美意識の高い人のための高級品にしか見られない技法 |
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![]() ←等倍 |
均一な質感を出すのも難しいですし、極めて根気のいる作業でもあります。 でも、粒金で表現された葡萄の実、光沢のある蔓やストライプのフレームと、下地のマット仕上げ部分を比較するとお分かりいただける通り、同じ色のゴールドとは思えないくらい、質感によって雰囲気が変わります。 |
![]() 色とりどりの宝石と黄金のブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
技法としては昔から存在します。 宝石と比較すると地味なわりに、極めてお金がかかる細工でもあります。 価値を理解してそこまでのお金を出せる人は王侯貴族の中にもそうはいません。 だからこそ、よほど高い美意識を持つ人のジュエリーにだけしか見られない細工でもあります。 |
![]() エドワーディアン ペリドット&ホワイト・エナメル ネックレス イギリス 1900年頃 ¥1,000,000-(税込10%) |
19世紀も終わり頃になると、産業革命によって生まれた新興の富裕層や、アメリカの新興成金が力を増す一方で、旧来の王侯貴族は力を落としていく一方でした。 優れた細工物のジュエリーは、高い美意識と財力を持つ人でないと作ることはできません。 それでも19世紀末でも、これほどまでに感動的で素晴らしい魚子仕上げをした宝物は生み出されていました。 |
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センターのダイヤモンドのセッティングにプラチナが使われており、ハイジュエリー市場がゴールドからプラチナに起き変わる直前のトランジション・ジュエリーです。 これより後の時代のものだと、ハイジュエリー市場はプラチナ一色になってしまいます。それによりプラチナの細工技術は高まったものの、せっかくあったゴールドの高度な細工技術は急速に失われていきました。これ以降は美しい魚打ちのジュエリーは見られないだろうと思っていました。 |
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プラチナで魚打ちの細工が存在するなんて、「まさか!!」です。奇跡の存在としか言いようがありません!!! マットな質感がありつつ、プラチナならではの強い輝きもあるからこそ、肉眼では絶妙な輝き方だと感じたわけです。 |
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この宝物の最大の特徴にして、最も気合を入れて作られているのがエロスを象徴する『矢』です。 オーダーした人物がこの宝物で表現しようとした世界観を考えれば、それも至極納得なのです。 それにしても素晴らし過ぎます!!♪ |
3-2. 限界にチャレンジした神技の透かし細工
3-2-1. 高純度プラチナならではの極細細工
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一応ナイフエッジにはなっているものの、矢のシャフト(篦・の)や花々の輪は目を見張る細さです。アールデコのハイジュエリーはいくつも見ていますが、これは明らかに細いと思えるほど細いです。 |
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斜めから見ても、ナイフエッジになっているのか疑問に感じるほど細いです。 |
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だからこそ、どの角度から見ても、宝物の美しいデザインに没入できます。 |
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「細い!どういうこと?!」と、同じ疑念を抱いて金属分析したこの宝物も、やはり通常よりも高純度のプラチナで作られていました。通常は加工しやすいよう、硬さを出すために割金をしますが、このような構造をジュエリーとして実現するには、逆にある程度の柔らかさと粘り気を保持していなければならなかったのかもしれません。 |
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正面から見ると極細でも、横から見るとお分かりいただける通り、ある程度の厚みがあるからこそ100年ほどジュエリーとして使用されても問題ない耐久性を持っています。 ただ、ピュア・プラチナでこの透かし細工を作るのは相当大変だったはずです。鑢(ヤスリ)で削って形を整えていきますが、想像していただくと分かる通り、ある程度の硬さがないと削りにくいです。柔軟性があるからこそここまで細くできたということはありますが、その実現はいかに当時のトップクラスの腕を持つ職人といえども容易ではなかったはずです。 |
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これは現代のものですが、手刺繍の牡丹の帯です。デザイン、技法、素材、文化的な背景など全てに精通するアンティーク着物の権威L氏にお見せしたら、現代物なのかと驚かれた着物と帯です。どちらも東京コレクションに出品するために作られたものなので、いわゆる採算度外視して作られたコンテスト・ジュエリー系の作品です。 京都の刺繍職人のおじいさんが真心を込めて刺した刺繍牡丹は、機械刺繍とはまるで違う美しさがあります。細い銀糸を撚りながら、絶妙な場所に一針一針を刺していきます。刺している銀糸は、通常の刺繍糸より遥かに細いです。 |
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このランダムさがなせる美しさは、センスのある職人が全体のバランスを考えながら作り上げていくからこそ生まれるものです。考える頭のない機械制御の刺繍にこの美しさは出せません。私が『ゆらぎ』としてご説明する部分です。 大きさからもご想像いただけると思うのですが、この作品を作り上げるのは大変なことです。適当に作って良いならばまだしも、気の抜けない状態で、絶えず集中しながらこれだけの回数、針を刺していかなくてはなりません。技術力に加えて恐ろしいまでの集中力や忍耐力が必要で、並の職人では到底作ることは不可能です。 この作品を作り上げた職人のおじいさんから、「二度とやりたくない。」と言われたそうです。そりゃそうだと思います。これだけ美しいものを作り上げることができて、素晴らしい達成感を得ることができたでしょう。ただ、火を落とした炉に薪をくべて、もう一度最大値まで燃え上がらせるのは無理です。そういう仕事です。コンテスト・ジュエリーのような、魂のこもった芸術作品とはそういうものです。 機械刺繍ならば一定の知識や感覚がある人ならばできますが、アーティスティックな手刺繍ができるのは凄腕の職人だけです。10年ほど前、まだサラリーマンだった頃に手に入れた帯です。今は機械刺繍に頼っているようで、値段的には高価でしたが、安いラッキーな買い物だったと思っています。 |
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こういう作品が他に見ないのは、限界に挑んだピュア・プラチナの透かし細工が職人にとって二度とやりたくないと思えるほど、難易度の高いものだったからだと想像します。 神技を持つ第一級の職人。高いプライドを持って仕事をする、その職人。 創造的な仕事をしている人ならば、1つ、人生で誇れる作品を作ることができたならば、もうそれで大満足です。持てる全てを込めて作り上げた奇跡の作品。この大切な作品をオーダーした人物は、制作した職人を心から信頼していたと感じます。2人とも大満足だったに違いありません。 二度とは作れない宝物・・。 |
3-2-2. 驚異の透かし細工で表現した宇宙空間
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日本美術ならではの『透かしの美』と『対称性をくずした美』に慣れ親しんできた日本人だと特に何も感じないかもしれませんが、この宝物のデザインは西洋美術の様式からすると、かなり例外的です。 この宝物はガーランドスタイルの一種です。 |
3-2-2-1. 一般的なガーランドスタイルの空間の使い方
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『勝利の女神』 |
偉大なるローマ帝国として、ヨーロッパが最も繁栄していた時代に源を持つのがガーランドスタイルです。 何もない空間に美を見出す日本美術と異なり、隙間なく全てを埋め尽くすのがラグジュアリーというのが西洋美術だったこともあり、通常のガーランドスタイルのジュエリーは透かしの表現は最小限です。 |
プラチナ製ガーランドスタイル・ジュエリー | ||
ドライサー社 1905年頃 |
マーティン・デュ・ダフォイ 1910年頃 |
カルティエ・フレール 1912年 |
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![]() 【引用】プラチナ・ジュエリーの国際的広報機関による情報サイト ©Platinum Guid International 2016 |
日本人の感覚としては、ゴチャゴチャしてうるさ過ぎると感じるものが少なくありません。ここまで来ると「ドヤ!」感満載の成金的なドヤ・ジュエリーにも感じられ、日本で使うと下品に思われる可能性すらあります。パーティーなどで主役として使うならば良いですが、ゲストとして参加する場合は主役に失礼です。 いかにも、アメリカの新興成金が社交界で幅を利かせるようになった時代の新興成金向けデザインです。 |
ガーランドスタイル・ジュエリー | ||
![]() ロシア 1870年頃 SOLD |
![]() ヨーロッパ 1905-1914年頃 SOLD |
![]() ヨーロッパ 1910年頃 SOLD |
そういうものはお取り扱いしませんが、品良くお使いいただけるものでもガーランドスタイルは格調高い雰囲気とヨーロッパのオーソドックスな美術様式が基本なので、あまり大きな空間はデザインしません。 |
ガーランドスタイル・ジュエリー | |
![]() エドワーディアン ペンダント&ブローチ フランス? 1910年頃 ¥1,220,000-(税込10%) |
![]() ヨーロッパ 1920年頃 SOLD |
少し大きな空間の取り方をしたものでもこの程度です。 |
3-2-2-2. 対称性が特徴のオーソドックスな西洋デザイン
オーソドックスな西洋デザインの特徴として、対称性の高さもあります。 対称デザインは人工的な雰囲気を感じさせます。手間。すなわち、お金がかかっていることを感じさせるためのものが、対称性の高いデザインです。富と権力を誇示するために使われ、威圧感を与えるのも対称性の高いデザインの特徴です。 「相手に気を遣わせないように」、「ご迷惑をおかけせぬように」など、相手のことを思い遣る文化の日本では敢えて対称性を崩した心地よいデザインが好まれてきましたが、平和な時代をあまり経験してこなかった西洋圏では、威圧感のある対称性の高いデザインが発達してきた歴史があります。 |
ガーランドスタイル・ジュエリー | |||
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![]() 【引用】プラチナ・ジュエリーの国際的広報機関による情報サイト ©Platinum Guid International 2016 |
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20世紀に入ると日本美術の影響によって対称性を崩したデザインも増えてきましたが、ガーランドスタイルはその背景故に、対称性が高いデザインが通常なのです。 |
3-2-2-3. 異例のガーランドスタイル・デザイン
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ここまで空間を大きく使ったデザイン、さらには左右非対称なデザイン。実は、かなり例外的と言えるのです。 矢と矢筒に関しては左右非対称でも異例とは言いませんが、一般的なガーランドスタイル・デザインであればリボンを右側にもデザインしているはずなのです。お花は既に足りているのですから。 左右の対称性を崩したことによって、威圧感ではなく心地よい調和を感じるデザインになっています。対称性の高いデザインは『閉じた空間』を感じさせますが、それを崩したことで広がりを感じるデザインになっています。 そして、矢と矢筒の背景に感じる無限に広がる空間・・。 |
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1862年に文久遣欧使節の一員として西洋美術を目にした市川清流は、「西洋の絵画は写実の手法には優れているが、形を超えた気品や真髄を伝える点に於いては無知だ。」と鋭く指摘しました。 |
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意図しなければ、このような空間デザインにはなりません。しかも、ピュア・プラチナを使って相当な苦労をして実現させた空間使いです。 この何もない空間に何を感じますか? 宇宙。古代ギリシャで、この世の始まりから存在したとされる『愛(エロス)』という存在・・。 |
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「ゴールドは重い。」と言われますが、比重としてはプラチナの方が高いです。 純金が19.32、プラチナが21.45です。 割金にもよりますが、18Kだと15.2くらいになります。 |
本来だとかなり重たいジュエリーになってしまいそうですが、これだけ空間を使って作られているため、極端に重い感じはしません。ピュア・プラチナならではの心地よい重さがありながらも、現代の軽やかな衣服でも安心してお使いいただける重量だと思います。 20世紀に入るとペンダントやネックレスの割合が多くなり、ブローチは本当に数が少なくなっていきます。様々な面から、本当に稀有な宝物だと感じます。 現代は何も考えずに付けられるペンダントやネックレスが好まれる傾向にあります。ブローチはどうやって付けたら良いのか分からないということですが、付ける位置を自由にできるブローチは、現代でも様々なオシャレを楽しみたい、センスのある方には絶対的に支持されています。きっと、類い稀なセンスと、高い美意識を持っていらした方がオーダーされたのでしょうね。 |
3-3. 細部に至るまでの精緻な手仕事
3-3-1. 繊細で美しいフレーム
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この宝物はエロスの矢と矢筒以外にも、お花や蕾、葉やリボンなど様々なモチーフがデザインされています。 そのいずれもが、ピュア・プラチナだからこその見事な出来栄えで作られています。 |
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お花は脇役なので、お花が主役のジュエリーと比べると非常に小さいです。それでも、ハイジュエリーの主役として作られたものと思えるほどの見事な作りです。これだけ拡大しても粗がが感じられないなんて、本当に信じられません! |
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![]() イギリス 1880-1900年頃 SOLD |
花びらの先端の形はいかようにもデザインできます。 シンプルにしたり、ギザギザを付けたり、花びらの形状によってお花の雰囲気は変わります。 どうするかは好みなので、どういう形状だったら高級もしくは安物ということはありません。 |
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ただ、花びらの形状が複雑になるほどに高度な技術と手間が必要になりますから、安物で複雑な花びらが造形されることはまずありません。 お花が主役のハイジュエリーであったり、お花が脇役である場合は、よほど美意識の高い人のために作られた最高級品でしかあり得ないのです。 |
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この宝物のお花の花びらは、脇役な上にとても小さいにもかかわらず、丸みを帯びた複雑な造形になっています。 もう1つの際立った特徴として、フレームの幅が細く、その分、プラチナの存在感が薄い一方でダイヤモンドが目立ちます。 |
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本来はそれが理想ですが、シルバーの時代はシルバーの性質上、どうしてもそこまで気配を消すことはできませんでした。 ハイジュエリーの場合、逆にそのシルバーならではの性質を生かしてデザインされているものです。 |
![]() ダイヤモンド フラワー ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
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柔らかく粘り気のあるプラチナの登場によって、より繊細なダイヤモンドのセッティングが可能となりました。 ただ、ここまで驚異的なセッティングをされたものは見たことがないと思えるほど、フレームが極細なのです。ピュア・プラチナにしたことで、より柔軟さ粘り気を駆使したセッティングができるようになったからこそと思います。 |
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小さいながらも、本物のお花のよう花びらに角度を付けて、ふんわりとお椀型に開いた形状で作られています。右端の蕾などにご注目いただくと、プラチナにはしっかり厚みがあることもお分かりいただけると思います。 矢筒の先端に向かってダイヤモンドは大きさがグラデーションになっており、先端は一段大きなダイヤモンドがセットされていますが、フレームの存在感が本当に薄いです。これだけダイヤモンドに合わせて造形するのは本当に高度な技術が必要で、神技を持つ職人だからこそなせる技です。 |
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この驚異のセッティングのお陰でプラチナの矢羽と矢尻部分、そしてダイヤモンドだけに集中できるのですが、最高級品として作られているにも関わらず、1つとして大きなダイヤモンドが使われていないのもこの宝物の大きな特徴です。 カットとしてはクッションシェイプカット、オールドヨーロピアンカット、ローズカットの3種類が使われていますが、肉眼だとよく目を凝らさないと、それぞれがどのカットなのか分からないほど1粒1粒は小さいです。 |
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このような美意識を極みのような作品の場合、全ての石を繊細さが魅力のローズカットにしているものもありますが、これは偉大な愛の神の世界を表現しているからこそ、荘厳さも演出できるオールドヨーロピアンカットやクッションシェイプカットも併用しているのでしょう。 よく考えられてデザインされた、本当にセンスの良い宝物です。 |
3-3-2. ダイヤモンドの見事な爪留
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リボンも複雑な造形ですが、丁寧に美しくダイヤモンドがセットされています。 平坦ではなく、上下左右に加えて奥行きまである複雑な形状にここまで小さなダイヤモンドをセッティングするのは驚異的な技術です。 これも作者が見事な神技で、ピュア・プラチナを使いこなしたからこそだと思います。 |
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全体としては平面的なブローチながら、作りはかなり立体的です。 造形する技術も、ダイヤモンドをセットする技術も並の職人では到底不可能です。 |
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ダイヤモンドは覆輪留め、爪留めの各種が使い分けられています。 葉っぱは小さいですが、ダイヤモンドが2粒セットされた箇所が複数あります。こんなサイズのダイヤモンドがあるのかと言うほど、極小のダイヤモンドが使用されています。 美意識と言えばそれまでですが、実現してしまう作者の驚異の技術にも脱帽です!! |
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小さなダイヤモンドですが、拡大して改めてビックリするほど、どれも極上の石を使っています。 カットも良いですし、透明感も高く、華やかに光り輝きます。 |
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かなりファイアも出やすい石です。 この画像でも、ビックリするほどカラフルな色彩が現れています♪ |
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1つ1つが小さいのでちょっと分かりにくいかもしれませんが、この画像でもかなりたくさんファイアが出ています。拡大してみましょう。 |
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宝物の至る箇所から放たれるファイア。 宝物全体に満ち溢れる、美しいシンチレーションと色とりどりのファイアの美しき世界。それはまさに愛に満ち溢れた、無限に広がる宇宙を見ているかのようです。 美しものは見ているだけで心癒される。 Genが語るこの言葉をこれほど体現しているジュエリーはないと思えるくらい、清らかであたたかな愛の世界を感じるジュエリーです。 |
3-3-3. セッティングの妙
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各パーツの立体配置も素晴らしいです。矢羽や矢筒の先端に注目すると、裏側をU字のプラチナでフレームに連結させていることが分かります。 |
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U字金具を調整する事で、持ち上げる高さをコントロールすることができます。手間と技術が必要ですが、美しい立体造形を作るには必須の技法です。 この技法の最も優れているところと言えば、正面から見た時に、連結金具の存在感を極限まで薄くできることです。間違いなくしっかりと固定されているのですが、パーツがまるで宙に浮いているように見えます。実物をご覧いただくと、どうなっているのだろうと不思議な感覚が湧くと思います。 この宝物で表現したい世界に、最適の技法と言えるでしょう。 |
3-3-4. 見事なミルグレイン
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この宝物はミルを打った場所と、そうでない場所を使い分けて、全体を美しくデザインしています。 |
【参考】成金向けのヴィンテージジュエリー | |
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【参考】ダイヤモンド ブローチ(1940年代) | 【参考】ダイヤモンド ブローチ(ブシュロン 1940年代) |
アールデコも後期になると、ジュエリーにも工業デザインのような思想が強く反映されるようになります。大量生産であったり、コストダウンを第一目的とし、その範囲内でなるべく見栄えするものという思想でデザインするのが工業デザインです。コストよりも美しさを重視して作る、美意識の高いヨーロッパの上流階級のためのジュエリーとはデザインの方向性が真逆です。 そこで真っ先に省略された細工の1つがミルグレインでした。「シンプルイズベスト」、「スタイリッシュ」などの大義名分の元、手間と技術が必要なミルグレインは省略されていきました。手間と技術が高い分、それがそのままコストとして反映されるのですが、成金にはその美しさの価値が理解されなかったのです。 |
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一切の手抜きがなく、しかもただミルを打ってさえいればラグジュアリーという考え方でもないからこその、ミルの使い分けです。私たちがお取り扱いしているクラスのハイジュエリーであればそれは当たり前なのですが、この宝物はさらに別格です。 ちょっと分かりにくいかもしれませんが、外周を取り囲むダイヤモンドの覆輪のミルと、その内側にある楕円形のフレームのミルでは形状が違うことに気づいていただけますでしょうか。ダイヤモンドのミルは粒だった半球状ですが、楕円形のフレームのミルは細長いのです。 |
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通常のトップクラスのミルは半球状です。磨き上げられた精緻な半球状のプラチナのミルは、格調高い強い輝きを放ちます。 |
『勝利の女神』 アールデコ初期 ガーランドスタイル ダイヤモンド ネックレス イギリス or フランス 1920年頃 ¥6,500,000-(税込10%) |
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珍しいと感じたのが『影透』のミルで、極めて細いフレームに細長のミルが施されていました。 格調高い輝きと言うより、より繊細で冴えた輝きを放ちます。この宝物のデザインと雰囲気にはピッタリと思えるものでした。 |
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主役の矢のシャフト(篦・の)を除き、ミルがないのは極限まで存在感を消したい箇所です。 優れた絵画に、優れた額縁は必須です。額縁として壮大な愛の世界をしっかりと彩るため、外周のダイヤモンドは格調高い半球状のミルが施されたのでしょう。 その繋ぎ役として在るのが、楕円状のフレームに施された細長いミルです。額縁のダイヤモンドのミルほど主張はせず、しかしながらしっかりと絵画全体を引き締める役割。センスの塊と言えます。 |
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現代ジュエリーはミルの役割がよく分からないままデザインされることも多いようで、こんな気持ちの悪いものも作られています。 アンティークのミルは鏨(タガネ)を打った後に鑢(ヤスリ)で磨いて半救状に仕上げていくのですが、現代のミルは鋳造なので、1粒1粒が大きいのです。ブツブツ感が、生理的に気持ち悪いです。 |
ミルグレインの比較 | |
職人の手仕事(鏨を打ち、鑢で磨き仕上げ) | 鋳造 |
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単にミルがあれば良いというものでもないのです。 ダイヤモンドさえ付いていれば良い、プラチナ製ならばOK、ブランド物ならば何でもありがたがるという人は、右のような現代ジュエリーにも喜んで大金を払うのでしょうけれど、美しいと本当に思えるなんて信じ難いです。 |
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これはアンティークのハイジュエリーの中でも別格と言えるほど美意識が高く、お金がかかった宝物です。外周のオールドヨーロピアンカット。ダイヤモンドもとても小さいものです。この1つ1つにこれだけのミルを打つことだけでも、想像を絶する途方もない作業です。 限られた、美意識の高い上流階級だけのアンティークジュエリーの世界・・。 |
裏側
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柔らかいピュア・プラチナのブローチとして十分な耐久性を確保するため、裏側に楕円形のプラチナのフレームがセットされています。 |
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ダイヤモンドの裏側の窓も、限界まで大きく削り出してあります。だからこそ光を取り込み、より一層明るく美しく輝きます。柔らかいピュア・プラチナでここまで美しく仕上げるのは如何に難しいことだったのか。一切の妥協を感じない、素晴らしい作りです。 |
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ブローチにはセーフティ・チェーンが付いています。 ゴールド・ジュエリーの場合、セーフティだけはバネっけと強度のある9ctゴールドを使用することもあるのですが、これはプラチナが最も高価だった時代に於いて、プラチナで作られており、非常に贅沢です。 |
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普通は高級品でもセーフティは1つですが、この宝物はピン受け部分にもセーフティが付いています。この宝物がいかに特別なものとして、お金のみならず全ての技術の粋を込めて作られたのかの証とも言えるでしょう。 |
着用イメージ
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大きさのあるブローチですが、透かしのデザインなので、存在感はありつつも重くない雰囲気で着けていただけます。 ピュアプラチナでありながら、重量に関しても軽やかな着け心地だと思います。 ブローチとして100年ほどの使用にも耐える耐久性があるので神経質になる必要はございませんが、通常のプラチナ・ジュエリーよりは柔らかいはずですので、着脱の際は十分に気を遣っていただきたいです。 そうすればこれから100年でも、200年でも楽しむことができるはずですし、これはそうして受け継いでゆくべき、人類の宝物だと確信しています。 |