No.00296 エメラルドの深淵

天然エメラルド&ダイヤモンドのヴィクトリアンの最高級リング

 

 

『エメラルドの深淵』
珠玉のエメラルド&ダイヤモンド リング

イギリス 1880年頃
エメラルド、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、オールドマインカット・ダイヤモンド、ゴールド&シルバー
サイズ 14号(変更可能)
重量 4.1g
¥3,700,000-(税込10%)

宝石に詳しくない方だとこのエメラルドをご覧になっても特段の驚きはないかもしれませんが、インクリュージョンはあって当たり前のエメラルドに於いて、45年間で初めて見る、肉眼では殆ど内包物が見えない奇跡的なエメラルドのリングです。

最高クラスのエメラルドに相応しく、ダイヤモンドや作りも最高クラスです。定番スタイルのリングながら、細部のデザインへのこだわりも驚くべきもので、かなり美意識の高かった人の特別オーダー品であることは間違いありません。

エメラルド&ダイヤモンド リング アンティークジュエリー
←実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります

 

この宝物のポイント

  1. 過去45年間で最もクリアな天然エメラルド
    1. インクリュージョンが当たり前の宝石
    2. 合成エメラルドによる現代市場の混乱
    3. 大きさ&透明感&色が揃った奇跡のエメラルド
  2. 定番スタイルでも強い魅力を放つリング
    1. ハイクラスのカラーストーンの定番デザイン
    2. 脇石が強い魅力を放つアンティークジュエリー
  3. 最高級の石に相応しい極上の作り
    1. 宝石が惹き立つ見事なセッティング
    2. 控えめながら上質なシャンクのデザイン

 

1. 過去45年間で最もクリアな天然エメラルド

1-1. インクリュージョンが当たり前の宝石

エメラルド&ダイヤモンド リング アンティークジュエリー 宝石に興味があればご存知の方も多いと思いますが、エメラルドはインクリュージョンが非常に多い宝石ということで有名です。
透明度の高い天然エメラルドのアンティーク・リング

これは明るい太陽光の元で撮影したものですが、肉眼ではインクリュージョンが見えません。

極めて特別なことです。

PDコロンビア産エメラルドの原石

エメラルドはベリル(緑柱石、Be3Al2Si6O18)の一種で、アクアマリンやヘリオドールなどもその仲間です。

エメラルドは微量のクロムと、時にはバナジウムを含むことによって特有の緑色を呈するのですが、このクロムが結晶の成長を乱すため、内部に様々な傷や内包物を取り込みやすくするのです。

1-1-1. 『宝石』の判定条件

ヘキサンゴンカットの非加熱サファイアのエレガントなエドワーディアンのネックレス『エレガント・ブルー』
エドワーディアン サファイア ネックレス
イギリス 1910年頃
SOLD

宝石には様々な種類がありますが、『ダイヤモンド』や『サファイア』でありさえすれば『宝石』というわけではありません。

【参考】現代の原石ダイヤモンド・リング

現代のジュエリー業界はとっくの昔にネタ切れです。

だから奇をてらったやり方で儲けを確保しようとする人たちも存在します。

これはちょっと奇をてらいすぎですね(笑)

普通はこのクラスだと、鉱物学的には『ダイヤモンド』ではあっても宝石ではありません。

"工業用ダイヤモンド"です。

工業用ダイヤモンド 宝石用ダイヤモンド
【参考】コンゴ産の(6)立方体型のダイヤモンド結晶 【参考】現代の工業用ダイヤモンド原石のリング 【参考】現代の宝石ダイヤモンド・リング

見た目の違いからもお分かりいただける通り、一定以上の品質以上を持たないと『宝石』とはみなされません。ダイヤモンドの場合は現代の評価基準に4Cがあり、色(color)、透明度(clarity)、研磨(cut)、重さ(carat)のそれぞれの項目を総合評価します。どんなサイズ(carat)でも、品質を満たせば宝石です。カットは人工的な加工で決まります。例外は多々ありますが、基本的に宝石か否かを判断するには石の色と透明度が重要になってきます。

どの宝石も色が良くないもの、不純物が多すぎて透明感がないものは『宝石』と判断されません。しかしながらエメラルドは例外です。

宝石の中で一番インクリュージョンが多いとも言われ、そもそも天然のままで完全無欠な石が見つかりません。このため中央宝石研究所(CGL)によると、現代の基準でエメラルドの場合はその緑色の深さが十分であれば、内包物の存在で評価を落とすというよりもその色調により高い評価が与えられる宝石です。まあ、不純物が多いとしらっちゃけた印象が強くなってくるので、不純物が少ない方が一般的に色が美しいことは間違いありません。

【参考】エメラルドがメインの高級リング(ヴィンテージ?) このような特徴の宝石であるため、エメラルドは高級なものとして作られたジュエリーでも他の宝石では考えられないほどインクリュージョンが含まれています。
【参考】エメラルドがメインストーンの高級リング

1-1-2. エメラルドのオイル含浸処理

PDシダーウッド・オイル

それ故に、エメラルドは古代エジプトの時代からシダーウッド・オイルなどで表面を湿らせて、傷が目立ちにくく色鮮やかにする手法が伝統的に行われています。

しかしながら現代では、アンティークの時代には使わなかったような屑石まで商品化するために、ターボポンプを使って真空状態にし、大気圧下でただオイルを湿らせただけでは埋められない隙間にまでオイルを浸透させて見た目を改善させる『オイル含浸処理』がごく当たり前になっています。

「オイル含浸は古代からやっていた伝統的な方法だから問題ありません。」というのが業界の言い分ですが、もはや全く別物なのです。

あまりにも酷い屑石にまでやり過ぎた結果、オイルが簡単に抜け落ち、「保管していたらエメラルドの色が薄くなっていた!!」と消費者からクレームが出る事態まで発生しています。色鮮やかに見せるために、着色したオイルを使ったというわけです。本物の価値ある宝石ならばありえないほど安い値段で購入したはずなので、販売者も顧客もどっちもどっちだとは思いますが・・(笑)

結果としては処理に関する研究開発が進み、1980年代には簡単には流れ出ないエポキシ樹脂を含浸させる方法が急速に普及しました。樹脂なので隙間を埋めた後に硬化させば流れ出ることはありませんし、樹脂に色を付けて含浸させれば色を良くすることも可能です。

樹脂を使用する処理でも「オイル含浸」と言ってお茶を濁すのが、現代の宝石業界のやり方です。昔は表面を湿らせる程度のオイル処理でしたが、今ではターボポンプを使った減圧と加熱を組み合わせて、深い亀裂にまでガッツリと樹脂を浸透させることができます。故に劇的に見た目が変化します。

エメラルド・リング(カルティエ 現代)価格はお問合せくださいとのこと【引用】Cartier / SOLITARIO 1895 ©CARTIER

現代の宝石は感覚が麻痺しているのか、何でもアリという印象です。

現代ではオイル含浸処理は当たり前となっています。オイル含浸をしなくても十分美しいエメラルドは価値が高く、PRポイントとなるため、その旨を記載するのが当然なのだそうです。でも、現代では高価なブランド・ジュエリーであっても、含浸処理の有無や天然・合成の記載すらないまま販売されていることが殆どです。高いから価値あるものだろう、ブランドものだから間違いないだろうと性善説に沿って思い込む消費者は、残念ながら業界にとっては良いカモなのでしょう。

有名な高級ブランドは全世界で同じ商品を販売しています。アンティークのハイジュエリーのような一点物ではなく、量産品であることは明らかです。

宝石がなぜ高価なのかと言えば、稀少だからです。アンティークのハイジュエリーに使われる宝石は稀少なものだからこそ、同じようなものはそもそも簡単に作ることはできないのです。そもそも稀少な宝石は、お金だけあっても手に入るものではありません。

現代の高級ブランドが同じ規格の製品を販売できるのは、同じレベルの宝石がいくらでも手に入るからです。すなわち稀少ではない、ある程度の数が手に入る質の良くない石を使っているからに他なりません。

【参考】エメラルド・ピアス(現代)

現代のジュエリー市場には本来ならばあり得ない、綺麗すぎるエメラルドが溢れています。

【参考】エメラルド・リング
ヴィンテージ 現代

枯渇していく一方の天然宝石なのに、現代のエメラルドの方が昔のエメラルドよりクリアで上質だというのはおかしなことです。実はこれにはオイル含浸だけではない理由があります。

1-2. 合成エメラルドによる現代市場の混乱

合成エメラルド・ リング(京セラ 現代) 
【引用】odolly / エメラルドリング(オーバル/2.29/メレダイヤ4石/ツイスト/K18ホワイトゴールド/5月誕生石) ©京セラジュエリー通販ショップodolly-オードリー

実は世の中には合成エメラルドが存在します。

ジュエリーの一般市場に現れ始めたのは1940年代以降です。

アンティークの時代の合成宝石
アンティークの合成ルビー・リングシンセティック・ルビー リング
イギリス? 1910年頃 
SOLD
アンティークの合成サファイアのブローチシンセティック・サファイア リング
イギリス 1920年頃 
SOLD

1907年に量産技術が確立されて市場に出始めた合成ルビーや、同じく1910年頃から市場に出始めた合成サファイアは、アンティークの時代ならではの優れた作りとデザインのジュエリーも存在します。しかしながら例外を除いて、お取り扱いするのは1930年代までの優れたジュエリーであり、1930年代のジュエリーすら滅多に扱うことがないヘリテイジにとって、合成エメラルドは殆ど直接関係がないため、今まで特に言及してきませんでした。

しかしながら合成石のせいで、エメラルドも他の宝石と同じように"綺麗なのが当たり前"というイメージを持たれている方も少なくないであろうことを危惧しています。少なくとも私はそうでした。

高校生時代に新聞の折込チラシでジュエリー・チェーン店の商品を見た際、不自然なまでにクリアでどぎつい色合いの宝石で溢れていました。全く美しいと思えず、ジュエリーの何が良いのかさっぱり分かりませんでした。

合成エメラルド・ペンダント(京セラ 現代) 【引用】odolly / エメラルドペンダント(スクエア/5月誕生石/K18ホワイトゴールド) ©京セラジュエリー通販ショップodolly-オードリー

「こんなの色付きのガラスとの違いが分からない。高いけどデザインも魅力がなくて、チャチで安っぽい。ガラスで作った方が安くなって良いのでは?」
というのが高校生時代の私の素直な感想です。

『宝石』は希少価値の高いものというイメージなのに、シルバーアクセさながらのエメラルド・ジュエリーもあって、知識がない頃は完全に意味不明でした。

そもそも現代ジュエリーのせいでジュエリーに全く興味が湧かず、意味不明なまま放置していましたが、アンティークジュエリーの仕事をするようになって、現代ジュエリーの気持ち悪い状況もようやく分かってきました。

珍しい白大理石のピエトラデュラのお花のバングル ピエトラドュラ バングル
イタリア 1860年頃
SOLD
白大理石を使った珍しいミュージアムピースのイタリアのフローレンスモザイク(ピエトラドュラ)とカンティーユのピアスピエトラドュラ ピアス
イタリア 1830年〜1840年
SOLD

もともと宝石にもジュエリーにも興味がなくて、"手に入る古の素晴らしい貴重な芸術作品"という観点からこのアンティークジュエリーの世界に導かれた私ですが、王侯貴族たちしか持つことのできなかった、アンティークジュエリーの"真に価値ある宝石"に触れることで、今では宝石にも魅力を感じています。

非加熱のビルマ産サファイア&ダイヤモンドのヴィクトリアン・リング『Blue Impulse』
ビルマ産サファイア&ダイヤモンド リング
イギリス 1880〜1900年頃
SOLD
天然エメラルドのアンティーク・リング
不自然な処理を行われていない、天然のままで美しい宝石は稀少価値が高いだけでなく、心から美しいと感じる力強さや魅力があります。
天然エメラルドのアンティーク・リング このリングのエメラルドは合成石かと思うほどインクリュージョンがないのですが、合成石の特徴と歴史について少しご説明しておきましょう。

1-2-1. 合成エメラルドの歴史

自称錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベドガー(1682-1719年)

価値ある素材を人工的に量産して大儲けしようという取り組みは、昔からヨーロッパで熱心に行われてきました。

マイセンの白磁も、ドイツの哲学者・数学者・物理学者・生理学者のチルンハウスの助けにより、錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベドガーが作り出したものでした。

アンティークの時代の人造宝石
合成ルビー 合成サファイア 養殖真珠
アンティークの合成ルビー・リングシンセティック・ルビー リング
イギリス(バーミンガム) 1916年 
SOLD
トライアングルカットの合成サファイアのアールデコ・リングシンセティック・サファイア リング
イギリス 1920年頃
SOLD
初期の養殖真珠を使ったアンティークの真珠のネックレス初期の養殖真珠ネックレス
1930年代?
SOLD

ゴールドだけでなく、高価な『宝石』を人工的に無限に作り出して儲けようと発想するのは当然の流れで、古い時代から研究開発は行われていました。単純にただ作り出すのに成功するだけならばまだしも、ビジネスとして成立する状態まで辿り着くのは容易なことではありません。宝石レベルの質を持たせ、それを安定的に供給できる体制を整え、コスト的にも成立する状態まで持っていかなければ駄目です。合成ルビーは1907年、合成サファイアは1910年、ネックレスとして使用できる真球の養殖真珠は1919年でした。

合成エメラルドも昔から研究されていました。1931〜1942年にドイツの染料会社イーゲーの、エスピッヒとイェーガーによって開発された合成エメラルドが市場に投入されましたが、量産が困難だった上に、コストが天然より高くつくほどの代物だったため、結局市場には浸透せず商業的には失敗に終わっています。

天然エメラルドを上回る品質がないのに天然エメラルドより高ければ、そりゃ売れるわけがありませんよね。

エスピッヒらの製法では、1年かけてようやく最大2cmの結晶を得るものでした。カットされたエメラルドは長さが5mm、最大1.1カラットでした。天然エメラルドもそうですが、得られた原石全てがジュエリーに使えるわけではないんですよね。1つ作るのに1年、しかも小さな結晶しか得られないのであれば、確かに商業的に成り立ちません。

【参考】チャザムの合成エメラルド・リング(1950年代) 【参考】チャザムの合成エメラルド・リング(ヴィンテージ)

こうしてエスピッヒらの合成エメラルドは終わってしまいましたが、1940年初頭にアメリカの宝石市場で非常に美しいエメラルドが流通し始めました。天然の最上級品と皆が思うようなエメラルドです。

しかしながら天然には殆ど存在しない無傷のエメラルドが大量(平均0.5〜0.75ctの石が月3,000〜4,000個)に出回ったため素性が疑われ、アメリカの化学者キャロル・チャザムが1935年に開発に成功した合成エメラルドだったことが判明しました。

天然エメラルドのアンティーク・リング 天然で最上級の品質を持つ石は、確率的には奇跡のような存在です。

美しさに加えて、その稀少性故に高い価値が生まれるのです。

【参考】チャザムの合成エメラルド・リング(ヴィンテージ)

チャザムの合成エメラルドはインクリュージョンや比重、屈折率などの違いで天然エメラルドとの識別は可能ですが、見た目的には天然の最高級クラスのクオリティがありました。

それが安定的に大量に出回ったら、素性が疑われるに決まっています。

しかも供給し過ぎたら稀少性がなくなり、価格も当然下落します。

セシルローズセシル・ローズ(1853-1902年)1900年、47歳頃

1848年のカリフォルニアのゴールドラッシュでも、皆が採り過ぎたせいで金価格が暴落し、採掘コストと合わず殆どの人が赤字で終わりました。

この歴史的経験を踏まえ、デビアスの創業者セシル・ローズは1870年頃からのダイヤモンドラッシュに湧く南アフリカにて、ダイヤモンドの供給コントロールに早くから取り組んでいました。

セシル・ローズ 南アフリカセシル・ローズ(1853-1902年)少年の頃

と言うことになっていますが、元々セシル・ローズは地主出身の牧師の息子で、生まれつき病弱でした。

これを心配した父が、季候の良い南アフリカに渡っているセシルの兄の元に、当時17歳だったセシルを送ったのでした。

その地で健康を取り戻したセシルは、18歳からダイヤモンド事業に参入し、兄と共にキンバリーで坑夫としてつるはしを振るっていました。

ちょっとそんな人物が経済の理論を熟知した上で、市場のコントロールを試みるなんて考えにくいです。

1902年3月に発行済のデビアス社の優先株式

セシル・ローズは1880年にロンドンのユダヤ人財閥ロスチャイルドの融資を取り付けて、1881年にデビアス鉱業会社を設立しました。

1887年、好機とみた英仏ロスチャイルド家はさらにデビアスのダイヤモンド鉱山に出資し、筆頭株主となっています。

1810年のイギリスの地金委員会の報告書地金委員会の1810年の報告書

セシル・ローズによる市場のコントロールは、ロスチャイルドの入れ知恵だった可能性が高いと見ています。

さもセシル・ローズに先見の明があってダイヤモンド市場のコントロールに取り組んだように言われていますが、表向きの手柄は誰かに譲り、一切目立つことなく、慎み深く背後に存在するのはいかにもロスチャイルドらしいやり方です。

19世紀初期のイギリスでの金価格爆騰に対処するために英国議会で組織された地金委員会の聞き取り調査で、証人となった29人がいます。

29人の証人は企業、金融界、大学、政府などから選ばれた人物で、1人だけ身元が報告書に明記されていない人物がいます。

ネイサン・メイアー・ロスチャイルド ロンドン・ロスチャイルドの祖ネイサン・メイアー・ロスチャイルド(1777-1836年)

その人物は『非常に高名な大陸の商人』で、『慎み深い某氏』とされており、ロンドン・ロスチャイルド家の祖で1804年にロンドンに移住してきた、神聖ローマ帝国出身のネイサン・メイアー・ロスチャイルドだったと言われています。

ロスチャイルドは1815年のワーテルローの戦いにおいて、巧妙な情報操作によって、イギリスの株式市場で巨額の利益を上げたとも言われています。

慎み深い某氏・・。
ロスチャイルド一族は全員ではないにしても、特に経済理論に関しては、総合的な天才的頭脳を持っている人たちなのだと感じます。

【参考】チャザムの合成エメラルド・10Kリング(ヴィンテージ)

そういう人は滅多にいないからこそ凄いし市場を独占的にコントロールできるわけで、普通はそうはいきません。

チャザムも合成技術に関しては"天才"と称される頭脳を持っていましたが、経済学にまで天才的な頭脳を持っていたわけではなかったようです。

だから売れるほどに市場に合成エメラルドを投入しちゃったわけですね。これはしょうがない(笑)

チャザムが化学者として天才だったのは間違いなく、追随者が現れるのはチャザムに20年以上も遅れてのことでした。1962年にようやくドイツのツェルファスによる合成エメラルドが出てきました。

【参考】ギルソンの合成エメラルド・リング(ヴィンテージ)

フランスのギルソンも15年の研究開発を経て、1963年に合成エメラルドを商品化しています。しかしながらこのギルソンの合成エメラルドにご注目ください。合成といえども、基本的には完全無欠の完璧な結晶にはなりません。エメラルドは結晶学的に、欠陥が出やすい性質があるからです。

ベルギーのランも1966年に微細なエメラルドの合成に成功していますが、宝石品質の結晶を作り出すことができたのは1982年のことでした。しかしながら『レニックス』として販売されたこの合成エメラルドは、天然エメラルドの低級品並みに大量のインクリュージョンを含んでおり、商品価値はないと言えるような代物でした。

天然の最上級クラスの品質があるとされたチャザムの合成エメラルドは成長に1年近い年月をかけ、しかもその中で宝石としてカットできるのは結晶の10%程度でした。

石英の結晶(ブラジル産) " Quartz Brésil " ©Didier Descouens(2010)/Adapted/CC BY-SA 4.0 溶融石英ガラス製品 "Beakers" ©Jaeger5432/Adapted/CC BY-SA 2.5

以前ロッククリスタルの合成についてもご説明しましたが、結晶構造を持つ宝石は、同じ成分を溶かして固めただけでは合成に成功したとは言えません。結晶構造を持たないものはすぐに作ることができ、量産が可能ですがただのガラスです。

水熱合成法による人工水晶 19.2×2.8cm "Quartz synthese" ©Didier Descouens(4 August 2013)/Adapted/CC BY-SA 4.0

エレクトロニクス用のロッククリスタルの合成には、高温高圧の環境下1日1mm以下の成長速度で100日から200日かけて結晶を成長させる必要があります。作成に時間がかかるからこそ、原料は安くてもトータルコストてきには高価になるわけで、天然石を採掘するのと比べて割安にならないと商業としては成立しません。

大型の天然のロッククリスタル 『摩天楼』
アールデコ ロッククリスタル&ダイヤモンド ブローチ
イギリス 1930年頃
SOLD

とは言え、大自然の中で育まれる天然ロッククリスタルは100年で1mm以下しか成長しません。

成長速度の差はおよそ3万6500倍です。

何千年、何億年という長い年月をかけて宝石の結晶は作られるのですが、それには安定した環境も必要です。

美しい結晶を大きく成長させることの難しさは、小学校や中学校で学ぶミョウバンの再結晶などを思い出していたければご想像いただけると思います。適切な材料の濃度、温度管理、それ以外にも衝撃などを与えてはならないなどいろいろあります。パーフェクトと思える環境を整えたとしても、確率的なものなのかうまく育つものがあったり、全然ダメだったりします。

透明度の高い天然エメラルドのアンティーク・リング

このサイズでこれだけ美しい天然エメラルドが、いかに奇跡的な存在であるかが分かるというものです。

まさに長い年月をかけて大切に育まれた自然界からの贈り物なのです。

【参考】チャザムの合成エメラルド・14Kリング(ヴィンテージ)

合成することすらも難しい宝石品質エメラルドだからこそ、チャザムが1950年代までは合成エメラルド市場を独占できたのです。

1-2-2. 現代の合成エメラルドの罪

京セラの合成エメラルド・リング(現代) 【引用】odolly / エメラルドリング(ハーフエタニティ/10石合計1.10カラット/プラチナ/5月誕生石) ©京セラジュエリー通販ショップodolly-オードリー

1960年代以降は合成エメラルド産業への参入が相次ぎました。

その中にはビジネスとして成立できず消えていったメーカーもいくつもありますが、1976年には日本の京セラがクレサンベールのエメラルドを発売しており、今でもたくさんの合成エメラルドを市場に送り出しています。

【参考】京セラの合成オパール・ピアス(現代)

京セラは合成オパールも製造しているメーカーですね。

所詮ジュエリーは現代のデザインと作りなので、宝石とは到底思えない安っぽさとダサさをどのジュエリーにも感じてしまうのですが、日本企業の材料開発能力の高さは有名な話で、さすがだなと感じます。

京セラの合成エメラルド・ペンダント(現代) 【引用】odolly / エメラルドペンダント(オーバル/メレダイヤ3石/5月誕生石/K18ホワイトゴールド) ©京セラジュエリー通販ショップodolly-オードリー

でも、やっぱり私はこういうオモチャみたいなものは正直安っぽくて着けたくないです。

ジュエリーではなくアクセサリーとして見ても嫌です・・。

ジュエリーショップで販売されるので"立派なジュエリー"と感じて買う人もいるのでしょうけれど、正体はただの量産の工業製品です。

石に稀少性は微塵もなくデザインも使い回し。作りも最低限のごく簡単なもの。でも1970年代から今に到るまで販売され続けるということは、事業としては儲かるのでしょうね。

世の中にはこういうものを必要とする人がいて、誰かを喜ばせることができているのですから私は否定はしません。ただ、天然のエメラルドもこのようにインクリュージョンがないのが当たり前という意識を一般消費者に植え付ける結果となっているのは問題です。

上質な天然エメラルド 量産の合成エメラルド
アールデコのカボション・エメラルドの高級リングアールデコ エメラルド・リング
フランス 1920〜1930年頃
SOLD
合成エメラルド・ リング(京セラ 現代) 
【引用】odolly / エメラルドリング(オーバル/2.29/メレダイヤ4石/ツイスト/K18ホワイトゴールド/5月誕生石) ©京セラジュエリー通販ショップodolly-オードリー

左は極めて上質な天然エメラルドを使い、アールデコの中でも非常に優れた作りをしたとても高級なリングです。しかしながら無知な人がこれを見たら、左のエメラルドは低品質な石と思いかねません。1970年代に市場に投入されたということは、明らかに高度経済成長期に入り旺盛な消費意欲に湧く日本の中産階級の女性向けに開発されたものです。

中産階級の皆に行き渡らせるだけの、希少価値の高い天然の宝石なんてあるわけがありませんから開発するのは良いにしても、当時の女性向け商品の企画は大抵、女性の気持ちが分かる女性自身ではなく男性たちです。開発のゴーサインを出すのは権限を持つある程度の年齢の、元々宝石やファッションには全く興味がないような男性たちです。

私はこの時代に大きく成長した、古い大企業でサラリーマンをやっていたので色々な人たちを見てきました。自身のバックグランドだけで「女性ってこういうのが好きなんでしょ?」と決めつけ、全く的を射ない企画する人が一定割合でいました。年をとっているから駄目というわけでもなく、若くても自分本位で考えてしまう人はいます。

今は以前よりも職場への女性進出が進み、女性の感覚が取り入れられることも増えました。しかしながら現代社会の礎となっている高度経済成長期やバブル期は女性は専業主婦、男性はモーレツ社員なる企業戦士が理想とされました。商品企画も男性が主体でやっていました。

宝石やジュエリーをろくに知りもせず、女性って「宝石好きでしょ。」と一方的な価値観で開発されたものが、そのままの状態で今に至っているのが現状なのです。

上質な天然エメラルド 現代の合成エメラルド
18世紀のフランスのカボション・エメラルドのブローチカボション・エメラルド ブローチ
フランス 18世紀
SOLD
合成エメラルド・ リング(京セラ 現代) 
【引用】odolly / エメラルドリング(オーバル/2.29/メレダイヤ4石/ツイスト/K18ホワイトゴールド/5月誕生石) ©京セラジュエリー通販ショップodolly-オードリー

ヨーロッパは古くからジュエリーの歴史があり、特に一定以上の階級の人たちは本物の上質な宝石を見る機会にも恵まれていました。しかしながらジュエリー文化がなかった日本はたとえ上流階級や富裕層でも、ほぼ全員が真の宝石を見たことがありません。上流階級や富裕層の人でも、高級ジュエリーとして目にするのは戦後の、希少価値がある宝石とは到底呼べないようなダメな宝石ばかりです。特に中産階級が旺盛にジュエリーを買い始めた1970年代以降は、より多くの処理石や合成石で市場に溢れました。その結果、本物を見たことがないからしょうがないと言えばしょうがないのですが、大半の日本人が、処理石や合成石レベルで完全無欠のエメラルドこそが"本物の高級エメラルド"と思い込むことになってしまったのです。

スエズ運河を作ったフランスの外交官レセップスが愛用したエメラルドのオリエンタルなクラバット・ピン『レセップスのクラバット・ピン』
フランス 1880年頃
SOLD
スエズ運河を作ったフランスの外交官レセップスが愛用したエメラルドのオリエンタルなクラバット・ピン

大企業もジュエリーをやりたいならば、きちんと日本人の文化や教養の向上に貢献できるやり方で取り組むべきだったと思います。ただ金儲けのためだけに突っ走ったので、ヨーロッパでは見向きもされないようなジュエリーとは言えない代物を、無知な日本人女性が喜んで着ける状況ができてしまったのです。1975年に日本で初めてアンティークジュエリーを紹介するようになったGenはその点、非常に真面目で、アンテイークジュエリーの仕事は文化に貢献できる素晴らしい仕事だと捉えています。

アールデコのプラチナを使ったエメラルド・ペンダントの傑作アールデコ・エメラルド・ペンダント
フランス 1920年頃
SOLD

だからベルビー赤坂にいた路面店の時代から、お客様への説明には情熱を燃やしていました。

インターネットが普及し始めてすぐに路面店を辞めて、HPに集中する今のスタイルに変えたのもそのせいです。

アンティークジュエリーの価値、ヨーロッパの貴族文化をしっかり理解して欲しい。
こんなに素晴らしいものがあるということ、昔はこれだけ優れたモノづくりが行われていたことを知って欲しい。

より多くの人たちに知ってもらうために最適な方法がインターネットだったからこそ、HP作りも頑張っていたのです。

私も同じ考え方なので、Gen以上にHPには情報を詰め込んでいます。
本来パソコン世代ではないGenは左右指1本ずつで文字を打っていましたが、私はブラインドタッチで早打ちするからできることです(笑)
ルネサンスとヘリテイジのカタログを比較すると文字数はかなり違いますが、たぶん情熱は同等です。

エドワーディアンの初期プリンセスカット・ダイヤモンド&最高級エメラルドのアールデコ・デザインの美しいリング『The Beginning』
エドワーディアン ダイヤモンド&エメラルド リング
イギリス 1910年頃
SOLD

真に価値あるものを美しいと感じるために、本来知識など必要ありません。むしろ知識が感性で感じることを邪魔することさえあります。

Genも私も、最初は知識など全くない状態で真に優れたアンティークジュエリーを選び出しています。

綺麗、心地よい、素直にそう感じるものを選べば良いのです。

この仕事を始めてからは私も随分知識を増やしましたが、それはご説明にするのに必要だからなだけです。

オレンジピールカット・エメラルドのアールデコ・リング アンティーク『The Beginning』
エドワーディアン ダイヤモンド&エメラルド リング
イギリス 1910年頃
SOLD

最初から選ぶ基準は変わっていません。

自分が感覚的に美しい、凄いと思えるものが基準です。そう思わないものをご紹介するのは、ディーラーとしてと言うよりも、人ととして恥です。

一定以上の美的感覚を持っているとやはり現代ジュエリーが美しいと感じられず、「現代ジュエリーは買ったことがなくて、ジュエリーを買ったのはアンティークが初めて。」という方もお客様の中には結構いらっしゃいます。

アールヌーボーのトライアングルカット・エメラルドと天然真珠とダイヤモンドを使ったフランス製のブローチ&ペンダント『エメラルド・グリーン』
アールヌーヴォー ブローチ&ペンダント
フランス 1905〜1910年頃
SOLD

お金に余裕がある方だと、一定以上の感覚値はお持ちでも"お試し"程度に現代ジュエリーを持っていらっしゃる場合もあるのですが、私のようにただのサラリーマンだと余計に限られた資金の使い道は気にするわけで・・(笑)

こういうタイプはたとえジュエリーに興味があっても、お買い物ができる場所がなくて困るのです。

ヘリテイジはそういう方々にとっての『宝物に巡り会える場所』でありたいと思っています。

ロンドンで現代の照明器具店を視察する28歳の片桐元一ロンドンで現代の照明器具店を視察する28歳のGen(1975年)

感覚値に頼るだけだと、宝石の質は本当に大丈夫なのかと最初は不安になります。

本場ヨーロッパですら『アンティークジュエリー』と言うものが黎明期で、日本人も誰もアンティークジュエリーなんて存在すら知らなかった時代。

上杉藩の城下町、米沢の骨董屋の3代目として生まれ、古い作りの優れたものを見抜く目には自信があったGenですが、宝石のことは全く知識もなくて、アンティークジュエリーの仕事をするにも不安でいっぱいでした。

アンティークジュエリーに関連する全てを正しく事細かに教えてくれる人なんて、誰もいないですからね。大変です。

1970年代のロンドン2回目の買付でロンドンに来た28歳のGen(1975年頃)フォト日記『始まりの地』より

アンティークジュエリーに絞って買い付けしたのは2回目からです。当時はまだ1£が800円もした時代。骨董や米沢箪笥の製造販売という、父親の稼業を手伝うだけだった当時のGenは当然資金も限られており、最初に買付けできたのはたったの3点でした。今気づきましたが、私も最初にサラリーマン時代に貯めた資金で買付けしたのが3点でした。安物3点ならば大した金額にはなりませんが、全て厳選したトップクラスのジュエリーだったのでトータルで3桁万円にはなっています。決断力に、Genも初対面のイギリス人ディーラーも「初めての買付けで?」と驚いていました(笑)Genと数が一致したのは完全に偶然ですが、私にとっては思い出深く、一生忘れない3点です・・。

さて、ドキドキで買って来たアンティークジュエリーを、帰国後に山形の有力な骨董屋に見せたら非常に驚かれると共に、大いに褒められてGenは自信をつけました。その骨董屋さんは、お店に来ていた新聞社の記者に「君!この人はまだ若いのに、初めての本格的な買付けでこれだけのものを仕入れて来たんだよ!!」と言ってくれたそうです。

「黄金馬車を駆る太陽神アポロン」を描いたアンティークのシェルカメオの傑作(アンティークジュエリー)にバックライトをあてた所『黄金馬車を駆る太陽神アポロン』
シェルカメオ ブローチ&ペンダント
シェルカメオ:イタリア 19世紀後期
フレーム: イギリス? 19世紀後期
¥1,330,000-(税込10%)

3つの宝物はすぐに売れたそうです。

自信を持ったGenはすぐに次の買付けに渡航しましたが、宝石はやはりどう判断したら良いのか自信がなかったため、選ぶのは宝石がメインではない、細工の良さで判断できるものが主でした。

ハートカット・ロッククリスタルの透明なロケット・ペンダント アンティーク・ジュエリー『アール・クレール』
ハートカット・ロッククリスタル ロケット・ペンダント
イギリス 1900年頃
SOLD

しかしながらジュエリーに宝石は付き物であり、避けては通れません。

同じく山形にいた宝石鑑別の専門家に相談した所、「宝石の鑑別は、それそのものが単独でやるような専門性の高い仕事。君は細工を見る目を持っているし、良い宝石が付いているものは間違いなく細工も良いのだから、君の目で作りを見て判断すれば間違いないよ。」と助言を受けました。

1970年代と言えば、酷い宝石が特に多く流通し始めた時代ですね。

1970年代のジュエリーを見ても、やはり質の悪い宝石には金位が低い質の悪い材料が使われていたり、デザインも作りも雑という相関があります。

コロンビア産エメラルド 極上 一文字リング アンティークジュエリーコロンビア産エメラルド 5ストーン リング
イギリス又はヨーロッパ 1870年頃
SOLD

この時Genがもらったのは金言でした。

安心して宝石が付いたジュエリーも買付けできるようになったそうです。

王侯貴族だけがジュエリーを身に着け、イミテーションはあっても人工処理されまくったおかしな宝石なんてなかった時代に作られたジュエリーは、確かに作りの良さと宝石の質に強い相関があるのです。

ダブルハート リング(エンゲージメント・リング) アンティーク・ジュエリー『愛の誓い』
ダブルハート リング(エンゲージメント・リング)
イギリス 1870年頃
SOLD

Gen同様、40年を超える経験を誇る宝石鑑別所の所長に見せても、やはり私たちの選ぶアンティークのハイジュエリーの宝石は褒められます。

「アンティークの石はやっぱりしっかりしているね〜。」なんてコメントされることもあるのですが、1970年代から酷くなっていく宝石市場を見て来た人らしい表現の仕方だなと感じました。

アンティークジュエリーの宝石の価値を高さを知って、石だけ取り外して儲けようとする業者もかなりいます。カシミール・サファイアで現代の作りのジュエリーがあれば、ほぼ100%そういうものです。カシミール・サファイアが産出された期間は1881〜1887年とごく短い期間だけだからです。

稀少価値の高い宝石を使ったアンティークジュエリーであれば、作りもしっかりしていたはずです。しかしながら作りの良さが理解できない人だと、2度と作るのことのでいないジュエリーを金儲けのために簡単に破壊し、チャチでデザインも冴えない現代ジュエリーに作り変えてしまいます。現代人に多い、新品信仰も要因の1つと言えるでしょう。

ろくな作りがなされていない、ヴィンテージや中古よりは新品の方が価値がありますが、価値あるアンティークジュエリを失わせるのは文化の破壊行為でしかありません。お金儲け主義の業者は、喜んで大金を出す人がいれば喜んでやります。自己顕示欲を満たしたいだけの、石ころ好きの成金は文化の破壊者と同義です。

エメラルド&ダイヤモンド リング アンティークジュエリー

上質で目立つ宝石が付いたアンティークジュエリーは狙い撃ちされやすいです。

価値のある宝石だけが取り外され、価値のない石が再度セットされて市場に出回る場合もあるので、そこだけは注意して見ますが、作りの良いアンティークジュエリーにセットされている石は間違いなく今ではほぼ入手が不可能な、真に価値ある本物の上質な『宝石』なのです。

1-2-3. 現代の合成エメラルドの状況

【参考】チャザムの合成エメラルド・リング(1950年代)

市場に投入してすぐは『合成エメラルド』とは知らされていなかったため、チャザムの合成エメラルドは天然エメラルドの最高級品として最高級の価格で販売されました。

合成とバレてからは安くなったものの、天然の美しいエメラルドは全く数が足りておらず、合成エメラルド市場も20年以上独占状態にあったため、価格の下落は天然の1/3程度に抑えられていました。

【参考】ギルソンの合成エメラルド・リング(ヴィンテージ)

しかしながら1960年代に入り、各社から合成エメラルドが販売されるようになると、価格は徐々に下がっていきました。

【参考】京セラの合成エメラルド・リング(中古)

1976年に京セラ、1979年に日本電波工業、1982年にはソビエトの科学技術アカデミーで開発に成功しています。

作りすぎると価格が下落することは分かっていたので、ある程度は最大手のチャザム社によって価格水準はコントロールされていたようです。

しかしながら1993年頃から合成エメラルドの価格が半値以下に暴落する事態が発生しました。

何が起きたかというと、ソビエト連邦の崩壊です。1991年にソビエト連邦が崩壊した結果、合成エメラルドの技術が流出し、ロシア各地にエメラルドを合成する小規模工場がボコボコと現れたのです。

生産調整が効かず、作り過ぎて案の定価格が下落したといういつものパターンです(笑)

コロンビア産エメラルドとエナメルのフランスのアンティークジュエリーコロンビア産エメラルド ブローチ
フランス 19世紀中期
SOLD

こうなると、改めて天然エメラルドで儲けようという人が増えてくるわけです。

合成エメラルドは物によっては10倍に拡大してもインクリュージョンが見えないものも存在しますが、天然エメラルドには必ず内包物が避けられません。

【参考】天然エメラルド・リング?(現代)$18,000-(約200万円)

そういうわけで、完璧な合成エメラルドにわざと表面に傷を付けたり、質の悪いインクリュージョンを多く含む合成エメラルドを天然と称して販売する例もあるそうです。

これも価値ある天然宝石にはやらないデザインなので怪しいです。でも、お値段はおよそ200万円!(笑)

現代のエメラルド
含浸処理石 合成石
【参考】エメラルド・リング 合成エメラルド・ リング(京セラ 現代) 
【引用】odolly / エメラルドリング(オーバル/2.29/メレダイヤ4石/ツイスト/K18ホワイトゴールド/5月誕生石) ©京セラジュエリー通販ショップodolly-オードリー

現代のエメラルドは樹脂が隙間にミッチリと詰め込まれていたり、いくらでも作るのことができる希少価値ゼロの合成石が市場に溢れかえっています。高いから本物という思い込みは、それこそ良いカモです。大手のお店だから安心ということもあり得ません。宝石の偽物市場はとっくの昔からイタチごっこの状態で、実情は誰も把握できないというのは業界内では当たり前に知られていることです。実績のある有名店であっても知らずに偽物を掴み、そのまま販売する可能性は十分にあります。現代ジュエリーだけは買わない方が良いです。こんな悪意や金儲け主義に満ちた気持ちの悪いものを着けるくらいなら、何も着けない方がマシです。

透明度の高い天然エメラルドのアンティーク・リング

どうしてもジュエリーを身に着けたいならば絶対にアンティークのハイジュエリーです。

時代が違えば庶民では目にすることすらできなかった宝物が、今では私のような一般サラリーマン(元)でも頑張れば手にできるのですから、こんなありがたいことはありません!(笑)

1-3. 大きさ&透明感&色が揃った奇跡のエメラルド

透明度の高い天然エメラルドのアンティーク・リング

このエメラルドは単独で最高級リングのメインストーンとなるに十分な大きさがあるにも関わらず、肉眼ではほぼ内包物が見えません。色も驚くほど鮮やかで明るいエメラルドグリーンをしています。微妙な色合いに関してはブラウザにもよるのですが、実物は透明なエメラルドグリーンが本当に印象的で、思わず息をのむほど美しいです。

透明度の高い天然エメラルドのアンティーク・リング

通常、ダイヤモンドは10倍ルーペを使って品質を鑑定するのですが、エメラルドは内包物が多すぎるので肉眼で鑑別されます。

エメラルド&ダイヤモンド リング アンティークジュエリー

肉眼で内包物が見えなければパーフェクトな石とされますが、通常はそれですらあり得ません。

透明度の高い天然エメラルドのアンティーク・リング

だからこそ、天然エメラルドなのに完璧と言えるこの石を見た時には本当に感動しました。

1-3-1. 他のエメラルド・リングとの比較

エメラルド&ダイヤモンド リング アンティークジュエリー

1石で、比較的デザインがシンプルなハイクラスのリングのメインストーンになれるエメラルドは滅多に存在しません。

そのようなジュエリーは宝石自体の価値も非常に重要なので、当然どれも非常に優れた石が使われています。

いくつか並べてみましょう。

アールデコのステップカット・ダイヤモンド&エメラルドのリングアンティーク・ジュエリーアールデコ エメラルド リング
フランス 1930年頃
SOLD
アールデコ エメラルド・リング
フランス 1920〜1930年頃
SOLD
コロネットのエメラルドのフランスのアンティーク・リングコロネット エメラルド リング
フランス 19世紀中期
SOLD
大きなコロンビア産エメラルドのアンティーク・リングコロンビア産エメラルド リング
イギリス? 1880〜1900年頃
SOLD

エメラルドを見るポイントは色・内包物・大きさです。

もっと大きな石はありますが、色と内包物という項目も合わせて総合的に見た場合、エメラルドの価値だけで見ればこの石は圧倒的に優れています。

石の後ろ側にあるシャンクがこれだけはっきり透けて見える天然エメラルドなんて、前代未聞です!

1-3-2. 驚異的にクリアで大きさのあるエメラルド

アールヌーボーのトライアングルカット・エメラルドと天然真珠とダイヤモンドを使ったフランス製のブローチ&ペンダント『エメラルド・グリーン』
アールヌーヴォー ブローチ&ペンダント
フランス 1905〜1910年頃
SOLD
ダイヤモンド&エメラルド リングアンティーク・ジュエリー『The Beginning』
エドワーディアン ダイヤモンド&エメラルド リング
イギリス 1910年頃
SOLD

私が実物を見てきた中で、エメラルドではあり得ないレベルの、極めてクリアで美しい色彩を持つエメラルドがこの2点でした。石全体に全くインクリュージョンがないわけではないのですが、クリアな領域が広く、感動的に美しいのです。

アールヌーボー ブローチ&ペンダント アンティークジュエリー  トライアングルカット エメラルド 天然真珠

同じ大きさで比較するとこのようになります。

今回のエメラルドは、この中で最も大きな石であるにも関わらず、その全てのエリアに視認できる内包物がないのです。

これぞ奇跡のエメラルドだと思います。エメラルドが使われた優れたアンティークジュエリーは他にも出てくることはあると思いますが、これほどエメラルドとしての質が揃ったエメラルドのジュエリーはもう二度と見ることはないと感じます。

ダイヤモンド&エメラルド リングアンティーク・ジュエリー
←↑実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります

2. 定番スタイルでも強い魅力を放つリング

シンプルな定番デザインでありながら、これだけ強い魅力を放つことのできるリングは滅多にありません。

リングには価値ある宝石の美しさを最大限に楽しむための定番スタイルのものと、凝ったデザインにしてトータルでリングを楽しむものが存在ます。

コンテスト・ジュエリー 作家物のジュエリー
プリンセスカット・ダイヤモンド&エメラルドのエドワーディアン・リング『The Beginning』
エドワーディアン ダイヤモンド&エメラルド リング
イギリス 1910年頃
SOLD
【中級品】ポール・ブランド作 エメラルドと合成ルビーの後期アールデコ・リング

『The Beginnig』はコンテストに出展するために制作されたとみられる特別なリングなので、エドワーディアンに作られたとは思えないほど時代を先取りした先進的なデザインです。このような特別なデザインのジュエリーの場合、ただ販売するだけのものならば宝石にはさほど気を遣わないものですが、コンテスト・ジュエリーという例外的な存在だからこそ、このリングの主役ではないにも関わらずエメラルドも極めてクリアな極上石です。

時代が20年ほど後ですが、右の作家物のリングを見ればいかに宝石には気を遣っていないかがお分かりいただけると思います。ルビーは合成、エメラルドは曇ったように見える質の良くない石です。デザイン頼りの質の良くないリングで、それでも『作家物』というだけで高く売ろうとするつまらないジュエリーです。

2-1. ハイクラスのカラーストーンの定番デザイン

最高級のコロンビア産エメラルドのアンティーク・リングコロンビア産エメラルド リング
イギリス? 1880〜1900年頃
SOLD

単独で美しさと存在感を持つ価値の高い宝石の場合、多くはダイヤモンドを取り巻きにしたこのスタイルのデザインでリングにされます。

大きさがあるが故にデザインの施しようがないということも一因ですが、宝石そのものを楽しみやすく、シンプルなデザインだからこそ他のジュエリーとも相性が良いという大きなメリットもあります。

天然真珠のクラスターリング アンティーク・ジュエリー 『Flower』
天然真珠 クラスターリング
イギリス 1880年頃
SOLD
万華鏡のようなヴィクトリアンのオパール・リング『万華鏡』
オパール リング
イギリス 1880年頃
SOLD
ウラル産デマントイド・ガーネット の最高級のヴィクトリアン・リング『ウラルの秘宝』
ウラル産デマントイドガーネット リング
イギリス 1880年頃
SOLD
ヴィクトリアンのオーストラリア産オパール・リング アンティーク『神秘なる宇宙』
オパール リング
イギリス 1880〜1900年頃
SOLD
セイロンサファイア 天然サファイア 非加熱 アールデコ リング 婚約指輪 アンティークジュエリー オールドヨーロピアンカットダイヤモンドセイロン・サファイア リング
フランス 1920〜1930年頃
SOLD
ベルエポック フランス ルビーリング アンティークベルエポック ルビーリング
フランス 1910年頃
SOLD

やはり定番スタイルだからこそ、どの宝石にも相性が良いですね。宝石が惹き立ちます♪宝石が目立つ分、質の悪い宝石だと一発でバレてしまうスタイルでもあります。だから明らかに腕の良い職人が作った、作りが良いアンティークのハイジュエリーでこの定番スタイルだった場合、確実に石が上質です。

非加熱サファイアの指輪『煌めきの青』
非加熱の天然サファイア リング
イギリス 1880〜1900年頃
SOLD
【参考】加熱サファイアのリング(現代)

『煌めきの青』は石自体が極端に大きなわけではありませんが、取り巻きのダイヤモンドも作りも確実に良いものでした。大きさはさほどではなくとも、高貴な雰囲気を放つ"極上の青"を持つサファイアです。現代の成金は大きさだけを気にする場合が殆どですが、美的感覚や教養を持つ古の王侯貴族たちは大きさだけでなく色、形、雰囲気なども含めたトータルの魅力で判断していた証です。右の現代の加熱サファイアは黒ずんで何だか嫌な青です。現代ジュエリーは手間、すなわち制作にコストをかけたがらないため、石が良し悪しは関係なく定番デザインにしてしまいます。万人受けしやすい無難なデザインとも言えるため、量産した製品を不特定多数に販売するには最も良い打率が見込めるからです。

腕の良い優れた職人によって、定番スタイルのアンティーク・リングとして丁寧に1点物としてハンドメイドされているのは、このエメラルドが当時も最高クラスの評価を受けていた証です。

エメラルド リング
イギリス? 1880〜1900年頃
SOLD

左のリングもエメラルドが大きい上に、天然エメラルドとしてはかなりクリアなので相当評価が高かったはずです。

しかしながらエメラルドグリーンの湖の深淵を覗き込むような、極めてクリアで鮮やかな色彩を持つ今回のエメラルドはより奇跡的な存在であり、これ以上のものはないと思えるような最高のエメラルド・リングと言えるのです。

2-2. 脇石が強い魅力を放つアンティークジュエリー

現代ジュエリーのせいで『ダイヤモンド』という宝石自体に全く魅力を感じず、興味を持っていなかったのですが、この仕事を始めてアンティークの上質のダイヤモンドを見るようになってからはすっかりダイヤモンドに魅了されています。パワフルで華やかな煌めきはアンティークのダイヤモンドだけが放つものです。

2-2-1. オールドヨーロピアンカットだからこその魅力

現代のダイヤモンドの質の鑑定に用いられる4Cのカットについては以前詳しくご説明しました。この"カット"が、現代のダイヤモンドに魅力が感じられない最大の原因です。ダイヤモンドの原石の質自体はそこまで変わりありませんからね。


トルコフスキー考案のアイデアルカット

ブリリアンカットは、侵入した光がダイヤモンドの底面のファセットから全て戻ってくるように計算されたカットです。表面からの反射はどうでも良くて、とにかく考慮するのは底面だけです。

理論的には非常に面白いのですが、実物が美しいかどうかは全く別の問題です。ブリリアンカット・ダイヤモンドの底面のファッセットは24面で、かなり多いです。侵入した光は24つの面からそれぞれ分散して反射するため、1つ1つの反射は弱い上にゴチャゴチャした印象になります。

しかも「底面から一切光が抜けない」という表現は一見聞こえが良いのですが、クリアなダイヤモンドの魅力の1つである"透明感のある美しさ"を完璧に無くしてしまうということです。

底面から多少光が抜けたとしても、輝きが分散して弱くなるブリリアンカットより、オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドの方が1つ1つの煌めきは確実にパワフルです。オールドヨーロピアンカットは底面からの反射よりも、クラウンからの表面反射を重要視しています。

アンティークのダイヤモンドとブリリアンカット・ダイヤモンドの違い

そのためにダイヤモンドを厚くカットします。

そのため、平たいブリリアンカットのように1つの原石からたくさん切り出すことができず、お金のかかる贅沢なカットと言えます。

しかしながらダイナミックなシンチレーションやファイア、透明感の美しさという、ダイヤモンドの本来のポテンシャルを引き出し、魅力的に見せることができるのはオールドヨーロピアンカットであって、ブリリアンカットではありません。オールドヨーロピアンカットは採算性よりもダイヤモンド本来の美しさを優先した"古の王侯貴族らしい贅沢なカット"、ブリリアンカットは美しさよりも安さを重要視し、ただダイヤモンドでありさえすれば善しとする"浅ましい庶民根性のカット"と言えます。

【参考】現代のダイヤモンドリング

現代ジュエリーは何でもかんでもとにかくこのカットにしてしまいます。統一規格でカットする上に、機械制御でカットするのでできたものは無個性で完全に『工業製品』です。

そんな工業製品を寄せ集めた現代ジュエリーに美しさなんて感じられるはずがありません。こういうものを喜ぶ人たちもいますが、多分思い込みです。業界のプロモーション戦略を鵜呑みにし、素直に信じ込んだ結果の『洗脳』としか思えません。ちなみにこれらは恣意的に安物をお見せしているわけではありません。

エメラルド・リング(ティファニー 現代)¥1,617,000-(2020.5現在)合成や処理については記載なし
【引用】TIFFANY & CO / Tiffany Soleste Ring ©T&CO

これはティファニーの162万円近くするエメラルドリングです。

100万を超えるリングならばせめて小さなダイヤモンドを2重ではなく、大きなダイヤモンドで1重に取り巻けば良いのに、どこまで材料費をケチっているんだと失笑してしまいます。

天然かどうかも記載のないエメラルドに量産のメレダイヤが取り巻かれた、工業製品の寄せ集めがジュエリーとしてこんな価格で販売されるだなんて、終わっています。

2-2-2. 職人によるハンドカットだからこそ感じられる美しさ

この画像だと、右上のダイヤモンドのテーブルに見事な虹色のファイアが出ていますね♪
ブリリアンカットとオールドヨーロピアンカットの違いについてご説明してきましたが、アンティークのダイヤモンドが魅力的なのはただカットに厚みがあるからだけではありません。

【参考】ダッチローズカット・ダイヤモンド リング(現代)

これは現代のローズカット・ダイヤモンドのリングです。

ローズカットやオールドヨーロピアンカットのダイヤモンドさえ付いていればアンティークジュエリーと思い込む人もいるのですが、カットのスタイルだけでは指標にはなりません。

フェイク・アンティークジュエリーやリプロダクションの最先端情報については本場イギリスのディーラーが一番詳しくて、逐次教えてもらっているのですが、古いスタイルでカットするだけならば現代の技術で可能ですし、実際に行われています。

オープンして2年を超え、ヘリテイジもネット上である程度目立ってきたのか、先日インド人からメールが来ました。

「オールドヨーロピアンカットやローズカットなど、様々なアンティークのカットのダイヤモンドを製造しているのですが、興味ありませんか?」、と・・。

「あるわけないでしょ!」と思いつつ、「聞いていたのはこういうメーカーかぁ。」と興味深く感じました。日本語は読めなくて、HPに書かれた文章はよく分からないけれど、画像だけ見てビジネスチャンスかもと連絡してきたのでしょう。アクティブな姿勢は素晴らしいです。でも興味はないです(笑)

【参考】現代のダッチローズカット・ダイヤモンド リング

さて、現代のカットの問題は、結局スタイルは古くても全て同じ形で製造されることです。そこには職人の手作業による『揺らぎ』は一切存在し得ず、極度に対称性が高く、一切のブレがない均一な工業製品があるのみです。それを寄せ集めてジュエリーを作っても、やはり美しくはならないのです。

右のリングはセンター・ストーンがオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドです。古い時代のような、職人の技術に頼るハンドカットとは違うため、かなり対称性が高いです。

これらは現代ジュエリー業界がネタ切れを起こし、奇をてらった商品で儲けようとした結果です。作りやデザインがチャチなこと以前に、工業製品のようなダイヤモンドに魅力が感じられません。

アンティークのハイジュエリーのダイヤモンドは高度な技術を持つ職人が、なるべく対称性が高く綺麗に見えるようにカットします。しかしながらダイヤモンドのカットが近代化される以前、電動のダイヤモンド・ソウすら発明されていない時代に、とてつもなく硬いダイヤモンドを手作業でカットするには限界があります。

アールデコのバウハウスのデザインのようなクリスタル&ダイヤモンド・ブローチ
『摩天楼』
アールデコ ロッククリスタル&ダイヤモンド ブローチ
イギリス 1930年頃
SOLD
電動のダイヤモンドソウが発明されて劈開の方向を無視したカットが可能となり、電動の研磨機によって研磨のスピードも格段にアップした1900年以降はダイヤモンドの形が整い、より均一性が高くなっていきました。
カリナン最も大きな9つのラフカットされたカリナン
カリナン宝石として仕上げられた9つのカリナン

カットが近代化された後の、1908年に当時世界最大のダイヤモンド『カリナン』をカットした記録が残っています。

それによると、4日かけてラフカットされた石は3人で1日14時間、8ヶ月作業してようやく宝石として仕上がったそうです。

世界のトップクラスの職人が最新設備を使ってもこれだけかかっているのです。

電動の機械がない時代、どれだけの手間をかけてこのダイヤモンドをカットしたのか、想像を絶します。だからこそ古い時代のダイヤモンドは莫大な財力を持つ王侯貴族しか持つことができない、高価な宝石として君臨していたのです。近代化以前の、ラフなカットの厚みのあるダイヤモンドは最高級ジュエリーの証であり、近代化以前のジュエリーにしか存在しない特別な魅力を放つのです。

職人が手作業でカットするからこそ発生する自然の揺らぎ。
1つ1つ揺らぎを持つダイヤモンドを、ジュエリー職人が自身の美的感覚を元に適切にセッティングすることで、全体として調和のとれた、人間にとって心地よい美しさを感じる"素晴らしいジュエリー"として仕上がるのです。

モースの加工場モースの会社の加工場

古いスタイルでカットできたとしても、現代ではもう、手作業による"揺らぎの魅力"を持つダイヤモンドを作ることは不可能です。

技術を持つ職人がいないことは当然ですが、それ以上に、そこまでの時間と手間がかけられないからです。

人間の優れた手仕事による、芸術の域に達したジュエリー制作の歴史はとっくの昔に終わっているのです。

2-2-3. 極めてクリーンなダイヤモンド

周囲のゴールドの色などを反映して、もしかするとダイヤモンドに色が付いているように見えるかもしれません。でも、この宝物に使われたダイヤモンドは驚くほど黄ばみがなく、クリーンな石です。こればかりは実物をご覧いただくしかありません。
エメラルド&ダイヤモンド リング アンティークジュエリー

少し暗くして撮影すると、ゴールドの反射が抑えられるのでダイヤモンドの本来のクリーンさが見える画像が撮れました。これだとちょっとエメラルドの色は分かりにくいですね〜。見た印象をそのままお伝えするのは本当に難しいです。でも、暗くしてもエメラルドが透けて、リングの後ろ側まで見えていることもお分かりいただけると思います。

この通り、ダイヤモンドは透明度も素晴らしいです。シャンクにセットされたダイヤモンドもオマケではなく、シャンクの形状にフィットする少し横長のオールドマインカットになっており、しかも極めてクリーンな石が使われています。こういう部分にまでこれだけの石が使われていることこそ、最高級品として作られた証です。

この部分は指に付けた時に正面から見えるだけでなく、脇から見た時には目立つ部分なので、美意識の高い人は絶対に手を抜きません。

むしろこういう部分ほど美意識が高い人は力を入れるものです。

これぞまさに贅を極めた、王侯貴族のための優雅で贅沢なジュエリーと言えるでしょう。

エメラルド・リング(ティファニー 現代)¥1,617,000-(2020.5現在)合成や処理については記載なし
【引用】TIFFANY & CO / Tiffany Soleste Ring ©T&CO

この宝物を見たら、どれだけお金を出しても現代は庶民のためのケチくさいジュエリーしかないことが嫌になります(笑)

3. 最高級の石に相応しい極上の作り

3-1. 宝石が惹き立つ見事なセッティング

【参考】ダイヤモンドリング(現代)

現代ジュエリーが好きな人たちは美意識が低い(無い)ので、爪ばかりが目立つ留め方でも気にしません。

石より爪の方が目立つなど驚くべきことで、私が現代ジュエリーに魅力を感じなかった要因の1つでもあります。

これだとダイヤモンドジュエリーと言うよりも、爪が主役のジュエリーかと思ってしまいます。

3-1-1. エメラルドを惹き立てるための存在感を消した爪

エメラルド・リング(ティファニー 現代)¥1,617,000-(2020.5現在)合成や処理については記載なし 【引用】TIFFANY & CO / Tiffany Soleste Ring ©T&CO

アンティークはハイジュエリーほど、価値ある宝石を最大限に生かすために爪の存在感を極限まで消します。

エメラルド&ダイヤモンド リング アンティークジュエリー

特にアンティークの本物のハイクラスのジュエリーをご覧になったことがない方だと、本当にきちんと留まっているのか不安に感じる程だと思います。

でも、エメラルドは左右3箇所ずつ、上下2箇所ずつ、合計10箇所できちんと固定されています。

1つ1つの爪は存在感がありませんが、周囲10箇所をキッチリと固定している構造です。

アンティークの時代の、トップクラスの宝石を任されるほど高度な技術を持つ職人による爪留なので、厚みがあるエメラルドはしっかりと固定されており、作られてからおよそ140年ほど経った今でもビクともしていません。

この角度から見ると、思いの外しっかり固定されている雰囲気が伝わりますでしょうか。爪は140年ほど経った今でも磨耗しておらず、安心してお使いいただける状態です。

アンティークの時代も、庶民は王侯貴族と異なり、ジュエリーの適切な使い方は学ぶことがありません。だから庶民向けの安物ほど、不適切な使い方によってダメージがあったりします。また、王侯貴族はTPOに合わせてジュエリーも変えるためヘビーローテーションされることがなく、100年以上経った今でも新品に近いコンディションで残っていることも少なくありません。どんなにハイジュエリーでも、歴代の持ち主が誰か一人でも不適切な使い方をしていればこれだけのコンディションは保てていません。

高度な技術による素晴らしい爪留、磨耗のなさは、この宝物の価値の証でもあります。

このエメラルド・リングの価値が本当に理解できる、宝物に相応しい人たちに愛用されてきたということでしょう。

3-1-2. ダイヤモンドの特徴的な留め方

エメラルド リング
イギリス? 1880〜1900年頃
SOLD

今回の宝物は一見すると"普通のオーソドックスなデザインのリング"に見えますが、その只者ではない所がダイヤモンドのセッティングにも現れています。

同時代の定番スタイルのハイクラスのリングを見ると、大抵のダイヤモンドは高さのある爪でセッティングされています。

最高級のウラル産デマントイド・ガーネットのリング『ウラルの秘宝』
ウラル産デマントイドガーネット リング
イギリス 1880年頃
SOLD
最高級のオーストラリア産オパール・リング アンティークジュエリー『万華鏡』
オパール リング
イギリス 1880年頃
SOLD
天然真珠&オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドのクラスターリング アンティーク・ジュエリー 『Flower』
天然真珠 クラスターリング
イギリス 1880年頃
SOLD

これにはきちんと理由があって、この留め方の方がダイヤモンドに光が入りやすく、より多くの煌めきや透明感が出せるからです。

だからこの普通ではない留め方には、確実に何らかの意図があります。持ち主が特別にオーダーしなければ、より高度な技術と手間がかかる、このような留め方はあり得ません。

この時代のダイヤモンドはカットが近代化される以前のものなので、より1つ1つの形は不揃いです。それらの個性に合わせてピッタリとフレームを作り、耐久性と美しさを両立させながらセットするのは至難の技です。

奇跡のエメラルドを使ったトップクラスのリングに相応しい、見事な留め方です。隙がまるで感じられません!

シルバーの下のゴールドには透かし細工を施し、きちんと窓が開けてあります。ここから光を取り込むことによって、ダイヤモンドも煌めきます。色を楽しむエメラルドにとっては、あまり光を取込み過ぎない方が鮮やかな色がより濃く見えるので、ちょうど良いバランスと言えるでしょう。

ここからは私の想像ですが、このリングをオーダーした人は私に似た発想をする人だったのだと感じます。

オレンジピールカット・エメラルドのコンテスト・ジュエリー『Sweet Emerald』
オレンジピールカット・エメラルド リング
フランス 1920年頃
SOLD

リング1つで主役になれるエメラルド・リングを手に入れようと思った場合は、私は『Sweet Emerald』です。

デザインよし、存在感抜群、個性的。

しかも確実に唯一無二で、真似しようとしても同じものを作ることは材料調達・制作技術などの複合要因もあって、同じ作者であっても不可能です。

オレンジピールカット・エメラルドのアールデコ・リング

人によってそれぞれコーディネートの好みも似合うものも違うので、私のコーディネートが正しい、正しくないということは絶対にありません。あくまでも私の場合、このエメラルド・リングを着けるとしたら、このリングをコーディネートの主役にしたいので、他のジュエリーはこの宝物に準じる同系統のもの、もしくはシンプルで何にでも合うデザインのものを選ぶと思います。

このリングだと逆ですね。

個性的で主役となるブローチやペンダント、ブレスレットなど、目立たせたい他のアイテムに違和感なく合わせるための最高ランクのエメラルド・リングになると思います。

ジュエリーを色々持っている人にとっては、そのようなアイテムも絶対に必要です。

この宝物の持ち主が出入りしていたであろう社交界には、同じように教養と美意識が高い人がたくさん集まります。

一族のために、社交界でモテることは至上命題です。

モテるには顔立ちが美しいということ以上に、教養や知性、高い美的センスが必要です。

持ち物が人と同じようでは差別化できません。

このクラスのエメラルドを使っている時点で既に十分差別化できているはずなのですが、よほど美意識が高くセンスがある人物だったのでしょう。

宝石だけでは満足できず、定番スタイルのリングであっても見事にセンス良く個性を出してきたのでしょう。

現代人にとっては「そこまでしなくても。」と感じるかもしれません。

しかしながら、このこだわりぶりが"やり過ぎのオーバースペック"かと言うと、そうでもありません。

非加熱サファイア ビルマ産サファイア&ダイヤモンド リング アンティーク・ジュエリー『Blue Impulse』
ビルマ産サファイア&ダイヤモンド リング
イギリス 1880〜1900年頃
SOLD

同じ香りがする、同時代のリングを以前お取り扱いしたことがあります。

極めて美しいブルーのサファイアでした。

サファイアの留め方はもちろん存在感が極限まで消されています。

脇石のダイヤモンドも極上です。

セイロンサファイア&ダイヤモンド リング アンティーク・ジュエリー

そして、取り巻きのダイヤモンドはやはり爪留ではなく外周を覆う特殊な留め方でセットされています。この時代の王侯貴族には、同じレベルでこだわりを持つ人たちがいて、この特殊なデザインが決して無駄なものではなかった証です。分かる人には分かるのです。

現代では想像もできないような、優れた教養と高い美意識を持つ人々が社交の場に集う時代。この特別な宝物は、そんな時代の中に老いても、傑出したセンスとこだわりを持つ素晴らしい女性のリングだったのです。

3-2. 控えめながら上質なシャンクのデザイン

シャンクはシンプルながらも、エレガントさと高級感を感じるセンスの良いデザインです。作りも丁寧かつ上質で、最高級品らしさを感じるものです。

ベゼルの脇にセットされたオールドマインカット・ダイヤモンドはシルバーセッティングで、シャンクのゴールドの土台より一段高い位置にあります。

その高い位置からスーッと滑らかに降りて、ゴールドのシャンクにつながっていく2本の溝のラインが何ともエレガントなのです。非常にセンスの良さを感じるデザインです。オールドマインカット・ダイヤモンドをセットしたフレームも、直線だけの単純な五角形ではなく曲線が組み合わされており、全体の雰囲気に女性らしい柔らかな雰囲気を添えています。

2本の溝はリングの半分より後ろ側まで続いています。

着けた時、指の脇を深い角度から見ても、このラインがきちんと見えるデザインです。

鮮やかなエメラルドグリーンが印象的な最高級リング

もちろん正面からもチラリとゴールドのラインが見えます。主役のエメラルドとダイヤモンドがもちろん最も目立ちますが、さりげない箇所に至るまでの気遣いが、やはりアンティークのトップクラスのジュエリーらしさを感じます。

ベゼルのゴールドの土台は、一番下に溝を2本彫ってあるのも良いですね。見えない所までしっかりと手間をかけられており、当時の持ち主や作者の高い美意識が伝わってきます。

裏側

裏側まで非常に美しい作りです。

拡大しても、少しも粗が感じられません。

着用イメージ

最高級エメラルド・リングの着用イメージ

ある程度大きさがあり、指に着けると存在感があります。

印象的なエメラルドの鮮やかなグリーンと共に、最上質のダイヤモンドも煌めきが素晴らしいので、オーソドックスなデザインながらも非常に華やかさがあります。

飽きが来ず、様々なコーディネートに合わせやすい定番デザインのジュエリーほど、上質なものは長く使えます。

そのような上質なリングをお探しの方には、ぜひともオススメです♪