No.00322 ペルガモンの鳩 |
これぞ心震える真の芸術!!!!!
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『ペルガモンの鳩』 |
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西洋美術の原点、古代ギリシャのモザイクの傑作として古代ローマより王侯貴族や知識人に語り継がれる『プリニウスの鳩』をモチーフにしたシェルカメオです。 オリジナルのモザイクを制作したペルガモンのソーサスが感動した、2000年ほども前の鳩たちの平和な様子を想像し、19世紀初期の職人が自ら得意とするシェルカメオの技術によって全く新たな作品へと昇華させた、見事なシェルカメオです。オリジナルを超えたと言っても過言ではない、素晴らしい芸術作品です!皆で楽しむ大きなモザイク壁画と異なり、手元で個人的に楽しむための小さなブローチは最高に贅沢な宝物なのです!!!♪ |
この宝物のポイント
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1. 鳩がモチーフの特別な作品
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水盤に集まった4羽の鳩たち。 とっても平和で愛らしい光景です♪ でも、これはただの"可愛らしい鳥さんモチーフ"のカメオではないのです!! |
1-1. 定番で人気の高い鳥のモチーフ
![]() 小鳥たちとバスケットのブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
大空を自由に飛ぶことのできる自由さ。 羽ばたく翼の優雅さ。 柔らかい羽毛の美しさ。 何とも言えない表情の可愛らしさ。 獲物を狙う鋭い眼光や、捕らえるクチバシや足の爪の鋭い力強さ。 鳥さんは魅力満載。 |
1-2. 様々な種類が存在する鳥
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鳥モチーフのジュエリーはたくさん作られていますが、一言で鳥と言ってもその種類は多様です。 |
1-2-1. ダメな鳥モチーフ・ジュエリーの特徴
![]() イギリス 1880年頃 SOLD |
Genは「ダメなものを見ると目が腐る。」と言って、ハイジュエリーのみを揃えたルネサンス以外の店で他のものは見ない方が良いとお客様にはオススメしていました。 それはそれで正しいのですが、ダメなものを知らないと、世の中にあるアンティークジュエリー全てがこれくらい素晴らしい品質であると勘違いする人もいると思います。 ダメなものと比較することで、より納得して良いものが「良い!」と確信できるのです。 |
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Genも市場では、若い頃からたっぷりと"目が腐るもの"は見ていますからね〜(笑) 大半はそういうもので、1%どころか、1000個くらい見て1つ買い付けられるものがあれば良い方というレベルです。 良いものが心を癒やし豊かにしてくれる一方で、悪いものはエネルギーを奪い取るので、たくさん見ると本当に疲れますし、心が荒んだ気分になります。。 市場が良いものばかりならば高級品の専門店なんて不要で、私達が存在する意味はありません。 |
![]() 天然真珠 ゴールド・ペンダント イギリス 1900年頃 SOLD |
だからこそのGenの助言なのですが、ディーラーでなくとも良からぬものの存在も多少は知っておいた方が良いと思うのでご紹介いたします。目が腐って、精神的に疲れすぎない程度に・・(笑) さて、ハイジュエリーとしてデザインされたものでも、敢えて具体的な鳥の種類は設定せず、愛らしい小鳥のイメージでデザインされる場合もあります。 ありのままの自然の営みをデザインした『WILDLIFES』なんかも、自然界で偶然目にした名もなき鳥さんと蛇さんがモチーフだからこそ、マイナーな種なのもかもしれませんし、種類についての厳密な特定は敢えて必要ではないのです。 |
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しかしながら安物の場合、そういうケースとは異なる、何だかよく分からない鳥となっていることが多いです。 これは忘れな草を持ってるとみられ、鳩だと思うのですが、一見して鳩には見えません。造形が下手だからです。 忘れな草らしき植物も鳥にただ貼り付いているようにしか見えず、違和感たっぷりです。 |
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これも何の鳥なのか分かりませんが、それ以上に造形に違和感があります。 首が折れているのではと思えるようなおかしな角度、いかにも飛べなそうな全体のフォルム。 生き物を立体で表現するというのは想像以上に難しいことで、よほどデザインと造形の技術が高くないと、生き生きとした美しい鳥さんにはならないのです。 |
HERITAGE品質 | ダメなもの |
![]() 鳩 ゴールド ブローチ イギリス 1830年〜1840年頃 SOLD |
![]() 【引用】Brirish Museum © British Museum/Adapted |
また、鳥モチーフには他の生き物にはない難しさがあります。馬など、力強さの表現が求められる動物と異なり、鳥さんには心癒される愛らしい表情や、いかにも飛びそうな軽やかさ、或いは眼光の鋭さや力強い羽ばたきを感じられる表現が必要です。 『忘れな草をくわえる鳩』には前者の表現が必要ですが、右のダメなものは顔が怖いですし、重くて飛べなそうなフォルムです。受け継いだ人は、ジュエリーとして身に着けたいと思えなかったのでしょう。換金したければ市場に出したと思いますが、お金に困っておらず、かと言って着けずに箪笥に眠らせておくのも忍びないということで美術館行きとなったと想像します。ジュエリーに関しては、ヨーロッパの大美術館であっても良いものが見られない一因です。 |
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一般的な庶民の女子が"カワイイだけ"を好むのは今も昔も変わらないようで、安物は何だかよく分からない鳥モチーフであることが多いです。鳥の種類や作りなんてどうでも良いという考えなのです。 何だかよく分からない鳥。造形がおかしい。表情が良くない。作りが悪い。これらが安物の鳥ジュエリー(アクセサリー)の特徴と言えます。 |
1-2-2. 意図して選ばれる鳥の種類
![]() エセックスクリスタル ブローチ イギリス 1890年頃 SOLD |
「見た目が可愛ければそれでOK!」という観点でデザインされる安物と異なり、王侯貴族のために作られるハイジュエリーは明確な目的があってデザインされます。 故に、表現される鳥の種類にも明確な意図があります。 『紳士の黒い忠犬』だと、愛犬が獲ってきたマガモをリアルに表現していますね。 シューティングは上流階級の社交の1つであり、いかにも王侯貴族のものらしい贅沢なジュエリーです。 |
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![]() ローズカット・ダイヤモンド ブローチ イギリス 19世紀後期 SOLD |
珍しい南国の鳥であるオームも、入手や飼育には莫大なお金がかかる、いかにも王侯貴族らしい鳥です。 コンサバトリーでの社交のために特別オーダーしたのかしらと想像できる、とっても優雅なジュエリーです。 |
![]() アールヌーヴォー プリカジュール・エナメル ブローチ オーストリア 1890〜1900年頃 SOLD |
孔雀も、いかにもエキゾチックで華やかさのある鳥ですね。 |
![]() エセックス・クリスタル イヤリング イギリス 1860年頃 SOLD |
しかしながら、同じ王侯貴族のために作られたハイジュエリーでも、華やかさや人工的なものとは真逆のデザインが存在するのもアンティークジュエリーの面白さです。 コマドリとはっきり分かるからこそ、ただ可愛らしいだけでなく、小さな体で自然の中で懸命に生きる健気さ、力強さをも感じられます。 こういう感動できる要素こそが、すなわち芸術性とも言えるのです。 |
![]() シェルカメオ ブローチ&ペンダント イギリス 1860年頃 ¥885,000-(税込10%) |
可愛らしい鳥だけでなく、眼光鋭く力強い鷲をモチーフにしたものも存在します。 |
![]() S.モーダン社 フクロウ ホイッスル イギリス(ロンドン) 1903年 SOLD |
愛嬌のある顔が魅力のフクロウは、森の賢者として知的な雰囲気も放つ人気モチーフの1つです。 |
![]() インタリオ:ササン朝ペルシャ 7世紀頃 シャンク:フランス 1830年頃 ¥1,880,000-(税込10%) |
ササン朝ペルシャの国教、ゾロアスター教における太陽の使い『鶏』をモチーフにしたインタリオもあります。 私達のように7世紀頃のこのインタリオに共感した、200年近くも前の誰かが、このインタリオに相応しい素晴らしいシャンクをオーダーしたわけです。 600年代、1800年代初期、そして2000年代初期の今。楽しいですね〜♪ |
ジャポニズムの贅沢な小物&ジュエリー |
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![]() 舞踏会の手帳(兼名刺入れ)&コインパース セット イギリス 1870年頃 SOLD |
![]() 赤銅高肉彫り象嵌ブローチ 日本 19世紀後期(フレームはイギリス?) SOLD |
ジャポニズムの作品だと、鳥も日本を感じる種類が選ばれているものです。白鷺であったり、うずら(山鳥?)であったり・・。 ただ鳥っぽいものをデザインするということは、美意識と教養ある王侯貴族のために作られたハイジュエリーにはあり得ないことなのです。 |
![]() ダブルピン・ブローチ イギリス 1888〜1900年頃 SOLD |
![]() イギリス 1888〜1900年頃 SOLD |
オスカー・ワイルドの『幸福な王子』が出版された1888年頃には、ツバメをモチーフにしたジュエリーも流行しています。 |
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このように選択肢は多岐に渡る鳥ですが、特に鳩は古い時代から定番で愛されてきた、普遍の人気を誇る鳥です。 |
1-3. 特別な鳩
1-3-1. キリスト教の影響で定番人気だった鳩
![]() サンテスプリ ペンダント フランス 1840年頃 ¥693,000-(税込10%) |
鳩モチーフのジュエリーは各年代で様々なものが作られています。 他にも美しい鳥は存在するにも関わらず、鳩が特別な人気を誇っているのかと言えば、カトリックで重要な地位を持つからです。 鳩はカトリックに於ける、愛と平和を象徴する精霊のシンボルです。 |
![]() ローマンモザイク デミパリュール イタリア 1860年頃 ¥2,030,000-(税込10%) |
![]() ローマンモザイク ブローチ イタリア 1850年頃 SOLD |
旧約聖書の『ノアの方舟』にまつわる、オリーブの若枝をくわえた鳩のモチーフも高い人気があります。 |
![]() ヨーロッパ 1880年頃 SOLD |
ローマ帝国に興り、古代の多神教の神々を駆逐し、キリスト教は長きに渡ってヨーロッパを支配してきました。
鳩に付いた愛と平和のイメージ。 それほどキリスト教の色が強くないジュエリーでも、愛を象徴する定番モチーフとして、伝統的にヨーロッパで愛されてきたのです。 |
1-3-2. 自然界の鳩
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鳩は至ると所におり、人間にとっては最も身近な鳥の1種と言えるでしょう。 |
![]() カーブドアイボリー ペンダント フランス 1860年頃 SOLD |
しかしながら宗教的な意味を持たない、ありのままの自然の鳩をモチーフにしたアンティークジュエリーはかなり珍しいです。 このカーブドアイボリーのペンダントはその1つです。 足元には鶏やアヒルなどの家禽がおり、餌を与えている女性の元に野生の鳩たちが集まってきた様子が彫刻されています。 極めて珍しい構図で、オーダーした人物にとってよほど意味があって作られたはずです。 フランス王妃マリー・アントワネットも、プチ・トリアノンの一角に造った『王妃の村里』で本格的に家畜などを飼い、今で言う子供たちへの『食育』なども熱心に行っていました。 そういう、心優しく知性のある高貴な女性の姿を表現したものかもしれませんね。 |
![]() マイクロパール ブローチ イギリス 1800年頃 SOLD |
これは噴水に集まった、白鳩らしき二羽の鳥がモチーフです。 |
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水辺に鳥はつきものですよね。 これはGenのロンドンでのお散歩コース、ケンジントンパークの様子です。白鳥、カモメ、カモ、鳩、その他の様々な野鳥が集まっています。なぜこんなにゾロゾロといるのかと言えば、Genが食パン一斤を買ってきてあげたからです(笑) |
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この宝物も、そのような天然の鳩が水盤に集まってきた様子を表現したものですが、何とその起源は古代ギリシャまで遡る特別な鳩たちなのです!! |
2. 遥か古代ギリシャから伝わるモチーフ
2-1. 原型となるのは古代ギリシャのモザイク
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四羽の鳩が水盤の縁に留まり、日光浴をしながら一羽だけ水を飲む光景。 この構図は紀元前2世紀に作られた、古代ギリシャのモザイクが原型となっています。キリスト教が起こるよりも前、何と2000年以上も前の時代を生きた鳩たちなのです!!! |
2-2. 王侯貴族の必須の教養『博物誌』からのモチーフ
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この構図は『プリニウスの鳩』と呼ばれています。 もうピンと来た方もいらっしゃるでしょう。 そう、『博物誌』で有名なプリニウスです。 |
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最近の研究に拠ると、現代よりも昔の人たちの方が頭が良かったそうです。 人間のIQが最も高かったのは2000〜6000年前で、古代ギリシャあたりからそこら辺の一般人を現代に連れてきたら、ちょっとした話題になるくらいの頭の良さなのだそうです。 一般人でそうならば、当時の天才と言ったらもう私には想像もつかないくらい頭が良さそうです。 実際、世界中の優秀な学者が集まるアレクサンドリアの学術の殿堂、ムセイオンで館長も務めた天才エラストテネスは弱冠20歳で世界初の天球儀を作成し、紀元前240年頃には地球の周長も幾何学を使って算出しています。 過去の偉人たちによる知識の積み重ね無しに、いきなり同じことをやるように言われても私達には絶対に無理です! |
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そのような古代世界の様々な叡智を詰め込んだのが、古代ローマの博物学者プリニウスによる『博物誌』です。地理学、天文学、動植物、鉱物など当時のあらゆる知識を網羅した全37巻の著書で、長い間、ヨーロッパの上流階級や知識階級の必読書にして最重要の教養の1つとみなされてきました。 この『博物誌』に、古代ギリシャの鳩のモザイクの記載があるのです。 |
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アレクサンダー大王による征服後、ペルガモン(現:トルコ内)やアレクサンドリア(現:エジプト内)などの古代ギリシャの主要都市ではモザイクなどの装飾によって、権力者が富と権力を示すようになりました。 |
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当時は有名なモザイク作家が複数いたはずですが、唯一文献に残っているのがペルガモンのソーサスです。『未清掃の床』のオリジナルもペルガモンのソーサスの作品で、トロンプルイユになっています。 床に散らばった食い散らかし・・(笑) 日本人の感覚からすると『富と権力』どころか、『清掃する使用人を雇えない貧乏人(ケチ)の家』且つ『だらしない人の家』のように感じます。しかしながら所変われば常識も変わるもので、中国人は壮大に食い散らかすのがマナーと聞きますし、古代ギリシャや古代ローマでも"壮大な食い散らかし"が贅沢の象徴だったのでしょうね。 プリニウスによって言及されていたのが、ペルガモンのソーサスによる『水盤に留まる鳩たちのモザイク』でした。一羽は水を飲み、その他の鳩たちはそれぞれが日光浴をしていると伝えられています。オリジナルは見つかっていません。 |
2-3. 大人気モチーフとなった『プリニウスの鳩』
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ペルガモンのソーサスが制作したという鳩のモザイクが実際にどういうものなのかは分かっていませんでした。 しかしながら、ある時『プリニウスの鳩』が大注目される発見がありました。 |
2-3-1. ハドリアヌス帝の別荘で発見された鳥のモザイク
2-3-1-1. ハドリアヌス帝の別荘ヴィッラ・アドリアーナ
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五賢帝の一人、ローマ皇帝ハドリアヌス(76年-138年)は上流階級の保養地として知られる風光明媚な街ティボリに広大な別荘を造りました。 |
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ローマ帝国はこのハドリアヌス帝の時代に最大領土を築いています。ハドリアヌス帝は、帝国内のほぼ全ての州を視察しました。その巡察旅行で魅了された、各地の建物や風景を思い起こさせるようなデザインで別荘を建築させました。 |
![]() "Maquette 2 VA" ©Guilhem06 at French Wikipedia(16 June 2006)/Adapted/CC BY 1.0 |
敷地面積は1.2平方kmに及び、建物の数は30を超えます。別荘と言うには壮大過ぎますね。実際、お気に入り過ぎて128年頃からは別荘ではなく、公邸として使用し始めたそうです。様々な政府機関のあるローマまでは29kmの距離だったので、郵便事業などを駆使して統治はできたようです。 |
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美しいものをこよなく愛するハドリアヌス帝が特に魅了されていたのがギリシャ芸術でした。アテネをローマ帝国の文化的首都にしようと、寺院などの宗教施設や図書館、競技場、水道橋、橋などを建設した他、ゼウス神殿完成のために予算をつけたり手厚く保護したほどです。 |
![]() (ヴィッラ・アドリアーナ)"Canopus vanaf serapium" ©FoekeNoppert(2005)/Adapted/CC BY 3.0 |
ヴィッラ・アドリアーナからは当時の様々な美術品も見つかっています。 |
![]() オリジナルはブリアキス作(紀元前4世紀後期)バチカン美術館所蔵(Inv.No.251) |
その中でも特に有名な作品の1つが大理石像『アンティノウスのディオニュソス』です。 モチーフはハドリアヌス帝の愛人として寵愛を受け、20歳を前に亡くなった美しい青年アンティノウスです。 ナイル川で溺死したことは分かっているものの、その死の詳細については謎につつまれています。 愛人が男性ということで、ともすればイロモノ的に見られることもあるハドリアヌス帝ですが、アンティノウスが性別を超越した本当に美しい存在だったのだろうと想像します。 |
![]() "Andresen-555x350" ©Visconti(22 Januart 1971)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
私も男性を見て、「どんな女性よりも圧倒的に美しい!」と驚いたことがあります。 1971年に公開された映画『ヴェニスに死す』で、タージオ役を演じるビョルン・アンドレセンを観た時です。 当時は日本でも大ブームとなりました。 造形も勿論なのですが、女性ではないからこその手が届かぬ美、或いは手を出してはならぬ禁忌的な美。少年だけが放つことのできる一瞬の儚い美。畏れの感情すらも湧いてくるような、圧倒的な美しさに驚いたものです。 |
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魅了された者に死をもたらすような圧倒的な美。 深淵の闇を感じさせるような独特の雰囲気は、彼自身の生い立ちと環境が大きな要因のようですが、この"完璧な美"とも言える造形は、少年から大人になる直前の一瞬だけに見ることができる儚きものとも言えます。儚いものが特に大好きな日本人の間で大ブームとなったのも納得です。 |
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完璧な美少年ビョルン・アンドレセンは撮影時、15〜16歳でした。 |
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アンティノウスについてあまり詳細は知られていませんが、イタリアで高等教育を受ける前の12歳頃にハドリアヌス帝に紹介されたとみられています。 その後、17歳頃までにハドリアヌス帝のお気に入りとなり、皇帝の個人的な従者として帝国内の視察旅行についていくようになりました。まさに少年から大人になる前の、美少年が最も神懸かり的な美しさを放つ頃ですね。 筋肉大好きな私は、大学時代はよく周りの男子学生の体型を観察していたものでした(笑) |
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死は酷く悲しいものですが、その一瞬の完璧な美が失われてしまう前、突如として亡くなってしまったからこそ永遠の美しい存在として、皇帝の記憶に強く残ったのも事実でしょう。ハドリアヌス帝には子供はいませんでしたが皇后がおり、やたらめったら美少年に手を出したというような話も聞きません。純粋に美しいものを理解し、こよなく愛する人だったのだと想像します。 |
![]() (古代ローマ 2世紀)カピトリーノ美術館 |
ヴィッラ・アドリアーナにはギリシャ劇場だけでなく、演劇で用いる仮面を描いたローマンモザイクも見つかっています。別荘の装飾として楽しまれていたモザイク画は、単純に芸術品として今の私達を楽しませてくれるだけでなく、当時の様々な情報を教えてくれる貴重な資料にもなっています。 |
2-3-1-2. 鳩のモザイク画の発見
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ヴィッラ・アドリアーナはハドリアヌス帝の死後も、3世紀までは改造が続けられたことが分かっていますが、その後は廃墟となっていました。 しかしながら15世紀頃から美術品を求めて公式に発掘されるようになっていきました。ローマ帝国が最も栄えいた時代の美術品がゴロゴロありますからね〜。 発掘を始めたピッロ・リゴーリオはルネサンス期のイタリアの建築家で、貴族の邸宅や別荘を次々と設計し、イタリア式庭園のスタイルを確立した人物です。 ローマ教皇ピウス4世からの仕事も請け負っており、古代建築の研究家としても知られています。 |
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ヴィッラ・アドリアーナは1.2平方kmにも及ぶ広大な別荘なので、当然一世代で発掘しきることはありません。 時代が下ると区画ごとに発掘権が所有されるようになっていきました。 ローマ・カトリックの枢機卿ジュゼッペ・アレッサンドロ・フリエッティは古代遺物の熱心な収集家で、18世紀初期に発掘権の一部を取得すると、野心的に発掘を進めました。 |
![]() (古代ローマ、ペルガモンのソーサスによる紀元前2世紀の作品の複製)カピトリーノ美術館 |
そして発見された遺物の1つが、四羽の鳩がモチーフとなったモザイクでした。1737年のことでした。 |
2-3-2. 啓蒙時代と重なったことで大注目された鳩のモザイク画
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中世の暗黒時代以降、ヨーロッパは長きに渡ってキリスト教カトリックに支配されてきました。 地域によっては君主が司教だったりすることもあり、信仰のみならず世俗的な支配もキリスト教が行う状況にあったのです。 ヨーロッパでは神の教えこそが絶対でした。 時代と共に"神の教え"は本来の意図を離れ、権力者の都合によって様々に加筆修正が行われるわけですが、国民には疑うことは許されません。 |
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しかしながら活版印刷技術の発明によって、より多くの人が気軽に書物から知識を得られるようになりました。 |
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それまでは専門家による手書きの写本だったので一冊作るにも大変な労力と時間がかかり、書物は超高価なものとなっていました。知識の詰まった、価格的にも見ても 『宝物』だったわけですね。 |
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聖書やプリニウスの『博物誌』なども、それまでとは桁違いの人たちに読まれるものとなりました。神の教えは聖書に書いてあるものでしたが、ラテン語で書かれたその内容を一般庶民が知るには、聖職者から教えられる情報に頼ることしかできませでした。それが自分たちの読める文字に翻訳された形で出回ったことは大変画期的なことで、これを契機に人々は様々なことを自分の頭で考え、判断できるようになっていったのです。啓蒙時代の到来です! |
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ルネサンス期は、ローマ帝国内へのキリスト教の普及に伴いペルシャ・イスラム世界に移動していた古代の叡智の逆輸入も起こりました。 |
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これにより人々はキリスト教に支配される以前のヨーロッパの生き生きとした生活や、高い文化レベル、高度なテクノロジーなどの存在を知ることとなりました。 |
古代ローマの建築家にインスパイアされたルネサンス作品 | |
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"建築"や"薬学"などの個別の専門知識もたくさんあります。 |
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でも、まず上流階級や知識階級にとって基礎の基礎、必須の教養とされたのが地理学、天文学、動植物学、鉱物など当時のあらゆる古代の知識を網羅的にまとめたプリニウスの『博物誌(ラテン語:Naturalis Historia)』でした。 皆が読み知ったる、あの偉大なるプリニウス大先生の『博物誌』で言及されている、ペルガモンのソーサスによるモザイク画。 |
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「水盤に留まる鳩たち。一羽は水を飲み、その他の鳩たちはそれぞれが日光浴をしている。」 古代遺跡でこのモザイク画を発掘した当時の人々の大興奮と言ったら、もう納得ですよね! えっ?えっ??うわぁー、キタこれ、プリニウス大先生のアレだーっ!!! |
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想像するに、日本人にとって天叢雲剣が発見されたくらいのインパクトがあったと思います。日本神話に由来する宝剣です。ヤマタノオロチの尾からスサノオが取り出したとされ、八咫鏡(やたのかがみ)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と共に日本のレガリア(皇権・王権の象徴)である三種の神器の1つとされています。 1185年4月25日の壇ノ浦の戦いで、第81代の安徳天皇の入水により関門海峡に沈み、失われたとされています。ゲームや漫画にも出てくるくらい、今の日本人にとっても大人気のロマン溢れる伝説の剣です。それらしきものが発見されたら、皆が大興奮なはずなのです!! |
2-3-3. インスピレーションの元となった『プリニウスの鳩』
2-3-3-1. 古代の美術品を元にした新たな創作活動
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18世紀は古代遺跡の発掘が盛んに行われるようになりました。 |
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様々な美術品も発見されました。 同じ土地で生きていた人々によって制作されたものとは言え、1700年ほども昔の美術品は全く目新しい、未知の芸術と呼べるものでした。 |
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イギリス貴族のグランドツアーの重要な行き先としてイタリアが選ばれ、貴族の子弟たちはその莫大な財力で発掘された古代の美術品を買い漁りました。 |
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それ以外にも様々な形でイギリスには高度な技術により制作された素晴らしい古代美術がもたらされ、古代の研究が進み、それを元に様々な新しい美術作品が制作されるようになりました。 ウェッジウッドの創業者ジョサイア・ウェッジウッドも、古代美術に魅了された芸術家の1人です。好きすぎて、新たに工場を建設する地をエトルリアと名付け、『エトルリア工場』としたほどです。 エトルリア工場で制作した最初の作品、右側の『初日の壺』にも"Artes Etruriae Renascuntur"というモットーが記載されています。ラテン語で「エトルリア芸術は新たに生まれ変わった」を意味し、このモットーの元、エトルリア工場では様々な作品が制作されました。デザインもまさに・・、エトルリアというより古代ギリシャそっくりですね。 |
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当時は今ほど研究が進んでおらず、エトルリアとギリシャが結構ごっちゃになっていたようで、多くの古代ギリシャの作品が古代エトルリアの作品として書籍で紹介されていたりしました。 研究と議論の積み重ねによって今があるわけです。 こちらはエトルリアっぽいですね。 古代世界は盛んな交流によって、文化的にも互いに大きな影響を及ぼし合っていました。 古代エジプトを思わせるようなスカラベやスフィンクスが古代ギリシャやエトルリアから出てくることも多々あり、古代美術はかなり奥が深い世界なのです。 |
2-3-3-2. 創作の方向性
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古代美術をそのまま複製しても面白みはありません。新しいものを創造してこそ進化です。 研究熱心だったジョサイア・ウェッジウッドは古代ローマで作られたグラス・カメオの傑作『ポートランドの壺』を、新たに開発したジャスパーウェアで再現しました。試行錯誤を重ね、4年もの歳月がかかったそうです。芸術品としては古代ローマのオリジナルには到底及びませんが、量産できるというメリットはありました。 |
![]() (ウェッジウッド 左ブルー:1791年頃、右ブラック:1790年頃)バーミンガム美術館 |
レプリカの調度品として、当時の上流階級に大人気だったようです。でも、ちょっとこういうのは魅力が感じられないですね。 |
![]() "Portland Vase BM Gem4036 n4" © Marie-Lan Nguyen / Wikimedia Commons(2007)/Adapted/CC BY 2.5 |
オリジナルを超える作品、あるいは全く別物の傑出した作品ならば魅力がありますが、そうでなければオリジナルの引き立て役に過ぎません。 |
『ポートランドの壺』の所有者 | |
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量産の複製品の持ち主なんて、オリジナルの持ち主の引き立て役に過ぎませんね。 |
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才能あるアーティストなんて滅多に存在するものではありません。でも、中には卓越した才能により、新たなクリエーションに成功した芸術家も存在しました。 左は1777年にアッピア街道で発見された、古代ローマの『ヘリオス神』像です。オリジナルは紀元前4世紀後期に作られたものです。これを元に作られた、当時の有名カメオ作家ジロメッティによる『ヘリオス神』は見事なものですね。インスピレーションは受けているものの、単なる模倣とは全く異なり、オリジナルとは別物の見事な芸術作品へと昇華しています。 |
2-3-3-3. 『プリニウスの鳩』を元にした新たなクリエーション
![]() (古代ローマ、ペルガモンのソーサスによる紀元前2世紀の作品の複製)カピトリーノ美術館 |
文献のみで知られていた、プリニウスが褒めるペルガモンのソーサスの素晴らしい鳩のモザイク。その伝説の宝物が見つかったとなれば、それを元にした新たな美術品が制作されるのは、王侯貴族が世界を主導し文化の担い手だったアンティークの時代であれば当然のことです。 ちなみに発見者のジュゼッペ・アレッサンドロ・フリエッティ枢機卿は、古代ギリシャのオリジナルと思っていましたが、現代では古代ローマで作られた複製とみられています。 |
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古代ギリシャのオリジナルを、古代ローマで複製したものはかなり多いです。 このアポロン像も、紀元前330-紀元前320年頃に古代ギリシャで作られたブロンズ像を、紀元前140-紀元前130年頃の古代ローマ人が大理石で複製したものです。 こんなに前の時代から、古代ギリシャの芸術はヨーロッパ人の憧れの対象だったというわけですね。 古代ローマ人が、200年近くも前に作られた古の芸術作品にインスピレーションを受け、新たな芸術作品として創り出したものがこのアポロン像です。 2000年以上も前の時代からやっていたことなんですね〜。 先人たちが創り出した、優れた芸術品に心ときめかせる私達と同じです。美しいものをこよなく愛する人の心は普遍なのです♪♪ |
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そういうわけで知的なもの、美しいものをこよなく愛するヨーロッパの王侯貴族たちの間で大きな話題となった『プリニウスの鳩』も、様々な新しいジュエリーへと昇華しています。 ローマンモザイクの技術を使って、85×95cmのモザイク壁画をそのまま小さなモザイクにし、ジュエリーとして身に着ける人もいました。 |
![]() カーブドアイボリー ブローチ ドイツ 1860年頃 SOLD |
ただの精密な模倣では飽き足らぬ人のために、全く別の表現手法を使って再現した作品も作られました。 |
【参考】『プリニウスの鳩』を元にしたピエトラデュラ (安物) | |
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『博物誌』で言及される知的モチーフというだけでなく、鳩ならではの愛らしさもあり、超人気モチーフとしてかなりの数が作られていたようです。故に『プリニウスの鳩』がモチーフのアンティークジュエリー自体は市場に今でも一定数が出回っていますが、その殆どはとても"芸術作品"とは呼べないレベルのチャチなものです。 Genもカワイイ系は安物が多いとよく言いますが、まさにそれを体現したかのような安物も多く見られます。カワイイもの好き、権威やおブランド好きは「カワイイ鳩さん」、或いは「プリニウスの鳩だわ♪」と喜んで買いそうですが、美術品として優れているものでないと私達はお取り扱いしないので、どうしてもご紹介できる数は限定されます。 |
『プリニウスの鳩』を元にしたカーブドアイボリー・ブローチ |
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![]() ドイツ 1860年頃 SOLD |
![]() ドイツ 1860年頃 SOLD |
![]() ドイツ 1860年頃 SOLD |
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『プリニウスの鳩』がモチーフがモチーフでお取り扱いできたのは、45年間でもごく僅かです。 1860年頃に作られたカーブドアイボリーでたまたま良いものが出ていますが、水を飲む鳩の位置や水盤の形状が共通して、発見されたモザイクとは異なっています。 カーブドアイボリーの優れた職人の集まる街、黒い森に誰かが『プリニウスの鳩』の模写をもたらし、それを元に当時の職人たちが競い合い一番優れた作品を残そうと頑張った結果なのかもしれませんね。 |
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そのようなモチーフであるため、超有名モチーフながら、意外にも『プリニウスの鳩』のシェルカメオをご紹介するのは初めてとなります。 |
3. 『プリニウスの鳩』のシェルカメオの傑作
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水盤に集まり、水を飲んだり日向ぼっこをしたりする鳩。 平和で愛らしいデザインは、知的なものに興味がない人にも魅力が感じられるものです。故にこういう構図でありさえすれば普通のディーラーは"売れ筋"、或いは"売りやすい商品"としてご紹介するものですが、HERITAGEでは人気モチーフであっても宝物として魅力がなければお取り扱いしません。私自身の知的好奇心や美意識を満たせないものは面白くなく、大事な時間と労力を使ってカタログを作る価値がないからです。 そんな私がとても驚き、喜びました。これは本当に素晴らしいジョージアンならではの傑作シェルカメオです!♪ |
3-1. 19世紀中期以降のシェルカメオとの違い
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もうかなり昔の話ですが、百貨店のフェアなどでシェルカメオが持て囃された時代がありました。 憧れのヨーロッパの芸術作品、舶来品のジュエリーとしてプロモーションされ、人気が出たようです。 実際は似たりよったりのデザインと稚拙な彫りの安物でしたが、百貨店の取り扱いということと、高額な値札が付いていれば良いものと思い込む人は本当に多いのです。 |
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【参考】ヴィクトリアン後期の低品質なシェルカメオ | |
これは決して高度経済成長期以降の日本人女性がダメだということではありません。イギリスでも産業革命によって台頭してきた中産階級が、ヴィクトリアン中期頃から旺盛な購買意欲でたくさんジュエリーを買うようになりました。その頃から、それまでには見られなかったような安物ジュエリーが大量に作られるようになりました。 ストーンカメオより安く簡単に作ることの出来るシェルカメオは、庶民のための安物が多く作られたアイテムの1つです。やっぱりモチーフが似たりよったり(笑)彫りも稚拙且つ雑ですが、シェルカメオでありさえすれば良いという人たちがたくさんいた証とも言えます。 いつの時代も、どの人種でも、大半の人は鋭い美的感覚を持っていません。そういう人たちはそれなりの見た目で、安ければ何でも良いのです。そういうものは、もっと長い年月が経てばいずれ淘汰されて無くなります。そうではない、ハイクラスのシェルカメオで19世紀初期と中期以降の違いを見ていきましょう。 |
3-1-1. 大きなジュエリーが好まれたヴィクトリアン
![]() バンデッドアゲート ブローチ イギリス 1860年頃 SOLD |
ヴィクトリアン、特にミッド・ヴィクトリアンは世界に先駆けた産業革命に加えて植民地政策の成功もあり、『パクス・ブリタニカ』と呼ばれるほどの大英帝国の最盛期を迎えました。 |
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アンティークの時代のファッションリーダーは君主です。 1861年に最愛の夫、アルバート王配を亡くして引き篭もるミッド・ヴィクトリアンまでは、ヴィクトリア女王が女性たちのファッションリーダーでした。 女王はジョージ4世のように暴飲暴食していなくても太りやすい体質だったそうです。 |
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うら若き20歳そこそこの年齢の際、当時首相を務めていたメルバーン子爵に相談したほど肥満体質を気にしていました。メルバーン子爵は、「ハノーファー家はもともと太りやすい体質なのです」と若き女王を慰めたそうです。 |
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現代人の感覚からすればさほど太いとも感じませんし、イケメンで教養もあるアルバート王配と相思相愛なのですから気にすること無いと思えますが、こういうのは本人がどう感じるかが重要なのです。ガリガリに細くても、自身が太いと感じるならば命を落とすほどダイエットに励む人もいますし、ふくよかでもその自分を愛せるならば幸せなのです。 |
同時代の美貌で評判の高かった王族女性たち | ||
フランス皇后ウジェニー | オーストリア皇后エリーザベト | イギリス皇太子妃アレクサンドラ |
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ただ、当時も現代と同じく細いことが"美の基準"として追い求められる状況にはありました。 その美貌は当時のヨーロッパ宮廷一と言われたオーストリア皇后エリーザベトは、身長は172cm、ウエストは51cmで体重は生涯43〜47kgを保つ脅威の体型だったそうです。美貌と痩身であることに執念を燃やし、過酷なダイエットや美容法で維持したそうです。 でも、ダイエットだけでは限界がありますよね。 |
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そこで注目されのが、ファッションを使った"目の錯覚"による補完です。 ミッド・ヴィクトリアンはクリノリンを使ってスカートのボリュームを出すファッションが大流行しました。 |
時代ごとの流行したシルエット | |
ミッドヴィクトリアン | レイトヴィクトリアン |
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レイト・ヴィクトリアンに流行した右のようなシルエットだと、元々の体型が細くないと着こなすのは無理です。一方でミッド・ヴィクトリアンに流行したクリノリン使用のドレスだと、スカートのボリュームよりウエストの方が遥かに細いシルエットであるために、元々のウエストが多少太めでも確実に細く見えます。 |
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この画期的なシルエットは男性にウケが良かったのかは謎ですが、女性には人気を博し大流行しました。さらなる痩身効果を求めてクリノリンは巨大化が進み、こんなパロディーまで出版されています。 また、様々な事故も報告されています。流行が上流階級の間でだけならば、何か不便なことがあっても使用人に補完してもらえば問題ありません、しかしながらミッド・ヴィクトリアンは庶民も豊かになり、ファッションにも旺盛な購買意欲が出てきた時代だったため、クリノリンは庶民にまで大流行しました。 工場で働く女性が、クリノリンのスカートで製品を壊すなどの問題も多々発生していたようです。引っかかって転倒したり、暖炉などの火がスカートに引火して火傷する事故も多発し、年間2万人が事故に遭い、内3,000人がクリノリンによる事故で死亡したとも言われています。 細く見せたい、美しく見せたいがあまりにヘンテコなものが流行し、一部の人の間で激化するのは現代でもあることです。健康を害したり、時には命を落とすこともあります。いつの時代も変わらないものですね。 |
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さて、クリノリンでボリュームを持たせたシルエットに合わせるジュエリーは、どんなデザインが適切でしょうか。 存在感タップリのドレスに合わせて、大きくて迫力がないとバランスが取れませんよね。 |
【参考】ミッドヴィクトリアンの上流階級のハイジュエリー | ||
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故に、ミッド・ヴィクトリアンはガチャガチャした悪目立ちするジュエリーが大流行しました。当時のファッションには合ったかもしれませんが、現代のファッションには到底合うものではありません。王侯貴族のために作られたものならば素材も作りも申し分ないのですが、デザインが悪すぎて、私達がお取り扱いする宝物にこの時代のものは殆どないのです。 |
【参考】ミッドヴィクトリアンの成金(庶民)のジュエリー | ||
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ファッションの流行スタイルが共通しているため、庶民向けの安物ジュエリーもデザイン的には同じものです。素材も作りも悪いので、まさにGenの言う"見たら目が腐る"ようなものが多いですが・・。 それでも庶民にとってはこれらも高級品で、ごく一部のお金持ちしか買えないものでした。産業革命は世界に先駆けて、イギリスで18世紀半ばから始まりました。一般的には、贅沢品は衣食住が満ち足りてこそです。衣食住が満ちたり、台頭してきた中産階級(新興成金)がジュエリーに手を出すようになったのがミッド・ヴィクトリアンの頃からです。 ろくに歴史を学ぼうともしないディーラーが、こういう庶民のための安物まで"王侯貴族のためのジュエリー"と称して販売するからアンティークジュエリーは汚らしいものと勘違いする人が出てくるのですが、アンティークジュエリーだから上流階級の物だったとは限らないのです。 |
3-1-2. シェルカメオのサイズの変遷
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アンティーク市場に出回るシェルカメオの大半は、ヴィクトリアン以降に作られたものです。 それに見慣れていると、このジョージアンのシェルカメオはとても小さく感じられると思います。 |
時代ごとのシェルカメオのサイズ比
ジョージアン | |||
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全て等倍で並べました。シェルの種類に関係なくジョージアンは小ぶり、ヴィクトリアンは大型という傾向が分かります。 |
ヴィクトリアン | |||
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小さいながらも優れた構図と、高度な技術に基づくアーティスティックで繊細な彫り。 王侯貴族から庶民に至るまで成金趣味が横行し、大きな物が是とされたヴィクトリアン以前の、ジョージアンならではのシェルカメオの特徴と言えるのです。 |
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3-2. ジョージアンならではの立体的な彫刻
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今の若い方にとっては、1920年代ですら"100年ほど前の大昔"と感じることでしょう。しかしながらGenがこの仕事を始めた当時は、1920年代なんて50年ほど前の中古のような感覚でした。今だと、時間感覚的には1970年代の物という感じですね。 レイト・ヴィクトリアンですらもまだ100年経っておらず、当時のイギリス人にとっては、ヴィクトリアンなんておばあちゃんが持っている大して価値のない中古レベルという意識で、アンティーク専門店に行くとジョージアンからが価値のある骨董品という扱いだったそうです。 確かに特にジュエリーに関しては、庶民用の安物が多く入り交じるヴィクトリアンと違い、ジョージアンはまだまだジュエリーは王侯貴族のためだけのものだったため酷い作りの安物はなく、さすがと言える素晴らしいもの揃いです。 |
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シェルカメオのクオリティも格段に良いのですが、これはさらに別格です。 まず、こんなに小さなシェルカメオなのに、極めて厚みのある立体的な彫りであることに驚きます! |
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3-2-1. 迫力がない安物の薄いカメオ
![]() シェルカメオ ブローチ&ペンダント イギリス 1860年頃 ¥885,000-(税込10%) |
薄いから安物とは限りません。 薄くても卓越した表現力で驚くほど立体感を出し、迫力を感じさせる素晴らしいシェルカメオは存在します。 |
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しかしながら、安物で彫りに厚みがあるものはまず存在しません。そして、薄い彫りの安物は表現力がないため、見ても全く感動が湧いてこないのです。のっぺりとして迫力がなく、ただプリニウスの鳩が描いてあるだけという印象にしかなりません。 |
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【参考】安物のシェルカメオ(19世紀後期) | |
こういうノッペリとしたカメオは、子供の落書きレベルにしか感じられません。作者を職人と呼ぶのは憚られます。でも、市場の殆どはこの程度のレベルです。 |
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このようなノッペリとした表現力のないシェルカメオには、バックライトを当てても意味がありません(笑) 「美しい!」と心から感動できる芸術作品は、アーティスティックな才能と高度な技術を兼ね備えたごく一部の職人だけに生み出せるものなのです。 |
3-2-2. 厚みのあるシェルカメオならではの立体造形的な魅力
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厚みのあるシェルカメオは、厚みがないと持ち得ない様々な魅力があります。安物と違って、バックライトでも驚くほど印象が変化しますね〜♪♪ |
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このシェルカメオは立体彫刻と言って良いほど、かなりの厚みを使って表現されています。 この表現ができる貝の種類は限られています。 |
![]() イタリア 1870年頃 フレーム:アルミニウム 5,7cm×4,7cm SOLD |
白く半透明でマットな質感を持つ下地。 そして優しいコーラルカラー。 安物のシェルカメオは海からいくらでも得られる、稀少価値のないタダのようなシェルが使用されます。 しかしながら、このような独特の美しさを持つシェルは稀少で高価な素材であり、特別な高級品にしか使われません。 才能のないディーラーはこのクラスのシェルカメオを扱うことができず、ストーンカメオを高く売りたいがためにシェルよりストーンカメオの方が高級と謳い、それを鵜呑みにされている方も多いのですが、シェルカメオの中には特別な高級品というのもごく一部に存在するのです。 |
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それこそ王室のティアラにも使われるほどで、そのティアラのシェルカメオの素材として使われていたのがこのタイプの貝でした。 美しい色彩や質感だけでなく、厚みがあって豊かな表現が可能という特長があります。 |
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![]() シェルカメオ ブローチ&ペンダント シェルカメオ:イタリア 19世紀後期 フレーム:イギリス? 19世紀後期 ¥1,330,000-(税込10%) |
この四頭馬車カドリガの大迫力の表現も、シェルにこの厚みがあってこそです。 |
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![]() ←↑等倍 |
これらは全て同じ種類のシェルから作られたカメオで、今回の宝物も同じように大きな作品とすることもできたはずですが、随分と贅沢に素材を使ったものだと思います。 |
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コンパクトな面積にかなりの厚みがあるからこそ、より強く立体感が感じられます。しかも、あらゆる角度から見て楽しめます♪♪ |
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天然の貝だからこそ、形も色も均一ではありません。特長を見極めながら彫り進め、表現したいものを具現化するのは至難の技です!見事と言う他ありません!! |
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全体の構図だけでなく、一羽一羽の鳩も見事な立体造形で表現されています。ボディや翼のフォルムも素晴らしく、本物の生きている鳩のようです!♪ |
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柔らかそうな羽根も、1枚1枚がとても丁寧に彫刻されています。それぞれが小さな鳩ですが、どれも手を抜くこと無く丁寧に仕上げられています。 |
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左端の鳩も翼の立体感や尾羽に至るまでの羽毛の表現が素晴らしく、姿勢はシンプルでごく自然なものながら、とても印象的な佇まいに感じられます。 |
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同じくらいの年代に制作された、同じ種類の貝を使ったシェルカメオでも、作者にアーティスティックな才能と彫刻の技術がなければこの程度の表現にしかなりません。一応高級品として作られているはずですが、立体感がなく、鳩に生き物らしい躍動感も感じられません。 |
ジョージアンの『プリニウスの鳩』のシェルカメオ | |
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並べてみると一目瞭然です。 古の職人が制作した全てのハイジュエリーが、"芸術作品"と言えるレベルにあるわけではありません。たくさんいた職人の中の、ほんの一握りの才能ある人たちだけが、このようなアーティスティックなジュエリーを創り出せたのです。 |
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カメオというよりは、やっぱり立体彫刻と呼ぶ方がしっくりきます。 |
3-3. 天然の貝の色の見事な活かし方
3-3-1. 青銅の水盤の表現
![]() (古代ローマ、ペルガモンのソーサスによる紀元前2世紀の作品の複製)カピトリーノ美術館 |
古代ローマで制作されたこのモザイクは通常とは異なり、色ガラスではなく大理石を使って制作されています。天然の石を使った複雑な色合いが絶妙で、作者の並々ならぬこだわりが伝わってきます。水盤は黄金色に輝くブロンズ製で、その美しい光沢が見事に表現されています。 |
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それを、天然の貝の色や模様を使って見事に再現しています。よくこんな貝を見つけ出してきたものだと思います。シェルカメオ用に採取した貝は1年ほどかけて天日干しし、乾燥して落ち着かせてから加工されます。腕の良い職人は優先して良い材料を選ぶことができるそうですが、実際に加工してみないと分からない部分も多いため、いくつも試してみて、最終的にきちんと仕上げるためのこの貝が選ばれたのだと思います。 これほどの素晴らしい芸術作品を生み出すために、試行錯誤の産みの苦しみがなかったわけがありません。 |
3-3-2. 立体感の強調による生き物らしさ
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水を飲む鳩もとても立体的なフォルムで造形されており、その陰影が素晴らしいのですが、さらに貝の天然の色とコラボレーションすることで、より強く立体感が感じられるようになっています。 全て同じ色の大理石彫刻だったら、同じだけ彫りが良くてもここまでの立体感は感じられなかったはずです。 |
3-3-3. 奥と手前の表現
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モザイクは平面で表現するアートです。 どうやって立体感を感じさせるかと言えば、色彩の変化によってです。 作者が見た実際の鳩は四羽とも同じ種類で、同じ色だったと想像します。 それを手前は白、奥にいる鳩は暗い色で陰影的に表現することによって奥行きを出しているのです。 鳩が全部同じ色だったら、ノッペリとした躍動感のないものとなっていたはずです。 |
【参考】『プリニウスの鳩』のローマンモザイク | |
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古代ローマの作品はそういう明確な意図の元、鳩の色が選択されているのですが、そういう解釈ができなかったアーティストによる作品はこういう色使いになっています。「カラフルできれ〜い♪かわいい♪」と喜ぶような、稚拙な物を好む人には良いでしょうけれど、鳩としてかなり違和感があります。奥行き云々ではなく、単純にカラフルにしたかっただけという感じです。 |
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このシェルカメオは、奥にいる鳩が背景色と同じ白色になるように彫刻することで、驚くほどの立体感を演出しています。 |
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これはシェルカメオを真上から見た画像です。中央の白い凸が、奥にいる鳩の頭です。通常の2層、或いは3層カメオは下地とモチーフの色を完全に分離させますが、これは敢えて背景となる白い層をさらに彫り進めて奥の鳩を彫刻しているのです。厚みのある特別な貝を使っているからこそできる技ですが、よくやったものだと感心します。 |
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同じような素材を使っても、何も考えず単純に彫っただけだとこのような感じにしかなりません。細かく羽根を表現しようと彫刻したのは分からなくもないですが、作者はアーティストとしての才能が無かったようで、まるで鶏のようにも見えます。ジョージアンに制作された"一応"高級品でも、大体は感動を生み出さないつまらないものなのです。 |
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背景に溶けこむ、少し印象がかすんだような鳩。この存在によって、この宝物の印象深さが格段にアップしているのです。 |
3-4. 強く印象に残るアーティスティックな表現
![]() (ウェッジウッド 左ブルー:1791年頃、右ブラック:1790年頃)バーミンガム美術館 |
類似の技法を使った単純な複製だと、オリジナルを超えることは到底不可能です。ただの"レプリカ"であって、芸術作品と呼べるものではありません。 |
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しかしながら古代の優れた芸術作品を正確に理解し、自身の中で吸収・消化し、完全に別物と言える新しい芸術作品として昇華させるケースもごく稀に存在します。時にはオリジナルを超えたと感じられるくらい、心を揺さぶる芸術として昇華したものもあります。ジロメッティによる『ヘリオス神』のストーンカメオもそうです。 天才カメオ作家ジロメッティだったらいつでもこのクラスを生み出せるというわけではなく、職人兼アーティストとして奇跡的な確率で作品に魂を宿らせることができた、その時にだけ生み出されるものです。 |
![]() ジュセッペ・ジロメッティ 1825-1850年頃 V&A美術館 【引用】V&A Museum © Victoria and Albert Museum, London/Adapted |
才能豊かな職人ならば、いつでもこのクラスの作品を生み出したいと願うのは当然のことです。 でも、自身で創り出したいと閃いて着手した作品ならばいざしらず、お金持ちからオーダーされて制作するただのオジサンのポートレートカメオなんかに、魂は宿りようがありません。王様クラスからの依頼であってもです。 さすがに当代随一の作家だからこそ、技術的には誰よりも上手に制作することは可能ですが、魂がこもらないので心揺さぶる芸術作品にはなりません。 |
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オリジナルを超えたとさえ感じることのできる奇跡の作品。 このシェルカメオからは、それが感じられるのです。 |
3-4-1. 水面に映る鳩
![]() (古代ローマ、ペルガモンのソーサスによる紀元前2世紀の作品の複製)カピトリーノ美術館 |
単純な再現ならば、ある程度の技術があればできるようなものです。アーティスティックな才能を併せ持ち、プライドを持って仕事をする職人は、いかにオリジナルを超えるか腐心します。2000年ほど前に生きたペルガモンのソーサスも、実際に当時の鳩たちを観察してモザイクを制作したはずです。 作者は古代の鳩たちを想像しました。 このモザイクの水面には鳩は映っていませんが、鳩たちが日光浴をするような穏やかな陽射しに恵まれた日、水盤に注がれた綺麗な水面にはきっと鳩が映っていたはずです。 |
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そう、まさにこのように・・。 水を飲む鳩と映り込みの鳩が、形だけでなく色も上下対称になるよう彫刻されています。 |
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ナイフエッジのような手法を駆使しています。 貝の色は絶妙なものなので、ちょっとでも彫刻し過ぎたら色は無くなってしまいます。 |
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失敗したらやり直しがきかない、極めて難易度が高く集中力を要する細工ですが、見事に成功しています!♪ |
3-4-2. リアルな波紋
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これはアメンボが作り出した波紋です。一瞬一瞬で姿を変える、内から外に広がる波紋は見ていて飽きない魅力がありますよね。 |
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このシェルカメオは、その波紋も巧みな彫刻で見事に表現しています。 簡単そうに感じるかもしれませんが、違和感のない自然な波紋を表現するのはとても難しく、アーティスティックな才能がないとできません。 |
安物のシェルカメオの水面の表現
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水面をどう表現するのかは、作品によって様々です。フラットに表現することもあります。安物は雑なので、これをフラットと呼んで良いかは微妙ですが・・。 |
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波のように表現している作品もあります。強風の時ならばまだしも、日光浴をするような穏やかな日に、小さな水盤でこの波は変ですよね。よく労力をかけてこんなヘンテコなものを作ったものだと思います。センスがない人でも職人になれたのですね。ちょっとキツイ言い方かもしれませんが、大切なお金を使ってオーダーしたのにこれを買わされたら、私はかなり嫌です。 |
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これは波紋を表現しようとしていますが、単純に下手です。 自然界にこんな変な波紋はあり得ず、違和感しかありません。 |
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これは波紋というよりも、栓を抜いてできた渦のようです。内側から徐々に広がる波紋ではなく、吸い込まれそうです。 |
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これはコーヒーというか、泥水を飲んでいるような色彩になってしまっています。 波紋の表現自体は悪いと思わないのですが、鳩が水盤の水を飲む穏やかな光景としては、パッと見て違和感を感じます。 シェルカメオでこれを表現するのが、いかに難しいことか感じていただけたのではないでしょうか |
ご紹介のシェルカメオ
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世界一繊細な感覚を持ち、微妙な変化を鋭く感じ取れる日本人と異なり、他の民族は分かりやすい表現を好みます。 故に、貝が持つ層の色の違いで表現しようとするものが多いのです。 |
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しかしながら、ご紹介の宝物は白地を使って波紋を表現しています。 |
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背景が白いと分かりにくいですが、天然の貝の白い層は半透明であるため、彫刻の厚みによってはっきりとした白い部分とそうでない部分で違いを感じることができます。 |
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光にかざすと、よりはっきりと水を飲む鳩から波紋が広がる様子や、水面への映り込みを感じることができます。 バックライトを使っての撮影も、Genが世界に先駆けて考案したものです。インターネット黎明期にHPを作り、より多くの人にアンティークジュエリーの真の魅力を分かって欲しいからこそ、当時は超高価だった撮影機材にもお金をかけて高画質の画像を掲載していました。撮影方法も非常に研究熱心で、手元で光にかざした時の美しさをどうやってお伝えしようと考え、閃いたのがバックライトを当てる方法でした。HPでGenの画像を見た人たちが真似をし、世界に広がっていきました。 ダメなカメオは光にかざしても特に感動はありませんが、良いカメオは光にかざすと、全く別の美しさを魅せてくれます。 |
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こういうアーティスティックなシェルカメオを作っていた当時の職人たちは、絶対に光にかざした時の美しさも意識して、綿密に計算して制作していたと思います。光にかざして見るシェルカメオには、たまらない魅力があります。 |
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だからこそオープンセッティングで、ロケットなどにもなっていないのです。 |
3-4-3. 奥の鳩
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白の彫刻は陰影が出にくく、こうして見ると白い鳩は他の三羽と比較して、適当に彫刻しているように思われるかもしれません。 |
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厚みが少ないため、他の三羽と比較すると立体表現に制約があることも間違いありません。 |
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この『プリニウスの鳩』の鳩の表現が面白いと思うのは、三羽と奥の白い鳩で、表現の方向性が全く異なることです。手前にいる色付きの三羽は、よりリアルな表現にすることではっきりと存在感を出しています。一方で奥の白い鳩は、肉眼で見た時の印象に近づけた表現になっています。 |
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人間は立体的な現実世界を目で見た時、見たいものにフォーカスが合っている状態で、他の部分はボヤケています。 深度合成などの技術で全てにピントがあった写真を撮ることも可能ですが、主役以外はボケた写真の方が心に残るのはそのせいです。 より撮影者の心を反映した写真になっているからです。 何に注目し、どう感じたのか。感動が伝わってくるのです。 |
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だからこそ背景と同じ白色で奥の鳩は表現されているわけですが、適当に彫刻されているわけではありません。それどころか、影の主役として水を飲む鳩と同じくらい緻密に計算し、高度な技術で彫刻されています。 |
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よく見ると、白い鳩もきちんと彫刻されていることが分かります。水盤に留まる足もリアルです。ただ、やっぱり白いので光が散乱して陰影が付きにくいです。これは立体感そのものを楽しむための表現ではありません。 |
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このように光にかざした時、主役が一気に逆転します。白で表現された奥の鳥、そして水盤に広がる波紋が印象的に浮かび上がります。 |
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他の三羽の鳩は厚みがある分、ほとんど光を透過せず影のようになります。一方、奥の鳩と波紋は白い層だけを使い、絶妙な厚みの違いによって表現されているため、透過する光量の僅かな差で驚くほど陰影が付くのです。奥の鳩は、巧みな技で見事に表現されていることがお分かりいただけると思います。 |
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どのような見方をしても美しい。しかも驚くほど変化する表情。 作者はやろうと思えばよりリアルに鳩を彫刻することも可能だったと思います。でも、あまりリアルを追い過ぎると、鳥さんが怖い感じになっていた可能性があります。あくまでも、水盤に集まり水を飲んだり日光浴をしたりする、平和で愛らしい光景を表現するための彫りになっています。そして、透過光で見れば、夢の中でその光景を見ているかのような幻想的な雰囲気が現れます。 リアルの追求ではなく、心を揺さぶる美しい景色を人の手で創り出す。 |
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ジョージアンの小さな芸術。 手元で心ゆくまで楽しみ、癒やしてくれる宝物。これほど贅沢なものは、アンティークジュエリーにしかありません♪ |
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しかも、王侯貴族のためのハイジュエリーとして作られたもの中でも特別なものだけが、芸術品と呼べるレベルにあります。最高級品として作られた特別なシェルカメオだからこそ、表面も丁寧に磨き上げられています。ジョージアンのシェルカメオはヴィクトリア以降とは全く違うと、改めて実感しました。 |
裏側
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シェルカメオが主役のシンプルなフレームで、裏側もスッキリとした綺麗な作りです。ブローチのピンはメタルですが、別途費用でゴールドにお取替えすることも可能です。ご希望の場合はお見積り致します。 |
着用イメージ
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一般的なヴィクトリアン中期以降のシェルカメオより小ぶりで優しい色合いなので、大ぶりの派手なジュエリーは苦手という方にもお使いいただきやすいと思います。 このようなジョージアンの上質なシェルカメオは圧倒的に数も少ないですが、"身につけられる芸術"としてとても楽しいものです。 シェルカメオには興味がなかったという方でも、きっと虜になる宝物です♪♪ |
余談
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アンティークジュエリーの世界は幅が広く、奥も深く、同じものはありません。100年以上の時を越えて来た宝物にはそれぞれに独自の魅力がありますが、この宝物が面白いのは、想いを馳せることができるのが制作された200年ほど前の時代だけではないことです。 |
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遡れるのは遥か2000年以上も前の紀元前2世紀、ヘレニズム時代の古代ギリシャです。当時の主要都市の1つだったペルガモンで、ソーサスというモザイク・アーティストによって鳩のモザイクが制作されました。 |
![]() "Pergamonmuseum Pergamonaltar" ©Raimond Spekking(24 March 2004)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
図書館や、キリスト教以前の古代の神々を祀る祭壇などもあった、豊かな芸術文化を持つ古代都市でした。これは鳩のモザイクと同じく、紀元前2世紀にペルガモンで造られた大祭壇です。全長100メートル以上にも及ぶ大祭壇には、ギリシャ神話の神々と巨人族との戦い(ギガントマキア)が彫刻されています。語り継がれる古代の神々の姿を想像して彫刻したというわけですね。 |
![]() (古代ローマ、ペルガモンのソーサスによる紀元前2世紀の作品の複製)カピトリーノ美術館 |
一方で、この構図は紀元前2世紀のペルガモンに実際にいた鳩たちの、ごく自然な様子をソーサスが観察してモザイクにしたものと思います。 |
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そのおよそ200年後。 古代ギリシャのその偉大な作品に感動した古代ローマの博物学者プリニウスは、その著書でモザイクを讃え、古代ギリシャの芸術文化をこよなく愛したハドリアヌス帝は複製を作り、お気に入りの別荘ヴィッラ・アドリアーナに飾りました。 |
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さらにその1700年ほど後。 古代ローマで複製されたそのモザイクを見て、当時の人々が古代世界に想いを馳せ、この宝物が作られたのです。 |
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遠き異国であっても、同時代であれば行こうと思えば行けます。でも、遥かなる古代世界は想像するしかありません。 |
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ヨーロッパに、史上最も偉大で豊かな世界があった時代・・。 |
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そこで暮らしていた人々と共に、自由で穏やかな生活を楽しんでいた2000年も前の鳩たち・・。 一体どのような景色だったのだろう・・。 君主クラスの有名人の大理石像が今に伝わるのはそれほど珍しくありませんが、2000年以上も前の名もなき鳩たちの日常の姿が、人間の営みと共にこれだけ長い年月伝わっていくのは何とも面白いことです。 現代の私達を感動させてくれるこの宝物は、私達の寿命も遥かに超えて、未来の人々をも感動させ続けることでしょう。優れた芸術は永遠なる存在なのです・・。 |