No.00302 STYLISH PINK |
『STYLISH PINK』 甘い雰囲気のピュア・ピンクのトルマリンと、ホワイトの上質な天根真珠を使っていながら、モダンスタイルらしい透かしや孤を組み合わせたデザインによってスタイリッシュに仕上がったペンダントです。 小さいのに細部まで驚くほどこだわりを持ってデザインされており、作りもトップクラスのレベルです。 古いヨーロッパのデザインがエドワーディアンからアールデコにかけて洗練されていく、その発端となった、初期モダンスタイルらしい見事なデザインと作りの宝物です♪ |
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この宝物のポイント
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1. 甘い雰囲気のピンクトルマリン
1-1. ピンク色の宝石
小さなペンダントですが、鮮やかなピュア・ピンク色の宝石が人目を惹く魅力的なジュエリーです。 |
1-1-1. 様々なピンク色の宝石
【参考】様々な色に調整された合成コランダム(現代) | さて、現代はテクノロジーが発達し、石の後処理の技術や合成技術のおかげでどんな色の宝石でも目にすることが可能となりました。 故に現代の殆どの宝石には稀少価値は存在しません。 |
【参考】ピンクトパーズ・リング(現代) | 好きな色の石を好きな量、新しく作り出せば良いのです。 それが宝石と言えるのかは甚だ疑問ですが、宝飾業界がこれを『宝石』と謳い、殆どの消費者も何も考えることなく信じて疑わないので、現代の宝飾業界が成り立っています。 さすがに現代ジュエリーは消費者をバカにし過ぎて、売れなくなってきてはいるようですが・・。 |
1-1-2. 稀少な淡いピンク色の宝石
45年間に渡り、様々なアンティークのハイジュエリーをお取り扱いしてきました。 そんな中で、思いのほか見ることがないのが、ピンク色の宝石を使ったジュエリーです。 |
ジョージアン ピンクトパーズ マルチユース ネックレス&ピアアス イギリス 1820年頃 ピンクトパーズ、ハイキャラットゴールド(15〜18ct) SOLD |
ジョージアン ピンクトパーズ ペンダント イギリス 19世紀初期 SOLD |
ジョージアン ピンクトパーズ マルチユース ネックレス イギリス 1820年頃 SOLD |
ジョージアン ピンクトパーズ ネックレス イギリス 1820年頃 SOLD |
ジョージアン ピンクトパーズ カンティーユ ブローチ イギリス 1820年頃 SOLD |
この人気の高さを見れば、イギリスの王侯貴族の女性たちもピンク色の宝石は大好きだったことが想像できます。 |
それなのにピンク色の宝石を使ったハイジュエリーが市場では滅多に見ることがないのかと言えば、綺麗なピンク色の宝石自体が非常に少ないからです。 |
淡いピンク色の宝石のジュエリー | |||
トルマリン | トパーズ | スピネル | コランダム |
SOLD |
SOLD |
SOLD |
SOLD |
ジョージアン期にあれほど使われていたピンクトーパーズは早々に採れなくなったのか、ヴィクトリアンに入ると殆ど見ることがありません。ピンク・スピネルやピンク・サファイアも、アンティークジュエリーでは滅多に見ることのない珍しい宝石です。ピンクトルマリンのジュエリーも数は少ないです。 |
人気があるにも関わらず、石が手に入らないから殆ど作られていない。 それが、美しいピンク色の宝石を使ったアンティークのハイジュエリーです。 |
1-2. 色のバリエーションが豊富なトルマリン
このトルマリンは、甘い雰囲気を放つ鮮やかなピンク色に思わず目を奪われます。 |
ブラジル産トルマリン "Elbaite-Lepidolite-Quartz-gem7x1a" ©Rob Lavinsky, iRocks.com(before March 2010)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
これはブラジル産のトルマリンです。 1980年代から1990年代にかけて、ブラジルでトルマリンの鉱脈が発見されました。 この時期は"マイナスイオン"など、健康効果を謳った怪しげなトルマリン商品が大流行した記憶がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。 |
トルマリンは赤、黄色、緑、青まで様々な色を有しており、ジュエリーにも使用されています。宝石品質に満たない石が、健康効果を謳うトルマリン商品として有効利用されたということなのでしょう。宝石として付加価値が付けられなくても、健康効果をPRするだけで、低品質の石が"ご利益ある高い石"として成立してしまったわけです。商魂たくましいと言うか、ある種の日本人らしいモッタイナイ精神でしょうか(笑) |
さて、トルマリンの"宝石としての真の魅力"は真偽不明の健康効果などではなく、豊富なカラーバリエーションです。 |
1-2-1. 様々なトルマリンのハイジュエリー
『鎖の美』 トルマリン ネックレス イギリス 1890〜1919年頃 SOLD |
これは淡いピンク、濃いピンク、グリーンの3色のトルマリンを使ったネックレスです。 一見すると、全部同じ種類の宝石とは思わない面白さがありますね。その遊び心に相応しく、見事なチェーン・ワークや天然真珠のあしらい方が、持ち主の気品とセンスの良さを感じさせます。 |
セセッション トルマリン ネックレス オーストリア 1900〜1910年頃 SOLD |
深い緑色を持つトルマリンも存在します。 昔はエメラルドと間違われることも多かったそうです。 鮮やかな赤ピンクの石はルビーと混同されることもありましたし、その他にもトパーズなど、その豊かなカラーバリエーション故に、様々な宝石と混同されてきた歴史があります。 |
バイカラー・トルマリン カメオ クラバットピン フランス or イギリス 1820年頃 SOLD |
『獅子座』 ジャスパー・インタリオ リング 古代ローマ 2世紀(リングはヴィンテージ) ¥2,800,000-(税込10%) |
ハードストーンのカメオやインタリオは、古い時代ほど石が持つ自然な色や模様を活かした、アーティスティックで面白い作品が多く存在します。 ジャスパーやアゲートの場合は唯一無二の模様が面白いですが、トルマリンはダイナミックな色の変化が楽しいですね。 |
1-2-2. 現代のピンクトルマリンの違和感のある色味
現代は大抵どんな石でも人工的に処理されます。 庶民がジュエリーの主要購買層となった現代、そうしないと需要に対する供給がとても追いつかないからです。ごく限られた上流階級だけがジュエリーを購入していた時代とは、必要な量が何桁も違うのです。 |
【参考】処理されたピンクトルマリン(現代) | トルマリンも例に漏れません。 特にピンクから赤にかけての色を持つトルマリンは、熱処理によって色が改善されます。 |
ブラジル産ルベライト "Rubellit-Turmalin-G-EmpireTheWorldOfGems" ©DonGuennie)G-Empire The World Of Gems)(08:10, 9 June 2015)/Adapted/CC BY-SA 4.0 | 暗い赤だった場合も、加熱条件次第で明るい色にすることが可能です。 ピンクからオレンジまでの色相を持つ赤いトルマリンは『ルベライト』と呼ばれますが、これも適切な後処理を施すことでクラリティ(透明度)を改善することが可能です。 |
【参考】処理されたピンクトルマリン(現代) | とは言え、処理しても宝石品質になれる石自体が貴重です。 色の改善は行っても、こういうクラスはせいぜいパワーストーンです。 でも、パワーがあると謳うだけで品質以上に高く売れます。と言うよりも、安すぎるとご利益がある感じがしないので、この類は販売者も消費者も割高な価格設定の方がハッピーなのです(笑) |
ちなみに淡いピンクのトルマリンには加熱以外の処理法があります。無色から淡いピンクのトルマリンは、ガンマ線や電子線を照射することで色を濃くすることが可能です。 トルマリンの場合は照射された痕跡を検出することが科学的にほぼ不可能なため、鑑別書に処理を明記されることもありません。故に価値は変わらないそうです。ちょっとおかしな理論に感じます(笑) |
【参考】非加熱のピンクトルマリンのハンドメイドのリング(現代) | "非加熱"という文言は、中途半端に知識を持つ消費者には訴求力があるためか、"非加熱"で"天然"の石として販売する業者も結構います。 こういう石には"処理なし"、"放射線の照射なし"などの文言はありません。 |
【参考】非加熱のピンクトルマリン・ジュエリー(現代) |
加熱はしていないけど、放射線は当てられていたりして(笑) 放射線を当てる宝石は結構ありますが、危険な放射性廃棄物をイメージしてしまいます。実際に販売されている物に関しては人体への危険はないのでしょうけれど、歴史上で放射能に関しては色々と嫌な目に遭った日本人としては、何となく嫌です・・。 |
【参考】非加熱のピンクトルマリン・リング(現代) | トルマリンはパワーストーンの一種として人気が高く、"癒しの効果"などと謳われもいますが、高温で焼かれたり、放射線を当てられた石にありがたいパワーなんてあるのか疑問です。 それ以前に、現代の自称"価値ある宝石"は見ていて違和感のあるものばかりで美しくありません。 |
【参考】ティファニーのピンクトルマリン・リング(¥852,500-)2020.7.11現在、処理に関する記載なし 【引用】Tiffany HP ©Tiffany & Co, Ltd. |
天然の宝石でも完全無欠の石が珍重されるのは当然ですが、一見完璧に見える石でも天然のものならではの揺らぎがあるからこそ違和感なく美しいと感じられるのです。 処理石は完璧を目指しすぎた結果、不自然な違和感を感じるのです。 |
【参考】ピンクトルマリン・リング(カルティエ 1999年) | 【参考】ピンクトルマリン・リング(カルティエ 2000年) |
2000年前後に販売されたカルティエのピンクトルマリン・リングは、現在大量に中古市場に出回っています。ワールドワイドにビジネスを手掛けるカルティエには、世界中の無数の消費者に販売するために大量生産します。そのためには大量の均質な石ころが必要なわけで、だから天然無処理の価値ある石を探してくる手法ではなく、無理やり力技で屑同然の石を全部同じような石に変えて使うわけです。 『カルティエ』の刻印さえあれば満足する顧客は、このようなヘボいジュエリーにも大金を出します。 |
【参考】ピンクトルマリン・リング(カルティエ 1990年代) | これなんかはインクリュージョンが酷くて、とても宝石品質の石とは思えません。 色も毒々しくて、綺麗なピンク色が放つ可愛らさや優しい雰囲気が全く感じられません。 カルティエの刻印はありますが、本物なんでしょうかね。 刻印は簡単に偽造できるため、本場ヨーロッパでは昔から有名なものほど偽物が多く出回っています。それを、刻印さえあれば満足という例の購買層であったり、刻印でしか判断できない無能なディーラーが喜んで買うわけです。ちょっときつい言い方ですが、これがサインドピースの現実です。 |
2-3. ピュア・ピンクならではの甘い雰囲気
これまでにお取り扱いした、ピンクトルマリンのハイジュエリーをいくつか並べてみましょう。 |
『PURE LOVE』 イギリス 1900年頃 SOLD |
エナメル ネックレス イギリス 1880年頃 SOLD |
『SUFFRAJET』 イギリス 1900年頃 SOLD |
ウイング ブローチ フランス 1880年頃 SOLD |
45年間の積み重ねがあるのでこれだけ比較できるのですが、同じ『ピンクトルマリン』という宝石でも色にバリエーションがあり、ちょっとした色味の違いで雰囲気もガラリと変わることが感じていただけるでしょうか。 |
イエローを帯びたピンク | ブルーを帯びたピンク |
『PURE LOVE』 イギリス 1900年頃 SOLD |
『SUFFRAJET』 イギリス 1900年頃 SOLD |
あまり他の色が混ざり過ぎると『ピンク』ではなくなってしまいますが、『PURE LOVE』のようにほんのりイエローを帯びたピンクだと優しい雰囲気になります。 『SUFFRAJET』は少しブルーを帯びており、大人っぽさや強さを感じるピンクです。サフラジェットはGive Woman Voat(婦人参政権運動)を象徴するジュエリーで、相応しい色味のピンクトルマリンを選んだものだと改めて感心します。 |
今回の宝物のピンクトルマリンはどうかと言うと、極めてピュアなピンク色をしています。 若干、セッティングに使ったゴールドの黄色味を反映して見える瞬間もありますが、肉眼で見たときの印象はまさに"ピュア・ピンク"です。 |
小さなペンダントに下げられた小さな石ですが、ここまでピュアなピンク色の宝石自体が、これまでに見た記憶がありません。 混ざりけのない純粋なピンク色は、濃く強いピンク色でなくとも非常に目を惹きます。 ビックリするほど印象的で、純真無垢な可愛らしさを感じる石だな〜というのが初見の感想でした。 |
2. 素晴らしいデザインのゴールド
私もGenも基本的には幼い雰囲気がある可愛いものよりも、大人っぽさを感じるカッコいいもの、美しいものが好みです。 このピュア・ピンクの宝石に可愛らしいデザインを施すと、コテコテ過ぎて私としてはかなり苦手な方向のジュエリーになっていたはずです。 でも、これは相当なこだわりを持って作られた、特別なハイジュエリーです。 宝石は甘いけれど、ゴールドのデザインや作りはスタイリッシュで知性を感じるという、甘辛ミックスのジュエリーと言えます。 |
ひねりを感じる、センスの良い甘辛ミックスのデザインは私の好みのジャンルです。 "辛み"に相当するゴールドのデザインですが、これはヘリテイジが発見した新たなアンティークジュエリーのジャンル、『モダンスタイル』に該当します。 |
2-1. モダンスタイルのデザイン
『The Great Wave』 モダンスタイル サファイア ブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
モダンスタイルは西洋美術と日本美術が完全に融合し、昇華してできた、それまでの西洋美術とは異なる特徴を持つ美術様式です。 |
『MODERN STYLE』 ダイヤモンド ゴールド ブローチ イギリス 1890年頃 SOLD |
『WILDLIFES』 天然真珠 ゴールド ペンダント イギリス 1900年頃 SOLD |
『草花のメロディ』 イギリス 1900年頃 SOLD |
モダンスタイルは日本美術の様式を高次に解釈し、取り入れたデザインです。それまでの西洋美術の様式には殆ど見られなかった『対称性をくずしたデザイン』や『独特の間の取り方』、『透かしのデザイン』が特徴です。 ヨーロッパの美術様式はフランスの庭園や街路樹などにも見られる通り、極度に対称性の高いデザインが特徴です。また、少しでも隙間がとにかく埋めるという発想しかないため、日本の美術様式が取り入れられる以前は空間をうまくデザインしたものは見られず、透かしの美のジュエリーも滅多に存在しません。 |
2-2. 透かし細工を意識した3本のライン
このペンダントで目を惹くのが、ゴールドの3本のラインで表現された透かし細工です。 |
2-2-1. 透かし細工が特徴的なモダンスタイル・ジュエリー
『草花のメロディ』 イギリス 1900年頃 SOLD |
『WILDLIFES』 イギリス 1900年頃 SOLD |
今回のペンダント |
モダンスタイルのジュエリーの中には、日本人には馴染み深い"透かしの美"を意識してデザインされたものが存在します。『草花のメロディ』は中央の縦長のラインが2重になっていますし、『WILDLIFES』はバチカンとサークルが2重デザインになっています。 驚くのは今回の宝物には3重線が使われていることです。しかもサークル全てを3重線にするのではなく、下側の2/3ほどの領域のみを3重線にデザインしています。こんなデザインのジュエリーは、他には絶対に存在しないでしょう。 |
2-2-2. ナイフエッジとは異なるデザイン的な方向性
モダンスタイルのジュエリーの透かし細工に共通しているのが、透かし部分は通常のナイフエッジにはなっていないことです。ペンダントの表裏を比較するとお分かりいただける通り、どちらもほぼ同じ太さになっています。 |
ナイフエッジを駆使したジュエリー | |
『PURE LOVE』 イギリス 1900年頃 SOLD |
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ナイフエッジは古い時代からヨーロッパで見られる技法です。 手前に向かって金属を細く整えることで、正面から見ると金属の存在感を極限まで薄くすることができます。 その分、美しい宝石が際立ちます。 これが通常のヨーロッパ・スタイルのハイジュエリーと言えます。 |
モダンスタイルのジュエリー | ||
『草花のメロディ』 イギリス 1900年頃 SOLD |
『WILDLIFES』 イギリス 1900年頃 SOLD |
今回のペンダント |
モダンスタイルの透かしのラインは、存在感を消すためのナイフエッジとは真逆の方向性です。ゴールドの表面が光を強く反射することで、より強い存在感を放つようにデザインされています。そのために、ゴールドの表面をピカピカに磨き上げています。 |
明らかに、透かしの美を意識した作りと言えます。 |
小さなアンティークジュエリーの大半は、大きな宝石や十分な量の貴金属が使えない、庶民用の安物として作られたものです。上流階級は人数が少ないからこそ上流階級なわけで、そのような人たちのために作られた"小さくて良いもの"は本当に数が少ないです。 大半が安物という中から、相当探さないと確率的には出てきません。 だから、小さくて良いものは昔からなかなかご紹介する機会が少ないのですが、このペンダントは自信を持ってお勧めできる、小さくて良い宝物です。それは、横から見たときのゴールドの贅沢な使い方にも現れています。 |
厚みがあるからこそ、軽やかな印象の透かし細工に重厚感が加わり、独特の格調の高さや高級感が放たれるのです。 |
ところで厳密に言うと、若干だけ裏側の方が細く整えられています。これにも緻密に計算されたデザイン上の理由があります。 |
正面から見る時は関係ないのですが、少し斜めから見たときに大きな効果が出ます。 裏側が細くなっていないと、斜めから見たときにすぐにライン状のゴールドの側面が見えてしまい、何もない"空間"が見えなくなってしまいます。 それでは野暮ったいです。 斜めから見てもスッキリと、いつまでも透かしの美しさを感じられるように、僅かに裏側を細く整えているわけです。 デザイナーとしての高い能力を持つ腕の良い職人は、本当に頭も良いですよね。 |
2-3. 独特の間や形状を駆使したデザイン
2-3-1. 広い空間
このペンダントは、独特の間の取り方や、独特の形状をしたパーツが特徴的です。 まず、中央の輪の内側の空間の広さが、一般的なヨーロッパのアンティークジュエリーらしくありません。 とにかく空間は埋めたい、隙間は埋めたいというのが通常の考え方だからです。 |
漢学者・国学者 市川清流(通称は渡:わたる)(1822-1879年) | 1862年から1863年にかけて、文久遣欧使節の一員として欧米に渡り、様々な西洋美術に触れた市川清流が、西洋の写実的な絵画についてこう記しています。 「西洋の絵画は写実の手法には優れているが、形を超えた気品や真髄を伝える点に於いては無知だ。」 欧米の美術って、日本人からすると分かりやすさを求め過ぎですよね。 『阿吽の呼吸』、『侘び寂び』、『気配』など、日本人は目には見えないもの、目だけでは認識できないものを知覚する特殊な感性を一般的に備えています。 |
この広い空間は、何もない空間によって形を超えた気品や真髄を表現しようと試みたものなのか・・。 通常のヨーロッパのアンティークジュエリーからは感じられない、軽やかな美しさと、深い広がりを感じる美しさを感じます。 |
2-3-2. ペンダント・トップの空間
このペンダントは細部に至るまで、デザインのこだわりが凄いです。 ペンダント・トップにご注目ください。 通常ならば、ハイジュエリーでも輪の一番上にある天然真珠から、バチカンに連結させるはずです。 そうではなく、天然真珠の上にさらに透かし細工をデザインし、そこからバチカンにつなげているのです。 |
安物だと手抜きして作られるため、わざわざこんな手間のかかるデザインはしません。この透かし部分は鑞付けではなく、叩いて鍛えたゴールドの板を鑽(タガネ)で開けて、さらに恐ろしく細い鑢(ヤスリ)で入念に磨き上げて作っています。 |
米沢箪笥の透かし金具のデザインを罫書きする行程 |
米沢箪笥の透かし金具を作る道具 | 鑢で丹念に磨いて仕上げる行程 |
タガネもヤスリも消耗品です。透かしは細かいほど繊細美が増しますが、あまりに細かいと市販品では加工できません。故に、高級品を作る透かし細工職人は必要に応じて、道具も一から作ります。 |
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このペンダントの、一番上の天然真珠の上にデザインされた透かしはかなり狭いです。 一体、どれほど細いヤスリを使ったのか・・。 これこそ"人の技?それとも神の技?"と言うべき、透かしの技術です。 鑞付けではなく、鍛えて強くしたゴールドの透かし細工だからこそ、これだけ細くて頼りなく見えても100年以上の使用にびくともしない耐久性があるのです。 この透かし細工は目立ちこそしませんが、分かる人だけには分かる、宝物の隠れた魅せ場です♪ |
この透かし細工を施したゴールドの板には結構な厚みがあります。 透かし細工は厚みが増すほど、指数関数的に手間が増し、難易度も遥かに高くなります。 |
しかしながら、厚いゴールドの板に対する矮小の透かしであるにも関わらず、これだけ拡大してもキリッとした冴え渡る仕上がりです。仕上げが甘いものは端部がダレており、ドロっとした気持ちの良くない仕上がりにしかなりません。Gen曰く、この透かしの価値を分かる人だけが、真に価値あるアンティークジュエリーを理解して買うことができるそうです。それくらい重要、かつ神技の細工なのです。 |
2-3-3. 複数の弧を使ったデザイン
このペンダントの大きな輪の下2/3は、3本のラインによる透かし細工が魅せ場でした。 上1/3は、"弧"をテーマにしたデザインが特徴です。 まず、上から1/3付近の両側にセッティングされた天然真珠の始点から終点まで、外周の形状が1つの大きな弧となっています。 |
その内側は、小さな3つの弧が連なったデザインになっています。 さらに、一番上の天然真珠の上にもう1つ、透かしで弧が積み重なっています。 |
成人式の振袖 "Harajuku, 2 young ladies smiling" ©moguphots(14 January 2008, 16:13:03)/Adapted/CC BY-SA 2.0 | 弧を複雑に組み合わせたデザインはヨーロッパではあまり見ない印象ですが、日本の伝統柄では馴染み深いですよね。 松葉や波、雲なども無数の弧で表現されます。 扇柄も、舞うようにいくつも重ねた表現があります。 |
『秋草鶉図』(酒井抱一 19世紀前半:江戸後期)【引用】山種美術館HP / Adapted |
ススキの柄もよく見る柄の1つで、サイズの異なる弧が無数に重なって描かれます。これは鶉(うずら)との組み合わせですが、蛍や蜻蛉など、ススキは秋を思わせる様々な生き物と共に描かれ、日本らしい秋の景色を感じさせてくれます。 |
エミール・ゾラ(1840-1902年)の肖像(マネ作 1866年) | 『日本の屏風を眺める若い貴婦人たち』(ジェームズ・ティソ作1869-1870年) |
江戸時代後期の酒井抱一による『秋草鶉図』は屏風です。開国後は様々な屏風が欧米に渡り、上流階級の知的好奇心を楽しませ、芸術家たちには様々な影響を与えてきました。 |
『秋草鶉図』(酒井抱一 19世紀前半)【引用】山種美術館HP / Adapted | 屏風だって物によっては非常に高額だったでしょうけれど、年中同じものを使うのではなく、季節によって変えて楽しむのです。 年中同じものを使うのは短期的に見れば節約にはなりますが、ずっと使い続けるので痛むのも早いです。 季節ごとに違うものを使えば定期的にお手入れもするので痛むのも遅いですし、季節を愛でる心豊かな人生の時間を楽しめます。長期的に見れば、こちらの方が得なはずです。 |
青海波のパターン | さて、扇やススキ以外に、弧を組み合わせたデザインでメジャーなのが青海波ですよね。 青海波文様はササン朝ペルシャで生まれ、シルクロードを通って飛鳥時代の日本に伝わったとされています。 伝わったのは単なる"モノ"だけではないということですね。飛鳥時代の埴輪に青海波が描かれたものが発見されているそうです。 青海波には様々なバリエーションがありますが、3つの弧を重ねて、連続するパターンにしたものが基本形です。 |
いつまでも続く、無限に広がる穏やかな波のように、未来永劫に続く幸せへの願いと、人々の平安な暮らしへの願いを込められた縁起の良い柄です。 |
『The Great Wave』 モダンスタイル サファイア ブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
『The Great Wave』も無限に繰り返される波を表現したデザインですが、こちらは人生の荒波を彷彿とさせるような躍動感あふれる波です。 |
富嶽三十六景で描かれた波(葛飾北斎 1831年頃) | ||
16. 武陽佃島 | 21. 神奈川沖浪裏 | 36. 東海道江尻田子の浦略圖 |
海は無限に表情を持ちます。荒波は迫力がありますが、穏やかな海の波を模様にして平安や幸せへの願いを込める・・。 青海波の模様はエジプトやその他の国でも見られるそうですが、日本の入ってきた飛鳥時代には単なるパターンでしかなかったようです。日本で『水』を意味する文様として描かれるようになったのは、鎌倉時代になってからです。日本の伝統柄には、大抵のものに縁起的な意味が込められているものです。現代より遥かに自然を身近に感じ、繊細な美意識や豊かな感性を培っていた昔の人たちが羨ましくも感じます。 |
『紋所帳』青海波の描き方(1816年:江戸後期)立命館大学ARC蔵 |
この青海波が広く普及したのは江戸時代になってからです。江戸時代中期に勘七という漆工が、粘稠な漆と特殊な刷毛を使って青海波を巧みに描いたことで人気が出ました。勘七は青海勘七(せいかいかんしち)と呼ばれるようになり、青海波が工芸品に施す細工として一般化していったのです。 |
青海波が描かれたアンティークの夏帯(昭和初期)HERITAGEコレクション | 開国後、江戸や明治の日本の工芸品はたくさん欧米に渡りました。 イギリス国内にも、モダンスタイルが誕生した海運の要衝都市グラスゴーを経由して、たくさんの美術工芸品が入ってきました。 青海波には各種バリエーションがありますが、その特徴は幾重にも重なる"弧"です。 青海波は日本のオーソドックスな柄として欧米で認識されるようになりました。 当時、日本美術は上流階級や知識階層に高い人気があった、高級かつ豊かな教養を感じるジャンルでした。 現代でもそのイメージが当時ほどではないにしても残っているため、青海波を描いたグッズは今でも一定の人気があるのです。青海波柄のTシャツなんかもたくさん販売されています。 |
想像の域を超えませんが、通常のアンティークジュエリーでは見ることのない、複数の弧を駆使した特徴的なデザインは日本美術の影響によるものである可能性も否定できないと思います。 青海波は3つの弧が重なり、それが連続して積み重なったパターンです。 ペンダントの輪の下方は3本の透かしのラインになっていますが、「これも、もしや・・?」と感じてしまいますね。 どちらにしても、トータルのジュエリーのデザインとして非常にアーティスティックに調和しています♪ 「美しい。」 |
2-4. バチカンの特殊な形状
「高級品として作られたか否かは、裏側の作りを見れば分かる。」 これはGenの金言です。 安物は見えない部分には当たり前のように手を抜きますし、高級品はたとえ見えない部分でも手抜きなんてしないからです。 これにプラスして言えるのが、特に高級品として作られたペンダントは、バチカンへのこだわりも凄いことが多いということです。 |
2-4-1. 宝石を使ったバチカン
『古のモダン・クロス』 ステップカット・ダイヤモンド クロス フランス 18世紀初期 SOLD |
オーソドックスなのは、本体と同じ石を使ったバチカンです。 美意識の高い古の王侯貴族のために作られたアンティークのハイジュエリーは、トータルのデザインを重要視します。 このため"本体だけ"、"バチカンだけ"のチグハグなデザインのされ方はあり得ず、本体とバチカンを合わせたトータルでの美しさを計算してデザインされます。 バチカンまで華やかだと装飾過多だったり、本体を目立たせるためにあえてシンプルなバチカンでデザインされる場合もあります。 |
『Bewitched』 ウィッチズハート ペンダント&ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
『慈愛の心』 ハートカット・アメジスト ペンダント イギリス 1880年〜1900年 SOLD |
このため、バチカンがシンプルだからと言って高級ではないとは言えません。しかしながらプラスアルファで高価な石を使い、手間をかけて細工し美しいバチカンを作るのは、コストよりも美しさを重要視して作られる高級品でなければあり得ません。 |
2-4-2. 細工物のバチカン
『平和のしるし』 ローマンモザイク デミパリュール イタリア 1860年頃 ¥2,030,000-(税込10%) |
『豊穣のストライプ』 ロケット ペンダント フランス 1880年頃 SOLD |
ウイッチズハート ペンダント イギリス 1890年頃 SOLD |
高度な技術を駆使した細工物のペンダントには、同じく細工による唯一無二の素晴らしいバチカンがデザインされます。 安物しか買えない庶民やただの成金だと、「バチカンはどうでも良いから、その分安く作ってよ。」となりますが、美意識の高い真の上流階級は「お金は必要なだけ払うから、できる限りの力を使って美しく作ってね。」とオーダーする、バチカンはその証のようなものです。 |
2-4-3. モダンスタイルのジュエリーらしいバチカン
『WILDLIFES』 イギリス 1900年頃 SOLD |
"モダンスタイルのジュエリー"自体がヘリテイジで発見した新しいカテゴリーであり、本場ヨーロッパでもカテゴライズされておらず、その存在すら誰も認識していません。 このため、これまでの45年間で他にもモダンスタイルのジュエリーを気づかずにお取り扱いしている可能性はありますが、モダンスタイルのバチカンの参考として挙げることができるのはこの『WILDLIFES』と今回のペンダントの2点だけです。 このペンダントのカタログを作成していた時点では"モダンスタイル"というジャンルの存在には気づいていませんでしたが、特徴的なデザインのバチカンにとても感動した記憶があります。 手間をかけた超絶技巧の細工というよりも、本体の2重の輪に合わせた2重のデザインに驚きました。 |
今回の宝物のバチカンは一見するとシンプルですが、よく見ると左右が面取りされた山形のデザインであることが分かります。 |
このため見る角度や、光の当たる角度によって光り方が面白く変化するのです。 ゴールドだからこそ放つことのできる黄金の輝きは、他の金属には出せない特別な魅力があります。 バチカンに天然真珠やピンクトルマリンなどの宝石をあしらうでもなく、透かしの3重線や弧を使ってデザインするでもなく、トータルの芸術性を考えて特別にバチカンがデザインされています。 |
左右、少しでも対称性がくずれると違和感が目立つデザインですが、確かな腕で正確に面取りされています。 表面も技術と手間をかけてしっかり磨き仕上げされているからこそ、高級感ある黄金の輝きを放つことができます。 |
ハイジュエリーであっても、バチカンの裏側にまでは細工しないことも少なくありません。 でも、このペンダントはしっかりと裏側までバチカンの面取りがなされています。 いかに特別な高級ジュエリーとして作られたのか、バチカン1つにも如実に現れています。 |
3. 小さくても極上の作り
3-1. 揺れる構造
このペンダントは上下のピンクトルマリンが揺れる構造になっています。 揺れる構造は、人が身に着けた時にその威力を発揮します。 技術と手間がかかる、すなわち技術料や人件費などのコストがかかるため、綺麗に揺れる構造はハイジュエリーの証でもあります。 |
3-1-1. 軽量化と高級感を両立するための設計
メインのピンクトルマリンは、優美なデザインのパーツに下がっています。 打ち出しによって、複雑な立体感が表現されています。 滑らかでシャープなフォルムが見事で、職人の技術が如何に優れているかが良く分かる仕事です。 |
打ち出しの場合、裏側はそのままということも少なくないのですが、これは裏側から金の板を裏打ちして鑞付けするという極めて手間のかかる作りになっています。 金無垢を彫り出すとパーツが重くなり、金具の摩耗が起こりやすくなるため揺れる構造には向きません。 このため打ち出しの手法が取られているわけですが、そのままだと安っぽく見えてしまいます。 正面からは見えないので、ここまで小さなパーツの場合は裏打ちをしないという考え方もありますが、さすがに特別に美意識の高い人のために作られたジュエリーと言える作りです。 |
3-1-2. 小さいのに複雑なカットが施されたピンクトルマリン
このピンクトルマリンは、小さなペンダントに下げられた小さな石であるにも関わらず、ファセットを多く作った複雑なカットが精緻に施されています。 大きな石であったり、宝石メインのジュエリーであるならばまだしも、こんな小さな石でここまで手の込んだカットを施すのは尋常ではありません。 |
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石の裏側も複雑なカットが精緻に施されており、見事と言うしかありません。 ゴールドのデザインと細工のこだわりももの凄いですが、宝石に至るまでここまでこだわって作られた小さなジュエリーは、王侯貴族のためのハイジュエリーでも滅多にあるものではありません。 真に優れた"良いジュエリー"は金属部分の細工やデザインのみならず、宝石の細工1つとっても妥協がないのだと改めて実感します。 |
表面を丁寧に整えられたピンクトルマリンは、煌めきも見事です。 |
正面も裏も細かくファセットカットされているため、正面から見るとこのようにそれらが複雑に重なりながら美しい煌めきを放ちます。 揺れる構造であるが故に、身に着けた際は着用者の動きに合わせて煌めきが増幅され、驚くほど美しく見えます♪ |
一番下に下げられた、より小さなピンクトルマリンも色が綺麗で、もちろん素晴らしいカットが施されています。 揺れるととても綺麗に輝きます♪ |
ジュエリーを宝石だけで判断し、しかもその種類と大きさだけでしか評価できない成金には絶対にあり得ない高級ジュエリーですね。 成金はこの宝物が王侯貴族のために作られたハイジュエリーだなんて思わないでしょう。 庶民でも見ただけで理解できる、派手な宝石が付いたジュエリーだけが王侯貴族のジュエリーと思い込んでいるのですから・・。 宝石は自然が生み出した"石の質"、そして優れた職人による"カット"によって完成します。 どちらかだけ優れていても宝石としては片手落ちで、高級宝石とは言えません。 |
こういう宝石こそ、いかにも王侯貴族が日常用に特別オーダーして作った、一番愛着を持っていたであろう宝物なのです。 富と権力を象徴するための派手なジュエリーよりも、こういう日常用のジュエリーにこそ、持ち主の趣味や人間性が出るように感じます。 甘いピンクの宝石に、当時最先端のスタイリッシュなモダンスタイルを組み合わせるなんて、どんな知的な女性が使っていたのでしょうね♪ |
3-1-3. トップクラスの見事なミルグレイン
このペンダントに施されたミルグレインは、トップクラスの見事なものです。 ゴールドの覆輪に規則正しい感覚でタガネを打ち、さらにそこを1つ1つヤスリで磨き上げて作ります。 綺麗な半球状に整えられ、表面はピカピカに磨き上げられているので、肉眼で見た時はミルグレインの1つ1つが繊細に輝きを放ちます。 |
【参考】現代ジュエリーの鋳造ミルグレイン | 現代の宝飾業界はこのミルグレインが何のためにあるのか分かっていないようで、こういう形を付けさえすれば良いと思っているようです。 現代ジュエリーが基本的には量産するために鋳造で作るため、ミルグレインも大きいです。 |
【参考】現代ジュエリーのミルグレイン | 現代の巨大ミルグレインは肉眼ではっきり認識できてしまうため、ボコボコしてデザイン的な気持ち悪さを感じてしまいます。 もちろん繊細な輝きなど放つわけがありません。 |
このペンダントは2石のピンクトルマリンと、4石の天然真珠にトップクラスのミルグレインが施されています。 |
シャープな印象のモダンスタイルのゴールド・デザインに対して、ミルグレインがあることで宝石の輪郭が際立って見え、それぞれの宝石の存在感が強められています。 また、ピンクトルマリンが揺れるたびに、宝石だけでなく外周のミルグレインも繊細な黄金の輝きを放ち、より高級感が出る要因となっています。 ミルグレインという、オーソドックスな名脇役も使った見事なデザインのジュエリーです。 |
3-2. 効果的に配置された上質な白の天然真珠
このペンダントは、デザインの要所要所に天然真珠が効果的に配置されています。 |
上下、12時と6時に方向、そして2時と10時の方向にセットされています。 左右は3時と9時の方向ではなく、少し上側にセットされていることに独特のセンスの良さを感じます。 スキっとした3本の透かしのラインが際立ちますし、そこから天然真珠を介して上部の"孤のデザイン"につながることで、全く別のデザインに変わっていても違和感がありません。 |
天然真珠は小さいながらもとても白く、とても照り艶があります。 4つ全てが最高品質の天然真珠で、見た目もパーフェクトに揃っています。 天然真珠は複数を使う場合、大きさだけでなく色、質感(マット、艶やかなど)も全て揃えないと違和感が出ます。 しかしながら天然から偶然得られる真珠で、見た目を全て揃えること自体が至難です。 |
ピンクとホワイトの組み合わせは、最も可愛らしさや純粋さを感じさせると言えますよね。 色味を帯びた天然真珠も質が良ければデザインに応じて生かすことができ、天然真珠に関して単純な色による優劣はないのですが、黄味が強かったり、グレーがかった天然真珠では今回のペンダントには相応しくありません。 ここまで小さな天然真珠だと、「付いてさえいれば良いよね。」という手抜きが伝わってくるジュエリーも安物には少なくないのですが、このペンダントにはハイクラスのジュエリーの中でも類を見ないこだわりが見えます。 |
3-3. 上流階級の日常用のハイジュエリーならではの作り込み
ヴィクトリア王女(1868-1935年)15歳頃 | 王太子妃アレクサンドラ(1844-1925年) |
これはヘリテイジが扱うハイクラスのジュエリーをリアルタイムで使っていた時代の、英国王室の女性たちの日常着のコーディネートです。富と権力を象徴するための万人に分かりやすいジュエリーではないため派手さはありませんが、当然ながら最上質なものを使っています。 |
日常のアレクサンドラ皇太子妃と3人の娘たち | しかしながら、こういう上流階級のジュエリーは質が良いというだけではありません。 ロイヤルファミリーを始めとする貴族たちは、昔はファッションリーダーでもありました。 新しいスタイルを生み出し、それが優れていれば他の上流階級たちに取り入れられて『流行』となり、その流行が最後に庶民に降りてきます。 |
『Tweet Basket』 クローズド・パヴェ・セッティング ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
だからアーツ&クラフツが本格的に流行する直前頃の、王侯貴族のための普段着用のジュエリーを見ると、まさにアーツ&クラフツの精神を体現したかのようなジュエリーがあったりするのです。 ありのままの自然の姿を表現したデザイン、高度な技術を持つ職人による、妥協を許さぬ素晴らしい手仕事のジュエリー。 |
『ハッピー・エンジェル』 ストーンカメオ&フェザーパール ブローチ フランス? 1870〜1880年代 ¥1,200,000-(税込10%) |
フェザーパールが大流行する直前、まだ注目され始めたばかりの頃にはエンジェルの翼と羽根をキーワードにした知的なジュエリーであったり・・。 |
これはまさに、モダンスタイルが生まれた頃に作り出された宝物です。 まだこの新しいデザインを知っていたり、理解する人がごく僅かだった時代。 そんな時代に、流行の最先端を行く、次の時代を作り出すデザインのジュエリーとしてこのペンダントは特別な情熱を込めて作られたのです。 |
『REBIRTH』 セセッション(ウィーン分離派) ネックレス オーストリア 1905〜1910年頃 SOLD |
時はアールヌーヴォー全盛期。アーツ&クラフツも陳腐化し始めた時代。 マッキントッシュらグラスゴー派によって生み出されたモダンスタイルを理解できず、非難する人もいる一方で、高く評価する芸術家たちも多々存在しました。 その際たる人物たちがホフマンやクリムトなどウィーン分離派でした。 マッキントッシュ夫妻の作品はウィーン分離派に新たなインスピレーションをもたらし、それが新たなクリエーションにも生かされていますが、その影響はこうしてハイジュエリーにも見ることができるのです。 |
アールデコ後期になると、量産やコストダウンのためのデザインが主流となり、優れたジュエリーの歴史も第二次世界大戦頃には終焉を迎えました。 マッキントッシュやホフマンが活躍した時代も、高度な手仕事による優れた物づくり(真の芸術)とコストとの戦いでした。 手間を惜しまず魂を込めた作る『優れた芸術』にはお金も時間もかかります。 マッキントッシュやホフマンが苦しんだのもここでした。気前良くお金を出してくれるパトロンが急速にいなくなった時代です。 これでは芸術家としてまともな活動はできず、お金や時間を気にしていては才能の1/10も発揮できません。 |
何でも流行は一番最初が優れています。 大きな流行へと発展するパワーを秘めているからです。 最初が優れていなければ、流行にはなっていませんから・・。 このペンダントは絶対的な美的感覚を持ち、創作活動の大変さも理解する、知的にも非常に優れた上流階級がいたからこそ生み出された宝物です。 |
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裏側
裏返しても、一瞬裏とは思わないほど、ごまかしのない美しい作りです♪ |
余談
ヒルハウスの内装(マッキントッシュ夫妻 1902年)【引用】National Trust HP ©National Trust for Scotland |
ところで、ピンクとホワイトはマッキントッシュ夫妻の作品によく見る組み合わせです。甘い雰囲気になりそうな色の組み合わせですが、スタイリッシュなデザインと組み合わさることによって、とてもオシャレな雰囲気になります。 |
マッキントッシュ家のベッドルーム(1906-1914年)の再現 【引用】University of Grasgow HP ©University of Grasgow. |
スタイリッシュなデザインにピンクを使うのが良いのです。スタイリッシュなデザインにブルーなど、スタイリッシュな雰囲気の色を使うとカッコ良さはありますが、ひねりがなくて面白味は感じられないのです。オシャレというよりは、"普通"という範囲内にとどまるでしょう。 |
マッキントッシュ家のリビングルーム(1906-1914年)の再現 【引用】University of Grasgow HP ©University of Grasgow. |
マッキントッシュ家の照明やインテリア(1906-1914年)の再現 【引用】University of Grasgow HP ©University of Grasgow. |
光を取り込むと優しい色を浮かび上がらせる、ピンクの色ガラス・・。 マッキントッシュ夫妻の家を訪れた人々は、その洗練された空間に心を打たれたそうです。知人の一人は、「家はいつも綺麗で暖炉には火が入り、上品なお菓子と美味しい紅茶を振舞ってくれた。」と語っています。 お互いその天才的な才能に尊敬しあい、愛にあふれていたマッキントッシュ夫妻。家にはその愛を象徴するような優しい光がいつも照らし出されていたことでしょう。 |
現代の感覚で見ても、未来的にさえ感じるスタイリッシュなデザイン。 それでいてコストは考えず、真に優れたものを作ろうと手間は惜しまず高度な技術で作られたジュエリー。
モダンスタイルのジュエリーは、私の感覚的には一番好きなジャンルです♪ |