No.00331 薔薇

オパールセント・エナメルの薔薇&天然真珠のアンティーク・ブローチ

 

 

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

『薔薇』
アールヌーヴォー オパールセント・エナメル&天然真珠 ブローチ

イギリス 1900年頃
オパールセント・エナメル、天然真珠、9ctゴールド
サイズ:4.0×3.4cm
重量:4.5g
SOLD

高度なオパールセント・エナメルによる驚くほどリアルな薔薇の表現と、センスの良いオシャレなデザインが素晴らしいブローチです!♪

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ
←実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります

オパールセント・エナメルはあまりにも難度が高過ぎるが故に、違和感なく美しいと感じられる作品は限られています。また、作られた期間も短く、手に入れるのはとても難しいですが、一度目にすれば色彩のグラデーションと下地の彫金模様とのコラボレーションの美しさに一瞬で心が奪われる、魅惑のエナメルです!

立体的に作られた花と葉の造形は高度な技術と手間をかけた見事なもので、あらゆる角度から見て素晴らしいです。天然真珠も最高級品に相応しい、照り艶に優れたものが揃えられています。イギリス製としては珍しいアールヌーヴォー・デザイン、揺れる構造や細部までこだわったデザインと作りも素晴らしく、この薔薇をイメージした特定の女性に贈るためのスペシャル・オーダー品だったと考えられます。

明らかに最高級品として作られているのに、9ctゴールド製なのが驚きました。強度や色みを考えてのこととみられ、ごく稀にそういう宝物が出てくることはあります。しかしながらここまで別格の作りのものは初めてで、例外中の例外と言えます。

金位を気にする必要がないほどのお金持ち、かつ美しいものを具現化するために柔軟な考え方ができる、超特別な人が作らせたに違いありません。金位が高かったら、ご紹介できる価格はもっと高価だったでしょう。アンティークのハイジュエリー専門の店としてHERITAGEが自身を持ってご紹介できる、HERITAGEらしい自慢の宝物です♪♪

 

 

この宝物のポイント

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ
  1. 色彩美しいエナメルの薔薇
    1. 定番人気の薔薇モチーフ
    2. 19世紀後期から流行し始めた薔薇の品種改良
    3. オパールセント・エナメルによる美しい色彩
  2. 明確な意味のある9ctゴールド製の例外的な高級品
    1. 高級品の証1. 上質なオパールセント・エナメル
    2. 高級品の証2. 上質な天然真珠
    3. 金属に耐久性が必要な特殊なデザイン
    4. 薔薇と調和するローズ・ゴールドの色彩
  3. 技術と手間をかけた上質な作り
    1. 魅力的に揺れる構造
    2. 細部までのデザインのこだわり
オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

 

 

1. 色彩美しいエナメルの薔薇

天に咲く美しい白薔薇Genと小元太のフォト日記『天に咲く薔薇』(2011年5月)より

お好きな花は何ですか?
数ある花の中でも、薔薇は花の王様と言って良いほど高い人気を誇ります。薔薇は見た目の華やかさや極上の香り、それでいて棘を持つ魅惑の花です。それ故に、薔薇をモチーフにしたジュエリーも定番で人気がありました。薔薇を表現するための素材や技法も様々です。

1-1. 定番の人気モチーフ『薔薇』

ジョージアンのルビー&エメラルド&ラピスラズリの一輪挿しのバラの香水瓶ブローチ『一輪挿しの薔薇』
香水瓶 ブローチ
イギリス 1820年頃
SOLD
ジョージアンのコンクシェルのブローチ(アンティークジュエリー)『薔薇』
ジョージアン プチ フラワー・ブローチ
イギリス 1820年頃
SOLD

美の象徴でもある薔薇は、愛を表現するモチーフとして古の王侯貴族にも好まれてきました。愛し合う2人の数だけ、表現の数もあります。この薔薇のジュエリーも、いかにもジョージアン貴族らしいラグジュアリーを兼ね備えた優美な宝物です。

大量生産の既製品を買うだけの現代だと、愛し合う2人の数だけの表現の数はありません。愛を象徴するものとして、他の人たちと同じものだったり似たりよったりのものなんて欲しくありませんよね。現代ジュエリー業界が「売れない。」嘆くわけですが、魅力的なものを作れば欲しいと思う人はいくらでもいると思います。アンティークのハイジュエリーを見ると羨ましく感じると共に、現代の状況を情けなくも感じます。

スリーカラー・ゴールド&天然真珠のフランスの薔薇のアンティークジュエリースリーカラー・ゴールド ブローチ&ペンダント
フランス 1830〜1840年頃
SOLD
薔薇の天然真珠&ゴールド・ネックレスゴールド&天然真珠 ネックレス
フランス 1890〜1900年頃
SOLD

アンティークの時代のハイジュエリーを見ると、本当に様々なデザインや素材、表現手法があって持ち主の個性が現れているなぁと楽しくなります♪

ピンク・サファイア&スリーカラー・ゴールドの薔薇のハート・ロケット・ペンダントスリーカラー・ゴールド ハート ロケット・ペンダント
イギリス 1880年頃
SOLD
カーブドアイボリーの薔薇のイヤ・クリップカーブドアイボリー イヤリング
フランス 19世紀後期
SOLD

いつの時代も人気が高いモチーフでしたが、46年という長きに渡ってアンティークジュエリーをお取り扱いしていると、特に19世紀後期に薔薇モチーフのジュエリーが多いことに気づきます。

実は、これにもきちんと歴史的な背景があります。

1-2. 19世紀後期から流行し始めた薔薇の品種改良

ノイバラ(野バラ) "Rosa multiflora(200705) ©E-190(May 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0

『薔薇』と聞いて、どういう薔薇を想像されますか?

お花屋さんで見るような華やかなものでしょうか。それとも控えめな野生の薔薇でしょうか。薔薇は種類が多く、品種改良で今でも新しい品種が出てきますよね。

古来より愛されてきた薔薇ですが、19世紀後期から20世紀にかけて特に品種改良がブームになった歴史があります。

1-2-1. 薔薇の母ジョゼフィーヌ皇后

フランス皇后ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(1763-1814年)

現代では数えきれないくらい多品種がある薔薇ですが、その元となったのが『薔薇の母』とも呼ばれるフランス皇后ジョゼフィーヌです。

君主を頂点とする王侯貴族が世界を主導していたアンティークの時代は、夫が政治や外交を司り、妻は文化や芸術面で国の発展に貢献するのが役割でした。

フランス王妃マリー・アントワネット(1755-1793)

王妃や皇后は贅沢のためにお金を使いまくっていたなんて言われたりしますが、彼女たちは意味のない、成金(庶民)のような自己満足のためだけの散財はしません。

古い時代の王侯貴族には『王権神授説』を始めとする"持って生まれた役割"、すなわち生まれながらにして持つ立場と責任の意識が強くありました。

現代の庶民から見るとただの贅沢に見えても、そこにはパトロンとして意味のあるものに投資し、文芸を発展させることでより国を豊かにし、国民を幸せにすると言う確固たる意思がありました。

1-2-1-1. ジョゼフィーヌの才能
結婚前のナポレオンとジョゼフィーヌ

フランス革命後、新しくフランス皇帝の座に就いたナポレオンとジョゼフィーヌ夫妻ですが、彼らは突如現れたどこかの庶民ではありません。

どちらもフランス貴族でした。

故に、どちらも君主夫妻として何をやるべきか理解していました。

詳細は以前ご紹介しましたが、植民地であるマルティニーク島で生まれ育ったジョゼフィーヌは、16歳で結婚してパリに移住しました。しかしながらパリの貴族から見ると田舎臭く無教養ということで、バカにされる対象でした。子供2人をもうけた後、夫アレクサンドル・ド・ボアルネ子爵からは結婚前の恋人とよりを戻された上で、裁判所に別居を申し立てられるという屈辱的な目にも遭っています。

通常ならば心が折れるか、悲劇のヒロインやタタリ神のような精神状態になって世の中を呪って過ごすようになってもおかしくないですが、本人の素養や南国生まれらしいスーパー・ポジティブなマインドもあって、心折れることなく対処しました。そうは言ってもこんな酷い目に遭って心が傷つかない人がいるわけはなく、10代後半でのこの経験が強い男性不信を心に植え付け、再婚したナポレオンを何度も試すような浮気行為につながっているのでしょうね。

ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(1763-1814年)

歴史に名が残るジョゼフィーヌは、当然只者ではありませんでした。離婚成立後、修道院で約2年間修行し、ジョゼフィーヌは様々な社交術を身に付けました。

字さえろくに書くことができなかった田舎娘は洗練されたパリジェンヌへと見事な変貌を遂げ、パリ社交界の華となったのです。そこでナポレオンが熱烈に恋をしたわけです。

能力やセンスや無くて駄目だったわけではなく、元々は傑出した素質を持っており、磨かれていなかっただけというわけですね。

1821年のセントヘレナ島でのナポレオンの死を描いた1826年の絵画

見た目の美しさももちろん重要ですが、優れた人ほどパートナーにも同程度以上の知性や教養を求めるものです。それがなければ、強く恋い焦がれ続けることは難しいです。

跡継を作るために已むを得ずナポレオンとジョゼフィーヌは離婚しましたが、その後もジョゼフィーヌは皇后の称号を許され、ナポレオンの良き話し相手であり続けました。ナポレオンの後妻が嫉妬するほど仲が良かったそうです。

ナポレオンは本の虫で、学生時代の優秀な成績からも知的で明晰な頭脳を持っていたことが想像できます。そんなナポレオンが配流地セントヘレナ島で51歳で死去する際に残した、最期の言葉は「フランス、陸軍、陸軍総帥、ジョゼフィーヌ・・・」でした。単なる外見以上に、ジョゼフィーヌは多面的な魅力を内面に秘めていたことは間違いないでしょう。それは知性も含めてです。

1-2-1-2. マルメゾン城で実現しようとした良き洗練のモデル
王妃の村里 "Vue aérienne du domaine de Versailles par ToucanWings - Creative Commons By Sa 3.0 - 037 " ©ToucanWings(19 August 2013, 19:25:10)/Adapted/CC BY-SA 3.0

君主夫妻はファッションリーダーとなって新しい文化を作り、経済を回し、国民を精神面でも経済面でも豊かにすることも役割の1つです。ライフスタイルまで含めたファッションリーダーとして、活動拠点は必須です。

フランス王妃マリー・アントワネットの場合は、プチ・トリアノン宮殿とその一角に造った『王妃の村里』でした。1774年にフランス王に即位した20歳のルイ16世にお願いして、王妃となった19歳のマリー・アントワネットはこの宮殿と周辺の庭園を私的な所有物として手に入れました。

元々はポンパドゥール夫人のために建てられた宮殿でしたが、完成直後に夫人が亡くなって無人だったものでした。

農婦姿の王妃マリー・アントワネット(1755-1793年)1791年、36歳頃

マリー・アントワネット自身が自らのための新しい城を建築することはなく、この場所を心落ち着く場所として最も愛し、当時最先端のイギリス式庭園を造ったり、家畜を育てたり農業を営んだりして子どもたちに食育なども行っていました。

今でこそ食育なども浸透していますが、当時のパリ貴族たちにとっては最先端過ぎて、王妃が一体何をやっているのか完全に意味不明だったようです。

拠点とするカントリーハウスと、社交や仕事で必要なロンドンのタウンハウスを行き来するイギリス貴族と違い、上位のフランス貴族はルイ14世がヴェルサイユに強制移住させたため、殆どが都会しか知らない状況にあったからです。

マルメゾン城 "Chateaudemalmaison" ©Pedro Faber(14 July 2017)/Adapted/CC BY-SA 4.0

フランス皇后ジョゼフィーヌが手に入れたのはマルメゾン城でした。ナポレオンのエジプト遠征の戦果を期待し、1799年に夫に相談せずこの高額な邸宅を手に入れたのでした。

土地は荒れており、大規模な修繕も必要とする城でしたが、ナポレオンは自身の建築家たちに命じて城を改修し、当世風の装飾を施しました。1800年から1802年まではテュイルリー宮殿と共にフランス政府機能も置かれています。

ジョゼフィーヌはこの土地を「ヨーロッパで最も美しく興味深い庭園、良き洗練のモデル」とすべく精力を注ぎました。「マルメゾンが近い将来、全フランスの豊かさの源となることを願っています。」とも書いています。ナポレオンとの離婚後もジョゼフィーヌは多額の年金を支給されながらマルメゾン城に住み、この地で最期を迎えています。

マルメゾン城のメイン・エントランス "Château de Malmaison à Rueil-Malmaison 002" ©Moonil(8 December 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0

ジョゼフィーヌはこの地に理想を実現すべく、300本のパイナップルを栽培できる広大なオランジェリーを建設するなどし、世界中の様々な植物を蒐集して育てました。1803年から逝去する1814年までの間に、ほぼ200種の新しい植物をフランスで初めて栽培したりもしています。

コクチョウ アザラシ
"Cygnus atratus -adult with chicks in Australia-8" ©Looking Glass(2 October 2005)/Adapted/CC BY-SA 2.0 PD

多様性に富む豊かな庭園にはカンガルーやコクチョウ、シマウマ、ヒツジ、ガゼル、ダチョウ、シャモア、アザラシ、レイヨウ、リャマなど様々な動物や鳥も放たれました。1900年頃のロスチャイルドのガラパゴスゾウガメのペットやシマウマの馬車もインパクトがありますが、ジョゼフィーヌのコレクションも半端ないですね。南国マルティニーク島で生まれ育ったからこそとも言えるでしょう。

1-2-1-3. マルメゾン城で特に評価が高いバラ園
マルメゾンの庭園に腰掛けるジョゼフィーヌ(1763-1814年)42歳頃、1805年

そんなジョゼフィーヌの庭園コレクションの中でも、特に評価が高いのが薔薇でした。

薔薇を愛したジョゼフィーヌはマルメゾン城にバラ園を営み、故郷のマルティニーク島やヨーロッパだけでなく中国や日本など、世界中から薔薇を集めました。

その種類は250種に及びます。

画家・植物学者 ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(1759-1840年)41歳頃、1800年頃 ロサ・ケンテフォーリア(ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ 1824年)

これを聞きつけた南ネーデルランド出身のベルギーの画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテは薔薇を描くことを思い立ち、ジョゼフィーヌにバラ園の出入りの許可を得ました。ジョゼフィーヌのお抱えとなったルドゥーテはマルメゾン城のバラやその他の植物を描き、複数の植物図譜を著しています。

その中でもジョゼフィーヌの死後、1817年から1824年にかけて出版した全3巻『バラ図譜(Les Roses)』は最高傑作とされ、169種の薔薇が精密に描かれたこの図譜は芸術的価値のみならず植物学上でも重要な資料として評価されています。

この頃にアンドレ・デュポンが、人為交配(人工受粉)による育種技術を確立しました。ジョゼフィーヌの死後もバラ園では引き続き原種の蒐集や品種改良が行われ、19世紀半ばには薔薇の品種は3,000を超えるまでになりました。これが鑑賞用としての現在の薔薇の基礎となったのです。

1-2-2. モダンローズの誕生

育種家 ジャン=バプティスト・アンドレ・ギヨー・フィス(1827-1893年) モダンローズ第1号『ラ・フランス』(ジャン=バプティスト・アンドレ・ギヨー・フィス 1867年発表)
"Rosa 'La France' at Ishida Rose Garden in Odate, Akita, Japan " ©掬茶(12 June 2021, 17:02:30)/Adapted/CC BY-SA 4.0

薔薇の育種が続けられ、1867年にフランスの育種家ジャン=バプティスト・アンドレ・ギヨー・フィスが画期的な品種『ラ・フランス』を誕生させました。45枚と言われるピンクの花弁を幾重にも重ねた大輪の薔薇で、冬を除いて一年中花を咲かせる画期的な性質『四季咲き性』を持っていました。

ラ・フランス誕生以前に存在していた系統の薔薇は『オールド・ローズ』と呼ばれ、以降に生まれた薔薇の系統は『モダン・ローズ』と呼ばれるようになりました。

イギリスのベネットがこれに追随し、1883年にティー系とハイブリッド・パーペチュアル系を交配した『レディ・マリー・フィッツウィリアム』を発表しました。新しい薔薇の系統として『ハイブリッド・ティー』系と命名され、整った花容から交配の親として広く利用されることになりました。

1-2-3. 新品種の育種ブーム

育種家 ジョセフ・ペルネ=デュシェ(1859-1928年)66歳頃、1925年 マダム・キャロライン・テストゥ(ジョセフ・ペルネ=デュシェ 1890年発表)"Rosa 'Mme Caroline Testout" ©A. Barra(May 1988)/Adapted/CC BY-SA 3.0

ハイブリッド・ティーの育種は続けられ、1888年にジョン・クックによる『ウートン土産』、1890年にジョセフ・ペルネ=デュシェによる『マダム・キャロライン・テストゥ』が作出されています。ただ、新しく生み出されたハイブリッド・ティー系は、依然としてそこまで人気のある品種ではありませんでした。

しかし上流階級の薔薇の新品種への期待や、知的探究心は強く、画期的な薔薇を求めてトライアルがなされました。植物だからこそすぐには結果が出ない、長い年月を要する地道な道のりです。

ソレイユ・ドール(ジョセフ・ペルネ=デュシェ 1900年発表)"Rosa 'Soleil d'or2'" ©A. Barra(May 1987)/Adapted/CC BY-SA 3.0

ハイブリッド・ティーを人気品種にしたのは、ジョセフ・ペルネ=デュシェが1900年に発表した黄金の太陽の名を持つ『ソレイユ・ドール』でした。そうは言っても、現代人にはこの薔薇を見てもピンと来ない方のほうが多いかもしれません。

実は当時、ハイブリッド・ティー系には純粋な黄色の花がありませんでした。それ故に黄色のハイブリッド・ティー系の品種を誕生させることが課題とされていた背景があります。黄色のバラ第1号となったのがこの花でした。オレンジに近い色にも見えますね。

青いバラ『アプローズ』(サントリーフラワーズ、カルジーン・パシフィック 2004年発表)

今でこそ黄色のバラは当たり前ですが、当時の人々にとっては不可能とされた『青いバラ』を生み出したのと同等か、それ以上のインパクトがあったのです。

ちなみに薔薇は青の色素を持たないため品種改良のみで青バラを作出することは不可能で、遺伝子組換え技術を使うことで2004年に青の色素を持つバラ『アプローズ』が実現しています。

ただ、私が想像していたのとは違っていて、申し訳ないのですががっかりした記憶があります。純粋なブルー系かと思っていたら、モーヴ系の紫色だったからです。

黄色のバラの花束現代の黄色のバラ

1900年当時、美しい黄色のバラは非常に画期的でした。

さらなる改良が重ねられ、1907年に四季咲き性の『リヨン・ローズ』 、1920年には完全な黄色のバラ『スブニール・ド・クロージュ』が作出されました。

その子『ジュリアン・ポタン』を元に、1933年に作出された黄色のバラ『ゲハイムラート・ドイスゲルヒ(ゴールデン・ラピチュア)』が今の黄色いバラの親となっています。

ピース(フランソワ・メイアン 1935〜1939年開発)"Rosa 3465" ©Musteroiseau(11 January 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0

そのような薔薇の開発競争の中で、ハイブリッド・ティーをガーデン・ローズの頂点に押し上げたのが、第二次世界大戦の終わりにフランソワ・メイアンが作出した『ピース』でした。四季咲き性で、八重咲きの大輪の花を付け、グラデーションの色彩が美しい薔薇です。世界で一番美しい薔薇とも言われ、1971年に初開催された世界バラ会議で『栄光の殿堂入りのバラ』として、記念すべき最初の殿堂入りの薔薇にも選ばれています。

日本に入ってきたのは1949年で、当時の大卒銀行員の初任給が3,000円だったのに対し、ピースは1本6,000〜10,000円で販売されたそうです。現代のメガバンクの大卒初任給(総合職)は20.5万円ということで、現代に換算すると1本が41万〜68万円に相当します。やがて枯れてしまうお花1本にこれだけの価格が付くなんて、まさに限られた上流階級だけの世界ですね。

現代でも引き続き薔薇の品種改良は重ねられていますが、特に流行初期の19世紀後期から、優れた品種が次々に生み出されて成果として現れてきた20世紀前半にかけて、薔薇は世界の上流階級の間で大ブームとなったのです。

1-3. オパールセント・エナメルの美しい色彩

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

ガーデンローズの新品種の開発ブームに呼応して、19世紀後期から20世紀初頭にかけて、上流階級に薔薇のジュエリーが流行しました。

1-3-1. 上流階級の女性と薔薇

薔薇のアンティーク着物&帯薔薇の着物と刺繍帯(大正〜昭和初期)HERITAGEコレクション

大正から昭和初期にかけての美しいアンティーク着物は、当時の上流階級の女性のために作られた高級品です。

薔薇柄は想像以上に多様性に富みます。

柄を見ると、当時の日本の上流階級が世界の上流階級と影響し合う、非常にインターナショナルな環境にいたことも分かります。

モチーフとして『薔薇』も非常に多いのですが、それにも理由があります。

育種家 ジャン=バプティスト・アンドレ・ギヨー・フィス(1827-1893年) モダンローズ第1号『ラ・フランス』(ジャン=バプティスト・アンドレ・ギヨー・フィス 1867年発表)
"Rosa 'La France' at Ishida Rose Garden in Odate, Akita, Japan " ©掬茶(12 June 2021, 17:02:30)/Adapted/CC BY-SA 4.0

先にご紹介したモダンローズ第1号、『ラ・フランス』は江戸時代末期に作出されました。明治維新を迎えると、明治政府はラ・フランス(和名:天開地)を農業試験用の植物として取り寄せ、青山官性農園(現:東京大学農学部)で栽培を始めました。

その後、皇族や華族などの日本貴族、高級官僚などがパトロンとなり、薔薇の栽培が普及していきました。庭園や設備、薔薇を栽培したり増やすための優秀な職人には相応のお金がかかりますから、やはり上流階級のためのものなのです。

上流階級の間で流行し、知名度が上がり、ノウハウも蓄積されてくると流行が庶民に降りてくるのは日本も同じです。明治期は上流階級の間での流行だった薔薇が、大正から昭和の頃には一般家庭にも普及し始め、日本文学の題材にも登場するようになっていきました。こうして日本でも薔薇が『花の女王』として愛好されるようになっていったのです。

ミセス・ハーバート・スティーブンス(1910年作出)

20世紀後半も引き続き薔薇の育種は人気でしたが、より古い時代ほどヨーロッパでも上流階級のためのものだったと言えます。命名された名前を見ると、育種家が愛する女性の名を付けたり、高貴な御婦人の名を付けている場合が多々あります。

『ピース』も、元々は作出したフランソワ・メイアンは母の名をとって『マダム・アントワーヌ・メイアン』と呼んでいました。

PDイギリス国花の紅薔薇を背景にしたエリザベス女王(タイム誌 1953年11月5日号) クイーン・エリザベス(ジャーメインズ社 1951年以前に作出)
"Rose 'Queen Elizabeth' 1954" ©Arashiyama(16 May 2013, 11:11:52)/Adapted/CC BY-SA 3.0

エリザベス女王の名を持つ品種もあります。アメリカのジャーメインズ社で1951年以前に作出された薔薇ですが、1952年のエリザベス女王の即位を祝して1954年に『クイーン・エリザベス』の名で品種登録されました。1979年に世界バラ会議で殿堂入りしています。

25歳の若さで即位したフレッシュなエリザベス女王にピッタリの容貌ですが、即位して70年近く経つ今(2021年)の女王にもよく似合う気品ある美しい薔薇ですね♪

PDアレクサンドラ(レディ・オギルヴィ)(1936-) アレクサンドラ・オブ・ケント王女
"Rose Princess Alexandra of Kent バラ プリンセス アレクサンドラ オブ ケント (6306276998) " ©T/Kiya from Japan(2 November 2011, 11:27)/Adapted/CC BY-SA 2.0

ケント公爵ジョージ王子の長女であり、エリザベス女王の従姉妹のアレクサンドラ・オブ・ケント王女の名を持つ薔薇も存在します。特別な薔薇と、高貴な女性には関係があったりするものなのです。

1-3-2. アレクサンドラ妃の時代の薔薇

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

アンティークの時代、特に上流階級の間で薔薇が流行していた時代の例もご紹介しましょう。

この時代の大英帝国のファッションリーダー、つまり世界のファッションリーダーだった女性はエドワード7世の妻、アレクサンドラ・オブ・デンマークです。

アレクサンドラ・ローズ "Rose, The Alexandra Rose, バラ, ジ アレクサンドラ ローズ, (12531495853)" ©T.Kiya from Japan(27 May 2013, 08:21)/Adapted/CC BY-SA 2.0

アレクサンドラ妃の名を持つ薔薇もあります。ボリュームのある華やかな薔薇もたくさん生み出されている中で、敢えて控えめで清楚な雰囲気を持つこの薔薇が選ばれているのが印象的ですね。

実はこの薔薇は当時作出されたものではなく、1992年にイギリスの薔薇の育種家デヴィッド・オースティンが生み出した花です。アレクサンドラ王妃が始めて、現代まで続いているチャリティー・イベント『アレクサンドラのバラの日』に捧げて命名されました。

アレクサンドラ王妃のバラを販売するチャリティーの女性たち(イングランド 1928年) "Selling Queen Alexandra roses for charity in Seaford, southern England in 1928" ©User:Pinterest(31 July 2016)/Adapted/CC BY-SA 4.0 ノイバラ(野バラ)
"Rosa multiflora(200705) ©E-190(May 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0

実際、『アレクサンドラのバラの日』を象徴する薔薇として当時選ばれたのは、このような控えめな薔薇でした。

一般的には日本でも西洋でもボリューミーな薔薇が好まれますが、世界の中心、大英帝国の王妃の薔薇としてノイバラのような控えめな薔薇が選ばれているのが印象的です。

上流階級のハイジュエリー
ヴィクトリア女王の時代 アレクサンドラ王太子妃〜王妃の時代
【参考】ミッド・ヴィクトリアン ガーネット ピアス
イギリス 1850〜1860年頃
ロッククリスタル&デマントイドガーネット&ダイヤモンドの透明なハート型ロケット・ペンダント アンティーク・ジュエリー『アール・クレール』
ロッククリスタル ロケット・ペンダント
イギリス 1900年頃
SOLD

アンティークの時代の流行は、ファッションリーダーである君主が意図して生み出す場合が多いです。時代ごとにファッションリーダーは変化するのですが、その人の個性や好み、人柄やセンスなどが如実に反映されます。

ヴィクトリア女王がファッションリーダーだったのはアーリー・ヴィクトリアンからミッド・ヴィクトリアンにかけてです。1861年に42歳で最愛の夫アルバート王配を亡くしてからは、ヴィクトリア女王が喪に服し引き篭もり生活となったため、レイト・ヴィクトリアンからエドワーディアンにかけてはエドワード7世の妻アレクサンドラ妃がファッションリーダーでした。

ミッド・ヴィクトリアンは「目立つが勝ち!」とでも言うような、成金のようなドヤドヤしたボリュームのあるド派手なジュエリーが上流階級の間で流行しています。これはヴィクトリア女王の趣味であったり、本人も気にするほどの肥満体質の体型に負けない迫力が必要だったためです。

一方でアレクサンドラ妃がファッションリーダーになった時代は、気品あふれる清楚でセンスの良いジュエリーが流行しています。実際、アレクサンドラ妃はそういう女性と評価されており、当時の人々からも高い人気がありました。アレクサンドラ・ローズにも、アレクサンドラ妃の人物像がよく現れています。

結婚のためにイギリスのテムズ川から上陸したアレクサンドラ王女(1863年5月7日)

アレクサンドラ妃はデンマーク王室出身で、1863年に結婚のためにイギリスにやって来ました。18歳の時です。

次女ヴィクトリア王女&アレクサンドラ王妃(1908年)

それから数十年。

子供6人を生み、王太子妃から王妃となり、王族としてチャリティーにも励む心優しいアレクサンドラ王妃は熱烈なファンもたくさんいました。

左の写真も、チャリティーの資金集めのために出版された、『アレクサンドラ王妃のクリスマス・ギフト・ブック』に掲載されたものです。

アレクサンドラ王妃(1902年)58歳頃

アレクサンドラ王妃は50代になっても30代くらいにしか見えないと言われるほどの、王族らしい気品あふれる美貌に加え、天性の明るさもあって誰からも好感を持たれる女性でした。

デンマークから嫁いで50周年となる年、熱烈な支持者たちは壮大に祝いたいと願いました。

世界の中心、大英帝国として君臨した時代の王妃ですから莫大なお金を使って派手にやることは可能です。

アメリカの成金ジョージ・A・ケスラーが誕生日に主催したサヴォイ・ホテルでのゴンドラ・パーティ(1905年)

しかしながら、無意味に派手にお金を使って人々の注目を集めるのは、成金がやることです。

なぜ成金がそういうことをするのかと言えば、元々お金や地位を持っていなかったのにそれを手に入れて、自慢したくてしょうがない気持ちが抑えられないからです。

お金も地位も持っていなかった時代、それらが欲しくてしょうがありませんでしたし、持つ人が羨ましくてしょうがありませんでした。

そういうバックグラウンドがあるため、他の人たちも皆、今の自分を見て羨ましがるはずだと思うのです。

但し、羨ましがられるためにはお金や地位を持っていることを分かってもらわなくてはなりません。衣服も何も着用しない、素の人間の状態でそれを分かってもらうのは不可能です。

羨ましがられたい成金は、相手にお金や地位を持っていることを分かってもらうために、一目で分かりやすい派手なファッションやブランドで身を包み、いかにもお金がかかることをやってPRするのです。

どうだ、羨ましいだろう。俺はお金も地位も持っているぞ。

生まれながらに高貴な身分でお金も地位も持っている人の場合、それを持つ人を羨ましいと思う経験が生涯ありません。お金や地位を持っているありがたい立場なのに、そうではない他の人の幸せのために動けないのは、そういう人にとっては恥なのです。

生まれながらの王族、アレクサンドラ王太后は50周年に何か意味のある、困っている人々のためになることができないかと考えました。

国王クリスチャン9世のデンマーク王室(1862年)一番右:長女アレクサンドラ王女

嫁いで50周年となる1912年の初めに母国デンマークを訪れた際、アレクサンドラ王太后(1910年に国王エドワード7世が崩御)は、自身の教区の庭で育てた薔薇を売って貧しい人々のためにお金を集める司祭に出会いました。

第一回『アレクサンドラのバラの日』(1912年7月)アレクサンドラ王太后(67歳)&ヴィクトリア王女

アレクサンドラ王太后はこの行動に触発され、『バラの日』のアイデアを思いつきました。

ロンドンの貧しい人や病人を助けるために、薔薇を販売して資金を集めるということです。

アンティークの特に古い時代は政治や外交も王侯貴族が司っており、この時代もまだまだ大きく関わっていました。

さすが国家のトップと言うべきか、ただ単純に花を販売するだけではありませんでした。

当時、ロンドンの最貧地区で貧しくて障害のある孤児の女の子たちのための慈善団体があり、女の子たちが造花を作って稼ぐことができるよう訓練していました。

当時、造花の市場は急成長しており、彼女たちがシルクで作った薔薇を販売することにしたのです。初回となる1912年7月の『アレクサンドラのバラの日』は驚異的な成功を収めました。1万本の薔薇が生産され、現在の価値にして約4億2千万円もの資金が集められました。その資金はロンドンの病院に寄付されました。

寄付された方も助かりますし、造花を作る貧しい女の子たちも働いた分のお金を得ることができて、皆が幸せになれる構図が整っています。

アレクサンドラ王妃のバラを販売するチャリティーの女性たち(イングランド 1928年) "Selling Queen Alexandra roses for charity in Seaford, southern England in 1928" ©User:Pinterest(31 July 2016)/Adapted/CC BY-SA 4.0

『アレクサンドラのバラの日』は、アレクサンドラ王太后が1925年に亡くなった後も続けられました。

ソールズベリー総合病院での『アレクサンドラのバラの日』の募金活動(1930年頃)
【引用】ArtCare / Alexandra Rose Day ©COPYRIGHT ARTCARE 2020

ヨーロッパが戦場となった第一次世界大戦後、多くの病院が財政難に陥りました。このソールズベリー総合病院も1920年代から1930年代には資金調達に苦労する時代が続きました。

11周年となる1922年の報告書によれば、当日は悪天候だったにも関わらず700人の女性が参加し、45,000本の薔薇が販売され、現代の貨幣価値で450万円を調達することができたそうです。

王太子妃アレクサンドラ(1844-1925年)1889年、44歳頃

アレクサンドラは王太子妃時代に、戦争遺族の経済援助のためにイギリス陸海空軍人家族協会を設立したり、王妃時代にはイギリス陸軍看護施設を設立するなど、様々な功績を残しています。

夫エドワード7世は男性として政治や外交に尽力し、妻アレクサンドラ妃は女性ならではの貢献を国家のために行っていたわけですね。

民衆が注視しがちな王侯貴族の華やかな社交やファッションは、上流階級の1つの側面に過ぎないのです。

日本貴族 大英帝国の王族
PD公爵夫人 大山捨松(1860−1919年)1880年代? イギリス王太子妃アレクサンドラ・オブ・デンマークとその家族(1880年)
【出典】Royal Collection Trust / The Prince and Princess of Wales with their shildren, 1880 [in Portraits of Royal Children Vol.26 1880] / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2020 / Adapted

その本質を見抜いていたからこそ、日本最初の女子留学生であった山川捨松(後の公爵夫人 大山捨松)も大学を卒業後、アメリカの滞在を延長してわざわざ看護まで学んできたわけです。

PD『於鹿鳴館貴婦人慈善會之圖』(1884/明治20年)鹿鳴館で行われた日本初のチャリティバザー
中央の黒服の女性が大山捨松

帰国後、有志共立東京病院を見学した際、病人の世話をするのは雑用係の男性数名のみで看護婦の姿がなかったことに衝撃を受けた捨松は、院長だった高木兼寛男爵に看護婦養成学校の開設を提言しました。

財政難で難しいことが分かると、1884年に3日間に渡る日本初のチャリティーバザー『鹿鳴館慈善会』を開催しました。品揃えから告知、販売に至るまで率先して政府高官の妻たちの陣頭指揮を執ったそうです。チャリティーは大成功で、予想を上回る収益は全額が病院に寄付され、高木院長を感動させました。

この資金を元に、2年後に日本初の看護婦学校『有志共立病院看護婦教育所』が設立されました。女性の職場を開拓することにもつながる、大きな功績でした。

この他、『日本赤十字篤志婦人会』の発起人などとしても活躍しているのですが、まさにヨーロッパの王族の女性がやっていたことをきちんと理解し、日本で実践していたのです。

PD新政府の米国留学女学生(1871年)
永井繁子、上田悌子、吉益亮子、津田梅子、山川捨松

11歳で渡米、ロールモデルとなる先達もいない中、大学を卒業する22歳までに言語習得のみならずそこまで高度に理解してくるなんて、ちょっと同じ人間とは思えないくらい凄いですよね。

PDアレクサンドラ(レディ・オギルヴィ)(1936-) アレクサンドラ・オブ・ケント王女
"Rose Princess Alexandra of Kent バラ プリンセス アレクサンドラ オブ ケント (6306276998) " ©T/Kiya from Japan(2 November 2011, 11:27)/Adapted/CC BY-SA 2.0

ちなみに『アレクサンドラのバラの日』は現代まで続いており、今はアレクサンドラ妃の曾孫となるオギルヴィ令夫人アレクサンドラ王女がパトロンとなっています。文化はこうして作られ、継承されていくのです。

1-3-3. 特別な薔薇のジュエリー

薔薇の新品種の育種ブームが起きた19世紀後期から20世紀初頭にかけて、上流階級のためのハイジュエリーのデザインに薔薇モチーフは多く見られます。

定番かつ人気の高いモチーフとして薔薇がデザインされたものは多いですが、その中には特定の薔薇をモチーフにしたと想像できる特別な宝物もいくつか存在します。

アクアマリンの青いバラのゴールド・ブローチ アンティークジュエリー
『夢叶う青いバラとアクアマリン』
アクアマリン ゴールド ブローチ
ヨーロッパ 1880年頃
SOLD
このアクアマリンの薔薇の素晴らしいブローチも、きっとそういう宝物だと思います。
アクアマリンの青いバラのゴールド・ブローチ アンティークジュエリー

プレゼント用のような花束ではなく、無造作に束ねたかのような薔薇の表現が特徴的です。他には見たこともない表現です。また、硬い金属で作ったとは思えない、躍動感あふれる黄金の薔薇の造形に目を奪われますが、随所に散りばめられたローズカットの瑞々しい輝きがこれまた印象的です。

邸宅の薔薇園で愛情を込めて育てられ、美しく咲き誇った薔薇。摘んだばかりのその花にはまだ瑞々しい水滴が付いており、太陽の光で美しい輝きを放つ・・。

これは買ってきた薔薇を女性にプレゼントする作品ではありません。薔薇園のある邸宅を持ち、そこからたくさんの薔薇を摘んでプレゼントできるような特別な人物のオーダー品と感じます。敷地に加えて優秀な庭師が必要な薔薇園は贅沢なものです。
 育種に成功したら貴女の名前を付けましょう・・。
 この薔薇は貴女への捧げものです。
贅沢な薔薇園で、そんなロマンチックな会話もあったでしょうか。そういう実物に触れていないと作ることはできないデザインです。センスの良さや豊かな感性に加えて、圧倒的な財力を感じさせる宝物です。

ピンク・サファイア&スリーカラー・ゴールドの薔薇のハート・ロケット・ペンダントスリーカラー・ゴールド ピンク・サファイア ハート・ロケット・ペンダント
イギリス 1880年頃
SOLD

この宝物も、特定の女性に捧げるために特別にオーダーして作ったようにも感じます。

優美な色彩のピンクサファイアで表現された薔薇の蕾が印象的です。

このような優美な色彩を持つ新品種の育種に成功し、高貴な女性の名前が付けられ、記念にこのロケット・ペンダントがプレゼントされたということもあったかもしれませんね。

カーブドアイボリーの薔薇のイヤ・クリップカーブドアイボリー イヤリング
フランス 19世紀後期
SOLD
ミセス・ハーバート・スティーブンス
(1910年作出)

わざわざアイボリーに驚異の彫刻を施して華やかな薔薇の立体造形を再現したこのイヤリングも、新しく開発された大輪の白バラを表現するためだったかもしれません。赤いバラではなく、白バラを表現するためにアイボリーを選ぶ必要があったというわけです。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物も見たことのない特別な作りで作られており、最高級品としての特徴を複数持っています。

天然真珠が史上最も高く評価された時代に於いて、素晴らしい天然真珠を使ったこの宝物は一目で高級品と分かります。

さらにこの宝物を特徴づけるのが、ハイクオリティのオパールセント・エナメルによる美しい色彩を使った薔薇の表現です。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ アールヌーヴォーの黄金の薔薇のネックレスアールヌーヴォー ゴールド・ネックレス
フランス 1890〜1900年頃
SOLD

ゴールドの単色で作られた薔薇は想像力を掻き立ててくれて、頭の中でそれぞれにとっての理想の薔薇を想像できるのが魅力の1つです。

一方で、今回の美しい色彩の薔薇は、より具体的に特定の薔薇を表現しているように感じます。既製品ではなく、確実に誰かが特定の薔薇を表現するためにオパールセント・エナメルの技法を選び、オーダーしたことは間違いありません!!

2. 明確な意味のある9ctゴールド製の例外的な高級品

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物には刻印があり、9ctゴールド製と分かります。

目利きができない頭デッカチの人だと「ダイヤモンドは大きいほど価値がある。」、「ゴールドは金位が高いほど高級。」と短絡的な評価をします。

ゴールドの場合、何か特別な意味がなければ確かに金位が高いほど高級と言えるのですが、ゴールドを使いこなしていたアンティークの時代は意図があって低い金位で作られた高級品がたまにあります。

もちろん安物は低い金位オンリーです。選択肢がそれしかないからです。

莫大な財力を持つ上流階級は、どちらも選ぶことが可能です。値段ではなく性能や美しさで判断する上流階級の場合、必要あれば低い金位で作ってもらうこともあります。

庶民に対して、上流階級は人数が圧倒的に少ないです。だからこそ市場にある殆どは庶民用の安物です。カリフォルニアのゴールドラッシュ以降の年代に作られた金位が低い9ctゴールドのジュエリー、イコール安物と見てほぼ間違いはありません。

そのような中で、9ctゴールドなのに明らかに高級品として作られているものを見ると、面白くてしょうがありません。ここまでゴールドを使いこなすのかと感心しますし、古の上流階級は成金思考の庶民のように金位だけで高級か否かを判断してはいなかったことを実感できるからです。

9ctゴールドの高級な小物
ゴールド コインパース アンティーク『贅沢な小銭入れ』
ゴールド コインパース
アメリカ? 1900年頃
SOLD
素晴らしい金細工のアンティークのゴールド・ウォッチチェーン『ステータス』
ゴールド ウォッチチェーン
イギリス 19世紀後期
SOLD

例えば使うための優雅な小物の場合、ジュエリーより遥かに高い耐久性が必要です。金属が摩耗して、大切なお金や高級な時計を落としてしまったら一大事です。18ctは摩耗しやすいですが、チェーンや開閉機構など、使うたびに摩擦が生じる構造だと15ctでもまだ耐久性に不安があります。

だからコインパースやウォッチチェーンなどの高級小物の場合、もっと高い金位でオーダーしても平気な人の物であっても9ctゴールド製で作られるのです。

こういう小物の場合はシルバーが大半です。9ctゴールドとは言え、ジュエリーより遥かにたくさんのゴールドを必要としますから、材料費だけでも相当だったことでしょう。故にこういう小物の場合、9ctゴールド製でも例外的な物ではありません。数が少ない、通常の高級品と判断できます。

9ctゴールドの高級なジュエリー
母鳥の卵をうばう蛇のアーツ&クラフツ×モダンスタイルのペンダント『WILDLIFES』
ゴールド・ペンダント
イギリス 1900年頃
SOLD
瘴気から香りで身を守るためのヴィクトリアンの美しいポマンダー・ペンダント ポマンダー ペンダント アンティークジュエリー
『美しきお守り』
ポマンダー ペンダント
イギリス 19世紀後期
SOLD

ジュエリーの場合、ゴールドラッシュ以降に作られた9ctゴールド製の高級品は本当に例外的です。それでも46年間も高級なアンティークジュエリーを専門にお取り扱いしていると、たまにあります。Genも、「なぜこれが9ct製なのだろうと不思議に思うような、高級な作りの9ctゴールドのジュエリーがたまにある。」と体感しています。

こういう宝物は、よく見れば意味があって9ctゴールド製であることが分かります。『WILDLIFES』の場合はペンダントを構成する細いフレームや蛇の構造が特殊で、金属に十分な硬さがないと、力が加わった際に簡単に歪んでしまう可能性があります。どうしてもこのデザインを実現させたかったからこそ、割金の技術で硬さを出せる9ctゴールドが選ばれたのです。バチカンにまで行き届いたデザインへのこだわり、生き物の彫金や磨き上げられたフレームなどの作りの良さ、小さいながらも質の良い天然真珠など、特別な高級品として作られたことは明らかです。

『美しきお守り』の場合はもっと分かりやすいです。ペンダントですが、"使うための優雅な小物"という要素が強いです。瘴気から身を守るために中に香料などを入れますが、開閉のたびに金具が摩耗します。また、透かし細工を施した球体の構造は、変な力が加わると歪みが出やすいです。歪めば見た目が悪くなるだけでなく、開閉にも不具合が出ます。性能面を考えると9ctゴールドが必要だったのです。きちんと仕上げられた透かし細工、丁寧な彫金、わざわざトルコ石を嵌め込んだ美しいデザインなどに高級品らしさが現れています。

9ctゴールドのハイジュエリーは例外的な存在と言えますが、きちんと意味があって9ctが選ばれていますし、それ以外の箇所には高級品らしさが見て取れます。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物も意味があって9ctゴールドで作られていますが、まずはどうして高級品と判断できるのかを具体的に見ていきましょう。

2-1. 高級品の証1. 上質なオパールセント・エナメル

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

まず目が行くのが美しい色彩のオパールセント・エナメルです。

グラデーションの色彩を持つ半透明のエナメルと、透けて見える下地の彫金模様が組み合わさった、美しいエナメルです。

2-1-1. 作られた期間が短く数が少ないオパールセント・エナメル

オパールセント・エナメルのハイジュエリー
アールヌーヴォーのオパールセント・エナメルの葉っぱのブローチアールヌーヴォー エナメル ブローチ
イギリス 1890-1900年頃
SOLD
楓のオパールセント・エナメルのアールヌーヴォー・ペンダントアールヌーヴォー エナメル ペンダント
フランス 1900年頃
SOLD

エナメルは古くからある技法でその種類も様々ですが、オパールセント・エナメルは比較的新しい時代に開発されたとみられる技法で、1890〜1900年頃のアールヌーヴォーの高級品で稀にしか見ることのできない技法です。市場でも滅多に見ることはなく、これまでの46年間に数点しかお取り扱いしていません。

アールヌーボー エナメルネックレス アンティークジュエリー 『うつろい』
アールヌーヴォー エナメル ネックレス
ヨーロッパ 1890年頃
SOLD

最高に美しいので、もっとたくさんこのエナメルのジュエリーを作れば良かったのにと思うほどです。

しかしながらなぜそうでないのかと言えば、このエナメルは極めて高度な技術と大変な手間を必要とするからです。

美しいオパールセント・エナメルを作るには、下地の模様となる高度な彫金の技術と、色彩の深みとグラデーションを出せるエナメルの超難度の技術の両方が必要です。

【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルのオパールセント・エナメルのブローチ

下地の彫金にご注目ください。

間隔も深さも単調で、人工的な模様です。

花として極めて違和感があります。

エナメルと調和しておらず、安っぽいオモチャにしか見えません。

【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルのオパールセント・エナメルのブローチ

これはパンジーの造形や彫金は悪くありませんが、エナメルが酷いです。

干からびた、生気のない花にしか見えません。

半透明のエナメルを何度も塗り重ねることで、エナメルの色彩は深みを増していきます。

時代ごとのブルー・ギロッシュエナメル
1790年頃懐中時計 18世紀 ギロッシュエナメル ランデル&ブリッジ イギリス王室御用達英国王室御用達
ランデル&ブリッジ社
1904年ロシア皇室御用達
ファベルジェ工房
"Kelch Chanticleer egg" ©Derren Hodson(2 February 2015)/Adapted/CC BY 2.0
現代某高級時計ブランド

当時ギロッシュエナメルで評判の高かったファベルジェのエナメルだと、最低でも6回は釉薬を塗って炉で焼くことを繰り返したそうです。大変な集中力と忍耐力を必要とする作業で、一流の職人にしか作ることはできません。しかも現代の高級時計に使われているエナメル文字盤の場合、一流の職人が作っても75%は不良品となってしまうそうです。

ちなみにこれらは全て、各時代のトップクラスの職人が作った最高級品です。ファベルジェは史上最も技術が高かったとされる18世紀のエナメルを研究して、19世紀末に評判のファベルジェのエナメルを完成させています。それでも18世紀のエナメルには及ばなかったと言われてます。並べると違いは明らかです。エナメルは、技術によって驚くほど美しさが違うのです。

【参考】中級品のオパールセント・エナメルのブローチ

エナメルの重ねた回数が少ないと、色彩に深みが出ず干からびたように見えます。

またエナメルの質が悪く、透明度が足りないと、重ね塗りによって下地の彫金が見えなくなってしまいます。

違和感のない、美しい色彩のグラデーションを出すのも極めて難しいです。センスと技術の両方が必要です。

オパールセント・エナメル フラワー ブローチ アンティーク・ジュエリー 『夢でみた花』
オパールセント・エナメル ブローチ
アメリカ 1900年頃
オパールセント・エナメル、天然真珠、14ctゴールド
SOLD

うまくいくと夢のような美しささえも現実に生み出すことができますが、あまりにも高度な技術と手間が必要なため、美しいと思えるオパールセント・エナメルのジュエリーは殆ど存在しないのです。

1890年から1900年頃に出てくるオパールセント・エナメルですが、1905年頃からプラチナが一般市場に出始めるとハイジュエリー市場はプラチナを使ったダイヤモンド・ジュエリー一色に染まってしまいました。

ブルー ギロッシュエナメル ペンダントウォッチ アンティーク・ジュエリー『ダイヤモンド・ダスト』
エドワーディアン ブルー・ギロッシュエナメル ペンダント・ウォッチ
フランス(パリ) 1910年頃
¥15,000,000-(税込10%)

それでも一部の最高級品でエナメルを見ることはできるのですが、エナメルが主役となるオパールセント・エナメルのジュエリーはエドワーディアンになると見られなくなってしまいました。

ミシシッピ・パールを使ったアールヌーヴォーのドラゴン・ブローチ『ドラゴン』
アールヌーヴォー ブローチ
アメリカ 1900年頃
SOLD

エナメルはゴールドと相性が良く、ゴールドの下地に施すことでより色彩が鮮やかになります。

オパールセント・エナメルは19世紀終わり頃の極僅かな期間に花開き、20世紀初頭のプラチナの登場によって、金細工技術と共に途絶えてしまったのです。

アールヌーヴォーのオパールセント・エナメル&天然真珠の葉っぱと実のブローチアールヌーヴォー エナメル ブローチ
フランス 1890-1900年頃
SOLD

そのどれもが高級品であることは間違いなく、それらのジュエリーに使われている宝石も価値の高いものばかりです。

年代的に、デザインはアールヌーヴォーであることも特徴です。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物は完璧にそれらの特徴を備えています。

9ctということでイギリス製と判断できますが、デザイン的にもフランスではなくイギリスらしいアールヌーヴォーと言える、大変興味深い宝物です。

2-1-2. 高度なオパールセント・エナメル×立体造形

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

表現したかった薔薇は、ピースのようなグラデーションの色彩を持つ花ではなかったのでしょう。お花に関しては下地は彫金されていますが、単色です。

3枚の葉が美しいオパールセント・エナメルで作られています。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

まるで本物の薔薇の葉のように見えます♪

これは、いくつもの工夫が凝らしてあるからこそです。

まず、葉っぱの形が実に見事です。

オパールセント・エナメルで葉を表現したジュエリー
【参考】安物 高級品
オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

左は庶民にとってはかなり高級なジュエリーですが、王侯貴族にとっては絶対に買うことのない既製品の安物です。安物は、何の花なのかすら分かりません。葉の形状は最も簡単に作ることができる、つまり安く早く作ることのできるデザインです。

高級品はいかにも薔薇の葉らしい、ギザギザの形で作られています。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

それだけではなく、葉っぱ自体の形状も立体的です。ふっくらとした形、反った形状など、本物の薔薇の葉をよく観察して作ったであろうことが伝わってきます。

驚くべきことに、全体の形がふっくらしているだけでなく、葉脈ごとの間も丸みを付けて表現しています。手間のかけ方に驚くと共に、作者の抜群のセンスにも感動します。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

葉っぱの細かいギザギザも、丹念に磨いて仕上げられたかなり手間のかかった作りです。通常の9ctゴールドの安物ではまず有り得ない細工です。作り物感がない自然なギザギザの形状も、作者のセンスがなせる技です。

薔薇の花びらも、本物のようにふっくらと反った形状で作られていて綺麗です。平坦に作るより遥かに手間がかかりますし、卓越したセンスも必要です。強調しすぎると、返って作り物っぽくなってしまいます。

均一にライトを当てた状態 右からのみライトを当てた状態
オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

半透明で、下地のゴールドの色味や彫金の模様を反映するオパールセント・エナメルは、光の強さや角度などで驚くほど表情を変化させます。それが生き生きとした植物の表現にもマッチします。

この宝物は小さな花や葉を非常に立体的に作ってあるため、光による変化が特にダイナミックです。左の画像はライトを均一に当て、右はライトを右からだけ当てたものです。立体的な造形のお陰で影ができ、2次元の画像ですら印象的な変化がある程度感じていただけるのではないでしょうか。当然ながら、肉眼で見るとさらに感動的に美しいです!♪♪

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

エナメルは何度も塗り重ねられており、しっかり厚みがあります。特に花びらは色彩がはっきり出るよう、エナメルに厚みがあります。厚みのあるエナメルは、高度な技術を持つ職人が手間をかけて作った高級品の証でもあります。この厚み故に、葉っぱほど下地の彫金模様ははっきり見えませんが、こうして見ると外側の大きな花びらと内側の小さな花びらとでは花脈の彫金が異なっており、きちんと表現し分けていることが分かります。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

作者のアーティスティックなデザインセンス、美意識の行き届いた細部までのこだわりが感じられる、見事で清らかな作品です♪

2-2. 高級品の証2. 上質な天然真珠

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物は本来9ctゴールドのジュエリーでは有り得ない、極めて上質な天然真珠を使っているのも大きな特徴です。

バロックパールでないことも珍しいです。

2-2-1. 天然真珠がダイヤモンドより評価の高かった時代のジュエリー

約2カラットのオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドのアンティーク・ブローチ『財宝の守り神』
ダイヤモンド ブローチ
フランス 1870年頃
¥5,900,000-(税込10%)

ダイヤモンドと真珠では、どちらがより高級な宝石だと思いますか?

アンティークジュエリーの世界をよくご存知の特殊な方を除き、現代の日本人の殆どは真珠よりダイヤモンドの方が格上となんとなく思っている方が多いと思います。

戦前と戦後で、日本はまるで異なる国です。歴史の流れとして、連続しているとは言えません。

第二次世界大戦が終わり、3世紀頃のヤマト王権以来から続いてきた日本貴族は廃止され、民主主義となって70年以上が経ちました。現代社会で「昔からの慣習」、「伝統」、「文化」、「常識」などと言われていることは、よくよく調べてみるとかなり歴史が浅いことが少なくありません。大体は戦後に確立されたものです。

庶民のために、高度経済成長期にできたものが多いです。日本の高度経済成長期は1954(昭和29)年から1973(昭和48)年です。およそ50年以上は前のものなので、今の日本人にとっては十分に古い伝統や常識と思うのも無理はありませんが、それ故にその"常識"の妥当性が殆ど議論されず、盲目的に支持されるのは遺憾に思います。

PD『Diamonds Are a Girl's Best Friend(ダイヤモンドは女の子のベストフレンド)』を
歌唱するマリリン・モンロー(紳士は金髪がお好き 1953年)

着物文化が発達していた日本は長年ジュエリー文化が発達してこなかった、世界的に見ても特異な国です。故に元々宝石に関する知識や歴史がありません。

今ある知識や常識は、アメリカの植民地状態になった戦後に得たものです。ジュエリーに関しては生まれたてのヒヨコちゃん状態だった日本人は、アメリカから多くを吸収しました。

王侯貴族が支配する時代は金儲けではなく、学芸の発展と人々の幸せを目的に様々な活動が行われます。しかしながら民主主義・資本主義の元では金儲けが一番の目的として経済活動が行われます。文化の発展や幸せのために、真に価値のある良いものを人々に紹介するのではなく、業界が儲かるものが"良いもの"としてプロモーションされます。

ジュエリーの場合、アメリカ様が儲けられるのはダイヤモンドでした。養殖真珠は日本が儲かるので駄目です。高度経済成長期とバブル期にかけて、洗脳と言うべきレベルでダイヤモンドが絶賛プロモーションされました。そして、日本人の中でダイヤモンドが一番高級な宝石というイメージが根付き、現代に至ります。アメリカの一般庶民も同様の洗脳を受けているので、アメリカ人やその影響下の国々もダイヤモンドが最高級宝石のイメージが付いています。

古代エジプトのファラオ クレオパトラ7世(紀元前69-紀元前30年)

アメリカは連邦共和制国家として成立した、君主を持たない国で王侯貴族が存在した経験がありませんし、歴史も浅い国です。

古代からの歴史を見ると、長い間、王侯貴族の中で至高の宝石として君臨したのは天然真珠でした。

イングランド女王エリザベス1世 (1533-1603年)

どれだけ富と権力を持っていても欲しいだけ手に入れることはできない稀少性の高さ、権力がなければ入手できない入手困難性、それに伴う稀少価値、そして代わりとなるものが存在しない唯一無二の美しさ故に、天然真珠は王侯貴族のステータスの象徴として君臨してきたのです。

あこや養殖真珠 "Akoya peari" ©MASAYUKI KATO(17 February 2011)/Adapted/CC BY-SA 3.0

20世紀前半、日本が量産に成功した養殖真珠が市場に出回ると、天然真珠は駆逐されてしまいました。その養殖真珠もコスチュームジュエリー(アクセサリー)の大流行によって、第二次世界大戦前までに模造品に駆逐されました。

ダイヤモンドと真珠、どちらが高級?
今ではその問いかけ自体が滑稽です。現代人の一般的な庶民が『真珠(パール)』として認識しているのはかつて至高の宝石として王侯貴族に愛されていた天然真珠ではなく、稀少性は皆無のただの人造宝石(量産品)であり、本物の真珠ではないからです。『本真珠』なんて詐欺まがいの名前が付いていますが(失笑)

しかも初期の養殖真珠と比べて真珠層は年代を経るごとに薄くなり、今では真珠層をハガキ以下の厚さにメッキしただけの、ほぼ貝殻の核という状況です。

ブラジルと南アフリカのダイヤモンド産出量の推移ブラジルと南アフリカのダイヤモンド産出量の推移 【出典】2017年の鉱山資源局の資料

ダイヤモンドと真珠、どちらがより高級な宝石なのか。それは稀少価値がある本物の宝石だけが宝石として存在してアンティークの時代に於いても、絶えず一定ではありませんでした。

基本的には天然真珠がどの時代でも至高の宝石として君臨しましたが、カットの技術が進化してダイヤモンドのポテンシャルが以前より引き出せるようになったタイミングであったり、ダイヤモンドが枯渇して稀少性が増した時期などはダイヤモンドの価値が跳ね上がり、天然真珠より注目された時期もありました。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

1860年代に世界の主要なダイヤモンド産出地だったブラジル鉱山が枯渇し、ダイヤモンドの価値が跳ね上がりました。

しかしながら1869年頃から南アフリカでダイヤモンド・ラッシュが始まり、流通量が激増したことでダイヤモンドは稀少価値が大きく低下しました。

相対的に天然真珠の価値が跳ね上がり、この宝物が作られた1900年頃は天然真珠が稀少性の高い、唯一無二の至高の宝石となったのです。

 

オパールセント・エナメルの最高級品
アールヌーヴォーのオパールセント・エナメルの葉っぱのブローチ アールヌーヴォーのオパールセント・エナメル&天然真珠の葉っぱと実のブローチ ミシシッピ・パールを使ったアールヌーヴォーのドラゴン・ブローチ
オパールセント・エナメル フラワー ブローチ アンティーク・ジュエリー 楓のオパールセント・エナメルのアールヌーヴォー・ペンダント アールヌーボー エナメルネックレス アンティークジュエリー

故に、私たちがご紹介してきたオパールセント・エナメルの最高級品には、示し合わせたかのように天然真珠が使われているのです。示し合わせたのではなく、この時代の最高級の宝石は天然真珠だったからというわけです。

【参考】オパールセント・エナメルの安物
そして安物はダイヤモンド、或いは質の良くない天然真珠が使われているのです。

 

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ今回の宝物
イギリス 1900年頃
アールデコの天然真珠&ステップカット・ダイヤモンドのネックレスアールデコ 天然真珠&ステップカット・ダイヤモンド ネックレス
オーストリア or ドイツ 1920年代
SOLD

今回の宝物には明らかにかなりの高級品にしか使われることがない、選ばれし上質な天然真珠が使われています。

2-2-2. 雫型の美しい天然真珠

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

先に、この宝物に使われた天然真珠がバロックパールでないことも珍しいと申し上げました。

この作品はイギリスのアールヌーヴォーにカテゴライズできます。

オパールセント・エナメルの最高級品
アールヌーヴォーのオパールセント・エナメルの葉っぱのブローチ アールヌーヴォーのオパールセント・エナメル&天然真珠の葉っぱと実のブローチ ミシシッピ・パールを使ったアールヌーヴォーのドラゴン・ブローチ
オパールセント・エナメル フラワー ブローチ アンティーク・ジュエリー 楓のオパールセント・エナメルのアールヌーヴォー・ペンダント アールヌーボー エナメルネックレス アンティークジュエリー

オパールセント・エナメルを使ったジュエリーは、これまでアールヌーヴォーにカテゴライズできるものばかりでした。アールヌーヴォーは同時代に流行した美術運動や美術様式を総称する言葉であり、ジャポニズムまで含むのでまとめて実態を把握するのが困難です。

植物や、ドラゴンのような中世の騎士のお伽話を彷彿とさせるモチーフに関しては、イギリスのウィリアム・モリスが提唱したアーツ&クラフツ運動の流れを組んだものです。モリスは"ありのままの自然"にデザインを求めており、それ故にこれらの天然真珠もともすれば人工的な印象を与える"完璧な天然真珠"ではなく、敢えてバロックパールが使われたようです。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物には、シードパールも含めて照り艶に優れた美しい天然真珠が選択されています。

イメージに合うバロックパールを集めるのも非常に大変なことなので、どちらが高級か議論するのはナンセンスですが、このような上質な天然真珠が非常に高価だったのは間違いありません。

また、4粒の天然真珠は色や質感が揃っています。個性豊かな天然真珠では、品質を揃えるだけでも大変なことです。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

特に素晴らしいのは一番下の天然真珠です。どの角度から見ても美しい雫型です。

個性的な形を活かした天然真珠のアーティスティックなジュエリー
『キャニングの宝飾品』
天然真珠(バロック) ペンダント
ヨーロッパ 1850〜1860年
V&A美術館 V&A museum / The Canning Jewel ©Victoria and Albert Museum, London
天然のバロック・パールを生かした古代ローマの兜のペンダント『古代ローマ軍の兜』
天然真珠(バロック) ペンダント
イギリス 1870年頃
SOLD
アンティークジュエリー 天然真珠 ルネサンス バロック ペンダント デマントイドガーネット ルビー『真珠のアート』
天然真珠(バロック) ペンダント
ヨーロッパ 1890〜1900年頃
SOLD

量産の養殖真珠は、量産の貝殻を削った核で作ります。ハート型で作る場合もあるようですが、球形が最も歩留まりが良いそうで(母貝にかかる負担が最も少なく、途中で死んだり真珠層を巻けないケースが少ない)、基本的には球形しか作られません。

しかしながら核を持たない、あるいは砂粒程度の核から長い年月をかけて成長する天然真珠の場合、色や照り艶などの質感だけでなく、形も実に個性に富みます。天然真珠という宝石自体が極めて稀少なため、1粒も無駄にされることはありませんし、大切な1粒を最も活かすことのできる使い方をします。

適材適所の天然真珠
【ボタンパール】
リング
【球形】
天然真珠ネックレス
【雫型】
下がり装飾
アールデコの鐔デザインの天然真珠&ダイヤモンド・リング アンティークジュエリー『影透』
アールデコ 天然真珠リング
イギリス 1920年頃
¥1,200,000-(税込10%)
天然真珠ネックレス アンティークジュエリー『桜色の輝き』
天然真珠ネックレス
イギリス 1920年頃
SOLD
アールヌーヴォー ブローチ アイリス『アイリス』
アールヌーヴォー ブローチ
フランス 1890〜1900年頃
SOLD

少し扁平なボタンパールならば、リングなど収まりが良い方が好ましい場所に使います。球形ならば天然真珠のネックレスのように、どの角度から見ても円形に見えて欲しい場所に使います。雫型ならば下がり装飾の一番下に使用するとエレガントさが増すため、好んで使用されます。

約2カラットのオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド ブローチ アンティーク・ジュエリー『財宝の守り神』
約2ctのダイヤモンド ブローチ
フランス 1870年頃
¥5,900,000-(税込10%)
雫型の天然真珠
天然の産物ですし、カットして使う鉱石系の宝石とは異なり、そのままの状態で使う天然真珠の形状は雫型とは言ってもそれぞれが唯一無二です。
オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ今回の宝物
イギリス 1900年頃
アールデコの天然真珠&ステップカット・ダイヤモンドのネックレスアールデコ 天然真珠&ステップカット・ダイヤモンド ネックレス
オーストリア or ドイツ 1920年代
SOLD

今回の宝物に使われている雫型の天然真珠も、全体の雰囲気にフィットする上質なものが選ばれています。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

上質な天然真珠ならではの内側からにじみ出るような優しい輝きと、虹色の干渉光が美しいです。

現代の養殖真珠は核が透けて見えてしまうほど真珠層が薄い上に(故に貝殻を削って作る核も漂白します)、漂白して染色(調色)するというダメージや、表面を滑らかにするために磨くなどの物理的加工も施されたりしているため、このような天然の真珠ならではの心が洗われるような美しい輝きを放つことはできません。

角度を変えるごとに表情を変化させる虹色の干渉光は、オパールセント・エナメルとの相乗効果でより一層美しく感じられます。薔薇の花の下の葉と天然真珠は揺れる構造で作られており、揺れることで輝きの変化が増幅されます。夢のように美しいです!♪♪

2-3. 金属に耐久性が必要な特殊なデザイン

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

これだけの高級品としての特徴を持っているのに、なぜ9ctゴールドで作っているのでしょうか。

それには2つの意味があると考えます。
耐久性と色です。

まずは耐久性について考えてみましょう。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチの裏側 オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチの裏側

このブローチの、ブローチとしてのゴールドの土台にご注目ください。花と葉は別で作って半田付けしてあります。エナメルは何度も釉薬を塗り重ねて炉で焼く必要があるため、別で作ってから取り付ける必要があるのです。チェーンや、花の下に下がった揺れる装飾も後で取り付けたものです。

そういう部分を除いて、純粋にブローチとしての構造を見た時、もの凄く細く華奢な作りになっていることが分かります。強い力が加わると、簡単に曲がってしまいそうなくらい華奢です。

ウラル産デマントイドガーネット&ダイヤモンドのバー・ブローチ等倍↑→

ペンダントと異なり、ブローチは着脱の際に結構な力が加わります。繰り返し使用されても、それに耐えられる構造が必須です。

『Demantoid Flower』は大丈夫なのかと思うくらい華奢に見えるブローチでしたが、さすがにアンティークの時代の高級品だけあって、このデザインを実現しつつ十分な耐久性を出すために特別な工夫が凝らしてありまsた。

『Demantoid Flower』 
デマントイド・ガーネット&ダイヤモンド バーブローチ
イギリス 1880年頃
SOLD
ウラル産デマントイド・ガーネット
アンティークのナイフエッジのバーブローチの側面
裏

ナイフエッジなので正面からは華奢に見えますが、裏側には十分な幅がありますし、横から見ると通常のナイフエッジよりはるかに厚みをもたせた作りになっています。18ctゴールドより硬さを出せる15ct製で、さらに鋳造ではなく叩いて鍛えた鍛造の作りだからこそ、このデザインが可能だったのです。

いくつものアンティークのハイジュエリーを見ていると、アンティークの時代は本当にゴールドを使いこなしていたものだと関心します。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチの裏側

裏側に丈夫なフレームを1本でも付けることで、ブローチとしての耐久性を出すことは可能ですが、透かしデザインによる軽やかな雰囲気が台無しになることを良しとしなかったのでしょう。

故に、15ctゴールドよりはるかに耐久性が出せる9ctゴールドを選んだのだと推測します。

完璧主義とも言えるほどの美意識の高さ、そして金位だけで高い安いを判断する必要がないクラスの財力を合わせ持っていた人物ならではのスペシャル・オーダー品だったからこその9ctゴールドの作品だと思います。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ
←実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります
オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

これは布に付けて撮影した画像で、実際にブローチとしてお使いになるとこのような見た目になります。スッキリとして、薔薇の美しさに没頭できますよね。

後ろに支えのような金属があったら違和感があって、ここまでスッキリとした美しさは感じられません。

まさに9ctゴールドだからこそ実現できたマジックです♪♪

2-4. 薔薇と調和するローズ・ゴールドの色彩

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

9ctゴールドである必要があったもう1つの理由として、優しい色彩のエナメルの薔薇に調和する必要があったからと考えられます。

ピンク・サファイア&スリーカラー・ゴールドの薔薇のハート・ロケット・ペンダントスリーカラー・ゴールド ハート ロケット・ペンダント
イギリス 1880年頃
SOLD

ゴールドは割金の調合次第で耐久性をコントロールするだけでなく、様々な色を出すことができます。

金-銀-銅の三相系の色を表した図
 "Ag-Au-Cy-colours-english.svg" ©Metallos(14 August 2009)/Adapted/CC BY-SA 4.0
ただ、金位が高いとどうしても本来のゴールドに色に近い、黄色みが強い色となります。
オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

表現したい、優しい色彩の薔薇の花。
それに合わせて調合したローズ・カラーのゴールド。

この宝物に黄色みの強いゴールドを使っていたら、デザイン的にはちょっと違和感があったでしょう。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

9ctゴールドでも黄色みの強い色は出せます。

明確に意図があって、この色に調合したはずです。

オーダーした人物のセンスの良さに嬉しくなります♪

3. 技術と手間をかけた上質な作り

3-1. 魅力的に揺れる構造

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物は花に下がった、葉っぱと天然真珠のバーツが揺れるように作ってあります。

美しく揺れるための細工は技術と手間がかかり、その分だけ高価なものとなりますから、それだけでもこの宝物が高級品であることは明らかです。

想像してみるとお分かりいただけると思いますが、左右にチェーンを取り付けなくても十分すぎるほど魅力的な宝物です。
それにもかかわらず、さらにチェーンで装飾しているのが心ときめきます♪

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

このチェーンは単純な小豆チェーンではなく、捻りのある輪っかを連結したチェーンです。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

それ故に、どの角度から見てもボリュームが感じられます。表面が滑らかなので、チェーンが揺れるごとに放たれるゴールドの輝きも高級感があります。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

花の下の葉っぱと天然真珠に加え、両サイドのチェーンがそれぞれに揺れることで、この宝物はより一層華やかさが増しています。

オーダーした人物が愛する女性も、可憐さだけでなく華やかさも兼ね備えた魅力的な女性だったに違いありません♪

3-2. 細部までのデザインのこだわり

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

安物は安く抑えるために作られているため、細部へのこだわりなんてまるでありませんが、とにかく最高のジュエリーを作ろうと思って作られているこの宝物は、細部までこだわりに満ちています。

3-2-1. アールヌーヴォーらしい曲線の装飾

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物はイギリスのアールヌーヴォーです。

優美な曲線を主体としてデザイン、エナメルによる優しい色彩が特徴です。

先でも少し触れた通り、アールヌーヴォーは1880年頃からのイギリスのアーツ&クフラフツ運動の流れを汲みます。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、フランスを中心に世界で大流行しました。

モダンスタイルのダイヤモンド・ゴールド・ブローチ アンティーク・ジュエリー『MODERN STYLE』
ダイヤモンド ゴールド ブローチ
イギリス 1890年頃
¥794,000-(税込10%)

イギリスの場合、同時代のグラスゴーで、同じくアーツ&クラフツ運動や日本美術に影響を受けたモダンスタイルが誕生していました。

アールデコへとつながっていく、デザインの進化系です。 退廃的とも称される、フランスを中心としたアールヌーヴォーとは一線を画す革新的かつ未来的なデザインです。

そういう背景もあり、イギリスでは少なくともハイジュエリーに於いて、目に見えたアールヌーヴォーの流行は見られません。

イギリスのアールヌーヴォー・ジュエリー
ルビー&シードパールのイギリス・アールヌーヴォーのブローチ アンティーク・ジュエリー『生命の躍動』
ルビー&シードパール ブローチ
イギリス 1900年頃
SOLD
イギリスのアールヌーヴォーのシードパール・ネックレスアールヌーヴォー シードパール ネックレス
イギリス 1900年頃
SOLD

それでも46年もアンティークのハイジュエリーをお取り扱いしていると、稀にイギリス製のアールヌーヴォー・ジュエリーに出逢うことがあります。金位で判断しますが、それよりも前に、デザインの雰囲気でフランスではなくイギリス製であることが大体分かります。

普仏戦争で皇帝ナポレオン3世が捕虜になったことで怒ったフランス国民が廃位し、1870年から共和政に移行したフランスにはいち早く庶民の時代が到来しました。それが花開いたのがベルエポックであり、その中の流行の1つがフランス・アールヌーヴォーです。新世紀を迎えようとするタイミングで起きたこともあって、退廃的なデザインが流行しました。

一方で大英帝国は君主を中心とする貴族階級主導の元、世界に先駆けて経験した産業革命とそれまでの植民地政策の相乗効果で、最大時にはフランスの7倍とも言われるほどの経済規模を誇っていました。上流階級だけでなく庶民まで皆が小金持ち、大英帝国は世界の中心として皆がハッピーな状態と言えました。日本のバブル期みたいな雰囲気だったかもしれませんね。

それもあってか、イギリスのアールヌーヴォーは退廃的な感じは全く受けず、明るいエネルギーに満ちた力強い印象を受けます。また、国民性なのか、君主制が行き届いていることもあってか、背筋が伸びるような凛とした佇まいや、お行儀の良さのようなものも感じます。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この宝物もやはりそうです。

アールヌーヴォーのデザインの中に、どことなくイギリスの上流階級らしい雰囲気を感じます。

直線ではなく曲線が主体なのに、よくまとまっていて品の良さやお行儀の良さを感じるのは、作者のデザイン・センスのなせる技でしょう。

花の両サイドの葉っぱの茎には、絶妙な角度が付けられています。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

長きに渡って対称デザインがヨーロッパの王道スタイルでしたが、左右の対称性を崩し、さらに平面方向のみならず奥行き方向に関しても角度を付けて作ってあるからこそ、植物らしい自然な美しさを感じることができます。

茎の途中に枝分かれのような表現があるのも良いですよね。よりリアルさが増しています。本当に薔薇が好きで、実物をよく見ている人が作ったことが伝わってきます♪

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

このオマケのような分岐も、無くてもデザイン的には成立しますが、有るのと無いのでは全く雰囲気が変わります。

有ると自然な雰囲気に、無いと人工的な感じになります。オーダーした人物にとってはこの僅かな違いがとても重要だったのです。

安く仕上げて欲しい人のための作品だったら、まず有り得ない細工です。確実に省かれる部分です。

手間やお金がかかっても、とにかく美しいものを創り出したい・・。この分岐の部分からは、その熱い思いが伝わってきます。オーダーした人物の美意識であり、贈りたい相手への真心でもありますね♪

そして、特徴的な曲線として3つのスパイラル状の装飾があります。スパイラルの中心にはそれぞれシードパールと粒金があしらわれています。花の下のスパイラルには、敢えてシードパールではなく粒金を使っているのがセンスの良さを感じます。

凡人ならば、ここにシードパールを持ってきそうなものです。でも、そうするとデザインがそこで途切れてしまい、せっかく一番下にセットした極上の雫型の天然真珠に、違和感なく意識が行かなくなってしまいます。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

粒金も下手な職人が作ったものだと歪だったり、シワシワだったりするのですが、綺麗な粒金が精確に鑞付けされています。高度な技術を持った、高い身分の人のためのハイジュエリー専門の職人が作ったことは間違いないのです。

3-2-2. 天然真珠の薔薇の蕾らしき表現

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

この薔薇の宝物は、雫型の天然真珠が薔薇の蕾のように表現されているのが良いです♪

石橋文化センターの青いバラと蕾開花した青いバラと蕾(石橋文化センターのバラ園 2014.5)

萼(ガク)に包まれた、ふっくらとした薔薇の蕾。これが徐々に膨らんで、大輪の花が咲きます。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

何のデザインもせず天然真珠をセットすることも可能ですが、天然真珠の独特の雫型の形状にしなやかに沿う、実に見事に萼をゴールドで造形しています。しかも、萼の上に小さな粒金で装飾してあるのが心憎いです。

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ

実物だと、どれくらいの方が気づくのだろうと思うほどの小さな細工です。私は撮影して拡大しないと気づきませんでした。でも、一度気づくと、この小さな粒金も全体の美しさに華を添えていることが分かります。

スパイラルの中央にセットされた、大きめの粒金ともうまく調和していますね。

ここまでやるのかと思えるほどの徹底したこだわりが、嬉しくてしょうがありません!♪
通常の15ctや18ctゴールド製の高級品でも、ここまでこだわって作られているものは滅多に見ないというレベルです。

贈られた女性は、もっと私以上に嬉しかったでしょうね。とっても素敵な宝物です♪♪

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチ
←実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります

裏側

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチの裏側 オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチの裏側

裏側もスッキリとした綺麗な作りです。

花と葉っぱはブローチの土台と一体ではなく、後から半田付けして取り付けられています。極端に強い力が加わると外れる可能性が考えられるため、着脱の際はブローチの本体部分を触るように心がけていただくと安心です。もし外れてしまっても修理は可能ですので、あまりナーバスにならず楽しんでいただければ良いと思います。

もしご不安な場合は、ネックレスに作り変えることも可能です。ネックレスにすれば、着脱の際に力がかかることはございません。必要な際は、別途お見積り致します。

着用イメージ

オパールセントエナメル&天然真珠の優美な薔薇のブローチの着用イメージ

揺れる構造なので、どこに付けても華やかさを演出してくれます。

透かしのデザインなので、お洋服の色次第で印象も大きく変わります。

各種チェーンとのコーディネート
アンティークの薔薇のブローチ&ロング・ゴールドチェーンのコーディネート アンティークの薔薇のブローチ&天然真珠とゴールドチェーンのコーディネート アンティークの薔薇のブローチ&天然真珠ネックレスのコーディネート

チェーンなどと組み合わせて、華やかさのあるコーディネートにもできます。天然真珠やゴールドのチェーンがデザインの要素にあるブローチなので、様々なチェーンと相性が良いです。組み合わせ次第で、全体の雰囲気もガラリと変わりますね。

見ているだけでも心癒される美しい宝物ですが、使っても楽しめる素晴らしいブローチです♪♪