No.00364 メカニカル |
驚異のリング兼ブレスレット!!♪
クラスプや蝶番の動作機構を駆使し、リングにもブレスレットにも構造変化する |
現代の感覚で見てもなお贅沢なゴールドの分量!! |
天才的な構造デザイン × 神技の細工 |
厚みのある見事なダイヤモンドは最高級品の証♪
『メカニカル』 |
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英国紳士の知性と遊び心あふれる、リング兼ブレスレットです。男女兼用できるサイズで、機能のみならず、リングとしてもブレスレットとしても美しい見事な設計デザインに感服です!通常のアンティークリングの10倍近く、重めのリングと比較しても2倍の重量はある、ゴールドを贅沢に使った宝物です。彫りの深い彫金模様ならではの格調高い雰囲気が、大英帝国の最盛期パクス・ブリタニカらしい魅力を放ちます。 貴族の男性がステータス・ジュエリーとしてオーダーしたとみられ、知力、財力とセンスを全力投球した作りです。上流階級の男性に黒が大流行していた時代で、黒エナメルが黄金の美しさと、最上質のオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドの美しさを極限に惹き立てています。 この時代は、作りは良くても仰々しいデザインばかりで殆どお取り扱いしませんが、ブレスレットにすると、日本人好みの軽やかな透かしデザインとなります。アイデアと莫大な財力はもちろん、天才的な設計者、それを具現化できる神技の職人が揃わなければできない宝物です。眺めても使っても楽しいミュージアムピースです!♪ |
この宝物のポイント
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1. ミュージアム・ピースのメカニカルなジュエリー
びっくり仰天の動作機構を備えた、感動のミュージアム・ピースです!!♪ ベゼル上部の黄金の取手を引き抜くと、折り畳まれていた8つの環が解放されます。 |
折り畳まずにクラスプをベゼルに戻すと、ブレスレットになります!♪ 研究開発職の経験がある私としては、この動作機構だけで大感動します!! |
職人さんにも自慢しに持っていくと、「こんなの初めて見た!え?ゴールドで作ってあるの?!」と仰天していました。ゴールドは重いので持った感触でも分かりますが、クラスプに『750』の刻印があるので18ctゴールド製と分かります。腕の良い日本の職人さんから見ても、技術的にもかなり難易度の高いことをやっていることはお墨付きで、色々な意味であり得ない宝物です!♪ |
1-1. 独創的な発想のジュエリー
出来上がりの状態だけ見ると、何てことなく感じられるかもしれません。しかし、実際に作ることを想像できる人は驚く作品です。 その点ではエンジニア関連の知識や経験がある方、どちらかと言えば男性や理系の方が価値を理解しやすいかもしれません。 |
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1-1-1. 兼用デザインが定番のアイテム
『ソフィア』 リュミエール・アゲート ペンダント&ブローチ フランス or イギリス 1820年頃 ¥880,000-(税込10%) |
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アンティークジュエリーに使用される宝石は稀少性が高く、同じものを複数手に入れることは困難です。 それ故に、ブローチ兼ペンダントは高級品の定番として存在しました。 |
3wayのフリンジ・ティアラ(コーリンウッド 1893年) | ||
ティアラ | ネックレス(重ねづけ) | エイグレット |
お金がないのではなく、"本物の宝石"はたとえ絶大な権力やお金があっても、必ずしも手に入らないのです。だから皇族・王族のオーダー品ですら兼用で作ることは少なくありません。勢いある大英帝国のヴィクトリア女王が、将来国王となるジョージ5世の結婚式のために、メアリー妃へのウェディング・ギフトとしてオーダーしたジュエリーも3wayタイプでした。 |
トレンブラン系 | ティアラ系 |
エイグレット型ダイヤモンド トレンブラン・ブローチ&髪飾り フランス 1880年頃 SOLD |
『アルテミスの月光』 ムーンストーン メアンダー ネックレス&ティアラ イギリス 1910年頃 SOLD |
兼用をデザインしやすいアイテムは決まっており、トレンブランとティアラが一般的です。トレンブランは髪飾り、ブローチやペンダントを兼ねるデザインが定番です。ティアラはネックレスを兼ねるデザインが多いです。 |
1-1-2. 兼用アイテムの設計デザイン
事例1. トレンブラン 髪飾り 兼 ブローチ
『シダ』 ブローチ&髪飾り(トレンブラン) フランス 1870年頃 SOLD |
これは髪飾り兼ブローチのトレンブランです。 単純に見えるかもしれませんが、そうではありません。 |
ブローチ金具も、ただ直線の棒で適当に作るわけにはいきません。 立体デザインも複雑なので、平面だけでなく奥行方向も含めて、沿った形状で制作しなければなりません。 また、着脱のしやすさと安全性、美観を全て兼ね備えた金具が必要です。着脱用のネジは折りたたみ式になっています。 豊富なアイデアを出せて、立体設計のための計算もできて、しかも技術が伴う職人でなければ作ることはできません。 |
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事例2. フレキシブル ダブル・トレンブラン ブローチ
これは2つのお花、両方がトレンブランです。もともと社交界の最高級アイテムであるトレンブランの中でも最上級です。 |
複数の枝が連結された構造で、着脱可能なブローチ金具が3箇所に設計されています。枝の節目がフレキシブルなので、様々な角度にして雰囲気を変えたり、衣装に合わせて着用することが可能です。 |
連結した状態で使うと相当華やかですが、分割することでTPOに合わせた活用が可能です。それぞれを単品で使うこともできますし、この2つ組み合わせた着用も華やかです。連結できる複雑な構造は、2つのトレンブランを作る以上に大変なことです。アイデアや技術に驚くばかりですし、お金に糸目をつける必要のない、古の王侯貴族の財力とお金の使い方には溜め息が出るばかりです。 |
1-1-3. リング兼ブレスレットという発想
アンティークジュエリーの中でも高級品専門でお取り扱いしているため、これまでの47年間で兼用ジュエリーはいくつかご紹介しています。定番と言えるトレンブランやティアラでも、それぞれデザインが違うので、個別の設計が必要です。 |
ただ、今回の宝物は兼用アイテムとしての面白さや、設計の難易度としては別格です。トレンブランやティアラは方向性としては型が決まっており、その中でどうするかが腕の見せ所となります。今回の宝物はまず、リング兼ブレスレットという発想そのものが独創的です。 いかにも遊び心あふれる貴族の男性が思いつきそうです。閃いたアイデアをどうしても実現したくて、この宝物を創ったのでしょう。手が美しい女性に贈った可能性もありますが、制作年代やデザインなどの総合判断から、男性が自慢のステータス・ジュエリーとして作った可能性が高いです。 男性用のステータス・ジュエリーは、通常の女性用のジュエリーと比較してお金や美意識のかけ方が異次元なので、女性も使えるメンズ・ジュエリーというのは非常にラッキーかつ狙い目です♪ |
1-2. メカニカルな動作機構の困難さと贅沢さ
言うは易く行うは難し。新しいアイデアを発想はできても、実際に具現化するのはかなり大変です。何度も試作を繰り返し、試行錯誤の上で完成します。それが金銭的、技術的に見ていかに大変なことか、現代のルービックキューブの事例で想像してみましょう。 |
事例. バンダイの世界最小のルービック・キューブ
ニュースをご覧になった方もいらっしゃると思います。2024年10月3日、バンダイナムコグループのメガハウスはルービックキューブ50周年を記念して、世界最小のルービックキューブを発売しました。1辺は5mm弱、各マスは1.6mmです。子供でも、指で回転させて遊ぶのは難しそうです(笑) |
超精密金属製 世界最小ルービックキューブ(メガハウス)77万7,777円 【引用】プレミアム バンダイ / 究極最小ルービックキューブ-0.50cm 超精密金属製- ©BANDAI SPIRITS 2009 |
Genの場合は米沢箪笥の企画/製造/販売の全てを1人で取り仕切っていた経験があり、材料や職人さんの人件費、流通コストなどサプライチェーンを俯瞰して見ることができます。私も大企業で新規事業開発の経験があり、学費は出すからMOT(技術経営)もしくはMBA(経営学修士)を取得するよう言われたり、マーケティング研修で講師経験があります。ただの資格より実践経験を重視し、社内留学をさせてもらったので資格ではなく経験に基づく知識があります。 公式HPの説明に、「専用の器具を用いて手作業で組み上げています。」とあります。期間限定の受注販売で、送料別で税込77万7,777円です。素材はアルミニウムです。背景を理解できないと、冗談と思う価格かもしれません。しかしながら実際は、全体で見れば赤字前提の取り組みと推測します。 |
超精密金属製 世界最小ルービックキューブ(メガハウス)77万7,777円 【引用】プレミアム バンダイ / 究極最小ルービックキューブ-0.50cm 超精密金属製- ©BANDAI SPIRITS 2009 |
微細加工技術を持つ入曽精密(埼玉県入間市)の技術協力を得て、4年もの歳月をかけて制作したそうです。同社の通常の3×3のプラスチック(ABS樹脂)製ルービックキューブだとメーカー希望小売価格は2,860円で、サイズは一辺が5.7cmです。その1000分の1未満となる4.9mmを目指すわけですが、構造的には単なるミニチュア・サイズなので、今回のリング兼ブレスレットのようにゼロから構造設計する必要はありません。しかも以前の世界最小は1辺が5.6mmで実現できており、そこから4.9mmを目指すのはさほど難しくなさそうに思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、素材の性質や機械の特性がシビアに効いてくる領域です。 |
世界最小ルービックキューブの組立部品(メガハウス)77万7,777円 【引用】プレミアム バンダイ / 究極最小ルービックキューブ-0.50cm 超精密金属製- ©BANDAI SPIRITS 2009 |
極小サイズで、外観だけ同じものを作るのと、機能性まで再現するのとでは全く次元が異なる話です。同じ素材(ABS樹脂)で、ただ小さいパーツを作って組み立てれば良いと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、樹脂では無理です。エッジをシャープに作ることができませんし、機能/耐久性の観点からも無理です。 まず、加工特性と耐久性などの観点から、アルミニウム素材が選択されています。古の王侯貴族なら確実にゴールド&エナメルで作ったはずで、想像するとちょっと面白いです♪ 内部パーツは39個で、1.6mm角のマスサイズよりさらに微小です。0.0001mm(0.1μ, 100nm)サイズの作業を制御する高精度の微細切削加工の技術を持つ会社で、その長年の経験とノウハウに基づき、特別な機械や工具、技術者(職人)の勘も駆使して完成に漕ぎ着けています。 この精度で制御できるからこそガタついたり干渉したりせず、複数の回転方向に対するスムーズな回転動作が可能となるのです。回転に違和感があったり、力をいれなければ回らないようでは、良いものとは言えません。 |
世界最小ルービックキューブの加工や設計 【引用】プレミアム バンダイ / 究極最小ルービックキューブ-0.50cm 超精密金属製- ©BANDAI SPIRITS 2009 |
人間の手作業だけで可能な領域を超えているため機械も使っていますが、その前段階の加工には手作業が必ず必要です。また、機械に入力する条件設定も、知識と勘が頼りとなります。だから"誰がやっても同じ"にはなりません。想像以上に上手い下手が出ますし、このように限界に挑戦する場合、特定の人しかできないことは現場では常識だったりします。 うまくいく条件を見つけ出し、確実な再現性がとれて、マニュアル化できれば誰でもできるようになります。そうして量産化が実現します。量産化させる前、たった1つの完璧な完成品を成功させるために、莫大な研究開発費や時間が必要となるのは理由があるのです。 |
【引用】プレミアム バンダイ / 究極最小ルービックキューブ-0.50cm 超精密金属製- ©BANDAI SPIRITS 2009 | |
4年の研究開発期間は、それだけで膨大な人件費もかかります。普通はチームでやります。年収600万円の高度人材だったとして、1人だけでも4年間で2,400万円の人件費です。ちなみにその3倍は稼がないと、税金や福利厚生ほか経費分で、会社としては赤字だと言われています。量産用とは異なる、試作用の機械や特殊工具への投資も莫大です。数千万円で済めば良いですが、全体で見れば億は普通に超えるでしょう。 億単位の投資をして、期間限定の予約販売で77万7,777円です。どう考えても、取り組み全体で見ると赤字です。これはメーカーとしての高い技術力をPRする、広告宣伝費として割りに合うと判断されたからこそ実現されたと言えます。メーカーとしては個人客は基本的に想定しておらず、法人からの受注につなげるためのものです。規模が何桁も異なります。売れても売れなくても良いのだと思います。 ちなみに11月中に受注して、届くのは翌年4月だそうです。新しく作るにも、5,6ヶ月はかかるということでしょう。試作開発と、量産技術開発は全く別物です。量産技術は開発されておらず、担当のエンジニアが専門で作るのでしょう。価値が分かる人にとっては安い価格設定ですが、それでも個人で気軽に買えるものではありません。車より遥かに安いとは言え、貴金属でもありません。本来は日本人が大好きな、遊び心あふれる小さな宝物です。このような宝物にお金を出せる人が、今の時代にどれだけ残っているでしょうね・・。 |
先例がなくゼロから動作設計した今回の宝物
今回の宝物はメカニカルな設計ができて、なおかつ高度な技術を持つ職人がいたからこそ実現できた宝物です。実際に使ってみて使い心地が悪かったり、見た目が美しくなければ「単なる自己満足」でしかありません。女性の指に合うリングサイズとして、輪の直径や厚みを考えながら、ブレスレットとしても違和感のないサイズでなければなりません。輪のパーツはいくつ使うのか、1つ1つの厚みはどうするべきか。心地よい着脱機構はどう設計するか。 |
実際に取り組んでみると、思いのほか検討項目は多いです。こちらが上手くいくと、今度はあちらのバランスが崩れる。全てを両立させるのは至難の業です。何度も試作を繰り返し、試行錯誤の上で完成します。職人の人件費は凄かったはずです。 極小ルービック・キューブと異なり、未知の極小領域を極めるための新技術開発は必要なかったと思いますが、その一方でこの完成形を設計するまでに、相当な困難を幾度も乗り越えたでしょう。 |
アールヌーヴォー カボションカット・サファイア プロトタイプ・シルバー・リング フランス 1890〜1900年頃 SOLD |
これは通常は見ることのない試作リングです。このクラスは本番はゴールドで制作しますが、シルバーで試作します。 アール・ヌーヴォーは安物だと鋳造のみ、もしくは簡素な彫金を追加する程度で量産します。一点物の特注品として、彫りの表現を重視するアート作品の場合、完成品をイメージするための試作は必須です。 訳が分からない拝金主義の現代アートの洗脳のせいで、天才芸術家がチョチョイと一発ですぐに完成させるイメージを持つ人もいるようですが、そんな簡単に量産できるようなものは『本当の芸術作品』ではありません。 |
これはあまりにも出来が良く、シルバーの質感との組み合わせも美しかったため、潰さず1つの作品として遺したのでしょう。21〜22号サイズなので、紳士のオーダー品と推測できます。貴婦人用のジュエリーとは一線を画す、メンズジュエリーならではの徹底したこだわりぶりが伝わってきます。本当に優れた芸術作品を創造するのは本当に大変なのです。背景にある様々なことを感じて想像できる人だけが、心から楽しむことができます。 |
これは14号サイズなので、男性が小指など細い指に使用したか、帯同する妻や恋人につけてもらい、アイデアや出来栄えを自慢していたと想像します。 男性ならではと実感できる、徹底したこだわりが大きな魅力です♪ |
2. 精密動作機構と美を兼ね備えたゴールド・ジュエリー
2-1. ゴールドラッシュの恩恵による超贅沢な分量
ブレスレットになるという機能上、通常のリングではあり得ないほどゴールドを贅沢に使っているのも特徴です。 |
2-1-1. 異例のゴールドの分量
アンティークジュエリーに於けるゴールドは、1848年にカリフォルニアでゴールドラッシュが起きる以前と以後で大きく価値が異なります。ジョージアンを含むアーリー・ヴィクトリアン以前のジュエリーと、ミッド・ヴィクトリアン以降のジュエリーを同じ基準で判断してはいけない理由です。 今回の宝物は、ゴールドラッシュが起きた直後くらいに制作されたものです。ゴールドラッシュ以降の女性用リングだと、デザインにも依りますが2〜4g台が平均的な重さです。 |
リング兼ブレスレット 21.8g |
メンズ・リング(10.5号) 10.0g |
レディース・リング 4.7g |
イギリス 1850年頃
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ニコロ・インタリオ リング 古代ローマ 1世紀頃 (リングの作りはヴィンテージ) ¥3,000,000-(税込10%) |
『ゴージャス・ベルト』 レイト・ヴィクトリアン ベルト型 ゴールド・リング イギリス(チェスター) 1895年 SOLD |
右のリングは幅があるデザインなので、大きな宝石が付いていない女性用のリングとしては重い方です。中央の古代ローマのインタリオ・リングは、リングの作りはヴィンテージです。男性の小指用のリングとして作られており、女性でも着用できる小ぶりなサイズですが、男性用ならではの重さがあります。アンティークの時代よりゴールドの稀少価値は低下しているため、気兼ねなく贅沢にゴールドを使用しています。Genも念押しするほど重いですが、それでも10.0g です。今回の宝物はその2倍以上の21.8gです。 |
エナメルとダイヤモンドをセットしたシルバー以外、裏側まで全て18ctゴールド製なので重いのです。 女性用として重すぎても使用感が悪くなるため、この辺りもギリギリを狙って設計したはずです。 |
ゴールドの分量が不十分だと、ブレスレットにした際の強度や高級感が保てません。よく実現できたものだと、作者の才能に感激します。オーダー主も大いに満足したに違いありません。その絶妙な分量が、21.8gだったと言えます。 |
2-1-2. 直前の時代なら挑戦できなかったゴールドの制約
ゴールドラッシュ以前の高級リング
『花籠』 不思議な細工のエナメル・ピンキーリング ヨーロッパ 19世紀初期(フクロウの刻印) 重量 1.3g SOLD |
ダイヤモンド・ジュエリーの転換点は、1870年頃から始まった南アフリカのダイヤモンド・ラッシュですが、ゴールド・ジュエリーの転換点は1848年に始まったカリフォルニアのゴールド・ラッシュです。 流通量が限定されていた時代は、どれだけお金を積んでも手に入らないことが多々あります。 19世紀初期の18ctゴールドの左のリングも、高度なエナメルと彫金による高級品ですが、1.3gで軽量の作りです。200年ほど経過しているにも関わらず、鍛造による作りの良さと、歴代の持ち主の丁寧な扱いのお陰で、驚くほどのコンディションを保っています。 |
『南国の風』 ジャルデネッティ・リング フランス 1800〜1820年頃 重量 2.8g SOLD |
『レッド・インパクト』 ジョージアン マーキーズ・シェイプ リング イギリス 1820年頃 重量 2.5g SOLD |
それなりの量の宝石がついていても、総重量で3gに満たないのが普通です。ゴールドの分量は少ないながらも、耐久性を兼ね備えながら、優美なデザインを実現させているのがジョージアンのリングの魅力です。ゴテっとしていないからこそ、女性らしく上品さや気品も感じられます♪ |
現代の成金用ブランドのゴールド・リング
極端な例として、現代ジュエリーは分かりやすいです。有名なカリフォルニアのゴールドラッシュ以降、オーストラリアやニュージーランド、カナダ、アラスカ州、チリ、南アフリカなど各地でゴールドラッシュが起きており、現代ではゴールドはアンティークの時代のような稀少性はありません。投機的な意味もあって価格が維持されているだけです。それでも在りし日に比べれば格安です。庶民でも買えるほど安価で、量も十分にあります。 |
【参考】ピンクトルマリン ゴールド・リング(カルティエ 1990年代) | 【参考】メイカーズ シグネット リング 18Kゴールド(ティファニー 2022年)¥731,500- 【引用】TIFFANY & CO / メイカーズ シグネット リング 18Kゴールド ©T&CO |
優れた細工やデザインにはコストがかかります。ゴールドの価格を踏まえると、多く使って「ゴールドを使っているから贅沢で高級」と思わせた方が、庶民に高値で売りやすいのです。この程度の宝石、この程度のデザインのクラスのリングに、これだけたっぷりとゴールドを使えるのが現代です。 2022年1月の金価格は平均で6,755円/gでした。2024年11月には13,155円/gとおよそ2倍になっているので、右のリングも今なら余裕で100万円を超えるでしょう。単純に倍額になっているならば、およそ146万円でしょうか。重さで計算されると困るのか、重量の記載はありませんでした(笑) |
18ctゴールド・リング兼ブレスレット(1850年頃) | ティファニー 18Kシグネット・リング(2022年) 【引用】TIFFANY & CO / メイカーズ シグネット リング 18Kゴールド ©T&CO |
質屋の情報によると、18号サイズで約23.3gとのことで、今回の宝物と同じくらいの重量です。但しほぼ、ただの鋳塊(インゴット)です。当時の王侯貴族が見たら仰天しそうです。私も仰天しました。 今回の宝物は動作機構や細工デザインも見事ですが、現代の高級メンズ・ジュエリーと同じくらいたくさんゴールドを使用しています。当時は比較にならぬほどゴールドが高価だったことを踏まえると、現代のブランドジュエリーなど比較にならぬほど高価なものとして作られたことは間違いないのです。 |
2-1-3. 量が確保できるようになったゴールド
鉱山資源は新たな街を作り出したり、寒村を世界規模の知名度に押し上げるほどの威力も発揮し得ます。カリフォルニア州北部、サンフランシスコは1846年は人口わずか200人ほどの小さな開拓地でした。しかしながら1848年1月にゴールドが発見されると噂は瞬く間に世界中に広がり、国内のみならず海外からも一貫千金を夢見た人々が集まりました。 |
サクラメント近郊のアメリカン川の金採掘場(1852年) |
200人程度だったサンフランシスコは、1852年には約36,000人の新興都市に成長し、カリフォルニア中に道路や教会、学校や新たな町が建設されました。このゴールドラッシュ全体で見ると、30万人もの人々が海路と陸路で押し寄せたそうです。 ジュエリーや小物などに用途が限られる宝石と違い、ゴールドは資産そのものにも直結するので、人を引き寄せる強さが桁違いですね。ゴールドラッシュの最初の5年間で、370トンが産出されたと推計されています。 ちなみに2017年だと、産出量1位の中国は約440トン、2位オーストラリアは約300トン、3位ロシアは約255トン、4位アメリカは約245トン、5位カナダは約180トンを採掘しています。 |
アメリカン川の岸で選鉱鍋を見つめるフォーティナイナーズ(1850年) | ゴールドラッシュ初期は人海戦術による地道な採掘だったことを想像すると、370トンは凄いですね。 |
ウォータージェットで砂利鉱床を掘削する作業(1857-1870年) |
採りやすい場所から採り尽くしてしまった後、1853年からは現代の高圧ホースによる強力なウォータージェットを使う方法が開発され、工業的に採掘されるようになっていきました。このように、わりとすぐ資本を持つ者しか不可能な方法に移ったため、大半の人は一攫千金の夢を叶えられないどころか、移動や道具などに使ったお金すらまともに回収できず終わったようです。 工業的な水力採鉱で1880年代半ばまでに340トンのゴールドが回収され、この方式は世界中に広がっていきました。 |
ゴールドは欲しくても十分な量が手に入らない時代から、お金があれば量を確保できる時代になりました。 1850年頃のこの宝物は、まさにゴールドラッシュ最初期の恩恵で創られた、時代を反映する宝物なのです!♪ |
2-2. 見事な設計と精密な作り
心地よい動作機構については、実際に触れていただく必要がありますが、それ以外にも凄い箇所がいくつもあります!♪ |
2-2-1. クラスプの素晴らしい作り
クラスプを使って形を変化させます。アンティークのハイジュエリーは、クラスプへの美意識も行き届いているものです。使い心地の良さ、安全性、見た目の良さを全て備えるために、デザインも作りも徹底してこだわります。 |
リングのベゼルとなるメインパーツは、クラスプを差し込むために、中空ボックス型で制作されています。クラスプが目立つと不恰好な一方、使い勝手が悪くてもダメです。実にさりげなく作ってあります。 |
厚みを持たせたベゼルは、僅かに台形で作ってあります。美しい立体造形は、それだけでも高級感が強く感じられます。クラスプの取手や収納箇所は、注意しないと分からないくらい違和感なく収まっています。 |
正面から見ても、僅かに奥行方向は台形になっている効果を感じていただけると思います。 水平方向で見ると、単純な長方形ではなく、それぞれの辺が内側に入りこんだ複雑な形をしています。直線で作る方が遥かに楽です。しかし、このような僅かな違いで、高級感は桁違いに上がります。技術と手間をかける価値が十分にあります |
↑等倍→ | セミマットに仕上げたゴールドが、この複雑なフォルムに合わせて美しく輝きます。厚みがあるため格調高い雰囲気で、高級感は抜群です!♪ |
↑等倍→ | この、複雑な形状部分にクラスプが設計されています。精緻な作りは圧巻です!! |
↑等倍→ | 正確な作りに惚れ惚れします!♪ |
差し込み口の形状に合わせた、複雑なクラスプも見事です。 |
魂で表現する自由でアーティスティックな表現技術と、チェーンなどを作る正確無比な造形技術は全くの別物です。どちらか一方だけを得意とする方が多いですが、両方の才能に恵まれた職人がごく稀に存在します。 |
正確な作りだからこそ、美しくクラスプが収まります。誤魔化しがあると「見せたくない」ですが、クラスプ側を率先してお見せしたいくらい素晴らしい出来栄えです!♪ |
クラスプの構造も見事なものです。折り畳んだ8枚のリングの厚みとピッタリで、正確に収まります。 |
2-2-2. 正確な蝶番
蝶番のバランスも見事です。フレキシブルに動く一方で、グラつき感はありません。硬かったり、グラつくようだと使い心地が良くありません。見た目は同じように出来ていても、良いものとそうでないものには使い心地に大きな差があるものです。 |
クラスプ部分も含め、蝶番は9箇所あります。 |
全く遊びがないと、硬くて使い心地が悪くなります。遊びがあり過ぎると、ぐらついて壊しやすくなったりもします。使い心地』という感覚的な部分は、職人の勘とセンス次第です。まさに、ハンドメイドの最高級品ならではの職人技が感じられる部分です♪ |
動きが自由自在なので、ブレスレットとして使う際も、心地良くしなやかに手首に寄り添います♪ |
リングとして使用する際、蝶番が大きいと見た目だけでなく、使い心地も悪くなります。作られてから170年ほどは経過していますが、それだけの年月の使用に耐えられる耐久性も備えながら、機能美が実現していることは驚異的です。天才的な設計デザイン、それを実現できる超一流の職人技、これらが揃ってこその世紀の宝物です!!♪ |
2-3. 格調高い優美さを醸し出す立体的な彫金
2-3-1. 幅が広く奥が深いアンティークの彫金
アンティークのゴールド・ジュエリーは、表現の幅の広さが何と言っても魅力です。無限と言える表情をもち、それぞれ全く雰囲気が異なります。微妙な表情の違いを表現するのも得意です。『ゴールド・ジュエリー』と一括りにするのは気が引けるほどです。ここでは、アーティスティックな彫金に焦点を絞ります。 |
『優雅な羽の小箱』 ゴールド ロケット・ペンダント イギリス 1820年頃 SOLD |
今回の宝物 イギリス 1850年頃 今回の宝物 |
『OPEN THE DOORS』 マルチロケット ペンダント イギリス 1862年頃 SOLD |
アーティスティックな模様を彫金する場合でも、ゴールドの色味だけでなく、面積や深さによって大きく雰囲気が変わります。浅い彫金だと繊細で優美な雰囲気、深く立体的な彫金だと荘厳で格調高い雰囲気が強く出ます。 |
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センスの良い高級品には、両方を巧みに組み合わせた表現も多いです。これはゴールドそのものがステータスとなった、19世紀初期のジョージアンらしい作行です。両方の表現が共存することからも、王侯貴族にそれぞれの特徴がよく理解され、意識して選択されていたことは明らかなのです。 |
2-3-2. 稀少な深い彫りの彫金
線描きのように模様を表現する浅い彫金と異なり、深い彫りは立体彫刻のカメオに近いです。技術的には別物と言え、3次元で美しく魅せるには、頭の中で立体視できる特殊能力と高度な技術を必要とします。だから、アンティークの高級品でも数は限られます。 |
『ミラー・ダイヤモンド』 ダイヤモンド リング イギリス 1840年頃 ¥3,700,000-(税込10%) |
『Geometric Art』 ゴールド ロケット・ペンダント イギリス 1840年頃 SOLD |
今回の宝物 イギリス 1850年頃 今回の宝物 |
深い彫りはゴールドの分量も多く必要とするため、限られた高級品でのみ見ることができます。中央のエンジンターンと組み合わせたロケット・ペンダントも、貴族の男性が知的なステータス・アイテムとして特注したとみられるもので、当時の第一級の職人技が見事です。さすがメンズ・アイテムです♪ 繊細な彫金も美しいですが、深い彫りも、ゴールドならではの高級感があって良いですね〜♪ |
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ちなみに今回の宝物のベゼルは、クラスプを収納するため中空構造ですが、この中でも圧倒的に重量があります。左のリングが6.2g、中央の両面ゴールド・ロケットが9.3g、今回のリング兼ブレスレットが21.8gです。 |
2-3-3. 打ち出しと組み合わせた見事な彫金
クラスプを抜き差しする際に力がかかるため、ベゼルは耐久性も必要です。中空構造でも、ゴールドには相応の厚みがあります。コストカットというケチな理由ではなく、機能性の為の中空構造なので、彫金の素晴らしさは揺るぎがありません。 |
↑等倍→ | 打ち出しと巧みな彫金を組み合わせた、シャープな模様が美しいです。現代の量産ジュエリーのように鋳造(キャスト)だけで作ると、このようなキリッとした仕上がりにはなりません。型離れの観点からエッジや細かい部分がシャープにできず、ヌルッとダレた仕上がりになります。 |
シトリン ネックレス&ピアス フランス 19世紀初期 SOLD |
19世紀初期の正装用として制作された、この華やかなデミ・パリュールにも打ち出しの技法が使われています。 |
カンティーユのサイズと比較すると、19世紀初期の打ち出しらしい、キリッとした作りの良さを感じていただけると思います。 |
裏側からも、シャープな作りが分かります。 打ち出しは、金価格が史上最も爆騰した19世紀初期に高まった金細工技術の1つです。少ないゴールドで、より華やかに魅せる技法です。 ゴールドは金属の中でも特に重く、多過ぎるとジュエリーとしての使い心地が悪くなる側面もあります。見た目の華やかさと使い心地を両立する上でも、打ち出しは重要な技術の1つです。 |
アメジスト ブローチ フランス 1830年頃 SOLD |
極端に細かい表現は物理的に不可能なので、彫金など他の技法と組み合わせたりもします。 この宝物も打ち出しのエッジに注目すると、19世紀初期ならではのキリッとした高度な技術が伝わってきます。 |
『エレガント・リボン』 シルバー・カードケース イギリス(チェスター) 1903年 SOLD |
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純粋に細かさを極めた打ち出しは滅多に見る機会がありませんが、社交界における紳士のステータス・アイテムである、シルバーの名刺入れでもご紹介する機会がありました。 これはどうやって作ったのか想像し難いほど、微細でシャープな打ち出しでした。 さすがメンズ・アイテムです。 |
『愛の錠前』 パドルロック ペンダント イギリス 1850年頃 SOLD |
←↑等倍 |
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ゴールドのジュエリーで微細な打ち出しと言えば、この宝物があります。 パドロックは知的な貴族の男性が、最愛の女性に一途な愛を示すために贈るアイテムなので、オーダー主はやはり男性です。 立体的で微細、かつシャープな打ち出しが見事です♪ |
←↑等倍 |
同じ、1850年頃に貴族の男性がオーダーした宝物です。19世紀初期の金価格爆騰の時代に、最大限に高まった打ち出し技術の魅力が詰め込まれています。一方、金価格が落ち着いたことで、以前と比較してゴールドを贅沢に使用しています。この時代の高級品は、ジョージアン・レベルの高度な金細工技術と、贅沢な分量のゴールドが併存してるのが特徴です。それにしても、今回の宝物の打ち出しは驚異的です! |
↑等倍→ | 打ち出しのエッジは驚異的にシャープです。拡大するとサイズ感が分からなくなるほどです。まさに神技の打ち出しです!♪ |
↑等倍→ | この絶妙な立体デザインによって、打ち出しの模様が光によってドラマティックに変化します。その豊かな黄金の輝きは、眼を見張るほど美しいです!♪ |
2-3-4. 正確な彫金
安いことが正義と洗脳された現代人は、売り手が赤字になっても安くするよう圧力をかけて当然という意識ができてしまいました。その結果、良心的なメーカーであってもコストを優先せざるを得なくなり、目立たない部分はとにかく省略するようになってしまいました。だから、現代ジュエリーのリングはベゼル以外、簡素なデザインと作りである場合が殆どです。 |
この宝物は、どこから見ても美しい彫金が楽しめるように作られています。指から外し、ブレスレットに早変わりさせるなど、社交界の美意識の高い人たちに見られることを前提に作られているからこそ、徹底しています。 |
中空構造のベゼル以外は金無垢なので、打ち出しではなく彫金です。8つのパーツが正確に作られています。 |
厚みのある規則正しい彫金が、格調の高さと高級感を放ちます。 |
←等倍↑ |
拡大しても粗が感じられませんが、実物は特殊な道具を必要とするほど微細です。内周と外周の細いフチも、全体の印象を引き締めています。細部までの磨き仕上げも完璧だからこそ、ここまでの拡大画像に耐えられます。 |
ベゼルの模様とも相性はピッタリで、違和感なく宝物の美しさに没入できます♪ |
2-3-5. フラワー型のリング・パーツ
模様のない裏側だと分かりやすいですが、リングのパーツは単純な円形ではなく、フラワー型の輪っかで作られています。 |
正確な作りだからこそ、8枚を重ね合わせると綺麗に揃います。厚みがある状態で、フラワー型になっているため、サイドから見てもオシャレです。さりげなく高度な仕事をしていることが分かる部分なので、玄人は目立つ箇所よりも、ここを好むかもしれません♪♪ |
単純な輪で作った場合とは、黄金の輝きが全く異なります。フラワー型の溝はキリッと彫金され、磨き仕上げによるセミマット・ゴールドの質感も完璧なので、高級感のある光沢が美しいです♪ |
1850〜1870年頃の大英帝国の最盛期、パクス・ブリタニカの時代は重々しく成金的なデザイン主流なので、Genも私もご紹介したいと感じるものが滅多にありません。しかし、この宝物は幸運にも全てが揃っています。 ブレスレットのパーツはリングを兼ねるという都合上、輪っかで作られていることも大きいです。これが日本人好みの『透かしデザイン』として機能し、ヴィクトリアンならではの重厚さやエレガントさがありながらも、軽やかさを感じる奇跡のバランスとなっています。 通常のリングのように、単純な円形の輪っかで制作していたら、ここまでのエレガントで凝った印象はなかったでしょう。計算され尽くしたデザインに圧倒されます。 |
3. 最高級品を示す最上質のダイヤモンド
この宝物はリング兼ブレスレットの作りが主役ですが、最高級品として宝石も相応しいダイヤモンドが選ばれています。 |
↑等倍→ | 透明度の高いオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドはかなり厚みもあるため、非常に存在感があります。 |
↑等倍→ | 透明感とダイナミックな煌めきを楽しめるのは、クラウンに厚みがあってテーブルの面積が狭い、古いカットならではです。 |
トルコフスキー考案のアイデアルカット |
さも最も美しいと錯覚させる理想のカット、『アイデアルカット』はいかにも現代宝飾業界が好みそうな詐欺的な名称です。これは数学的な理想と面白さを追求しただけで、人間が感覚的に美しいと感じるか否かを想定したものではありません。 現代ジュエリーは、ダイヤモンドのフォルムもコストカットが最優先されるため、薄っぺらいという特徴があります。底面で全ての光を反射するから云々という謳い文句がありますが、上部クラウンの煌めきの方が重要なのは、感覚的に考えても当然です。現代ジュエリーは、ここが全く考慮されていません。上部クラウンが薄いと、相対的にテーブルの面積が広くなります。 |
最高級オールドヨーロピアンカット | 【参考】現代のブリリアンカットのテーブルの輝き 左:反射していない場合(チラチラした輝き) 右:反射した場合(白っちゃけた輝き) |
現代のブリリアンカットは、チラチラした弱い輝きと白っぽい印象しか受けません。その理由は底部ファセットが細かすぎるのと、上面のテーブルの面積が広いことです。クラウンのファセットは面積が小さくあまり輝かない一方で、テーブルだけが極端に大きいため、白い印象となるのです。また、底部から光が漏れないため、透明感が感じられないです。入射した光が100%戻ってくるのが良いことかと言えば、実はそうではないのです。スペック重視の頭デッカチな発想でしかありません。 |
↑等倍→ | 南アフリカでダイヤモンドラッシュが起きる前と後では、ダイヤモンドの稀少価値は全く異なります。1850年頃に、これだけの見事なダイヤモンドを使っているのは、よほどの財力を持つ証です。 |
↑等倍→ | 様々な色彩のファイアも美しいです。この宝物は何と言ってもリング兼ブレスレットという特徴が魅力なので、その印象が薄れないためにも、あまりダイヤモンドにフォーカスしたくないのですが、やっぱり素晴らしいです!♪ |
4. ラグジュアリーな証としてのブラック・エナメル
4-1. モーニングジュエリーとは一線を画す『黒』
この宝物は、引き締まったブラック・エナメルが印象的です。 黒イコール、モーニングジュエリーと見なす方も少なくありませんが、亡くなった年月日や名前の彫金もありませんし、遊び心満点の作りからも、モーニングジュエリーではないことはお分かりいただけると思います。 この黒の選択には、喪以外の明確な理由があります。 |
4-1-1. 黒にモーニングジュエリーのイメージがついた原因
"19世紀の『黒』=モーニング(喪)"と短絡的に捉える人もいますが、これは誤りです。特に中途半端な知識の人にこのような誤解が存在しますが、明確な原因があります。 ヴィクトリア女王の時代は、産業革命の成果が庶民まで行き渡ったタイミングでした。以前の大富豪と言えば、農業国イギリスに於ける、大地主としての貴族でした。経済を牽引するのも、この一部の上流階級でした。 世界に先駆けて18世紀半ばから始まった産業革命によって、イギリスでは大量生産・大量消費の時代が到来しました。これは戦後の日本も高度経済成長期として経験していることです。1850年から1870年頃の大英帝国は、『世界の工場』と呼ばれたパクス・ブリタニカの時代です。安価に大量生産されたメイド・イン・イギリス製品が、世界中を席巻しました。 |
ヴィクトリア女王一家(1846年)ロイヤル・コレクション |
多くの地方の農業従事者が、都市の雇われ労働者になりました。その結果、従来の大地主や農業経営者としての貴族は財力を失い、工場経営者などの資本家が新興成金として台頭し、労働者である一般大衆も小金を持ち始めました。 衣食住が満ちたりた一般大衆に至るまで、旅行やジュエリーなどにも興味を持てるようになりました。一人一人の財力は知れていますが、その圧倒的な数と新たな消費意欲は、従来の貴族を凌ぐほどの経済規模を持つようになりました。それを無視できなくなり、特にミッド・ヴィクトリアン以降、大衆を主要ターゲットとした経済政策が行われるようなりました。従来の君主は王侯貴族の手本として存在しましたが、ヴィクトリア女王は大衆の手本を強く意識した、明確な時代背景があります。 |
王室の喪のポートレート(1862年3月) ヴィクトリア女王夫妻の5人娘アリス、ヘレナ、ベアトリス、ヴィクトリア、ルイーズ |
ヴィクトリア女王のジェット・パリュール(イギリス 1870年頃)【引用】V&A museum © Victoria and Albert Museum, London |
ファッションに関しても、大衆女性すらヴィクトリア女王を手本にしました。以前の時代ならあり得ないことです。典型的なお姫様を連想させるゴージャスなクリノリン・ドレスですが、ミッド・ヴィクトリアンは工場勤務の大衆女性すら愛用していました。 1861年にアルバート王配が亡くなると、大衆をターゲットにした葬式ビジネスも積極的に展開されました。様々なルールを作ることで新たな消費を生み出し、ロイヤル・ファミリーをモデルとして宣伝して煽り、大衆にモノを買わせ続けました。モーニング・ジュエリーもその1つです。 |
メメント・モリ モーニング リング イギリス 1742年 SOLD |
それ以前からモーニング・ジュエリーは存在しましたが、ジュエリー自体が限られた上流階級しか持てないものでした。 本場イギリスでも、現代人は殆どの貴族を含め、古の貴族文化を知りません。現代は一代貴族ばかりで、代々伝統や知識を継承する、古くからの貴族は殆どいないからです。新興成金に等し一代貴族には、継承した財産もありませんから、このような宝物は見たことがないどころか、存在すら知らないのが普通です。 教養も身につける機会がないため、見ても殆どの人はお金があっても価値が分からないのです。 |
『アートな骨壺』 ローズカット・ダイヤモンド 骨壺ブローチ イギリス 1849年 SOLD |
モーニングジュエリーも、上流階級の特注品と、金儲けのために作られた庶民用の安物が、違いを理解されず一緒くたにされているのが現状です。 モーニングジュエリーは個人的なジュエリーなので、ほぼお取り扱いしません。 ただ、ごく稀に個人の域を超越し、芸術作品として昇華したものが存在します。 滅多に存在しませんが、そのような宝物だけは積極的にお取り扱いします。 |
『 Forget me not 』 ジョージアン ペンダント イギリス 1836年 SOLD |
わすれな草 モーニング ブローチ イギリス 1839年 ¥280,000-(税込10%) |
モーニング ブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
ピケやジェットを除き、上流階級のための上質なモーニングジュエリーは、ヴィクトリア女王が大衆向けにプロモーションする1861年より前の時代が多いです。Genのチョイスをランダムに集めても、1830年代から1840年代にかけての、ジョージアン末からアーリー・ヴィクトリアンに集中しています。 この3点はオーソドックスな部類です。ミッド・ヴィクトリアン以降は類似のデザインで、作りが稚拙な大衆向けの安物が量産されました。現代市場でモーニングジュエリーそのものが割安な上に、大衆向けに大量に作られたため、日本でアンティークジュエリーが流行したタイミングで多く販売されました。 似て非なる物であり、Genはそのようなものはお取り扱いしていません。ただ、Genに出会わなかった多くの方は、そのようなものばかりを目にしています。 |
1840年頃 | 1880年頃 |
モーニング ブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
ニューヨーク・タイムズ記事に掲載のモーニング・ブローチ(1880年頃) 【引用】The New York Times / Mpurning Jewelry Leaves the Victorian Era Behind / Credit...Sspl/Getty Images © 2024 The New York Times Company NYTCo |
この比較は上級編です。左はGenの基準を満たしたものです。右もニューヨーク・タイムズの特集記事の参考品なので、完全な安物というわけではありません。本当の安物はメタルやシルバー、メッキ製ですが、これはゴールドを使用しています。ほぼ同じデザインですが、制作年代は異なります。見どころはどこでしょう? 特に重要なのは、シャンルべエナメルのフォントです。個人を偲ぶ、『IN MEMORY OF』の文字がシャンルべ・エナメルで表現されています。文字や模様を彫金し、エナメルでそれを際立たせる高度なエナメル技法です。模様が複雑になるほど高い技術を必要とし、高級品となります。1840年頃の優美なフォントに対し、1880年頃のものは文字が簡素です。制作は楽になる一方で、安っぽさが気になります。 髪の毛と写真の違いも、大きな特徴です。ヨーロッパで写真技術が普及したのは1840年代以降です。写真も昔はかなりの高級品でした。しかし、美しく編まれた髪の毛は別格です。 |
上流階級のジュエリー | 19世紀後期の大衆のアクセサリー | |
モーニング ブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
【参考】ピンチベックのブローチ | 【参考】メタルのブローチ |
上流階級の女性の手習として、ヘアワークが存在しました。イメージが固定される写真と違い、心の中で美化した姿や想い出をいくらでも想像できる魅力もあります。後年に取り替えられた髪の毛が入っている場合もありますが、編まれ方で年代や持ち主の身分、美意識などが推定できます。髪の毛のジュエリーも誤解が多いですが、故人だけでなく、存命の恋人や家族、友人の髪の毛を使う場合もあります。 右の2つは愛する人の髪の毛だったと想像しますが、私にはいまいち雑な扱われ方が何と言って良いのか、「ちょっと微妙。」です・・。 |
1840年頃 | 1880年頃 |
モーニング ブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
ニューヨーク・タイムズ記事に掲載のモーニング・ブローチ(1880年頃) 【引用】The New York Times / Mpurning Jewelry Leaves the Victorian Era Behind / Credit...Sspl/Getty Images © 2024 The New York Times Company NYTCo |
左の宝物はロケットの楕円が細長く、髪の毛のセットを想定して制作されています。年号の彫金はありませんが、上流階級に写真が普及する以前の作りと総合的に判断できます。サイズが分かりませんが、写真用はより大型だったかもしれません。 国内の一般アンティークジュエリー市場で見ることができるのは、右の参考品以下のものです。限られた上流階級だけが持てる、真の高級品とは絶対的に異なるものです。しかしながら多くのアンティークジュエリー好きには、大量に出回る安物によってモーニングジュエリーのイメージが形成され、「黒は喪」と判断する思考回路ができてしまいました。このような人は安物しか見ていない、或いは「自分は知識がある。分かっている。」と思い込んでいる無知な方だろうと、心の中で残念に感じます。 |
4-1-2. 『黒』の普遍の魅力
白と黒は別格です。全ての色に染まることができる白。どのような色にも染まることのない黒。特に黒は主役としても、名脇役としても普遍の魅力を持ち、どの時代でも愛されてきました。 |
ルネサンス ルビー&エナメル リング フランス 16世紀後期〜17世紀初期 SOLD |
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このルネサンス期の古いリングも、黒エナメルが印象的です。 シャンルべ・エナメルの美しい模様を最も惹き立てる色として、黒を選んだのは明らかです。 |
黒のシャンルべ・エナメルのオシャレなリング | ||
ローズカット・ダイヤモンド リング フランス 1820〜1830年頃 SOLD |
『ローズカットの閃光』 マーキーズシェイプ ローズカット・ダイヤモンド リング フランス? 1870年 SOLD |
『ロイヤル・コロネット』 宝冠型リング イギリス 1880年頃 SOLD |
右の『ロイヤル・コロネット』はサイズ変更不可で8.5号サイズなので、確実に王族の女性用です。時代や性別を問わず、オシャレな色として、黒が王侯貴族を虜にしてきたことは間違いありません。広く一般に『黒』のイメージが革新されたのは、1926年にココ・シャネルが発表したリトル・ブラック・ドレスがきっかけです。あくまでもシャネルは、大衆(成金を含む)が憧れる成り上がり系のスターに過ぎません。真の上流階級が憧れたり手本とする対象にはなり得ず、大衆文化と同じ尺度で社交界文化を測っては見誤ります。 |
黒がオシャレな宝物 | ||
『The Art of Iron』 ベルリン アイアンブレスレット ドイツ(プロイセン) 1820年代 SOLD |
『薔薇』 ピエトラドュラ ブローチ イタリア 1860年頃 SOLD |
アンフォラ ペンダント イギリス 1900年頃 SOLD |
決められたルールやマニュアルにただ従うのは、王侯貴族のやるべきことではありません。王侯貴族は新しい文化を創り出す側なので、才能豊かな人物ほど柔軟に発想します。黒は美しいです。ピエトラデュラは群青のラピスを土台にしたものもありますが、やはり図柄を引き立てる色として、黒いオニキスは好まれました。 ルールを作る側の上流階級のジュエリーに関しては、黒イコール喪とは限らないのです。 |
4-2. 『黒』が高級品の象徴として紳士に愛された時代
黒はカッコいいので、男性やカッコいいものを好む女性には普遍的に支持されてきました。しかし、この宝物が作られた時代は特に、『高級な証としての黒』が紳士に流行していました。 |
4-2-1. 漆黒を作る技術
日本には『四十八茶百鼠』と言う表現がありますが、『黒』もバリエーション豊かです。代々続く知り合いの京の染め屋さん曰く、その工房だけで色見本は10万色を超えるそうです。男性だからこそか、特に黒へのこだわりは強く、納得できた自慢の染め色を『リアル・ブラック』と名付けていました。 |
『夜桜を舞う梟』 両面・赤銅高肉彫り象嵌 ロケット・ペンダント 赤銅:日本 1870年頃、ロケット:イギリス 1870年頃 ¥3,800,000-(税込10%) |
『道を照らす黄金提灯』 クラバット・ピン フランス 1900〜1910年頃 ¥420,000-(税込10%) |
これも双方、紳士用のステータス・ジュエリーです。赤銅は日本刀の鐔などの装飾として、日本の上流階級文化で発達しました。ゴールドの僅かな配合の違いによる、微妙な黒の色彩を重視しました。漆黒は『墨色』、青みがかった黒だと『カラスの濡羽色』や『烏銅』、紫を帯びたものは『紫金』と呼ばれたりしました。 日本の金属の黒化処理や、それを装飾に生かす技術は抜群です。ジャパネスクのクラバットピンでは、提灯金具が黒エナメルで再現されています。薄いエナメルで、これだけ黒の色彩をハッキリ出すのも高度な技術です。 |
4-2-2. 14〜16世紀の『高貴なる黒』の流行
本当の『黒』は、発色がとても難しい色です。このため、黒を表現する技術の確立と、王侯貴族の流行カラーは密接に関連しています。 |
『白の女王』と呼ばれる喪服姿のスコットランド女王&フランス王妃メアリー・スチュアートの肖像画(1560年) | 中世ヨーロッパでは、女王の最も深い喪を示すのは白でした。 中世の終わり頃には黒も喪の意味合いを持つようになりましたが、黒はエレガントさやラグジュアリーの象徴とも見做されていました。 黒の染料は高価だったことが大きな理由ですが、やはり本能的に好む人が多かったのでしょう。 |
金羊毛騎士団を創設した善良公フィリップ3世と騎士たち(1447年)51歳頃 |
これはブルゴーニュの善良公フィリップ3世と、創設した金羊毛騎士団の騎士たちです。フィリップ3世の黒づくめの装いが印象的です。フィリップ3世の治世下でブルゴーニュは国家として頂点に達し、芸術の中心地として繁栄しました。騎士道文化は最盛期を迎え、フランドル派絵画やネーデルラント楽派の音楽もヨーロッパで最高水準になったと評価されています。いわゆる『北方ルネサンス』です。 |
ブルゴーニュ公 | 神聖ローマ皇帝/スペイン王 | スペイン王 |
フィリップ3世(1396年-1467年) | カール5世(1500年-1558年) | フェリペ2世(1527年-1598年) |
フィリップ3世のほか、神聖ローマ皇帝やスペイン王フェリペ2世も黒づくめの肖像画を遺しています。ハプスブルク家出身のスペイン王フェリペ2世はイングランド女王メアリー1世と結婚し、共同統治者としてイングランド王を兼ねた時代もあります。スペイン帝国、スペイン黄金世紀の最盛期に君臨した国王であり、絶対主義の代表的君主の1人とされます。ヨーロッパ・中南米・アジア(フィリピン)に及ぶ大帝国を支配し、地中海の覇権を争ったオスマン帝国を退けて勢力圏を拡大しました。1580年からはポルトガル王も兼ね、ポルトガルの植民とも継承しました。これにより、スペイン・ハプスブルク帝国は『太陽の沈まない帝国』を実現しました。その偉大な君主の象徴も『高貴なる黒』だったというわけです。 |
フランドル派の高貴な女性の肖像画 | ||
『女性の肖像』(ロヒール・ファン・デル・ウェイデン 1460年頃) | 『若い女の肖像』(ペトルス・クリストゥス 1470年頃) | 『バーバラ・ファン・ヴレンデンバーグの肖像』(ハンス・メムリンク 1470年頃) |
高貴な女性にも、黒は高貴な象徴として大流行しています。男性にとっては孤高や威厳、不滅の強さの象徴となる一方、女性にとっては真珠のような肌を惹き立てる色として好まれました。ジュエリーが惹き立つ色でもあります。ルネサンス期の絵画は、「細部まで詳細に分かるジュエリーの描写が凄い!♪」とGenも言う通り、どの貴婦人もジュエリーの詳細がよく分かります。 |
トマソ・ポルティナリとマリア・ポルティナリの肖像(ハンス・メムリンク 1470年頃) |
これはポルティナリ夫妻の、結婚式直前を描かれた肖像画です。トマソ・ポルティナリは、メディチ銀行の支店長だった父が亡くなった後、メディチ家に引き取られて育った銀行家です。新婦マリアは14歳です。芸術をこよなく愛するトマソが、北方ルネサンスを代表するハンス・メムリンクに依頼した作品です。 『黒』が、高貴なる色と見做されていることは明らかです。ルネサンスのジュエリーはカラフルなエナメルが特徴の1つで、マリアのネックレスからもそれが伺えます。ドレスもカラフルだと、ガチャガチャとうるさくなりそうですが、黒の装いだとカラフルなジュエリーが惹き立ちますね。大きな天然真珠を始め、宝石も華やかです。喪などではなく、これが当時の華やかでラグジュアリーなファッションだったと言えます。 |
おそらくシエナ派 | 初期フランドル派 |
『カンブレーの聖母』(作者不明 1340年頃) | 『聖母を描くルカ』(ロヒール・ファン・デル・ウェイデン 1435-1440年) |
キリストを失った聖母ではなく、産んだ聖母として描かれたマリアも黒の衣装で描かれることが少なくありません。政教一致の時代は、聖母も最高位の女性に等しい存在でした。黒は高貴さやエレガント、美の象徴でもあったのです。そういうわけで、16世紀の終わり頃にはヨーロッパの殆どの君主は黒一色に染まり、宮廷は黒で溢れていたそうです。 |
4-2-3. 啓蒙時代の流行色
知性の光で照らし、偏見に満ちた暗黒の中世を脱却しようという18世紀の『啓蒙時代』が訪れると、光の時代をイメージさせる明るい色が好まれるようになりました。 |
史上初のテロリストとされるマクシミリアン・ロベスピエール(1758-1794年) | 流行色としての『黒』は後退し、パステルカラー、青、緑、黄色、白が上流階級の色となりました。 ファッションの都パリは、カラフルな色彩で溢れたそうです。 そうは言っても、やはり黒は普遍的に人の心を捉える魅力がありますね。 なんだかんだ貴族への憧れがあったとされるロベスピエールも、気合いを入れた肖像画の装いは黒です。オシャレが好きで、上流階級のような装いを好んだそうです。 |
4-2-4. 19世紀の上流階級の男性の『黒』
19世紀に入ると、黒はダンディな紳士の色として改めて人気が高まりました。流行に多少左右されることはあっても、やはり収まるべきところに戻ってくるのでしょう。普遍の魅力を持つものとは、そういうものです。 |
軍服姿のヨーロッパ貴族
第2代バッキンガム=シャンドス公爵リチャード・テンプル=ニュージェント=ブリッジス=シャンドス=グレンヴィル(1797-1861年)1830年、33歳頃 | 大英帝国アルバート王配(1819-1861年)1842年、23歳頃 | オーストリア皇帝&ハンガリー国王フランツ・ヨーゼフ1世(1830-1916年)1853年、23歳頃 |
大英帝国の首相経験貴族
メルバーン子爵ウィリアム・ラム(1779-1848年)1844年、65歳頃 | 初代ビーコンズフィールド伯爵ベンジャミン・ディズレーリ(1804-1881年)1852年、47歳頃 | 初代ラッセル伯爵ジョン・ラッセル(1792-1878年)1853年、61歳頃 |
ロスチャイルド家
御用銀行家のマイアー・アムシェル・ロートシルトに財産を預けるヘッセン選帝侯 |
『赤い盾』の大富豪ロスチャイルド家も、黒の出立が多い印象です。これは5人兄弟の父で、祖として位置付けられるマイアーです。 |
イギリスのロスチャイルド家 | ||
ネイサン・メイアー・ロスチャイルド(1777-1836年) | ライオネル・ド・ロスチャイルド(1808-1879年) | 初代ロスチャイルド男爵ナサニエル・ロスチャイルド(1840-1915年) |
1858年に庶民院に初登院するライオネル・ド・ロスチャイルド |
金融の中心地シティ・オブ・ロンドン選挙区から出馬し、政界入りしたライオネル・ド・ロスチャイルドの初登院の装いも黒だったようです。そして、他の政治家たちも殆どが黒です。制服ではありませんが、多くの上流階級や有力者の男性に黒が好まれた証です。 |
アルバート王配
長女ヴィッキーとヴィクトリア女王夫妻(ウィンザー城 1840-1843年頃) |
特にヴィクトリアンは、女王の時代だったことも大きいです。ファッションリーダーとなるのは君主夫妻ですが、アルバート王配は女王の引き立て役でした。男性らしい、知的で威厳ある雰囲気を醸し出すための『黒』以外に、華やかな女性を際立たせるための影の脇役として、黒を意識して選んだ部分も大いにあるでしょう。 |
ヴィクトリア女王一家(1846年)ロイヤル・コレクション |
男性のファッションリーダーが『黒』を好んだため、周囲の王侯貴族の男性も必然的に黒を選び、流行したというわけです。もはや定番化しているという方が、適切かもしれません。 |
アルバート王配(1819-1861年)1848年、29歳頃 | 有力政治家ジョゼフ・チェンバレン(1836-1914年)1896年、60歳頃 |
王侯貴族の時代は、男性もジュエリーを普通に着用していました。ステータス・アイテムであり、本人の教養やセンス、財力を提示するための、立場上の必須アイテムでした。黒はジュエリーを効果的に惹き立てる色でもあるため、美意識が高いオシャレな男性が黒を好んだのは必然と言えます。 |
4-2-5. オシャレな男性の『黒』
喪の黒はルールとして惰性で選ばれることもありますが、オシャレの黒は別物です。そして、モーニングジュエリーのイメージが強いヴィクトリアンでも、"オシャレな黒"は特に上流階級の男性に強く支持されていました。 |
ウィリアム・ワットのためのサイドボード(エドワード・ウィリアム・ゴドウィン 1876-1877年) "Godwinsideboard" ©VAwebteam at English Wikipedia(26 OAugust 2008)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
衣服のみならず、調度品でも黒はオシャレで高級感のある色として支持されました。飽きが来ないというのも魅力です。様々に装いを変える貴婦人と異なり、紳士は少数の極上品を愛用するものです。だから飽きが来ない、黒の普遍性は重要なのです。 |
リング兼ブレスレットを発想するほどの男性だからこそ、当然のように黒エナメルを選んだと判断できます。 |
高級感ある色としての黒です。ゴールドの色彩と、ダイヤモンドの美しさも黒の効果でさらに際立ちます。一般には知られざる、貴族のための黒の素晴らしいヴィクトリアン・ジュエリーです♪♪ |
裏側
裏側まで人に見せることを意識して作られており、美しい作りです。 |
着用イメージ
リングとしては大型で、かなり存在感があります。 それでも細かい細工や、透明度の高いダイヤモンドのお陰で、巨大なだけで簡素な作りの成金ジュエリーにありがちな威圧感などは感じません。 |
ブレスレットとしての長さは19.3cmです。日本人女性の手首の平均は約15cmで、一般に販売されているブレスレットは16〜18cmが多いです。やや大きめですが、サイズ変更はできません。 私の手首は12cm台で小学校低学年サイズなので、平均的なサイズの方はここまでブカブカにならないと思います。大きめな分、洋服の上に重ねても黄金の透かしが映えてオシャレです。リングとブレスレット、どちらで使用するか迷いそうですね♪♪ |
余談
宝物が制作された1850年頃は、大英帝国がパクス・ブリタニカの最盛期を迎え、ロンドンで世界初の万国博覧会を開催した時期でした。影の実力者アルバート王配の手腕によって、大成功したと高く評価されています。世界に先駆けて達成した産業革命の成果を、大英帝国の威信をかけて全世界に披露する場でもありました。 |
第一回ロンドン万博の会場内部(クリスタル・パレス 1851年) |
鉄とガラスでできたクリスタル・パレス(水晶宮)も、産業革命による技術力の成果の1つです。大量生産のための様々な機械が開発され、それが世界の工場を実現しました。機械が完成すれば、後はオペレーターがただひたすら単純作業を繰り返すだけですが、機械のメカニカルな構造を考案して設計するのは大変なことです。 |
宝物のオーダー主が、ロンドン万博を成功に導いた立役者の側にいたことは確実です。大英帝国が中産階級に至るまで活気に溢れ、最もパワフルだった時代、それを創り出した上流階級の紳士の集まりの中で披露されたと思います。錚々たるメンバーの集まりにあっても、皆をあっと驚かせ、持ち主の力量を示したことでしょう。遊び心あふれるアンティークジュエリーは、最高に心を踊らせてくれます♪♪ |