No.00309 ミラー・ダイヤモンド |
『ミラー・ダイヤモンド』 |
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アーリー・ヴィクトリアンのハイエンドクラスのダイヤモンド・リングです! |
この宝物のポイント
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1. 100%光を反射できるダイヤモンド
1-1. クローズドセッティングのオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド
この宝物のダイヤモンドは脇石まで全てオールドヨーロピアンカットで、クローズドセッティングです。これは古い時代ならでは、かつ古い時代に於いても比較的珍しいセッティングと言えます。 |
1-1-1. 古い時代のダイヤモンドのセッティング
『ケルトのダイヤモンド・クロス』 フランス 17世紀 SOLD |
『魅惑のトライアングル』 オーストリア 1910年頃 SOLD |
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アンティークでも、比較的新しい時代になるとダイヤモンドはオープンセッティングが主流となります。しかしながら、古い時代はクローズドセッティングが主です。 |
このリングにセットされたダイヤモンドは、全てオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドです。 17世紀末に、現代のブリリアンカットにつながる58面のファセットを持つクッションシェイプ(オールドマインカット)が開発されました。正方形に近い形状だったクッションシェイプが、次第に円形に近い形状であるオールドヨーロピアンカットとなり、最終的には現代のラウンドブリリアンカットにつながっていきます。 |
『忘れな草』 ブルー・ギロッシュエナメル ペンダント フランス? 18世紀後期(1780〜1800年頃) SOLD |
ダイヤモンドのカットが近代化される以前、特に蒸気機関を使った研磨機すらなかった1860年代以前はダイヤモンドをカットするだけでも極めて手間とお金がかかりまました。 オールドヨーロピアンカットは、ローズカットより複雑で技術や手間、お金がかかるため、余程の高級品でなければ使われることはありませんが、それでも18世紀以降はオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドが使用されたジュエリーを見ることができます。 左の『忘れな草』は、小さな脇石に至るまで全てがオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドという、驚くほどお金をかけて作られた驚異的に贅沢なジュエリーです。 |
ほとんどのオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドはクローズドセッティングですが、ペンダントトップの一番大きな石だけはオープンセッティングになっています。 |
『木の葉』 ヘアジュエリー メモリアル ブローチ イギリス or フランス 1820年頃 SOLD |
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19世紀初期に作られた『木の葉』に使われているダイヤモンドは小さな石まで全てクッションシェイプで、どれも小さいのでクローズドセッティングになっています。 |
ジャルディネッティ ダイヤモンド・ブローチ フランスorイギリス 1780年〜1820年頃 クッションシェイプ・ダイヤモンド、ローズカット・ダイヤモンド、シルバー&ゴールド SOLD |
しかしながら、古い時代にオープンセッティングの技術がなかったわけではありません。特に大きなクッションシェイプ・ダイヤモンドやオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドに関しては、オープンセッティングが主流という印象があります。 |
『ゴルコンダの白い輝き』 オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド ブローチ イギリス 1840〜1850年頃 SOLD |
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場合によっては、小さなオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドに至るまで全てオープンセッティングで作られます。 |
ジョージアン ダイヤモンド・リング イギリス 1820年頃 オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド、ローズカット・ダイヤモンド、シルバー&ゴールド SOLD |
リングサイズの小さなオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドに加えて、その脇石の小さなローズカット・ダイヤモンドに至るまで全てオープンセッティングにされることもあります。 |
ダイヤモンド&ルビー トレンブラン・ブローチ フランス 1820年頃 SOLD |
これは19世紀初期の、ハイエンド・クラスのトレンブランです。 デザインのみならず、ハイクラスのジュエリーの中でも別格の作りになっています。 |
花芯のオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドは特に素晴らしい石が使われており、爪で持ち上げてオープンセッティングで留めてあります。それ以外のダイヤモンドは脇役として控えめな輝きとなるよう、全てローズカットでオープンセッティングになっています。箔を敷いて留めると輝きが強くなりすぎるため、敢えて光の一部が抜けて透明感が出るオープンセッティングを選んでいるのです。 |
その緻密な計算に基づく作りによって、脇役が名脇役として優れた働きをし、素晴らしいメインストーンの輝きがより際立って見えるのです。 |
【参考】ヴィクトリアンの成金ジュエリー | |
パッと見た時に派手で高そうに見えるかだけを気にする成金用のハリボテ・ジュエリーであったり、王侯貴族のジュエリーでも美意識や美的感覚に優れていない人のジュエリーは、正面から見た時だけの平面デザインだけを気にして作られるものです。 |
しかしながら美的感覚が鋭く、且つ高い美意識を持つ王侯貴族のための本物のハイジュエリーは、平面的なデザインではなく緻密に計算された立体デザインが施されているものです。当然ながら見えない部分にもお金をかけてデザインと細工が施されます。 |
【参考】ヴィクトリアンの成金ジュエリー | |
成金ジュエリーは見えない部分は確実にお金をケチります(笑)正面はド派手なのに、見えなそうな部分はヘボいという落差が激しい成金デザインは、返って貧乏臭が強く漂います。実力以上に凄そうに見せたいという虚栄心が見え見えで、成金の目論見とは裏腹に、財力も精神性も乏しく見えます。虚栄心は人間の本質として、存在は否定しませんが、あっても隠すべきです!(笑) |
王侯貴族のハイジュエリーの中でもダイヤモンド・ジュエリーの場合、特に優れたものは煌めきや透明感など、ダイヤモンド本来の魅力を徹底して引き出すための特別なデザインと細工が施されているものです。何も考えず慣例に従ってデザインするということはあり得ません。 |
パッと見たときのデザインではなく、ダイヤモンドの煌めきや透明感をコントロールするデザインというのは実物を見なければその工夫と成果がなかなか分からず、設計・デザインする人物にも非常に高い能力が必要となります。これはアーリー・ヴィクトリアンのハイエンドのリングで、当時の第一級の職人にお金に糸目を付けず作らせたものです。クローズドセッティングのオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドという特殊なデザインには、計算に基づく意味が確実にあります。 |
1-1-2. ハイクラスのジュエリーに見られる宝石のセッティングの工夫
今回の宝物の秘密を紐解く前に、ハイクラスの特別なジュエリーはどれほど気を遣って宝石がセットされているものか、少し事例を見てみましょう。 |
1-1-2-1. ダイヤモンドとカラーストーンのクラバットピン
ジャルディネッティ クラバットピン フランス 19世紀初期 SOLD |
これはクラバットピンなので小さなものですが、男性用のジュエリーなので驚異的にお金と手間をかけて作ってあります。 |
これは様々なカラーストーンを使った、宝石主体のジュエリーです。そうは言っても、贅沢なコンサバトリーでの優雅な社交を楽しむ古い時代の王侯貴族のジュエリーなので、現代ジュエリーのように石ころ頼りで、デザインと作りは適当という(心も)貧相なものとは全く異なります。 裏を見ると、オープンセッティングとクローズドセッティングの両方があります。明らかに意図して使い分けられています。表裏で比較すると、カラーストーンはクローズドセッティング、クッションシェイプ・ダイヤモンドはオープンセッティングになっています。 |
カラーストーンはゴールドでセッティングすることで、ゴールドの色味を反映して色彩がより美しく見えることが狙いです。 クッションシェイプ・ダイヤモンドがオープンセッティングなのは、裏から光が一部抜けることによる透明感と、煌めきの両方がバランス良く楽しめることが狙いです。 |
1-1-2-2. ダイヤモンドとカラーストーンのリング
ジャルディネッティ リング イギリス 1820年頃 SOLD |
これはクラバットピンと同じくジャルディネッティ・ジュエリーで、ルビー、エメラルド、サファイアというメジャーなカラーストーンに加えて、イエロー・ダイヤモンドまで使われた、非常に高価なものとして作られたリングです。 |
一方で、イエローダイヤモンドはクローズドセッティングです。色彩を楽しむ宝石は、光が透過するとどうしても色が薄く見えます。無色のダイヤモンド以外は色彩をより鮮やかに見せるために、クローズドセッティングにしているのです。 |
1-2. 通常のクローズドセッティングのダイヤモンド
『古のモダン・クロス』 ステップカット・ダイヤモンド クロス フランス 18世紀初期 SOLD |
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さて、古のハイジュエリーには様々な意図があって細工が施されるわけですが、そもそも何故無色のダイヤモンドの裏側に、クローズドセッティングにして箔を敷くのでしょうか。 古い時代でもオープンセッティングの技術はありましたから、選択肢がなかったせいではありません。 |
『コルヌコピア』 ステップカット&ローズカット・ダイヤモンド ブローチ イギリス 18世紀後期 SOLD |
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一般的にはオールドヨーロピアンカットではなく、ステップカットやローズカット・ダイヤモンドがクローズドセッティングになっています。 |
1-2-1. ステップカット・ダイヤモンドの特徴
天然真珠 ボンブリング フランス 1920年頃 SOLD |
ステップカットはダイヤモンドの煌めきよりも、透明感を楽しめるカットです。 煌めきを重要視した古い時代はローズカットやオールドヨーロピアンカットの登場によって一度姿を消し、透明な美を楽しむ機運が高まった20世紀に入ってから再び脚光を浴び、こぞって使われるようになりました。 |
アールデコ ステップカット・ダイヤモンド リング アメリカ 1930年代 SOLD |
当然ながらデザインも、煌めきではなく透明感を楽しめるよう設計されています。 |
裏に箔があると光が透過しませんから、もちろんオープンでセッティングされます。 |
天然真珠&ステップカット・ダイヤモンド ネックレス オーストリアorドイツ 1920年代 SOLD |
構造上、ステップカットは上部ファセットも下部ファセットも光をあまり反射せず、透過する光の割合が高いです。 だからこそ高い透明感が出ます。 |
これも右の画像は、明らかに上部ファセットの表面ではなく下の箔が反射して光り輝いています。 |
1-2-2. ローズカット・ダイヤモンドの特徴
ローズカット・ダイヤモンドを、箔を敷いてクローズドセッティングするのも同じ理由です。底が平らなローズカット・ダイヤモンドは底から光が抜けやすい特徴を持っています。 |
『魅惑のトライアングル』 オーストリア 1910年頃 SOLD |
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故にオープンセッティングにすると、表面のファセットから放たれるミラーボールのような煌めきに加えて、透明な美しさも楽しむことができます。 |
『ミラーボール』 魅惑のローズカット・ダイヤモンド ピアス ヨーロッパ 1860〜1870年頃 SOLD |
光が抜けやすい裏側に箔を敷くことで、ローズカット・ダイヤモンドでもより強い煌めきを感じられるようになるのです。 |
ジャルディネッティ ローズカット・ダイヤモンド リング フランス? 18世紀後期 SOLD |
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この場合、透明感は犠牲となり、斜めから見た場合にしか透明感が強く感じられなくなりますが、その分、正面から見た時の煌めきはもの凄いです。 |
何しろ、輝き度100%です。 表面で反射し、侵入してきた光も箔の部分で漏れなく全て反射してしまうのですから♪ |
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ダッチローズカットダイヤモンド ピアス フランス 1860年頃(ホールマーク付き) SOLD |
ペアシェイプ・ダッチローズカット・ダイヤモンド リング スウェーデン 18世紀後期 SOLD |
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このように極めて合理的な理由があるため、比較的後の年代まで、材料費や手間がかかってもローズカットダイヤモンドにはクローズドセッティングがなされているのです。 |
1-3. 100%光を反射するアイデアルカットとは異なる発想
1-3-1. 煌めきを最も重要視した場合の細工
『南国の風』 ジャルデネッティ・リング フランス 1800〜1820年頃 SOLD |
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こうしてクローズドセッティングのダイヤモンドを見ると、いかに長い間、ダイヤモンドがより煌くよう腐心されてきたのかが分かります。 |
『ケルトのダイヤモンド・クロス』 フランス 17世紀 SOLD |
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ステップカットとローズカットに関しては、光を100%反射できる箔を敷いてクローズドセッティングにするというのが答えでした。 |
ジャルディネッティ ダイヤモンド・ブローチ フランスorイギリス 1780年〜1820年頃 クッションシェイプ・ダイヤモンド、ローズカット・ダイヤモンド、シルバー&ゴールド SOLD |
クッションシェイプやオールドヨーロピアンカットはどうかと言うと、オープンセッティングにすると光は底から多少漏れはしますが、十分にダイナミックなシンチレーションが得られます。また、透明感も多少はあった方が美しく感じられたりするものです。 |
ダイヤモンド&ルビー トレンブラン・ブローチ フランス 1820年頃 SOLD |
故にクッションシェイプやオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドの場合、特に大きさのある石は古い時代でもオープンセッティングの割合が高いのです。 |
1-3-2. オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドのセッティング
1-3-3. アイデアルカットの弱点
アイデアルカットのダイヤモンド | 歴史的に、100%光を反射できることがダイヤモンドの美しさの1つの指標とされてきたことは間違いありません。 その回答の1つがアイデアルカットですが、美しさを議論する場合、アイデアルカットにはいくつもの弱点が存在します。 アイデアルカットはダイヤモンドに侵入した光が底から抜けることなく、全て反射するよう光学的に設計されています。従って、設計通りにカットすれば、確かに100%光を反射します。 |
しかしながらこのカットが欠陥なのは、底面からの反射だけに注目しており、一番大事と言える表面反射には全く視点を置いていないことです。 アイデアルカットの下部ファセットは1つ1つの面積が細いため、100%光を反射しても、それぞれの反射光は分割された弱いものにならざるを得ず、その結果チラチラとした大人しい輝きにしかなりません。 アイデアルカットは下部ファセットで光を反射することに重きを置いているため、なるべく内部に光を取り込むよう設計されています。 |
このため、アイデアルカットはオールドヨーロピアンカットに比べてテーブル面積は広く、クラウンは薄く設計されています。 |
【参考】現代のサファイア・リング(合成・加熱等のサファイアの詳細は不明) | 【参考】ブリリアンカットのテーブル 左:反射していない場合(チラチラした輝き) 右:反射した場合(しらっちゃけた輝き) |
故に、上部のファセットで反射する場合、広いテーブルが反射してシラっちゃけて見えるか、クラウンの狭い面積のファセットがチラっと輝くかです。 |
【参考】現代のサファイア・リング(合成・加熱等のサファイアの詳細は不明) | だから現代のブリリアンカットのダイヤモンド・ジュエリーには魅力が感じられないのです。 |
イエロー・ダイヤモンド・リング(ティファニー 現代) 【引用】TIFFANY & CO / Tiffany Soleste Cushion-cut Yellow Diamond Halo Engagement Ring in Platinum ©T&CO |
そもそも現代ジュエリーでは微少ダイヤ(メレダイヤ)はかなり汚い石が使われている場合が殆どなので、本当にダイヤモンドなのかと思えるほど輝きが弱いです。 |
現代のカット | 最上質のオールドヨーロピアンカット | |
【参考】サファイア リング | 『煌めきの青』 サファイア リング イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
『エメラルドの深淵』 エメラルド リング イギリス 1880年頃 SOLD |
同じくらいの大きさのダイヤモンドで比較すると、現代のブリリアンカットのチラチラした輝きとは対照的に、上質なオールドヨーロピアンカットはダイナミックな輝きに加えて、透明感に由来する瑞々しい美しさも感じられると思います。また、手作業のカットだからこそダイヤモンド1つ1つに個性があり、それが調和することで心地よい美しさにもつながっています。 現代のダイヤモンドはコンピュータと機械を使って対称性が高く、全て同じ形状でカットされます。一見聞こえが良く、機能性重視の工業製品の場合はその方が望ましいのですが、美しいかどうかという観点だと、違和感しか感じられません。ジュエリーではなく工業製品にしか見えないのです。 |
1-3-4. 欠陥のあるアイデアルカットが主流となった理由
1-3-4-1. 淘汰されたダイヤモンドの代用品カットスチール
カットスチールのヘアピン "Cut steel hairpin" ©Geni(October 2016)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
底面からの反射が主なアイデアルカット・ダイヤモンドが存在する一方で、表面反射が100%のカットスチールも存在します。ダイヤモンドの代用品として、古い時代は王侯貴族の主にトラベルジュエリーとして使用され、新しい時代はダイヤモンドを買えない人たちの安物ジュエリーとして使用されてきた素材です。高級アンティークジュエリー専門店であるルネサンスやヘリテイジでは殆どお取り扱いしていませんが、少なくとも16世紀頃から存在していたとみられています。 今と違って、昔のヨーロッパは一歩郊外に出ると非常に危険で、とてもジュエリーを身に着けたり、気軽に持ち歩いたりはできませんでした。故に、高い財産性を持つジュエリーとはまた別に、オシャレのための代用ジュエリーが必要だったのです。 |
【参考】カットスチールのピアス | さすが古の王侯貴族の御眼鏡に敵ったダイヤモンドの代用品だけあって、上質なカットスチールは非常に良く輝きます。 揺れて輝きが増幅するピアスによく使われているのもそのためでしょう。 |
【参考】カットスチールとブラスのジュエリー | しかしながらダイヤモンドが買えない庶民のためのものが主流となった19世紀後半は急速に質が低下しました。 金属なので表面で光を全反射し、強い輝きを放つことは可能なのですが、内部に光を透過しないため、ダイヤモンドのような透明感は一切感じられません。 |
模造真珠のロングチェーンを着けてダンスするフラッパー(1920年代) | 天然真珠を駆逐した安価な養殖真珠は、コスチュームジュエリーの大流行によって、より激安な模造真珠に駆逐される結果となりました。 |
一方でダイヤモンドの代用品だったカットスチールは淘汰されました。あくまでも以前と比較してですが、ダイヤモンド自体が安く大量に手に入るようになったこともあり、クリスタルガラスなどの別の代用品の進化もあって、カットスチールは完全に淘汰されたのでしょう。 |
1-3-4-2. 淘汰されなかったブリリアンカット
【参考】ブリリアンカット・ダイヤモンドのボンブリング | それでは、オールドヨーロピアンカットに比べて魅力に劣るブリリアンカットは、なぜ淘汰されないどころか、ヴィンテージ以降は主流となったのでしょうか。 |
マーセル・トルコフスキー(1899-1991年) | 所詮アイデアルカットは、数学者マーセル・トルコフスキーがロンドン大学の博士論文における研究の一環で仮定したものです。 美しさが何たるかを熟慮し、正しく定義したものではなく、あくまでも数学的な研究のために必要だったから仮定しただけのものです。 私も界面物理化学を専攻し理論研究をやっていた際は、各種パラメーター(変数)を無視する"理想系"を定義して熱力学的な値を算出していました。 |
アールデコ トランジションカット・ダイヤモンド リング イギリス 1930年代 SOLD |
ダイヤモンドの美しさの定義はまた別として、こういう理論的な面白さは知的階層の上流階級が大好きなものでもあります。 故に、出始めの頃は流行の最先端かつ知的なカットとして、上流階級のための優れたハイジュエリーのダイヤモンドに取り入れられました。 |
1930年代のトランジットカット・ダイヤモンド | 1910年頃のオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド |
初期は目新しさもあって、流行の最先端として話題性は十分です。しかしながら流行は終わりを迎え、次の時代の流行の現れるものです。普遍の魅力がなければ陳腐化して終焉を迎えますし、普遍の魅力があれば定番化します。しかしながら、第二次世界位戦を機に王侯貴族が世界を主導する時代は完全に終わりを迎え、アンティークジュエリーの時代は完全に終わってしまいました。 戦後、ブリリアンカットは陳腐化することなく、オールドヨーロピアンカットを駆逐し主流となり、現代に至ります。 |
1-3-4-3. アメリカの新興成金の台頭
【参考】ブリリアンカット・ダイヤモンドのボンブリング | ブリリアンカットが陳腐化せず主流となったのは、時代背景に原因があります。 |
19世紀後期のアメリカに併存した2つの時代 | |
金ぴか時代(1865-1893年) | 西部開拓時代(1860年代-1890年) |
実業家・慈善家ジョン・ロックフェラー(1839-1937年)1885年 | アウトロー、盗賊のビリー・ザ・キッド(1859-1881年) |
19世紀後期はヨーロッパの王侯貴族が力を落とす一方でアメリカの新興成金が力をつけ、20世紀に入ると第一次世界大戦を契機に王侯貴族はなかり力を落としました。 |
1-3-4-4. 王侯貴族を表面的に真似るのが成金の常
イギリス国王ジョージ4世(1762-1830年)
ミニアチュール | 絵画 | カメオ | |
リチャード・コズウェイ作 1780-1782年頃 | リチャード・コズウェイ作 1792年頃 | サー・トーマス・ロレンス作 1821年 | ジュセッペ・ジロメッティ作 1825-1850年頃【引用】V&A Museum © Victoria and Albert Museum, London/Adapted |
王侯貴族が有名作家にポートレートの制作を依頼することは、特に写真技術が確立していない古い時代にはよくあることでした。絵画や彫像などの皆で見やすい大型作品のみならず、ミニアチュールやカメオ、インタリオなどの小さなジュエリーでもポートレートが制作されています。これは全てイギリス国王ジョージ4世で、放蕩王の名で知られ、文化に多大なる貢献をするほど散財し王室財政を破綻させかけただけあって、ポートレートも第一級のアーティストとして活躍した当時の様々な有名人に制作させています。アーティストにとっては、本当に良いパトロンです。 |
同時代の成金 ジョヴァンニ・バティスタ・ソマリヴァ伯爵(1760〜1762-1826年)
『ジョヴァンニ・バッティスタ・ソマリヴァの肖像画』(ピエール=ポール・プリュードン作 1813年)55歳頃 | 成金が王侯貴族の真似をするのは今に始まったことではありません。 アメリカ人だからというわけでもありません。 イギリス国王ジョージ4世と同じ頃に生まれたイタリア人、ジョヴァンニ・バティスタ・ソマリヴァが良い例です。 イタリアの農家出身のソマリヴァは、法律を学び弁護士になった後、政治家となった人物です。 ナポレオン・ボナパルトとも親友関係にあり、そのお陰もあって巨大な権力と富を蓄積することになりました。 |
コモ湖の別荘クレリッチ(現:別荘カルロッタ)"Veduta di villa Carlotta, Tremezzo, Lago di Como" ©Paolobon140(14 August 2020, 13:39:49)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
伯爵の称号も手にしたソマリヴァは避暑地として知られ、王侯貴族の別荘が立ち並ぶイタリアのコモ湖の別荘クレリッチや、パリの宮殿なども購入しています。また、美術蒐集家としても非常に有名です。ただし元々が農家出身で、由緒正しい王侯貴族のように幼少期から教養を身に付けるための教育を受けたり、優れたものに触れて感性を養う環境に育ったわけではないため、正直お金があっても何に使えば良いのかは分からなかったようです。 |
有名彫刻家ベルテル・トルヴァルセンに作らせたソマリヴァ像 | ||
1817年 "Thorvaldsens Museum - Giovanni Battista Sommariva" ©Stefano Bolognini(2 August 2008)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
1818年 【出典】THORVALDSENS MUSEUM HP | 1821年 "Bertel Thorvaldsen (1770-1844) Ritratto di Giovan Battista Sommariva (1821)" ©Paolobon140(27 October 2018, 14:08:37)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
実際、友人に莫大なお金を使う方法が分からないと告白していたそうです。だからって・・(笑) 当時の王侯貴族に倣い、イギリス国王ジョージ4世もオーダーしたジュゼッペ・ジロメッティにポートレート・カメオを作ってもらったり、このように有名彫刻家ベルテル・トルヴァルセンに胸像制作を依頼したりしていたようです。でも、美女や美男子ならばまだしも、何の変哲もないそこら辺のオジサンの胸像制作なんて芸術家もあまりテンションは上がりませんよね。同じ彫刻家に最低でも3つは作らせているだなんて、やはりお金の使い方が分からなかったのでしょう(笑) 後世の者にとっては正直、どれも要らないという感じです。故にソマリヴァのコレクションは死後、早々に散逸しており、これらの胸像も全て美術館入りしています。 |
ジョヴァンニ・バッティスタ・ソマリヴァの胸像(ベルテル・トルヴァルセン 1818年)トルヴァルセン美術館 【出典】THORVALDSENS MUSEUM HP |
ソマリヴァの胸像は有名作家の作品と言う意味で資料的価値はありますが、それ以外は・・。 誰からも欲しいと思われず、美術館送りとなった微妙な彫像たちからは哀愁すら感じます。 それが最低3つもあるなんて、哀愁というか、思わず笑いが・・。 何だか申し訳ないです、本当にすみません(笑) |
『鷲(ゼウス)に給仕するガニュメデス』(ベルテル・トルヴァルセン 1817年)トルヴァルセン美術館 "Ganymede Waters Zeus as an Eagle by Thorvaldsen" ©CarstenNorgaard, Thorvaldsen Museum(2010-07-21)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
デンマークの著名な彫刻家トルヴァルセンは、こういう作品制作が本業です。まあでも、芸術家として本当に作りたいものを作ろうとすると、素晴らしい作品はできたとしても、手間と時間がかかり過ぎてお金にはならないはずです。 |
ベルテル・トルヴァルセン(1770年頃-1844年) | トルヴァルセン・クラスの有名人であれば、嫌な仕事は断れば良いだけの話でしょうけれど、本当にやりたいことをやるために、活動を継続して行うためには気前良くお金を払ってくれるパトロン的な人物は、持ちつ持たれつの良い顧客と言えたのかもしれませんね。 ただし、顧客の全員がこういう成金的な人物だと、本当に優れた作品を生み出しても誰も評価してくれず、優れた制作活動は成り立たなくなります。 |
【参考】現代作家のボンブリング($14,500:約160万円) | 第二次世界大戦以降がそうです。 それどころか成金自体もケチになり、よく分からなくても気前良くお金を払ってくれるということがなくなるので、それ以下の状況と言えます。 「安くして!!でも高そうに見せて!!!」 そういう振る舞いを『恥』と思わなくなる、恥ずかしい時代です。 |
実在の人物の彫像 | ||
作品 | "Thorvaldsens Museum - Giovanni Battista Sommariva" ©Stefano Bolognini(2 August 2008)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
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依頼主 | ローマ皇帝ハドリアヌス | ナポレオン時代のイタリアの成金政治家ジョヴァンニ・バッティスタ・ソマリヴァ伯爵 |
モチーフ | 皇帝の愛人アンティノウス | 本人 |
作者 | オリジナル:ブリアキス 紀元前4世紀。本作は古代ローマの複製(作者不明) |
デンマークの有名彫刻家ベルテル・トルヴァルセン作 |
備考 | 古代ギリシャの神ディオニュソスを模した作品 | なし |
ちなみに同じ"実在の人物をモチーフにした大理石像"でも、教養ある王侯貴族とただ莫大なお金を持っているだけの成金とでは芸術作品の出来もこれだけ違います。お金を持たない人はお金を持つことだけに強い価値を見出しがちですが、莫大なお金と権力を持つ者同士で比較すると、お金よりも教養や知性が人間としての格の違いに大きく効いてくるのです。 |
『アンティノウスのディオニュソス』バチカン美術館 | ローマ皇帝ハドリアヌス(76-138年) |
アンティノウスはローマ皇帝ハドリアヌスの愛人として寵愛を受け、ナイル川で18歳くらいで溺死しました。男性の愛人とだけ聞くと「えっ?!」と思うかもしれませんが、中世的で神々しいまでに美しいこの大理石像を見ると、皇帝の深い寵愛も私は納得してしまいます。 ハドリアヌス帝はネロ帝同様、芸術を愛し、特に古代ギリシャの芸術文化をこよなく好みました。アンティノウスの美麗な容姿はそれだけでも素晴らしい芸術作品になりそうですが、古代ギリシャの演劇の神様でもあるディオニュソスに模して制作させていることにハドリアヌス帝の深い教養とセンスの良さを感じます。 |
イタリアのティボリの風景 "Tivoli overview" ©Kleuske(31 December 2005)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
『アンティノウスのディオニュソス』は1790年に、イタリアのティボリにあるハドリアヌス帝の別荘ヴィッラ・アドリアーナから見つかりました。 |
『海の劇場』ヴィッラ・アドリアーナ "Laxio Tivoli2 tango7174" ©Tango7174(19 September 2010)/Adapted/CC BY 4.0 |
この別荘をハドリアヌス帝はこよなく愛し、晩年は公式の住処とし、ここでローマ帝国を統治したほどです。このヴィッラ・アドリアーナには、ギリシャ演劇が可能な劇場もあります。 |
『悲劇と喜劇の仮面』ヴィッラ・アドリアーナのモザイクの一部 (古代ローマ 2世紀)カピトリーノ美術館 |
その他、ギリシャ演劇に用いる仮面をモチーフにしたローマンモザイクも見つかっています。ギリシャの芸術をこよなく愛するハドリアヌス帝が、大好きなヴィッラ・アドリアーナで楽しむギリシャ演劇の守護神を、最愛のアンティノウスをモチーフにして像にするなんて、本当に贅沢かつ高尚です。 |
『アンティノウスのディオニュソス』バチカン美術館 | まさに個人の趣味のレベルを超えた、永遠の芸術と言えます。 単純なポートレートではなく、古代の神々とコラボレーションさせるなんて、ハドリアヌス帝だからできたことだと仰る方もいるかもしれません。 |
神聖ローマ皇帝のポートレート | |
神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(1552-1612年) | 宮廷画家アルチンボルドに依頼した公式肖像画『ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世』(1590-1591年) |
しかしながら、教養に富んだ優れた文化人として知られるハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝ルドルフ2世は、さすがと思える機知に富む肖像画を宮廷画家アルチンボルドに描かせています。お遊びではなく、公式肖像画として描かれているのはローマ神話の豊穣の神ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世です。しかも天才アルチンボルド独特の騙し絵的な要素もあるという、驚きの作品です。 単純なポートレートだったら、"その時代のおじさん(皇帝)の絵"で終わっていますが、皇帝の深い教養と頭の良さをも今に伝えてくれる、普遍の芸術作品として昇華しています。 |
ジョヴァンニ・バッティスタ・ソマリヴァの胸像(ベルテル・トルヴァルセン 1821年)ミラノ市立近代美術館 "Bertel Thorvaldsen (1770-1844) Ritratto di Giovan Battista Sommariva (1821)" ©Paolobon140(27 October 2018, 14:08:37)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
どれほどお金を持っていても、独自の教養やセンスを持たねば上流階級や知識階級からは永遠に相手にはされません。 同じようなことをしていたつもりなのかもしれませんが、上流階級の真の仲間入りをしたかったり、尊敬を集めたかったら、大金を使う以前に教養を身に付けるべきだったのです。 お金しか持たぬ者は、金の切れ目が縁の切れ目。 上品な上流階級は表面的にお付き合いしてくれることはあっても、そこに真の友情や尊敬しあう関係は生まれようがありません。 でも、成金はお金だけに注力するんですよね。上流階級の仲間入りしたがるのに、なぜか必要な勉強は全くしようとしません。それは今も昔も同じみたいです。 |
1-3-4-5. 王侯貴族が存在した時代の文化・ファッションの伝播
フランス王妃マリー・アントワネット(1755-1793年) | 成金は、王侯貴族を表面的に真似ます。 でも、真似自体は悪いことではありません。 古い時代は王族を始めとするファッションリーダーが上流社会で新しいスタイルを提案し、それが優れていれば周囲の者が真似をし、上流階級の中で流行となっていきました。 真似るのは誰にでもできる簡単なことですが、この、新しいスタイルを生み出すというのが非常に難しいことなので、それができる、傑出した才能を持つ人間は極めて限定されます。 |
デンマークのヴァルデマー王子と姉のイギリス王太子妃アレクサンドラ(1874-1875年頃) | ファッションの流行は、周囲が誰かを真似ることで生まれます。 真似る対象は、そうなりたいと思えるような憧れの存在でなければなりません。 19世紀後半から20世紀初頭にかけて、イギリスを始めとする世界のファッションリーダーとなったのはデンマーク王室からイギリス王室に嫁いだアレクサンドラ妃でした。 |
王太子妃アレクサンドラ(1844-1925年) | アレクサンドラ妃は王族ならではの気品に加えて、上流階級の中でも評判になるほど、群を抜いた美貌の持ち主でした。 しかもお高くとまることなく、活発な性格でスポーツも大好き、とても愛にあふれ明るく陽気だったそうです。 天性の明るさは誰からも好かれ、上流階級のみならず国民からもとても人気があり、女性たちの憧れの的でした。 |
王太子妃アレクサドラ、第二子ジョージ王子、第一子アルバート・ヴィクター王子、第三子ルイーズ王女、王太子バーティ(後のイギリス国王エドワード7世)(1867年頃) | 故に女性たちはアレクサンドラ妃を何でも真似ました。 1863年、18歳でイギリス王室に嫁いだアレクサンドラ妃は、1864年から毎年子供を出産しました。 その数、何と6人です。 |
王太子妃アレクサドラと次男ジョージ王子(後のイギリス国王ジョージ5世)(1879年) | これは6人を出産した後の、34歳頃の写真です。 驚異的な体型ですが、完璧に何もかもうまくいったわけではありませんでした。 1867年に第三子ルイーズ王女を出産した際、合併症で命の危険にさらされ、回復はしたものの、足を引きずって歩かなければならない後遺症がずっと残りました。 しかしながら、アレクサンドラ妃は女性たちの憧れの的すぎて、社交界の女性たちはこの足を引きずって歩くことすら真似したそうです。 アレクサンドラ妃が歩行補助のため、傘をステッキのように持ち歩くと、それすらも流行となりました。 |
イギリス王妃アレクサンドラ(1904年)59歳頃 | また、幼い頃の瘰癧(るいれき)の手術痕があり、それを隠すために普段は首元まで隠れる服装をしていました |
王太子妃アレクサンドラ(1844-1925年)1881年、36歳頃 | 王太子妃アレクサンドラ(1844-1925年)1889年、44歳頃 |
それができない正装時は、チョーカータイプのジュエリーを着用していました。欠点をカバーする目的だった、このチョーカー・スタイルすらも皆が真似をし、上流階級の間で大流行しました。 |
ヴィクトリア女王が孫の結婚式で贈ったティアラ&ネックレス | ||
ティアラ | ネックレス(重ねづけ) | |
故に、1893年にアレクサンドラ妃の次男ジョージ王子が結婚する際、ヴィクトリア女王が孫の妻メアリー妃に贈ったネックレスにもなるティアラは、チョーカータイプなのです。 |
『アルテミスの月光』 ムーンストーン メアンダー ネックレス&ティアラ イギリス 1910年頃 SOLD |
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リボンを使って首元にピッタリと付けて使うチョーカータイプのジュエリーは昔からありますが、正装する時に使う華やかなネックレスでチョーカー・スタイルは、アレクサンドラ妃がファッションリーダーだった時代ならではです。傷痕を隠すことが当初の目的でしたが、どかーんと開いた胸元にジャラジャラ着けるネックレスと違い、首元を隠すネックレスには清楚さや気品が漂います。目新しさに加えて、このそこはかと漂う品格ある美しさが女性たちの憧れの対象となり、ウケたのでしょう。 『アルテミスの月光』は、日本人でも使いやすい雰囲気のチョーカータイプのジュエリーです。後ろで長さが調整できるので、サイズは気にせずハイネックの上からでもお使いいただけます。アレクサンドラ妃のような上品で格調高い雰囲気がお好きな方には、とってもオススメです♪ |
天然真珠のジュエリー&模造真珠のアクセサリー | |
上流階級 | 庶民 |
ヨーク公爵夫人時代のエリザベス王妃(エリザベス女王の母)(1900-2002年)1925年、25歳頃 | 模造真珠のネックレスを着用したココ・シャネル(1883-1971年) |
ヨーロッパの王侯貴族が力を持っていた時代は、そのサイクルが成立していました。しかし徐々に庶民に流行が降りてくるまでの時間が短くなり、王侯貴族が世界を主導する力をほぼ失った第二次世界大戦後は、ファッションリーダーとしても機能できなくなりました。 |
1-3-4-6. 王侯貴族のファッションリーダーが失われてからの流行
王侯貴族 | 女優や歌手などの大衆のスター |
フランス皇后ウジェニー・ド・モンティジョ(1826-1920年) 1854年、28歳頃 | フランスの舞台女優サラ・ベルナール(1844-1923年)1876年、32歳頃 |
世界が王侯貴族のファッションリーダーを失った後、新しくファッションリーダーとなったのは女優や歌手などの大衆のスターたちでした。ナポレオン3世を廃位し、1870年に共和政に移行したフランスは一早くこれを経験しています。 |
テオドラに扮する同時代の上流階級と舞台女優 | ||
本人 | イギリスの上流階級 | 舞台女優 |
東ローマ帝国テオドラ皇后(在位:527-548年) | ランドルフ・チャーチル夫人:チャーチル元首相の母(1897年) | サラ・ベルナール(1900年) |
庶民の成り上がりである女優は上流階級のように教養を身に付けるための教育を受けていませんし、財力も一般人に比べれば持っているとは言え、たかが知れています。ファッションをオーダーするにしても、教養を漂わせるための捻りのある要望を出すことはできません。成り上がるために、皆から羨ましがられるために、限られた予算でとにかく高そうに見せることだけを注力します。新しいスタイルを生み出すなんて到底不可能です。 |
クレオパトラに扮する同時代の上流階級と舞台女優 | |
イギリスの上流階級 | 舞台女優(フランスの大衆のスター) |
アーサー・パゲット夫人(1897年) | サラ・ベルナール(1899年) |
教養があるが故に、事細かにオーダーを出す上流階級とは反対に、成金庶民は販売者側に提案されたものを、よく分からないが故に言われるがまま買うのみです。 |
オートクチュールの父シャルル・フレデリック・ウォルト(1825-1895年)30歳頃 | パリで活躍していた著名なイギリス人デザイナー、シャルル・フレデリック・ウォルトはフランスのウジェニー皇后を始めとする各国王室の仕事をしていました。 それに加え、アメリカの新興成金の仕事もたくさんやっていました。 |
オートクチュールの父シャルル・フレデリック・ウォルト(1825-1895年)1895年、69歳頃 | ウォルトはアメリカ人との仕事が大好きで、その理由がアメリカ人女性は3Fを持っているからだそうです。 信頼(Faith)、容姿(Figure)、フラン(Francs)の3Fです。 容姿はヨイショするためのオマケでしょう。一番ポイントなのは信頼です。 アメリカ人女性は何をオーダーしたら良いのか分からないため、上流階級のような面倒なオーダーも一切せず、ウォルトが提案するものをそのまま受け入れて大金を払ってくれるので、楽で儲かって良いということです。 |
【参考】ダイヤモンド ブローチ(ブシュロン 1940年代) | こういう事例が増えてくると、誰もまともなモノづくりはやろうとしなくなりますし、やがてはやろうと思ってもできない環境となります。 |
【参考】パンテール ドゥ カルティエ リング(カルティエ 現代)¥20,064,000-(税込)2019.12現在 【引用】Cartier / PANTHERE DE CARTIER RING ©CARTIER |
【参考】ダイヤモンド・ブローチ(ブシュロン 現代)¥9,306,000-(税込)2019.2現在 【引用】BOUCHERON HP / WOLF BROOCH |
高級ブランドが販売(提案)する量産の既製品を、ただ選ぶだけ。同じものを持つ人もたくさんいます。特にジュエリー文化がなかった日本人は知らない場合が多いですが、ハイジュエリーですらこういうつまらない買い方が当たり前になったのは、ごく最近のことなのです。 |
1-3-4-7. 販売者が主導する時代のモノづくり
【参考】ダイヤモンド・ブローチ(カルティエ 現代)¥3,628,800-(税込)2019.2現在 【引用】Cartier HP / PLUIE DE CARTIER BROOCH |
第二次世界大戦後のファッションリーダーは一応、女優などの大衆のスターです。 でも、彼女たちは基本的には販売者が提案するものを選ぶだけなので、新しい流行の様式を提案する真の主導者は、実は販売者です。 大半の販売者は、楽して儲けることが望みです。 そのためには至る所をコストカットしますし、それがバレぬよう口八丁で様々な言い訳や、盛り上げをします。 |
1-3-4-8. 美しさではなく安上がりなのが販売者にとってのメリット
【参考】ブリリアンカット・ダイヤモンドだけのジュエリー(現代) | ジュエリー制作にかかるコストは、材料費と加工費、デザイン費の面から見る必要があります。 鋳造による作りに関する手抜きについては、これまでにもご紹介してきました。 材料に関しては金属と宝石がありますが、ダイヤモンドに関してはオールドヨーロピアンカットよりもブリリアンカットの方が様々な観点から安上がりです。 業界が、ブリリアンカットが主流となるよう主導したのはきちんと理由があるのです。 |
1-3-4-9. ブリリアンカットのメリット1. 材料費が安く済む
ダイヤモンドの原石は古い時代ほど貴重でした。このため、アンティークの時代も原石からオールドヨーロピアンカットを取った残りから、ローズカット・ダイヤモンドを得るということが行われていました。 |
王侯貴族にとっては最高の1粒を得ることが最も重要なことですから、副次的に得られる小さなローズカット・ダイヤモンドはオマケです。 しかしながら現代ジュエリーの思想では、同じ原石からメインの石を2つ取ろうとします。 100万円のオールドヨーロピアンカット1石+3万円の小さなローズカットで販売するよりも、80万円と50万円のブリリアンカットにして販売する方が儲かるというやり方です。 厚みは異なりますが、正面から見ると同じ大きさに見えるため、無知な購買層は「大きいのにお安いわ!」と喜びます。 |
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八面体結晶からのダイヤモンド・ルースの取り出しイメージ |
ボン・マルシェ百貨店(1887年) |
帝政から共和政に移行し、庶民の女性が旺盛な消費意欲で経済を牽引したベルエポックのフランスでは、連日百貨店にたくさんの客がやってきました。いくつかあった百貨店の1つの名前がボン・マルシェで、『安い』という意味です。安いことがウリの店に、安いことだけが価値と信じる中産階級の人々が押し寄せたわけです。 |
トルコフスキーのカットは、ダイヤモンドの原石の形状からすると無駄が多いです。1つの原石から無駄なくダイヤモンドを取り尽くすには、より平たい形状でカットした方が望ましいです。そういうわけで、"より進化した"現代のカットはより厚みが薄くなり、テーブルの面積は広いダイヤモンドになっています。正面から見ると、変わらぬ大きさのダイヤモンドが得られますし、2石目のルースも見た目がより大きなものが得られます。総合的には、同じ原石を使ってより高く販売することが可能です。 |
【参考】1ctオーバーのダイヤモンド・リング(ハリーウィンストン 現代) | 【参考】ダイヤモンド・リング(現代) |
ペラペラになったダイヤモンドは安っぽさ満載ですし、テーブルが広くクラウンのファセットは狭くなっているため、より輝きが弱くなっています。でも、ブランド信仰の成金はバイアスがかかるため、安っぽく輝きが弱くなっているなんて思いもしません。ブランド名さえあれば喜んで安物に大金を出してくれます。楽にボロ儲けできる美味しい商売なので、業界はブランディングだけは熱心なのです。 |
1-3-4-10. ブリリアンカットのメリット2. 規格化による製造コストの削減
モリス商会の壁紙を職人が手作業で印刷する様子(メロトン・アビー 1890年) | 経営に携わる方や管理職、新規事業の具体的な企画・立案などを経験されたことのある方にとっては当たり前の話ですが、ビジネスを回していく上では人件費が大きな割合を占めます。 製造コストに占める人件費の割合も高いです。 |
産業革命による大量生産 | 安い製品を提供するには、同じ規格で大量生産するのが最も効率が良いです。 従業員には誰でもできる単純作業をさせた方が、ミスがなく早くできますし、社員教育も楽で、いくらでも替えもきいて人件費は安く済みます。 |
カリナンに第一刀を振り下ろすジョセフ・アッシャー(1908年) | 1つ1つの製品や工程に合わせて、考えながら作業する必要があると、高度な技術や手間もかかるので人件費は跳ね上がりますし、たくさん作ることはできません。 |
【参考】現代の鋳造の量産ダイヤモンド・リング |
本気で安く大量生産する場合は、機械化した方が安上がりです。初期の設備投資やランニングコストはかかりますが、人を雇い続けるより安価です。大量生産のモノづくりに、人が考えて作業する余地は殆どありません。1つ1つ考えなくて良いよう、機械であれ人間であれ1つの工程だけを担当し、同じ作業でひたすら同じものを作り続けるのです。 |
【引用】Cartier / PANTHERE DE CARTIER RING ©CARTIER | 【引用】Cartier / PANTHERE DE CARTIER BRACELET ©CARTIER |
【参考】ホワイトゴールドのリング&ゴールド・ブレスレット(カルティエ 現代) | |
この場合、ダイヤモンドは同じ大きさ、同じ形状である必要があります。1つ1つ異なる形状だと、それに合わせて高度な技術を持つ職人が考えながら手作業でセットする必要があるからです。現代ジュエリーは1億円を超えるクラスの高級品でも基本は鋳造で作ります。 |
【参考】設計ソフトCADでジュエリーをデザインするイメージ | 【参考】鋳造ジュエリー用の樹脂の型 |
設計に於いても、ダイヤモンドは規格で決められた同じ形状である必要があります。もはや現代ジュエリーは工業製品としか言えません。材料コストを安く抑えるだけでなく、製造コストを抑えるという観点からも規格化が必要だったのです。 |
【参考】ブリリアンカット・ダイヤモンドだけのジュエリー(現代) |
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しかも、規格が決まっていれば違いをスペックで示しやすく、美的感覚の無い者同士でも売買が成立できます。故に定められたのが、1940年以降にアメリカ宝石学会(GIA)による4Cでした。この基準を使えば、田舎の宝飾店でもこれは高級品としてのスペックを満たしていますという形で、高価なジュエリーを販売することができます。 |
【参考】ブリリアンカット・ダイヤモンド リング(現代) | そこには美しいか否かという基準は、入り込む余地がありません。 |
本来、ジュエリーは美しいと感じられるか否かが一番重要だと思っています。 販売者というよりは、王侯貴族の時代と比べて購入者の質がすっかり低下したため、ジュエリーもダメになってしまったと言えます。 |
販売者側の宣伝文句を鵜呑みにすることなく、きちんと美的感覚で選ぶ人が多かったならば、低品質なジュエリーは淘汰され、市場に存在し続けられなかったはずなのです。こうして戦後のジュエリー市場のダイヤモンドは、ブリリアンカットで占有されることになったのです。 |
1-4. フォイルバック・ガラスとは別格の煌めき
【参考】ダイヤモンド・リング(現代) | 底面から光を全て反射することを根拠に"強い輝き"を主張するブリリアンカットですが、現代では思わぬ所にライバルが現れました。 |
キュービックジルコニアを思い浮かべた方もいらっしゃると思いますが、それ以下と言える、フォイルバックのガラスです。 |
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【参考】箔あり&箔なしのスワロフスキー・クリスタル |
1-4-1. 進化するアクセサリー市場
『財宝の守り神』 約2ctのダイヤモンド ブローチ フランス 1870年頃 SOLD |
ガラスと比べた場合のダイヤモンドの優位性は何かと言うと、反射光の強さでした。 ガラスはガラス光沢ですが、ダイヤモンドは金剛光沢と呼ばれる、金属を思わせるほどの強い反射光を放つことができます。 |
箔あり&箔なしスワロフスキー・クリスタル | 現代のアクセサリーは、ガラスの下に箔を設置することで、100%光を反射できるようになりました。 |
100%底面で光を反射できる箔ありクリスタルガラスの煌めき | 底面で100%光をブリリアンカット・ダイヤモンドと異なり、透明感が出るカットの場合、箔ありガラスはダイヤモンド以上に光を反射することすら可能となりました。 |
現代の鏡は1835年にドイツのフォン・リービッヒが開発した、硝酸銀を用いてガラス面に銀を沈着させる銀鏡反応を元に製造されており、透明なガラスの裏に金属膜を作って光を反射するアイデア自体に新規性はありませんが、アクセサリーとしては十分すぎる機能が安価に付与できたと言えます。 以前ネイルアートのハンドモデルをやっていた時代に箔ありクリスタル・ガラスの実物を見たことがありますが、使い捨ての消耗品にも関わらず、しっかりと輝いていました。 |
1-4-2. 進化するアクセサリー市場
現代ジュエリー | 現代アクセサリー |
【参考】プラチナ&ダイヤモンド ネックレス | 【参考】シルバー&クリスタル ネックレス |
私は現代ジュエリーを買ったことがありませんが、オシャレに興味がなかったわけではありません。ジュエリーとはどういうものなのかとそこら辺のお店を見て回ったことがありますが、「アクセサリーとの違いが分からない。高いだけで美しさに違いが見出せない。アクセサリーで良い。」というのが素直な感想でした。「違いが分からない私がダメなのかしら?ダイヤモンドってこの程度?」と思ったのですが、実はそうではありません。 |
『煌めきの青』 サファイア リング イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
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私は元々細工物に強く感動し、ご縁があってアンティークジュエリーの世界に導かれたのですが、その時点でダイヤモンドには大して興味を持っていませんでした。 しかしながらこの宝物に巡り合い、太陽光の元で初めて見たとき、上質なオールドヨーロピアンカットの恐るべきダイナミックなシンチレーションとファイアに仰天し、これが王侯貴族たちに長年愛されたダイヤモンドが本来持っていたポテンシャルかと感動したものでした。 |
現代ジュエリーのせいでダイヤモンドをちょっとバカにしていたのですが、眼から鱗が取れる思いでした。 |
ダイヤモンド・ルース | 箔ありクリスタル |
でも実際、現代ジュエリーのダイヤモンドと現代アクセサリーの箔ありクリスタルは、論理的にも外観が酷似していると言えます。 現代のブリリアンカット・ダイヤモンドは底面から光を100%反射することがPRポイントです。しかしながら、フォイルバックにしたクリスタルも同じく底面で100%光を反射する設計となっています。どちらも表面反射はあまりしません。 オールドヨーロピアンカットを市場から排除するために謳われたPRポイントでしたが、今は自分自身がアクセサリーとの違いを強く打ち出せなくなり、私同様ジュエリーとアクセサリーの外観の違いを見出せなくなった人が増えた結果、現代ジュエリーが売れなくなっているわけです(笑) |
1-4-3. オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドならではの立体的な輝きの魅力
『財宝の守り神』 約2ctのダイヤモンド ブローチ フランス 1870年頃 SOLD |
オールドヨーロピアンカットは最強です。 底面のみならず、表面で直接強力な煌めきを放つことができるからです。 底面からだけ強い輝きを放つフォイルバックのガラスに負けるはずがありません。 比較することすら馬鹿馬鹿しいです。 |
箔ありガラスはカット次第で様々な煌めきを描き出すことができますし、フォイルバックなので底面で光は100%反射できます。所詮ガラスなので表面反射はガラス光沢の弱いものですが、底面反射がメインの現代のブリリアンカット・ダイヤモンドと比較した場合は遜色がありません。 |
アクセサリー | ジュエリー | |
スワロフスキー・クリスタル×ロジウムメッキ・シルバー(¥14,960-) 【引用】SWAROVSKI / Atrract Trilogy Round Pierced Earring ©Swarovski |
【参考】ダイヤモンド×14Kホワイトゴールド(約140万円) | 【参考】ダイヤモンド×14Kホワイトゴールド(価格不明) |
もはや着用している状態だとそれが本物のダイヤモンド・ジュエリーなのか、単なるアクセサリーなのか見分けがつかないレベルになってしまったのです。1万円代で買えるならば上質なアクセサリーで満足だと思うものですし、たとえ100倍の価格の現代ジュエリーを着けていても、周囲からのコメントは「え、それ本物?」という着用者のテンションを下げるものとなるでしょう。 |
『キラキラ・クロス』 |
ダイヤモンドの煌めきで一番大切なのは、底面ではなく確実に表面からの反射と言えるでしょう。 それを特に実感したのが『キラキラ・クロス』でした。 |
表面反射と底面反射、両方が重なることで立体的で心を揺さぶられる煌めきに感じられるのです。また、内部反射が起きやすいため、ファイアも出やすくなるのです。これはガラスでは不可能で、ダイヤモンドだけが放つことのできる輝きです。 |
実はこのリングの脇石も、『キラキラ・クロス』と同じようにかなりクラウンに厚みがあり、テーブルが狭くカットされています。こんなに厚みのあるダイヤモンドは、ハイジュエリー専門でお取り扱いしていても稀にしか見ないものなので驚きました。 |
このように厚みのあるカットなので、脇石も非常によく煌めきます。メインストーンは脇石に比べるとテーブル面積の割合が広いですが、実は裏側に箔を敷いたクローズドセッティングであるが故に、通常のオープンセッティングのオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドには出せない超強力な輝きを放ちます。 |
通常は光の一部が底から抜けてしまうのですが、箔を敷いてあるのでその光も全て反射するのです。透明感も楽しみたければオープンセッティングにすれば良いですし、とにかく煌めかせたければクローズドセッティングにすれば良い。それが古い時代の、ダイヤモンドのポテンシャルを真に理解していた人たちの回答なのです。 |
同じ底面で全て光を反射する設計でも、殆ど表面反射がない現代のブリリアンカットとは煌めきの美しさが全然違います。表面反射や底面反射、複雑に内部反射して出てくる光の全てが折り重なることで、何とも言えない感動的な輝きとなっています。 |
これだけ強い魅力があるので、もっとたくさんクローズドでセットしていても良いように感じます。でも、一般的にはステップカットやローズカット・ダイヤモンドでしかクローズドセッティングが見られないのは、それらのカットのように底がフラットではなく、オールドヨーロピアンカットで底面の複雑な形状に合わせて綺麗に箔を敷いてセッティングするのが極めて困難だったからだと推測します。 |
1-5. 奇跡の変色していないフォイル
このダイヤモンド・リングが古めかしさを感じさせない上に、超強力な輝きを放つことができるのは特別な理由があります。 クローズドセッティングなのに、箔が変色していないことです。 |
ローズカット・ダイヤモンド トレンブラン ブローチ イギリス 1820年頃 SOLD |
でも、裏側の箔の変色を反映して、クリアなダイヤモンドには見えなくなっています。 200年もの時を経過することで醸し出せるようになった、この時代感は価値あるものの証とも言えます。時が経つことでしか出せない魅力でもあります。 |
ハートシェイプ・ローズカット・ダイヤモンド リング フランス 1850年頃 SOLD |
アンティークジュエリーならではの魅力で、私も大好きなのですが、好奇心旺盛な元理系研究者としては、作った当時はどれだけ強力に光り輝いていたのか興味津々でした。 |
この宝物のダイヤモンドは極めてクリアな石が使われており、箔に変色もありません。 だから、かつて見たことがないほど強く美しい煌めきを感じることができます。 |
そして、侵入した光がインクリュージョンによって拡散されることなく、何度も内部で反射できるからこそ見事なファイアも出せるのです。ダイヤモンドが上質なだけではダメで、当時の見事な設計技術と、それを実現できる素晴らしい細工技術があったからこその美しさです。王侯貴族の時代のトップクラスのジュエリーは本当に凄いですね!♪ 南アフリカのダイヤモンドラッシュ以前の、ダイヤモンドが非常に高価だった時代に於いて、脇石に至るまでオールドヨーロピアンカットで、しかもこれだけ上質な石を使っているのは特筆すべきことです。ハイエンドのリングとして作られた証です。 |
これは室内光で撮影したものです。 太陽光やレストラン照明の元だとより印象的に光り輝きますが、眩しくハレーションを起こし、返って分かりにくくなるため、敢えて室内光で撮影しました。 それでも角度を変えるたびに、ダイナミックに煌く様子がお分かりいただけると思います。 |
2. アーリー・ヴィクトリアンならではの贅沢な金細工
2-1. 金価格が下落する前の最高級ジュエリー
このリングは、アメリカでゴールドラッシュが起こって金価格が下落する前に作られた、ゴールドをふんだんに使った最高級のリングです。 |
秋刀魚の丸干し "Pacific saury dried overnight" ©Tomomarusan(1 December 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
モノの値段は決まったものではなく、需要と供給のバランスで決まります。たくさんあれば安くなり、皆が欲するのに十分な量がなければ価格は高くなります。 |
『パイナップル』 リージェンシー 3カラー・ゴールド フォブシール イギリス 1820年頃 SOLD |
今では気軽に食べられるパイナップルでも、かつては王の富と権力の象徴たる超貴重で非常に価値の高い南国フルーツでした。 さて、このリージェンシーの女性用の最高級フォブシール『パイナップル』にも使われてるゴールドは現代でも貴金属として高い価値がありますが、古い時代はもっと高価でした。 |
カリフォルニア・ゴールドラッシュで働く人々(1850年) | 特に、1848年にカリフォルニアのアメリカン川沿いで砂金が発見されたことがきっかけで起こったゴールドラッシュの前と後では、価値が全くと言って良いほど異なります。 |
カリフォルニア・ゴールドラッシュで金を採る中国人 | 1849年には一攫千金を夢見る人々がカリフォルニアへ、陸路や海路で一気に押し寄せました。 国内のみならず、全世界から移民は膨大な数となりました。 |
昔ながらの人海戦術による砂金採り | 巨大資本による近代的な大規模掘削 |
アメリカン川の岸で選鉱鍋を見つめるフォーティナイナーズ(1850年) | ウォータージェットで砂利鉱床を掘削する作業(1857-1870年) |
初期は選鉱鍋とスコップさえあれば誰でも金の採掘ができましたが、すぐに重機を使った大規模掘削が主役となっていきました。そうなると個人レベルでは到底太刀打ちできず、資本家しか儲からなくなりました。 カリフォルニアで採れる金は上質かつ膨大で、世界の金の流通量は一気に変わりました。欲望に湧く人々によって金が無尽蔵に市場に投入され、その結果として金価格は一気に低下しました。 |
【参考】現代の成金ジュエリー | ||
現代ジュエリー好きには、宝石自体に100万円の価値があるから100万円の値段が付いていると思い込む人が多いようです。でも、100万円のものを100万円で販売したらビジネスは継続できません。儲けゼロで考えても、宝石や貴金属を得るには採掘にはコストもかかるので、その分の価格を乗せられなければ赤字です。 |
金鉱目的で作られ繁栄したカリフォルニアのゴーストタウン(1850〜1851年頃) |
金価格が人々の想定を超える勢いで下落した結果、採掘コストが回収できず、採れば採るほどさらに価格は下落し赤字は酷くなると言う悪循環に陥りました。大規模投資とコストカットで金を採掘する大資本に、個人や中小では到底太刀打ちできません。 カリフォルニアのゴールドラッシュは1848-1855年という僅かな期間で終焉を迎え、殆どの人は夢やぶれて終わりました。採掘コストと販売価格が見合わないということで、未だカリフォルニアの鉱床には金が眠っていると言われています。 |
ゴールドラッシュ前 | ゴールドラッシュ後 | |
王侯貴族のハイエンドのリング | ||
【参考】アールヌーヴォーの成金用リング |
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ゴールドラッシュによって金価格が大幅に下落した後は、小金持ちの庶民でも頑張ればゴールドのジュエリーが買える値段になりました。知識や教養がない庶民には、金価格が下落した後もゴールドは"王侯貴族のジュエリーに使われる憧れの貴金属"のイメージが強く、ゴールドというだけで大喜びします。故に、ただゴールドで作られただけの、ヘリテイジでは扱わないクラスの成金(庶民)用のつまらないジュエリーが数多く作られています。 一方でゴールドラッシュ以前は、ゴールド・ジュエリーは王侯貴族だけが持てるものでした。この時代はゴールドというだけで高い価値がありましたが、莫大な財力を持つ王侯貴族同士ではそれだけでは自慢にはならないため、細部に至るまでデザインや細工に趣向を凝らした芸術的なハイジュエリーが制作されています。 |
このリングが制作された当時は、今より遥かに金の稀少性が高く、現代では考えられないほど価格も高価な時代でした。 その時代に於いて、これだけふんだんにゴールドを使っているのは最高級のジュエリーとして作られた証と言えます。 |
2-2. ジョージアンの細工技術を駆使したリング
アーリー・ヴィクトリアンのゴールド・ジュエリーは、私にとっては非常に狙い目だと思っています。 ミッド・ヴィクトリアン以降は金価格が下落すること、ヴィクトリア女王の体型に合わせてゴテゴテしたデザインのジュエリーが王侯貴族の間でも大流行したこと、産業革命によって台頭した中産階級のための安物が大量に出回り始めたこともありますが、それ以外に細工の観点から大きなメリットがあります。 |
2-2-1. 金価格が爆騰した時代に高まった金細工技術
イギリス王妃アデレード・オブ・サクス=マイニンゲン(1792-1849年)1831年頃 | 詳細な背景は以前ご説明しましたが、18世紀末に起きたフランス革命の影響で、イギリスは19世紀初期に史上最も金が高い時代を迎えました。 それに伴い、ゴールドという素材自体が王侯貴族の富と権力の象徴となる特殊な期間が生まれました。 |
『ジョージアンの女王』 ジョージアン ロング ゴールドチェーン イギリス 1820〜1830年頃 SOLD |
『愛のメロディ』 ジョージアン 竪琴 ブローチ イギリス 1826年 SOLD |
その結果、少ない金で華やかに見せるための、驚くほど繊細で高度な、多様な金細工技術がイギリスで発展したのです。 |
『PEACE』 |
もっと古い時代だと金をメインにし、高度な細工を駆使した、このような華やかなゴールド・ジュエリーは見られません。 |
ジョージアン ブローチ&ペンダント イギリス 1830年頃 SOLD |
信じられないほど手間と技術を込めた金細工のジュエリーは、まさに19世紀初期のジョージアンならではの芸術品です。
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2-2-2. 金価格が収まった後もしばらくは残った金細工技術
ブラックエナメル モーニング・リング イギリス 1834年 SOLD |
それに伴ってある程度、ジュエリーにも金の量を使えるようになっていきました。 そこに、金価格が史上最も高まった時代に発展した金細工技術を使えるようになったのです。 |
アーリー・ヴィクトリアンのジュエリー | |
『愛の花』 ルビー&天然真珠 クラスターリング イギリス(チェスター) 1838年 SOLD |
『黄金の花畑を舞う蝶』 色とりどりの宝石と黄金のブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
2-2-3. 豪華で優美な彫金
このリングは煌めきの見事なダイヤモンドも凄いですが、豪華な金細工も見所です。 |
リング全体に手彫りによる華やかで優美な模様が彫られています。当時のトップクラスの職人による、非常に立体的で美しい彫金です。 |
見えない後ろ側まで、連続して彫金されています。たっぷりと使用されたゴールドや、手間と技術を惜しまぬ細工からは高級感が伝わってきます。成金だと、コストカットのために絶対に省いてしまう部分ですね。成金はどんなに本人が取り繕っても、分かる人にはすぐにこういう箇所でバレるものです。 |
少し斜めからご覧いただくと、いかに立体的に彫金してあるかがお分かりいただけると思います。浅い彫金だとのっぺりして見えますが、かなり深く彫金してあるからこそパワフルで躍動感を感じるのです。これはゴールドをタップリと使わないとできない細工であり、ジョージアンではなくアーリー・ヴィクトリアンならではの美しさと言えます。 |
ハイエンドクラスの指輪は、360度どこから見ても素晴らしい細工がしてあるものです。彫刻した後、表面がピカピカに磨き上げられているため、模様の各所から放たれる黄金の輝きが実に優美です。 |
【参考】ダイヤモンド&ゴールド・プレート リング(現代) | |
この磨き上げられた黄金の高級感あふれる輝きは、見事な彫金が施されたハイエンドのゴールド・ジュエリーならではのものです。右の金メッキのリングをご覧になるとお分かりいただける通り、彫金がないただのツルツルなゴールドだと、ゴールドの輝きがかえって安っぽくなります。 |
リングの脇は、指に着けた際に斜めから見える部分なので、ハイクラスのリングであれば何かしらのデザインと細工が施してあるものです。 |
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このリングがハイクラスの領域を超え、さすがハイエンドクラスだと言えるのは、真正面からは見えない、フェイスの上下にまで惜しみなく手間をかけて彫金を施してあることです。 |
彫金は拡大するとゴツく見えてしまいますが、実際はリングに施された細かな彫金です。 トップクラスの職人による繊細な彫金は、着けずとも、手元でいつまでも眺めていたいと思えるような、芸術作品的な魅力があります。 |
2-2-4. 魚子打ちによる地模様
19世紀最高水準の彫金に惚れ惚れしますが、このリングにはさらに驚きの細工が隠されています。この道45年のGenも気づいた時には仰天していたのですが、彫金模様の溝をご覧ください。何と、溝の部分に細かく魚子打ちが施されているのです。 |
『黄金の花畑を舞う蝶』 |
魚子打ちはゴールドの表面の質感をコントロールするために施される細工です。 金の輝きを細かくすることでマットな質感が生まれ、光沢あるゴールドとは異なる格調高い雰囲気を演出することができます。 |
1点1点、どこに模様を付けるか考えながら鑽(タガネ)が打たれており、細工には気が遠くなるような手間がかけられています。 センスと技術に加えて、すさまじいまでの忍耐力を要する細工です。 現代のゴールドのマット仕上げでは、サンドブラストやヤスリで刷って表面を荒らしてマットに見せる程度しかしません。 でも、この細工はサンドブラストやヤスリでは不可能です。 |
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狭い隙間への魚子打ちは、まさにトップクラスの職人の手作業が為せる神技と言えます。 |
3. ハイエンドのオーダー品らしい傑出したデザイン
このリングはダイヤモンドの質、ゴールドの量、随所の見事な細工からハイエンドのオーダー品であることが分かりますが、デザインに関しても驚くべき特徴を持っています。 |
『エメラルドの深淵』 珠玉のエメラルド&ダイヤモンド リング イギリス 1880年頃 ¥3,700,000-(税込10%) |
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『エメラルドの深淵』でも感じましたが、ハイエンドとして作られたリングは、一見定番デザインに見えたとしても、細かい部分に捻りを効かせて唯一無二の自分らしさを出しているものなのです。 |
3-1. シルバーを駆使した凝ったデザイン
3-1-1. アンティークの時代に於けるシルバーの立ち位置
この宝物のデザインで特徴的なのは、シルバーを使って装飾していることです。これは当時の常識からすると、"発想の転換"と言っても過言でないほど凄いことです。センターのダイヤモンド・クラスターが、両側からくの字型のシルバーで囲まれたようなデザインになっています。 |
『Transition』 エドワーディアン アクアマリン バー・ブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
例えばプラチナが画期的な新素材としてジュエリー市場にで始めた頃のジュエリーだと、プラチナを前面に押し出したデザインが主流です。 |
『至高のレースワーク』 エドワーディアン リボン ブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
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ホワイトゴールドが発明された直後も同様で、ホワイトゴールドの特徴を活かし、その魅力を前面に押し出したデザインでジュエリーが制作されました。 |
このリングが作られた時代にヨーロッパで最も高価な金属はゴールドでした。 |
小物の場合はまた別ですが、ジュエリーの場合、高級品として作られるものは確実にゴールドが使われています。 |
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『真心』 |
『妖精のささやき』 ダイヤモンド・ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
ダイヤモンド・ジュエリーの場合、ゴールドの色味を反映して黄ばんで見えぬよう、シルバーでセッティングすることはありますが、高級品の場合はゴールドバックになっています。 |
【参考】アーツ&クラフツの安物ジュエリー | |
このネックレスは一応ハンドメイドで手をかけて作っていますが、安物なので材料にお金がかけられていません。宝石は質が悪いですし、ペンダントの裏側もシルバーが剥き出しになっています。王侯貴族のためのハイジュエリーの場合、黒ずんだシルバーが高価な衣服を汚さぬようゴールドバックになっています。 |
『財宝の守り神』 ダイヤモンド ブローチ フランス 1870年頃 SOLD |
見えないシルバーの裏側に、より高価なゴールドを貼り合わせるなんて、なるべく低価格で高そうに見せたい成金ジュエリーや、そもそも高い金額は無理な庶民用の安物ジュエリーでは無理なことです。 王侯貴族のジュエリーらしい、非常に贅沢な作りと言えます。 |
3-1-2. シルバーをデザインに使った極めて珍しいリング
ただ、そうは言ってもあくまでもショルダーにデザインしたオマケです。一番目立つ正面に前面的に押し出したものではありません。これらのシルバーのデザインは、美意識が高かった王侯貴族が見えない細部にまで気を遣ったものとカテゴライズできます。 |
このように、正面に大きなポイントとしてシルバーでデザインするというのは、ハイエンドのリングの中でも例外的なことで、他に見たことがありません。 |
「ゴールドだから良いでしょう。」と、ゴールドを前面に押し出して主張する必要がないほど莫大な財力を持ち、しかも黄色いゴールドと白いシルバーの組み合わせを楽しみたい抜群のオシャレセンスを持つ人物が特別にオーダーしたことで、この特殊な宝物が生み出されました。このデザイン自体が、ハイエンドのリングにしかない魅力と言えます。 |
3-1-3. シルバーの見事な立体造形
実際はくの字と言うよりも、カモメが羽ばたいているような曲率の付いた形状が非常にエレガントです。 |
サイドから見ると、そのままダイヤモンドのフレームに連続してデザインしていることが分かります。 つなぎ目がないエレガントなデザインと言えますが、よく造形して綺麗にダイヤモンドをセッティングしたものだと驚きも覚えます。 |
それぞれのダイヤモンドは、高さを出してセッティングされています。それに合わせて、くの字のデザインも非常に高さがあります。 |
ダイヤモンドのフレームも、くの字のデザインもピカピカに磨き上げられており、美しく光り輝きます。 |
底面で100%光を反射できるダイヤモンドは複雑に美しき煌めきますし、ゴールドはエレガントな模様の格調高い輝きと魚子打ちによる黄金粒子のような輝きが美しいですし、シルバーは白く強い輝きを放ちます。 |
このリングは類稀なる腕を持つ職人によるデザインと細工技術によって、それぞれの素材が最大限にポテンシャルを引き出されて特徴ある輝きを放ち、見事に調和しています。 |
石も素晴らしいのですが、これは見事な細工物の宝物と言うべきでしょうね。 王侯貴族のためのアンティークのハイジュエリーは、石が素晴らしければ、間違いなく細工やデザインもそれに相応しい最高のものが施されているものなのです。 |
裏側
裏側も非常に綺麗です。サイズ変更された痕跡も認められません。 |
着用イメージ
着用すると、非常に華やかで高級感に溢れます。 ハイエンドのリングは細工も本当に見事で、思わず「これ、良いものを扱う、私のようなディーラーが着けて相応しいものだよね。」と発言したところ、Genも激しく同意し、「わかちゃんが持っていて着けたら?」と言われました。悲しいのは、どうしてもサイズが合わないことです。 全周に彫金があるので、サイズ調整はアタッチメントを作って行うことをお勧めします。15.5号ですが、10号以下まで縮めることが可能です。費用はかかりますが、絶対にその価値がある宝物です。ご検討の際は、お気軽にご相談くださいませ。 |