No.00320 心に咲く花 |
『心に咲く花』 |
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最高品質の天然真珠、超難度のエナメルを始めとしたトップクラスの作り、時代を遥かに先取りした先進的なデザインという、三拍子の全てがトップ・クォリティで揃った宝物です。ここまでのレベルで揃った、小さくて良いものは滅多にありません! |
この宝物のポイント
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1. 最先端の空間の使い方をしたセンス抜群のデザイン
一見すると、何の変哲もなさそうな可愛らしいお花のブローチに見えます。 でも、この小さな宝物は、ヨーロッパのアンティークジュエリーとしては当時最先端と言える、驚くべき特徴を秘めています。 |
1-1. 日本美術の様式を取り入れたことによる空間の美
1-1-1. 流行の最先端が反映される王侯貴族のためのハイジュエリー
1854年3月8日に横浜に上陸したペリー一行(ヴィルヘルム・ハイネ 1855−1856年) |
日本人にとって、開国は生活や文化に革命的な変化をもたらした大きな出来事でした。国内目線で見ると、欧米の文化が一方的に日本に影響を与え、日本が欧米のカラーに染まったように見えるかもしれません。しかしながら、欧米に渡った日本美術は日本人の想像を遥かに超えて、西洋の美術様式に大きな変化をもたらしました。 |
皇太子のグランドツアーとして訪れた長崎で、22歳の頃(1881年)に彫った右腕の龍の入れ墨を見せびらかすロシア皇帝ニコライ2世(20世紀初頭) | 開国後の日本美術の影響は、欧米の上流階級の様々な所で見ることができますが、特にジュエリーや小物は顕著です。 |
イギリスのアレクサンドラ王太子妃(後の王妃)のコーディネート | |
お出かけ着 | 正装 |
1884年、40歳頃 | 1881年、36歳頃 |
これは、庶民などの目にも触れる正装用ではなく、日常用であったり、上流階級の目にしか触れない社交時に使うためのジュエリーに限ります。ヨーロッパの上流階級は教養やマナー、知性、美意識を非常に重要視してきた歴史があります。説明せずとも持ち物を見て一瞬にして教養、知性、美意識の高さやセンスの良さを伝えるために、ジュエリーや小物は重要な役割を果たしてきました。但し、相手も同じくらい教養や知性がないと伝わりません。伝えるだけでなく、伝わるかどうかで相手の度量も判断できる、超重要アイテムなのです。
正装用のジュエリーは庶民も含め、広く富と権力を知らしめることが目的のアイテムです。教養のない庶民にも分かりやすいように、また、遠目からでも分かりやすいよう、いかにも高そうに見える宝石主体のジュエリーが選択されます。上流階級らしい教養や美意識などを詰め込むアイテムではないため、私達は面白みを感じないジュエリーです。庶民の目に触れるのはこちらの派手なジュエリーとなるため、派手な宝石物のジュエリーでないと王侯貴族のものではないと勘違いしている人も一般的には多いようです。 |
日本の家紋 |
古い時代は、王侯貴族が流行や新しい文化を作ってきました。 王侯貴族のためのハイジュエリーには、時代の最先端の宝石であったり、美術様式であったりが詰め込まれます。 開国後は欧米の上流階級にとって、日本美術が流行の最先端でした。 |
『ヴィクトリアン・デコ』 レイト・ヴィクトリアン クラスターリング イギリス(バーミンガム) 1876年 SOLD |
日本美術 | かつての日本人にとって、ヨーロッパから船便で運ばれてくる目新しい"舶来品"は憧れの超高級品でした。 もはや宗教と言えるくらい、盲目的な憧れの対象で、今では考えられないくらい高額で、ありがたがって売買されていた時代がありました。 それはヨーロッパでも同じことです。 |
『秋の景色』 赤銅高肉彫り象嵌ブローチ 日本 19世紀後期(フレームはイギリス?) SOLD |
ジャポニズムの贅沢な小物 | |
『白鷺の舞』 舞踏会の手帳(兼名刺入れ)&コインパース セット イギリス 1870年頃 SOLD |
ジャポニズム ナイフ&フォークセット 芝山象嵌のハンドル:日本 1882年 銀細工:イギリス 1882年 SOLD |
超高価なものなので、莫大な財がある人しか日本美術は持てません。さらに美術様式としても理解の難易度が高いため、"知的なもの"としても上流階級に珍重されました。これらの小物も、明らかに上流階級同士でしか使わないアイテムです。社交界における名刺交換には正式なプロトコルがありましたし、食事を共にするのも同じ身分の者同士です。これらが当時の庶民の目に触れることはありません。 これらの宝物からも明らかなように、優れた日本美術を所有すること、理解できることは、当時の上流階級にとって上流階級同士の中で大きな自慢となることだったのです。 |
日本刀の鐔 | 葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』 |
『影透』 アールデコ 天然真珠 リング イギリス 1920年頃 SOLD |
『The Great Wave』 エドワーディアン サファイア&ダイヤモンド ブローチ イギリス 1910年頃 SOLD |
故に、HERITAGEでお取り扱いする上流階級のためのハイジュエリーの場合、特にレイト・ヴィクトリアン以降は日本美術の影響が見られるものが必然的に多いのです。 |
1-1-2. 日本美術の影響で大きく変化したデザイン的なポイント
『道を照らす提灯』 クラバット ピン フランス 1900-1910年頃 ¥420,000- (税込10%) |
『清流』 アールデコ ペンダント イギリス 1920年頃 SOLD |
デザインに和のモチーフがあると、誰にでもジャポニズムと分かりやすいですが、そうではなく美術様式としても、日本美術によってジュエリーに大きな変化が起きています。 その最たる例が、透かし細工です。 |
各文化に於ける"美意識の高い部屋" | |
日本の書院造 | ヨーロッパの王侯貴族 |
【登録有形文化財】明治21年創業 伊藤屋の書院造の部屋(大正初期)【出典】伊藤屋HP ©伊藤屋 | ロスチャイルドの邸宅ワデズドンマナー(フォト日記『お城の内部』より) |
日本はジュエリーの文化が発展してこなかったので、部屋の装飾で文化を比較してみましょう。 日本は1490年創建の慈照寺(銀閣寺)が原型となった、書院造が長年定番として愛されてきました。空間をうまく使った、シンプルイズベストと言える美しさが特徴です。 ヨーロッパの場合は隙間なく装飾で埋め尽くすのがラグジュアリーと言うことで、とにかく壁面や天井に至るまで飾り付けられるのが通常です。「隙間が埋められないなんて、お金が足りなかったのかしら。」という考え方をするので、何もない空間を意図的にデザインして美を見出すなんて発想はあり得ません。 |
『黄金の花畑を舞う蝶』 色とりどりの宝石と黄金のブローチ イギリス 1840年頃 SOLD |
それはジュエリーにも反映されています。 とにかくお金と手間と技術をかけて、隙間なく装飾するのが古のヨーロッパの王侯貴族のラグジュアリーであり、美なのです。 |
漢学者・国学者 市川清流(通称は渡:わたる)(1822-1879年) | 書院造をこよなく愛してきた日本人は、物質的には"何もない"空間に、形を超えた美しさを見出してきました。 "心眼で見る"なんて言葉もありますよね。 文久遣欧使節の一員として、西洋で写実的な絵画を見た市川清流も「西洋の絵画は写実の手法には優れているが、形を超えた気品や真髄を伝える点に於いては無知だ。」と鋭く指摘しています。 |
日本の掛け軸&ジャポニズムの絵画 | |
幽霊画(伝:円山応挙 1733-1795年) | 『Liebe』(グスタフ・クリムト画 1895年)ヴィエンナ美術館 |
独特の"間"の表現であったり、物質的には何もない空間に"意味のある何か"を見出すのが日本美術の真髄です。日本人ですらその真の理解は難しかったりしますが、優れた美的感性を持つヨーロッパの上流階級や知的階層の一部にはそれが理解され、着実に浸透していきました。 |
開国前後の王侯貴族のハイジュエリー | |
ジョージアン | レイト・ヴィクトリアン |
『REGARD』 ジョージアン REGARD ロケット・ペンダント イギリス 1820年頃 SOLD |
『STYLISH PINK』 モダンスタイル ピンクトルマリン ペンダント イギリス 1900年頃 SOLD |
当然、王侯貴族のハイジュエリーにも反映されています。ジョージアンに制作された『REGARD』はサイドも含めて全面にびっしりと装飾があるのに対して、『STYLISH PINK』は日本人が見ても潔く感じるくらい空間使いが独特です。 手抜きの結果、シンプルなデザインとなったものも庶民用の安物アンティークジュエリーでは多々あるのですが、これはバチカンなど細部までの手のかけ方から、確実に高級品として作られたものと判断でき、意図したデザインと分かります。 様式自体は理解できても、どんなに高級品でも鋳造で作ってしまう現代ジュエリーではできないデザインです。鑑賞のみならず、使うことが前提であるジュエリーには耐久性が必要です。強度の低い鋳造の金属では、厚みのあるボテッとしたゴツいデザインしかできません。この繊細で軽やかなデザインは、手間をかけて叩いて鍛えた鍛造の作りだからこそ実現できたものです。 |
透かしの美、空間の美。 この宝物に和のモチーフはありませんが、同時代にアンティークのハイジュエリーより遥かに空間を多用し、使いこなしたデザインは間違いなく日本美術の様式を取り入れたものです。当時の最先端のデザインで作られた、かなり身分の高い人のオーダー品だったと推測します。 |
1-2. 立体的な空間使いの見事さ
ブローチの針が見えないようにして撮影した画像です。 この宝物の空間の表現は2種類あります。 1つ目が、花びらの根元の透かし細工です。 2つ目が、円形のエナメル・フレームへのお花のセットの仕方です。 順番に詳細を見ていきましょう。 |
1-2-1. 花びらの根元の透かし細工
1-2-1-1. 透かしデザインの独創性
19世紀後期頃から天然真珠の評価が高まり、20世紀初期頃に史上最も高く評価される時代を迎えました。 その価値はダイヤモンドを凌ぐものでした。 |
『ALL WHITE』 エドワーディアン オールドヨーロピアンカット・ダイヤモンド ピアス イギリス 1910年頃 SOLD |
20世紀初頭に画期的な新素材としてプラチナがジュエリーの一般市場に出始めると、プラチナと相性の良いダイヤモンド・ジュエリーが王侯貴族のためのハイジュエリーとしてたくさん作られるようになりました。 |
しかしながら、それまではゴールドと天然真珠が最高級金属と最高級宝石の組み合わせとして、王侯貴族のハイジュエリーでは定番でした。 またフラワー自体も、永遠に飽きられることのない定番モチーフです。 |
アールヌーヴォー シードパール ネックレス イギリス 1900年頃 SOLD |
『真珠の花』 エトルスカン・スタイル ブローチ イギリス 1870年〜1880年頃 SOLD |
故に、フラワー・モチーフのシードパール・ジュエリーはある程度の数が存在します。花びら1枚に複数のシードパールを使ったものもあります。 |
でも、今回はこの宝物と同じく花びら1枚にシードパールを1粒セットしたものと比較しましょう。 |
ハーフパール&ダイヤモンド バングル イギリス 1880年頃 SOLD |
ハイジュエリーだからこそ、単純に花びら1枚にハーフパール1粒と言っても、そのデザインや作りは様々な個性があります。 |
シードパール バングル イギリス 1880年頃 SOLD |
最もよく見かけるのは、ゴールドのフレームを花びら型に造形して、その中にハーフパールを1粒セットしたタイプです。 |
シードパール ネックレス イギリス 1880-1900年頃 SOLD |
シードパール フラワー ブローチ イギリス 1890年頃 SOLD |
この留め方のメリットとしては、表現の幅が大きく増えることです。これらは花びら先端のギザギザの数、花びらの数も同じですが、花びら同士が根元の方でくっついているのか否かに違いがあります。 |
並べてもいまいち違いを感じられないという方もいらっしゃるレベルの僅かな違いですが、分かる人には雰囲気にはっきりと違いが感じられるのではないしょうか。こういう僅かな違いを非常に気にするような、極めて美意識の高い王侯貴族が使っていたハイクラスのジュエリーだからこそ、細部に至るまでのデザインは大事なのです。 |
シードパール ネックレス&ブローチ イギリス 1880-1900年頃 SOLD |
シードパール ネックレス イギリス 1880年頃 SOLD |
また、1つの作品でも様々な表現を駆使したものがあります。これらは1つのネックレスにたくさんのお花をデザインした、Happy全開のジュエリーです。どちらも、それぞれのお花の造形をよ〜くご覧いただくと、花びらの先端がギザギザしたものとそうでないものがあることに気づいていただけると思います。 同じデザインのお花をあしらうのではなく、このように複数の表現のお花を組み合わせることで、たくさんあっても単調にならず、心に残る印象的な美しさを放つことができるのです。どちらも王侯貴族の女性のハイジュエリーというだけでなく、一生に一度の大切なウェディング・ギフトとして作られている上に、このタイプのウェディング・ネックレスとしては最高級のものとして作られているからこそできるデザインと細工です。 |
このように45年間でお取り扱いしてきた様々なハイクラスのシードパールのお花のジュエリーをご覧いただきましたが、今回の宝物のように、花びらの内側を透かしたデザインは1つもないのです。 |
このお花の独創的なデザインは、当時の極めて先進的なものであり、唯一無二と言える特徴なのです。 |
1-2-1-2. 立体デザインの中の完成度の高い透かし細工
この宝物はまるで本物のお花のように、天然真珠で表現された花芯の根元から、それぞれの花びらがグッとせり出して来るように立体的に造形されています。 |
透かし細工は単なる平面ではなく、この立体的な部分に施されているのです。 |
しかも花びら1枚1枚が独立して見えるよう、ナイフエッジのように手前に行くほど細くなるような、三角形状に整えてあります。 |
このような角度を持った形状になっているからこそ、ゴールドに陰影が生まれ、花びら1枚1枚がはっきりと認識できるのです。 平面に単純な透かしを入れただけだと、かなりのっぺりとした、印象の薄いお花になっていたでしょう。 |
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とても小さなブローチですが、透かし細工は極めて完成度が高く、どこから見てもキリッとした美しい作りです。 |
技術のみならずセンスの良さも必要とする細工で、アンティークの時代でもトップクラスの職人は本当に見事な仕事をするものだと惚れ惚れします。 |
1-2-2. 宙にお花が浮いたような表現
この宝物が独特だと感じたのが、フレームとお花の間の空間バランスです。 ヨーロッパの王侯貴族が使っていたアンティークのハイジュエリーとしては、かなり空間をたっぷりと使っている印象なのです。 |
シードパール スター ブローチ&ペンダント イギリス 1880年頃 SOLD |
開国によって日本美術が西洋美術に大きな影響を与え始めるレイト・ヴィクトリアンは、何もない"空間"をデザインに取り入れた作品が、王侯貴族のハイジュエリーの中でも先進的なもので見られるようになります。 |
19世紀後期のシードパールを使った透かし細工のジュエリー | |
イギリス | フランス |
ハーフパール(天然真珠)&ダイヤモンド ペンダント&ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
『透かしの美』 ハーフパール(天然真珠) ペンダント フランス 1880年頃 SOLD |
アンティークの時代のファッションリーダーは君主、及びその周辺レベルの高位の王侯貴族たちです。故に先進的なデザインのものほど作りが良く、お金もかけた非常に優れたものとなります。その上で、これらもデザイン的にイギリスらしさ、フランスらしさがありつつ、それまでのジュエリーには見られなかった特徴的な透かし細工を見ることができます。 ただ、"とにかく空間は埋め尽くすのがラグジュアリー"という意識が根強く根底に存在する時代なので、透かし細工はありつつも、やはり透かしのデザイン自体が装飾の1つの要素として、ジュエリー全面を装飾で埋め尽くしたものとなっています。 これはこれでハイクラスのオーソドックスなヨーロピアン・デザインであり、日本人の発想にはないデザインとして日本人には強い魅力がありますし、当時のヨーロッパの上流階級にとっても極めて先進的なデザインでした。 |
同じ時代に制作されたシードパールのジュエリー | |||
今回の宝物は花びらの透かし細工のみならず、フレームとお花の空間バランスという観点でも、"空間をデザインする"ということを極めて意識した作品と言えます。 "空間の美"をようやく意識し始め、美的感度の高いごく一部の王侯貴族のための最先端のハイジュエリーで透かし細工が応用され始めた時代に於いて、あまりにも時代を超越したデザインと言えます。 |
時代を先取りした傑出したデザインのジュエリー | ||
レイト・ヴィクトリアン | 過渡期 | エドワーディアン |
『ヴィクトリアン・デコ』 クラスターリング バーミンガム 1876年 SOLD |
スパイダー ペンダント オーストリア? 1900年頃 SOLD |
『The Beginning』 ダイヤモンド&エメラルド リング イギリス 1910年頃 SOLD |
いつの時代も、何十年も先取りしたような傑出したデザインのハイジュエリーがごく稀に存在します。タイムマシンに乗って未来を見てきた人がデザインしたのではなく、当時、傑出して優れていた新しいデザインだったからこそ、それを理解した人たちが取り入れ、その結果として次世代の流行デザインとなっていくのです。 あまりにも先進的過ぎると一般人の理解が追いつかないため、流行するまでにそれだけタイムラグが生じます。そのようなものは、素材と作りで古いものと判断できますが、デザインだけ見ると、とてもその時代に作られたものとは思えない魅力を持っているものです。 |
1-2-3. 浮き上がるようセットしたお花
この宝物は正面から見たときのデザインのみならず、奥行き方向もしっかりと考えて、立体的にデザインされています。 |
真横から見るとお分かりいただける通り、お花はフレームに対して1段高くなるようにセットされています。 |
通常ならば同じ高さで、最短ラインで単純に鑞付けするようなものですが、これはU字型のゴールドの金具を使ってお花を持ち上げるようにセットしているのです。 |
明らかに、意図しなければあり得ない構造です。 フレームの内側に、大きく空間を開けて配置したお花。 それだけでなく、お花をより一層印象的なものとするために、フレームよりも高い位置にセットしたわけです。 |
画像だと立体感が伝わりにくいのですが、この効果は絶大で、実物を見ると何もない空間にハッと神々しいお花が開花したような、実に印象深い美しさがあります。 このような、ちょっとした視覚効果のセンスの良さにも、作者の素晴らしい才能が強く感じられます。 |
2. 極上品と分かるお花のパーツ
小さいのに、上流階級のためのハイクラスのものとして作られたジュエリーは本当に数が少ないです。 小さなアンティークジュエリー自体は市場にたくさん存在しますが、その殆どが、大きさのあるジュエリーを持つことができないクラスの人のために作られた安物だからです。 |
【参考】安物のシードパール ペンダント&ブローチ | 庶民でも、新興富裕層(成金)だとある程度の財力があります。 成金は高そうに見えるジュエリーを持ちたがるため、ハリボテ的ながらも大きさのあるものを持ちたがります。 小さなジュエリーは、ハリボテ的な作りであっても大きさのあるものが持てない成金より下の層、中産階級のアッパークラスのものとなります。その層は人数が多いからこそ、小さな安物ジュエリーは極めて数が多いのです。 |
2-1. 見事なゴールドのフレーム
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例えば上のような大きさのある華やかなジュエリーであれば、高級品と分かりやすいと思います。 |
この宝物が特別な最高級品として作られていることは、様々な箇所から分かるのですが、その1つがお花のゴールドのフレームの作りの素晴らしさです。 立体造形と透かし細工の素晴らしさは先にご説明した通りですが、それだけではありません。 |
2-1-1. 完成度の高いフレームの形状
シードパール ネックレス&ブローチ イギリス 1880-1900年頃 SOLD |
←↑等倍 |
今回の宝物のお花は、左のネックレス&ブローチの中央のお花よりも若干小さいくらいのサイズです。 |
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左の宝物は、『19世紀後期のシードパール・ネックレスの最高峰』と称するに相応しい、素晴らしい作りの最高級品です。見比べて頂くと、今回の宝物のお花のフレームのキリッとした美しい仕上がりは、その最高級に勝るとも劣らない素晴らしいものであることがお分かりいただけるのではないでしょうか。これ以上はない、完璧と言えるほどの完成度の高い作りです。 |
2-1-2. 見事な石留
最高級品 | 安物1 | 安物2 |
今回の宝物は、石留も最高級品らしい完璧なものです。HERITAGEの宝物はどれも上流階級のための高級品として作られたものなので、どれも作りが素晴らしく、比較しても今回の宝物の完成度の高さが分かりにくいかもしれません。分かりやすく安物と比較してみましょう。 右の2つは安物です。安物はデザインもどれも似たような、センスが全く感じられないものばかりですが、宝石や作りもダメです。拡大すると、よ〜く分かると思います。 |
【参考】安物1 |
ハーフパールの形状に合わせてゴールドの土台を削り出し、収めた後に爪で留めます。技術が低い職人が作る安物は、ハーフパールの形状とゴールドを削り出した形状が合っておらず、隙間が目立ちます。このような安物は留まり方が甘いため100年の使用に耐えられず、いつしかハーフパールは脱落します。 |
【参考】安物のシードパール ペンダント&ブローチ | このまま販売するディーラーもどうかと思いますが、これも2箇所のハーフパールが落ちたままになっています。 お陰で削り出したゴールドの土台の様子が分かりますね。 落ちて接着剤で修復したらしき箇所も見えますが、樹脂による接着剤は変色しますし、接着する力も長くは持ちませんから、再び落っこちます。 安物のアンティークジュエリーなんて、どうしようもない存在です。 |
【参考】安物2 |
これも元々の出来も悪いですし、接着剤による修理でさらに酷くなっています。土台だけでなく、爪に関しても、技術のない職人が作った安物は汚いです。ろくな仕上げがされておらず、グッチャリとした気持ちの悪い爪です。ただ留まっているだけで、そこに美意識などは存在しません。 |
安物をご覧いただけば、今回の宝物の石留の美しさは十分にお分かりいただけたと思います。ハーフパールとゴールドの間に隙間は微塵も存在しません。だからこそ最小限の爪で、140年ほどが経っても落ちる気配が全くないほど綺麗に留めることができているのです。最小限の爪だからこそ、爪が目立つことなく天然真珠の美しさに没頭できます。また、爪自体も丹念に磨き上げられており、美しい黄金の輝きを放ちます。そこには心地よさしかありません。 |
最高級品 | 安物1 | 安物2 |
ルネサンスやヘリテイジは拡大画像を載せてくれるからありがたいと仰って下さる方が多いのですが、それはハイジュエリーのみを扱うからできることです。 ご覧いただいた通り、安物は拡大画像には耐えられません。粗が目立ち、返って売れなくなるので掲載できないのです。小さかったり、解像度の低い画像であれば、粗に気付かずデザインだけを気に入った人が買ってくれます。拡大画像の存在は、私達がお取り扱いする宝物に対する自信の現れでもあり、このくらい拡大しないと神技の細工の魅力をお伝えしきれないからでもあるのです。 |
爪は目立ちませんが、この角度から見ると、完璧に固定されていることが分かりますね。 1粒1粒、個性のある天然真珠は形もそれぞれ異なります。フレームの削り出しも、それに合わせなくてはなりません。 トップクラスの技術を持つ職人だからこそできた、見事な石留です。美しい!! |
2-1-3. 磨き上げられたフレーム
この宝物のゴールドのフレームは完璧に磨き上げられています。 このため、角度によって素晴らしい黄金の輝きを放ちます。 |
【参考】1860年頃の安物のゴールド・ブレスレット | ゴールドを磨いて光らせる細工は、全面に施すと成金臭の強い、安っぽさが目立つジュエリーとなります。 |
実際、広い面積だと何も考えずにただ磨き上げれば良いだけなので、手間も技術も大してかかりません。 本当に不思議なことですが、手間をかけないものは美しく見えませんし、安っぽくしか感じられません。 |
昔も今も、成金はケバケバしい黄金の輝きが大好きみたいですが(ライオンの顔も。)、殆どの人は好まないものだと思います。 |
黄金の輝きを放つゴールドのフラットライン | |||
『黄金に輝くアンフォラ』 イギリス 1900年頃 SOLD |
『草花のメロディ』 イギリス 1900年頃 SOLD |
『WILDLIFES』 イギリス 1900年頃 SOLD |
『Samurai Art』 イギリス 1900年〜1910年頃 SOLD |
しかしながら不思議なことに、大面積だとケバケバしさしか感じられない黄金の輝きが、線の細さになると切れ味鋭く神々しさすらも感じられる輝きとなるのです。それを駆使した技法が、19世紀末頃に誕生したモダンスタイルのジュエリーに見ることのできるフラットラインでした。 |
広めに作ったゴールドのフレームを輝かせる作りは、このフラットラインと同じ思想によってデザインされたものです。 モダンスタイルも日本美術の様式を取り込んで成立したものですが、形は違えど、同じようにゴールドを狭い面積で強く輝かせるデザインを施していることが興味深いです。 |
拡大すると、面積があって磨きやすいように見えるかもしれませんが、実際は角度のついた狭い面積への精密かつ手間のかかる作業です。 技術と手間がかかる細工だからこそ、ハリボテの成金ジュエリーには醸し出すことのできない本物の高級感があります。 真に美しい高級ジュエリーは、量産なんて不可能なのです。 |
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2-2. 極めて上質な天然真珠
この宝物は7粒の天然真珠も完璧に美しいです。 Genも私も厳選したハイクラスのジュエリーしか扱わないので、色や照り艶が揃っていて当たり前のように思われてしまうかもしれません。 しかしながら、天然真珠で質を揃えるのは現代人の想像を遥かに超えて難しいことです。 |
2-2-1. 天然真珠で質を揃えることの難しさ
あこや養殖真珠 "Akoya peari" ©MASAYUKI KATO(17 February 2011)/Adapted/CC BY 3.0 |
『本真珠』という詐欺まがいの名称によって、いかにもそれが自然が作り出した天然真珠であるかのように思い違いをさせられている養殖真珠ですが、人工的に核を入れて養殖して生産する、いくらでも量産可能なものなので、稀少価値を持つ天然の宝石とは言えないものです。 初期のものと異なり、戦後の養殖真珠は性善説で判断してはいけないレベルで詐欺的な商品に成り果てました。見た目は極めて均質ですが、これは不自然なまでに人工的に手を加えた結果です。 養殖真珠は球形の核に、官製ハガキ程度の薄い真珠層を巻かせて作ります。大きさや形状はほぼ揃ったものができます。それでも無処理のままだと、色や質感にムラがありますが、強力な薬液で脱色して染色(いわゆる調色)することで個性を無くし、強制的に色や質感を揃えるので均質となります。 |
【参考】養殖真珠ネックレス(現代) | ジュエリーを制作する際も、どれも同じなので真珠を選別する必要がありません。 何も考えなくても簡単に作れてしまいます。 現代ジュエリーなんて芸術的要素は微塵も存在しない、ルーチンワークで安く早く量産する工業製品です。 |
Shark湾(紅海)の大型船での天然真珠採取の様子 【引用】『宝石学GEMS 宝石の起源・特性・鑑別』ROBERT WEBSTER, F.G.A. 著、砂川一郎 監訳(1980年) ©全国宝石学協会、p.451 |
天然真珠を採取した後の廃棄された真珠貝の貝殻(1914年頃) |
天然真珠はそもそも質は関係なく手に入れること自体が、極めて困難な宝石です。数十人のダイバーが一週間で35,000個の貝を採取し、天然真珠が出てきたのが21個、そのうち商品価値があったものは僅か3個だったという記録があるくらい、存在確率が低い宝石です。 確実に核を入れた数だけ、真珠が入っている養殖真珠とは全く違うのです。それでも真珠層が巻かれていなかったり、挿核の大手術に耐えきれず死ぬ母貝もかなり多いようですが・・。 養殖真珠が核を使うようになったのは、ただ真珠貝を養殖しただけでは真珠は殆ど得られないからです。御木本幸吉も、単純にアコヤ貝を養殖するだけという方法をトライしたことがありますが、予想以上に真珠が得られず経費倒れに終わりました。故に、最終的には核を入れる方法が採用されたのです。 このように得ること自体が難しい天然真珠ですが、人工的な核を持たないため、色や照り艶などの質感だけでなく、大きさや形状も全て異なります。全く美しく見えない、質の悪いものも実際はかなり多いです。 |
『影透』 アールデコ 天然真珠 リング イギリス 1920年頃 SOLD |
1粒だけしか使わない場合は、色や照り艶を複数の天然真珠で揃える必要はありません。 理想通りの天然真珠を1粒、厳選して選び出すだけで大丈夫です。 |
『ヴィクトリアン・デコ』 レイト・ヴィクトリアン クラスターリング イギリス(バーミンガム) 1876年 SOLD |
『清楚な花』 アクアマリン&シードパール ピアス イギリス 1900年頃 SOLD |
しかしながら複数の天然真珠を必要とするデザインだと色、照り艶などの質感に加えて大きさや形まで揃ったものを集めなければならず、まず材料調達の時点でかなりの労力が必要となります。これらは王侯貴族のためのハイクラスのジュエリーとして作られているからこそ、ここまで天然真珠の質が揃っていますが、普通はそうではないのです。 |
2-2-2. 安物ジュエリーのシードパールの質
得られた全ての天然真珠の中から最高品質のものが選別され、ハイジュエリー用として使用されます。 |
【参考】安物のシードパール ペンダント&ブローチ | 選ばれなかった質の悪い天然真珠が、ミドルクラス以下の安物ジュエリーの宝石となります。 そういうものは選別の手間も省きます。 これも1つ1つのシードパールの質が悪い上に、色や質感を揃える手間が省略されているため、ムラが目立ちます。 なぜ手間を省くのかと言えば、コストカットのためです。選別には手間と時間がかかり、それはコストとして跳ね返ってきます。安物には、そんな経費はかけられません。 |
天然真珠も大きさがあるほど高価になります。安物は小さなシードパールを使うしかありませんが、その分、たくさんのシードパールが必要となります。数が増えるほどに色や質感のムラが目立ちます。 |
【参考】安物のシードパール ペンダント&ブローチ |
仮に色や質感が揃っていたとしても、低レベルで揃っていては意味がありません。天然真珠だから美しいとは限りません。と言うよりも、殆どは美しくありません。ハンドメイドながらも、庶民のために技術の低い職人によって大量生産される安物に使用するシードパールはこのレベルです。このレベルであれば、ある程度の数が存在するということです。もちろん、これでも庶民にとっては高級品です。 |
2-2-3. 極上レベルで質を揃えた天然真珠
【参考】ミドルクラスのシードパール ペンダント | これはHERITAGEでは扱わないレベルですが、作りは悪くなくミドルクラスのジュエリーと言えます。 庶民と言うよりは、上流階級の中のミドルクラスくらいの人が使っていたものでしょう。 それでもやはり、ハイクラスのジュエリーを見慣れていると気になるくらいの色ムラはあります。 |
ここまで完璧に天然真珠の色、照り艶などの質感が揃っているのは、この宝物が相当なお金をかけて作られた、極めて身分が高い人のための最高級品だからです。 |
個性が揃っているだけでなく、質も最高で揃えてあります。白のエナメルと相性が良い、純白と言えるレベルの天然真珠です。内側からにじみ出るような優しい輝きも、実に美しいです。内部まで真珠層である天然真珠だからこその輝きです。 養殖真珠は真珠層が薄いため、天然真珠のような内側からにじみ出るような輝きは出しようがありません。表面を磨くことで薄っぺらい光沢を出すことは可能ですが、それは本来の真珠らしい輝きではないのです。 安っぽくしか感じられず、若者の真珠離れは増々進行しているようです。冠婚葬祭では必須という、養殖真珠業界が作ったルールによって義務的に買う人は多いですが、本当に魅力を感じて買っている人はどれほどいるのでしょうね。 |
この宝物は、天然真珠の形状にもとても気を使ってあります。花芯に使用された天然真珠が一番大きく、尖り気味で、お花の中で最も高さが出るようにセットされています。 |
一方で花びらに使用されたシードパールは、若干扁平なボタンパールをハーフパールにしたものです。まさに花びららしい形状です。 |
この宝物を見て違和感なくお花らしい美しさに没頭できるのは、このような細部までの配慮のお陰です。 それにしても、構想はできても、このような理想の形の天然真珠を集めるのは相当大変だったはずです。 よく集めることができたと感心すると共に、アンティークの最高級品の手間のかけ方、美意識の行き届きようには改めて嬉しくなります♪♪ |
3. 高級品の証たる特殊なエナメルのフレーム
シードパールと宝石のハイジュエリー | |
サファイア&シードパール ペンダント イギリス 1890年頃 SOLD |
ペリドット&シードパール ネックレス イギリス 1890-1900年頃 SOLD |
シードパールのジュエリーには天然真珠のみ使用したジュエリーも存在しますが、様々な宝石と組み合わせたものもあります。白い天然真珠はどの色の宝石とも相性が良く、持ち主が好きな宝石と組み合わせやすいのも魅力の1つと言えます。 現代のジュエリー好きは、宝石種類に関しても高いか安いかで価値を判断する人が一般的です。しかしながら本来宝石は高いか安いかで種類を選ぶべきではなく、古の王侯貴族も自分が好きかどうかで宝石の種類を選んでいました。但し質は極めて重要です。宝石の種類に限らず上質な石であれば高価ですし、『4大宝石』と呼ばれる石であっても質が悪ければ価値はありません。ルビーだって、質の悪いものは爪磨きなどにも使用する研磨剤にしかなりません。 |
『生命の躍動』 ルビー&シードパール ブローチ イギリス 1900年頃 SOLD |
宝石の質を見れば、そのシードパール・ジュエリーのランクは手にとるように分かります。 美しい宝石は自然界が偶然作り出した鉱物を、人の手でカットすることで生まれます。 高度なカット技術を持つ職人であっても、まずは上質な鉱物が手に入らないと始まりません。 |
しかしながら、エナメルは完全に人の手で作り上げるものです。 このエナメルと組み合わせたシードパール・ジュエリーも存在します。 石ころ好きには分からない世界ですが、エナメルは人が作り出す美しい美術品として上流階級から長く愛されてきました。 高度な技術や手間を必要とするからこそ、宝石とはまた別の理由で高価なものとなります。故にエナメルは一定以上の高級品にしか見ることができませんし、グレードの高いものはそれだけハイクラスのジュエリーにしか施されません。 故にエナメルを見ても、シードパール・ジュエリーのランクは手に取るように分かるのです。 |
3-1. 完成度の高いシャンルベエナメル
3-1-1. エナメル&シードパールのジュエリー
今回の宝物 |
『Lily of the valley』 スズラン ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
『幸せのパンジー』 パンジー ブローチ アメリカ 1900年頃 SOLD |
19世紀後期から20世紀初期にかけて、様々なエナメル・ジュエリーが流行し、花開きました。エナメルの技法は多々あります。宝石同様、どの技法だから優れていて高価というものではなく、それぞれの技法ごとに優れているものは美しく高価なものとなります。エナメルは技術次第で驚くほどその美しさも価値も変わる、極めて芸術性の高い技法です。 ただ、シャンルベ・エナメルに関しては明らかに高級品として作られたジュエリーでなければ見ることがありません。他の技法と比較して確実に手間がかかる、すなわちコストがかかって高価なものとなるわりに、その魅力が一般的には分かりにくい"玄人向けの技法"だからです。 |
3-1-2. シャンルベ・エナメルの特徴
エナメルは釉薬を塗布し、炉で焼く作業を繰り返して完成させます。途中で気泡が入ったり、応力でヒビが入ったり、ムラができると不良品となります。現代の高級時計のエナメル文字盤の場合、超一流の職人が作っても75%が不良品となるそうです。 |
エナメルが薄い安物 | 評価の高いファベルジェのエナメル |
【参考】ヘリテイジでは扱わないレベルのオパールセント・エナメルのパンジー・ブローチ | 永遠に美しいエナメルのクラウン・ジュエリー ロシア(ファベルジェ作) 1900年頃 SOLD |
当時評価の高かったファベルジェのエナメルは、6回釉薬を塗り重ねていたと言われています。見る者に、深く美しい色を感じさせるためにはエナメルに厚みが必要です。たくさん塗り重ねる必要がありますが、1度塗るだけでも集中力と忍耐力を必要とする大変な作業です。手間がかかる上に、不良品になるリスクもその分だけ増します。 故に安物は釉薬を塗る回数が少なく、エナメルに厚みがないため、エナメル本来の美しさがないのです。 |
『古からの贈り物』 デミ・パリュール フランス 19世紀初期 SOLD |
シャンルベ・エナメルの場合はエナメルを塗る前の段階で、まず大変な作業が待っています。 金属の土台を彫り出してエナメルを施す技法なので、彫金の技術も必要となります。 さらに彫り出した細部にまで、気泡ができぬよう釉薬を塗り重ねていかねばならないため、総合的な技術が必要ですし、手間も格段にかかるのです。 土台を作る時点で大変な作業なので、75%も失敗するようなエナメル技術では、とてもトライできません。 現代のエナメル文字盤の場合は、土台に関しては鋳造で量産したものをいくつでも用意できるので、75%がダメになっても再トライは容易です。 |
『古からの贈り物』 デミ・パリュール フランス 19世紀初期 SOLD |
しかしながら、集中力と手間と時間を要する一点物のハンドメイドの作品の場合、「後工程で失敗したからもう1回同じものを作って!テヘペロ♪」というのは許されません。 シャンルベ・エナメルは彫金した上で、高度なエナメルの技術が必要となる、難易度の高い技法なのです。 |
3-1-3. 特別クラスのジュエリーにしか見られないシャンルベ・エナメル
『忘れな草』 ブルー・ギロッシュエナメル ペンダント フランス? 18世紀後期(1780〜1800年頃) SOLD |
知らない人には高そうに見えないシャンルベ・エナメルですが、その特別な魅力は、ごく少数の繊細な美意識を持つ人たちを強く魅了してきました。 故に、昔からハイジュエリーの中に於いても特別な存在感を放つ、極めて美意識の高いジュエリーに使われてきました。 『忘れな草』は印象的なブルー・ギロッシュエナメルや、豪華な輝きを放つダイヤモンドに目が行きますが、ホワイトのエナメルがシャンルベ・エナメルになっていて、文字などが表現されています。 |
『古からの贈り物』 デミ・パリュール フランス 19世紀初期 SOLD |
『古からの贈り物』のように、シャンルベ・エナメルが主役のジュエリーこそ滅多にあるものではありませんが、名脇役として高い美意識とセンスの良さを感じさせてくれるのがシャンルベ・エナメルです。 |
『イエロー&ブルー・インパクト』 イエローダイヤモンド・リング イギリス 1880年頃 SOLD |
このリングも見事なイエロー・ダイヤモンドが使われた最高級品ですが、宝石だけに頼るのではなく、シャンルベ・エナメルで極上の宝石の魅力をより惹き立てているのが素晴らしいです。 この細工のお陰で成金臭が全く無く、持ち主が繊細な美意識と莫大な財力を持つことを示すジュエリーとなっています。 有名なティファニーのイエロー・ダイヤモンドなんて、リメイクを繰り返すほどにデザインも作りもショボくなり、成金臭も増しています。 |
成金ジュエリーは宝石にのみお金をかけますが、王侯貴族のために作られたアンティークの時代の真に価値あるジュエリーは、デザインや細工にもお金をかけて、宝石に相応しいレベルを施しているものなのです。それこそが、行き渡った美意識であり、真の美しさの根源です。 |
『ガーデン・パンジー』 エドワーディアン エセックス・クリスタル ペンダント イギリス 1900〜1910年頃 SOLD |
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フワラー・モチーフの女性用のエセックス・クリスタルはその殆どが安物で、彫りが悪く美しくないものだらけですが、明らかに高級品として作られている『ガーデン・パンジー』には綺麗なパンジーのエセックス・クリスタルの額縁として、シャンルベ・エナメルのフレームが選ばれています。 シンプルで一見簡単そうに見えますが、この小さな面積にゴールドのドットを彫り残し、ムラや気泡なくエナメルを施すのは極めて困難なことです。 故に、このクラスの高級品でなければシャンルベ・エナメルのフレームなんてできないのです。 |
フレームがシャンルベ・エナメルで作られている。 当時の上流階級であれば、ただそれだけでこの宝物が最高級品として作られたことが一目瞭然で分かったはずです。 |
3-1-4. 素晴らしい出来栄えのシャンルベ・エナメル
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この宝物の作者の金細工技術の高さは、素晴らしいお花のフレームでよくご理解いただいているでしょう。 さすがにシャンルベ・エナメルの彫金もキリッとした完成度の高い仕上がりです。実際は小さなものと思えないくらい、拡大しても粗が見えません。 |
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ホワイト・エナメルの部分は隙間が狭く、気泡ができやすい構造ですが、きちんと細部にまでエナメルがあります。実に完成度の高いシャンルベ・エナメルです♪ |
3-2. こだわりのギロッシュエナメル
3-2-1. 超難度の神技の彫金
隙間なく満たされたホワイト・エナメルも素晴らしいですが、ブルーのエナメル部分も相当に手間をかけて作られています。不透明のホワイト・エナメルに対して、ブルー・エナメルは透明な材料が使用され、地模様を彫ってギロッシュエナメルにしてあります。 外側に放射状に広がるような、縞模様の彫金になっています。一見単純なことに見えますが、シャンルベエナメルの花びら型のフレームを彫った後、その底面に精密にこの地模様を彫っているのです。 |
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実際の大きさを考えると、一体どうやって彫金したのか不思議に思うどミクロの神技です。間違いなく、彫金するための道具から、職人がわざわざ自作して施したものです。 |
3-2-2. こだわりのホワイト・エナメルのドット
それだけでは飽き足らず、さらにブルー・ギロッシュエナメルの上にホワイト・エナメルでドットをデザインするほどのこだわりぶりです。 大した要素に思えないかもしれませんが、これがあることで、デザインとして全体で心地よく調和できています。 センターのお花に使用した白い天然真珠と調和しますし、外周のホワイト・エナメルとも"白"が共通することで馴染みます。 この白のドットがなかったら、ブルー・ギロッシュエナメルの花びら型デザインが浮いてしまい、主役の天然真珠のお花より悪目立ちしていたでしょう。それでは名脇役とは言えません。 |
エナメル クロス・ペンダント カルロ・ジュリアーノ作 1880年頃 SOLD |
エナメル・ジュエリーが花開いたこの時代は、ドットを駆使したデザインも好まれていました。 もちろん高い技術を必要としい、手間もかかりますから、美意識の高い上流階級のための作られたハイジュエリーにのみ施されるものです。 |
『幕開けの華』 ジュビリー・エナメル ブローチ イギリス 1887年 SOLD |
ギロッシュエナメルも流行していますが、このギロッシュエナメルとエナメルのドットを組み合わせたジュエリーはとても珍しいです。 超高級品として作られたジュエリーの中でも、美しさのためならばいくらお金をかけて良いと考えることができる、とびきり美意識の高い人のために作られたものだけです。 |
ジュビリー・エナメル ブローチ イギリス 1887年 SOLD |
これもシャンルベ・エナメルとギロッシュエナメルの組み合わせであったり、ホワイト・エナメルにブラックのドットを施したジュリアーノ・スタイルのエナメルが見られます。 |
3-2-3. 脇役へのこだわりの凄さ
今回の宝物はエナメルは脇役にも関わらず、ここまで手の混んだことをやっているのが驚きです。 素晴らしいジュエリーとなるためには、主役を惹き立てるための名脇役は必須ですが、この手間と技術とお金のかけ方は尋常ではありません。 |
ミニアチュール スイベル・リング フランス 1780年頃 SOLD |
脇役のエナメルにまで、ここまで技術と手間をかけるというのは、それこそ18世紀後期のあの特殊な年代レベルです。 人間の技を極め、神の領域とも言える、歴史上最も細密で忍耐力を要する細工を施した作品が集中して作られた時代です。 |
『忘れな草』 ペンダント フランス? 18世紀後期 SOLD |
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それこそ、この特別な年代のハイジュエリーであれば、脇役に高度なシャンルベエナメルであったり、ドットのエナメルを施すというのはあったりしますし、この年代ならばこのくらいはやるだろうと納得もできます。 |
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でも、そのおよそ100年後となる、19世紀後期にもこれだけ脇役に惜しみなく技術と手間をかけた宝物があろうとは、驚くとともにとても嬉しくなりました!♪ |
3-3. 気の利いた細部の作りとデザイン
この宝物のデザイン性の高さと、手間を惜しまない高級さが現れているのが、フレーム内側のギザギザの彫金です。 規則正しく鏨(タガネ)を打った後、丹念に鑢(ヤスリ)で磨いてあるので、黄金の輝きが見事です。 |
単なるオマケに感じられるかもしれませんが、これがデザイン上、とても重要なポイントとなっています。エナメルと、天然真珠のジュエリーは系統が異なる存在です。白い天然真珠は何とでも合うとは言え、ただ合わせただけだとそれぞれが独立して、それぞれが美しいだけのものとなり、調和によってこそ生まれてくる印象的な美しさは存在し得ません。 エナメルのフレームの内側部分に、黄金の輝きが美しい1本のラインが存在することで、同じく黄金の輝きが印象的なお花のパーツとうまく調和するのです。それぞれが独自の魅力を放つ、エナメルと天然真珠のパーツの"つなぎ"として最高の仕事をしているのがこの彫金細工なのです! |
デザイン上、特に意味がないものであれば、「細部まで細工が施されていて凄い!頑張ったで賞!」となるのですが、この細工は重要な意味があって施されたものです。 よほどセンスがある人が、相当に頭を悩ませ、計算し尽くして生み出したデザインです。 |
これだけ小さなブローチに、ここまで極上の宝石、細工、デザインが揃っているとは驚きです。 |
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貴族階級の中でも、特に身分の高い女性の特別オーダー品だったことは間違いないでしょう。 |
本当に見事な、小さな宝物です!!♪ |
裏側
裏側もスッキリとした、とても綺麗な作りです。 |
着用イメージ
成金のハリボテ・ジュエリーのように、激しく主張はしません。 でも、確かなデザインと作りによって、この宝物は気品と存在感に満ち溢れています。きっと普段の装いを最大限、魅力的にしてくれるはずです。 単独でもしっかりと存在感がありますし、天然真珠のネックレスなどとコーディネートすれば、フォーマルな場でも映えるでしょう。 着ける位置が自由な、ブローチの特徴が活かしやすいジュエリーだと思います♪ |
余談
アレクサンドラ王太子妃と3人の娘(王女)たち | 今回の宝物が作られた時代は、上流階級に小さなブローチが流行していました。 普段着に合わせるジュエリー用です。 ファッションリーダーであるロイヤルファミリーの女性たちも、首元に着けています。 |
アレクサンドラ王太子妃と3人の娘たち | 後に国王エドワード7世となるバーティの妻、アレクサンドラ王太子妃は首に瘰癧の傷跡がありました。 それをカバーするために、チョーカーやドッグカラーなどの首元にピッタリと着けるネックレスを愛用していました。 もともとは欠点をカバーするためのものでしたが、その姿がとても魅力的だったからこそ周囲の上流階級が真似し、新しい流行となりました。 |
アレクサンドラ王太子妃と3人の娘たち |
普段着に関しては、首元まで詰まった衣服が流行しました。そしてそれに合わせるジュエリーとして、小ぶりのブローチが流行したというわけです。 |
普段着のエドワード7世の妻アレクサンドラ妃 | |
【引用】Britanica / Alexandra ©2021 Encyclopædia Britannica, Inc. | |
小さなブローチは単独で使ったり、他のジュエリーとコーディネートしたりもされていました。 |
モード王女(14歳頃)、ルイーズ王女(16歳頃)、ヴィクトリア王女(15歳頃)(1883年) |
成金の場合は財源が限られますし、ジュエリーは自己顕示欲を満たすための道具でしかないため、パーティ用のジュエリーに全力投球します。日常で使うためのジュエリーにお金はかけません。 しかしながら上流階級はこのように、10代の若い女性でも普段からごく自然に上質なジュエリーを身に着けていました。自己顕示欲を満たすためのものではないため、お金をかけながらも気品と清楚さに満ちたジュエリーです。このように、小さな頃から上質なジュエリーに慣れ親しみ、互いの装いを見ることによって感性が磨かれるからこそ、新しく作ってもらう際のオーダーも的確にできるのです。 |
首元という、最も目立つ場所に着けるジュエリーとして作られたからこその、素晴らしい宝物。 持ち主は、抜群のセンスを持つ高貴な女性だったはずです。その首元でたくさんの上流階級の目に触れ、次の時代を作る原動力となったであろうジュエリーです。 140年ほど経った今でも色褪せることなく、不思議なほど新鮮な美しさを感じさせてくれます。時を超えた魅力を持つ、小さな宝物です♪ |