No.00326 アメジストの楽園 |
伸縮するエレガントなチェーン! |
様々な角度に柔軟に曲がるチェーン!! |
煌めきと共に虹色のファイアが浮かび上がるアメジスト!!! |
宝石・細工・デザインの三拍子が揃った素晴らしいブレスレットです!♪ |
『アメジストの楽園』 |
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大きさと透明度と美しい色彩を兼ね備えた、極上のアメジストのブレスレットです。黄金の花々や粒金で装飾された独特のヘキサゴンカットのアメジストはファイアや煌めきが出やすく、非常に華やかです。伸縮性や様々な方向への屈曲性を兼ね備えたチェーンは独特の構造で、この宝物のためにオリジナルで考案されたとみられる特殊なものです。当時の上流階級や知的階級に流行していた錯視を意識したデザインなどもみられ、細部までの徹底したこだわりぶりからも、作者にとって特別なコンテスト・ジュエリーとして作られた可能性が高い宝物です。 |
この宝物のポイント
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1. 機能的で美しさも備えたゴールド・チェーン
ライラックの花の美しい色彩を彷彿とさせるような、極上のアメジストを使ったブレスレットです。煌めきも美しく、つい宝石に目が行ってしまいますが、この宝物の見所としてまずご紹介したいのがゴールドのチェーンです。 |
1-1. ハイジュエリーの多様なチェーン
1-1-1. 脇役チェーンのデザイン
『Shining White』 エドワーディアン ダイヤモンド ネックレス イギリス or オーストリア 1910年頃 SOLD |
最もシンプルでオーソドックスなチェーンと言えば、日本では『小豆チェーン』とも呼ばれるチェーンです。 限りなく個性を消し、存在感を薄くすることで主役部分を惹き立てることができます。 |
『ETERNITY』 メアンダー模様 ダイヤモンド ネックレス イギリス 1920年代 SOLD |
このチェーンは小豆チェーンの応用形で、長さを変えたパーツで変化を出しています。 アールデコのスタイリッシュな雰囲気にピッタリのチェーンで、名脇役と言えるオシャレ感を醸し出しています。 あくまでもペンダントが主役であり、強すぎる個性や存在感はありません。 |
1-1-2. チェーンが主役もしくは主役級のデザイン
1つずつパーツを連結 | 複雑にパーツを連結 |
『ジョージアンの女王』 ジョージアン ロング ゴールドチェーン イギリス 1820〜1830年頃 SOLD |
ジョージアン ゴールド スネークチェーン イギリス 1830年頃 SOLD |
チェーン自体が主役、或いは主役級としてデザインされる場合、方向性は2つに分けることができます。1つは小豆チェーンと同じように、パーツを1つずつ連結していく単純な構造です。もう1つは複雑にパーツを連結させる構造です。どちらの方が優れているという単純なものでもなく、それぞれに特徴があります。 |
1-1-2-1. 1つずつパーツを連結するチェーン
『ジョージアンの女王』 ジョージアン ロング ゴールドチェーン イギリス 1820〜1830年頃 SOLD |
1つずつパーツを連結するタイプのチェーンの場合、チェーンの構造自体は単純です。 このタイプのチェーンの場合、高級品と安物の違いは何だと思われるでしょうか。 これは芸術を理解する古の王侯貴族的な考え方をされる方か、成金志向の方なのかで答えは全く違います。 |
ジュエリーの価値は以下の項目で総合判断できます。 デザインと作りは切り離せない関係にあります。優れたデザインは高度な技術がないと具現化は不可能ですから、必然的に作りも良いものとなります。ただ、絶対的に優れたデザインを選ぶのは一般の方には結構難しくて、単純にその方の好みで選んだ場合、本人は気に入っていてデザインも優れていると思っていても作りはダメだったりします。また、高度な技術はあってもセンスが良くない職人だったり、オーダーした人のセンスが悪かったりすると、作りは良いけれどダサいという至極残念なジュエリーになっていたりします。 成金が「成金(ヌーヴォー・リーシュ)」と影で失笑されるのは、センスが良いものを選べないからです。 センスの良さは天性のものであり、誰にでも備わっているわけではありません。優れたデザインを判断するための物差し(美的感覚)を持たない人は、どんなにお金があっても本当に上質なものを選ぶことができません。 |
【参考】ラッパーもしくは成金っぽくなれるゴールドチェーン(現代) | @〜Bの項目の中で、成金が物差しとして使えるのはB素材だけです。 その結果、デカイ宝石が付いていたり、ゴールドがたくさん使っているだけのものを選んでしまうのです。 ゴールドの場合、気にするのは重量や見た目の派手さのみです。デザインや作りを手抜きしまくっても、重くて派手ならば成金は喜んでお金を出します。 高く見えると喜ぶのですが、実際は手抜きして作られるハリボテ・ジュエリーなのでろくに価値はありません。 |
販売者側にとっては楽して儲けられる良いカモですし、センスがある人たちから見ればせっかくお金があるのにカモられるだけで、見た目もダサいままの残念な人なのです。 販売者はありがたい上顧客としてチヤホヤし、センスのある人は遠巻きにして影で失笑します。人から褒められる経験がなく、承認欲求の強い成金は現代の高級ブランドの成金ジュエリーにチヤホヤ代として大枚をはたくわけですが、空虚ですよね。それで褒められるためにまた買うという、食べても食べても満たされることのない餓鬼道に落ちた富裕餓鬼(多財餓鬼)のようです。 成金も幸せになりたいだけなのに、センスがあるか否かというだけでそんな状況に陥るなんて、ちょっと可哀想に感じます。 |
高度な技術と手間をかけないと生み出すことのできない、本当の芸術と美しさを知る古の王侯貴族は素材にお金をかけるのは当たり前であり、他者との差別化と個性を出すためにデザインにお金をかけます。 ジュエリーにかけられるお金なんて世界のトップクラスの富豪からすれば五十歩百歩であり、どれだけ素材にお金がかけられるかなんて争点にはなりません。お金は所詮、個性のないただの道具です。自分がいかに優れているのか示すには、センスの良さと美意識、教養の高さという個人の才能の部分です。 1つずつパーツを連結するだけのシンプルな構造のゴールドチェーンの場合、パーツそのものにデザインを詰め込みます。細かく正確性を要する細工な上に、ロングチェーンになる長さまで必要な数を作るのです。技術料や工賃も凄かったはずです。現代と違い、ハイジュエリーの職人は買い叩かれて安い人件費で作業する低い存在ではありません。ジョージアンのロング・ゴールドチェーンが作られたのは、職人が一代でイギリスで8番目に裕福な人物となれた時代です。 それだけ気前良く、優れた仕事には顧客がお金を払ってくれる環境にあったということですが、ここまでの細工は史上最も金が高価だった19世紀初期のイギリスならではと言えるでしょう。 |
構造は同じ系統であっても、表面のデザインが違うだけでゴールドの輝きも案外変わるんですよね。 成金だと「どうでも良い、それより安くして!」としか思わない部分ですが、こういう所にお金をかけてセンスを競っていたのが古の王侯貴族なのです。 |
ちなみに19世紀初期のジョージアンの時代は貧富の差が激しく、ジュエリーを持てるのはごく一部の上流階級のみでした。それ故に、庶民向けレベルの安物は存在しません。平均のレベルが高く、最高級か高級か、あるいはセンスが良いかそうでもないのかという程度の違いしかありません。 世界に先駆けて産業革命を経験したイギリスの場合、産業革命の波に乗ってうまくいった新興成金(庶民)がヴィクトリアン中期頃からジュエリーを買うようになりました。アンティークジュエリーと言っても、庶民のために作られた成金趣味の安っぽいジュエリーや安物が出てくるのはこの頃からです。 フランスは普仏戦争で負けた後、ようやく世界に遅れていた産業革命を経験し、驚異的な戦後復興を遂げて経済発展したベルエポックの時代に大衆女性がジュエリーを買い漁るようになりました。 |
ボン・マルシェ(『安い』という意味)百貨店(1887年) |
庶民の若い女性が経済を牽引したこの時代は、そういう大衆をターゲットにした百貨店ビジネスが横行しました。フランスに憧れを抱きながら、ろくにフランス語を学ぼうとすらしない日本人大衆の中には世界最初の百貨店とされる『ボン・マルシェ百貨店』に高級なイメージを抱く人もいるようですが、こういう百貨店は最初から大衆相手で、高級専門店などで販売される物より質が劣る商品をお買い得価格で売りさばくスタイルでした。 激安スーパー、あるいは閉店セールなどに殺到する御婦人をイメージすると近いでしょう。もしくは年始の初売りなどでしょうか。走ったり押したり奪い合ったり、お買い得という言葉に踊らされて我先に安物買いの銭失いをする人は民族や時代に関係なく存在します。大衆心理は変わりはしません。 |
ベルエポックのトップクラスのゴールドチェーン | |
ゴールド スーパー・ロングチェーン フランス 1890年頃 SOLD |
『フレンチ・エレガンス』 フランス 1890年頃 SOLD |
このようなベルエポックの時代のフランスで流行したのがロング・ゴールドチェーンです。主に大衆がジュエリーを買い漁った時代なので、市場に存在する大半は安物ですが、滅多に無い確率ながらもHERITAGEでお取扱いできる素晴らしいものも存在します。 このロングチェーンも1つずつパーツを連結するシンプルな構造なので、パーツにどれだけデザインや細工が施されているのかが品質を見極めるポイントとなります。 |
【参考】大衆向けフレンチ・ロングチェーン | |
ゴールド | シルバー |
ちなみに安物のあまりの安っぽさが信じられない方もいらっしゃると思いますが、持ち主たちはゴールドということに優越感を抱いていたのです。 1948年のカリフォルニアのゴールドラッシュによって金価格は大幅に下落し、上流階級にとってはゴールドというだけではステータスの象徴とはならなくなりました。しかしながら大幅に下落した後でも、大衆にとってゴールドはなかなか手が出せない高級品でした。だからベルエポックでもさらに安物としてシルバーのロングチェーンが作られています。安物なので、当然デザインも作りも簡素です。 |
ゴールド スーパー・ロングチェーン フランス 1890年頃 SOLD |
このように、シンプルにパーツを連結させるチェーンの場合はパーツにどれだけデザインや細工が施されているのかが重要です。 美的感覚が優れた方にとっては、見た目として分かりやすい部分と言えます。 |
1-1-2-2. パーツを複雑に連結させる構造のチェーン
ジョージアン ゴールド スネークチェーン イギリス 1830年頃 SOLD |
パーツを複雑に連結させて作るチェーンの場合、設計も製作も桁違いに難易度が上がります。 一方で、その良さは一般的には理解しにくいかもしれません。 メカオタクは男性が圧倒的に多く、そういう人たちはビジュアルより機能性を重視します。機能性オンリーと言っても過言ではないでしょう。 |
ジョージアン ピンクトパーズ ブレスレット イギリス 1829年頃 SOLD |
セントジョージ男爵家のアーサー・フレンチ・セント・ジョージがクリスマスのプレゼントとして娘ルイーザに贈ったブレスレットも、見事なゴールドのベルト型チェーンが特徴です。 当時、イギリスの上流階級に最も注目されていた極上のピンクトパーズに目が行きますが、ゴールドのベルトも驚くほど技術と手間がかけられています。金属で編まれたものとは思えないくらい、しなやかに女性の手首に寄り添います。 女性ではなく貴族の男性がオーダーしたからこそ、ここまでこだわって作られているのかもしれませんね。 |
このタイプのチェーンはどうやって連結させているのかよく分からない、複雑な構造だったりします。今回のチェーンもこのタイプで、美しく見せるために見えない内部で独特の方法で連結しているようです。 |
1-2. ジュエリーとテクノロジーの進化の関係
1-2-1. 技術革新と製品の普及の関係
ポンパドゥール夫人とその左手の先に描かれた大判の『百科全書』の第1巻(1755年) | 現代は貧富の差が広がっていると言われ、イコール幸せの尺度というわけではない貧富の差ばかりが注目されるのが違和感があるのですが、このせいでその他に目が行きにくくなっています。 寺子屋が発達した江戸時代の日本は例外として、昔は上流階級と庶民とで知識や教養の面でも極端に差がありました。 政治や外交を司るのも上流階級、学芸に関することも上流階級が主でした。 ジュエリーを身に着け、新しい流行を作って進化させるのも上流階級ならば、新しいテクノロジーをいち早く活用するのも上流階級です。 |
上流階級はテクノロジーを進化させるためのパトロンとなることもあれば、時には自身で科学者として優れた業績を上げることすらもあります。 現代ジュエリーは美的感覚のない成金嗜好の庶民が主要ターゲットであり、最先端テクノロジーとの関連性は望みようもありません。『ジュエリー』と名が付いていても、現代ジュエリーとアンティークのハイジュエリーを同列に見るべきではないのです。しかしながら無意識に現代ジュエリーに於ける『ジュエリー』の感覚でアンティークのハイジュエリーを理解しようとする人が多く、正確な理解が妨げられるのです。 古いもの、ほっこりなどの感覚で見るのも正確性に欠きます。当時の最先端のテクノロジーが詰め込まれているジュエリーは今見ても驚くほど古びた感じがしませんし、採算は度外視してとにかくクオリティ重視で作ってあるのでとにかく質が良いです。 |
製品をリリースした際のマーケットシェアと顧客タイプの分類(ロジャースのベルカーブ) |
一般的にはイメージしにくいと思うので、現代に置き換えて想像してみましょう。 これはイノベーター理論の提唱者であり社会学者のエヴェリット・ロジャースのベルカーブです。技術革新によって全く新しいテクノロジーが生まれ、それが製品として市場に投入された際、どの段階でどういう客層が買い、市場を独占していくのかを示した図です。 アーリーアダプターは初期に買う顧客、アーリーマジョリティーは多少様子見をして手を出す顧客、レイトマジョリティは周囲が持っているから買う顧客、ラガードは市場に選択肢がそれしかないから買う顧客というように、それぞれ性質が異なります。 ベンダー(製造元、販売者)が特に注目するのがアーリーアダプターです。ライトハウスカスタマー、灯台顧客とも呼ばれ、ベンダーとは相互にメリットがある関係です。 |
GenのiPhone | 皆様は新しいiPhoneが発売されたらどのタイミングでお求めになるでしょうか。 壊れるまで買い換えないという方も多くいらっしゃるでしょう。 興味はあっても、初期はバグが多いのでバグ出しと対応が終わって、製品としてこなれてから買うという様子見&絶対に失敗したくないタイプの方もいらっしゃるでしょう。 バグや値段などは関係なく、とにかく誰よりも早く新製品を手に入れることそのものに無上の価値を感じるのがアーリーアダプターです。 |
技術革新によって開発された新製品は、パーフェクトとは言えない状態で市場に投入されることは普通です。もちろん最低限の課題はクリアされていますし、できる限り製品として高められてはいるのですが、社内人材によるテストやアイデア出しだけでは限界があるのです。 不完全な状態で投入された新製品は、豊富な知識と肥えた目を持つ様々なアーリーアダプターによって揉まれます。バグ出しだけでなく、煩わしい部分など改善点の発見であったり、どういう付加機能があればもっと好ましくなるのかなど開発の方向性を顧客側の目線で与えてくれます。 技術革新によって生まれた新製品は、初期は不完全と言える品質であるにも関わらず、一般人には手を出しにくいほど高価だったりします。それでもアーリーアダプターは誰よりも早く新しいものを持っていること、知っていること、ベンダーに意見が採用され、それが反映された製品を皆が持つことに喜びを感じるので、ちょっと待って後で買うほうが安くて品質も上がっていることは承知の上で手を出します。 研究所に勤務していたサラリーマン時代、ブラウン管テレビから薄型テレビへの技術革新が起こった時に、同僚から50インチのプラズマテレビを買ったと自慢されたことがあります。末期は50インチ台でも10万円代で買えるほど価格が下がり、課題とされた省エネ問題も向上したプラズマテレビでしたが、当初は100万円もしたそうです。実家が資産家とのことで、普通のサラリーマンでは買わないような価格でも手を出せたようです。まだスマートフォンが無い時代だったので、ガラケーで撮った写真を見せられました。ガラケーの小さな画面で50インチのテレビを見せられても良さがよく分からず大変シュールな状況ではありましたが、家電オタクなので機能や他社と比較しての優位性、改善点などを嬉々として説明してくれました。自分だけが知っているという優越感に浸れることも、高いお金を出す価値があることなのでしょう。 なぜ初期は高価なのかと言えば、開発費の回収であったり、製品自体のコストダウン研究も進んでいないからです。また、アーリーアダプターは安いことは求めておらず、ある程度のお金は出してくれますし、誰でも買えるような条件(数/稀少性、価格/価値)だと魅力を感じてもらえないからです。 性別に於ける一般的な傾向として、男性は開拓者であり新しいものに飛びつき、女性は保守的で新しいものは様子を見てからという傾向があります。家電オタクなどもそうですが、アーリーアダプターは男性が多い傾向があります。 Genもアーリーアダプター気質があり、インターネット黎明期に誰よりも早くHPを作ったり、高画質カメラが100万円もしてプロしか買わないような時代に買ったり、カラープリンターや照明にもビックリするようなお金をかけて導入したりしました。Genの場合は自慢ではなく、とにかくより良い仕事をしたいというのが動機でした。知られざる良いものを多くの方に知って欲しいという一途な思いが強かったようですが、より良い仕事をするためならば平気で借金をするのでいつでも大変だったようです。アーリーアダプターって、本当にお金のことを考えませんね(笑) ただ、そういう人たちの存在によって新しいものが生まれ、ブラッシュアップされてより良いものとなり、世の中のスタンダードとなっていくのです。在るべき方向性を示す、まさに灯台のような人たちなのです。Genがインターネットを始めた頃は通信販売自体も育っておらず、そんな高額商品がインターネットで売れるわけがないとたくさんの人に言われたそうです。でも、その後にボコボコと同業が真似をしてHPを作るようになったそうです。今ではHP自体は当たり前となりましたね。真似されることはGenにとって気持ちの良いことではなかったようですが、優れているものは真似され、そうでないものは淘汰され、それこそ存在しなかったかのように消え去る運命なのです。自力で優れたものを生み出せる人なんてそうそういませんから、大体はこっそり真似するしかありません。 |
1-2-2. 技術革新とジュエリーの関係
ホワイトゴールド開発当初の最先端ジュエリー |
『The Beginning』 |
時代ごとに見ていくと、アンティークジュエリーも絶えず進化していることが分かります。優れたジュエリーほど、時代の最先端を如実に反映します。 『The Beginning』も、開発に成功したばかりのホワイトゴールドを使用した傑出した存在です。ハイジュエリーと呼ぶだけでは言葉が軽すぎると感じるほどです。 高くても気にしない、次の時代を作っていく新しくて優れた物好きのアーリーアダプター好みのイノベーション・ジュエリーです。 |
イノベーション・ジュエリー | |
【最先端の機械工学】エンジンターン | 【最先端の化学技術】合成宝石 |
『Geometric Art』 ロケット・ペンダント イギリス 1840年頃 SOLD |
シンセティック・ルビー ダイヤモンド リング イギリス? 1910年頃 SOLD |
テクノロジーの種類は様々ですが、それぞれの技術革新があった時代にそれをいち早く取り入れたイノベーション・ジュエリーは存在します。イノベーション・ジュエリーというジャンルはHERITAGEで新しく定義しました。アンティークのハイジュエリーの中でもごく一部ですし、目利きできることに加えて科学や技術の歴史も知らないと其れと分かるものではないため、今後もHERITAGEしか使わない言葉になる気がします。覚えなくて大丈夫です(笑) |
ただの安物ジュエリー | |
【参考】9ctゴールド・ロケット・ペンダント | 【参考】合成ルビー シルバー・リング |
もしかすると、同じようにエンジンターンや合成ルビーを使ったこれらの安物をイノベーション・ジュエリーと誤認する方もいらっしゃるかもしれませんが、違います。アーリーアダプターが飛びついた新規のテクノロジーは、優れていれば後により安価な形で普及していきます。安くならないと一般普及は難しいため、最初期よりコストダウンされて庶民が買える価格になっていきます。 |
エンジンターンのジュエリー | |
イノベーション・ジュエリー | 普及品 |
18ctゴールド ロケット・ペンダント |
【参考】9ctゴールド ロケット・ペンダント |
イノベーション・ジュエリーはオタクに勝るとも劣らないこだわりを持つ、上流階級の中でも特別な人だけが持っていた宝物です。普及品の安物とはデザインも品質もまるで違います。 このエンジンターンのロケット・ペンダントの場合も、金位も違えばエンジンターンの模様の複雑さや美しさもまるで違います。イノベーション・ジュエリーは主役のエンジンターンの外周やバチカンにまで、第一級の職人による素晴らしい手彫りの装飾まで施されています。 出始めと普及品ではここまで違うのです。もちろんお値段も桁違いだったでしょう。それこそ数桁違いだったと想像します。 |
合成ルビーのジュエリー | |
イノベーション・ジュエリー | 普及品 |
シンセティック・ルビー 18ctゴールド・リング |
【参考】合成ルビー シルバー・リング |
合成ルビーも同様です。科学の進化が著しく、科学の功績で叙爵する人もいたほど科学が注目されていた時代、出始めの合成ルビーは大注目の画期的な新宝石でした。だからこそ最初期の合成ルビーは、下手に低品質の天然ルビーより高い扱いを受けています。それは脇石として使われた、驚くほど上質なダイヤモンドの贅沢さにも現れています。セッティングは18ctゴールドです。 普及品はもう笑っちゃうしかないのですが、シルバー・セッティングです。ジュエリーと言うよりアクセサリーの扱いになっています。天然ルビーならばこの大きさとクオリティで品質を揃えるのは至難の業で、あれば最高級品の扱いを受けるはずですが、普及期を迎えた合成ルビーはいくらでも好きなだけ安く量産できる価値のない代物となるため、稀少価値がなくジュエリー用の宝石扱いすら受けなかったりする状況となるのです。 美的感覚がなく、知識に偏った頭デッカチな人たちはスペックだけ見てイノベーション・ジュエリーと普及品をゴッチャに見たりするのですが、見る人が見れば全然別物なのです。 |
1-2-3. イノベーションとハイジュエリーは好相性
1-2-3-1. 自己顕示のためのヴェブレン財
高ければ高いほど需要が増して売れる、ヴェブレン財という財が存在します。通常は安い商品の方が売れるので、「本当に?」と思いますよね。 ヴェブレン効果はアメリカの理論経済学者ハーヴェイ・ライベンシュタインが1950年の論文で提唱しました。ただ、現象自体は19世紀中にアメリカの経済学者・社会学者ソースティン・ヴェブレンが著書の中で存在を提唱していました。 |
アメリカの経済学者ソースティン・ヴェブレン(1857-1929年) | ヴェブレンは1899年の著書『有閑階級の理論』で、有閑階級が目立つため、或いは見せびらかすために高額商品をこぞって買い求める現象に着目し、衒示的消費(誇示的消費、Conspicuous Consumption)と名付けました。 『有閑階級』という言葉もヴェブレンが名付けたものです。莫大な資産を保有するため労働に従事する必要がなく、暇な時間を娯楽や社交に費やす階級です。 有閑階級は消費傾向も特徴があり、他者より優位に立つ(今で言うマウンティング) ために、より高額のお金を使いたがります。評価基準がカネと権威(ブランド)だけだからです。 |
サヴォイ・ホテルのゴンドラ・パーティ(1905年) | 実用性は関係ありません。むしろ非実用的で豪勢なものに大金がかけられていることが善しとされます。実用性ではなく自己顕示欲を満たすためだからです。 1905年にアメリカの億万長者ジョージ・A・ケスラーが、ロンドンの高級ホテル『サヴォイ・ホテル』の中庭に4フィート(約122cm)もの深さの水を張り、周りに景色を描いた壁を建てて、ゴンドラを浮かべ、スタッフとゲストが衣装を着てヴェネツィアを再現したゴンドラ・パーティなどはその極みですね。 20名のゲストが巨大ゴンドラでディナーを楽しんだ後は、イタリアのオペア歌手エンリコ・カルーソが歌い、象の赤ちゃんが5フィート(約153cm)の誕生日ケーキを持って来たそうです。楽しそう、私も参加したい・・(笑) |
鉄道王ら資本家たちを運ぶ労働者(雑誌パック 1883.2.7号掲載の風刺画) |
アメリカ、19世紀後期、有閑階級のキーワードでもうピンと来た方もいらっしゃるでしょう。学者ヴェブレンが生き、経験したのは金ピカ時代のアメリカでした。この時代のアメリカの新興成金を観察・分析したのです。 ヴェブレンは新興成金の生活様式を人類学や、経済学者らしい新規に定義した言葉で説明しました。新興成金の邸宅や贅沢な調度品、派手な衣装やパーティは"野蛮人たち"のポトラッチや羽根飾り、狩猟、祭祀と同列と見なしました。 |
クヮクヮカワク族のポトラッチ(カナダのブリティッシュ・コロンビア州 1914年) |
『ポトラッチ』はアメリカとカナダのブリティッシュ・コロンビア州に居住する先住民族の祭りの儀式で、トーテムポールを建てて富裕者や指導者が家に客を迎え、祝宴を開き、富を分配する儀式でした。 キリスト教宣教師や政府の役人が「ポトラッチは浪費を促し、非生産的で非文明的な悪習であり、文明化と布教の障害である。」とし、カナダ政府とアメリカ合衆国政府は19世紀後期に相次いでポトラッチを禁止しました。そんな中で、ヴェブレンは彼らとどう違うのかと皮肉ったのでした。 |
アメリカの鉄道王一族ヴァンダービルト家の仮装舞踏会で『電気照明』に扮したアリス・ヴァンダービルト(1845-1934年)1883年、38歳頃 | ヴェブレンは感情的ではなく客観的に淡々と、しかも 皆がモヤモヤ感じていたことを具体的な言葉に落とし込んだことで、はっきりした共通認識が生まれました。 ヴェブレンが「見せびらかし」と喝破した新興成金の下品な消費行動は『悪趣味』、『怠惰』の汚名を被り、以後アメリカではあからさまな成金趣味を披露しにくくなったほどだそうです。 |
本当にお金を持っている成金ではなく、現代の庶民の世界にもヴェブレン財な物は存在します。戦後に生活レベルが格段に向上した日本の庶民も、当時のアメリカの新興成金と状況はさほど変わらないですしね。 お茶のお道具や着物などの一部が該当します。 某女性からサラリーマン時代に、「先生は2,500万円のお茶碗を持っているの。私は400万円のお茶碗を迷っていると言ったら、周りからそんなの迷うまでもなく気に入っているならすぐ買いなさいよと言われたのよ〜。」と言われたことがありました。私の場合、値段は質を担保する尺度とは考えていないため、客観的事実を説明されただけと認識したのですが、凄いことなのだから褒めなさいよという自慢話だったようです。実物を見ておらず、品質や外観の説明もないまま良いか悪いか判断することはできない気がするのですが、質は関係なく値段が尺度の全てという人は案外存在します。割合としてはさほど多くないと思うのですが、事あるごとに見せびらかそうとしてくるので目立つし、迷惑がられるわけです。 同級生が由緒ある焼物作家の何代目という知人の誘いで、百貨店の展示会を見に行ったことがあります。日常用や贈答用の他、お茶用の茶碗も展示即売したあったのですが、そこまで品質は変わらないのにお茶用の茶碗だけ桁が違いました。安く売っても構わないのですが、安い値段で手に入れたものだと自慢ができないからお茶用のお道具は高くないと困るのです。きちんとされている方のお茶事ならば値段なんて聞かれないと話しませんし、尋ねること自体が無粋ですが、成金のお茶事だと値段がメインのネタになるものです。値段の違いに驚きつつ、興味深く感じたものでした。 着物も『紬』はヴェブレン財になりやすいです。現代の着物は、着物屋の宣伝文句をそのまま鵜呑みする消費者が多いです。 たくさん買って欲しいがために、現代の着物は事細かに『格』が設定され、着ていける場所などのTPOが厳密に指定されています。紬の宣伝文句は、「正装じゃないから遊び着としてしか使うことが出来ず、お茶席や結婚式などでは着れない。でも高いから、紬を着ている人は粋。」なのだそうです。 高いから(笑)
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エフランスの自然主義作家ミール・ゾラ(1840-1902年) | アメリカの経済学者ソースティン・ヴェブレン(1857-1929年) |
成金嗜好は知的階層から見ると滑稽で、なぜそのような思考や行動をするのか興味深く、研究対象になったりするようです。ベルエポックのパリでも、百貨店に殺到する成金嗜好の庶民の女性たちと百貨店ビジネスを綿密に取材し、小説『ボヌール・デ・ダム百貨店』に纏めたエミール・ゾラなどもいました。 庶民の消費行動パターンは、それまで消費の中心だった上流階級では考えられないようなものだったということでしょう。 |
1-2-3-2. 王侯貴族と庶民で異なる自己顕示のためのポイント
王侯貴族は、その高貴な身分と権威を示す必要があります。そのための最強ツールがジュエリーです。どんなに高価なドレスでも、ジュエリーと比べればその値段はたかが知れています。他者には手に入れることが不可能なジュエリーを堂々つ着けこなすことで、権威を誇示するのです。 ただ、"他者には手に入れることが不可能なジュエリー"というのがクセモノです。指標はお金だけではありません。だからこそ適宜適切なジュエリーを選ぶ必要があります。 国民と言っても上流階級、知的階級、成金、庶民などその階層は様々です。教養や知識を持つ上流階級や知的階級と異なり、成金や庶民は評価指標が"カネ"だけです。そして成金や庶民にとってカネ、すなわち値段を推し量るのに最も分かりやすいのが目立つ宝石です。 |
戴冠式の英国王妃の正装 | 故に王侯貴族が庶民も含め、広く権威を誇示する際に使用するのが宝石ジャラジャラ系のジュエリーです。 |
イギリス王妃アレクサンドラ・オブ・デンマーク(1844−1925年)1902年頃、58歳頃 "1902 alexandra coronationhr" ©Franzy89(9 August 1902)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
アメリカの新興成金が購入したカルティエの宝石ジュエリー | |
マッケイ・エメラルド&ダイヤモンド・ネックレス(カルティエ・フレール 1931年)168カラットのコロンビア産エメラルド "Cartier 3526707735 f4583fda9a" ©thisisbossi(12 May 2009)/Adapted/CC BY-SA 2.0 | ビスマルク・サファイア・ネックレス(カルティエ・フレール 1935年)98.56カラットのサファイア |
それを見て、アメリカの成金がこぞってド派手な宝石ジュエリーを買い漁りました。話題になるのは宝石の巨大さと仰天価格のみです。カルティエは世界の中心が王侯貴族から新興成金へと移り変わる時代の流れを上手に読み取り、王室御用達から成金御用達へと見事に変化しました。その成金もやがて間抜けなジュエリー競争には飽きてしまい、創業者一族の手から離れ、今ではカルティエは成金嗜好の庶民のための何だかよく分からない店になっています。 |
1-2-3-3. 社交界における自己顕示のためのポイント
1億円の資産。 日本人は同じ日本人同士で皆同じ価値観を持つと思い込んでいる場合が多く、1億円の資産と聞いて皆同じ感想を持つと考えがちです。しかしながら1億円を多いと感じるか、普通と感じるか、少ないと感じるかは人それぞれです。 某県の県庁職員の友人がおり、県内の個別の地域事情に精通しているのですが、とある島の住人は地域の事情で全員資産を持っており、平均3億ほどはあるので資産1億円だと「たった1億円。少ない。」と噂されてしまうそうです。資産3億だと一般的なサラリーマンにとっては大きな金額ですが、島民がお金持ちらしい生活をできるかと言えばそうではありません。 成金が無駄な物に対して湯水のようにお金を使えるのは、本人が稼ぎ出し続ける能力がある(あるいは稼ぎ出し続けるシステム・権利を持つ)からです。だからと言って無駄遣いして、無駄遣いをPRする必要はないのですが、資産1万円程度しか持たなかった者が1億、10億の資産を手に入れたら自分は物凄い才能ある人間であり、お金持ちだと思い込みがちです。ただの庶民だった成金庶民にとっては、世の中の全ての人たちは1万円程度の資産しか持っていないので間違いなく1億円を羨ましがると考えるのです。 100億円の資産を持っている人がこういう成金に1億円を自慢され、称賛を強要されても困りますよね。大したことある自慢話は聞いていて面白いのですが、どこが凄いのかさっぱり分からないことを一方的に話されて、称賛を強要されるのは苦痛です。 こういうことはお金に限らず世の中に溢れています。テストで100点ばかり取る生徒が、同級生から80点を自慢されたらコメントに困るでしょう。平均が50点のテストで、普段60点くらいしか取っていないのに80点を取って喜んでいたのが実際だったとしても、100点の生徒がその背景を知らずに突然80点を自慢されたら困ります。80点の生徒も、平均点が50点なので100点の生徒もそのくらいの点数だと思いこんで自慢したら、実際は自分より遥かに点数が良かったという事実を知ってしまったらとんだ赤っ恥です。 お金や勉強の世界に限らず運動能力、身体能力、芸術の世界、他、このようなことは溢れています。フルマラソンを2時間台で走れる人に、3時間台で走れるから凄いだろうと自慢したら頓珍漢すぎます。アスリートの体型は厚着だと分からなったりしますし、それこそ頭の善し悪しは外見に現れません。相手の能力値が分からない時点では、相手は自分より優れており相手から学ばせていただくくらいに考えておくが適切だと思っています。私はできるだけ恥ずかしい事態を避けたいので(笑) それをせず、相手が自分より下であると決めつけて頓珍漢な自慢をするから、成金嗜好の人は『お下品』扱いされるわけです。かと言って、相手にいきなり資産や能力などを尋ねるのも不躾ですけどね。自慢なんてすべきものではありません。本当に優れていれば、要求しなくても快く褒めてくれるものです。少なくとも私は「あ、いいな。」と思ったら、条件反射的に称賛の言葉が出ます。「こんなに褒められたことない。」と相手の方が狼狽えるくらい、褒めたりします。成金嗜好の人たちは承認欲求が満たされていないので称賛を自ら要求してくるわけですが、自然な形で褒めてもらえないならばまだ称賛には値してないということであり、快く褒めてもらえるよう適切な努力をすべきなのです。 |
サザーランド伯爵の邸宅ダンロビン城 "Dunrobin Castle -Sutherland -Scotland-26May2008(2)" ©jack_spellingbacon, Snowmanradio(30 November 2009, 15:38)/Adapted/CC BY 2.0 |
さて、目線を上流階級に移しましょう。 承認欲求や自己顕示欲は人間の根源に存在するものであり、決して悪でも下品なものでもありません。むしろ人としてより良くなったり、学芸の進化のために無くてはならないものです。新興成金を滑稽に見ていた経済学者ヴェブレンだって、書籍を出版したのは自分の頭の良さを認めてもらいたかったからでしょう。自己満足で良いならば頭の中で理論構築すれば十分で、手間をかけて出版する必要はありません。無邪気な新興成金を斬って捨て、主張が多くの人に認められて気持ちよかったはずです。 この通り人間の能力は多岐に渡るため、本来、自己顕示の内容は様々です。王侯貴族は全員が桁違いの莫大な資産を保有しています。領主なので毎年地代収入などがありますし、豪華な邸宅も複数所有しています。 最高級ジュエリーを1つや2つ購入しても、その莫大な資産に影響するようなものではありません。 イギリスの爵位貴族は現代まで数百家に留まり、長い歴史の中で1,000家を超えることはありませんでした。世界の中心、大英帝国として君臨した時代でも400家程度です。その資産も桁違いであることは予想が付くと思います。 ただ、そうは言っても庶民にとっては具体的にイメージしにくいですよね。現代の富豪で想像してみましょう。2021年時点で、世界に2,755人のビリオネアが存在するそうです。王族や独裁者、一族で資産を分散保有している人は含まない数です。10億ドル、約1,100億円を超える資産を持つということですね。 |
アセンブリールームズ 舞踏会場 |
イギリス唯一の温泉保養地にして、ヨーロッパの社交の中心地の1つだったバースのアセンブリールームズのメインの舞踏会場は最大1,200人のゲストで混み合っていたそうです。 1,100億円を超える資産を持つ上流階級や関係者の集まりと想像すると良いでしょう。こういう場で数十億程度のジュエリーを「ほら、ウン十億円の何々よ!!」と見せびらかしてもナンセンスです。 世襲貴族の資産は代々受け継がれるものであり、その家に誕生すれば自動的に手に入るものなので本人の能力値とは関係がありません。お金は自慢になり得ませんし、お金さえ出せば手に入るものを自慢しても、一体何が凄いのか分からないという人たちの集まりなのです。 こういう場所にノコノコとやってきた新興成金が鼻息をフンフンしながら「ウン億円のジュエリーよ!!!」と自慢しても、「成金(ヌーヴォー・リーシュ)」と迷惑がられ、影で失笑され、社交界から除け者にされても当然なのです。上流階級が排他主義だったり性格が悪かったりするのではなく、成金が頓珍漢なだけです。社交界のまともな人たちは周囲に仲間だと思われたくないので近づきもしませんし、それ故に成金に適切な助言をしてくれる人は望めず、自力で気づくしかありません。庶民やお金の臭いにすり寄ってくる人たちはそのウン億、ウン十億円のジュエリーを無条件に褒めちぎります。残念ですが、もともとそちら側の人間だった成金が自力で気づくのはかなり難しいです。 |
ピエトラドュラ ピアス イタリア 1830〜1840年 HERITAGEコレクション |
ピエトラドュラ バングル イタリア 1860年頃 HERITAGEコレクション |
イメージとしては1,100億円を超える資産を持ち、さらに毎年莫大な収入が間違いなく入ってくる人たちの持ち物ですから王侯貴族のハイジュエリーは高くて当たり前です。Genがルネサンスでもよくアンティークジュエリーは安すぎると語っていましたが、ルネサンスで初めて宝物を見せてもらった時、ミュージアムピースと言えるこれほどのジュエリーがこんなに安く手に入るものなのかと私も驚いたものでした。 もちろん普通のサラリーマンにとって金額的には決して安くはありませんが、そもそも手が出る価格なのが衝撃でした。感覚的には最低1桁、物によっては2桁以上の値段じゃないと違和感があると感じました。「安いっ!!」(笑)と感じたので即決でした。美的感覚がないと高級ブランドでもないのにと高く感じる人もいるようですが、分かる方は私たち同様、割安に感じてくださるようです。 当時の王侯貴族や職人さんには申し訳ない思いですが、その分だけ皆様は大切にしてくださるはずですし、私たちもせめて本当の価値は分かっていただかなくてはと言う思いで、無価値の安物には絶対に無理なほどの情熱を込めてカタログ作成しています。 |
社交界で一目おかれるハイジュエリー&アイテム | ||
『獅子座』 ジャスパー・インタリオ 古代ローマ 2世紀 ¥2,800,000-(税込10%) |
『白鷺の舞』 舞踏会の手帳(兼名刺入れ)&コインパース セット イギリス 1870年頃 SOLD |
『ダイヤモンド・ダスト』 ペンダント・ウォッチ フランス(パリ) 1910年頃 ¥15,000,000-(税込10%) |
かけた金額が指標にはならない王侯貴族のハイジュエリー&アイテムに於いて、差別化とPRのポイントとなるのがお金をかけたからと言って必ずしも手には入らないものであったり、卓越した知性やセンスを感じるプラスアルファの要素です。 珍しいもの、最先端のもの、芸術性の高いものには、満足させるだけの内容があればそれこそアーリーアダプターのようにお金に糸目を付けず手に入れようとします。1,100億円を超える資産を持つような人たちにとっては五十歩百歩の価格よりも、社交界で一目置かれるほどの魅力があるかどうかが問題なのです。 |
イノベーション・ジュエリー | |
【最先端の機械工学】エンジンターン | 【最先端の化学技術】合成宝石 |
『Geometric Art』 ロケット・ペンダント イギリス 1840年頃 SOLD |
シンセティック・ルビー ダイヤモンド リング イギリス? 1910年頃 SOLD |
だから新しいテクノロジーのパトロンにも喜んでなるわけですし、いち早く新技術を反映させた知的でセンスの良いジュエリーを社交界で自慢するために、喜んでお金を出すのです。こうして古のヨーロッパの上流階級は文化だけでなくテクノロジーの発展にも大きく寄与してきました。 |
1-3. チェーンの動作機構&美観の研究開発
テクノロジーと言っても様々なジャンルがありますが、今回は複雑に連結して作るチェーンに絞って見てみましょう。 |
1-3-1. ジョージアンのスネークチェーン
ジョージアン ゴールド スネークチェーン イギリス 1830年頃 SOLD |
このグニャリ感は凄いですよね。 これだけの機能を持たせるには高度な設計技術、そしてそれを具現化するための職人による高度な技術が必要です。 それ故に相当お金もかかります。 また、頼んだからと言ってどの職人でも作れるわけではありません。と言うよりも、当時のチェーンに特化した第一級の職人のみが作れたものだったはずです。 |
このように複雑なパーツを連結させることで、独特の外観と柔軟な動きを実現させています。ハンドメイドとは思えないほどの揺るぎない精緻な仕事。でも、これだけの緻密で美しい細工は人間にしかできません。まさに神技の細工です。 |
一見すると同じように見えるものでも、高度な手仕事で作られたアンティークのハイジュエリーは驚くほど着け心地が違います。 見たこともない構造で作られたこのチェーンは、着用者のどのような動きにもしなやかに追随し、美しく首元に寄り添います。 |
このクラスの仕事ができる職人は当時でも1人だけ、いたとしてもせいぜい数人だったはずです。誰しも最高のものが欲しいと思うのは当然で、だからこそ最高の腕を持つ1人に依頼が殺到していたはずです。だからこそ評判の職人が億万長者となったりするわけですが、王侯貴族にとっては他の人と同じものを作ってもらっても意味がありません。 稀代のファッションセンスで有名なフランス王妃マリーアントワネットも、お気に入りの職人にデザインや製作を丸投げしていたわけではありませんし、本人だけでデザインしていたわけでもありません。信頼する仕立職人ローズ・ベルタンに週2ペースで最新デザインを提案させ、毎回何時間も打ち合わせしました。細部に至るまでの2人の情熱は相当なものだったそうです。 |
フランス王妃マリー・アントワネット(1755-1793年) | ジュエリーはまた別の御用達職人がいました。 ジュエリーもドレスもトータルコーディネートで美しく魅せる必要があります。 ジュエリー職人とドレス職人が打ち合わせに同席することも当然あったでしょう。そこで自分がどうしたいのかを明確に示し、取り纏めるのがオーダー主である王侯貴族です。 上流階級であってもそれが難しいことだからこそ、類まれなるセンスとコントロール力を兼ね備えた人はとても目立ち、社交界の花と憧れられたのです。 |
1-3-2. ジョージアンの天然真珠&ダイヤモンドのブレスレット
天然真珠&ダイヤモンド ゴールド・ブレスレット |
このブレスレットのベルトも、無数のゴールドのパーツを連結させています。 手首は首より細いため、より高い曲率としなやかさを持つ動作機構が必要です。 |
1-3-3. ジョージアンのピンクトパーズのブレスレット
ジョージアン ピンクトパーズ ブレスレット イギリス 1829年頃 SOLD |
これもブレスレットなので、ネックレス以上に高い屈曲性としなやかさが要求されます。 見事に実現しています。 |
それを実現しているのがこの特別な構造です。見たことがない上に複雑なので、一体どうなっているのか俄には理解しがたいほどです。 |
半円にしたチューブ状の構造を屈曲させ、編み込んで鑞付けしています。独創的で、考え出したこと自体にもビックリですし、実現させてしまった神技の腕にもビックリです!! |
ジョージアン ピンクトパーズ ブレスレット イギリス 1829年頃 SOLD |
この構造が見事なのは、表裏とも同じ作りになることです。 見えない裏側を気にしない人もいますが、着脱時に裏側まで美しいとテンションが上ります♪ また、裏側は直接お肌に当たるので、設計や作りの良し悪しによって違和感を感じたり、痛みすら感じる可能性があります。怪我なんてさせたら最悪です。 一見脇役にも見えるベルト・チェーンからは、セント・ジョージ男爵の娘への深い愛情と、抜群のセンスの良さが非常に伝わってきます。 |
1-3-4. ヴィクトリアン以降のチェーンの研究開発
ジョージアンのチェーンは本当に信じられないくらいお金と才能、労力をかけて作られています。 詳細はまた別の機会にお話しますが、19世紀も中期以降はイギリスでも王侯貴族の力が弱くなっていきます。また、カリフォルニアのゴールドラッシュによってゴールド自体が王侯貴族のステータス・アイテムではなくなったことにより、1点物のためにチェーンの構造を一から考え出したり、ジョージアンほどの労力を要する細工はできなくなります。 それでもより美しく機能的なチェーンへの憧れがなくなることはありません。 1点物へのフル・カスタムメイドは困難となりましたが、ヴィクトリアン以降は一定量を作ることができる、ジョージアンよりは簡単な構造で、見た目の美しさも備えたチェーンが研究開発されるようになっていきました。 |
例1. ヴィクトリアンのスライダーネックレスのチェーン
スライダー付きネックレス イギリス 1860〜1870年頃 SOLD |
これも特徴的なチェーンが使用された宝物です。 エメラルドやダイヤモンドなどの宝石も小さいながらトップクオリティですし、彫金のグレードも最高級と言える素晴らしいもので、間違いなく当時の最高級ジュエリーとして作られています。 さらにはスライダー付きのチェーンがポイントのネックレスだからこそ、チェーンも特別なものが使われています。 |
例2. ヴィクトリアンの編み込みチェーン
マルチユース シードパール ネックレス イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
これもマルチユースのデザインで作られたハイクラスのネックレスで、チェーンも特殊です。 |
まるで糸を編み込んだような構造です。それを硬いゴールドで作ってしまうのですから、本当に凄い技術です。厚みがあるのでより高級感が出ますし、しなやかに動く美しいチェーンです。 |
シャンルベエナメル&ルビー フリンジ ブローチ フランス 1860年頃 SOLD |
このタイプのチェーンはフリンジのチェーンとして見ることの方が多いです。 ミッド・ヴィクトリアンにとても人気があったもので、高級品ではたびたび見かけます。 Genも「まるで絹糸のフリンジのようなしなやかさ」と表現しているのですが、このタイプのチェーンはまさにしっとりとした絹糸の動きを彷彿とさせます。 |
例3. 定番のスネーク・チェーン
『CONSTANCE』 秘密のメッセージ ネックレス イギリス 1860年頃 SOLD |
ヴィクトリアンで一番メジャーな特殊チェーンと言えばスネークチェーンです。 左のネックレスにもスネークチェーンが使われています。 これは宝石言葉で秘密のメッセージを伝えるアクロスティックジュエリーの一種で、フランス語で不変を意味する『CONSTANCE』のメッセージが秘められています。 |
ヨーロッパの上流階級の共通語はフランス語だったため、特に愛の言葉の場合、イギリス製でも上流階級のためのハイジュエリーの場合はフランス語であることが少なくありません。近代の日本貴族、大山公爵夫妻の初デートのエピソードを思い出しますね。 |
1-3-5. 定番化したスネークチェーン
スネークチェーンの構造 【引用】中川装身具工業株式会社HP / 製品・事業案内 ©NAKAGAWA CORPORATION |
その秘密はカシメ構造です。スネークチェーンは内部で連結しており、かしめた箇所は見えませんが、このカシメ構造のお陰で、空間にゆとりがある範囲で360度自由自在に動くことができます。 |
現代のマシンメイドのスネークチェーン |
現代では機械による量産技術が確立しています。パーツは波型以外にも様々作ることができますし、波型でも波の数やその曲率は無限にバリエーションがあります。 ただ、共通して言えるのはパーツが密に詰まっていることです。カシメ構造なのであらゆる方向には動きますが、伸び縮みはしません。 |
1-4. 着け心地の良い伸び縮みする独特の動作機構
この宝物のチェーンはその外観から、スネークチェーンを応用したタイプかと思いました。 |
波型のパーツ、様々な方向に向きを変えられ、見えない内部で連結されている特徴が合致します。 |
ただ、他にもこのチェーンは特徴があります。 |
このチェーンは伸び縮みします。カシメ構造のスネークチェーンではあり得ない特徴であり、全く別の内部構造を持つことを示しています。 実はこのブレスレットを紹介してくれたイギリス人ディーラーが、このチェーンをガスパイプチェーンと言っていました。ガスパイプチェーンはスネークチェーンのようにあらゆる角度に曲がり、アコーディオンのように伸び縮みする特徴を持っています。 |
フレキシブル・メタルホース(現代) | 構造は19世紀後期に発明されました。 閉じた構造なので気体、液体のどちらの輸送にも適し、現代でも様々な分野で使用されています。 工業分野ではフレキシブル・メタルホースと言う名前の方が一般的です。 |
産業用メタルホースのパンフレット(1930年) | 発明したのはドイツのジュエリー職人で、この発明によってジュエリー・ビジネス自体も儲かったのですが、産業用途に桁違いの需要があり、とても捌ききれないのでジュエリービジネスは辞めて産業用の生産に専念したほどです。 その後も改良を加えた様々なフレキシブル・メタルホースが発明され、現代に至ります。 工業製品として安価に大量生産するためには、適した工業デザインが必要です。 左のパンフレットに断面が描かれていますね。伸縮性とあらゆる角度に柔軟に曲がる機能は、案外単純な構造で実現しています。 |
ガスパイプチェーン・ネックレス(現代)$24,500-(約270万円) | 現代でもこの構造を使ったジュエリーが販売されています。 やはり閉じた構造です。 ガスパイプチェーンはゴムホースに発想を得て発明された構造であり、現代の改良を加えられた輪ゴムほどは伸び縮みしなくても、金属なのに伸び縮みするというのは大変画期的なことでした。 |
伸び縮みできるのはガスパイプチェーンくらいだという印象が強いため、紹介してくれたイギリス人ディーラーもガスパイプチェーンと言ったのだと思います。 むしろその名を知っているのは、Genと同じくらい長い経験があるからとも言えます。 |
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ただ、よく見てみるとこの宝物のチェーンは閉じた構造ではありません。スネークチェーンともガスパイプチェーンとも異なる、作者オリジナルのメカニカルな構造によって伸縮性とフレキシブルな方向への動きを実現しているのです!! スネークチェーンのように内部の1箇所でかしめると伸び縮みできないため、複数箇所で連結させていると想像していますが、破壊しないと確認はできません。 |
1つ言えるのは、かなり技術と手間が必要な作りということです。簡単に量産できるメカニズムであれば、付け心地が良く美しいこのチェーンは瞬く間に真似され、量産されて定番化したはずです。他に見たことがないのは作るのに技術と手間がかかり、その分だけ作れる数が少なくとても高価なチェーンとなったからに他なりません。 |
1-5. 技術と手間をかけた美しい最高級パーツ
マシンメイドのガスパイプチェーン・ネックレス(現代)$24,500-(約270万円) |
ガスパイプチェーンが産業用として一気に普及したのは、量産向きのデザインだったからです。シンプルな構造なので、安く早く大量生産ができます。 |
マシンメイドのスネークチェーン(現代) |
スネークチェーンはパーツの形状によって可動域が変わります。複雑な形状になればなるほど美しく特徴的な外観もできますが、製造工程で不良品が発生する確率が上がります。不良率はコストに反映されます。安さを求める消費者が圧倒的に多い現代のジュエリー市場に於いては、複雑で美しいスネークチェーンが作られることは期待できません。 |
アンティークのハンドメイドのスネークチェーン | |
中級品 | 最高級品 |
アンティークのハンドメイドのチェーンでも当然ながら差があります。左も決して悪くないのですが、『CONSTANCE』に使用されていた最高品質のスネークチェーンと比べるとまるで次元が違います。 私たちはアンティークジュエリーに惚れ込み、お勧めしていますが、全てのアンティークジュエリーが優れているとは全く思っていません。人類にとっての宝物として未来にまで遺していく価値がある考えているのは、アンティークジュエリーの中でもごく限られたハイクラスのものだけです。それ以外は現代でも作ろうと思えば作れるレベルです。ビックリするほど高額にはなるはずですが、技術的には可能です。 ハイクラスのものだけは当時の時代、当時の職人でなければ不可能です。才能がある人の割合は現代と変わらないと思うのですが、義務教育がある現代と、就学せず幼い頃から職人として腕を磨く昔とでは経験値が違いますし、昔はライバルがたくさんいて切磋琢磨して技術が磨かれました。どんなに才能がある人でも、この違いは絶望的に大きいのです。 最高級スネークチェーンのパーツはハンドメイドでなければ不可能なほど曲率が付いています。また、高度な職人が手の感覚を頼りに作ったチェーンは動きにぎこちなさがなく、とても心地よく感じるものです。そういう目には見えない違いというのも本当に大きいです。 |
この宝物のチェーンのパーツは平たい楕円形で、それぞれが波形に整えられた非常に複雑な形状となっています。作るのに極めて手間がかかるデザインですし、職人がハンドメイドしないと作れない形状です。 |
着けた時に当たりがなく、手首にしなやかに沿うので着用感は抜群です!♪ まさに、高度な技術を持つ職人が手の感覚で創り出した素晴らしい作品です!!♪ 当然ながら量産は不可能ですし、相当高額になってしまうので、46年間で他には見たことのない特別なチェーンとなったのです。 スネークチェーンのように蛇っぽいと好き嫌いが分かれると思うのですが、これは蛇っぽさもなく、優美な波型のデザインとそこから放たれる黄金の輝きが相まって特別な高級感とエレガントさを醸し出しています。素晴らしいです♪♪ |
2. 上質で美しいアメジスト
あまりにもチェーンが素晴らしいので先にチェーンについて熱くご説明しましたが、ジュエリーなのでこの宝物の主役はアメジストです。名脇役としてこれほどのチェーンがわざわざ作られるほど、このアメジストは極上品です。脇役を見れば、主役の格も分かるものです。 |
2-1. クリアで色の優れた宝石品質の石
『宝石』 分かっているようで、案外よく分かっていないのが宝石だったりします。定義をご存知ですか?その定義の根拠には納得されていますか? 美しく、さらに稀少性を兼ね備えることで高い価値を持つ石が『宝石』とされます。どんなに美しくても、稀少性がなければ価値は付きません。 一般的にありがちなのが種類や値段で分ける方法です。ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドなどは宝石、アメジストやロッククリスタル、トルコ石などアクセサリーやパワーストーン屋さんでよく見る石は宝石ではないというイメージ先行の分け方です。これは誤った分け方です。 |
見た目の美しさを備えている限り、どの種類の石に関しても基本的には上記のように分類できます。 戦後、特に庶民のジュエリー需要が世界的に激増した高度経済成長期以降は宝石不足を補うため、合成石の技術が進化して相当量が市場に出回るようになりました。合成石は品質が自由にコントロールできるので、宝石の中でもトップクオリティに近い不純物が感じられない外観のものがいくらでも安く量産できます。美しくても稀少性がないので宝石とは呼べません。だから宝石とは呼ばずに販売したり(鉱物名のみを述べる。鉱物学的には間違っていないので不当表示にはならない。)、『合成宝石』という紛らわしい名前で販売したりします。技術が未完成で合成する方がお金がかかったり、たくさんは作れないなどの理由があれば稀少価値のある『宝石』と呼べなくもないと思うのですが、現代のように稀少性がないものを宝石と呼ぶのは定義に合いません。著しく不当表示に近い印象です。ただ、もう世の中では当たり前のようになり過ぎて、残念ながら是正される気がしません。少しでも気づいてくれる人が増えることを願うのみです。 宝石は天然石の中でも極めて質の高い、僅かな割合のものだけです。 |
天然ダイヤモンドの場合、大体このような割合になります。現代ではニアージェム以上が宝飾用ダイヤモンドとされていますが、工業用に近いニアージェムは結晶系が整っておらず、透明度も低くてまともなジュエリーには使えません。ダイヤモンドというだけで喜ぶ人のためのアクセサリーレベルの安物ジュエリーや、ごまかしやすいメレダイヤなどに使われます。 ソーヤブル原石は結晶系が整った上質な原石です。もうピンと来た方もいらっしゃると思います。ソーヤブル(Sawable)。ダイヤモンドのカットが近代化される以前は、劈開性を利用したカットしかできませんでした。劈開性を無視したカットが可能となったのは1900年のダイヤモンド・ソウの発明によってです。 結晶の方向が定まっていないと劈開性を利用したカットはできませんから、19世紀までは、現代でも"超高品質"とされるソーヤブル原石しかジュエリーに使うことはできませんでした。その中で、さらに高品質、超高品質、最高品質とランク付けがなされていくのです。20世紀に入ると、それまでは利用価値がなかったメイカブル原石以下も全て加工可能となり、ハイジュエリー以外のジュエリーにも広くダイヤモンドが使えるようになったのです。そのせいで、長年ダイヤモンドに慣れ親しんできた上流階級にとっては、従来の稀少価値の高いダイヤモンドのイメージは壊滅的に破壊されてしまいました。 |
加熱ルビーや加熱サファイアも、本来は利用価値がなく廃棄されていた石を廃棄物の山から拾って来て、利用して作ったものです。 アンティークの時代は、天然石の中の特に美しい僅かなものだけが特別に『宝石』と珍重され、美しいジュエリーに使われてきました。ルビーだって質が悪いものは工業用となります。硬いので爪を磨くためのエメリーボードに使われたりもします。あれを宝石だと喜ぶ人は普通はいません。 そういう意味では、アメジストも高品質のものはジュエリー用の『宝石』ですし、あまり質が良くなければアクセサリーやパワーストーン用の石となります。 |
【参考】アメジストのアクセサリー | アクセサリーやパワーストーン市場の隆盛によって、アメジストはすっかり安いイメージが付いてしまいました。 そこで見るのは低品質のアメジストだけです。 逆に高級ブランドでハイジュエリーとして販売されているジュエリーで、アメジストを使ったものは見る機会がありません、 |
枢機卿の宝石 "Cardinal Gems" ©Mario Sarto, Robert M. Lavinsky, Humanfeather, JJ Harrison, GeeJo(11 April 2010, 21:36)/Adapted/CC BY-SA 3.0 | 長くキリスト教に支配されてきたヨーロッパには、『枢機卿の宝石』と分類される特別な石が存在します。 5種類あり、色でカテゴライズされています。 ダイヤモンド(白) |
司教のリング(18世紀) | 高位の権力者身分である司教クラスが身に着けるリングには、伝統的にアメジストが選ばれていました。 |
サイベリアン・アメジスト ブローチ イギリス 1820年頃 SOLD |
アメジスト リング フランス 19世紀初期 SOLD |
また、19世紀初期の素晴らしいハイジュエリーにもアメジストが好んで使われてきました。当然、クリアで色彩に優れた美しいアメジストです。 |
低品質のアメジスト |
なぜ、現代は上質な宝石品質のアメジストを使ったハイジュエリーが作られていないのでしょうか。 アメジストの場合は枯渇したわけではありません。ただ、大半は低品質の汚い石です。採掘した原石から数%の宝石品質の石を選ぶのは想像以上に手間がかかります。しかもカットしてみなければ最終的に宝石に使用できる石かどうかも分かりません。 4大宝石のようなメジャーな宝石の場合はその手間をかけても、天然の4大宝石というだけで高く買う成金がいるのでその手間がかけられます。しかしながらアメジストの場合、手間に合う大金を出してくれる人が現代はいないのです。 |
【参考】現代の天然アメジストのアクセサリー | ||
アメジストでビジネス的に成立するのは、現代はアクセサリーやパワーストーン市場だけです。選別はコスト(手間・技術・時間)をかけずに適当に行い、それっぽく形を整えたら終わりです。目立つインクリュージョンや色ムラは"味"であったり"天然石の証"であり、石の力が宿っているのだと言えば、ジュエリーほどのお金は出してもらえなくてもパワーストーン価格であれば消費者は納得してお金を出してくれます。製造コストはかけていないので、それで十分に儲かるのです。 |
石が枯渇はしていなくても、宝石品質の美しいアメジスト・ジュエリーが手に入るのはアンティークジュエリーだけなのです。 |
2-2. 特別な石に相応しい見事なカット
2-2-1. 19世紀後期のハイジュエリーのアメジストのカット
『フェズを被った男』 アメジスト カメオ ピン イタリア(?) 1870年頃 SOLD |
19世紀後半にブラジル及び隣接するウルグアイでアメジストの大鉱脈が発見され、稀少性は著しく低下しました。 王侯貴族にとって、アメジストというだけでは高級宝石というイメージではなくなっていったのです。 それでも、アメジストがハイジュエリーに全く使用されなくなるわけではありません。 美意識の高い王侯貴族は稀少すぎるとできなかったような、無駄の多い贅沢なカットを施してその美しさや贅沢さを競うようになるのです。これはダイヤモンドも同じです。 |
『美しき魂の化身』 蝶のブローチ イギリス(推定) 1870年頃 ¥1,600,000-(税込10%) |
『慈愛の心』 ハートカット・アメジスト ペンダント イギリス 1880〜1900年 SOLD |
個性的で整った美しいカットは、ダイヤモンドほど硬度がないからこそ実現できたものです。紫色の高貴で優美な雰囲気もアメジストならではの魅力ですね。 |
2-2-2. ヘキサゴンカットの難しさ
様々あるアメジストのカットですが、意外とありそうでないのがヘキサゴンカットです。 |
ヘキサゴンカット | ブリオレットカット |
シャンルヴェエナメル&アメジスト&天然真珠 ペンダント イギリス 1870年頃 SOLD |
『慈愛の泪』 ブリオレットカット・アメジスト ネックレス アメリカ 1900年頃 SOLD |
宝石はカットの種類によって色を際立たせたり、煌めきを多くするなどのバランス・コントロールが可能です。右のブリオレットカットだと、より煌めきが強調されます。チラチラとした輝きしか放つことのできない現代のブリリアンカット・ダイヤモンドよりよっぽど印象的な煌めきを感じていただけるほどです。 一方でヘキサゴンカットはもちろん煌めきもありますが、より色を強く感じることができるカットです。アメジストの深い紫色を、より一層強く感じさせてくれます。ただ、それ故にこのカットは誤魔化しが利きません。 |
アメジストの結晶 "Amethyst. Magaliesburg, South Africa" ©JJ Harrison(18 July 2009)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
色ガラスや着色樹脂と異なり、天然石であるアメジストが均質であることは殆どありません。これは標本石なので綺麗な方と言えますが、それでもかなり色ムラやインクリュージョンがあり、どの部分もとても宝石には使えません。 天然水晶の成長は非常にゆっくりで、100年で1mm程度しか成長しないと言われています。カットすることを考慮すると、宝石サイズの結晶になるまでには数千年単位の年月が必要となります。しかも美しい結晶となるにはそれだけの長い年月、安定した環境が必要です。 巨大鉱脈が発見されて採掘量が増えたとしても、宝石品質の結晶を得るのは奇跡のような確率です。ロッククリスタルですら2cm以上の大きさになると極端に少なくなります。 |
シャンルヴェエナメル&アメジスト&天然真珠 ペンダント イギリス 1870年頃 SOLD |
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紫水晶は、宝石品質の均質で大きさのある結晶を手に入れるのがより困難と言えます。 優れた絵画かどうかは額縁を見ても判断ができるもので、アンティークの極上の宝石や芸術性の高いカメオには、それに相応しいフレームがあしらわれているものです。 アメジストのことがよく分からなくても、アンティークジュエリー好きならばこのフレームの凄さに驚けなくてはダメです! |
アンティークの時代の至高の宝石と言えば天然真珠です。 悪目立ちしたがる成金ジュエリーと異なり、あまりにもバランス良く調和しているので目立ちませんが、質を揃えるだけでも難しい天然真珠を6粒も使っています。 綺麗な作りのバチカンも、ハーフパールを使用した最高級ジュエリーに相応しいものです。 また、シャンルヴェエナメルが素晴らしいです。 |
シャンルヴェエナメルで惹き立てる最高級の宝石 | |
ルネサンス ルビー&エナメル リング フランス 16世紀後期〜17世紀初期 SOLD |
イエロー・ダイヤモンド リング イギリス 1880年頃 SOLD |
数あるエナメル技法の中でもシャンルヴェエナメルは特に高度な技術と手間がかかるため、複雑で優美な模様のシャンルヴェエナメルは美意識が高い王侯貴族のための最高級ジュエリーでしか見ることはありません。 細工物の最高級品でも見ることはありますが、宝石主体のジュエリーの場合、使用された宝石は確実に最高品質のものです。左のルネサンスのリングだとカラーストーンの最高峰の極上ルビーですし、右は見事なイエローダイヤモンドです。 |
アメジストを石の種類だけで見る人だと感覚的にピンと来ないと思いますが、ヘキサゴンカットにできるほど均質で美しいこのアメジストは、最高級宝石の扱いということなのです。 それだけ、このクオリティのアメジストは入手困難な稀少価値の高い宝石ということです。 |
この宝物の一番大きなアメジストは1.4cmあります。3石とも美しいライラックカラーで、均質かつクリアな石です。1粒でさえ手に入れるのが難しく、メインの石1粒でブレスレットを作る手もあったはずですが、そこは一切妥協しなかったということでしょう。 最高級の宝石を使ったジュエリーだからこそ、オリジナルの動作機構を持つ特別なチェーンを開発し、技術も手間も惜しまず最高のブレスレットとして作り上げられたのです。相当お金をかけて作られたことは間違いなく、アンティークの最高級品らしい宝物だと感じます!♪ |
2-2-3. 色と煌めきのバランスの良さ
最上質のアメジストは極めてクリアで、裏側がハッキリと透けて見えるほどです。だからこそ光が内部拡散することなく、何度も石の中で内部反射を繰り返すこともできるのでしょう。ファイアは屈折率の高いダイヤモンドが有名ですが、このアメジストはファセットの角度なども条件も揃っているためか、時折ファイアを感じることができます。実はこの画像にも3箇所に虹色のファイアが現れています。 |
左のアメジストは右中央付近、メインストーンは左右の中央付近に虹色が浮かび上がっています。カラーストーンはファイアが現れても色の中に紛れ込んで見えにくいため、無色のダイヤモンドの方がファイアは見えやすいと言われています。 |
でも、アメジストでも案外綺麗なファイアが見えるものですね。これまでの46年間で様々なハイジュエリーのアメジストをお取扱いしましたが、これほどはっきりとファイアが浮かび上がるアメジストは初めてです。アメジストの質に加えて、カットのプロポーション的な条件がよほど整っているのでしょう。 |
光の当たり方で様々な表情を魅せてくれるアメジストです。紫色の中に浮かび上がるファイアも綺麗です。 |
ファイアだけでなく、複雑な煌めきにも魅了されます。宝石のカットは数学的な計算が重要で、どのようなファセットをどの角度でデザインすれば最も美しく煌めくのか、考え抜いてカットされます。同じヘキサゴンカットと言っても、先程ご紹介したシャンルヴェエナメルのペンダントにセットされたアメジストともファセットの形や角度は異なります。 |
シャンルヴェエナメル&アメジスト&天然真珠 ペンダント イギリス 1870年頃 SOLD |
こちらは上部ファセットが平行にカットされているため、煌めきよりも色をより強く感じます。 どうカットするのかは、オーダー主や作者の好みだったり、表現したい方向性次第です。 まずはそれに見合う石が必要ですが・・。 しかも一度カットしたら元には戻せないので一発勝負です。 宝石の細工も奥が深いです。 |
1点物として作られたアンティークのハイジュエリーの宝石は、カットもそれぞれ異なるからこそ唯一無二の輝きを放ちます。見る角度によって複雑に変化する表情に、思わず心が魅了されてしまいます♪ |
【参考】アメジスト ヘキサゴン リング(ティファニー 現代)¥363,000-【引用】TIFFANY & CO / パロマ スタジオ ヘキサゴン リング ©T&CO | ヘキサゴンカットのアメジスト・ジュエリーは一応ティファニーでも販売されていますが、全世界に向けて販売する量産ジュエリーなので、宝石のカットもリングの鋳造の作りも量産に適した単純なデザインです。 ベゼルの直径が12mmなようで、今回ご紹介している宝物のメインのアメジスト(直径14mm)はもちろん、おそらく脇石(直径11mm)よりも石は小さいです。 |
アクセサリーにしか見えないほど安っぽいですが、結構高額ですね。 「パロマ・ピカソの大胆なデザインへの愛を讃えた」ものらしいですが、モダンアートも変化がなくていい加減飽きました。たとえ手抜きであっても、見たことのない奇抜なデザインに最初はインパクトを感じるものです。でも、さすがにもうありふれ過ぎてしまい、今はむしろ古臭い昔のデザインにしか感じません。 |
気になって指に合わせてみましたが、やっぱりリングにするには大きすぎますね。 無理やり作っても石ばかりが目立ち、デザイン的には面白みのない成金リングとなるでしょう。 古の美意識の高い王侯貴族のためのジュエリーは、選ぶ宝石も適材適所、とても良い使い方をされているものだと改めて感じます♪ |
裏側のカットもとても綺麗です。正面から見た時の、透明感と煌めきのバランスの良さは裏側のカットも理由の1つです。 |
2-2-4. 石の色を揃えるための細工
このブレスレットは、アメジストの色がきちんと揃っていると感じられます。 宝石の処理は当たり前、色をコントロールできる合成石まで出回る現代ジュエリーに見慣れていると、それは当たり前のように感じるかもしれません。 |
HERITAGEでは扱わないクラスのアメジストを使ったジュエリー
【参考】安物のアザミのシルバー・ブローチ | 【参考】中級品のアザミの18ctゴールド・ブローチ |
そもそも安物ジュエリーには質の良い宝石は使いません。色が良くなかったり、インクリュージョンが多かったり、大きくなかったりします。 左のシルバージュエリーのように石が小さければ、低品質なりに質自体をある程度揃えることはさほど難しくありません。 右はいかにもな成金ジュエリーです。石の大きさだけ気にしていてアメジストの色はバラバラですし、アメジストもシトリンも色が美しくありません。美意識のなさを感じます。ただ、ある程度大きさのある天然石を使おうとすると、成金用にある程度高額なものとして作られたジュエリーでもこうなるのが普通なのです。 |
石の色を揃える工夫をした"石の細工物"のハイジュエリー
『美しき魂の化身』 蝶のブローチ イギリス(推定) 1870年頃 ¥1,600,000-(税込10%) |
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美意識の高い王侯貴族は、天然石であっても見た目が同じ色であることを望みます。 1つとして全く同じ物がない天然の宝石を使ってどうするかと言うと、厚みを制御することで、見た時に同じ色だと感じられるようにするのです。 |
失敗したら潰してやり直しができる金属と異なり、石は失敗が許されません。リスクが伴いますし、そもそもが相当高度な技術を持つ職人でないとできるものではありません。 石が大きくなるほど難易度も、失敗したときの損失も指数関数的に高くなります。だからこのような細工を施した大きなカラーストーンのジュエリーは、ハイジュエリーを専門に扱っていても滅多に見ることはありません。 |
『黄金に輝く十字架』 ゴールデントパーズ クロス ペンダント イギリス 1880年頃 SOLD |
Genが「45年間で類似したものすら見たことがない、最も美しいクロス!!♪僕が着けたいくらい!♪」と感動していた、ゴールデントパーズのクロスも見事な石の細工物でした。 大きさのあるクロスですが、トパーズの色は均一に揃っており、正面から見ると石の面位置も揃っています。 |
しかしながら実際には石の厚みが4.5mm〜5.5mmとなっており、最大1mmも厚みが異なります。超絶技巧の金細工や透かし細工と比べても、石の細工物は数が少ないです。それだけ技術的に難しいのと、リスクがあるので、莫大な財力を持つ王侯貴族であってもトライすることを躊躇するのだろうと想像します。 大きさのある宝石が手に入ったら、その1粒だけでジュエリーを作るほうが遥かに楽でリスクも無いのです。 |
アメジスト リング(ティファニー 現代)¥363,000-【引用】TIFFANY & CO / パロマ スタジオ ヘキサゴン リング ©T&CO | ||
作る人が楽というだけではありません。買う方も単品で作ってもらう方が、手が出しやすい値段になります。 現代の価値のない宝石と違い、アンティークのハイジュエリーに使われているような稀少価値の高い宝石の場合、複数あるからと言って値引きになることはあり得ず、むしろ同じ質で揃えるのはさらにプレミア価格が付いても良いくらいです。実際、選別に手間や技術がかかるため、プレミア価格が付いた可能性が高いです。もちろんその分、質の揃った美しい宝石のジュエリーは王侯貴族にとって財力と美意識の高さを示す、ステータスジュエリーになったはずです。 王侯貴族がハイジュエリーの主要購買層だった時代は今回のような宝物が作られ、成金嗜好の庶民が主要購買層となった現代はつまらないジュエリーが作られます。 |
正面から見ると、このブレスレットのアメジストも同じ色に見えます。横からご覧いただくと厚みが違いますし、カットも厳密に見るとそれぞれ異なることが分かります。 |
人の手で大自然の石を生かしきった完璧なアート、まさに人間技の極意を感じます。 |
様々な光、様々な角度から見て、質の揃った美しいアメジストに見えます。こういう宝石物のジュエリーを作るのは想像以上に難しく、当時のトップクラスの職人の技術と相応のお金がかけられているのです。 |
3. 美意識の行き渡った金細工
3-1. 宝石とデザインの組合せ方の抜群のセンス
このブレスレットはアメジストとゴールドだけで作られています。 とてもシンプルな組み合わせですが、センスの良い金細工によって抜群に優美なブレスレットとなっています。チェーンの波型のパーツは先にご説明した通りです。 |
主役となるアメジストの装飾も、抜群のセンスを感じるものです。センターのアメジストは約14mm、両側のアメジストは約11mmあります。脇石のアメジストもかなり大きいと言えるのですが、数字以上にメインストーンと脇石の大きさには差があるように感じませんか? もうピンと来た方もいらっしゃると思います。この宝物のデザインは錯覚を利用しているのです! |
『イリュージョンリング』 ゴールド・リング イギリス(バーミンガム) 20世紀初頭 SOLD |
ドイツの生理学者フィックが発見した錯視を1851年に論文発表し、19世紀後半から錯視の研究が大流行しました。 それにより様々な錯視が発見されました。心理学、脳や目の医学、幾何学など各種観点からの統合的なアプローチが必要な、高尚な研究分野でした。 知的なものが大好きな王侯貴族のものだったとみられる、ツェルナー錯視を利用したゴールドの面白いリングも作られています。 |
そんな、知的な『錯視』の話題が社交界でホットだった時代、明らかに錯視を意識してデザインしています。 センターのアメジストは外周に6つの黄金の小花をあしらい、さらにその外周にナイフエッジで六角形のフレームを配置し、小花の延長線上に存在感のある粒金を鑞付けしています。両脇のアメジストはより小さめの粒金のみを、同様の位置にあしらっています。これらの装飾デザインによって、センターのアメジストは脇石に比べてより大きく感じられるのです。 作者の特別なセンスの良さを感じるのは、6つの小花や粒金を、アメジストの六角形の角のピッタリした位置には配していないことです。通常ならばあまり考えること無く、単純に6隅に配するはずです。このブレスレットは3石のアメジスト、それぞれが可動できるように連結されています。最高級ジュエリーとしての機能性と美しさの両立を考慮すると、敢えて小花や粒金は中央に寄せた方が良いと判断したのです。 |
六角形の6隅に装飾するデザインだったら、もっと横長でボテッとした印象になっていたはずです。 この気遣いに気付いた人、そうでない人がいるでしょう。しかしそれは大きな事ではありません。 |
中央に寄せることで、見る人はその縦長のデザインから、無意識のうちに洗練されたスタイリッシュな印象を受けるのです。気付かれるくらいあからさまだと、むしろ野暮というものです。 単純な見た目ではなく、印象にまで作用するようなデザインが施されたジュエリーは、ハイジュエリーとして作られたものでもそう多くはありません。一流の技術に加えて、卓越したデザインセンスも兼ね備える必要があるからです。一流の技術を身に付けるだけでも大変なことです。 |
3-2. 細部まで徹底した金細工
3-2-1. 立体的な黄金の小花
優しいライラックカラーのアメジストの周りに黄金の花々が咲き乱れる、楽園のような世界ですね♪そこには虹の橋まで架かっています♪♪ この、アメジストの楽園を惹き立てる黄金の小花は、浅い角度のお椀型で作られています。わざとらしさや違和感を感じさせない、自然な立体感は絶妙な角度によるものです。ここにも作者の抜群のセンスが現れています。花びらの彫金も自然で美しいです。 花芯の粒金もサイズ感が絶妙で、センスが良いです。少しマットに仕上げた花びらと、光沢の良い粒金の輝きの対比も美しさを感じます。 |
お椀型に作られているからこそ、光の当たる角度によって花々の黄金の輝きは印象的に変化します。 |
お花は6つですが、もっとたくさん咲き乱れているような印象を受けます。楽園のような幸せな美しさと、エレガントさを感じます。 |
3-2-2. 粒金
粒金は、アンティークジュエリーの最もオーソドックスな金細工の技法の1つです。 ただの黄金の球体ですが、サイズによって驚くほど雰囲気が変わりますし、使い方次第で全体の雰囲気を大きく変える力を持ちます。本当の意味での使いこなしがとても難しい、大変奥深い技法です。 |
粒金を駆使したゴールド・ジュエリー
惹き立て役 | デザインのポイントの1つ |
エトラスカンスタイル ブローチ スイス 1870年頃 SOLD |
『ルンペルシュティルツヒェン』 ゴールド・アート ブローチ イギリス 1870年頃 SOLD |
小さいとあしらいの1つとして、高級感を演出するために使うことが多いです。大きくなるほど存在感が強くなります。粒金ならではの黄金の強い光沢は、それほど大きくなくても高級感や格調の高さを演出してくれます。 |
あるのと無いのでは雰囲気がガラッと変わってしまうほど、抜群の仕事をしてくれます。 ただ、綺麗な粒金を作るのは技術が必要ですし、正確な位置に耐久性を持たせながら綺麗に鑞付けするのはさらに難しいです。 |
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『真心』 オーダーメイドのロケット・ペンダント イギリス 1880年頃 SOLD |
『薔薇』 ピエトラドュラ(フローレンス・モザイク) ブローチ イタリア 1860年頃 SOLD |
粒金は良さが分かりにくいけれど高度な技術が必要な、玄人向けの技法の1つと言えます。 故に、粒金を駆使したジュエリーは成金ジュエリーや安物ジュエリーでは見られず、王侯貴族向けのセンスの良いハイジュエリーでのみ楽しむことができるのです。 |
この宝物では、粒金もデザインの大きなポイントの1つとして使用されています。一番小さな、花芯の粒金でもある程度の大きさがあります。一番大きいのは、メインと両脇のアメジストを連結するための金具の上下に取り付けられた4つの粒金です。最外周の粒金は、メインストーンと両脇のアメジストを装飾するものではそれぞれ大きさが異なります。 |
4種類の大きさの粒金が使い分けられています。それだけでなく、取り付ける高さも綿密に計算されています。最外周はこのように、アメジストのフレームの真横に鑞付けされています。 |
一番大きな粒金はフレームと一体化するように鑞付けされています。大きさがあるので、フレームより高い位置に見えます。 |
立体的なバランスをしっかり計算してデザインされているからこそ、アメジストとゴールドだけで表現したものとは思えないほど印象的な美しさを放つのです。 |
裏からご覧いただくと、粒金が多用されていることがより分かりやすいです。作られてから140年ほどは経っていますが、見事な鑞付け技術によって粒金は保たれています。 アメジストを連結する金具の裏側には、粒金のような装飾が施されています。完璧に磨き上げられており、黄金の光沢が素晴らしいです。「粒金は本作品の主役の1つですよ♪」と物語っているようにも見えます。見えない裏側にまで行き届いた美意識の高さに、持ち主も使用するたびテンションが上ったに違いありません!♪♪ |
3-2-3. 連結金具の彫金
その連結金具のオモテ側はどうなっているのかと言うと、もちろん美意識の行き届いた美しい彫金が施されています。主役のアメジストや、お花や粒金などの金細工に紛れ込んで目立つ部分ではありませんが、正面から確実に見えるこの部分に彫金があるかどうかは重要です。 高度な技術によって精緻な模様が彫り込まれており、宝物の高級感をより一層惹き立てています。 |
3-2-4. クラスプの彫金
バネを差し込むクラスプの金具には、チェーンと同じ波型の模様が彫金されています。彫金しなくても機能的には成立しますが、それではクラスプが悪目立ちしてブレスレットの"完璧な美"が台無しです。 |
こちらは裏側で、着用すると見えない部分ですが、裏側も丁寧に仕上げてあります。 |
筒状の金具に彫金された波型の模様は綺麗につながっています。 |
どういう間隔、どの位の深さで彫金すると最も違和感なく美しく見えるか、作者のセンスと腕次第です。流れるように綺麗につながっています。 |
とても上手くいっています♪ |
3-2-5. ハンドメイドのセーフティチェーン
セーフティチェーンはオマケのように感じる方もいらっしゃると思いますが、オマケとは言えないほど技術と手間とお金がかかっています。主役の波型チェーンと違って構造こそシンプルですが、セーフティチェーンも使用時に違和感のない滑らかな動きと、主役のチェーンに相応しい高級感を出すために惜しみない工夫がなされています。 |
まず、輪っかにするパーツは単純なワイヤーではなく、叩いて鍛えたゴールドの板を使っています。しかも平板をカットしただけの単純なパーツではなく、1つ1つに曲率を持たせて連結しています。かなり技術も手間もかかる作業です。 目には見えませんが、滑らかな動きをもたせるのは意外と難しく、ハンドメイドでもあまり良くないチェーンだとひっかかりを感じたり絡まりやすかったりするこがあります。曲率や仕上げに様々なコツがあるはずで、まさに職人の勘と繊細な手技次第です。 |
皆様も子供時代に1度くらいは、折り紙などで輪っかチェーンを作ったことがあるのではないでしょうか。お誕生日パーティや七夕飾りなどの定番の飾りですが、長くするにはかなり地道な作業が必要です。飽きやすいと10個くらいでギブアップしたくなるかもしれません(笑) これはカットしただけで連結しています。 |
しかしながら、今回のゴールドのセーフティチェーンの場合、まず叩いて鍛えたゴールドの板を準備するところから始まります。短冊状にカットした後、カマボコのように丸みをもたせ、それを鑞付けで連結していくのです 小さいのでひっかかりが出ない綺麗な丸みをもたせる作業だけでも大変ですし、ノリではなく鑞付けで輪を閉じるので、高度な技術と集中力も必要です。それを42個やって完成です。 |
ブレスレットは1人では着けにくかったりしますが、セーフティチェーンのお陰でこれ以上開かないので、安全に着脱しやすいです。何より、この宝物のために特別に作られたチェーンは高級感があって、見ているだけでも嬉しくなります♪ |
4. コンテストジュエリーの可能性
この宝物は宝石、細工技術、デザインの観点から、作者が一世一代の魂を込めて作ったコンテスト・ジュエリーの可能性が高いです。 美しいライラックの色彩と透明度を誇る極上の大きなアメジスト、ファイアの出やすい特別なカット。 特別に美意識の高い人物がお金を惜しまずオーダーして作られた可能性も否定できませんが、次元の違うこだわりぶりの凄さからして、作者がプライドと魂を込めて作ったコンテスト・ジュエリーだと感じるのです。 |
着用イメージ
アメジストが大きいので、手首はアメジストで覆われる感じです。主役にしてコーディネートを組み立てられる、とても華やかなブレスレットです♪ 日本人女性のブレスレットの標準サイズは16〜18cmとされています。このブレスレットは18.5cmあるので、殆どの方にお洋服の上からでもご着用いただけます。透明度の高い石なので、合わせるお召し物の色によってアメジストの雰囲気もガラリと変わって楽しいと思います。 |