No.00340 Sunflower |
神技の細工で作られた小さな小さな宝物♪♪ |
何とその透かし細工の幅は約0.2mm! |
天然真珠&ゴールドのお花 | ||||
天然真珠&ゴールドの小さなお花単体としては、これまでの46年間で過去最高の作品です!♪ |
『Sunflower』 |
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小さくて一見シンプルなデザインのピアスですが、これまでに見たこともない神技の技術が詰め込まれた驚きの宝物です。意識しないと気づかないような花びらの透かし細工は、何とシャープペンシルより遥かに幅が細いです。糸鋸と鑢(ヤスリ)で仕上げたはずですが、間違いなく道具から手作りしています。花脈の彫金もこれまでで類似のものがないほど細く密で、完璧と言えるほど正確な作りです。これぞ、アンティークジュエリーならではの超絶技巧の細工物です♪ 特別な人物のための最高級品として作られているだけあって、天然真珠の照り艶は抜群ですし、ゴールドもフレームや彫金、爪に至るまで完璧に磨き上げられており、黄金の輝きが見事です。定番の天然真珠を使ったフラワーデザインでありながら、輝きによって清楚さだけでなく華やかさも感じるピアスです。 ピアスは2つ作らなければならないため、超絶技巧の細工物は少ないアイテムです。細工物がお好きな方に、ぜひオススメしたい宝物です♪ |
この宝物のポイント
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1. 個性を感じるフラワーデザイン
とても個性を感じるお花のデザインです。 お花はジュエリーにとって永遠の定番モチーフですが、なぜこのデザインが特別と言えるのかは、きちんと理由があります。 |
1-1. 花びらの数の多さ
1-1-1. ハイジュエリーの様々なお花のモチーフ
一言でお花のジュエリーと言っても、お花の種類は様々です。 上流階級のために作られたアンティークのハイジュエリーの場合、細工技術もしっかりしているため、具体的なお花を表現したものであれば、それが何のお花なのかはっきり分かります。 |
アザミ | 勿忘草 | スズラン |
アメジスト&シトリン ブローチ イギリス 1870年頃 SOLD |
鳩 ゴールド ブローチ イギリス 1830〜1840年頃 SOLD |
トルコ石&天然真珠 ブローチ ヨーロッパ 1880年頃 SOLD |
フクシア | パンジー | アヤメ |
カーブドアイボリー ブローチ フランス 1870年頃 SOLD |
エセックス・クリスタル ペンダント イギリス 1900〜1910年頃 SOLD |
プリカジュール・エナメル ブローチ フランス 1890〜1900年頃 SOLD |
バラ | 桜 | ライラック |
ピエトラドュラ ブローチ イタリア 1860年頃 SOLD |
エナメル クラバットピン フランス 19世紀後期 SOLD |
ローズカット・ダヤモンド ブローチ フランス 1870年頃 SOLD |
これは全てを網羅しているわけではありませんが、実に様々な種類のお花がありますね。絵を描くのと違い、硬い金属や宝石、エナメルなどでお花を表現するのはとても難しく、高度な技術が必要です。稚拙な作りの安物の場合、一体何のお花か分からなかったり、美しいと思えない出来だったりします。 |
『Heart of Mary』 LALIQUE アールヌーヴォー ペンダント フランス 1890〜1900年頃 SOLD |
特定のお花を表現する場合、花びらの数や形状は決まっています。 それはジュエリーを制作する上での制約となります。 どの素材を使うのか、大きさなどがある程度限定されます。 デザインありきで、素材や技法などが決まっていく順序となります。 |
1-1-2. 理想化した想像上のお花
『心に咲く花』 シードパール&エナメル フラワー ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
一方で、特定のお花ではなく、理想化した想像上のお花を表現する場合もあります。 このような宝物も、もしかすると持ち主は具体的なお花の種類をイメージしていた可能性はあります。 それは答えを出しようもありませんが、想像上の理想の"美しいお花"の場合、表現に制約はなく自由です。 |
花びらの枚数 | ||
4枚 | 5枚 | 6・7・8枚 |
『清楚な花』 アクアマリン&シードパール ピアス イギリス 1900年頃 SOLD |
シードパール フラワー ブローチ イギリス(GUBSON社) 1880〜1900年頃 SOLD |
シードパール ネックレス&ブローチ イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
花びらが4枚というのはあまり見ません。5、6枚が最も多いです。8枚や、それ以上の枚数を持つ場合もあります。花びらの枚数、花びらの形状でお花全体の雰囲気は随分変わります。どのような雰囲気にしたかったのか、持ち主の好みなども伝わってきますね。 |
このピアスは花びらが10枚あります。 何となく向日葵のようにも感じますが、特定のお花を表現したのかははっきりしません。 ただ、このサイズで10枚もの花びらがあるのは極めて特殊です。 |
1-2. デザイン性の高い小さなピアスの特殊性
1-2-1. ジュエリーのサイズに見る花びらの枚数
1-2-1-1. ある程度の大きさがあるジュエリーの場合
宝石を使ってお花をデザインする場合、宝石のサイズが大きな制約となります。手に入る宝石の範囲内で、お花をデザインしなければなりません。 |
単結晶の合成サファイア 約20cm、30kg | 現代ジュエリーは作りだけでなく、宝石も酷い状況です。 人工処理によって低品質の石を上辺だけ良く見せただけの厚化粧のような石(汚い正体)、模造宝石や合成による人造宝石で溢れかえっています。 巧妙な宣伝文句で消費者を欺いており、性善説や権威主義で物事を見る人はその実態を知りません。 左はサファイアガラスとして時計やスマートフォンのカメラレンズとして使用するために無色で合成されていますが、色付きでも合成できます。 |
成金嗜好の人々は宝石が大きければ大きいほどステータスが高いと盲信し、鼻息荒く自慢します。作ろうと思えば高さ20cm、30kgの巨大サファイアのリングも作ることはできます。指に30kgの重さをつけるなんて女性だけでなく男性にも無理でしょうけれど、もしそれができれば別の意味で自慢できますね。超怪力!(笑) |
【参考】現代の成金ジュエリー | ||
ダイヤモンドも合成品が出回るようになりました。養殖真珠のサイズは、母貝に挿核する核の大きさ次第です。買った時は高かったかも知れませんが、こういうジュエリー(アクセサリー)は高そうに見せて高い値段をぼったくられているだけです。真実を知っている人は、こういうものをドヤられた時にどう反応したら良いのか困っちゃいますね。 |
ブルー・サファイアを含む様々な合成コランダム "SynthKorVerneuil" ©U.Name.Me(29 November 2018)/Adapted/CC BY-SA 4.0 |
合成品は質を揃えるのが容易い上に、欲しい時に必要なサイズを必要な量だけ作ることができます。だからジュエリー制作上の制約になることはありません。但し稀少価値もゼロです(笑)真なる意味での『宝石』とは言えません。 しかしながら、稀少価値のある本物の宝石で作られていたアンティークのハイジュエリーは違います。自然界からの贈り物である宝石は、お金があるからと言って、理想の石を必ずしも手に入れられるわけではありません。大きさや質には制約があります。得られたものを使うしかありません。 |
ある程度の大きさがあるハイジュエリー | |
『愛のシャムロック』 ダイヤモンド ギロッシュエナメル ブローチ アイルランド 1880年頃 SOLD |
アールヌーヴォー シードパール ネックレス イギリス 1900年頃 SOLD |
大きさのあるお花の場合、枚数が少ないと花びら1枚1枚のサイズは大きくなります。左のシャムロックはお花ではありませんが、3、4枚くらいしかないと花びらの面積は大きくなることがお分かりいただけると思います。もちろん小さな花びらで表現することは物理的には可能ですが、ジュエリーとしてあまり見栄えが良いものではないということなのか、市場で見ることはありません。 |
ガラード社 オパール シャムロック ブローチ イギリス 1880〜1890年頃 SOLD |
クリソプレーズ 四つ葉のクローバー ブローチ フランス 1880年頃 SOLD |
美意識が欠落した人向けの安物の場合は、質の揃わない低品質の石で無理やり作る場合もありますが、社交界ではそんなものはたとえ石が大きかったとしても「nouveau riche(ヌーヴォー・リーシュ、成金)」と嘲笑の対象になりますから、まともな上流階級はそんな安物は身につけません。 高品質で、しかも質の揃った大きな宝石を揃えるのは物凄くお金がかかりますし、運の良さも必要です。そういうものは間違いなく高級品として作られていますし、使用できる石の種類も限られます。大きな結晶を得るのが難しいルビーやデマントイドガーネットなどで、このようなデザインと大きさのジュエリーを見ることはまずないでしょう。 |
大きさのあるお花のハイジュエリー | |
アールヌーヴォー シードパール ネックレス イギリス 1900年頃 SOLD |
『真珠の花』 エトルスカン・スタイル ブローチ イギリス 1870〜1880年頃 SOLD |
そういうわけでお花のサイズが大きいジュエリーほど、花びらの枚数は増える傾向があります。 |
大きさのあるお花のハイジュエリー | |
ダイヤモンド トレンブラン ブローチ イギリス 1870-1880年頃 SOLD |
ダイヤモンド トレンブラン ブローチ フランスorヨーロッパ 1870-1880年頃 SOLD |
5枚という花びらの数は収まりがよく、感覚的に好まれるため、トレンブランのような大型のダイヤモンド・ジュエリーでもよく見かけます。ただ、その場合は花びら1枚に1つの宝石ではなく、花脈のスペースに1つ1つダイヤモンドをセットするのが通常です。 |
ローズカット・ダイヤモンド トレンブラン ブローチ イギリス 1820年頃 SOLD |
46年間もアンティークのハイジュエリーをお取り扱いしていると、中にはこのような例外的な宝物も存在します。 それでもこの大きさで花びら1枚に1つのダイヤモンドをセットしようとすると、花びらは7枚のデザインになっています。 |
【参考】安物に見られるイリュージョン・セッティング |
一応、『イリュージョン・セッティング』と呼ばれる技法が存在します。小さなダイヤモンドで大きく見せるための技法で、フレームの大きさに対してダイヤモンドは極小です。フレームを埋めたプラチナやホワイトゴールドの輝きによって、大きなダイヤモンドがセッティングされているように錯覚させます。 一見するとそう見えなくもありませんが、分かる人にはすぐに分かります。そうまでして大きく見せたい自己顕示欲の高さ、その一方で実際には本物の高級品を手に入れる財力がないことがバレバレで、気づかれると恥ずかしいアイテムです。 イリュージョン・セッティングのような技法を使えば、いくらでも大きな花びらを表現することは可能ですが、上流階級はそんなことはしません。成金嗜好の強い安物だけで見られる技法です。上流階級のためのハイジュエリー専門のHERITAGEでは、ご紹介することはない技法です。 |
お花のダイヤモンド ブローチ フランス 1880年頃 SOLD |
そんなわけで、ブローチやペンダントのようにある程度がある場合、宝石を使ったお花は花びらの枚数が多い傾向にあります。 |
1-2-1-2. 小さなジュエリーの場合
ピアスやイヤリングのような小さなジュエリーの場合は、また別の事情が出てきます。 |
お花のダイヤモンド ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
この宝物は花びらが6枚です。 このくらいの大きさであれば、質と大きさの揃った宝石を揃えることは可能です。 もちろんかなりのお金は必要ですが、物理的には可能です。 |
ただ、花びらのフレームにご注目いただくと、相当な技術と手間をかけて作り込まれていることがお分かりいただけると思います。 小さなジュエリーの場合、宝石以上にネックとなるのがこの技術と手間の部分です。 経験がなかったり、想像力が欠如している人だと、ジュエリーの価格は宝石の価値だけで決まると思い込む傾向にあります。しかしながらハンドメイドのジュエリーの場合、加工費としての職人の技術料や手間賃は大きな割合を占めます。 現代の外食産業だと、原価率は30%が目安なんて言われますね。「粉もんは儲かる」なんて言い方もありますが、お好み焼きの原価率は14〜18%と言われています。材料費がそのまま価値となるわけではなく、加工したりするための人件費もかかってくるのは当たり前ですね。 原価率が高いと言われるアパレル業界の場合でも、減価率の平均は25%前後とされています。完成した洋服の状態で仕入れてその原価ということであり、お店で買う洋服代には店舗運営費(地代家賃や人件費等)や広告宣伝費などがかなりかかっているということです。25%の仕入れ原価の中に布やボタンなどの材料費、衣服として完成される作業費などが入っているということで、洋服としての最終的な販売価格の中で、材料費の割合はいかに少ないのかが想像できますね。 |
『Tweet Basket』 小鳥たちとバスケットのブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
技術料や作業費などの人件費的なコストは、目には見えくいものです。それこそ宝石や金属など素材にしか目が行かない人には、視界に入っていたとしても"認識"ができません。 高度な技術に基づく真心を込めた細工を理解できるのは、自分もその経験があったり、豊かで高精度の想像力を持つ人だけです。 王侯貴族の時代は確かな眼を持つ人がハイジュエリーの主要購買層だったため、細工の優れた芸術性の高いジュエリーを作ることができました。 しかしながら材料だけで見る人は、このような芸術性の高いジュエリーを見ても「大きな宝石が付いていない。」と不満に感じます。 |
【参考】成金が喜ぶリング(ピアジェ 現代) | 王侯貴族の時代が終焉を迎え、大衆が主要購買層となった戦後は手の込んだ美しいジュエリーは作れなくなりました。 材料だけでしか判断できない人たちが主要購買層となったからです。 凝ったデザインは、高度な技術を持つ職人が手間をかけてこそ具現化できるものです。 |
だから現代ジュエリーは複雑で美しいデザインを見ることはありません。アンティークのハイジュエリーはデザインありきで作られましたが、現代ジュエリーのデザインは安く早く作ることが第一目的の、量産のためのデザインでしかありません。だからブランドが違っていても同じようなデザインばかりです。 石ころ信者の信心深さは物凄いもので、高そうな石が付いていれば喜んで大金を出します。少し前の時代であれば、一応はそれなりの宝石がセットされているものでした。しかしながら購買層のレベルの低さに味をしめた現代ジュエリー業界は、ますますジュエリーの質を落としました。小さくてろくに価値のない石を寄せ集め、一見すると豪華に見えるジュエリーを異様に高い価格で販売するようになりました。それでもブランドの威光を使えば売れるのです。 購買層を舐め切った行いですが、誰も買わなければこんなジュエリーはそのうち淘汰され作られなくなります。結局は業界ではなく顧客側の問題です。業界が悪いと文句を言っている間は、この状況が良くなることはないでしょう。 |
『ルンペルシュティルツヒェン』 ゴールド・アート ブローチ イギリス 1870年頃 SOLD |
まあそうは言っても、アンティークの時代の全ての上流階級が優れていたわけではありませんでした。 むしろ本当に優れていた人たちは少数派です。優れている人の割合は現代とは殆ど変わらなかったかもしれません。ただ、そういう人たちが財力と権力を持っていたことが大きかったと言えるかもしれません。 そのような状況だったからこそ、私たちがご紹介したいと思えるほどの芸術的価値を持つ宝物は、アンティークジュエリー市場の中でも極少数しかありません。 そして、その中でも特に「これは!!」と思えるほどの、高度な細工が施されたジュエリーは滅多にないのです。 |
『Eros』 初期アールデコ ダイヤモンド ブローチ イギリス 1920年頃 ¥5,500,000-(税込10%) |
また、お金と美意識をどれだけ持っていようとも、その時代に然るべき才能を持つ職人が存在しなければこのような宝物は具現化できません。作られたこと自体が奇跡のようなものなのです。 |
クッションシェイプカット・ダイヤモンド イヤクリップ イギリス 1920年頃 SOLD |
大きさのあるジュエリーと比べて、小さなピアスでデザインや細工に凝ろうとすると、とんでもない細工技術が必要となってきます。しかも相当な費用もかかります。 それ故に宝石頼みではない、小さくてデザインと細工に凝ったピアスやイヤリングなどはより作られた数が少ないのです。 |
大きさのあるジュエリーの場合は宝石のサイズがネックになりやすい一方で、小さなジュエリーの場合は宝石による制約よりも、細工の困難さの方が際立ってくるというわけです。 |
1-2-2. 意外にも少ないお花のハイクラスのピアス
このような耳に付けるタイプの、小さなお花デザインのハイクラスのピアスは案外少ないです。 |
『美意識の極み』 天然真珠ピアス イギリス 1870年頃 SOLD |
クラスター・タイプのデザインは定番として存在し、お花のような可愛らしさがありますが、厳密にはお花デザインとは異なると言えるでしょう。 |
クラスター・デザインの宝石の留め方の違い | |
爪留 | 覆輪留 |
『美意識の極み』 天然真珠ピアス イギリス 1870年頃 SOLD |
ムーンストーン ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
同じようなクラスター・デザインでも、周囲にセットした脇石の留め方が様々あるのがアンティークのハイジュエリーの面白い所です。どちらも脇石はダイヤモンドですが左は爪留、右は覆輪留でセッティングされています。どちらもかなりの高級品として作られていることは間違いなく、どの留め方がより高級なのかということはありません。 左の爪留によるセッティングの場合は、ダイヤモンドが周囲から取り込む光の量を多くする設計によって、より魅力的に輝かせるためと推測できます。だからこそダイヤモンドのカットも、輝きがダイナミックなオールドヨーロピアンカットです。 右はその独特の雰囲気が最大の魅力である、ムーンストーンが主役です。ムーンストーンの魅力を邪魔することなく、名脇役として華を添えることができるよう、脇石のダイヤモンドのカットは透明感と清楚な輝きを特徴とするローズカットです。必要以上にギラつくことがないように、留め方も覆輪留めなのです。 美意識が高い人のためにお金や手間を惜しむことなく作られたアンティークのハイジュエリーは、現代人が想像する以上に細部まで気を遣って設計されているものなのです。 |
ムーンストーン ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
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相当特別なものとして作られたのでしょう。ローズカット・ダイヤモンドをセットしたフレームはハート型や花びらを思わせるような、内側に少し入り込んだ形になっています。 現代ジュエリーは世界的なハイブランドのものであっても量産品です。世界的に店を展開し、通販も含めて世界中で限定数なしで販売していることからも容易に想像できますね。それはダイヤモンドを決められた規格でカットし、同じ形のダイヤやモンドを大量生産しているからこそ可能です。コンピュータなども駆使して大きさや形を制御するため、工業製品レベルで同じ揃っています。 古い時代は厳格な統一規格などはなく、原石や作りたいジュエリーに合わせて職人が手作業でカットしていました。それ故にダイヤモンド1粒1粒に個性があります。フレームもその個性に合わせて作らなければなりません。いかに大変で技術が必要なのか、ご想像いただけると思います。 |
【参考】パヴェのエタニティ・リング(現代) |
それが大変すぎるからこそ、大衆の時代は統一規格が作られたのです。1粒1粒に合わせてフレームを作るなんて、現実的ではありません。 アンティークの時代は少ない上流階級のために、少ない数のジュエリーを作っていれば市場が成り立ちました。その分、今では想像できないくらいジュエリーは高価だったはずです。 しかしながら庶民用のジュエリーは状況が全く異なります。1人1人、そんなに高額は出せません。現代ジュエリーは無数の庶民に、そこそこの価格でたくさん販売するビジネスモデルです。相当な数を作る必要があり、工業化が必要でした。それには材料も規格化しなければなりません。それ故に4Cが作られ、規格ができ、ジュエリーも工業製品化していったのです。 私はこういうジュエリーは輝くタイヤにしか見えず、とてもつけたいとは思えないのですが、大衆が受け入れたので市場として成立しています。本当に綺麗だと思っているのか、業界のプロモーション戦略によって綺麗だと思い込まされているのかは私にはよく分かりません。そんなことは大事ではなく、身につけて幸せな気持ちになれるのならば、それで良いと思います。まあ、一番ハッピーなのは楽してボロ儲けできる現代ジュエリー業界だと思いますが(笑) |
『ミラーボール』 魅惑のローズカット・ダイヤモンド ピアス ヨーロッパ 1860〜1870年頃 SOLD |
1粒1粒のダイヤモンドに合わせてフレームを造形するのは困難を極めます。 アンティークの時代でも最高級品クラスでなければ、凝ったフレームで造形したピアスを見ることはありません。 |
【参考】現代のオールドカット・ダイヤモンド リング | |
現代ジュエリーはダイヤモンドの古いスタイルのカットは真似できても、高度な技術は再現できません。 現代ジュエリー業界がネタ切れなのと、アンティークジュエリー市場の枯渇もあってフェイク・アンティークジュエリーやリプロダクション市場が活況ですが、リングですら、フレームがあってもいかにも鋳造で作ったノッペリとした単純な作りです。爪も目立ちますね。 |
現代ジュエリー | アンティークのハイジュエリー |
【参考】現代のオールドカット・ダイヤモンド リング | オーバルカット・ダイヤモンド リング フランス 1920〜1930年頃 SOLD |
私もそうでしたが、HERITAGEのお客様はこの目立つ爪が嫌いな方が多いです。アンティークのハイジュエリーは主役の宝石を邪魔せぬよう、石留めにも細心の注意が払われています。高度な技術を持つ職人によるハンドメイドならではの、細部に至るまでのシャープでスッキリとした綺麗な作りは、実に見ていて心地よいものです。 分かる方には信じられないと思いますが、並べて見たとしてもこの違いが分からない人は少なくありません。単なる石ころ好きは、左のリングのダイヤモンドのカットだけ見て、「アンティークのダイヤモンドだわ♪アンティークジュエリーってやっぱり素敵ね。」と言います。知識でしか判断できない、頭デッカチの人が騙されます。安いと偽物なのかと怪しまれる一方で、高いと「高いから本物だろう。」と判断してもらえるため、それなりの値段が設定されます。そして、喜んで割高な値段で買います。真にアンティークジュエリーを理解している人とは言えません。最近はよりフェイク市場が活況なようで、それだけ買う人が多いということでしょう。買う人がいなかったり、或いは買う人がいても儲からなければ、誰もフェイク・ビジネスなんてやりませんからね。 |
複数の留め方を駆使したこだわりのハイジュエリー | |
天然真珠 エドワーディアン リング ヨーロッパ 1910年頃 SOLD |
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覆輪留も表現のバリエーションは様々あって、ミルを打ったり打たなかったり、或いは様々な装飾を施すこともあります。複雑なデザインになるほど、必要な技術や手間も増えます。 このリングは史上最も天然真珠が高く評価されていた時代ならではの、上質な天然真珠を使った最高級品です。現代ジュエリーであれば、その天然真珠に頼った面白みのないデザインでリングが作られるでしょうけれど、このリングの持ち主は並々ならぬ美意識とセンスの持ち主だったのでしょう。 独立した覆輪留と、フレームを使った爪留の両方が見られます。フレームでセッティングされた領域にご注目ください。ダイヤモンドの形に沿った箇所がある一方で、上下は尖った形状で造形されています。さらにその部分のスペースにはグレインワークまで施されています。間違いなく持ち主は細工の価値を理解していました!♪ こういうちょっとした気遣いはデザイン的にも美しく、私たちが好むものです。しかしながら、一見すると地味に見えるこの細工が途方もなく大変で、お金がかかるものなのです。 |
『忘れな草』 ブルー・ギロッシュエナメル ペンダント フランス? 18世紀後期(1780〜1800年頃) SOLD |
左の『忘れな草』は18世紀という古い時代の最高級ペンダントだからこそ、当然のように花びらのフレームは複雑で美しい形に造形されています。 安いことではなく、美しいことが第一目的に作られているからです。 |
ターコイズ&パール クラスター リング イギリス 1908年 SOLD |
これはシンプルな覆輪留ですが、ハーフパールの形状に完璧に沿った、見事な作りのクラスター・リングです。 |
2. 超絶技巧の細工
神技の細工のピアス | ||
驚異の透かし細工 | 驚異の細かい細工 | 驚異のスプリット・ハーフパール |
『マーガレット』 天然真珠&ローズカット・ダイヤモンド ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
『美意識の極み』 天然真珠ピアス イギリス 1870年頃 SOLD |
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HERITAGEでは、神技の細工が施された宝物をいくつもご紹介して参りました。こういう宝物を扱えること自体を誇りに思います。並べてみて、改めて嬉しくてニヤニヤしてしまいます。 さて、私がニヤニヤするために並べたわけではありません(笑) 神技の細工と言っても、その種類は様々です。『マーガレット』はこれまでに見たこともないような、細かな面積に詰め込まれたデザインと超絶技巧の細工が凄まじい作品でした。 『美意識の極み』の場合は天然真珠の質を完璧に揃えたかったらしく、リスク覚悟で1粒の大きくて上質な天然真珠を半分に割って使っていることが驚異的でした。通常、このデザインのピアスは質を揃えた2粒の天然真珠を使って作ります。ちょっとでも質が揃っていなかったら我慢できないというオーダー主の拘りが伝わってくると共に、それを実現した職人の腕と集中力に驚かされます。 このように、細工の注目すべき点は様々です。ここからは、今回の宝物の細工の素晴らしい点を見ていきましょう♪ |
2-1. 美しい花びらのフレームの造形
フレームの形は非常に重要です。少し違うだけで、驚くほど雰囲気が変わります。 |
4枚の花びらで構成したデザイン | ||
『ゴールド・オーガンジー』 ペリドット ネックレス イギリス 1900年頃 ¥1,000,000-(税込10%) |
『清楚な花』 アクアマリン&シードパール ピアス イギリス 1900年頃 SOLD |
『フクシア』 ダイヤモンド ピアス フランス(プロバンス) 19世紀初期 SOLD |
これらも驚異的な細工が施された最高級品です。だからこそ、デザインも細部に至るまで意味があります。それぞれ4粒の宝石で取り巻いたクラスターのデザインが存在しますが、そのフレームのデザインが異なります。 『ゴールド・オーガンジー』のように覆輪による円形デザインだと、幾何学的で可愛らしい雰囲気になります。 『清楚な花』の場合、ふっくらとしながらも先が尖った花びらの形状になっています。もし『ゴールド・オーガンジー』のように丸い形状だったら、単純に可愛いだけのピアスになっていたでしょう。控えめな造形なので、一見すると意識して工夫されたと感じないかもしれません。しかしながら、この僅かに尖った花びらの形状があるからこそ凛とした雰囲気が生まれ、全体として清楚で知的な印象となっているのです。フレームのデザインがいかに重要なのかは、この宝物からもお分かりいただけると思います。 『フクシア』は花菱のような形状が面白いですね。南アフリカのダイヤモンド・ラッシュが起きておらず、使えるダイヤモンドも限られていました。それでも、このデザインがあることで全体としてとても華やかでゴージャスな雰囲気になっています。 |
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神技の職人であれば、その才能を駆使して如何ようにも造形できます。 美意識の高い人はいつの時代も存在します。アンティークの時代にはそれぞれの美的センス、好みに合わせて様々なデザインでお花が造形されました。 花びらの形状、角度、素材など、全ては綿密に計算されています。そしてそれが実物を見た時の"美しさ"となります。 |
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『Eros』 初期アールデコ ダイヤモンド ブローチ イギリス 1920年頃 ¥5,500,000-(税込10%) |
1880年頃のお花の小ぶりなピアス | ||
直径:14mm | 直径:12mm | 直径:13mm |
←等倍 | 『マーガレット』 イギリス 1880年頃 SOLD |
お花のダイヤモンド ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
アンティークのハイクラスのピアスは、少し長めで揺れるタイプのデザインが多い印象ですが、もしかしたら1880年頃にこのような小ぶりで品の良い、耳に付けるタイプのピアスが上流階級の間で流行したのかもしれません。こうして並べて比較できるのは面白いですね。 同じお花のデザインのピアスとは言っても、素材の違いだけでなく、花びらの枚数や形状の違いによって雰囲気は大きく違います。持ち主だった女性像を反映しているようで、想像して想いを馳せるのも楽しいですね♪ どの花びらも素晴らしい造形です。今回の宝物は曲線は使わず、鋭角で花びらの先端が造形されています。ふっくらとした女性らしい曲線を使用することが多いアンティークのハイジュエリーに於いて、異彩を放っています。右2つはシルバーですが、勢いのあるシャープなデザインと黄金の輝きが相まって、底抜けに明るくポジティブな女性像を表しているかのようです。 |
曲線を使っていないため、他の2つと比較して正確性が高く、機械で作ったのではと感じられるほど完璧な造形です。 見事ですね〜♪ |
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作り込まれているのは正面から見た時のデザインだけではありません。花芯があるお花の中央部は奥まっており、外側にかけて花びらが開いていく形になっています。花びらの先端は反り返っています。 |
横からご覧いただくと、どれだけ奥行きがあるのかが分かります。小さなピアスとは思えないくらい、精密に造形されています。感動的な美しさです!♪ |
花びらが全開で、反り返るほど開ききっているからこそ、底抜けに明るくポジティブな雰囲気を強く感じます。 敢えてピークの状態を避けた"不完全の美”を好む日本文化と異なり、西洋文化は完全であるピークの状態を"理想の美"とする歴史がありました。だから通常のアンティークのハイジュエリーで表現するお花は、美しく咲いたピークの状態を表現する場合が多いです。清楚な雰囲気を出すために、敢えてピーク直前くらいを表現することはありますが、反り返るほど開ききった状態というのはとても珍しいです。 |
憂いを秘めた女性も魅力がありますが、周囲の皆の心をポジティブにしてくれる、底抜けに明るい女性も凄く魅力的ですよね。 ちょっとしたことで倒れてしまうような、か弱い女性は社交界でモテました。それを反映し、気絶した女性を介抱するための美しいヴィネグレット(気付け薬入れ)が存在します。高貴な男性が、高貴な女性にPRするためのアイテムでした。 それでは明るくて健康、元気いっぱいの女性は社交界でモテたでしょうか。 |
結婚前のナポレオンとジョゼフィーヌ | フランス皇帝ナポレオンの妻ジョゼフィーヌは再婚前、『陽気な未亡人』と呼ばれ、社交界の華として大変モテたそうです。 本の虫でインテリ、いかにも暗そうなナポレオンが周囲を明るくしてくれる太陽のような女性に惹かれたのは当然のこと、それ以外の上流階級たちも多く魅了していたわけですね。 |
ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(1763-1814年) | でも、順風満帆なだけの人生なんてあり得ません。 憧れて遠路はるばる嫁いできたパリ社交界で散々な目に遭い、それが心の奥底で根強い男性不信となり、再婚後に夫ナポレオンを何度も試すような行為へとつながりました。 悩みがない人間なんてあり得ません。むしろ明るかったり、恵まれていて悩みなんてなさそうに見える人ほど、普通の人より遥かに大変な経験をしてきた可能性があります。或いは、見た目ほど幸せな環境ではなかったりします。 |
人生で、乗り越えられない試練や無意味な試練はやってきません。能力の高い人にはそれに応じた、能力の限界ギリギリの試練がやってきます。だからどんな人にとっても試練は辛いものです。 精神力とその類い稀な才能で、ジョゼフィーヌは若い時代の大きな試練を乗り越えました。それでも陽気で純粋無邪気な存在だったジョゼフィーヌの心に暗い陰は残ったでしょうけれど、少女時代に形成された明るくポジティブな性格は揺るぎない芯として在り続けたと想像します。 |
フランス皇后ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ(1763-1814年) | フランス皇后になってからは、フランス一優雅でオシャレな女性としてたくさんのドレスや宝石を買いまくりました。人が良すぎて断れない性格だったため、1年でドレス900枚、手袋1,000組、靴500足以上購入したと言われています。 これを見てもフランス革命の原因が"王妃マリー・アントワネットの贅沢"ではなかったことは明らかですが、まさに使いきれない量ですね(笑) 革命の混乱によって商売あがったりだった御用商人たちは、ジョゼフィーヌを大歓迎しました。 また、ジョゼフィーヌはナポレオンの兵士たちからも高い人気があり、慕われていたそうです。 |
日本海側の日照時間が少ない地域もそうですが、高緯度で日照時間が少ないヨーロッパの地域は鬱病や自殺率が高い傾向にあるという研究があります。 南国育ちのジョゼフィーヌのような明るい女性は、ヨーロッパ社交界の中でも異彩を放ち、皆の心を明るく照らす太陽のように親しまれていたことでしょう。とても稀有な存在です。 そんな稀有な女性のように、稀有なデザインの宝物です♪ |
2-2. シャープペンシルより細い神技の透かし細工
神技の細工のピアス | ||
驚異の透かし細工 | 驚異の細かい細工 | 驚異のスプリット・ハーフパール |
『マーガレット』 天然真珠&ローズカット・ダイヤモンド ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
『美意識の極み』 天然真珠ピアス イギリス 1870年頃 SOLD |
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今回の宝物は、細工技術が他の2つと比較すると物足りなく感じた方もいらっしゃるでしょうか。 そんなことはありません! |
2-2-1. 花びらの特別な構造デザイン
1880年頃のお花の小ぶりなピアス | ||
花びら:10枚 | 花びら:12枚 | 花びら:6枚 |
←等倍 | 『マーガレット』 イギリス 1880年頃 SOLD |
お花のダイヤモンド ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
これらの花びらは、表現と作りが異なります。最も一般的と言えるのは、花びら1枚1枚が独立したフレームになっている右のピアスです。 中央の『マーガレット』は12枚の花びらで構成されています。直径12mmのサイズで、これだけの枚数の花びらを表現するなんて驚異的です。限界に挑んだ神技の細工です。花びらの隙間に宝石をセットしない場合はもう少しいけるかもしれませんが、宝石をセットし、グレインワークまで施すジュエリーとしては、これが極地だと思います。 |
12枚の花びらのお花のブローチ | |
お花のダイヤモンド ブローチ フランス 1880年頃 SOLD |
『真珠の花』 エトルスカン・スタイル ブローチ イギリス 1870〜1880年頃 SOLD |
作る手間が大変なので、そもそも花びらが12枚もあるお花のジュエリーは滅多にありません。それでも46年間で稀にご紹介できる機会がありましたが、花びらのフレームは独立して造形しています。花びらが5枚の場合と比較すると、作業量は倍以上だから本当に大変ですね! |
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『マーガレット』 天然真珠&ローズカット・ダイヤモンド エナメル ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
小ささの限界に挑んでおり、だからこそデザインにもそのための工夫が見られます。 このサイズで12枚の花びらを実現するために、花びらの境界線は、隣接する花びら同士で共有しています。 このサイズでは独立した花びらは無理ですし、無理に花びらの境界線をそれぞれに作ったら、ゴチャゴチャして美しくなかったでしょう。 |
今回の宝物は花びらが10枚です。 12枚よりは少ないですが、『マーガレット』が例外的な宝物です。 類似品は見たことがないほど、小さなピアスとしては花びらの枚数が多いです。 花びらに注目すると、先端にかけてフレームが独立しています。内側は共有した構造です。 これは細かい細工の限界に挑んだ結果です。 10枚の花びらの数も非常に多いと言え、その分だけ1枚1枚は細いです。 |
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全ての箇所を独立して作るのはジュエリーとしての強度的にも無理で、だからこそこのように、中間を取ったようなデザインで設計したのでしょう。 |
2-2-2. シャープペンシルの芯より細い透かし
個人が楽しみながら選ぶお買い物と違い、買付では一度に数百点のアンティークのハイジュエリーを見て、その中からHERITAGEの基準に合う最高級品だけを選びます。選別対象が多いため、1点1点をじっくりは見ていられません。 だから感覚的に良いと思えるか否かで判断します。そしてコンディションに問題がなければ買い付けます。 このため、こうしてカタログを作成しようと真剣に向き合った際に、「想像以上に良いものだった!♪」とニヤリとすることが少なくありません。 正直に申しますと、買い付けの際は、この神技の透かし細工に気づいていませんでした。それほど細かく、気づきにくいものです。ただ、私が「良いものである!」と感覚的に確信できた理由も、この透かし細工にあったと言えます。 |
上から1段目:シャープペンシルの芯 2段目:爪楊枝 3段目:先端が1mmの極細ヤスリ 4段目:汎用のヤスリ |
その凄さをどうお伝えしようかと考えました。ぜ〜ったいに分かっていただきたいからです! 比較に使えそうな"細いもの"を一緒に並べてみました。宝物の透かしの幅と比較してみてください。3段目のヤスリの先端は1mmです。それより爪楊枝の方が細いですが、透かし細工より太いです。透かしにゴミが詰まっても、爪楊枝では除去できません。 この中では最も細いシャープペンシルの芯よりも、透かしは細いです。 |
透かしの幅は1mmの半分どころか、0.2mm程度しかありません!まさにミクロの細工です!! シャープペンシルの芯より細いヤスリを使わないと、この宝物を完成させることはできないのです!!! |
2-2-3. 出来上がりから手作業を想像することの難しさ
これは人の手でしか作れない透かし細工です。 日本も開国後は産業革命を経験し、戦後の高度経済成長を経て、大量生産・大量消費のモノづくりが当たり前の世の中になりました。 既製品を買うのが当たり前になりました。その結果、モノの背景にある手間や技術が想像できなくなってしまいました。これは大変由々しきことです。 |
ほうき・ざるなどの行商、Basket and broom peddler(1890年頃) 【出典】小学館『百年前の日本』モース・コレクション[写真編](2005) p.127 |
ちょっと前までは手作りは当たり前でした。 器用な人が何かを作って売ることもあったでしょうし、身近なものであれば自分で作るのは当たり前でした。それこそ"世界一器用"な日本人が大の得意とすることです。 私の両親はGenと同世代です。母曰く、母の祖父母は自分用の草鞋は自分で作っていたそうです。私の曽祖父母に当たり、明治生まれ、ギリギリ19世紀末生まれだと思います。 稲作文化の日本は、稲を余すことなく利用してきました。今よりも米を食べ、地産地消が普通だった昔は稲藁も簡単に手に入ったでしょう。材料としては、タダみたいなものだったかもしれません。 でも、稲藁を草鞋にするのはとても大変です。 |
天日干しした稲穂(六本木ヒルズ・屋上庭園の田んぼ 2012年9月) | そもそも現代では、稲藁を見ること自体があまりないかもしれません。 コンバインが稲刈りと同時に藁を細かく粉砕し、田んぼの肥料として土に鋤きこんでしまいます。 当たり前に見られたありふれた光景は、気がつくといつの間にか消え去り、2度と見られないものになっていくものです。 |
足踏み式脱穀機で脱穀するくまモン(六本木ヒルズ・屋上庭園の田んぼ 2012年9月) | 丁寧に鎌で収穫した稲穂を脱穀すると、稲藁が得られます。 ちなみにくまモンが使っている脱穀機は千歯こきや電動色ではなく、足踏式脱穀機です。 発明されたのは1910(明治43)年で、大正年間を通じて全国的に普及しました。 曽祖父母や祖父母世代は、これを使っていたかもしれませんね。 |
鎌で収穫した稲穂(六本木ヒルズ・屋上庭園の田んぼ 2012年9月) | こうして得た稲穂は、全てをそのまま使えるわけではありません。 葉っぱは邪魔です。 ストロー状の茎部分だけを使うので、邪魔な部分は1本1本除去したり選別しなければなりません。 選別したら縄をなえるかと言えば、まだ作業が必要です。
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藁で縄をなうための道具(倉敷・阿智神社の注連縄作り会場 2013年12月) | 乾燥した稲藁を触ったことはありますか? 中空のストロー状で、軽いです。乾燥状態だと縄のような柔軟性はなく、ポキポキと折れます。 しんなりするくらいに湿らせ、叩いて柔らかくします。 この下準備を終えて、ようやく縄をなっていくことができます。 足の指に挟み、両手で撚りながら縄をなっていきます。 慣れないと手や足の指が痛くなりますし、藁の継ぎ足しのタイミングなど、なるべく毛羽立たず均一に美しくなうのは大変です。 |
草鞋 "Waraji" ©Matthew Sleigh(18 November 2007)/Adapted/CC BY 3.0 |
縄の太さにも依りますが、6mmの縄で編もうとすると片足分で縦糸に4m、横糸に14mの長さが必要です。36mもの藁縄をなうだけでも根気と集中力が要る作業です。慣れない者がやろうとすると、どれだけ時間がかかるのか想像するだけでも気が遠くなります。 そして、頑張って作ってもこんなに綺麗には作れません!夏休みの工作的に素人が作っても、普通の人では売り物にはならない、『頑張ったで賞』的な草鞋ができ上がるだけだと思います。 このような経験があれば、綺麗な草鞋が売ってあるのを見て作った人の技術を凄いなと想像することができますし、その労力を考えれば買い叩こうなんて発想は生まれないでしょう。 |
ホームメイドの草鞋(エルストナー・ヒルトン撮影 1914-1918年) "Home Made Shoes in Japan (1914-09 by Elstner Hilton" ©A.Davey from Portland, Oregon, EE UU(1 Septemer 1914, 00:00)/Adapted/CC BY 2.0 |
これは大正時代です。草鞋くらいは、自分たちで使う分は自分たちで作っていたのでしょうね。本当に日本人は器用ですね。 自分が使うためであったり、大切な家族のためだったり。使う人を想いながら丁寧に作っていたでしょうし、作ってもらった人も作ってくれた人に感謝の気持ちでいっぱい、とても大切に使っていたことでしょう。 |
こういう最高級ジュエリーはホームメイドというわけにはいきませんが、明らかにオーダーメイドの特注品ですから、職人はオーダーした人物を知っていますし、身につけていた女性も作ってくれた職人のことをよく知っていたはずです。 |
2-2-4. 米沢箪笥に見る金属の透かし細工の難しさ
製造した米沢箪笥の上にアンティークジュエリーを並べて、米沢のとある蔵で展示会を開くGen(左、29歳頃) | さて、金属の透かし細工の難しさについてお話して参りましょう。 Genがアンティークジュエリーに出逢う前、米沢にいた頃に企画・製造・販売を行っていた米沢箪笥の透かし金具作りが大変参考になります。 |
奥にあるのがGenプロデュースの米沢箪笥。Genと小元太のフォト日記『戯れ♪』より |
朱塗りと、装飾性の高い透かし金具が特徴の、米沢の伝統工芸品です。 これは約40年後のGenと巨大なぬいぐるみ・・・、ではなく先代の小元太ですが、左奥に見えるのがそGenプロデュースの米沢箪笥です。透かし金具がお分かりいただけるでしょうか。ちなみに打っている鋲も全て職人のハンドメイドです。 箪笥なので透かし金具はジュエリーと比べると大きいですが、鋼鉄なのでとても硬く、しかも何世代も使ってもらえるような耐久性を考えて作られる箪笥用だからこそ厚みもあり、透かし金具を作るのは想像以上に難しいです。 |
1枚の鉄板からパーツの大きさに合わせて切り出す工程 |
美しい透かし細工のジュエリーをご紹介する際の、Genのメチャクチャ熱い気持ちはご存じの方も多いと思います。それは実際の作業や作る職人さんを、具体的に想像できるからです。出来た状態のものだけ見て、それを想像するのはとても難しいです。正直、私もどれくらい分かっているかは定かではありません。 Genは凄いですね。今でこそデジタルアーカイブなんて言葉が叫ばれるようになりましたが、これは1970年代の写真です。デジタルが当たり前となった現代だと、画像を撮るのも削除するのも手軽です。しかしながらこの時代はフィルムを買い、限られた枚数しか撮影できず、現像は写真屋さんに出さなければなりませんでした。 それでも記録を残しておくことが大事だと理解していたからこそ、この写真があります。世の中にそんな意識はまだ無く、20代と人生経験もまだ多くはないGenがそれをできたことは、いかに傑出した天才だったかを表していると思います。 この記録を見て、本当に1枚の鉄板から人の手で作っていることに私は驚きました。 |
透かし金具のデザインを罫書きする行程 |
デザインを罫書きします。適当に作っても良い、自分たち用の日用品の草鞋と違い、これは高度な技術を持つ職人でなければできない技です。正確に作業する真面目さや器用さが、普通の日本人と比べても何倍も必要です。 |
罫書きに沿って鉄板を打ち抜く行程 |
罫書きに沿って、鏨(タガネ)と金槌で鉄板を打ち抜きます。 鏨の先端は、透かし金具のデザインに合わせて曲率を持った形状になっています。同じ形のパーツをいくつも作るため、わざわざこの形に整えた"専用の鏨"があるということです。 1回だけしか作らない形状のために、専用の鏨を作るのは現実的ではありません。よほどお金に糸目をつけない特注品の場合は有り得ますが、普通はいくつも同じものを作るからこそできることです。 |
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1点しか作らないもの、複雑なもの、透かしの幅が極端に細いものは鏨では無理です。 そのような場合は、より自由度の高い糸鋸(いとのこ)を使います。 鏨で打ち抜けば一瞬で済みますが、糸鋸で挽いていくのは相当な技術と手間と集中力を要します。 そこだけ考えても、透かし細工のジュエリーがいかに高級なのかが想像できます。 |
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『勝利の女神』 アールデコ初期 ガーランドスタイル ダイヤモンド ネックレス イギリス or フランス 1920年頃 ¥6,500,000-(税込10%) |
打ち抜いた鉄板から不要な部分を引きはがす工程 | さて、鏨で打ち抜いた後、鉄板から不要な部分を引きはがします。 この状態では鉄板の端はバリだらけです。 迂闊に触ると怪我をするくらい、粗くささくれ立っています。だから道具を使っています。 これは糸鋸を使う場合も同じです。 爪をヤスリで整えている方だと想像しやすいでしょうか。 細かい番手だと短くするのに時間かかり過ぎるため、最初は粗いヤスリを使います。そのままでは表面が粗くて爪が様々な場所に引っかかったりするため、細かなヤスリで滑らかに整えて仕上げます。 |
鑢で丹念に磨いて仕上げる行程 | 透かし金具も同様です。 粗い番手から徐々に細かい番手の鑢に変えながら、滑らかな表面に仕上げていきます。
実はここから作業の本番です。技術と集中力と手間を必要とする最も困難な行程が、鑢で磨き上げる作業です。
鑢は番手(粗さ)だけでなく、磨くパーツの形状によっても変える必要があります。 |
鑢で丹念に磨いて仕上げる行程 |
作業台の奥に、いくつもの鑢が置いてあるのが分かります。料理人の中には包丁は1本(1種類)で十分と言う人もいますが、透かし金具は磨く作業だけでいくつもの種類の鑢を必要とします。 しかもこの鑢は消耗品です。 包丁で切るのは食品です。"硬い食材"と言っても、その硬さは知れています。定期的に研ぐ必要はありますが、包丁は長く使い続けることができる道具です。 鑢で磨くのは硬い鋼鉄です。しかも物理的な摩擦で磨くため、鑢自身も徐々に摩耗します。磨きには長い時間がかかります。1日中、何日間も包丁で切り続けるなんてことは有り得ませんが、鑢で磨く作業はそれが通常です。包丁など比較にならぬほど、すぐにダメになってしまいます。 |
鑢で丹念に磨いて仕上げる行程 |
細かい透かしは特に高度な集中力と忍耐力を必要とします。リズム良く、一定方向に一定の力で磨いていきます。鑢は市販品もありますが、このような細かい部分を磨くための鑢は市販品では手に入らないため、職人自身が一から手作りします。 私も大企業の研究所で働いていた頃は、道具を手作りしたりカスタマイズすることがありました。ミクロ(1mmの千分の一)のサイズが分析対象の場合、ピンセットを使う時も市販品では先端が太過ぎることがあります。極細ピンセットも販売されていますが、それでも足りない場合は削って先端をさらに尖らせます。簡単に刺さるのでかなり危険です。医療用のメスを使うこともありましたが、たまに落として自分の足に刺しちゃう研究員がいました。恥ずかしくてあまり知られたくない労災です(笑) それくらい鋭利な道具を使わないと、極限の細工は不可能です。人間の限界に挑む作業なので、できる人とできない人がいました。研究所でも、機械のように精密な作業を忍耐強くこなし続けられる人がいました。まさに神技で、その人しかできない作業というのは確かに存在しました。 Genとは違いますが、私も研究所でのこの経験があるからこそ、神技の技術を持つ人の存在は凄く分かります。私自身、器用さには自信がありますし褒められたことも何度もありますが、こういう"本物の神技の人"は全く次元が違います。自分でやってみると、より分かるはずです。 |
透かし金具を作る道具 |
この道具の多さは凄いですね! 極細のヤスリは、作業中に折れることが結構あるそうです。鋼鉄はミクロで見ると、必ずしも素材として均一ではありません。より硬さのある介在物が異物として偏在しており、リズム良く鑢で磨いていても、そこに当たった瞬間にひっかかって簡単に折れてしまうのです。 苦労して手作りした道具がいとも簡単に折れてしまうなんて、本当に大変ですよね。細工が細かいものほど、より高度な技術と多くの手間が必要で、コストがかかる理由です。 それを理解し、然るべきお金を出してくれる人がいる時代はこのようなモノづくりが存在できますが、理解できない顧客が増えるほどに作られなくなっていくのは当然の流れです。 現代は簡単に作ることのできるチャチな製品で溢れかえり、お買い物も全然楽しくなくなってしまいました。骨董市も骨董ではなく"現代物の中古"の割合が多くなり、楽しいよりも見て疲れたと感じることが多いです。アンティークジュエリー市場も同様で、アンティークと言いながらヴィンテージや中古が多くなりました(この業界はそれらに加えてフェイクが増加しているのも特徴。笑)。 ロンドンの有名店であっても以前からヴィンテージに手を出しており、純粋にアンティークしかお取り扱いしていないアンティークジュエリーの店はHERITAGEしかないかもしれません。本物のアンティークジュエリーは市場の枯渇が進行しており、生きていくためにそれぞれができることを必死に頑張っているだけなので、責めることはできません。私はそんなことよりもプライドと信頼してくださるお客様の方が大事なので、絶対にアンティークのハイジュエリー以外に手を出しませんが・・(笑) |
2-2-5. 作品を通してコミュニケーションする職人・アーティストたち
鐔 "Tsuba Asian Art Museum SF" ©BrokenSphere / Wikimedia Commons(26 August 2007)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
ジュエリー文化はなかったものの、平和が続いた江戸時代は刀の鐔の美術品との位置付けが高まり、透かし細工などの技術が向上しました。 戦のある時代も、命が懸かっているからこその美意識の高まりがあり、侍の魂とされる日本刀の鐔にも相応の美意識が反映されました。ただ、実用性を犠牲にはできませんから、極端な透かし細工は無理です。 でも、制約があるからこそより頭を悩ませ、素晴らしいものを創造できたりするものです。また、死を直近に感じている時、平時では考えられないほど美意識は研ぎ澄まされるものです。 |
『影透』 アールデコ 天然真珠 リング イギリス 1920年頃 SOLD |
甲冑師スタイルの鐔(日本 16世紀) The Metropolitan Museum of Art |
装飾性だけを追い求めるようになった、平和な江戸期の鐔よりも、江戸時代より前の鐔の方が好きだとGenは言います。それは私もとても共感できます。 同じように深く共感し、それに加えて莫大な財力も持っていたヨーロッパの王侯貴族が、『影透』のような美しいリングをオーダーしたのでしょうね。 |
デザインは、天才が閃きを元にゼロから創造するものであはりません。既存のものからインスピレーションを得て創り出していくものです。純粋な『創造』は神の領域であり、人間には不可能です。 古今東西、他の文化圏からデザインの発想を得たり、異なる業態、自分とは異なる発想をするやセンスを持つ人から"自分にとって新しい"着想を得て、自分が既に持っているものに適用したり、融合・昇華させて新しいものを生み出します。自然界に存在するものから着想を得ることもあります。 人間は赤ん坊として生まれてから、周囲に存在する様々なものを吸収して大きくなっていきます。他者に全く影響を受けず立派な大人となることはあり得ません。そういう意味で、神のような純粋な創造ではなく、様々な先達から影響を受けてのクリエイトとなるのです。 |
エドワード・C・ムーア(1827-1891年) | エドワード・C・ムーアによる銀器(ティファニー 1878年)" Edward c. moore per tiffany & co., brocca in argento, oro e rame, new york 1878 " ©Sailko(28 October 2016, 22:05:06)/Adapted/CC BY-SA 3.0 |
それを理解していたからこそ創業者チャールズ・ルイス・ティファニーの元、ティファニー帝国の礎を作ったデザイン統括者エドワード・C・ムーアは統率するアーティストたちに、世界中の様々な年代のジュエリーや工芸品から勉強するように指導したのです。 当時はナショナリズムによる考古学風デザインや、開国に伴うジャポニズムがヨーロッパの上流階級に持て囃された時代で、ムーアも考古学風やジャポニズムの作品が有名で高く評価されています。 |
ジョサイア・ウェッジウッド(1730-1795年) | このような姿勢はジョサイア・ウェッジウッドの創作活動にも現れています。 |
ディレッタンティ協会(1777-1779年頃) | 1734年にグランドツアー経験者のグループによって結成された、ディレッタンティ協会もそのような創作活動を支援する集まりでした。 古代ギリシャやローマ、エトルリア美術を研究する学者、その様式にインスピレーションを受けた新しい作品を制作する芸術家、そしてそのスポンサーとなったイギリスの知的上流階級による協会です。 上流階級はコレクションとして美術品を蒐集することで、データ収集の面でも貢献しました。 |
鐔(正阿弥伝兵衛 17世紀後期-18世期初期) The Metropolitan Museum of Art |
扇の鐔(江戸時代 18世紀-19世紀前半) 【引用】THE WALTERS ART MUSEUM ©The Walters Art Museum /Adapted. |
開国後は鐔も蒐集の対象になりました。侍1人1人の個性を反映した唯一無二の高いデザイン性、高度な技術を持つ職人のハンドメイドならではの美術品としての価値。 ヨーロッパの金銀細工の至高が詰め込まれたのは上流階級のジュエリーでしたが、日本はそれが侍の日本刀の鐔に詰め込まれたとも見ることができます。その技法は様々ですが、透かしに関してはこのような作品が作られています。明らかに実用には向きませんが、実用性を無視できる時代だったからこそ、いかに美しいかを追求した見事な作品ですね。 私のような庶民の感覚だと「おぉ〜、凄いですね!」と、見て満足して終わってしまいますが、当時のヨーロッパの上流階級は違います。 |
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鐔(正阿弥伝兵衛 17世紀後期-18世期初期) The Metropolitan Museum of Art |
『天空のオルゴールメリー』 アールデコ 天然真珠&サファイア ネックレス イギリス 1920年頃 ¥1,230,000-(税込10%) |
日本の職人技は見事だなぁ。 でもヨーロッパの職人も凄いし、負けていないはず!! そう考え、「ようし!ヨーロッパ一の透かし細工技術を持つあの職人に、限界に挑んでもらおう!!♪」と発想するのは、技術の粋を込めたハイジュエリーに慣れ親しんでいた王侯貴族としては自然な流れです。 超絶技巧の細工物こそ、王侯貴族が愛した最高の宝物&美術品です。 ただの宝石単体を崇め奉るのは真の芸術を理解できない証拠であり、殊更に宝石を自慢するのは、芸術を理解できる人たちにとっては恥ずかしいことなのです。 |
高度な技術を持つ職人だからこそ、鋼鉄の透かし細工はゴールドやシルバーで作る場合と比較して遥かに難しいことも理解していたはずです。ゴールドで同じような作品を作っても、日本の職人を超えるような高度な技術の証明にはなりません。 この宝物はあまりにも分かりにくいため、コンテストに出品したかどうかは疑問があります。ただ、職人が一世一代の魂を込めて作ったことは間違いないです。あり得ない細さです。 |
日本の職人による超絶技巧の透かし細工を見ながら、「日本の職人を超えられる?」とオーダー主が挑んできたかもしれません。 オーダー主をあっと言わせ、自分でも確信を持って納得できる作品を創りたい!! そんな意気込みと職人としてのプライド、そして確かな腕がこの宝物を実現させたのでしょう。 |
2-2-6. 最高難度の透かし細工に挑戦した神技の職人
←等倍 | ご想像ください!! この透かし細工の隙間にはシャープペンシルの芯は入りません。この細工を実現させるには、シャープペンシルの芯より遥かに細い鑢が必要です! |
そんな鑢は売ってあるわけがありません。でも、シャープペンシルの芯より細い鑢を作ることがまず想像し難いです。爪楊枝より細いです。まず、爪楊枝並みの細さの鑢を作ることがまず難しそうです。 先端を尖らせれば十分なわけではなく、物理的に上下させて削っていくため、同じくらい細い領域がある程度の長さで必要です。 |
注意すべきは、このゴールドが厚いことです。鍛造の金属は強いですが、それでもピアスとして100年以上の使用に耐えられることを想定すると、このくらいの厚みは必要です。ただ、厚ければ厚いほど透かし細工の手間が増えることはご想像に難くないと思います。 |
最高級の米沢箪笥(1970年代) | 通常品の米沢箪笥(1970年代) |
実際、透かし金具も厚みがあるほど作るのが大変だったそうです。 左は、最後の優れた職人が作った最高級の米沢箪笥です。通常品との大きな違いは、透かし金具の厚みです。2次元で表現する写真だと、3次元の厚みや立体感は分かりにくいですが、それでも雰囲気がまるで異なることを感じていただけると思います。通常品も単品で見ると十分に素晴らしいですが、比較してしまうとノッペリした感じに見えてしまいます。最高級品の躍動感、格調高い雰囲気は厚みのある透かし金具ならではの表現に依るものです。 Genが重ね重ね「良いものを見なければ駄目。」と言うのは、こういうことなんですよね。最高級品を見たことがないと、通常品でも「最高級のものである。」と思い込みかねません。アンティークジュエリーの場合、高いから最高級、美術館所蔵だから最高級とは限らない所が難しいですが、とりあえずHERITAGEの宝物を一通りご覧いただいておけば、きちんと感覚がある方ならば他で安物を見ても動じなくなると思います。 |
最高級の米沢箪笥(1970年代) | 鉄板が少し厚くなっただけでも、磨きの手間は3倍、10倍にもなっていくそうです。 その分、重厚感や高級感は格段にアップします。無意味ならばそのような手間はかけませんが、素晴らしいと感じ、然るべき対価を払ってくれる人がいれば、職人はこれを作ることができます。 この通り、ほんの50年ほど前までは高度な技術を持つ職人が存在していました。 |
しかしながら高度経済成長による大衆社会の到来と、モノづくりの大量生産・大量消費への変化の流れは、日本の様々な"職人"と"技術"を存続不可能にしていきました。 手に入るあらゆる材料の質が年々低下し、一方で職人の仕事は下に見られ、買い叩かれ、十分な時間を使っての丁寧な仕事をすることが困難になっていきました。家業として技術を伝承してきた家でも、子供にはとても継がせられないと言うことで、最後の職人がいなくなることで次第に技術は失われていきました。唯一無二の技術を持つ職人よりも、誰でもできる仕事をするサラリーマンの方が偉くて高給となれば、当たり前ですよね。 現代でも『やりがい搾取』なんて言葉があります。誰かに養ってもらえる環境であったり、自動的に増えていく資産を持っているような状態であれば、好きなことを『ボランティア』でやることも可能でしょう。しかし、そんな人がどこまで本気で取り組めるかは疑問ですし、簡単に投げ出すことができてしまいます。本業でやる場合、必要最低限の暮らしができなければ成立しません。職人はロボットではありませんから、食べたり住んだりするお金は必要なのに、職人がお金の話をすると非難される場合すらあります。 これを理解していない人が大半だからこそ、安易な考えで「伝統工芸を復活させよう!」とトライし、失敗して挫折したり、最悪の場合は『伝統工芸』の名の元、ろくに価値のないチャチなものを売って儲けたりするようになるのです。後者は本物の価値ある伝統工芸品を穢し貶める行為に等しく、恥を知れと言いたくなります。厚顔無恥なので気にしないのと、楽して金儲けができれば良いのでしょう。アンティークジュエリーの真似事をやっている人たちもいますね。似ても似つかないチャチな製品ですが、買う人がいるからこそ存在します。アンティークジュエリーに限らず、世の中は良いものとそうでないものの違いが分からない人が殆どということでしょう。 ちなみにGen曰く、50年前の最高の職人が作る透かし金具でも、戦前の最高級品には明らかに及ぶことはなかったそうです。普通は身内贔屓・自画自賛したいところですが、絶対的な審美眼を持つGenらしい正直なコメントですよね。アンティークの時代のモノづくりというのは、それだけ凄いものだったということです。 |
この宝物は、透かしの幅に対してかなりゴールドに厚みがあります。極細の鑢でこれだけの厚みを透かし細工として仕上げるなんて、とても人間技とは思えません! どれほどの時間がかかったでしょうか。しかも、ちょっと角度を誤って鑢を挽けば、極細の鑢は簡単に折れてしまいます。何しろシャープペンシルの芯より細いのですから! 100本入りで100円のシャープペンシルの芯ならば、折れても気軽に取り替えるだけです。しかしながら鑢自体が専用に作ったハンドメイド品ですから、簡単に折って駄目にしてしまうわけにはいきません。 作者は並はずれた集中力を以って作業に挑んだはずです。神経を擦り減らしながらの、まさに一息つくごとに魂が抜けるような作業だったと思います。 |
あれだけ厚みがあるのに、真正面から見ると完璧に透かしが抜けているのが圧巻です。 厚みがあって透かしの幅が細いため、透かしの入り方の角度が僅かでも斜めになっていると、綺麗に抜けて見えなかったはずです。 ゴールドの厚みを考えると、これは奇跡としか思えない仕上がりです。間違いなく神技の職人の仕事です!!♪ |
「凄い透かし細工をお願いしよう!」と思ったとしても、これははっきり言って素人が想像できる領域を超えています。 だから、これを具体的に素人がオーダーするのは無理だと思います。 当時の最高の技術を持つ職人が思う、"これ以上のものは不可能な最高の透かし細工"を考えて、トライしたものがこの宝物なのだと思います。 プライドを持つ職人としてはその腕を証明できれば大満足であり、あまりにも大変すぎるので、同様のものが欲しいと言う人がいたとしても受けなかったのではと想像します。それほどに驚異的な細工です。 |
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2-3. 彫金を駆使したリアルな花びらの奥行
"お花のジュエリー"は一般的であり、一見すると普通のお花のジュエリーに感じるかも知れません。 しかしながら、買付けない物も含めていくつも天然真珠のお花のジュエリーを見ているからこそ、私はこの宝物に特殊性を感じました。 |
ご注目いただきたいのは、花芯から広がるゴールドの彫金です。 これはデザイン上の大きなポイントです。 |
2-3-1. フレームの埋め方のバリエーション
2-3-1-1. ハーフパールで埋める
シードパール ネックレス イギリス 1880年頃 SOLD |
ゴールドのフレームで作った花びらの埋め方はいくつかあります。 フレームを隙間なくハーフパールで埋めるのも一般的です。 |
ハイクラスのクラスター・リング | ||
イギリス 1850年頃 SOLD |
イギリス 1860年頃 SOLD |
イギリス 1860年頃 SOLD |
イギリス 1860年頃 SOLD |
イギリス 1860年頃 SOLD |
イギリス 1870年頃 SOLD |
イギリス 1880-1900年頃 SOLD |
最もよく見かけるのはクラスター・リングです。 天然真珠は養殖真珠に駆逐される以前、アンティークの時代の殆どの期間で至高の宝石とみなされてきました。その天然真珠を主役として最も主張できるのが、この留め方です。 このメリットの一方で、奥行を表現するのは難しいです。 |
アールヌーヴォー シードパール ネックレス イギリス 1900年頃 SOLD |
上質な天然真珠は極めて価値が高い宝石であり、隙間なくハーフパールで埋めるのは材料の観点からも贅沢なことです。 小さな隙間はより小さなハーフパールをセットする必要があり、高度な石留の技術も必要です。 贅沢な隙間の埋め方と言えるでしょう。 |
2-3-1-2. 細工を施す
彫金 | グレインワーク | 透かし細工 |
シードパール ネックレス イギリス 1880-1900年頃 SOLD |
シードパール ネックレス&ブローチ イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
『心に咲く花』 シードパール&エナメル フラワー ブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
細工で隙間を埋めることもあります。最も一般的なのは、左のように花芯から花脈のような彫金を施すことです。中央はセンターのお花はグレインワークが隙間に施されており、右は透かし細工になっています。細工によって、雰囲気も随分違いますね。 特に『心に咲く花』の透かし細工は「その手があったか!」と感心するような、発想の転換的なデザインです。隙間なく埋め尽くすのがラグジュアリーという意識が強かった西洋美術に於いて、当時としては極めて先進的かつ斬新です。それ故に、これだけ美しいデザインであるにも関わらず、このタイプのジュエリーは46年間でこの宝物しか見たことがありません。 |
シードパール ネックレス&ブローチ イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
連続した長いグレインワークではありませんが、花芯の外側に1粒ずつグレインワークがあるお陰で、外周のグレインワークがないお花と比較して、センターのお花は奥行が感じられます。 |
シードパール ネックレス&ブローチ イギリス 1880〜1900年頃 SOLD |
そんなちょっとしたことのために、たとえ困難な作業であっても細工を施すわけですね。 これだけ拡大しても細工自体は視覚しにくいですが、雰囲気には明らかに大きく影響しています。 Gen曰く、今までお取り扱いしたこのタイプのウェディング・ネックレスの中ではこれが一番良いものと言うだけあって、細工も伝わってくる美意識もピカイチです! |
『マーガレット』 天然真珠&ローズカット・ダイヤモンド エナメル ピアス イギリス 1880年頃 SOLD |
←等倍 |
この小さな『マーガレット』のピアスも、ローズカット・ダイヤモンドより内側にグレインワークが施されています。 ダイヤモンドがセッティングできないほどの微量領域だからこそですが、やってもやらなくても良さそうなほど小さな隙間にこれだけの手間をかけるのは、オーダーした人物と職人の美意識がそれほどまでに高いからこそですね。 もちろん意味はあります。グレインワークは粒状の美しい輝きを放つので、小さなローズカット・ダイヤモンドとの連続した輝きとなります。 同じような技法とデザインでも、素材によって雰囲気が違うのも面白いですね。 |
2-3-2. 彫金もメインにした明らかな細工物
2-3-2-1. 花脈を彫金で表現するメリット
今回の宝物は、彫金でフレームの隙間を埋めるタイプとしては最も定番と言える、花芯から花脈が伸びるタイプのデザインです。 |
シードパール ネックレス イギリス 1880-1900年頃 SOLD |
このタイプが多い理由は、拡大すると分かります。 花脈の端でハーフパールを留めることで、デザインの中でより違和感なく爪を溶け込ませることができます。 |
2-3-2-2. 爪留に見る美意識のレベル
【参考】チャザムの合成エメラルド・14Kリング(ヴィンテージ) | 王侯貴族の時代が終焉を迎え、戦後は高度な職人技によるジュエリーは作られなくなりました。 美意識の高い王侯貴族ならば買わないような出来でも、主要購買層となった成金庶民は目立つ宝石が付いていたり、ブランド名があれば喜んで大金を出しました。 このためヴィンテージ以降のジュエリーは作りが稚拙で、爪も目立ちます。 |
【参考】ダイヤモンドリング(現代) | 小さな石を寄せ集めたものだと、相対的により爪が目立ちます。「爪が主役なの?」と思うようなものも平気で存在します。 私もそうでしたが、HERITAGEでお取り扱いするクラスの宝物の価値が分かる方だと、現代ジュエリーのこの目立つ爪が嫌だと思われる方が多いようです。 |
【参考】天然エメラルド・リング?(現代)$18,000-(約200万円) | これらが本当に綺麗だと思うのか不思議でしょうがありませんが、美意識が低い(無い)人たちは宝石や権威(ブランド)や値段にしか目が行かないため、目立つ爪には気づきもしないようです。 高いから良い物。ブランド品だから良い物。天然でありさえすれば良い物(質は気にしない)。 こういう人たちは自分は感覚で判断していると思っているようですが、はっきり言って頭デッカチであり、スペックでしか見ていないと感じます。 |
アンティークの時代でも全ての上流階級の美意識が高かったわけではありませんし、お金に糸目をつけずにジュエリーをオーダーできるほどの財力を持っていたわけでもありません。むしろそのような人は極めて少数派でした。だから私たちが満足できるアンティークジュエリーも市場には滅多にないのですが、それでも確実に存在します。出逢いのチャンスは滅多になく、一度逃せば次はないので見つけたら絶対に逃しません!!♪ |
爪留に見る美意識の違い | |
上質な天然エメラルド | 量産の合成エメラルド |
アールデコ エメラルド・リング フランス 1920〜1930年頃 SOLD |
合成エメラルド・ リング(京セラ 現代) 【引用】odolly / エメラルドリング(オーバル/2.29/メレダイヤ4石/ツイスト/K18ホワイトゴールド/5月誕生石) ©京セラジュエリー通販ショップodolly-オードリー |
左のリングはアンティークのハイジュエリーの中でも異彩を放っています。上質な天然エメラルドを留める爪自体もデザインの一部になっています。これは爪と言うべきか、爪ではなく装飾であると言うべきか・・。 この宝物を見ていると、やはり爪が目立つことが気になり、極力存在感を消したいと願う美意識の高い人がいたんだなと嬉しくなります。そしてそれを実現させた、当時の第一級の職人の技術の高さにも驚きます。他では見たことがないような特別なデザインですから、試行錯誤も大変だったことでしょう。それらは全てコストとなります。持ち主には美意識に加えて、それだけの財力もあった証です。絶対に持ち主は素敵な人だったでしょうね♪ 比較するのは宝物に無礼な気さえしますが、合成エメラルドの現代ジュエリーの美意識のなさは酷いですね。アンティークジュエリーに出逢う前、常々ジュエリーとアクセサリーの違いが分からないと思っていました。素材的な説明はまあ理解できるとして、見た目の違いがサッパリです。現代はジュエリーもアクセサリーも大量生産品で、同じようなデザイン、同じような作りで作られるため、見た目に違いが出ないのは当然と言えば当然です。 現代ジュエリー業界が「売れない。」と嘆いているそうですが、手仕事の上質なジュエリーを駆逐した現代のチャチな作りのジュエリーが、今度は見た目に違いがない、より安価なアクセサリーに駆逐されようとしている結果です。 |
【参考】加熱サファイアのリング(現代) | 現代ジュエリーは戦後に主要購買層となった、旺盛な消費意欲に湧く中産階級の女性がターゲットです。 膨大な数がいますが、一人一人はあまりお金を持っていません。 それ故に、そこそこの値段のものを大量に作って売らなくてはなりません。 コストカットと大量生産が必要なので、どうしても高度な職人技で作ることはできないのです。 |
現代のエンハンスメント処理された安物ダイヤモンドリング | それでいて、石が落ちたら問題があるため、無骨になろうとも醜く目立つ大きな爪が必要となります。 |
確かに庶民にとって現代ジュエリーは高価ですが、古の王侯貴族がオーダーしていたような本来のジュエリーは、そんな価格は比較にならぬほど莫大なお金を出して作ってもらっていたのです。これが分かるからこそ、初めてGenのルネサンスでアンティークジュエリーを買う時も「サラリーマンでも手が出せるような、こんな価格で買えるなんて。実際の価値からすると驚くほど安い!」と思いながら三桁万円を出しました。 |
『レセップスのクラバット・ピン』 エメラルド クラバットピン フランス 1880年頃 SOLD |
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美意識の高い人は男女関係なく爪を気にし、様々な工夫を凝らしました。これはスエズ運河の建設で有名なフェルディナン・ド・レセップスが愛用したクラバットピンで、そのレセップス一族から出てきたものです。 球状のエメラルドのセッティングが驚異的です。エメラルドは割れやすいことで有名で、エメラルドが問題なくセッティングできるようになれば職人として一人前と言われるほどだそうです。そのエメラルドの中央を貫通させて上から押さえ、さらに外周を固定する爪はその先端にローズカット・ダイヤモンドがセットされています。 |
もはや爪には見えませんね。 だからこそデザインや、宝石そのものの美しさに違和感なく没入できます。 でも、論理を論ずるのは簡単ですが、これを実現させるのは大変なことです。 よくやったものですよね。 |
HERITAGEでご紹介する宝物は、特にハイクラスのものはただの上流階級ではなく現代のビリオネア・クラスが使っていたものでした。 現代だと、ビリオネア(資産10億ドル以上、日本円で1,364億円以上、2022.8.24現在)は王族などを除いて世界に2千人くらいです。1億円のジュエリーなんて高いとも思わない世界であり、もう一手間かけると100万円追加になると言われても、お金より美しさを優先できる層です。 レセップスくらいの人物であればこれくらい細部に気を遣い、デザインと技術にお金をかけたジュエリーが持てたという証ですね。 |
『キラキラ・クロス』 天然真珠 バーブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
『キラキラ・クロス』も、6mmほどもある価値の高い大きな天然真珠のセッティングには、小さなローズカット・ダイヤモンドを先端にセットした爪を使っていました。 美意識の高い人たちは、本当に爪のことをよく考えていたものですね。 こういう宝物は、見ているだけで嬉しい気持ちになるものです♪ |
2-3-2-3. 19世紀後期に流行した天然真珠のお花のゴールド・ジュエリー
シードパール フラワー ブローチ イギリス 1890年頃 SOLD |
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1869年頃から南アフリカでダイヤモンドラッシュが起き、その膨大な埋蔵量によって稀少性が低下したことでダイヤモンドの価値は低下していきました。一方で危険な海に潜り、1万匹の母貝から数粒程度しか宝石として価値のあるものが得られない天然真珠の、宝石としての価値は相対的に上昇していきました。 ウィリアム・モリスによって提唱され、1880年頃から始まったアーツ&クラフツ運動では身近な自然の植物などにデザインが求められました。 これらのことにより、天然真珠とゴールドをつかったお花のハイジュエリーが上流階級に流行しました。その中で、花脈を彫金してハーフパールを留める手法は定番の技法として愛用されました。デザインとして優れているからこそです。 |
シードパール バングル イギリス 1880年頃 SOLD |
このバングルのお花もそうですね。 |
これはお花の大きさによって、花脈の長さが違います。アーティスティックですね〜♪ 桜色を帯びた天然真珠が美しく、作りも抜群に良い最高級品です。 |
これはダイヤモンドのトレンブランに対応して作られたタイプのデイ・ジュエリーだと思います。古のヨーロッパの王侯貴族は、現代よりも遥かにTPOが厳密でした。正装用のジュエリーを日常で着用することはあり得ませんし、その逆もありません。ジュエリーの素材も夜用、昼用などがあり、ダイヤモンドはナイト・ジュエリー用でした。天然真珠やカメオなどはデイ・ジュエリー用です。 |
正装用のジュエリー | |
デイ・ジュエリー | ナイト・ジュエリー |
シードパール フラワー ブローチ イギリス(GUBSON社) 1880〜1900年頃 SOLD |
ダイヤモンド トレンブラン ブローチ イギリス 1870〜1880年頃 SOLD |
現代の庶民的な発想だと「真珠とダイヤモンド、どっちが好き?」、「ゴールドとシルバー、どちらにする?」なんて考えそうですが、一人でどちらも持っているのがヨーロッパのきちんとした上流階級なのです。極端な格差があってこそですね。 トレンブランは相当な高級品として作られているため、基本的にはどれも一般的なハイジュエリーより一段と作りが良いです。そのトレンブランのデイ用に相当するジュエリーだからこそ、左のような天然真珠のゴールド・ジュエリー作りが良くて当たり前なのです。 |
2-3-2-4. 次元の異なる彫金レベル
上流階級がオーダーしたハイジュエリーは持ち主同様、それぞれに個性があります。 力を入れている箇所も違いますし、感覚やセンスも様々です。 人間同様、その個性は優劣を付けるものではありません。 |
ただ、個別の切り口ではどれが最も優れているのかを議論することができます。 この宝物は小さなピアスであり、力を入れるべき箇所が少ないからこそ、細工の全てに全力投球がなされているとも言えます。シャープペンシルの芯より遥かに細い透かし細工も驚異的ですが、花脈の彫金も群を抜いて凄いです。 |
このセッティングは花びらの枚数に限らず、花芯側は2本の花脈で留めています。 |
花びらの造形 | ||
2次元で表現する画像だと、立体感をお伝えするには限界がありますが、それでも今回の宝物は花芯の位置がかなり奥に作られていることがお分かりいただけると思います。 つまり、正面から見た距離以上に、実際の花脈の彫金には長さがあるということです。 |
簡略図で表現すると、こういうイメージですね。 |
他のどのお花より細く長く、しかも斜めになった面に正確に彫金しなければなりません。 |
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人間の眼はとても高性能です。今でも機械やコンピュータなどを駆使して、人間の眼と全く同じ性能を出すことはできません。 サラリーマン時代に研究員として勤務していたのは世界トップクラスの総合印刷会社でした。扱う製品の種類は多岐に渡りますが、色であったり質感であったり、微妙な差を最も判断できるのは人間の眼でした。人によってブレが出るので、機械で数値化して誰がやっても同じような判断ができるようにしたいという会社としての希望はあったものの、これは一般の方が想像する以上に困難なことでした。 研究開発費や、実際に機械やソフトウェアを作るだけでも途方もないお金がかかることになります。しかも違う製品だったり、ちょっと仕様が変わるだけでも複雑な調整が必要となったり、途端に使えなくなったりします。 |
花びらの枚数 | ||||
10枚 | 8枚 | 6枚 | 6枚 | 5枚 |
眼は通常誰にでも備わっており、そのありがたみに気づく機会はなかなかありませんが、本当に高性能です。もしアラがあれば、すぐに気づいてしまいます。 彫金の数が少なかったり、隣同士で多少の距離があれば誤魔化しもしやすいですが、今回の宝物のような彫金だと100%完璧に仕上げなければ違和感を感じるはずです。 |
←等倍 | ご覧の通り、完璧に花脈の彫金は太さも間隔も均一に仕上げてあります。人間技とは思えぬ仕上がりであり、まさに神技の宝物と言えます! |
2-4. 驚異的な石留
2-4-1. 小さなハーフパールの隙間ないセッティング
サイズの比較 | ||||
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今回の宝物は花びらが多い、小さなピアスです。このため、他のお花のハイジュエリーと比較して、より小さなハーフパールをたくさん留めなくてはなりません。格段に高度な細工技術が必要となります。 |
ハイクラスのジュエリーは作りにも隙がないため、ハーフパールがどのようにして留まっているのか分からない方もいらっしゃるでしょう。 こういう時は、HERITAGEではお取り扱いしない安物をご覧いただくと分かりやすいです。 |
【参考】やろうとしたことに技術が追いついていないジャンク品 |
これは安物にしては、かなり高度なことに挑戦しようとしたジャンク品です。全く作者の職人としての腕が追いついておらず、かなり酷い仕上がりになっています。自分の技量を測れないのもダメな職人の特徴の1つですね。才能がない故の過大評価なのか、顧客を騙す意図があってか、いずれにしてもろくな職人ではありません。 星の12時の方向、一番上のハーフパールが脱落しています。6時の方向、2つ目も脱落しています。8時と10時の方向の、2つ目のハーフパールも脱落したのでしょう。接着剤で無理やり留めてあります。はみ出すほど接着剤が厚く使われており、修理した人も腕がないと言うか、センスがないというか・・。 アンティークジュエリーは"類は友を呼ぶ"ように、似た者同士の手に渡っていきますね。改めてそう感じます。 |
ハーフパールが落ちた箇所 | それはさて置き、ハーフパールが脱落した箇所を見てみると、ハーフパールの形に合わせてゴールドの土台に溝が彫ってあることが分かります。 溝に綺麗にセットし、さらに上から爪で留めることで固定するわけですね。 |
理論としては簡単ですが、実際に人の手でその作業を正確に実行するのは困難です。実際のジュエリーは小さいですし、ゴールドは柔らかいとは言っても金属です。それなりに硬さがありますし、削りすぎると簡単に元に戻すことはできません。 規格を決め、機械で完璧に同じ大きさに削った貝殻の核に真珠層を薄メッキ(真珠層0.25mm厚で花珠認定されます)する養殖真珠ならば大きさも対称性も完璧に揃っており、サイズや形に合わせた削り出しは簡単でしょう。実際には貝殻と真珠層の密着性が悪く、真珠メッキがすぐに剥がれるので養殖真珠でハーフパールを作ることはできませんが・・(笑) |
【参考】作りの悪い安物 |
天然真珠を割って作るハーフパールの場合、もともとが真球ではありませんから、対称で歪さの全くない半球にはなりません。それぞれに個性がある天然真珠だからこそ、ハーフパールをセットする溝もそれぞれの個性に合わせた形に削る必要があります。 それがいかに高度な技術を必要とし、手間のかかることかは安物を見れば一目瞭然です。削り出した形とハーフパールの形状が合っておらず、見事に隙間だらけですね。 |
【参考】作りの悪い安物2 |
それを落ちないように無理やり留めようとすると、大きく目立つ爪で留めることになります。まさに技術のない職人による『誤魔化し』です。 それでも100年以上の使用には耐えられず、ハーフパールが脱落して接着剤で留められることになります。 これらの拡大画像をご覧になって、「こんな物に何万、何十万円のお金を出して買う人なんているの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。 |
【参考】ジャンク・アンティークジュエリー | ||
しかしながら実物サイズで見れば、気づかない人は多いはずです。また、新品で物を買うことが当たり前、中古で買う経験に乏しい現代人の場合、『店』で不良品が売ってあるなんて思いもしません。性善説で物事を見る人ならば、それこそ疑いもしないでしょう。 HPを使った販売でも同じです。HERITAGEほどの拡大画像を掲載している店はありません。これは理由が2つあります。 1つは撮影技術です。最近のスマホ搭載カメラやデジカメは高性能ですが、トライすればお分かりいただける通り、小さなジュエリーを拡大に耐えられるほど綺麗に高解像度で撮影するのは不可能です。企業秘密なので詳しくは書きませんが、プロ用の高価な専門機材を揃え、さらに撮影のための様々な知識を使って工夫しながらでなければ綺麗な画像は撮れません。Genも相当撮影には設備投資をし、知識も身につけながらやっていましたが、研究所では様々な撮影を行っていた経験もあり、私もそれなりに知識があったのでHERITAGEになってからはさらにそれらを強化しました。 ただ、1番の問題は、安物はHERITAGE基準の拡大画像には耐えられないことです。 |
【参考】作りの悪い安物 |
こんな汚い状況を分かった上で、喜んで何十万円ものお金を出す人なんていません。 もし撮影技術があったとしても、こんなものを見せるディーラーはいないでしょう。 |
【参考】ジャンク | しかしながら小さな画像しか見せなければアラには目がいかず、成金嗜好の庶民が「まあ、大きなダイヤモンドが付いているわ!その割にはお安い!お得だわ!♪」と喜んで大金を払ってくれるのです。 小さな画像しか載せない方が、金儲け主義のディーラーには旨味があるわけです。 |
←等倍 | 安物は拡大に耐えられません。これはピアスなので、先の安物ブローチよりもっと拡大しています。それでもアラがありません。 |
ハーフパールをセットする土台は完璧な溝が彫られており、どれも隙間なくピッタリとセットされています。 |
個性のある天然真珠だからこそ、斜めから見るとお分かりいただける通り、ハーフパールの高さや形も個性があります。それでもきちんと収まっており、ジュエリーとして140年ほど経過しても綺麗に固定されています。作者の高い技術と丁寧な仕事ぶりが伝わってきます♪ |
2-4-2. 美しい花脈による爪留
正面 | ||
斜め | ||
花脈、或いは雄しべを表現した彫金の延長線上でハーフパールを爪留するという技法は同じです。しかしながら今回の宝物は花びらが反り返った形状で造形されており、フラットな角度ではなく折れ曲がった位置で爪留する構造になっています。 |
←等倍 | 花脈の延長線上で違和感なく爪が機能しており、綺麗にハーフパールが留められています。物凄い技術ですね!♪ |
爪の先端は半球に磨き上げられており、黄金ならではの美しい輝きを放ちます。花脈の先端の爪は、雄しべのヤクのようにも見えます。彫金で表現されたのは花脈なのか、雄しべなのか。その答えはオーダー主か作者に聞く他ありませんが、次の持ち主が感じた通りに解釈すれば良いと思います。 爪だけでなくフレーム全体、彫金部分も丹念に磨き上げられており、角度が変化するたびに魅力的な黄金の輝きを放ちます。 一見すると可愛らしいお花のピアスであり、意識しないと気づかないようなものですが、超絶技巧の透かし細工に彫金、爪留。恐ろしいまでに神技の職人芸が詰め込まれた、驚きの宝物です! |
3. 黄金と天然真珠の組み合わせの魅力
3-1. 19世紀後期ならではの王侯貴族のハイジュエリー
黄金と天然真珠を組み合わせたハイクラスのジュエリーは、まさにアンティークならではの魅力と、アンティークジュエリーらしさを感じます。 |
3-1-1. 20世紀初頭のゴールドからプラチナへの主役の変化
エドワーディアンのハイジュエリー | |
『永遠の愛』 エドワーディアン ダイヤモンド ペンダント&ブローチ フランス? 1910年頃 ¥1,220,000-(税込10%) |
『Shining White』 エドワーディアン ダイヤモンド ネックレス イギリス又はオーストリア 1910年頃 SOLD |
プラチナ自体は古くから知られていたものの、産出量や加工技術の課題があって、長い間ハイジュエリーの一般市場に登場することはありませんでした。それらの解決され、プラチナが一般市場に出回り始めたのが1905年頃です。 人は耐えず目新しさを求めます。同じ白い金属でもシルバーとは異なる雰囲気を持ち、シルバーでは不可能だった表現も可能となったため、好奇心が強く腕の良い職人ほど、チャレンジングなプラチナという素材に挑みました。そうして作られたプラチナ・ジュエリーに好奇心旺盛な王侯貴族がいち早く飛びつき、流行となり、ハイジュエリー市場は一気にプラチナ一色となりました。 |
『勝利の女神』 アールデコ初期 ガーランドスタイル ダイヤモンド ネックレス イギリス or フランス 1920年頃 ¥6,500,000-(税込10%) |
『Eros』 アールデコ初期 ダイヤモンド ブローチ イギリス 1920年頃 ¥5,500,000-(税込10%) |
アールデコの時代もプラチナの人気は高いままでした。 画期的な新素材『プラチナ』は様々な技法がブラッシュアップされることで表現の幅が広がり、上流階級をますます虜にしました。 |
『摩天楼』 アールデコ ロッククリスタル&ダイヤモンド ブローチ イギリス 1930年頃 SOLD |
そうする間に、19世紀に作り上げられた優れた金細工技術は失われてしまいました。 そして、王侯貴族の時代が終焉を迎えた戦後は高度な技術を持つ職人による優れたモノづくりができなくなり、あっという間にハイジュエリーを作る職人の技術も失われました。 僅かに残っている技術で作られた素晴らしいジュエリーも1940年代くらいまでは例外的に存在しますが、基本的には1930年代で美しいジュエリーは終わっています。 |
最後の時代に作られた、ヨーロッパの王侯貴族のためのハイジュエリーはプラチナが主役でした。この時代は金細工技術が既に失われていたため、ゴールドの美しいジュエリーは見られないのです。 |
3-1-2. 1919年以降の養殖真珠の登場による真珠のイメージの破壊
『天空のオルゴールメリー』 アールデコ 天然真珠&サファイア ネックレス イギリス 1920年頃 ¥1,230,000-(税込10%) |
プラチナはダイヤモンドとの相性が良いです。 しかしながら、白い天然真珠もプラチナとの相性はとても良いです。 |
『影透』 アールデコ 天然真珠 リング イギリス 1920年頃 SOLD |
このため、ジュエリー用の最高級金属としてゴールドがプラチナに取って代わられた後も、天然真珠は変わらず至高の宝石としてハイジュエリーの主役でした。 |
『初期の養殖真珠ネックレス』 1930年代? 養殖真珠:直径8mm SOLD |
しかしながら御木本が世界に先駆けて養殖真珠の商業化に成功しました。 1918年に十分な品質を持つ養殖真珠が採算割れせずに量産できる体制が整い、1919年にはロンドンのジュエリー市場への供給体制が整いました。 天然真珠より25%も安い養殖真珠の出現に、ヨーロッパ市場では大混乱が起きました。 |
詐欺騒ぎもありましたが、当時は穴をあけるなどの破壊分析でないと真贋判定が不可できなかったため、1927年にフランスの裁判所から"天然のものと変わらない"というお墨付きを得ました。 |
『矢車』(ミキモト 1937年) 【引用】MIKIMOTO JEWELRY MFG. CO.,LTD / Yaguruma ©MIKIMOTO JEWELRY MFG. CO.,LTD. |
その結果、養殖真珠は安価な価格によって天然真珠を市場から駆逐してしまいました。 |
命懸けで海に潜っていた真珠ダイバーたちやその家族の生活を破壊し、真っ当な商いで生活を立てていた流通業者やジュエラー、全ての生活を破壊したのです。 しかしながら、そうやって人々を不幸にして得た"ボロ儲けタイム"は長くは続きませんでした。 |
ココ・シャネル(1883-1971年) | 1924年にココ・シャネルが『コスチューム・ジュエリー』を発表しました。 ジュエリーという名称が詐欺まがいで、景品表示法に於ける不当表示ではないかとツッコみたくなりますが、これは実際は『アクセサリー』です。 「見た目がそれっぽくて、オシャレに見えるならばそれで良いじゃない。」と言うのがコスチュームジュエリーの思想です。 |
コスチュームジュエリーを着けたアールデコの時代のフラッパー | 庶民は背伸びしたとしても、ジュエリーは高くて買えません。でも、コスチュームジュエリーは背伸びしたら手が届きます。 彼女たちにとって、初めて身につけられるジュエリー(っぽい物)です。 どうせなら王侯貴族のように派手にジャラジャラ付けてゴージャスな気分を味わいたいということで、アールデコの狂騒の時代はド派手なものが大流行しました。 王侯貴族の流行と違い、母数が桁違いに多い庶民の流行は規模が違います。まさに猫も杓子も、見渡せば皆このようなファッションでした。 |
大流行すると陳腐化するのが世の常です。よほど優れたファッションであれば定番化することもありますが、派手で目立って高そうに見えることを追い求めたものだったため、当然ながら最後は庶民からですら見向きもされなくなりました。 コスチュームジュエリーの出現によって模造真珠が世に溢れ、養殖真珠を駆逐し、最終的には真珠自体に安っぽく有りふれたイメージが付いてしまいました。そのイメージが回復することはなく、アンティークジュエリーの時代は終焉を迎えました。 |
それ故に、ゴールドと天然真珠を組み合わせたこのピアスは、歴史のあるアンティークジュエリーの中でも19世紀ならではのハイジュエリーと言えるのです。 |
3-2. 美しい天然真珠が象徴する高級品
ここまでのご説明で、この宝物が神技の細工物であることはお分かりいただけたと思います。 ただ、その理解は拡大画像を様々な角度でじっくりと検証したからこそと言えます。 |
通常は誰かが着けた状態のピアスを、これほど詳細に観察することはありませんよね。 細工物のピアスは本当に数が少ないです。 私たちがご紹介するピアスは、細工物が大好きで成金ジュエリーは好まないGenや私の基準で選んでいるため、カタログ上での割合は細工物が殆どです。しかしながら、市場全体で見れば極めて珍しいです。ハイクラスの細工物は全てHERITAGEに集まっている感覚があるくらい、本当に少ないです。 |
3-2-1. 細工物の方向性の違い
一言で『細工物』と言っても、その方向性はいくつかあります。 それは、アンティークジュエリーの技法や素材が多岐に渡るからです。 大別すると以下になります。 |
細工物 | ||
石の細工物 |
苦労が目に見える細工物 | 神技が伝わりにくい細工物 |
『美しき魂の化身』 蝶のブローチ イギリス(推定) 1870年頃 ¥1,600,000-(税込10%) |
『大切な想い人』 リージェンシー フォブシール イギリス 1811-1820年頃 ¥1,200,000-(税込10%) |
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一般的に『細工物』としてイメージするのは、中央の"苦労が目に見えて分かりやすい"タイプの細工物だと思います。宝石にしか目がいかない成金嗜好の人は全く理解できないタイプですが、魚子打ちなどの彫金の技法について知識があれば、一目瞭然でその凄さが分かる作品です。 左の石の細工物も、一般的には非常に分かりにくいものです。 『神技が伝わりにくい細工物』はここでは1つのジャンルとしてカテゴライズしましたが、厳密には石の細工物や、苦労が目に見える細工物に区別できます。ものによってそれぞれですし、両方を兼ねる場合もあります。 これらは宝石の使い方にそれぞれ特徴があります。少しご説明しておきましょう。 |
3-2-2. 石の細工物の宝石使いの特徴
石の細工物 | ||
『美しき魂の化身』 蝶のブローチ イギリス(推定) 1870年頃 ¥1,600,000-(税込10%) |
『獅子座』 古代ローマ ジャスパー・インタリオ 古代ローマ 2世紀 ¥2,800,000-(税込10%) |
『Sweet Emerald』 オレンジピールカット・エメラルド リング フランス 1920年頃 SOLD |
宝石が主役のジュエリーとしては、宝石という"材料そのもの"を主役にしたものと、"宝石に施した細工"が主役である芸術的要素が強いものに大別できます。 現代ジュエリーは前者です。デザインの成金臭が強いのがこちらです。古の王侯貴族が広く富と権力を象徴するために使っていたジュエリーは、きちんと上質で稀少価値の高い天然宝石が使われていました。現代ジュエリーは稀少価値のない処理石や合成石、模造宝石が用いられることが大半で、本当の意味で成金用のハリボテ・ジュエリーとなっています。 後者の"宝石に施した細工"が主役のジュエリーの宝石の質はどうかと言うと、前者に負けず劣らず上質な石が用いられます。やろうとする加工に適し、かつ上質な石が選ばれます。普通ならば勿体無いと思うような、歩留まりの悪い削り方であったり、高いリスクを伴うようなカットにも挑戦します。 |
【参考】現代の成金ジュエリー | ||
庶民に対してドヤる場合は、宝石の大きさを強調するのが一番です。だから王侯貴族のそのような目的のジュエリーや、成金のジュエリーは宝石の大きさを第一に考えたデザインで作られます。 |
『雫の芸術』 ブリオレットカット・ダイヤモンド&天然真珠 ブローチ フランス 1920年頃 SOLD |
『大都会』 ペアシェイプカット・ダイヤモンド&エメラルド リング フランス 1920-1930年頃 SOLD |
しかしながら『社交界』という狭い集まりの中では、誰もがビリオネアクラスの大金持ちです。「これ1億円したのよ!」と自慢しても誰も凄いとは思いませんし、お金さえ出せば手に入るものはイコール誰でも手に入るものと言えます。 だからこそ知性やセンスを感じるような、アーティスティックな細工が必要となるのです。そういうわけで、ダイヤモンドソウが発明されてからは、それまで不可能だった様々なダイヤモンドのカットが真のハイジュエリーでチャレンジされました。 庶民ならば勿体無くてとてもできないようなカットを、惜しげもなく上質なダイヤモンドに施します。大きさを追求しないため、大半の庶民や成金は見ても凄さが理解できませんが、庶民や成金に羨ましがられるためにやっているわけではないのでどうでも良いのです。 |
『The Beginning』 プリンセスカット・ダイヤモンド&エメラルド リング イギリス 1910年頃 SOLD |
これは1980年頃に開発され、1980年代から1990年代に庶民に流行したプリンセスカットを何十年も先取りしたカットです。 「こういう風にカットすると、ダイヤモンドからこのような美しさが引き出せるのですね!」なんて会話が、当時の社交界であったことでしょう。 |
そういうわけで、石の細工物は宝石を主体としたジュエリーの中では最高峰に位置します。社交界の中で差をつけるためのものですから、庶民の大半はその存在を知りませんし、見ても気づくことは殆どありません。 共通して言えるのは、必ず宝石も上質であることです。そういう意味では、ある程度宝石を見ただけでも『良いもの』と感じやすいかもしれません。 |
3-2-3. 苦労が目に見える細工物の宝石使いの特徴
細工物 | ||
『大切な想い人』 リージェンシー フォブシール イギリス 1811-1820年頃 ¥1,200,000-(税込10%) |
『ルンペルシュティルツヒェン』 ゴールド・アート ブローチ イギリス 1870年頃 SOLD |
『Tweet Basket』 小鳥たちとバスケットのブローチ イギリス 1880年頃 SOLD |
超絶技巧の金細工であったり、細かい石留など、金属を操る細工物の場合は材料は主役ではありません。ゴールドやシルバー、プラチナなどの貴金属であったり、宝石などの材料そのものではなく、高度な細工技術に基づいた芸術性の高さが一番の見所です。 だからこそ、目立ち過ぎる宝石はまず使いません。名脇役であるべきなのに、主役を邪魔する邪魔者にしかならないからです。 宝石を全く使わないこともありますし、使う場合は主役を惹き立てるための控えながら上質な宝石です。 |
【時を奏でる小さな宝物】 『ダイヤモンド・ダスト』 エドワーディアン ブルー・ギロッシュエナメル ペンダント・ウォッチ フランス(パリ) 1910年頃 ¥15,000,000-(税込10%) |
『ダイヤモンド・ダスト』はその極みのような作品です。 元々このタイプのペンダント・ウォッチというだけで、持てる人が極めて限定されたとんでもない最高級品でした。これはその中でも明らかに次元が違う宝物です。 これまでの46年間で最高峰のエドワーディアンのペンダント・ウォッチですし、今後これを超えるものを買付けできるとは到底考えられない作品です。 通常は誰が見ても高級品と理解できるよう、1つくらいは高そうな宝石を使うものです。しかしながら、この宝物にセットされているダイヤモンドの大半は肉眼ではほぼ分かりません! 時折随所から放たれる閃光によって、無数に散りばめられたダイヤモンドの存在が分かると言う作行きです。 |
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これだけ拡大して、やっとどのようなダイヤモンドがセットされてるのかが分かります。微小ながらも極めて上質なローズカット・ダイヤモンドが完璧な状態でセットされています。 |
アンティークの懐中時計のイメージとして、男性用の無骨で大きなもので想像されている方が多いです。しかもこれだけ拡大しても一切のアラがありません。このため、ある程度大きさがある時計をイメージされる方が多いようです。 アトリエでご覧になると、皆様が「もっと大きいものかと思っていた。」と仰ります。 |
それを危惧して、私が手で持った画像も掲載しておいたんですが・・、と苦笑いです。 HERITAGEは常連のお客様も多く、細工の優れた小さな宝物は十分に分かっていらっしゃるはずなのですが、それでも予想を上回る作品だったという証です。 |
←実物大 ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小比が分かります |
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もう腕時計も存在した時代です。男性ならばまだしも、女性がそんなに巨大で無骨な時計をペンダントとしてぶら下げていたらヘンです。とっても小さいんです!(笑) |
『ルンペルシュティルツヒェン』 ゴールド・アート ブローチ イギリス 1870年頃 SOLD |
これなんかも、必ずしも宝石は要らなかったくらいでしょうね。 それでも使用されている宝石は、小ぶりながらも全てが最高品質です。 美しい天然真珠、鮮やかなルビー&サファイア。 細工の価値が分からない人でも、セットされている宝石を見ればこの宝物は只者ではないことが分かるはずです。 あくまでも名脇役であって、必要以上に目立って欲しくないので、使ってあったとしてもやっぱり宝石は小さいです。 |
3-2-3. 神技が伝わりにくい細工物の宝石使いの特徴
神技が伝わりにくい細工物 | ||
驚異の断面出し |
驚異のスプリット・ハーフパール | 驚異の透かし細工 |
『大自然のアート』 デンドライトアゲート プレート イギリス 19世紀後期 ¥387,000-(税込10%) |
『美意識の極み』 天然真珠ピアス イギリス 1870年頃 SOLD |
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これらは神技が駆使されていますが、成金ジュエリーと違って全く主張してこないため、それに気づくのがとても難しいです。 万人に褒められたい成金嗜好の人と違い、分かる人が分かってくれれば良いという、あまりにも高尚かつ孤高の宝物です。気づくことが出来れば大感動は間違いなしです!そしてドヤりたくなります(笑)カタログが超長文になってしまいましたが、これは私がドヤっている結果です(笑) |
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『大自然のアート』は、デンドライトアゲートの偶然の模様を生かした作品です。 9.5×12.2cmもある大型の作品で、身につけるジュエリーというよりは、壁掛などのアートとして作られたとみられます。 |
そこで効果的なのが、額縁としてデザインされたヘソナイトガーネットと透かし細工の装飾です。 シルバーの細工に注目すると、第一級の職人によって制作されたことは明らかです。透かし細工は完璧で美しいですし、ヘソナイトガーネットをセットしたフレームも複雑な形状です。 デンドライトアゲートのプレートが大きい分、必要なヘソナイトガーネットの数も多いです。それにも関わらず、その全ての石に手間のかかるフレームをデザインするなんて並みの美意識ではありませんし、とんでもなく贅沢なお金の使い方です。 ヘソナイトガーネットを選択していることも特別です。 |
【参考】ヴィクトリアンの大衆向けガーネットジュエリー | ||
真紅のガーネットは19世紀にボヘミアで巨大鉱床が発見されたため、稀少価値が無くなった小さな石は、産業革命によって台頭したイギリスの中産階級の小金持ちのためのジュエリーとして広く使われました。 これを使えば安上がりだったはずです。 |
『大自然のアート』 デンドライトアゲート プレート イギリス 19世紀後期 ¥387,000-(税込10%) |
木漏れ日のような、柔らかな陽射しを受けた植物のような優しい雰囲気のアゲートには、強い真紅のガーネットよりもオレンジ色のヘソナイトガーネットの方が合うと感じます。 そういう持ち主の選択だったかもしれません。 どちらの石の方がより高級なのかで選ぶ層ではありませんから、コスト的に高くなっても、敢えてヘソナイトガーネットを選んだのでしょう。 |
宝石の知識がない庶民であれば、そこまでの推測は不可能でしょう。しかしながら、貴族のお城に飾られていたと思われるこの宝物を目にするのは、特別な上流階級や知的階級です。 「色と煌めきの美しいヘソナイトガーネットでわざわざ装飾されている、この作品は何だろう?」 この一連の気づきのために、ヘソナイトガーネットは絶対に必要なのです。 |
『美意識の極み』 天然真珠ピアス イギリス 1870年頃 SOLD |
『美意識の極み』も、一見するとただのありふれた定番デザインのピアスに見える可能性があります。 このデザインだと、通常は天然真珠を丸ごと使います。2粒必要で、それ故に完璧に同じ大きさと色、質感に揃えることは不可能です。 左右の耳につけるピアスの場合、並べて見るわけではないので多少違っていても全く気にならないはずですが、美意識が高過ぎる持ち主が完璧を求めたらしく、1粒の上質な天然真珠を2つに割って使っています。だから全く同じ見た目です。 |
驚異のスプリット・ハーフパール加工です。裏側を見れば分かりますが、身につけた状態では他者からは分かりません。 自分が満足できれば十分というほど、持ち主は特別な女性だったでしょうか。その孤高の美意識こそがカリスマ性となり、人々を強く惹きつけたかもしれませんね。ジュエリーが美しいのも素晴らしいですが、それを着用した人が心満たされ、美しく輝けるのが一番です♪♪ 成金ジュエリーにはそれがありません。だから私は好きではありません。 |
主役はハーフパールです。しかしながら小さなピアスである分、ハーフパールだけだとその特別な価値が分かりにくいです。そういうわけで、主役を惹き立てるための名脇役として上質なオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドが選ばれています。 透明度が高く、十分な大きさと存在感がああり、古いオールドヨーロピアンカット・ダイヤモンドの中でも特に厚みがあります。 |
只者ならぬ、ダイナミックなシンチレーションを放ちます。 |
こうやって人々の目に留まります。 「うわあ、素晴らしいダイヤモンドですね!♪」 そうやって話しかけると、「実はダイヤモンドより、このハーフパールの方が遥かにお金と技術がかかっているのよ。」と、楽しそうな表情で答える持ち主。 |
この宝物も、着用した状態では超絶技巧の透かし細工には、恐らく周りは気づきません。 花脈の彫金には気づけるかもしれませんが、アイキャッチ効果を期待できる宝石を使うのが一番です。 |
それが、収まり良くセットされた中央のボタンパールです。天然真珠ならではの優しい干渉光が実に美しいです。照り艶も抜群です。 超絶技巧の細工物は、デザイン全体として細工に徹する場合もあります。大きさのあるブローチやペンダントなどの場合はそれでも成立しますが、小さなピアスだとあまり特別なものに見えない可能性があります。 |
全体のバランスとしては、中央の天然真珠が少し大きめです。それはアイキャッチ効果を狙ったからに他なりません。 当時は天然真珠が至高の宝石として上流階級の間で注目され、流行していましたから、この輝きの美しい、目立つ天然真珠を見ただけでも人々は高級品と分かったはずです。 |
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中央の天然真珠が無かったり、もっと小ぶりだったら、ちょっと地味だったかもしれませんね。この天然真珠は私には分かりやすかったです。間違いなく高級品として作られたことを確信して買付けできました。 時を超えた小さな宝物は、まるでいま作られたかのように綺麗です。それでも、彫金の溝の一部にパティナが見られます。100年以上を超える長い年月の中で、入り込んだ塵などが石のように硬化したものです。何しろシャープペンシルの芯より細い溝なので取り除くのは困難ですが、これはアンティークの証として価値あるものです。本場イギリスでは『パティナの美』という言葉すらあり、日本の侘び寂びなどとも共通する美意識です。プロのディーラーは除去しません。アンティークジュエリーの魅力の1つと捉えていただければ嬉しいです。肉眼では意識しなければ気づかないものです。 |
余談
細工、宝石、デザインの三拍子が揃う、アンティークジュエリーの魅力が詰まった素晴らしい宝物です♪♪ 言われなければ気づかないような、あまりにもさりげない透かし細工。しかしながらそこに込められているのは職人がプライドをかけ、魂を込めた神技。 『職人兼アーティスト』という生き方を選んだ自身が、その尊い人生に誇りを感じ、心から納得すること。 オーダー主がこの細工の価値を理解してくれるという強い信頼がなければ、こんなとんでもない細工はトライできません。万人からの賞賛は最初から放棄し、オーダー主ただ一人を喜ばせるために作られたように感じます。万人から褒められることはなくても、たった一人、この人から認められればそれは無上の悦び。何となくご想像いただけるのではないでしょうか。 |
そんな人に託せば、この宝物は価値が分かる人に受け継がれ、永遠の存在として未来永劫、人を喜ばせ続けることができる・・。 直接の持ち主から受け継いだわけではありませんが、私の手元に来たのも、この宝物の持つ強い力のお陰のように感じます。 |
私じゃなければ、わざわざシャープペンシルの芯や爪楊枝などと一緒に撮影してまで、理解してもらおうとは思わないでしょうから。 そもそも大量仕入れ、大量販売スタイルのディーラーだとコンディションのチェックすらまともにやっていないことも多々あり、この細工に気づきすらしなかったはずです。 本当に価値ある宝物は、不思議なくらいそのようなディーラーを避け、あそこに行かねばという強い思いでHERITAGEを目指してやってくるような感じがします。当初から私は『宝物運』なんて呼んでいますが、ディーラー歴最長のGenもその運の強さを驚き、実感するほど素晴らしい宝物だけが集中的に集まっています。 本当にそんな運が存在するかは証明できませんが、日頃の行いの成果だと思ってこれからもご紹介を頑張ろうと思っています。 |
裏側
厚みのあるゴールドの裏側は完璧に磨き上げられており、黄金の輝きが美しいです。裏側からの方が、透かし細工の凄さは分かりやすいかもしれませんね。 |
着用イメージ
私は耳のど真ん中にピアス穴を開けています。 耳たぶの大きさは普通だと思います。耳たぶの面積に収まる感じのサイズ感です。 撮影場所が暗かったようで、スマホカメラが夜間モードに切り替わっていました。そのせいか画像が粗いですが、天然真珠の抜群の照り艶は感じていただけると思います。 使いやすいシンプルな定番デザインですが、華やかさもあるので、身につけるジュエリーがこれ1つでも十分にオシャレだと思います♪ |